2026年01月

2026年01月31日

再度 ハンダ付けについて

 先日のハンダ付けの記事で感想を知らせてくれた方が何人かあった。継ぎ目に完全にハンダが満たされているのに感動したそうだ。
 
 そもそもハンダ付けというのはこういうものである。筆者は幼稚園児の頃から近くの板金屋(樋や風呂釜を銅で作る)の仕事を見ていたので、ハンダが全面に沁み込むのをハンダ付けと言うのだと納得していた。ところがTMSに出て来るものにはハンダが見えないということを売り物にしているのがあって、それには大きな違和感を感じた。
 それと、HOの製品で車体の妻部分が外れて壊れるのを見た。これはまずい。ハンダが金属疲労するのだ。 接触面積が小さく、しかも無理やり曲げて付けているのだろう。また長年の間には、車体を握る力が何回も掛かるはずだ。これは接合部分の内側に角棒を貼るだけで解決する可能性が高い。イモ付けでは駄目なのだ。筆者は出来る限り大きなアングルを貼り付け、その接着面には完全にハンダが廻るようにする。

 そもそも、ハンダは母材に比べてはるかに弱い材料である。力が掛かれば金属疲労が集中する。接合面を大きくし、妙な力が集中しないようにするべきだ。見かけ上、接着剤より強く感じるので点付けで終わる人を見かけるが、そのうち壊れてしまうのは明白だ。

2026年01月29日

先日の記事

 1月21日の記事をお読みになった方々から連絡を戴いた。どなたも殆ど同じご意見だった。またその記事にはコメントを2件戴いたがどちらも実に見事に本質を突いていた。
 要するに3条ウォームだけの話ではないということだ。それは当然なのだが、それが分からない人はかなり存在するということをこの記事は示唆している。


 1975年ごろ筆者は祖父江氏と知り合ったが、当時彼はコアレスモータを試作機関車に付けていた。普通のウォームだからうまく動かない。そのうちにボールベアリングと双方向クラッチを付けてみたが面白くない。下り勾配で事故を起こす可能性が高い。
 そのうちに2条ウォームが条件によっては逆駆動できるので、3条ウォームにすれば間違いなくできるだろうことは分かった。文献に従って効率を計算し、歯形を工夫した。パソコンの無い時代なので電卓と計算尺で取り組んだ。ノートに表を作り、それに計算値を埋めていく。3箇月ぐらい掛けて歯型のグラフが完成し、その通りの歯型が出来ないものか歯車屋と交渉した。筆者はこの分野では素人なので、教科書通りの計算をした。あとで専門家に聞くと、余分な計算をたくさんしてしまったようだ。
 歯車屋の大将は逆駆動なんか出来るわけが無いと言ったが、実に調子の良いものが出来たのは嬉しかった。潤滑剤もモリブデングリースを用いると格段の性能向上が確認できた。ところが、機関車に取付けるとそれによって牽かれる客貨車の性能があまりにも悪く、機関車の性能向上が見えて来ない。そのころ吉岡精一氏と知り合い、被牽引車の性能向上に注力した。Low-D車輪の完成である。これは延べ44,000軸作って世界中にばらまいた。

 1960年代からギヤボックスには祖父江氏の発案によるトルク承けが施されていたが、より簡便で調節不要な方式を編み出しトルクチューブとした。反トルクに対する方策は不可欠であるが、それを理解していない人は多かった。

 自宅を建てた時、地下に20坪ほどの空間を得たのでそこにレイアウトを作り、毎日走らせた。すると線路自身にも大きな問題があることが分かった。分岐の性能が良くなかったのだが、それはフログの改良で解決した。勾配を登り降りさせると機関車の性能がよく分かった。

