
しばらく前、UPの
ヘヴィ・パシフィックを塗ったが、完全には仕上げていなかったことを思い出した。ガラス棚から取り出し、点検すると窓枠の塗装がしてない。細い筆で色を入れた。いわゆるビリジアンである。

たちまち、生きている機関車の感じがするようになる。この機関車は35年ほど前、韓国のAjin の社長の Cho Numdal 氏から貰ったものだ。彼は筆者の機関車を見て、その落差に驚き、技術指導を受けたいと申し出た。彼らの稚拙な製品を、筆者が完全に
リビルドして
送り返した。半年ほどの向こうでの検証後帰って来て、そのまま30年ほど寝ていた。

大動輪がむき出しで、いかにも高速旅客用という感じがする。しかし出力、航続距離共に小さく、3、4輌程度の客車を牽いて支線を走っていた。そういう列車も作りたいものだ。
この機関車のボイラの残骸だけを、別に1輌分持っている。アメリカの友人がこの下廻りを何かのボイラと組み合わせてパシフィックを作った。その残りを安く引き取った。このテーパ・ボイラをばらしてある。エッチングなので板が薄くて柔らかいのには参る。持つだけでボイラが凹みそうだ。大半の部分を捨てて作り替える。キャブは使えそうだが、板が鈍してあってくたくたである。裏打ちをして堅くせねばならない。

筆者は別ルートで Lobaugh の Mikado の下廻りを手に入れたので、それと組み合わせてUPの Mikado を作り始めた。作り易い、ずん胴のボイラをプロトタイプに選んだ。 この写真のような機関車を作るつもりだ。今煙室を作っている。煙突は作らざるを得ない。エア・コンプレッサは複式を2台付け、エア・タンクも大きくする。
実物は、Big Boyの牽く貨物列車に補機として使われることがあった。脚が短いので、下り坂では過回転で恐ろしいほどの振動が起こり、生きた心地がしなかったとTom Harvey が言っていた。63インチ(1600 mm)動輪なのに、75 mile/h(120 km/h)で下り降りるのだから当然だろう。Big Boyは69インチ(1750 mm)だから余裕がある。Big Boyは85 mile/h(136 km/h)までは平気で出せたそうである。