博物館

2026年09月05日

続々 Kitty Hawk に行く

5th flight 5回の飛行でのそれぞれの到達地点には大理石の石碑がある。この距離を 59 秒で飛んだわけで、おおよそ時速 15 km 強である。その速度は自転車程度ではあるが、かなり強い向かい風であることを加算すると対気速度はその3倍程度であろう。
 無風であれば、実験場はかなり広くなければならず、機体を回収して戻すには多大な労力が必要である。そういう意味でもこの場所の選定は理に適ったものである。気象台に問合わせて、一定の強さの風が吹くところという条件でこの地に行きついたそうだ。

Wright Flier「操向するには羽根を捩じる」というのは知っていたが、その捩じりがどの程度のものなのかは想像するのが難しかった。この施設では学芸員が捩じって見せてくれた。翼端を持ち、捩じると実に簡単に 1.5 m ほどが動いた。と同時にワイヤで反対側の翼端に動きが伝わり、バシャバシャとひねられた。その途中に操縦桿があり、当然それも動いた。すなわち、操縦桿の微妙な動きに俊敏に応答する設計であった。良く出来た設計だ。長さ方向の剛性はかなりあるが翼端は捩じりに対してしなやかなのだ。 

 極めて初期のプロペラの実物があった。ピッチが中心部に近付くと大きくなっている。彼ら以前のプロペラはそういう工夫がなかった。彼らは理論的追及と実験とを同時に行っている。これは実にプラグマティックである。
 エンジンは自作のアルミニウム合金製ガソリンエンジンである。自転車屋であったので、チェイン駆動はお手のものだが、このチェインは自動車用の太いものである。日本では自転車のチェインと書いてある伝記が多いが、それは間違いだ。6馬力の動力伝達はとてもできないことは分かりそうなものだが。

Wright Brothers 初飛行には成功していたが、その後の特許論争ではかなり苦労したようだ。ともかく、彼らは空気より重い機械を用いて制御された飛行に成功した最初の人たちであることは間違いない。 

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2026年09月03日

続 Kitty Hawk に行く

 ライト兄弟は、居住地 Ohio州 Dayton から Norfork まで資材を荷造りし、汽車で行った。その先は小さな船を雇って行ったとある。
 Kitty Hawk を選んだ理由は、定常的に穏やかな風が吹くこと、木が生えていない砂地であること、人がいないことであったらしい。地元では野次馬が多く、訳の分からぬことを書く新聞記者を嫌ったのだ。

letters to Wright Brothers 気象台に問い合わせた手紙が保存されている。それには、この地では秋には北、北西の風が吹くと記されている。
 彼らは実用的な飛行機を作ることを目的としていたので、何度も実験をしたかった。すなわち、飛行実験が短距離で終わる条件を探していたのだ。極端な言い方をすると、巨大な風洞の中で飛べば、飛行距離はゼロにできる。それに近い均一な向かい風のある所を求めていたわけだ。これに言及している資料には筆者は出会っていなかったので、これを見ることができたのは嬉しかった。

rail for takeoff 離陸時に使用するレイルもあった。木材の上に鉄板がネジ留めしてある。これは複製品であろう。




Wright Brothers Monument (1)Wright Brothers Monument (1)Wright Brothers Monument (2) 飛び立った丘の上には巨大な石碑がある。そこに書いてある文面は凄い。天才、偉業、不屈の精神、努力その他あらん限りの賛辞をこれでもか、と書いてある。こういう石碑も珍しい。しかし、彼らはアメリカが世界に誇る偉人であることは間違いない。
 筆者は小学生の頃より彼らの姿勢に憧れていたが、日本語で読む様々な伝記は極めて怪しいものばかりだった。今回いろいろな点で合点が行き、嬉しい体験だった。  

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2026年09月01日

Kitty Hawk に行く

 この場所には50年程前一度行ったことがある。寂れた場所で、大きな石碑があっただけであった。アメリカの代表的な偉人としては寂し過ぎる。もう少しましな顕彰の方法があるはずだと思った。今回 Norfolk という港町に行ったので、そう遠くないキティホークに寄ることにした。そこには立派な施設が出来ていた。(動画の27分あたりから)
  
 ここに行くには細い砂州を通って行く。途中にはたくさんの長い橋があり、120年前はどれほどの僻地であったのか想像することもできないほどの田舎である。船でしか行けなかったのである。

 昔読んだライト兄弟の伝記には、飛行は海の方に向かって行われたとあった。大西洋側では東風は少ないから、それは怪しいと思っていた。
 実際の飛行は真北に向けて(要するに海岸にほぼ平行に)行われた。その出発点から5回の飛行のそれぞれの到達点に石碑がある。

 飛行機を収納した小屋が残っている。1つはオリジナル、もう一つは複製品のようだ。

 博物館の建屋には飛行機の原型を再現したものが置いてあり、curator が上手に説明してくれる。方向舵の代わりに主翼を捩じって操向するのを、実際に動かして説明した。実に簡単に捩じれるのは驚いた。この一瞬を見られただけでも、来た甲斐があったと感じた。

 その場の観客は100人くらいで、最初にどこから来たのかと前方の数グループに聞いた。一番遠いのは南米から来た人のようだったが、順に聞いてきて筆者が日本だと答えるとどよめきが起きた。何時間のフライトだったかと聞くのでシカゴまで12時間だと答えると、全員が驚いた。学芸員は、「人類最初の飛行時間は59秒です。その何倍になるでしょうね。」と言った。「そのあとはどの飛行機で来たのか」と聞くので「車で3日掛かった」と言うと大笑いであった。 
 スミソニアンデイトンに行く人は多いだろうが、こんなところまで来る日本人は珍しいようだ。 

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2025年04月17日

来訪者の感想

 知人が家族4人を連れて見に来たいと言う。その中で一番若い子は12歳だそうだ。歓迎した。

 まず121輌の貨物列車を起動した。汽笛の音、蒸気の音に感動したようだ。連結器の遊間が伸びる音が、ガチャガチャとレイアウトを一周して動き始める様子が面白いそうだ。
 最初から登り坂で、機関車はややスリップする。そうすると関節機関車の前後のエンジンの回転差が音で感じられるというのが面白いという。

 貨車を一生懸命数えるが数え間違いそうになる。「10輌ごとに少し毛色の変わった貨車が入れてあるから、それを目安にすると良い」と言うと
「なるほど」ということになった。

 「車輪の音がほとんどしないのはなぜだろう。普通はシャーとかゴーっていうよ。」と聞く。
「車輪は市販されている模型の精度をはるかに超えるもので、高精度の旋盤を持っている工場を説得して作って貰ったんだ。」と言うと随分感心したようだ。
「それだけではないんだよ。剛性のある台枠、重い緩衝材、レイルを固着させない締結方式とか、レイルそのものの材質も絡んでいるんだ。」と説明すると、
「さすがだね」と納得したようだ。

 次に FEF3 の牽くプルマンの急行列車を走らせた。一定出力で手放し運転すると、登り坂はあえいでいたが平坦線に来ると加速し、下り坂では100マイル/時で滑り降りると、皆興奮した。運転室から覗く白い帽子の Tom Harvey 機関士は人気がある。
この滑らかな走行はいったい何だろう。模型の動きとは思えない。」と言う。
 土屋氏が驚いた時の話をした。あれから40年近く過ぎたのだ。 

 モータやギヤの音が全く聞こえないのも不思議だという。そこで歯車の歯数比の話をした。「互いに素」の話を出したら、大いに盛り上がった。こういう話が出来るのは嬉しい。 

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2024年10月31日

続 coach interior

 最近は客車の内装を手掛けることが多く、古い時代の部品にはうんざりしていたが、先回のKeil Lineの製品は、素晴らしい形だ。こんなに出来が良い座席であるとやる気が出る。素晴らしいが、もはや廃業してしまったそうだ。
metal seats (2)metal seats (1) この2枚の写真のような、 Walthers の重くて荒っぽい室内キットとは全く異なっていた。この椅子で気に入らないのは座布団部分である。これでは尻が痛いし、腰も疲れる。

 問題は乗客だ。前回 M10000 で大半の在庫の乗客を動員してしまったので、手持ちが少ない。乗客は意外と高価なもので、人件費がかさむ。 

cbf6c656484d926733b0ed4354778226Chicago_and_North_Western_Railway_400_parlor_car 手持ちのコウチはもうないのでこの形は要らないが、パーラーカーにある一人用のリクライニング・チェアは良い形のものが欲しい。背ずりが倒れているものと立ったものの両方があると良いだろう。左の写真は国鉄のパンフレットから取ったもので、国内での著作権切れで使用可になったものだという。右はC&NW鉄道の特急でゆったりとしている。

 伊藤 剛氏は、「室内は室外である」という名言を残されている。「窓の外から見える部分は、最低限作りなさいよ。」ということなのだ。
 見えないところは省略しても構わないが、「外から見えるところが作ってないと奇妙なものですよね。」ということだ。 

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2024年03月22日

続 visitors to the museum

 見学者は路盤が完全な平面であることに驚く。
 多くの事例では路盤が波を打っている。それは筆者自身があちこちで実例を見ている。支柱のスパン(径間)が短くても、それをつなぐ梁自体が撓むのだ。アメリカではLガーダという名前のアングル状の木製部材を作って支えている。それの一辺は3インチ半(89 mm)で、高さがある。それを使って荷重を支えるのだが、剛性はそれでも十分ではない。年月の経過とともにこの梁のクリープが起こり、路盤は波打つ。もちろんスパンを小さくするとクリープは小さくなるが、クリープがなくなるわけではない。日本では角材を使っている場合が多いようだ。梁の高さが不足している場合が多いという。

 当鉄道では薄鋼板製の角パイプを梁に使っている。価格は木材の数分の一であり、クリ−プは無視できるほど小さい。これを使うことを発表して十年近く経つが、採用したという話は聞かないのが不思議だ。