 もっと大きなレイアウト建設の必要性を感じていたところに博物館建設の機運が生まれ、持っていたノウハウをすべて投入して現在に至ったわけだ。その中で慣性増大装置実用化された。これはウォームギヤの逆駆動がなければとても実現が出来そうもないことだった。
 筆者はOスケール以外にはあまり興味がなかったが、HOでもそれが実現できないかと挑戦する人が現れた。結果として成功し、需要が生まれたのは素晴らしいことだった。  

 ここに述べた全ての項目について、それぞれ親身に協力して下さる人が現れて現在に至ることが出来た。感謝している。

2026年01月27日

続々 金属製角パイプによるレイアウトの支持

T氏のレイアウト(7)T氏のレイアウト (5)T氏のレイアウト (4) 分かり易い写真を送って下さった。本来はHOスケールが主だったようだが、このOn3が来てしまったので工夫をして同時に走らせるようにしているわけだ。
 この2-8-2は、かの有名な内野氏の設計のD&RGW K27である。PSC-Kodamaで1000 700輌ほど生産されたと聞く。世界で一番たくさん生産されたブラス製機関車だという説がある
 Sam Furukawa氏は十数輌持っていたように思う。そのうちの一台がここにある。アメリカの収集家にはこれをたくさん持っている人が居るようだ。当博物館には内野氏のオリジナルの作品を収蔵している。

 最近、友人がこのキットを複数持っていて適価で処分したいと言う。1輌は知人に譲渡されたがまだ数輌あるようだ。ご希望の方があれば紹介する。彼は組んで完成させたものは5輌持っている。

 この機関車の駆動装置はウォームギヤであるが、そのギヤボックスにはトルクアームが付いているのには感心する。内野氏はその必要性に気が付いていたのだ。

T氏のレイアウト (6) ポイント部分の写真を示す。片方の分岐のみにHO線路が付いている。不注意で分岐させると機関車と列車はあらぬ方向に行ってしまうはずだから安全装置が付けられる予定だ。



T氏のレイアウト (3)T氏のレイアウト (1) 線路敷設時にはこのようなジグをレーザカッタで用意し、それで切り抜いた枕木を貼っている。曲率は一定で気分が良い。枕木の下にはゴムの板を敷いているから、とても静かだ。 
 饋電(フィーダ)の位置にも気を配っている。継目で両方に接続しているのだ。

追記 この K27 について調査している方から長文のコメントを戴いている。製造数に関しては訂正した。    

2026年01月25日

続 金属製角パイプによるレイアウトの支持

 T氏は走行性能を上げることにも熱心である。線路の水平面を確保しないと客貨車が勝手に走って行ってしまうことも考えられる。
安価なレーザ墨出し機 レーザ墨出し器を購入された。それは安価で使い易いものであった。それを見て筆者も早速購入した。以前の製品は、重く大きかった。この10年間の進歩には驚く。



 T氏はナロゥゲージがお好きである。スケールは1/48,1/87が同居している。線路はOn3があってKodama-PSCのK27が走っていて、その後ろには数輌の貨車が引張られている。 
T氏のOHOレイアウト その線路は注目に値する。On3は19.05 mmゲージであるが、3線で16.5 mmの線路も同時にある。機関車は19.05 mmの上を走っているが、貨車はHOの線路を走っているのだ。すなわち、市販のOn30の車輌をそのまま使っている。連結器は微妙にずれるかもしれないが、問題は起きなかった。市販のOn30とは、最近アメリカで人気のHO線路を走るOナロゥである。

 非常に面白い発想で驚いた。線路は3線とは言え、護輪軌条のような感じである。内側が2本あるので、ますますそう見える。 

<註> On30とはOn2-1/2のことであり、30インチ(762 mm)ゲージを1/48としたものである。模型のゲージはHOゲージを用いるので、OHOという人が多かった。
 アメリカのナロゥゲージは3フィートすなわち 914 mm が大半であり、それを1/48にすると3/4インチ19.05 mm軌間となる。 

