2026年02月

2026年02月28日

加工硬化

 このブログでは加工硬化について折に触れて書いて来た。伊藤剛氏に教えて戴いた線材の作り方を紹介しよう。

 最近タンク車を数輌完成させたので、その手摺としての針金がかなりの量が必要となった。在庫は少なく、とても足りない。欲しいサイズは0.7 mm径である。近くのホームセンタに行くと丸く巻いたブラス線を安く売っている。それを伸ばしてみるとくたくたで、とても役には立たない。太さは0.76 mm径であった。これを伸ばせばできそうだ。

 まず一端を万力に挟んでロッキング・プライヤで引っ張ってみた。1%程度は伸びるがその後は難しい。そこで伊藤剛氏の方法に切り替える。

 電気ドリルを持って来てチャックに銜える。5 mの長さの線を伸ばして張力を掛け、回転を始める。時間にして10秒程度廻す。線は捩れて表面の模様が螺旋になるのが分かる。大きな張力を与えて少し伸ばす。

 これで完成だ。できたブラス線はとても固い。剛氏の説明によると表面が伸びて堅くなるが中は柔らかいので、曲げても折れにくい。 

 出来たものを適当な長さに切断し、表面を#800程度のサンドペーパで10回ほどしごくと出来上がりだ。太さはぴったり予定の径となった。非常に堅い線材となったので、手摺には適する。 

2026年02月26日

ブラス工作の伝承

 拙ブログに連載のハンダ付け記事に関して、あるHOゲージャーから投稿戴いた。非常に良いところを衝いていると感じた。掲載の許可を得たので紹介したい。

 あくまでもHOゲージについての私見ですが、モデラーの世代交代の時期は10-20年前に過ぎてしまった感があります。ちょうど昨年が昭和100年、戦後からHOが広まったと仮定するなら80年経ちました。昭和18年生まれの父親を見ていると、私が生まれ育った昭和40〜50年代がモデラー的にも市場的にもHO絶頂期だった気がします。ブリキやブラス製品が当たり前、今オークション・サイトに出品されているバラキットもこの時代の商品が多く見られます。 私が小中学校の頃はミリゲージ、今のNゲージが爆発的に流行し始めました。大人はHO、子供はNという棲み分けが発生したように感じられました。我が家はHOしかありませんでしたが、学校の鉄研に入部するとほとんどの部員は小遣いで入手できるNゲージでした。一度手にしたサイズを変えるのは困難ですね。私もHOのまま、ゲージ派はHOに手を出すことも無く、誰もがそのまま進級・進学・就職したことと思います。

 その頃、HOでもプラスチック製のスケールモデルが発売されて話題となりました。その細密感は今までのツンツルテンでオモチャ然とした金属製品を一気に陳腐化してしまい、今までは天賞堂と一部のカスタムビルダーのみであった細密至上主義が、瞬く間に広まってしまった瞬間です。
 それからもう40年近く経とうとしています。結局からHOに手を伸ばす人は稀で、私の父親のようなHOを盛り上げた世代は内装も無いオモチャ然とした金属製車輌をこれまたインサイドギヤ丸出しの重たい機関車でゴリゴリ走らせています。一方、若者から中年層は新発売のプラ製の編成物を自慢げにシャーシャー走らせています。その中で知識と興味がある人は3Dプリンターを駆使して車輌や部品を作り、そして中古市場は鬼籍入りされた方々の遺品整理で賑わっているという現状です。

 
ビギナーが入門用にと年代物のブリキやダイキャストの貨車を買うことはまず無いでしょう。同様にブラス車輌メーカーが発売している入門用のブラス製キットから始める学生がいるのでしょうか? 結局、Nモデラーはのままです。HOモデラーもプラ製品で育った世代は金属製車輌に興味が無く、ブラス製キットを組むノウハウが継承されないまま、10-20年前あたりからあまたの先達が旅立たれてしまったように思えてなりません。プラ製品しか持ってない人が、キハの一輌でも、客車や貨車の一輌でもブラスキットを組立・塗装して走らせていたならば、金属工作の技術もしっかり継承されて望ましい形で世代交代がされていたように思いますが、実際には興味の外のようです。

