2024年03月12日
soldering paste
昨夏に久保田富広氏による講演があった。著名な模型人であり、その講演を聞くためだけにJAMに行ったという人もいる。
その後、何人かの人から質問を受けた。久保田氏は塩化亜鉛を使わずにペーストを使ったそうで、それが残留していても錆を生じないというのは本当か、というものであった。
まずこの話は、ペーストとは何かというところから始めねばならない。ペーストはワセリン(半固形の炭化水素の混合物)あるいは獣脂に松脂などを練り込んだものだ。茶褐色である。現在市販されているペーストと称するものの組成とは、かなり異なる。松脂は熱分解して各種の有機酸を生じ、それが金属表面の酸化被膜を溶かしてスズによるぬれを助ける。これだけで終わるのなら、ペーストが残っていてもまず錆びたりしない。しかし模型は空気中にあるから、酸素の影響を受けていることを忘れてはいけない。ここで問題になっているペーストであっても反応速度は遅いが錆を生じる。
ペーストを使ってハンダ付けするときは、接合面をよく磨いて酸化被膜を取り除いておくことが不可欠である。塩化亜鉛なら、多少の被膜は溶けてしまうから、とても楽である。
現在市販されている塩化亜鉛入りペーストは全く別問題であって、同列に論じることは出来ない。これを洗わずに放置すると、一週間で酷い錆を生じる。拭けば取れると思っている人が居るようだが、それほど簡単な話ではない。
筆者のところにはBill Melisの作品がある。彼はペーストをよく使った。場合によって、作品の車体裏にはべっとりとペーストが付いていることがある。錆びないだろうと思って放置したものの、40年も経つと裏側に緑色の錆がびっしり付いている。酸素が働くのである。酸素から逃れることは出来ないから、反応しそこないの有機酸はブラスを侵す。
このプロセスを厳密に説明すると、
1. 酸素が金属を酸化し酸化物を作る。
2. その錆が有機酸と結合して色の付いた塩を生じる。
3. 有機酸は酸化物を消費することになるので平衡がずれる。
4. その結果、酸化は起こり易くなり、結果として錆を生じる。
ただし、この錆の発生は塩化亜鉛を用いた時と比べると極めて遅く、10年以上掛かって目に見えるようになるだろう。面白いことに薄くついている部分は錆びやすく、こってりついているとその部分の中心部は錆びにくい。これは酸素透過の起こりやすさと関係があることを示している。
筆者は他の作者のペーストを用いてハンダ付けしたブラス製品をいくつか持っていたがどれもかなり錆びて緑色になっていた。
錆びないわけはないのだ。錆びる速度がかなり小さいというだけである。熱湯を掛け、洗剤を付けて歯ブラシでこするべきだ。場合によっては熱湯で煮ると良い。
我々は塩化亜鉛を使うことに慣れている。水洗いで済むというのはとてもありがたいことなのだ。この講演を聞いて、ペーストは素晴らしいものだと勘違いする人が増えねばよいがと思う。
その後、何人かの人から質問を受けた。久保田氏は塩化亜鉛を使わずにペーストを使ったそうで、それが残留していても錆を生じないというのは本当か、というものであった。
まずこの話は、ペーストとは何かというところから始めねばならない。ペーストはワセリン(半固形の炭化水素の混合物)あるいは獣脂に松脂などを練り込んだものだ。茶褐色である。現在市販されているペーストと称するものの組成とは、かなり異なる。松脂は熱分解して各種の有機酸を生じ、それが金属表面の酸化被膜を溶かしてスズによるぬれを助ける。これだけで終わるのなら、ペーストが残っていてもまず錆びたりしない。しかし模型は空気中にあるから、酸素の影響を受けていることを忘れてはいけない。ここで問題になっているペーストであっても反応速度は遅いが錆を生じる。
ペーストを使ってハンダ付けするときは、接合面をよく磨いて酸化被膜を取り除いておくことが不可欠である。塩化亜鉛なら、多少の被膜は溶けてしまうから、とても楽である。
現在市販されている塩化亜鉛入りペーストは全く別問題であって、同列に論じることは出来ない。これを洗わずに放置すると、一週間で酷い錆を生じる。拭けば取れると思っている人が居るようだが、それほど簡単な話ではない。
筆者のところにはBill Melisの作品がある。彼はペーストをよく使った。場合によって、作品の車体裏にはべっとりとペーストが付いていることがある。錆びないだろうと思って放置したものの、40年も経つと裏側に緑色の錆がびっしり付いている。酸素が働くのである。酸素から逃れることは出来ないから、反応しそこないの有機酸はブラスを侵す。
このプロセスを厳密に説明すると、
1. 酸素が金属を酸化し酸化物を作る。
2. その錆が有機酸と結合して色の付いた塩を生じる。
3. 有機酸は酸化物を消費することになるので平衡がずれる。
4. その結果、酸化は起こり易くなり、結果として錆を生じる。
ただし、この錆の発生は塩化亜鉛を用いた時と比べると極めて遅く、10年以上掛かって目に見えるようになるだろう。面白いことに薄くついている部分は錆びやすく、こってりついているとその部分の中心部は錆びにくい。これは酸素透過の起こりやすさと関係があることを示している。
筆者は他の作者のペーストを用いてハンダ付けしたブラス製品をいくつか持っていたがどれもかなり錆びて緑色になっていた。
錆びないわけはないのだ。錆びる速度がかなり小さいというだけである。熱湯を掛け、洗剤を付けて歯ブラシでこするべきだ。場合によっては熱湯で煮ると良い。
我々は塩化亜鉛を使うことに慣れている。水洗いで済むというのはとてもありがたいことなのだ。この講演を聞いて、ペーストは素晴らしいものだと勘違いする人が増えねばよいがと思う。
コメント一覧
1. Posted by 一式陸攻 2024年03月12日 14:19
この話はある雑誌でも取材していてその話が載っていたのですがさまざまな箇所に胡散臭いものを感じていました。
やはり査読は必要ですね。
ご解説ありがとうございました。
やはり査読は必要ですね。
ご解説ありがとうございました。
2. Posted by 通りすがり 2024年03月15日 19:09
化学的な説明を初めて読みました。ありがとうございます。
とかく、有名人のやったことをすべて正しいと思う人は多いものです。このブログを読むと科学者の心がわかります。
客観性がすべて、というのは当然のことなのでしょうが、凡人にはできないので、ありがたく読ませてもらっています。
とかく、有名人のやったことをすべて正しいと思う人は多いものです。このブログを読むと科学者の心がわかります。
客観性がすべて、というのは当然のことなのでしょうが、凡人にはできないので、ありがたく読ませてもらっています。