 甲板の下を覗き込んで写真を撮る人は多い。支柱と熔接することもできるし、ネジ留めも難しくない。作るのは簡単で、安価で、性能が良いのだから使ってほしい。甲板を張るのもタッピング・ネジを使う必要はなく、普通のコース・スレッドが簡単にねじ込める。 

 来訪者は線路に目を近付け、平面度を確かめる。「完璧ですね。すごいですね。」とは言ってくれるが、採用する人が居ないのは寂しい。また曲線で1.56‰の勾配が均一であることも「素晴らしい」とは言ってくれるが、やり方のノウハウについての話題は出たことが無い。 
 道床のエラストマは、指で押して「意外と硬い。」という意見が多い。エラストマはその質量が効いていることに気付いて欲しい。走行音が静かなのは車輪の精度が特別に高いということもあるが、この道床の上にフレクシブル線路をルースに置いてあることの寄与が大きい。1.5 mほど、ゴムの細片を撒いて接着剤で固めた部分があるが、その部分の音は大きいのだ。

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2024年03月20日

visitors to the museum

 最近は来訪者が多い。一般公開はしていないが、古い友人や、紹介者を介して来る人が増えてきた。

 来訪希望者には写真を含めすべての個人情報を提出戴き、入場料を銀行振込してもらう。こうすれば身元は確定だ。一回に2人までという原則でお見せしている。写真撮影は自由だが、GPSは切るのが約束だ。写真から場所が特定されて、予測せぬ突然の来訪者の出現がありうるからである。無審査での車輌の持ち込みは遠慮願っている。線路が傷む可能性があるからだ。車検の条件に合格したものでなければ走らせられない。また、車輪踏面は清拭してあることが条件だ。
 
 来られた方は路盤の高さに驚くが、列車が走るのを見ると「この高さで良いのだ。」と納得する。 走行音がしないのには驚く。ほとんど無音で走る。耳を近づけると継目の音が聞こえる。
 連接式の機関車が120輌を牽いて坂を登る時、前後のエンジンが独立しているので、微妙なスリップが起こり、排気音がずれるのが感動的だそうだ。当たり前なのだけれども、こういうのを見たことがないと言う。

 また、停車中の貨物列車の最後尾のカブースを手で動かすと、120輌先の機関車が連結器の遊間が詰まった瞬間に動く。それを見て歓声が上がる。ありえないのだそうだ。
 信号機が順次色が変わって行くのも楽しいと言う。一般によく見るのはタイマー式信号で、それでは列車が止まっていても色が変わってしまうらしい。

 ダブルスリップを渡る音が静かなのは不思議だそうだ。その手前に勾配が変化している部分があるが、実感的だと言う。実物は縦曲線に円曲線を用いているらしいが、ここでは3次曲線を用いている。そうすると、より滑らかに感じるのだろう。 

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2024年02月17日

続 exhibition in Kobe 

pacific with inertia emphasizer 運転は意外と難しく、逆電圧をどの程度掛けるとロックし、もう少し上げて逆回転というあんばいが分かるまでは失敗の連続だ。レイルとの相性もある。自宅、博物館での鋼レイル上では習熟しているが、この会場では、摩擦係数のより小さい洋白レイルであったことも、難しさを大きくしていた。1時間も経つとコツが分かり、うまくロックさせたり逆回転ブレーキを披露することができた。逆回転はマンガ的な動きに見えるらしく、子どもたちには人気があった。SNSには動画がupされているが、当初の練習中の風景で、完全なロック状態や、逆回転ブレーキが再現されているわけではない。もう少し後で撮影したものを使った方が良かった。いずれ更新されるであろう。

高効率ギヤ 貫名氏の友人がいらして、HO用高効率ギヤの話題で盛り上がった。薄型ギヤボックスの第4次試作ができ、これで量産に入るという所まで来た。この方も拙ブログを読んで下さっていて、現物をご覧になってそのスリップを堪能されていた。工学部出身の技術者であって基礎知識が確実な方であったので、話が逸れることもなく、楽しい会話をさせて戴いた。博物館にも来訪されるとのことである。

 その他、何人かの方から声を掛けられた。どなたからもこの慣性を大きくするメカニズムを実際に作ったことに賞賛を戴いた。「口先だけで簡単だと言う人もいるが、できる訳がない。」 ということであった。

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2023年08月27日

見学会

 最近見学者が急に増えている。一般公開はしていないので、クラブ内の方が多い。ところが先日、高校の同窓会があり、その直前に申し出があって、
「有志だけで見たい。10人入れてくれ。」と言う。

 快諾したものの、中には、
「何かわからないけど、とにかく面白そうだから見たい。」という女性も居たから多少は心配した。3台の車に分乗して来てくれた。事前に、写真撮影は自由だが、GPSだけは切ってくれと頼んでおいた。公開前だから、その写真がどこかに転送されて位置が特定されてしまうと対応が面倒だからだ。

 当初は高さ 330 mmの透明なバリアを付ける予定だったが、お行儀の良い方しか来なければ、無い方が良いとの結論になった。すなわち、絶対に手を出さないということを確約させた。

 事前にリクエストがあって、100余輌の貨物列車、FEFの牽く特急列車、それとFEF4の単機運転でのスリップを用意した。スリップさせるための線路をヤードの貨車などを片付けて用意した。

 最初に祖父江氏、土屋氏、内野氏の話をしてから、運転に入った。 

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2023年08月03日

若い見学者

 若いOゲージャ S氏の来訪があった。今まで筆者の作品、動画を見たが、たくさん牽いて走るのを実際に見てみたいとのことであった。
 最近は雑事が多かったのでしばらく走らせていなかったが、無事走り、極めて滑らかな走行を見せることができた。

 120輌の貨物列車が坂を登るのは、驚いたようであった。途中で止まってから、再牽き出しが困難であるのは実感的であったという。停車中にカブースを手で押すと、その動きの波が40 m先の最先端まで達し、機関車が押されて動いたのには、「すごい!」と叫んだ。

 次にFEF3によるプルマン10輌編成の運転を見せた。
「蒸気機関車がこんなに滑らかに走るのは、HOでも見たことがない!」とのことであった。特に坂の上から、位置エネルギィを運動エネルギィに変えて下り降りる様子には、興奮したようだ。
2000 km以上走ってもこの調子だよ。」
と言うと、潤滑についての質問があった。車軸、ギヤ、モータには無注油、ロッドには10時間ごとの洗浄、注油をしていると答えた。
 ステンレスのロッドピン、ブラスのスリーヴのお陰である。全ての摺動部にはブラスの小片を摺板として当ててある。相手はラッピングしてある。   

 貨車の標準質量を 355 gと決めていることを知り、POM樹脂のピヴォット軸受を採用していることは意外だったようだ。
「本当に持つのですか?」と聞くが、
「すでに30年以上走り続けているが、何の故障も無い」と言うと驚いていた。
「先入観を持ってはいけないのですね。」と言う。その通りなのだが、今だにピヴォット軸受を忌避して、摩擦の多い軸受でキーコーと音を出しながら走らせている人は居る。  

 帰り際に、「やればできる上限を見せて戴いたので、これに追いつくようにしたい。」という決意を聞かせてもらった。 

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2023年06月18日

続 博物館を充実させよという意見

 さらに友人は続けた。公的な施設に寄贈すると、どうなってしまったか分からなくなる。

 それはその通りである。たまたまその地方公共団体の首長が友人であったりすると、受け入れられるのだが、その人が失職したり、死去したりするとアウトである。すばらしい模型も倉庫で朽ち果ててしまう。その実例はよく聞く。横浜の市電博物館の例もどうなってしまったのか、よく分からない。 

 土屋氏はそのことを随分気に掛けていた。預かったものを展示するに当たり、公的機関と連携しないこと、共同経営者を入れないことを約束させられた。
苦しくても一人でやれ。次の世代の経営者を指名して、全責任を負わせよ。個人は信用できるが、市や町は信用できない。共同経営者は、意見が合わないと出て行ってしまうが、その時に半分持って行かれる」とのことだ。

 当博物館はコロナ禍で開店休業状態であったが、ぼちぼちと見学希望者がある。身元を確認した上で、来て戴いている。この博物館は、「誰でもどうぞ見てください。」というものではないので、事前にある程度の審査をして、お断りすることもありうる。
 内野氏の作品を見たい方が多いのは、興味深い。全作品を収蔵していると同時に、細かいジグ、工具も展示している。単なる”形見分け”ではない。蔵書、手描きの資料もすべて保存してある。これは博物館でなければできないことである。

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2023年06月16日

博物館を充実させよという意見

 ライヴスティームの友人からねじ込まれている。

 博物館でライヴスティームの機関車を展示すると同時に、運転場を設けてくれというものだ。最近ライヴ関係の人達が相次いで亡くなり、機関車の行先を考えると、博物館に引き取って貰う以外ない、と言うのだ。
 筆者もライヴは好きで、父親が設計した機関車の部品もあるし、友人の父君が作ったライヴスティームの機関車も預かっている。土屋氏の機関車もあり、45 mmゲージの運転用のレイアウトも敷設できるスペイスも用意してあるし、線路もある。やろうと思えば2週間もあれば運転できるだろう。 

 建物の3階は完全に空きスペイスであるから、そこに展示スペイスを作り、運転は屋上でするというアイデアもある。保守、修理は自宅地下の機械を使えばすぐできる。
 ただ不足しているのは、時間である。筆者がやれば大抵のことはできるとは思うが、それに掛ける時間が不足する。有能な助っ人があれば可能だが、そのような人が現れるかは疑問だ。  