 しかし、TMSをはじめとする鉄道模型雑誌が、ブラス工作の基礎中の基礎である「ハンダ付け」の原理や正しい手順すら掲載せず、さらにはメーカーのハンダ付け講座の動画も間違いだらけですから困ったものです。



2026年02月24日

Marklin Metall  

Marklin metall (1)Metall 地下室の整理をしていたら、この家に引っ越して以来全く開けていない箱を見付けた。  
 中身はこれであった。ドイツに赴任していた友人に頼んで持ち帰ってもらったものだ。かれこれ40年近く前のことだ。子供たちが夢中になって遊ぶかと思ったがそれほどでもなく、筆者がいろいろなものを作って楽しんだ。

Marklin metall (3) 1960年ごろだが、このおもちゃの日本製のコピィ商品があった。兄は工夫していろいろなものを作っていた。面白かったのは連発式ゴム鉄砲であった。よく考えてあった。
 そのコピィ商品のオリジナルが欲しかったわけだ。ネジは大量に付属していたが、少々出来の悪い鉄製ネジであった。黄色のめっきが掛けてあったがとても錆びやすかった。仕方が無いのでM4ネジを箱買いして取り換えた。

 その後忘れていたのは、メルクリンのカタログを見ても載っていなかったからだ。調べてみると2000年にはもう廃盤となっている。部品は欧州のオークションサイトでかなり見つかる。その後 LEGO の天下となり、金属製のおもちゃは無くなってしまったようだ。

Marklin metall (2) 久し振りに遊んでみるとなかなか楽しい。床のタイルは 30 cm角である。孫が適齢期になったので与えてみよう。金属製の玩具に親しむ機会がないと、頭の中が正しく整理されないような気がする。 

 現在においてもこの種の金属製玩具があるべきではないだろうか。 

2026年02月22日

drop-bottom gons

NMRC 2026 (2)NMRC 2026 (1) 所属クラブの年次総会があった。一時期に比べ、Oゲージ、OJゲージ、Gゲージが増えて来た。これは全国的にも珍しい例なのかもしれない。Oの線路、機関車はO氏の提供である。フランスではOゲージが増えてきたという情報もある。どうなっていくのか楽しみだ。  

 筆者は、最近仕上げた貨車を12輌持って行った。壊れる可能性のあるものは持って行かない。
「触っても良いよ」と言うと、皆さんは手に取って持ち上げ、感想を述べてくれた。
「堅いね。」というのが多い。握っても撓まないという感想が嬉しい。側面が 0.25 mmというHOでもあり得ない薄さであっても、全く凹まないというのが興味深そうだった。構造計算の専門家もいるので、そのあたりの話はとても面白い。

drop bottom gons1 この2輌は以前紹介したことがある。最近はこの床板が開くものは大変な高価で取引されている。安かった時期にもう少し手に入れておくべきだった。動かないヴァージョンは安い。筆者はそれを動くものだと思い込み、買ってしまったのだ。どうりで安かった訳だ。

drop bottom gon これが床が開いた状態だ。実に正確に出来ていて、整然と開く。閉めるとラッチでパチンと留まる。受注した安達庄之助氏は、床を開こうと思うとあまりにも歩留まりが悪くて、2度目の注文は断ったそうである。それで不動ヴァージョンができた。

drop bottom gon2 下がその不動ヴァージョンである。全く面白くない。開かないのが分かっている以上、何かで覆ってしまう必要があった。模型ショウで見つけた積荷が素晴らしかったのでそれを載せている。


tie plates 古いタイプレートを積載している様子だ。ウレタンの鋳物だが、非常に良く印象が採れている。シリコーンゴムで型を取ったのだろうが、あまりにもリアルで驚いた。本物は重いので、あまりたくさんは積めない。

