2026年01月29日
先日の記事
1月21日の記事をお読みになった方々から連絡を戴いた。どなたも殆ど同じご意見だった。またその記事にはコメントを2件戴いたがどちらも実に見事に本質を突いていた。
要するに3条ウォームだけの話ではないということだ。それは当然なのだが、それが分からない人はかなり存在するということをこの記事は示唆している。
1975年ごろ筆者は祖父江氏と知り合ったが、当時彼はコアレスモータを試作機関車に付けていた。普通のウォームだからうまく動かない。そのうちにボールベアリングと双方向クラッチを付けてみたが面白くない。下り勾配で事故を起こす可能性が高い。
そのうちに2条ウォームが条件によっては逆駆動できるので、3条ウォームにすれば間違いなくできるだろうことは分かった。文献に従って効率を計算し、歯形を工夫した。パソコンの無い時代なので電卓と計算尺で取り組んだ。ノートに表を作り、それに計算値を埋めていく。3箇月ぐらい掛けて歯型のグラフが完成し、その通りの歯型が出来ないものか歯車屋と交渉した。筆者はこの分野では素人なので、教科書通りの計算をした。あとで専門家に聞くと、余分な計算をたくさんしてしまったようだ。
歯車屋の大将は逆駆動なんか出来るわけが無いと言ったが、実に調子の良いものが出来たのは嬉しかった。潤滑剤もモリブデングリースを用いると格段の性能向上が確認できた。ところが、機関車に取付けるとそれによって牽かれる客貨車の性能があまりにも悪く、機関車の性能向上が見えて来ない。そのころ吉岡精一氏と知り合い、被牽引車の性能向上に注力した。Low-D車輪の完成である。これは延べ44,000軸作って世界中にばらまいた。
1960年代からギヤボックスには祖父江氏の発案によるトルク承けが施されていたが、より簡便で調節不要な方式を編み出しトルクチューブとした。反トルクに対する方策は不可欠であるが、それを理解していない人は多かった。
自宅を建てた時、地下に20坪ほどの空間を得たのでそこにレイアウトを作り、毎日走らせた。すると線路自身にも大きな問題があることが分かった。分岐の性能が良くなかったのだが、それはフログの改良で解決した。勾配を登り降りさせると機関車の性能がよく分かった。
もっと大きなレイアウト建設の必要性を感じていたところに博物館建設の機運が生まれ、持っていたノウハウをすべて投入して現在に至ったわけだ。その中で慣性増大装置が実用化された。これはウォームギヤの逆駆動がなければとても実現が出来そうもないことだった。
筆者はOスケール以外にはあまり興味がなかったが、HOでもそれが実現できないかと挑戦する人が現れた。結果として成功し、需要が生まれたのは素晴らしいことだった。
ここに述べた全ての項目について、それぞれ親身に協力して下さる人が現れて現在に至ることが出来た。感謝している。
要するに3条ウォームだけの話ではないということだ。それは当然なのだが、それが分からない人はかなり存在するということをこの記事は示唆している。
1975年ごろ筆者は祖父江氏と知り合ったが、当時彼はコアレスモータを試作機関車に付けていた。普通のウォームだからうまく動かない。そのうちにボールベアリングと双方向クラッチを付けてみたが面白くない。下り勾配で事故を起こす可能性が高い。
そのうちに2条ウォームが条件によっては逆駆動できるので、3条ウォームにすれば間違いなくできるだろうことは分かった。文献に従って効率を計算し、歯形を工夫した。パソコンの無い時代なので電卓と計算尺で取り組んだ。ノートに表を作り、それに計算値を埋めていく。3箇月ぐらい掛けて歯型のグラフが完成し、その通りの歯型が出来ないものか歯車屋と交渉した。筆者はこの分野では素人なので、教科書通りの計算をした。あとで専門家に聞くと、余分な計算をたくさんしてしまったようだ。
歯車屋の大将は逆駆動なんか出来るわけが無いと言ったが、実に調子の良いものが出来たのは嬉しかった。潤滑剤もモリブデングリースを用いると格段の性能向上が確認できた。ところが、機関車に取付けるとそれによって牽かれる客貨車の性能があまりにも悪く、機関車の性能向上が見えて来ない。そのころ吉岡精一氏と知り合い、被牽引車の性能向上に注力した。Low-D車輪の完成である。これは延べ44,000軸作って世界中にばらまいた。
1960年代からギヤボックスには祖父江氏の発案によるトルク承けが施されていたが、より簡便で調節不要な方式を編み出しトルクチューブとした。反トルクに対する方策は不可欠であるが、それを理解していない人は多かった。
自宅を建てた時、地下に20坪ほどの空間を得たのでそこにレイアウトを作り、毎日走らせた。すると線路自身にも大きな問題があることが分かった。分岐の性能が良くなかったのだが、それはフログの改良で解決した。勾配を登り降りさせると機関車の性能がよく分かった。
もっと大きなレイアウト建設の必要性を感じていたところに博物館建設の機運が生まれ、持っていたノウハウをすべて投入して現在に至ったわけだ。その中で慣性増大装置が実用化された。これはウォームギヤの逆駆動がなければとても実現が出来そうもないことだった。
筆者はOスケール以外にはあまり興味がなかったが、HOでもそれが実現できないかと挑戦する人が現れた。結果として成功し、需要が生まれたのは素晴らしいことだった。
ここに述べた全ての項目について、それぞれ親身に協力して下さる人が現れて現在に至ることが出来た。感謝している。