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2023年06月02日

エンヤコーラの復活

Ennya-Kora お願いしてあったA氏から連絡があり、うまく作動するようになったと、動画を送って戴いた。線路の長さが短いので、検知位置が相対的に遠く、タイミングが良いとは言えないが、すべての機能が復活した。

 電車が検知されると親方が笛を吹き、働いていた8人の工夫はツルハシを下げた状態で退避する。その間に電車は通過して、またエンヤコーラが始まる。

 小さな人形ではあるが、作業の様子は実にリアルですばらしい。剛氏の観察眼によって再現された腰と肩の動きは見る者を驚かせる。
 クラブ員は感動していた。親方はいつも首を動かして線路を見張っていて、電車が来ると笛を吹く。その瞬間は首が止まる。そこに笛が咥えられてピィーと鳴るわけだ。その動きが面白い。
 笛と口がきちんと合うところが素晴らしい。 

 動画は何本もあるので、順次御覧戴きたい。 

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2023年04月05日

続々々々 伊藤 剛氏のGandy Dancers

enyakohla A氏から剛氏の線路工夫の全体が作動するようになったと連絡があった。この動画である。



 ゆっくり動かしているので、工夫4人の動作がイコライズされている様子がよく分かる。退避モードになると、4人ずつ退避する。
 親方が笛を吹く瞬間の顔の向きを見て戴きたい。笛は口にくわえられる。音はDCCの警笛の中から選んだそうである。

 あとは列車の在線検知と連動させるだけで、A氏の努力に拍手を送りたい。時間を掛けて下さって結構ですとお願いしたが、面白くてどんどんやってしまったとのことである。能力ある人がクラブに入って、素晴らしい結果を出された。

 これがクラブの本来の姿である。出来ること、やりたいこと、をクラブで実現するのである。日本のクラブでは往々にして、期日までにあれをやろうなどと決めたりして、困ってしまう人もいる。出来る人が、出来ることを、みんなのためにやるという姿勢が大切である。筆者がアメリカで見たクラブは、どれもその様になっていた。 

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2023年03月18日

続々々 伊藤 剛氏のGandy Dancers

 動画を見て、多くの方から素晴らしいとの感想を戴いている。外国からも賛辞が来ている。 

 TC氏からの抄訳を披露する。 
 メカニズムがほとんど復原され、動くようになっていますね。あとは列車接近の検知ですね。親方が笛を吹き、工夫たちは退避する訳です。これは踏切と同じです。
 剛さんは、この種のメカニズムの製作に長けた方なのですね!


 全くその通りで、メカニズムでほとんどの動きを解決し、タイマーで作動させていた。カムの形状が素晴らしいとのメイルが来ている。剛氏は、この種のカムについては非常に深い経験があるようであった。

 A氏によれば、まだまだメカニズムの調整をせねばならないとのことだが、潤滑法を工夫すると非常にうまくいくようになると思う。

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2023年03月16日

続々 伊藤 剛氏のGandy Dancers

En-Ya-Cola A氏の工作はさらに進み、8人の線路工夫が働くようになった。




 人形内部に引っ掛かりがあると、その抵抗がイコライザによって他の人形の動きに影響してしまう。どの人形も、滑らかに動かねばならない。これはかなりむずかしい。新しい潤滑の方法を考えている。

 工夫たちは退避する。カムによって、するすると移動する。その移動用のレイルは文房具の綴じ金具を使っている。いわゆるハット・セクションの断面を持つ材料だ。
 剛氏が作っている時にお邪魔したことがある。ややこしいものをたくさん組み合わせてあるのだが、整然と動いたのには驚いた。しかし、そのときにも感じたことだが、アナログのタイマによるシークェンス制御では不確定要素が多い。コンピュータのクロックで制御するべきだと思ったのだが、あれから30年以上経つ

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2023年03月08日

続 伊藤 剛氏の Gandy Dancers

 A氏の工作は速い。すでにここまで来た。 

 ボロボロの基盤を捨て、フェノール樹脂の厚板の上に引っ越している。
 親方はいつも首を左右に向けて注意している。列車が近づくと、笛を口に当てて吹く。
 そうすると工夫たちは作業を止め、左右に退避する。

 列車は通過し、また8人の工夫たちの作業が始まる。
 こう書けば単純な話なのだが、この工夫たちの動く様子は、まさに実際の工夫達が働くさまをよく表している。初めた見たとき、ため息が出たほどであった。

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2023年03月06日

伊藤 剛氏の Gandy Dancers

 伊藤 剛氏の線路工夫を修理中のA氏から、動画が送られてきた。これは皆さんにも見て戴こうとYoutubeに upしてもらった。

 これである。工夫の動きが少々速いが、このような具合である。細い鎖が体の中を通っていて、それを引くとツルハシが持ち上がる。上体も同時に動き、きわめて実感的である。

 さて、列車が来ると退避するが、そのときにはノートの綴じ具をレールとしてスライドさせている。本体の基盤は、耐久性のある材料で作り直す。 

 機能が復原されれば良いので、思い切った修理になるはずだ。 

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2023年02月20日

続々々々々 Gandy Dancers

 この模型に関して、数多くのコメント、メイルを戴いている。機関車の改造記事よりも興味深いようだ。
 いくつかメイルを紹介しよう。投稿者が特定されないように部分的に改変してある。

・私の祖父は戦前、某駅の助役をしていたのですが、接触事故で片足を切断してしまい退職しました。駅前の大きな商店を任されて裕福な生活ができたのですが、空襲で焼けてしまい、生活に困ったそうです。国鉄の補償が手厚かったことを思い、祖母は「国は酷い。国鉄は良かった。」とこぼしていました。

 名古屋模型鉄道クラブの会員が知らせてくれた。
・会誌の1982年4月号に記述を見つけた。その時はまだ工夫が一人だった。それを増やして4人にせよと、そそのかした人がいて、結果としてイコライザを組込んだメカニズムになったようだ。最終的には8人になった。

 この模型の作動を見たことがある方からは、
・ツルハシを使う人形が、単純に腕を上下させるのではなく振り上げ、振り下ろしで、腰も動くのです。これには驚きました。さらに、振り上げは多少の遅れがあってばらばらですが、振り下ろしは一斉に動きます。今回の記事でその理屈がわかったので嬉しいです。


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2023年02月18日

続々々々 Gandy Dancers

gandy dancers (1) これは制御基板の裏側である。さすがにこれでは作った本人以外分からない。基本的な回路図はあったが、それにいろいろなものを付け足しているし、定数を変化させているので、解析は無理だ。


 先日来、この一連の記事を読まれて、手伝いたいという方が何人か名乗り出てくれている。国内はもちろん、外国からも志願者が来ている。興味深いのは、どなたもコンピュータによるアナログ制御でやりたいとおっしゃるのだ。ということは、与えられた条件によって、動作のタイミングが変わることがあるということである。面白いように見えるが、それまでの必要はないように思う。

 根本的には、列車の検知回路で「退避・復帰」ができれば良く、それに附随して、「親方の動き・工夫たちの動き」があるだけである。退避するのはツルハシが降りたときだ。ということはクロックによる制御のほうが単純であろう。


 振り返ってみれば、アナログのシークェンス制御しかない時代が有ったが、確実に作動させることができていた。タービン機関車の起動停止は、まさにその実例である。
 原発も最近までこの方式の炉があったそうで、そういう意味でもアナログ式はあなどれないことは理解している。

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2023年02月14日

続々 Gandy Dancers

gandy dancers (2) 通称エンヤコーラである。剛氏の遺品群を預かった時、この作動を再現したいという気持ちが強かったのだが、開けてみるとバラバラになっていて、かなり難しい状態であった。この写真は、箱の上に描いてあった剛氏による判じ物である。

 クラブ員の力でなんとか再現したいが、難しい点があった。それはmechanical sequential control 機械式シークェンス制御である。アナログ回路でタイマを作動させ、順次リレィが切り替わって、カムにより人形が動くと同時に、接点が切り離されたりつながったりする。
 すぐに調子が変わってしまう。剛氏が調整すると、15分ほどはなんとか動くが、その後は難しかった。

 コンピュータを使ったシークェンス制御でないと、とても無理ということは分かるのだが、専門家が居なかった。筆者が最初から勉強し直すのでは5年は掛かるだろう。オーストラリアの吉岡氏が、
「俺がやってみる。」
と手を挙げてくれたのだが、残念なことにその直後に急死されたので、そのままになっていた。 
 吉岡氏は剛氏と密に連絡を取り、方針を固めたところであった。急死の報を受け、剛氏は落胆して電話で、
「もう(再生は)だめかな。」
と漏らされたのは、亡くなる少し前だった。 

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2023年02月10日

Gandy Dancers

 伊藤 剛氏の傑作の一つに線路工夫がある。最近はこの「工夫」という文字が読めない人が多いようだ。メモ書きを置いておいたら、”せんろ・くふう” と言った人が居て、驚いた。

 鉄道は危険な職場である。現在のような安全基準が確立されていない時代には、大怪我、殉職はよくあった。その家族、遺族が路頭に迷うことがないように鉄道弘済会が発足したということは、井上 豊氏からお聞きした。大きな駅の売店を任されたりすると、鉄道員の収入より良かったらしい。

エンヤコーラ (4) さて、保線の工夫は、親方の指示で動く。親方は見通しの良い場所で線路を見張っている。列車が近づくと、笛を吹き、退避させる。そうすると列車が通過し、また工夫たちは作業を開始する。
 その一連の作業を再現する模型を作ったのである。工夫は4人で1組である。歌を歌いながらツルハシを振り上げる。その時、振り上げは多少のばらつきがある。上で一瞬止めて、歌に合わせて同時に振り下ろす。
 剛氏の絶妙なアイデアがそこにある。4本のツルハシはイコライザで結ばれていて、持ち上がる瞬間に微妙なズレが発生しても、それらが全て上死点に来ると、同じタイミングで振り下ろすのである。