2026年01月23日

金属製角パイプによるレイアウトの支持

角スタッドによる支持 T氏が建設中のレイアウトを披露された。角スタッドランバーコアの組合せを採用している。

 この組合せを拙ブログで紹介してからどの程度の方が採用されたのか、は分からない。極めて少ないのではないかと推察する。一度問合せがあったので詳しくお伝えしたが、その後の連絡はなくなった。また、ある方にはお勧めしたのだが、採用されなかった。

 T氏は当博物館に何度も来訪して、その構造をつぶさに見て行かれた。レーザによる平面性の確保にも興味を持たれた。
 その後、自宅を新築される際にレイアウトルームを確保し、当鉄道のノウハウをすべて採用された。

 路盤高さも1100 mmとされた。高さが良いとのことである。工事が簡単で剛性が高いのは素晴らしいとおっしゃる。

 レイアウトは一生ものであるから、どうすれば経年変化が少なく、また走行性能が良くなるかということを考えるべきである。
 せっかく作っても路盤が撓み、波打っているのを見ると悲しい。しかし驚いたことに、そのレイアウト所有者は路盤の撓みに気が付いていない。視点が高く路盤が低いからである。
 視点を下げてみるととんでもないことになっているが、ご本人は気が付いていない。車輌を走らせると速くなったり遅くなったりするから気が付きそうなものだと思ったが、彼は気が付いていない。車輛はどれも摩擦が大きく、機関車の性能もあまり感心しないのでいつもかなりの速度でモータが廻り、ガリゴリと走る。これでは気が付かないのは仕方ない。 

2026年01月21日

変革を成し遂げた人とは

 northerns484氏より、興味深い本の紹介があった。その核心部分の要約を戴いたので紹介する。

 コンテナで海運というよりインターモーダルの基礎を築いたマルコム・マクリーンの話を中心にとりあげているコンテナ物語(ISBN978-4-8222-8993-5)という本の中にこんなくだりがありました(p.86-p.87)。

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厳密な意味では、海上コンテナを発明したのはマルコム・マクリーンではない。
(略:上記に関する主張をいくつか紹介)
狭い意味では、彼らの意見は正しい。
(略)
だが、一番乗りの時期だけを問題にする歴史家たちの見解は、マクリーンがもたらした革命的な変化の性質を見誤っているのではないだろうか。
(略)
輸送コストの圧縮に必要なのは(補足:当時は鉄道も含め、物流にかかわる運賃は政府主導でがんじがらめに決められていただけでなく、新規参入も難しかった)単に金属製の箱(補足:コンテナ)ではなく、貨物を扱う新しいシステムなのだということを、マクリーンは理解していた。港、船、クレーン、倉庫、トラック、鉄道、そして海運業そのもの―つまり、システムを構成するべての要素が変わらなければならない。そう理解していたマクリーンは、運輸業界で何年も先を疾走していたといえるだろう。
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文字数の関係で私なりの抜粋となっていますので、気になる方は原文をご参照ください。

 ここまで読まれて何を言わんとしているかを見抜かれた方は鋭い。


2026年01月19日

ステップの脱落

briken pilot step 友人がKTM製 Big Boyを持って来訪した。パイロットのステップが折れて落ちている。他にも曲がっているところなどを直して差し上げたが、この小さな部品は無くなると困るので最初に片付けた。

 このパイロットはブラスの砂鋳物をヤスリ仕上して作られている。肉は厚く 3 mmもあり、極めて丈夫でかなりの衝突にも堪えられる。  
 別件だが、このパイロットを付けた機関車が落下したが、衝撃でフレイムに取り付けている鉄製のM3ネジが剪断寸前でもパイロット本体は変形しなかったほどだ。さすがは祖父江氏の設計だ。

 肉厚の本体に、薄い(t 0.5)の板を曲げたステップが付いている。取れた部分を見ると一応は全部の接触部にハンダが付いているが、下側から付けていて板厚の半分程度が付いているだけだ。すなわち上からの力が掛かるとメリッと逝ってしまう。このハンダ付けは祖父江氏ではない。KTMの工場内で作業したものだろう。