 不動タイプの部材は、ジャンクが筆者のところにあったので何輌か完成させたが、来訪した何人かのアメリカの友人に進呈してしまい残りは少ない。

2026年02月20日

tank car

Gulf tank car このタンク車はWeaver製のプラスティック製である。アメリカのジャンク市で素人が塗装して Dow Chemicalにしたものを5ドルくらいで買った。15年程放置されていたが、その青色の彩度が低くて見るたびに腹が立ったので、別物に仕上げることにした。
 そのきっかけはこのディカールである。Walthersの製品で、新しくて貼り易そうであった。それを友人から譲られたので半艶の黒を吹いて貼った。

 タンクボディ自体には何の不満もなかったが、上のデッキの手摺が太かったのだ。むしり取って穴をあけ、柱を立てた。こういう仕事はスーパーXに限る。耐熱性があるからだ。
handrail soldering そうしておいて別の針金を曲げて孔に差込み高さを調節する。針金がT字に付くところは端面に目立てヤスリで丸い溝を付けて、形よくハンダ付けできるようにするのがコツだ。適当に突き合わせてハンダをぼってり付けるのではなく、合金層だけで付けるようにすると丈夫になるわけだ。コテは30 Wで十分である。

 塩化亜鉛液を塗ればスズ63%ハンダで一瞬で付けられる。そのまま水洗いすればよい。スーパーXという接着剤は耐熱性があるから何の心配もない。加えた熱量が小さいから、本体のプラスティックも融けることはない。しかし、もたもたしていると失敗することはありうる。 

 この程度の工作をしただけで、誰もプラスティック製であることが分からなかった。要は細いものを細く作るだけのことである。先輩の仰った「華奢に見えるようにする。」というのがすべてを表していると思う。


2026年02月18日

covered hopper, gondola

Burlington covered hopper この貨車の紹介は2度目だ。以前のはディカールが劣化していて、剥がしてしまった。今回は Microscale だから比較的新しいので安心していたが、先回と同様に劣化していた。地の色が黄色くなっていて膜が割れやすい。かなりひどく変化していて、もうすでに壊れた部分がある。やはりこれも剥がすことになりそうだ。
 このカヴァド・ホッパに適合するディカールが少ないので困っている。シカゴ近辺のはハーマンのところからかなりたくさん来たので、色を塗り替えれば解決しそうだ。

NYC boxcar この無蓋車は厚みが 0.3 mmしかなく、持つ事もできないくらいへろへろであった。0.5 mm厚のアングルにリヴェットを打ち、加工硬化させたものを縁に貼った。背骨として3x8 mmの平角材を入れ、端梁は 3x6 の角材を取り付けた。床下には肋骨に相当するものをハンダ付けしたところ、非常に堅くなった。補強を入れたら質量が2倍になったほど、元は薄くて強度がなかったのだ。
 1950年頃の製品だ。IMP向けの粗悪品である。非常に稚拙な作りで、連結しただけで壊れそうであった。New York Central の貨車にこの赤褐色が見つかったので塗装し、ディカールを貼った。

2026年02月16日

boxcar(5)

WIF boxcar このディカールは以前にも貼った。その時の塗色が良くなかったようだ。前回使った塗料はQuality Craft(のちのWeaver)製で、彩度が低く赤味が少なかった。
 このWest India Fruit and Steamship社が大好きな友人 F氏が、「色が違う!」と御不満なので、もう一輌作ったのだ。

 今回は Floquil のboxcar red である。これなら赤味が強く、彼にも満足して貰えるだろう。WIF&SSは西インド諸島すなわちキューバ、ハイチあたりからフロリダへとバナナなどを運んでいた会社なのだ。東部の都市にも直接運んでいた。また、米本土から島への貨物輸送の大半を引き受けていたが、1962年のキューバ危機以降貨物が激減し廃業した。