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2022年09月10日

続々々 TMS 968号

 友人から、痛烈なメイルが来た。

 既製品を並べるか、ディテールパーツをこれでもか、と貼ったのしか興味のない昨今の模型誌がよく上位に入れたものだと驚きました。 

 これは筆者も同感である。他にも友人が、「入賞はさせないだろうね。TMSは写真映りがよくないものは使わないからさ。」と言っていたので、まさかの入賞であったというのはウソではない。

 古くからの付き合いのある友人を当博物館に案内すると、その路盤の高さには驚く。「向こうが見えないじゃないか」と言うが、逆に質問する。
「僕たちが実物を見る時は、視点の高さはどれくらいだろうね。踏切で見たり、跨線橋で見る以外にあるだろうか。ビルの屋上から見て楽しいかい?」
「そう言われてみれば、今まで気が付かなかったが、視点を下げる、逆に言うと路盤を持ち上げるということは大きな意味があるな。日本のレイアウトは低過ぎるね。」
と納得する。

 本文記事にも書いたが、いずれ日本のレイアウトは路盤が高くなる。HOでも実例がある。Nではもっと高くすべきだろう。ウォークアラウンドなら、1500 mmでも良いのではないか。

 1980年代にアメリカでは急速にレイアウト路盤が高くなった。MRの記事に、”毎年1インチずつ上昇している”と書いてあったことを記憶している。上昇は2000年近辺で止まったようだ。それはウォークアラウンドの普及(DCC, wireless)と同期している。

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2022年08月29日

続々 TMS 968号

 TMSのこの号を、記事に登場するご遺族、お世話になった方々にお送りしている。たくさんの方々からご連絡を戴く。

 伊藤 剛氏のご子息からは、
「早速仏壇に報告しました。父はさぞかし喜んでいるに違いありません。鉄道模型の奥はとても深いことを改めて感じました。」
「亡くなる前年に『鉄道模型功労賞』を戴きました。あれは晩年を締めくくる素晴らしい思い出になったことは確かです。顧みますと、父ほど模型人として幸せな人生はありません。」
とメイルを戴いた。

  吉岡精一氏の奥様からは、
「ありがとうございました。素晴らしい博物館になりましたね。私は高齢で見に行くことが出来ませんが、息子夫婦が伺わせて戴きます。貴方がいらして、主人と一生懸命工夫を凝らしてやっていたことが、このような形で保存されるということはありがたいことです。」
との電話を受けた。奥様は93歳とのことで、そのお元気な様子を伺い、感激した。

 内野氏の奥様からも連絡を戴いた。
「素晴らしい博物館ですね。わざわざショウケースも用意してくださったのですね。夫の模型も家でホコリを被っているより、ずっと価値があります。おめでとうございました。」
 
 その他様々な方から、激励の電話を受け、当方も決意を新たにした。

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2022年08月25日

続 TMS 968号

 記事中の伊藤 剛氏の言葉に対する評価が多い。

 この種のご意見をたくさん受け取っている。
「『鉄道模型は走りそうもないが、模型鉄道は今にも走りそうだ。』というくだりは、今回発表の他作品と比べるために用意されたものだね。他のは走りそうもないじゃないか。」

 他の模型のことはよくわからないが、走行の動画を見たいものである。
 模型は走らねばならない。しかも実物のように重負荷でじわりと牽き出し、低速で坂を登らねばならない。東京の会場では、無負荷での低速競争があったそうだが、「何をやっているんだろうね」と思われた方が多かったようだ。筆者だけではなかったことがわかり、それは嬉しい。 
 機関車を無負荷で走らせて、速度が速いとか遅いと言うのは小学生レヴェルであろう。これは筆者だけの意見ではない。理屈の分かっている方は、皆そう思っている。

 そのコンテストの現場を見た人からの話では、動輪の心が出ていない機関車も出場したらしい。そんな状態では動輪が一周する間に重心が上下するわけだから、同じ速度で走るわけがない。
 重負荷を掛けての低速度コンテストに出場が許されれば、当鉄道の機関車はどれを持っていっても優勝する自信がある。そこには伝達効率という重要な要因があるのだが、それに気付いている人は少ないように思える。音が出る動力伝達装置を使っているようでは、無理な話だ。

 筆者のHO用高効率ギヤをお求めの方は、重負荷での低速走行の動画を撮って、どんどん発表されると良い。そうすれば、今やっているような無意味なコンテストは無くなるだろう。 

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2022年05月07日

図書の整理

organizing magazines Tetsudomokeishumi久しぶりにクラブ員に来て戴いて、雑誌の整理をお願いした。TMSは創刊号からすべて揃っている。全部で3セット近くある。第2セットは書庫の中ではあるが、ある程度の整理はできた。第3セットはダンボールの箱の中にある。程度の一番良いものを開架している。バインダに綴じ込んだものを優先して並べた。一時期、合本になったものを並べていたが、それは評判が良くないので書庫に移した。

 60号より前のものは開くと壊れそうで、開架しない。いずれディジタル化して、ディスプレイの上で見ることになりそうだ。原本があるので、博物館内で見るだけなら、著作権法には触れないはずだ。

 鉄ピクは、1割程度の欠品がある。ファンはほとんどある。とれいん誌は、ほぼ揃っている。RM modelsもかなり揃った。Rail誌は90%ある。

 海外の雑誌は Model Railroader, Model Railroad Craftsman, Trainsがかなり揃っている。 Main Line Modelerは全てある。
 その他貴重な資料が揃っているから、早くリストを作って公表せねばならない。ユビキタスのシールを貼って、管理するつもりだ。1枚数円で手に入る、と聞いた。  

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2022年04月07日

続 佐藤昌武氏の主張 

 沢山のコメント、メイルを戴いている。私信としてあるので、公表できないが、全て佐藤氏の掲げた方針には賛同している。

 エポック・メイキングの定義が難しい。動力伝達機構の進歩はその段階を追って、展示すれば良い。他には何が適当かは、なかなか難しいことである。
 ただ細かく作ってあって、美しい模型はいくらでもある。その中でも特別に光り輝くような作品でなければならない。

 著名人の秀作が揃い始めた。ご遺族から連絡を受けたり、友人からの紹介で、受取りに行く。当博物館の様子を写したDVDを用意してあるので、それを事前にお送りしておくと、喜んで寄贈してくださる。そして陳列した状態を写真に撮り、お送りする。

 ブラス製以外の作品はお断りしている。経年変化でダメになる可能性が高いからだ。その点では稲葉氏の客車群は、極めて特殊な例外である。セメダインCしか使っていない。全面に塗布し、圧着してある。極めて堅固に着き、剥がれが認められない。天井、妻板、側板の組立も完璧だ。隙間を発見した場合には、低粘度のエポキシ樹脂を流し込む予定だ。

 走りの点では、不満足なものもある。いずれ動力装置だけは、取り替えたい。そのための部品は用意してある。もちろん故人が、「動力伝達装置を取り替えたい。」と仰っていたのを確認したものだけである。 素晴らしい作品を分解して手を入れるのは、畏れ多い。  

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2022年03月22日

佐藤昌武氏の主張

 佐藤昌武氏の名は、ある程度古くからの趣味歴がある方なら、ご存知の人が多いはずだ。TMSの初期から執筆されている達人であり、O、HO、TTゲージで、秀作を発表されている。山崎喜陽氏とは親しかった。
 しばらく前に亡くなったが、その前にTMSに2回に亘って発表された記事で、鉄道模型の今後の展望を書かれていた。その中に博物館の必要性を強調されている。
 氏は日銀にお勤めで、パリに駐在されていたこともあり、ヨーロッパ方面での見聞を、様々な形で語られた方である。筆者とは、意見が一致したことは多くはないが、この博物館の意義に関しては、完全に一致している。

 鉄道模型は、まだ市民権が確立されていないと述べている。
1.それを確立するには、公開運転会、コンクールが、雑誌ではなくマスコミによって広報されるべきであること。
2. 模型入門記事が、模型専門誌以外にも掲載されるべきこと。
3. 学校に鉄道模型クラブが設けられること。
4. 制作品、中古品がオークションで格付けされるようになること。
5. 名作、エポック・メイキングな作品を永久保存する施設が設けられること。

1. に関しては、かなりその種のイヴェントがある。最近のコロナ禍で減ってはいるが、昔に比べたらかなり増えた。
2. は少ないと思う。
3. 最近は学校内のクラブは少ない。
4. 日本のオークションは、あまり感心しないが、タマ数の多いe-bayなどは、かなり進化している。アメリカには、鉄道模型のオークションサイトがいくつかある。
5. まさにこれを実現しようとしている。これは20年ほど前から、植松宏嘉氏、川島教昭氏らを交えて意見交換していたが、まさか自分でやることになるとは思わなかった。本当は、ある方を中心に据えたものを構想していた。

 伊藤 剛氏を始めとする、何人かの達人の遺作をお預かりした。ここに来れば、ある程度の Oスケールの発達の歴史が見られる。専用のガラスケースを用意して、陳列した。地震への備えもある。
 現在、最終的な仕上げ段階に入った。盗難防止には気を付けるように、各方面から忠告戴いている。


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2022年01月13日

続 Youtubeへの投稿 

 博物館には1年に300日ほど出かけて作業している。この半年、毎日このUP835を起動する。Pullmanの急行列車を牽いて、DCCの出力70%で走らせる。そのまま数時間放置する。電流は、登りで0.55 Amps、平坦線で0.25 Amps、下りでは客車の照明だけだから、0.12 Ampsくらいだ。

 毎日、8 km位走るだろう。半年で1000 km以上走ったことになる。今までの分を合わせると2000 kmほど走ったわけだ。ロッドに注油するだけで、特に何もメンテナンスはしていない。撮影直前にヘッドライトが切れた。白熱灯であったが、点灯しなくなった。そろそろ全検でLEDに更新の時期なのだ。このレイアウトはカーヴが左右にほぼ均等にあるので、フランジの片減りは心配しなくて良い。