 ハンダをすべて削り取りステップを垂直に立てる工夫をする。フラックスを少し塗り、63%ハンダの細片を上側に置いて、炭素棒を下側から当てる。足踏みスウィッチを小刻みに速く踏む。赤熱させてはいけない。その部分が183 ℃を超えるまで待つ。ハンダがきらりと光り、沁み込んで終了である。すべての接合面に入り、僅かにはみ出してフィレット(接合部を包む曲面)を見せている。この後細かい金属ブラシでこするとぴかぴかになる。厚板で出来たワークでも、炭素棒の周りの半径 2 mmほどの範囲は容易に温度を上げられる。この種の修理は炭素棒の独擅場である。

 1970年頃、「ハンダが見えないのが良い」と無知な山崎氏は奇妙な意見を表明し、それに多くの人が迎合した。ハンダ付けというものはそういうものではない。諸外国のハンダ付け製品を見るがよい。例外なく、僅かにハンダが見え、滑らかな曲面で埋められている。

 Bill Melis氏、Kleinschmidt氏の両氏が存命中に、独立にその話を出すと、彼らは鼻で笑った。
「壊れないものを作ろうという気持ちがないんだな。」 
 日本にも正しいハンダ付けが広まる日は来るのだろうか。 

2026年01月17日

折曲げの手法

 車体の折曲げについてコメントで質問があった。

 Bill は折曲げる所は裏を欠き取らないと失敗すると言った。彼の欠き取る手法は興味深かった。
 手で欠き取ることはほとんどない。横フライスを使うのである。横フライスを持っている方はぜひやってみて戴きたい。

 30ミル(30/1000インチ、約0.76 mm)の板を曲げるには、30ミルの厚さの鋸刃を使う。深さは15ミルだ。要するに厚さと同じ幅の刃物で、厚さの半分まで削り取るのだ。

 作業は簡単で、板をテーブルに締め付けて刃物を一回通すだけだ。当然ダウンカットである。間違ってアップカットにしようものならめくれあがってしまい、とんでもないことになるだろう。

how to make a sharp crease V字型の刃物では駄目かと聞くと、「素人は必ずそれを言う。」と顔をしかめた。
「いいか、V字の刃物では削れてない肩の部分が当たらないようにするのは難しい。当たったらおしまいなのだ。薄いところが伸びて、さらにやると千切れるだろう。」
 きわめて当然な答であった。これを聞いて以来、筆者は手で削るときは折れた金鋸の刃を研いで彫り込んでいる。その時、定規が削れるのを防ぐため、当たるところは角を取ってある。手でやるときは距離が長いと削れ具合が異なるので曲げた後でその角が正しく出ていないことがある。小さなものなら必ず成功する。 

 曲げた後、切れ目にはハンダを流すかどうかは好きにせよとのことであった。  

2026年01月15日

GTELS HO version

 Bill は HOのGTELも作っていたようだ。そのころRalph Gochner氏がベリリウム銅のロストワックス鋳物で成果を上げ始めたので、共同で開発したようだ。おそらく板金工作、機械工作は Bill が手掛け、全体は Ralph がまとめたのだろう。

BM's A unit その組立図が何枚か出て来た。この作図は Bill による。Scale Brassという言葉が見えるが、これは彼らの商標である。古い模型雑誌で時々見かけた。  GTELの写真集にはその完成品の写真が載っている。Bill Melis の名前は無いが、B.M.という頭文字だけが書いてある。 

BM's A unit2 O scaleに比べると剛性が十分にあるのでかなり簡略化された作りとなっている。

  