 彼から来たディカールは pressure sensitive、 要するに押し付けて圧着する、いわゆるインレタであった。あまり経験がないので聞いてみると、ディカール用紙に圧着したものを水に入れて貼れば良いのだそうだ。なるほどと感心した。やってみると非常に具合がよく安心した。 

 もうこれでボックスカーを作ることは無いと思っていたら、また1輌来てしまった。故人の作り掛けを、「どうぞ」と渡されてしまったのだ。筆者の好きではない細密モデル Intermoutain製であった。細かい部品はほとんど紛失しているのが幸いである。気楽に作って楽しもう。車体が薄いプラスティック製なので軽くて弱い。金属製の箱を中に入れるつもりだ。どのディカールを貼るか考えねばならない。

2026年02月14日

boxcar(4)

MKT Yellow boxcar MKTとはMissouri, Kansas, Texas である。最後の二文字を続けて発音するとケイティとなり女性の名前 Katharine の愛称となる。  

MKT-1985-System-Map-scaled 文字通りこの3州を結ぶ鉄道でかなり大きな鉄道会社である。最近の貨車の塗り色は4通りあり、このミカン色、純黄色、朱色に近い赤、緑色である。緑は黄緑に近い色で、よく目立つ。


 テキサスに行くとよく見た。その中でこのミカン色がとても目立ったので、いつか我が鉄道にも登場させたかった。

 車体は例によって日米の混成である。屋根板はプラスティック・キット用が安売りされていたのを買っておいた。ハシゴは継ぎ足しと純正品が混ざっている。
 貨車は屋根さえ良く出来ていれば、ほとんど誰も文句を言わないものだ。そういう点ではプラスティック製屋根は良い買い物だった。ただし剛性は無いものと考え、内部のアングルは厚いものを使った。縦のリヴェットの裏には細いアングルを貼り、握られたときに潰れないようにした。最近貨車の剛性のことを書いたところ、そんなことは考え過ぎだろうと言う意見もあった。しかしこれは看過できないことなのである。この貨車は 450 g以上あり、片手で持つと補強が無ければ薄い側板が凹む可能性がある。
 この種の貨車の側板は 10ミル(0.25 mm)しかない。元々は木製の箱に貼り付ける構造なので、板だけでは全く機能しないほど弱いのだ。

2026年02月12日

boxcar(3)

Monon boxcar Monon鉄道については以前触れた。小さな鉄道であって貨車の数も少なさそうで、3桁の数字で収まるようだ。
 このディカールも古く、保護剤を塗ってもこの程度であった。これを剥がすか、それとも酷くウェザリングしてごまかすか、迷っている。
 車体は日本製の板とLobaugh の屋根板である。床板は例によって1 mm板とチャンネル。肋骨は3Dプリントで作った部品を貼った。床下器具も3Dプリント で作ったものを貼った。妻板の部品は日本製の部品を適当に組み合わせた。ハシゴはブラス製部品の短いものを継ぎ合わせて作った。妻の部分をよく見ると継ぎ目があるのが分かるだろう。折れないようにブラス線を内側に貼ってある。
 この貨車も剛性が高く、握った時の感触がとても良い。プラスティック製の車輌ではこうはいかない。

 屋根上のラニングボードは透けて見えるタイプを奢ってある。これは価値のある部品だ。これが付いているだけで安物の貨車の価値が数倍上がるような気がする。少し遠くから見ても透けているのが分かると、ゾクゾクするのだ。一部は3Dプリントで作って貰った。作者のO氏には感謝する。 

2026年02月10日

boxcar(2)