 硬い鋼製の動輪タイヤ、ステンレス製Low-D車輪、日本製ボールベアリング、正しい設計の3条ウォームギヤのおかげで、全くへたる気配がない。おそらく筆者の死後も、何の変わりもなく走り続けるはずだ。主連棒の掛かるロッドにもボールベアリングが付けられている。先台車の復原もボールベアリングによるから、復原力は顕著である。
 客車はLow-Dと3D print台車である。よく持っている。

 登り坂になると、途端に遅くなり、均衡速度20マイル/時(約35 km/h)でゆっくり登るが、白い勾配標を過ぎると平坦線であるから、俄然速くなる。下りは、とんでもない速度になる。フルスロットルで下ると130 マイル/時(約210 km/h)出るから、いささか怖い。

 脱線したことはないから問題ないだろうが、Tom Harveyの言う通り、旅客列車は安全第一であるから、制限速度を守っている。
  彼が乗務している列車の動画を撮ったので、公開している。白い帽子、白いシャツと赤いバンダナが彼の趣味であった。すすを出さない運転をすれば、問題ないそうだ。

注 ここでのキロ数は模型でのキロ数で、実物であれば10万キロに相当する。

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2021年12月04日

続 伊藤 剛氏の瀬戸電を見る

instruction 箱の中には、説明がたくさん書いてある。イラストを入れてあるので、わかりやすい。問題は蓋の中央にあるウレタンスポンジだ。いずれだめになるから、別の材料で作らねばならない。

 TMSの記事は、きれいな状態の写真が載せてある。その後、かなり走らせたあとがあり、そこら中塗装が剥げている。今なら、優秀なプライマがあるから、こんな剥げかたはしないだろう。

 剛氏宅に伺うと、いくつかの車輌を重ねて抱え、剛氏は現れた。そんな持ち方では傷がつくが、へっちゃらである。感心したのは、その持ち方でも壊れないことである。ハンダ付けが完全だから剥がれないのだ。
「落とさない限り、壊れませんよ。」と一向に気にしないようだった。「また塗り直せばよいのですから。」 

 body distortion 車体は急停車で歪み、平行四辺形になるが、この写真ではその様子はわからない。また、車体は枕木方向の軸を中心に前後にピッチングする。すなわち、急停止すると前に傾き、さらに車体が歪むのだ。

 これを披露されたときは、クラブ員一同爆笑した。バネは意外と固いが、車体がかなり重く、具合良くピッチングする。多少の摩擦もあり、よく減衰して実感的である。今考えているinspection carの設計に、とても参考になる。  

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2021年12月02日

伊藤 剛氏の瀬戸電を見る

Setoden by Go Ito 剛氏の瀬戸電の記事を書いてから、現物を収容している容器の蓋を開けた。
 例によって、電車の出し方、その他の細かい注意がわかりやすく書いてある。剛氏はご自分の作った模型が最低100年以上は鑑賞に耐え、機能することを願っていた。

 したがって、原則として非晶性プラスティックは使っていない。ブラス、ステンレス、洋白、銅、ハンダ、木材、POM樹脂製の歯車、ガラス、エポキシ樹脂しか使わなかったのだ。

 40年ほど前のNMRCの会報に模型の寿命の話が載っている。その記事を出される前に、筆者に打診があった。どのような材料が永持ちするか、いわゆるプラスティック(非晶性のものを指す)はどうして駄目なのか、を説明して差し上げた。

 プラスティック製品がだめになっていくのは当然ではあるが、明確な説明を聞いたのはそれが初めてだったそうで、納得されたようであった。

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2021年11月12日

続々 博物館の入場者

 その業界の友人たちは様々なことを提案してくれる。防犯カメラの設置に対しても、単なる録画では効果が薄いそうだ。インターネットを通じて世界中に放映せよという。そうすれば指名手配犯は来ないと言う。

 また、事前登録、身分証明書の提示は不可欠であるそうだ。「それが嫌な人は、来て戴く必要はない」と言い切れとまで言う。さらに、入場料を徴収するのは身元確認に必要なことで、事前の振込みに限ることだそうだ。振込みがあれば、身元は確実である。さらに、入り口での荷物置き場、コート掛けを設置する準備をしている。

 筆者は、この種のことには頭が回らないボンクラであるが、セキュリティ関係の仕事をしている友人にとっては、常識のようだ。

 これらの提言を受け、様々な点で見直しをしている。
 先日の会合でこの話題が出たが、すでに盗まれているという話をすると、とても悲しそうな顔をされた方が何人もあった。誠実な方なのだろう。しかし現実はそうでもないことは、明白になってきた。 

 日本では、「嘘をついてはいけない」と言われて育つ。だから、悪いことをする人は、顔にそれが出て、眼の動き等が不自然になるのだそうだ。最近のAI技術は、それを捉えて分析するようになっているという。導入したいが、なかなか難しそうだ。またこれは、一部の外国人には通用しにくいそうだ。 

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2021年11月10日

続 博物館の入場者

 最近親しい友人たちに会うと、必ず言われることがある。博物館を開館するにあたっては、性善説を採ってはいけないと言うのだ。

 窃盗目的の者が、ある確率で来ると主張する。これは、それに詳しい業界の人達の話である。その種の犯罪者予備軍は、目の動き、素振りでもわかるという。筆者にはそんなことはとても無理だが、
「絶対に入場者から目を離してはいけない。トイレにも行くな、入場者は一回2人までとせよ。」
と言う。

 すぐには対応出来ないことをリクエストして、奥に引っ込んだ瞬間に盗むのだそうだ。また、奥(backshop)には他人を入れないことなど、細かく御指導戴いた。

 クラブの会合でも、窃盗事件は発生するそうだ。その手口も教えて戴いた。みなさんもご注意戴くと良い。目的の車輌の周りに自分の車輌を置くのだそうだ。撤収時に目的のものも一緒にかばんに入れたそうで、その現場を押さえた人から聞いた。不思議なことにその犯人は、まだクラブに在籍しているそうだ。間違いだと言い張ったのだろう。しかし事前に目をつけられていて、現場を押さえられたようだから、言い逃れはむずかしい筈であった。その後、彼には皆が注意を払っている。

 盗癖のある人は居る。実は当博物館でも、すでに被害が発生している。この写真の奥の機関車の上廻りが忽然と消えた。容疑者は居るのだが、今の所、直接の証拠がない。
 以前、別件でいたずらをされて迷惑をしたことがあった。わざと見えにくいところに隠してあった。今回もそれだと思ったが、何年も見つからない。もし見かけたらご連絡をお願いしたい。薄謝進呈する。犯人は知っている人だから、始末に負えない。

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2021年10月13日

ピアノ博物館

 四日市の山奥に湯の山温泉駅がある。電車の終点からさらに 500 mほど先に、その博物館があった。元はホテルか保養所だったのだろう。その建物を活用して、調律師の皆さんが中心になって運営しているようだ。NPO法人格を取得している。
 収蔵しているピアノはかなり古いものが多く、日本でお目にかかるとは思わなかった種類のものが沢山ある。いわゆるグランドピアノの前の時代の箱型ピアノは珍しい。しかも木製フレイムのものがあるのには驚いた。

 アメリカで沢山のピアノを見、触ってきた。木製フレイムでは狂ってしまう。湿度の影響をかなり受けるから日本では使いづらいと思っていた。鋳鉄製フレイムが可能になって、初めて安定した音程を得ることができるようになったのだ。筆者はアメリカ製のピアノも持っていたが、日本での保守はなかなか大変で、欲しい方に譲り、現在はヤマハになってしまった。音程が保たれるのはありがたい。これは日本製ならではである。 

triple stage この博物館の収蔵品で、筆者が一番興味があったのは、この3段に弦が張ってあるアップライトピアノであった。現代のピアノはすべて2段である。最初は1段であった。弦の張力が偏るので、交差させて2段にすると具合がよく、コンパクトになる。これは3段で更にコンパクトにしたのだろうが、スペイスの利用法ではまだ改良の余地があるように思われた。

backshopsquare piano この博物館のbackshopには、かなりの古いピアノが修復途上にあった。KB氏のことを持ち出すと、「あのあと、模型の汽車の博物館に行くって、かなり急いで行かれましたよ。」という返事が返ってきた。
「その博物館を作っている張本人です。」と名乗ると、とても驚き、是非見たいとのことであった。

 KB氏を案内して来られたビデオ作家のK氏は、
「工房でピアノの部品を作っているのを見たが、あれはdda40x君がジグを作ってあげれば、かなり省力化できるよ。」
と言う。木工、金工では、お手伝いできることがあるかもしれない。

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2021年10月09日

書庫を作る

 博物館に寄贈された書籍がかなりの量になってきた。
 親しい趣味人から書籍を寄付したいとの申し出が、時々ある。友人たちと出向いて受け取って来るが、それを車から降ろすのも一苦労だ。入口付近に腰の高さまで積み上げたままになっているものもある。
 珍しい本もあるので、全てを縦覧できるようにしたい。開架するのは無理なものもあるので、それは書庫に整理して並べたい。

 重複しているものがあれば、状態の良いものを開架し、残りは順に保管せねばならない。そのための書庫を作る必要があった。博物館の入っている建物の一部に適当なスペイスがあり、それを活用した。

 助っ人が来てくれたので、束(つか)が腐って少しぶかぶかする床を外し、頑丈な構造の床下地を作った。3トンほど置いても良いようになった。特に本棚の下は根太を増設し、束も直接根太を支えるようにした。飛び跳ねても全く凹まない。