BM's A unit4BM's A unit3 屋根上の作りも比較的簡単だ。エッチングと鋳物を使って表現するものと思われる。



2026年01月12日

高橋 淑氏の死去

高梨 淑氏 昨日、高橋 淑(きよし)氏のご家族から訃報を受け取った。12月初旬にお亡くなりになったそうで、残念でならない。筆者はたまたま東京郊外に居たので急遽訪問し、焼香させて戴いた。 
 
 高橋氏は1933年生まれで、終戦後すぐにカツミ模型店に就職。以後製品が海外に進出する初期の段階から、精力的に活躍された。
 Max Gray, Westside, PSC などのインポータとの交渉で能力を発揮され、日本の模型産業界では一番の実力者であった。英語は非常に堪能で、模型工作の腕も素晴らしく、よくアメリカに呼ばれて試作品などを改良する仕事をしていた。Athearn氏とも親しく、当時の内輪話をよくしてくれた。
 海外の製品を分析して、そのアイデアをより確実なものへと改善応用するのが得意だった。最近筆者が再生産した六角ジョイントも、元はと言えば高橋氏がイギリスの雑誌を見て思い付いたもので、プラスティック製にしてOゲージ用として大量に生産された。

高橋 淑氏3 大変器用な方で、趣味のオーディオはプロ級であり(NHKの技術者に友人がいた)素晴らしいものを自作されていた。またライヴスティ―ムの友人に様々な部品を作っておられた。
 NHKの「危険信号」という番組の裏方として全国に出張された思い出をお聞きしたことがある。

高橋 淑氏2 筆者は自作の機関車等をお見せすることがあった。その動きをご覧になって感想を述べられたが、いつも同じ言葉を発された。
「見事だ!こういう動きは世界中誰も作り出していない。」
 一部はアメリカのインポータにも見せられたが、コストの点で話が進まなかったのは残念だ。韓国製の模型にシフトした後だったから、というのが大きな理由である。

 偶然にも、とれいん誌2026年1月号に高橋氏からお預かりしている近鉄2250の写真が掲載されている。素晴らしいテクニックが見える。 

続 Bill Melis氏 の GTEL B unit

Overland-Ajin GTEL O scaleOverland-Ajin GTEL HO scale B unit の台枠は鉄橋のような構造で、床下部分にはほとんど垂れ下がっている部分がなく、下が向こうまで透けて見える。すなわち駆動装置を床下には隠す場所がない。Ajin が当初つくった商品では、床下にモータをぶら下げたのでモータを隠すためにカマボコを上下逆にしたものをぶら下げていた。これが非常にみっともなく、ほとんどの購入者はその部分を切り取ってしまった。すなわちモータは一つとなり、B unit は単なるトレーラになってしまう。そうすると図体の割に牽引力がないので、評判は非常に低かった。 
 のちにモータを床板上に置き、台車上で推進軸を下げる改良品が現れたが、その音が大きく評判は今一つだった。

 今回、新製の床板および下部の構造材の剛性が大きく、床上にモータを付け、チェイン駆動にしても側面からは全く見えない。滑らかな駆動方式となる。  

<追記>
 Overland Models First 10 yearsのカタログから2ページ分を掲出する。
 O scale の写真は一枚だが、Bユニットの腹が垂れ下がっているのがよく分かる。モータ(SAGAMI MOTOR だったと記憶している)の外径のカマボコ型がぶら下がっている。
 HO version は3枚の写真があるがどれも腹が垂れ下がっている。 

2026年01月10日

Bill Melis氏 の GTEL B unit

Bill Melis' GTEL B-unit これも Bill から貰った写真である。テンダが手前にあって大きいので B unit の幅の狭さが分かりにくい。ガスタービンの排気口内部が作ってある模型は珍しい。後に Ajin などが模型を発売したが、このあたりの作りはほとんどが怪しい。中には何も付けていないものもあった。

