
珍しく人相の良い写真があった。会うたびに、ペンシルヴェイニア鉄道の素晴らしさを語り、自分たちの作っている模型がいかに正しい資料に基づいて作られているかを力説した。東部からカリフォルニアに移住したので、その気候の良さも彼の精神的内面に大きく影響しただろう。
ロングビーチに停泊しているクイーン・メアリの中のレストランでよく食事を御馳走になった。映画に出てくる刑事そのままの、早口でスラングが沢山入った英語をまくし立てる。
先の見える人であった。今後の模型界はどうなるかを展望した。今思えばほとんど当たっている。「韓国製模型が台頭して、日本製は生き残れない。そのあとは中国だ。そしてインドが出てくるだろう。」と言っていた。「ロシアは駄目だ。あの国には余裕がない。趣味というものがない。」などとも言っていた。

GG1をこよなく愛し、沢山のGG1を作った。当初はアメリカ製のアルミニウム鋳物のボディシェルを採用していたが、日本の
KMTの社長とニューヨークで会い、ブラス板金製のGG1のボディ・シェルを輸入することができた。その下廻りは彼の特製であり、二条ウォームとチェイン・ドライヴ
"Wolfer Drive"で良く走った。このGG1は今でも
Wolfer's GG1としてコレクターの間で人気がある。