 貴重な本もあるので、盗難には注意している。壁は石膏ボードではない。複合材を用い、斧でも破れない。扉は厚い防犯仕様のものを用い、内開きだから、蝶番を切り落とすことも出来ない。錠はアメリカ製の堅固なものである。熱処理した鋼材でできていて、恐ろしく頑丈である。

 中から鍵を掛けて作業しているときに人事不省になった時は、どうやって開ければよいかを、家族には伝えておかねばならない。

 防カビの燻蒸もできるようになる。
 
 書庫ができれば、積んである本が一掃され、歩きやすくなるはずだ。今、除湿専用エアコンを選定中である。 

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2021年10月03日

カビ退治

Trains (1) またまたカビのことである。椙山氏の蔵書をかなりお預かりしている。書庫に入っていたのを運び出して並べたが、背表紙にうっすらと白い模様が付き始めた。観察していると、徐々に白さが増してくる。カビが増殖し始めたのだ。


 このポリ塩化ビニール製の背表紙はとてもカビやすい。合本も具合が良くない。

Trains (2) 天気の良い日に外に運び出し、次亜塩素酸塩(要するにキッチンハイター)の3倍希釈液を作り、雑巾で丁寧に拭いた。1つ処理するごとに雑巾はゆすいで順次処理し、最終的には新しい殺菌液で再度拭いた。この胞子を壊滅させるには、次亜塩素酸塩に勝るものは無い。安くて具合が良い。臭いもなくなる。

 完全に乾いてから、防カビ剤を吹き付けた。最近のものより、古いものの方が効き目が強いらしい。当然人体にも悪影響がありそうなので、風向きを考えて吹き付けた。古いスプレイを使い切ってしまった。 

 これでしばらくは安心である。エアコンを掛けてかなり湿度を下げてあるが、カビの増殖を抑えるのは難しいようだ。

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2021年09月29日

博物館の入場者

 博物館は、開館を目指して細部の工事を急いでいる。運営委員になってくださる方々とは、随時会って意見を交換している。
 合葉氏の「見せると分かる」という意見はその通りであるが、どうやって見せるかということを話し合った。

 博物館での走行を見せるだけなら、動画をたくさん配信すれば、かなりの部分は解決する。最近はリモートでの仕事が多くなっているので、そのような手段はいくらでもある。こちらは経済的に困っているわけでもないので、入場料収入がなくても、なんら問題ない。

 この博物館には貴重な資料がたくさんある。研究者もいるので、そのような方とは直接の対話を大切にしたい。

 関係者と協議すると、入場者は紹介者がいる場合に限るとか、事前登録した人だけにすべきだという案が出て来た。来た人は自由に見られるというのは、思わぬ事故のもとであると言う。多人数で来られると何があるか分からないので、入場人数を制限するとか、考えねばならないことは沢山ある。

 筆者は門戸は広く開けておきたいと考えている。特に若年層に対する啓蒙活動はやりたい。これは、伊藤 剛氏、合葉博治氏の大切にされていた精神である。

 しかし、理解できないこともある。しばらく前のことだ。「余分な車輪があれば譲ってほしい」という連絡がコメントを通じてあった。若い人のようなので、助けてあげたいと思った。ジャンク箱を探して、希望のものをある程度揃え、発送先の氏名、住所、電話番号を知らせるように返信したら、
「知らない人にそのようなことを教えることは危険ですから、出来ません。」
という返信があった。

 これからは、この種のおかしな人が増えてくるのだろうか。そういう人が押しかけてくるのであれば、無制限な公開は避けざるを得ない。地元の警察と今後の話をした。 

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2021年09月01日

クハ サハ

 国鉄の電車のクとサという記号の解釈は、諸説あるようだ。クはくっついているとか、サは差し込まれて走るからだとか、もっともらしい解説がある。それではモは何を元に作られた言葉なのだろう。
 もっともらしいからモなのか?そんなことを言う人は居まい。しかし、クとサの説明から考えるとそれでも良いではないかということになってしまう。すなわち、上記の説明は怪しい。出典を書いてあるが、それも実に怪しい。

 伊藤 剛氏は、20年ほど前、
「その種の説明をする人がいるから、ますます誤解が大きくなるのですよ。」
と、以下のような説明をしてくれた。

「最初に言わなければならないのは、これらはすべて英語から来ているということです。モーター・カーの、これは簡単ですね。はコントロール・カーのクです。なになに?コですって。発音はクォントロールだったのですよ。最近はコントロールですが、昔はクァ、クィ、ク、クェ、クォと発音する人はたくさんいました。汽罐車の漢字のルビ(ふりがな)にも、きくわんしゃ”と書いてあったくらいなんですからね。
 日本語のカ行の外国語表記には ”Q” の文字を使って、qua, qui, qu,  que, quo としたほうが良いと言った人も居たのです。最近の本に書いてあるような、『くっついて走る』は、当然間違いです。

 は難しいでしょうね。これはsubordinate carです。意味は追随する人、家来のことです。英語の辞書には、a person under the authority or control of another within an organization とあります。ほら、コントロールと対になっているでしょう。
 この言葉は、昔の教育勅語の英訳にありましたよ。”汝臣民は、父母に孝行を尽くし・・・” の英語訳の最初には、”Thou subordinate shall ‥‥”とありました。お前達付随車は、・・・という意味ではないですけど、まあそういう意味です。」

 英語に堪能な方だったので、様々な例を引き合いにして説明戴いた。ともかく、この分野の言葉は英語から来ていることは、間違いない。それを日本語の怪しい言葉で満足しているのは、明らかにおかしい。インターネットによって、その怪しい解釈を撒き散らすのは、やめるべきだ。


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2021年08月28日

Floodlight Tower

 railtruck氏が正解である。

Floodloght Towers 高さ100 ft 約30 m の照明塔である。最大20個のランプが付く。この設計も northerns484氏にお願いした。0.8 mm厚のステンレス板の予定だったが、製造時に間違えてt 0.5 と t 1.0 の板を使ってしまった。やぐらは少し厚く、舞台部分はやや薄い。嵌合は少し調整が必要になったが、なんとか組めた。

 立ててみるとなかなか立派である。これ以上高いと天井からの圧迫感があるから、程々の高さである。奥の方にも、もう一本写っている(赤矢印)。実物の図面を参考にして作ったものである。

 LEDの色をどうするか悩むところだ。戦前はすべて白熱灯であった。後に水銀燈が用いられたが、色再現性が悪く、赤旗が赤く見えにくいという問題があったそうだ。それで2種を混ぜて使っていたということらしい。LEDの白は赤がよく見える。

floodlight tower  奥のもう一本を見てみよう。中にハシゴがある。実物の図面を見ると、30 mを一本のハシゴで登るようになっている。これはさすがに怖い。協議の結果、途中にlanding 踊り場を設けて、2段にした。 


 まだ他の場所にも立てる予定であるが、位置を決めるのは意外と難しい。  

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2021年07月15日

走行試験

 先日の記事を読んだHOの友人から、メイルを戴いた。

 ブログの合葉氏の記事は興味深く拝見しました。
 読んでいて思ったのは 日本のモデラーは日常的に走らせないから走行性能に関心が無い、というより判らないのではないかという事です。私の周りには、組線路でも良いから常設に近いエンドレスを持っている人はいません。出来た模型をせいぜい1、2メートル往復させるだけで、試運転完了です。

 やはり環境は大切だと思います。
 私は現在の家を建てる時に、多少お金をかけて、物置の名目で屋根裏部屋を作りました。もちろんレイアウトが欲しいと思ったわけですが、車輛作りの方が面白いので、組線路を敷いただけで30年経ってしまいました。でもすぐに試運転出来るのはありがたいと感じています。
 現在、左右どちらのカーブ上でも不具合が判るように、600Rを90度クロスを入れて8の字に敷いています。


 
確かに往復だけの試運転では、意味がない。この方のように8の字の形に敷くのは良い考えだが、筆者はそれにもう一つのファクタを入れたい。
 それは勾配である。3%程度の勾配があると、機関車の実力がよく分かる。もちろん負荷を掛けての試運転である。単機では意味がない。高校1年の物理の教科書を参考にすると、効率も計算できるだろう。

 読者の方から、合葉氏の指導を受けた方の記事を教えて戴いた。乗越しカルダンで、棒型モータではない。反トルク受けの様子が見たかったが、この写真でははっきりしない。
 合葉氏はスパーギヤによる平行伝動は好みではなかったことは先述の記事にもある。  


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2021年07月01日

「二人の模型人」を読んで

 先に発表した伊藤 剛氏の「二人の模型人」について、コメントやメイルで多くの方から、様々な感想をお寄せ戴いた。

 筆者としては、外観重視主義者と、筆者のような走行性能第一主義者との対比を考えていたのだが、殆どの意見が、16.5 mmと12 mmの対比に絡む内容であったのは、意外であった。筆者にとってはその問題はすでに過去のことで、意味がない。
 ゲージ(線路幅)よりもスケール(縮尺)が早く決まったなどという荒唐無稽な話を、根拠なしで流布する人たちとは対話できない。サイエンティフィックではないからだ。語学力の欠如の問題ではなさそうだ。

 それはさておき、ある友人から興味深い手紙を戴いた。部分的に公開の許可を貰ったので、紹介しよう。


 今回の「二人の模型人」を、興味深く拝読しております。一部の人々はHO/ 1:80をガニマタなどと誹謗し、12ミリ 1:87の需要を喚起しようとされているようですが、反発を買うばかりで、ますます12ミリ 1:87の未来を閉ざしていると聞いております。そもそも人様の財産にケチを付けること自体、品性や徳性といったものが疑われるわけですが、人体の欠陥になぞらえてあげつらうというのも、昨今はやかましくなった「コンプラ」的に、いかがなものかと思います。