 Billはよじ登って内部を確認しているから、間違いはない。筆者ももう一台の保存機を確認してきた。この排気温度は 500 ℃ 近辺で、塗装は無意味である。鉄板の表面には酸化被膜が出来てそれ以上腐食されないのだが、しばらく放置されると薄く錆びて来る。

 この機関車は 30号機 で屋根上に太い排気管が付いている。これは吸い込んだ空気の中の塵を分離したものを排出するものであろう。この機番は最終号機であって、様々な実験をしている。タービンの出力を限界まで上げて10000馬力以上にしていた。一部のおかしな雑誌にはテンダ台車にモータを付けたなどというとんでもないデマを載せているが、そんなことは出来るはずがない。動力台車というものは設計の最初の段階から付随車用とは異なる前提で始まるものである。


2026年01月08日

続 Bill Melis氏の GTEL A unit

BM's GTEL 描きかけの図面があった。この作図は Frank Cutlerによる。寸法はよじ登って実際に測定したものだそうだ。


 筆者が最初にGTELを作りたいと申し出た時に、Billは「何号機を作りたいんだ?」と聞いた。こちらが面食らっていると、「機関車は手作りで、どれも寸法が異なる。付いている部品の位置なども違う。当然性能も違ってくる。」と言った。これはのちに Tom Harvey に聞いたところ、「当然だ。」ということであった。

 とりあえず18号機を作ることにしたのでその写真はかなり集めてある。しかし細かく作ってもすでに他の機関車は無く、比較のしようがないから、気楽に行くことにした。

GTEL drive  伝導方式は以前の案よりも簡単な方式にして伝達効率を上げることにした。A unit はチェインをやめ、両軸モータを使って直接駆動する。モータを収容する部分には頑丈な取り付け金具を付けた。ディーゼルエンジンの燃料を収容する補助タンクが出っ張っているが、その取付け方を変更し、メンテナンスを楽にした。昔に比べてモータが小さくなったのでいろいろな点で楽になった。


2026年01月06日

Bill Melis氏 の GTEL A unit

BM's cut section これが Billによる初号機の A unit の台枠と床板である。  
 下は主台枠の前後部分である。上に示したのは中央部断面で、大きなカツミ製モータを収容するために床板に孔をあけ、主台枠を外にずらしている。そうして補強を上側に付けている。

 Bill の設計手法ではアングル、チャネルを作ってそれらを組合せて剛性の大きなものを作り出している。アメリカの快削ブラス材はかなり硬い。曲げる部分にはV字溝を彫り、確実に曲げている

A unit floor (2)A unit floor (3)A unit floor (1) 当時のモータはかなり大きく、それをゴムのグロメットを介して取り付け、振動を減衰させている。二番目の写真では裏から見ている。この上にさらにディーゼル用補助燃料タンクが被さる。塗料の剥がしてあるところで1-72ネジで締め付けるようになっていた。あとのことを考えるとメトリック・ネジにすべきと考え、M2のネジを切り直した。

 その旧型モータを外し、コアレスモータの両軸型を取り付けることにした。両軸型は少ないので、ロータリィ・エンコーダ装備型を分解して用いる。エンコーダ部分を引抜けば良いのだ。抜くと、細い軸があるから、旋盤でスリーヴを挽いて被せる。モータ径がはるかに小さくなったのでモータ収容孔はほとんど意味がなくなった。場合によっては塞いでしまうこともありうる。

 最初の1輌は手探りで作り、その後は量産しやすい形にしたようだ。筆者の持っている2輌目はそれである。
 Billは何輌分のキットを作ったのだろう。そのうち完成したのはどれくらいだろう。待てばそのうち見つかるかも知れない。
 出来るものなら買い足したいものだ。 