ATSF 50ft boxcar これは側面はアメリカ製のコーラ缶の再生品、妻板は日本製、屋根はアメリカのLobaughのジャンク、床板は日本のブラス・スクラップを切って作った。背骨は厚いチャネル材があったので貼り付けた。
 側面は鉄板で堅い。それ以外は強度の全くない薄板なので、内部には太いアングルの骨を入れてある。50-ft車は大きくなった分、強度が不足する。特に握られた時の剛性は大切だ。40-ftと同じ作りでは駄目なのだ。
 屋根は裏にレールを2本貼り付けて堅くしてあるから押しても大丈夫だ。そういうわけで車体の質量は1.4倍になった。 

 文字は印刷してあったのでそれをマスクし、調色したプルマン・グリーンを塗った。珍しく大変うまく行ってほとんど境目が分からなくなった。 

 筆者はこの貨車が好きで2輌目である。できればもう少し欲しいがまず出てくる可能性は無いだろう。 

2026年02月08日

boxcar(1) 

 ボックスカーを5輌仕上げた。どれも板から組んだ。屋根板、妻板、側板のジャンク(日本製、アメリカ製、韓国製?)をたくさん持っていたから組合わせてできるものを完成させ、残部品を捨てることにしたのだ。完成の可能性がない部品はかなりたくさんあり、部品棚を埋め尽くしているがすべて地金として処分することにした。
 ディカールも貼れるものを選んで、前処理をして臨んだ。古い物は割れて流れてしまうので、表面を膜で覆って流れないようにする。
 塗料も在庫を調べて辻褄のあうものを選んだ。

 一番の問題は屋根上のラニング・ボードだ。網目状の透けるものをある程度持っていたのでそれを貼った。側面のハシゴを登った先は握り棒がある。それを実感的に処理したい。これは意外と難しい。

 床板はどれも( t 1 のブラス板 + チャネル)で剛性が大きい。落としてもそう簡単には壊れない。 妻板のディテールや床下は最小限である。レイル上に載っている状態で見えるもの以外、付けないという原則で作った。  

GN Compartmentizer このGN塗装は以前から興味のあった ”PC”表記を貼りたくて選んだ。Pullman compartmentalizer の意味だ。後ろの語は6音節もあって発音しにくい。前の方のパを強く言う。あとはむにゃむにゃで十分だ。と聞こえる二つ目の t は d の音に近い。この言葉は綴りミスが多いと感じる。

 貨車の車内に移動式の仕切りを付け、混載貨物の荷崩れを防止する装置を付けているという意味である。プルマンが開発して特許を得たものを採用しているわけだ。  
 細かい数字その他はディカールが壊れてしまって後廻しとなった。いずれ貼り足すことにした。 

2026年02月06日

続々 またまた炭素棒ハンダ付けについて

 炭素棒を赤熱させると約 800 ℃になる。この温度では一酸化炭素が大量に出るからやってはいけない。それは当然だが、もう一つは穴があく可能性があるからだ。薄い板だと一瞬で穴があく。厚いものでもそこに凹みができる可能性もある。
 洋白であると、より簡単に穴があいてしまう。それは洋白の熱伝導度が極端に低いからである。熱が逃げないということは温度が上がりやすい。その結果融けやすいわけだ。
 筆者は洋白を使うときは電圧を下げて電流を制限する。熱の伝わる範囲は狭く、やや使いにくい。こういう時は大きいハンダコテを使うほうが楽である。


 ハンダコテの先がハンダでぬれるようにして、そのハンダを熱媒体として使うべきであるという論調によく接するがそうでもない場合がある。筆者はハンダが付いていない真っ黒に錆びたハンダゴテを、強く熱して押し付けるという手を使うことがある。これは炭素棒ハンダ付けとそれほど変わらない。違いは先端が細くないことだ。先に軸に対して垂直に近い大き目の平面(3x10 mm程度)を持たせて、そこが全面的に接触するようにする。
 コテに溜まった熱は一気にワークになだれ込んでハンダを融かす。問題はその後で、炭素棒のように電流を切れば冷えるということはないので、細い棒でワークを押えながらコテを放す。
 これはプロの手法で、祖父江氏は「ハンダは力で付けるんだ。」という名言を残している。その意味もあって、ハンダコテの握り方はスリコギ持ちであるべきだ。この持ち方以外では力は入らないし、先が安定しない。  