 日本各地で問題になっている限界集落・その原因のひとつは、移入者に対する住人の偏狭な攻撃性だと聞いておりますが、どこの鉄道模型運転会の写真を見ても、OやHOの場合、参加者の方々の年齢構成から、限界集落ならぬ限界道楽という、つたない造語が脳裏をよぎります。

 今回「二人の模型人」を拝読し、70年以上も前に伊藤 剛氏が偏狭な価値観の押し付け合いに警鐘を鳴らされていたことを知りましたが、この言葉を我々が真摯に受け止めていたならば、現今の限界道楽的な状況はなかったかもしれませんね。


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2021年06月15日

二人の模型人

 古いTRAIN誌(1948年2月号)に伊藤剛氏が興味深い一文を載せている。この号には軌楽会の栗山 弘氏や椙山氏も記事を書いている。



 二人の模型人が居ます。二人とも私の友人です。二人とも私は尊敬しています。その名前を挙げることに私は意義を認めないから、假に一人をA君とし、一人をB君としませう。
(この書き出しをどこかで見たことがあるって?ーーそうです。これは昨年末新聞の文化評論にあった「二人の書家」のそのままですが、私は全く同じに感じてゐるのです。)
 A君はいわゆるマスプロ屋です。彼に30時間を與えればボギー貨車10輛から成る急行貨物列車をまたたく間に作り上げます。木の角材、セメダイン、ラッカー、ダイカストの台車と連結器、サンドぺーパーは彼が必要とするもの全部です。
 A君の車には細かな器具類はほとんどついていません。しかし奇妙に実物のそのままの感じが出ます。A君はいつも新しい形式を求めて、イヤあそこにある窓が小さい。すみにドアがあった方が好いとっています。A君は常に自からの夢を 最大速度でレールの上に乗せてみたいらしいです。彼は造形美術家の一人と云えませう。展覧会あたりにると、ボール箱に三杯ほども車をつめ込んでレイアウト上に一杯になる程出品します。しかも今も尚6輛編成の急行旅客列車の図面を一晩で書き上げて「君ィどんな色が好いだらう。一週間ばかり色の事を考えてゐるので、頭が痛くなった。」とやってきます。
 彼は”Oゲージ”で1/45ですが、アメリカの16m/mレイアウトを見てやって見たいなあと嘆息しています。
 B君は物凄い腕を持っています。その精密な工作はちょっと類を見ないほどで、ED16の1/40台車に全部スケール通りのブレーキシューをつけたと云ふことから推して知るべしです。B君の客車はフランス人形と云ふあだ名がついてゐますが、窓のカーテンの具合、テーブルクロース展望車の本棚の上に飾られた油絵の額まで、本当に1/40でよくこれまで出来るものだと思はれる程のデリケートな手法で作られています。
 一輛に數ヶ月或いは數年の年月を費やしても決して惜しいとは思いません。気に入らぬ部品はすべて気に入るまで作り直し、非常に高級な材料を選んで製作にかゝります。もちろん現代の日本のダイカスト既成部品は気に入る筈もありません。彼の作品には一種の香りがあります。それは出来上がった品物の美しさより、その工作方法の深く新しい考察によるものでありませう。
”O"ゲージ1/40では充分に工作の腕が振えないのか最近では96m/mか64m/mでライブスチームロコをやって見たいな等と云ってゐます。
 A君とB君もお互いの作品を感心して見てゐます。もっといいことには二人とも自分のサイドのほうが好いとは一言も云わないことです。
「模型はその人の趣味だから」と二人は口を揃えて云っています。しかも二人とも、”Oゲージ”のレールに関する諸規定だけはきちんと守ってゐます。
 二人の模型人があります。二人とも私の友人です。
 二人とも、私は尊敬しています。  この部分不鮮明】

 なるべく原文のまま再現するように努力したが、判読不能部分もあることはご了承戴きたい。 

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2021年06月07日

続々 昭和20年代初頭の同人誌

 他にもいくつかある。

Kyuden これは京都の奥野利夫氏が主宰していた京都鉄道趣味同好会による発行の「急電」である。副題は”EXPRESS"とある。
 関西圏(富山、和歌山あたりまで)の電車関係の情報がぎっしりである。乗務員室ドアの開く方向とか、パンタグラフの形の差、車内の照明器具の形を詳細な絵で示してある。謄写版であるから、図を描くのは大変であったはずだ。富山地鉄の新線開通を知らせる記事もある。

Extra 臨急電というのも発行されている。当時はカメラは貴重品であったから、スケッチが多い。その分細かいことまで気がついて、まとめてある印象を受けた。編集者は、「電車の記事が圧倒的に多いが、蒸気機関車、客車、貨車何でも結構ですから、ご紹介ください。」と書いている。


Tokai これはインクが薄く、ほとんど見えなくなってしまっているが、東海鉄道同好会が発行していた”TRAIN"である。岡崎の大嶽十四男氏が編集していたとある。伊藤 剛氏、椙山氏も投稿している。



 まだあるが、主要なものはこれぐらいである。細かく読んでいくと、投稿者には著名人がたくさんいたことがわかる。その中でも、竹島紀元(鉄道ジャーナル創刊者)という名前を見て驚いた。九州からの投稿である。その他、多彩な人々がこれらの同人誌に登場している。竹島氏は初期のTMSにも投稿している。

 発行部数がどれくらいだったのかはよくわからないが、欲している人には行き渡るくらいの数であったろう。

 その他、いわゆる「三号雑誌」と呼ばれた、発行して三号で倒産消滅したものも来ている。これはいずれ紹介しよう。


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2020年12月31日

長浦軌道の動画 公開さる

 修復成った長浦軌道はクラブで公開され、その時の動画が公開された。

 運転者側から見た様子
 伝導部構造

 

NMRC Jan.1966 この機関車の動力装置を作った時の、実験に基づくギヤ比の決定手順の記事が見つかった。クラブの会報である。発行は昭和41年だ。
 モータ軸と同軸に出力軸があるのは珍しい。のちにSG氏が増速フライホィールを付けた例とは、裏返しにすれば似ている。歯車は時計部品屋で買ったというところが面白い。現在はそういう店はまずないだろう。 時計の歯車はインボリュート曲線を使っていないので、音は大きい。

NMRC Jan.1966(2) モータの回転数を測定する手順が面白い。実際に無負荷でエンドレスを走らせて、1周2.81 mのラップタイムを調べている。実験を基に考察しているのだ。簡単に出来ても、こういう基礎実験をする人は稀である。実験もしないで分かったようなことを言う人は多い。剛氏の姿勢に学ばねばならない。測定ということは、すべての基本である。当時はセレン整流器の時代である。電圧降下は大きい。

 最近はマグネットモータしかないので、分捲特性と言っても誰もピンと来ないだろう。ギヤ比が適切なので、走りは素晴らしい。低速でトロッコをぐいぐいと押す。ゴムタイヤを使っているところも、考慮に入れているはずだ。


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2020年12月27日

続 自動操縦自動車 

TMS #6 この車は小菅製作所というおもちゃメーカの”ダンディ”という製品らしい。だいたい1/42サイズくらいだとある。1947年型キャデラックである、と01175氏からお知らせ戴いた。

 ブリキ板をプレスしたものだったそうだが、モータの界磁が近いので、磁気回路が外に出来てしまい、モータの力が出なかったそうだ。界磁に近いところを切り取って捨て、その部分をブラス板から叩き出してハンダ付けしたそうである。その継ぎ目が全く分からないので、磁石を近づけて境界を判定した。この工作は素晴らしい。

 70年以上経ってもその価値が減じない模型というものには、なかなかお目に掛かれない。どんなに細かく出来ていても、塗装が美しくても、工学的な裏打ちがあり、模型人の心を揺さぶる模型というものは稀である。

 博物館が開業すると、伊藤剛氏の作品を間近で見るチャンスがある。手に取ってという訳には行かないが、目の前で動きをご覧に入れることができるだろう。

 肺炎禍のせいで、何もかもが遅れているが、なんとか来年には開館できるめどが付いた。維持費は安いので、開業が遅れたからといって赤字がかさむわけでもない。筆者も、開業していないほうが工作に時間が取れてありがたいと言えば嘘ではない。
 信号機の完成実用化のめどが立ち、後は転車台を取り付けて、防護ガラスを付けるだけとなった。 

(TMSの旧い号は傷んでいるものが多いが、この椙山氏からお預かりしたものは全く傷んでいない。左上にサインが見える。椙山氏のご子息の意向で、蔵書をかなりお預かりした。)


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2020年12月25日

自動操縦自動車

 伊藤剛氏の作品で、鉄道車輛でないものは、これら以外にもいくつかある。

TMS6 これはTMSの6号の記事である。自動操縦とは何だろう?と思う人は多かろう。今でいうスロット・レーシングカーである。ただし、極めて高級なものである。ステアリングは本物のように動く。アッカーマン機構のステアリングで誘導する模型は、当時なかった。これは実用新案を取得している。図はすべて剛氏作成のものである。
 記事を読んで少々驚いたことがある。その中に松田恒久氏の名前が出て来る。TMS 3号に自動クラッチの記事を書いた人だ。今まで何回もこの模型を触っていたが、自動クラッチ付きであることを失念していた。ウォーム駆動だから動かないはずの車輪が軽く廻るのにそれに気づかなかったのだ。また、ディファレンシャル・ギヤも搭載されているし、3点支持で極めて滑らかに作動する。伊藤剛氏は車庫で手押しで動かせなければいけないと思ったらしい。