2026年01月04日

Bill Melis氏 の GTEL

3 GTELs 今年は GTELを集中的に工作することにした。GTEL5輌とGTEL引退後の台車再利用で生じたディーゼル電気機関車3輌の計8輌をまず完成させたい。

 博物館の工事中たくさんの工具を自宅から移動させたが、その工具が無いと車輌工作が出来ない。年末にそれらを博物館から自宅に再移動した。自宅地下室の工作室を再整備して効率を上げる。測定器だけで机を半分を占有できるようにする。大きな定盤を据え付け、割出盤も整備した。
 ハンダ付けは外でやるのが当たり前になってしまった。塩酸を含んだフラックスを使うことが多くなったからだ。
 
 自室の”Bill Melis”と書いてある抽斗を開けると、様々な資料が出て来た。彼がキットを頒布した時の組立図などである。全部 O scale だと思っていたが、HOの図面らしきものもある。これはRalph Gochner氏が頒布したものだろう。板金工作は Bill がやったはずだ。ラルフは Utah Pacificというロストワックス部品の製作工房を運営していた。そのブランドの部品は今でも e-bay 等で手に入る。

main frame reinforcement Billの O scale の工作は手堅く、いかにして剛性のある台枠を作るかという工夫がある。初代の作品のB unit には 0.76 mm(30ミル、30/1000インチ)厚の床板に 0.76 mm厚の幅広チャネル( 6.4 mm高)が付けてあった。その側面に厚い洋白の角棒を貼って補強した。この種のハンダ付けではスズ60%ハンダを用いる。はみ出しても構わない場所であるし、大きなコテで十分な熱量が供給されるから何の問題もない。はみ出さないように最低限で完全密着させて付けたいときは63%を使う。

BM's GTEL Section O scale 後の量産品は床板を使わず、チャンネルを貼り合わせて剛性の大きな構造を作り出している。この剛性の大きさには驚いた。この種の工夫は Bill 以外の人の作品で見ることがない。
 A unit にはモータ収容孔があるのでそれを補強するために床板上に高さのあるアングルを貼り付けている。これがあると剛性が大きくなり、そう簡単には壊れなくなる。

2026年01月02日

続々 唐竹割り

Bill Melis' turbine 7 有難いことに屋根の中央部には例のラニングボードがあり、継ぎ目はほとんど隠れる。裏から板を当ててつなぎ、上の面は光硬化パテで塞げばよい。

 車体内部に幅を決めるジグを置き、それにクランプして妻板を付ける。車体中央には2箇所、強く掴まれても良いようにスペイサをしっかりハンダ付けする。こうしておけば重い機関車を、素人に間違って持たれたとしても生き残れる。
 先日もある会場で、HOの人が筆者のガスタービン機関車を鷲掴みにして裏返して見たので驚いた。すぐにやめてもらったが、人のものを無思慮に触る人は意外に多い。HOと同じように掴まれると、重いからより強く握らざるを得なくなり、車体が歪む可能性がある。持っても良い場所は決まっているのだ。しかし、そういう人への対策もある程度は考えておかねばならない。こういう人は自分でものを作ったことがない人達である。
 とにかく他人の作品は触ってはいけないし、運転してはいけない。クラブに入るときに、そのことを誓約させるべきであろう


 妻板は 厚板を用いたから安心だ。経験上、妻板が弱いと衝突時に生き残れない。ジグ上で締めておいて、炭素棒で付けた。

GTEL Floor (1)GTEL Floor (2)GTEL Floor (3) 床板も縦割りにし、1 mm 板を貼り足して補強してある。連結器座を取り付ける部分は衝撃に耐えるようにした。床板と幅広のチャネルとをハンダ付けするが、チャネルの側面には 1.5 mmx5 mm の洋白角棒を貼り足した。これで剛性のある床板となった。

 思わぬことでBill Melis の作品を手に入れることが出来、その改良工事をすることが出来たのは嬉しい事だった。台車は一部壊れていたので、一組を U50C に移植し、GTELには新しい鋳物を付けることにした。そうすると2輌のGTELの仕様が揃って見栄えが良くなる。3-unit GTEL の台車は機番によって多少の違いがある。 

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