 冷めるまで数秒以上保持せねばならない。これを厚いブラス板の上でやると、熱の発生速度は炭素棒ほど大きくないので、熱は下に逃げてしまい温度が上がらない。すなわち失敗する。

 コテによるハンダ付けは名人芸でもあるのだ。炭素棒はその難しいところをうまく避ける方法である。片方だけでうまく行くわけではない。どちらも利点、欠点があるのでそれをうまく使い分けることが成功への近道である。

2026年02月04日

続 またまた炭素棒ハンダ付けについて

 この種の電源装置はDCを出力するものが普通で、大きなDC電流計が付いている。それを使わないのはもったいないので、主電流をポラライズして直流区間を作り、それをDC電流計に通すと交流電流を読み取ることが出来る。
 理屈は単純である。このリンクの記事にある回路図の界磁部分がDC電流計になれば良い。

polarized for DC ammeter 元の配線の2本だけを外して付け替えた。配線変更の数を最小にするのはちょっとしたパズルであったが、要するにこのようになれば良いのだ。

 この種の工夫を見せると、「そんな面倒なことをしなくても直流でハンダ付けすればよいのに。」という意見が必ず出て来る。
 それは決してやってはいけない。塩化亜鉛水溶液を使っているので+極から塩素のガスが発生する。これは第一次世界大戦で使われた毒ガスであり、肺が壊れる。即死しなくても度重なれば癌になるだろう。
 中米でこの操作を鉛バッテリィで行っているのを見たが、極めて危険である。屋外でやっていたのが救いであるが、絶対にやるべきでないのだ。
 炭素棒ハンダ付けは交流でと覚えておいて戴きたい。

 電圧計も読めるようにしたければ、適当なダイオードを介してつなげば良いだろう。これは単純な話だから誰でもできるはずだ。 

2026年02月02日

またまた炭素棒ハンダ付けについて

 炭素棒ハンダ付けについての質問が多い。見るからに熱量不足のハンダ付けを見ると黙っていられなくなり、トランスを探しプローブを作ってお世話することもある。
 最近はこの種の二次側の線が太い電源装置(要するに 20 Amps流せるもの)がバッタ屋で手に入りやすい。世の中が省電力に向かったからなのだろうか。ケース入りで 2000円程度で買えることがある。メータも付いている。
 迷わず買ってしまう。中を開け、配線を捨てて単純な回路にする。欲しい人に連絡すると喜んで持って行く。簡単な説明をすれば、足踏みSWを買うだけで完成できる。 

how resistance soldering works 炭素棒は赤熱させてはいけない。その瞬間に 800 ℃に達し、一酸化炭素がまき散らされる。また、炭素が一部昇華し、消耗が激しくなる。スウィッチを細かく踏み、500 ℃程度にするのがコツだ。
 母材に接触している部分から半径 2 mmほどは 400 ℃程度になり、ハンダは一瞬で融解する。通電をやめればたちまち温度は下がる。

 筆者は厚いブラスあるいは銅の板をアースとし、その上で作業する。熱が逃げてしまうと思う人は多いだろうが、その方が良いのである。炭素棒に接触しているところだけが熱くなり、その熱は急速に厚板の方に逃げる。熱が集中しているので目的の範囲だけを確実に融かす。その後熱が逃げ易いからすぐ冷めて固まり、押さえている時間が短くて良い。
 要するに、コテではワークが温まるまで時間が掛かり、全体を熱くせねばならない。その間に他の部品が外れないかという心配がある。炭素棒なら、目的の箇所だけが熱くなり、瞬時にハンダ付けが終わる。ハンダは完全に融け、冷える時は脆いこしあん状態を急速に通過して堅い固体になる。

 この種のブラス板(t 1.5)は大量に確保しているのでご希望の方には廉価でお譲りする。 

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