Dandymechanism この自動クラッチは、1978年に祖父江氏によって改良されたものが出来、筆者の模型にも4輌搭載されている。1983年に筆者の運転の車に井上豊氏を乗せて祖父江氏宅に行き、それを見て記事を書いたのだ。本当は祖父江氏の名前を出したかったのだが、
「松田さんのを改良しただけだよぉ、俺のアイデアではねぇからさー。」と辞退されたので、井上氏が作ったように紹介されている。祖父江氏は松田氏を知っているような口ぶりだった。井上氏の作例は小さいので、作動の確実性はやや劣った。祖父江氏のは2倍の大きさで、円周の外側に摺動子があって確実に作動するが、Oスケールの長大貨物列車を起動する時のショックに耐えるようにするには数度の改良が必要だった。最終的には、爪をS45Cで作り熱処理をしたが、滑らかな運転が出来る3条ウォームには、到底、敵わなかった。惰力が利くのは面白いが、快適な運転はできない。
 下り坂で、重い荷物を積んだブレーキ無しの自転車に乗るようなものである。逆転すると瞬時に噛み合って急ブレーキが掛かるが、列車は脱線する。またその瞬間に、爪が噛む相手がヘタる。松田氏のように電車に付けて手押しを楽しむのは良い利用法とは思うが、機関車には向かない物である。
 という訳で7輌ほどの試作で、双方向クラッチは廃案となった。摩擦の少ない車輛からなる列車を牽いて、勾配での運転をしない人には分からないのだろうが、実用性は無いと言うべきだろう。

 この件は以前にも書いたが、この双方向クラッチは珍しいものではない。陸軍の手廻し発電機にも、これが搭載されていたと、亡父が言っていた。よくある工夫で、特許にもなっていないようである。これを高く評価するのは間違いだそうだ。

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2020年12月23日

side dump car

side dump car パワーショべルの近くにあったサイド・ダンプ・カーである。1輌しかないが、実によく出来ていて驚く。幅は広く、O scale の建築限界一杯である。工事用の車輛だから、そういう点では制約がなかったのであろう。

side dump carside dump car パワーショべルで掬って、この貨車に積むのだろう。台車が一つしかなかったので、仮台車を付けて撮影した。数字から判断するに昭和27年製である。DLというのはDream Land Centralという鉄道名から来ている。面白いことに、このあたりのTMSには模型鉄道の会社名が毎号2ページほど載っている。その中に剛氏の鉄道も掲載されているわけだ。高校生が沢山登録しているのは、ほほえましい。

side dump car このサイド・ダンプには床下に巨大な空圧シリンダがある。油圧ではないから、かなり大きな面積で押さないと持ち上げられなかったのだろう。実際には、どのように空気を入れたのかは興味深い。急に最大圧を掛ければ、荷台は折れるかもしれない。また土砂は飛び跳ねるだろうし、貨車の下半分は反作用でめり込み、その反動で脱線するかもしれない。何らかのガバナーでゆっくりと入れる筈だ。

 この貨車は左右どちらにも傾けることが出来るが、細いエナメル線で、動かないように縛ってあった。おそらく正立させた状態でないと、荷台を起こしたときに、ばらばらになってしまうのだろう。

 友人が来たので、パワーショベルとこの貨車を見せたところ、驚嘆していた。板金加工で肉厚の鋳鋼製を模しているところや、巧妙なリミット・スウィッチの工夫、薄型ソレノイドによる底蓋開放装置には恐れ入ったようだ。
 彼もDCC化には賛成である。多重制御化は剛氏の意思であり、事情が許せばやっていたことなので、いわゆる復原ではなく、発展的な再構成となるであろう。これについては、異論はないと信ずる。

 これらの模型に関する資料を探さねばならない。NMRC名古屋模型鉄道クラブの会報を丹念に見ている。きっと剛氏が細かく書いているはずだ。あるいは日本車輛の資料の中にあるかもしれない。 

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2020年12月21日

続 伊藤 剛氏の Power Shovel

 TMS の何号に載っていたかを探すのは大変な手間であった。ようやく見つけたところ、railtruck氏からコメントでお知らせ戴いていて、悄然とした。1959年の伊勢湾台風のころである。

 この時期のTMSはとても面白い。様々な工夫の発表が多く、現在のように「綺麗に作ってある」ということを強調する記事は少ない。自作記事が多く、しかもそれらの中で高校生の作が目立つ。この時期の高校生は既に80歳近い。ご存命であれば、いかがされているのだろうか。


 当博物館に現存する作品は、発表当時とはかなり異なる。セレンはシリコン・ダイオードに更新され、下廻りのモータは鉄道模型用のモータに取り換えられている。その他、内容は発表された写真とは大いに異なる。

 当初は1/30で設計されたようだが、Oスケールでも通用する(大型の機械を1/45にしたと考える)と書いている。1/48でも似たようなものだ。このショベルは、自分よりも高いところを削るのが目的だとある。崖を崩すようなシーンだ。海外の露天掘りは、そのような方法を採る場合が多い。
 昔アラバマ州で見た鉄鉱石の採取はまさにそれで、土砂の層10 m 程を取り除き、その下の5 mの鉱石の層 を掘ってトラックに積んでいた。剥がした土砂は、鉱石を取り除いたところに積み上げる。見渡す限りの荒野を剥がし取るのである。
  TMSの記事には”ジッパー”とあるが英語は”dipper"のはずだ。ひしゃくのことで、掬い取るものである。こんなことを伊藤剛氏が間違う訳はなく、元原稿には”ヂッパー”とあったのではないかと推察する。 


 動作部分の行程はリミッタを付けてあるので自然に止まり、極性反転すると戻って来る。ロープのたるみ止めの装置は床下にある。様々な工夫があり、とても書ききれない。

 この制御回路には、いかにも剛氏らしい工夫が沢山ある。電線の数を減らすことを考えていたのだ。剛氏はこれを貨車に積んで、動かしたかったようだ。最終的には2本の線で動かしたかったとある。多重制御については、大変興味をお持ちで、筆者のアイデアをよく聞いて下さった。DCCの前の段階の時期のことである。
 筆者がDCCをお見せすると、「これが使えるならクレーンを自由に動かせますねー。」とおっしゃったので、何の事だろうと、思ったことを記憶している。
 2本の線による多重制御の可能性をずっと考えていらしたのだ。

 現在の技術なら、ギヤード・モータを用いて、コンパクトにまとめることができる。工作は難しいことではないが、実物の作動原理が理解できていないと、設計は難しそうだ。

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2020年12月19日

伊藤 剛氏の Power Shovel

 所属クラブで伊藤剛氏の鉱山鉄道の復原のお披露目があったが、その席上パワー・ショべルの話題が出た。それは当博物館に来ていたので、探し出して写真を撮った。一部をお見せする。ボディは見つからなかった。

loading shovel Power Shovelはコマツの商品名だそうだ。本来は loading shovel と呼ぶらしい。掘って貨車やダンプトラックに積み込むのが仕事である。最近は油圧式の機械が増えて来たので、ワイヤ・ロープ式のものはわざわざ rope shovel と言うらしい。巨大な、ひと掬い数十トンのタイプは、すべてロープ式である。ショベルの底が開く様になっている。油圧式は、ロープ式に比べると寿命が短いそうだ。ロープ式は何十年も使える。  

crawler 剛氏の話によると、職場で顧客に説明する時、
「模型があったほうがいいね、ということになったので、作っちゃった」そうだが、とてもそんな程度の模型ではない。6モータで非常に複雑な動きをする。ショベル部分は伸縮する。本物は、ここの裏がラックになっていて、ピニオンの回転で伸縮する物が多い。これはロープで出し入れする。 

chasis これは剛氏のその他の模型に比べると、かなり保存が良くない。履帯も、片方が行くえ不明だ。履帯は蝶番をたくさんつないで構成されている。履帯内側の脱線防止爪が細かく出来ていて驚く。駆動輪、転輪は鉄道模型車輪を貼り合わせて出来ている。ロータリィ接点もある。現在ならDCCで2本の線でコントロールできるし、無線操縦も簡単だ。
 床板は劣化して割れている。作り直すなら、床板を分厚い金属板から作る必要がある。クラブ員の中で、これを作り直す、という意思を持つ方が出て来ないかと楽しみにしている。

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2020年12月03日

伊藤 剛氏の長浦軌道の修復成る

Nagaura kidorotary tippler box N氏の尽力で剛氏のロータリィ・ダンパの修復が完成した。原則として、オリジナルに戻すという方針であるので、55年前の状態を見ることが出来る。
 車輪は現在のものを用い、ピヴォット軸受にはモリブデン・グリースを少量入れてある。滑走性能は良く、”飛び出さないかと思わず手を出した” という状況が再現された。 

 今回手直しをしたところは、スピードが出過ぎるのでリターダを付けたことだけだそうだ。長いリボン状のバネによって車輪の内側を擦り、減速する。

 機関車のタイヤはゴム製であったので劣化していた。それを現代の材料で再生した。集電はレイルを直接擦るスプーン状ブラシが4個付いている。集電は完璧で、いかなる場所でも起動不良になることがない。5輌のトロッコを軽々と押して登る。

 ロータリィ・ダンパの回転する枠は缶詰の蓋部分を切り取ったもののようだ。鉄の色が出ているところが実感的である。丸みはもともと完全であるし、作りやすい。元はビールの缶ではないかと思われる。当時はビールは薄鉄板の缶で売っていた。三角の孔を開ける道具も酒屋でくれた。2箇所に孔を開けて中身を出したのだ。直接口に付けて飲むと、妙な味がすると不評であった。

 おそらく、剛氏はその缶詰を手に取った瞬間に閃いて、全体の構想が出来たのではないだろうか。図面無しで、あっという間に作られたような気がする。

 全体を1800 mmに収めたかったようで、最終端は少し曲げて長さを短くしている。

 組立式なので、滑りの良い机の上では徐々に位置関係がずれてきて、脱線してしまう。大きな板の上に固定するのが良いだろう。クラブでのお披露目のあと、当博物館で永久保存の予定である。もちろん動態で公開する。その場所も確保した。

 クラブで動画を撮影したので、編集後、公開される予定だ。

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