2025年04月

2025年04月19日

TMS 1000号

TMS 1000th TMSから献本が届いた。何か貢献したことがあったっけと考えたが、思い付かない。丹念に読むと、ある方をお助けしたことがあって、そのことで名取氏が送って下さったのだ。律儀な方で驚いた。

 記事としては、振動試験車が面白い。数年前に携帯電話を使ってできそうだと思い、筆者も手を付けたがそのままになっていたことを思い出した。この方はかなり本格的に作られている。しかし、どうでも良い車体の工作の説明が長い。
 岸本剛一氏の昔話は面白い。伊藤剛氏の影響が大きい。安井酉次郎が実在の人物だと思っておられるようだ。以前にも書いたが、これは「ヤスリ、ドリル、作ろう」から来た造語で、伊藤剛氏らが書いていたのだ。 491号の例の作者の件は知らせたが、訂正が間に合わなかったようだ。
 岸本氏は「こういう部品を付けました…みたいな話は面白いとは思わない」とおっしゃっているが、そういう記事は今月号にも載っている。その中でボイラの下半分を台枠に付ける話があるが、HO以下では初めて見たような気がする。筆者の周りでは例は多い。
 久保田富弘氏の記事ではペーストの話があるが、誤解されやすい話だ。ペースト信者が増えるのだろうか。

 さて、今回の目玉は創刊号から 100号までのDVDである。これは有難い。実は博物館には全ての号があるのだが、 最初の20号くらいは紙が劣化していて、開くと砕けてしまいそうなのである。   
 開架しているのは 51号以降にしている。しかし、初期の号を見たい人も居るので、それは写真を撮ってDVDに焼くつもりであった。そして博物館内のプリンタで印刷して持ち帰ってもらうことになり、面倒であった。そこには著作権の問題もあり、困っていた。
 機芸出版社にお願いして、「著作権については開放する」との許諾を貰わねば、とてもできない話だった。さらに、そういうことにはかなり難しい点があることも分かっていた。そこに今回のDVDが付録に付くことになり、数年間呻吟してきたことから解放されて万々歳!である。
 閲覧するだけなら操作は極めて簡単である。PDFで入っているのでプリントするのも速い。

 一桁号の記事には祖父江氏の執筆もある。記事が無くて、酒井喜房氏を通して頼まれたとのことだ。その機関車のことを聞くと、 
「えぇっ、そんなもなぁ、アメちゃんに売っちまったよ。食い物が無かったからねぇ。」とのことで、アメリカのどこかにあるはずである。
 今でも eBay を丹念に見て探しているが、見つからない。しかしそろそろ出て来る頃だと思う。30年ほど前、その機関車を探していることを伝えると、「下らねぇことをするんじゃあねぇよ。あんなもなぁ、今のあんたが作った方がよっぽど上手く出来るぜ。」とのことだったが、やはり見てみたいし、博物館に収蔵したい。


2025年04月17日

来訪者の感想

 知人が家族4人を連れて見に来たいと言う。その中で一番若い子は12歳だそうだ。歓迎した。

 まず121輌の貨物列車を起動した。汽笛の音、蒸気の音に感動したようだ。連結器の遊間が伸びる音が、ガチャガチャとレイアウトを一周して動き始める様子が面白いそうだ。
 最初から登り坂で、機関車はややスリップする。そうすると関節機関車の前後のエンジンの回転差が音で感じられるというのが面白いという。

 貨車を一生懸命数えるが数え間違いそうになる。「10輌ごとに少し毛色の変わった貨車が入れてあるから、それを目安にすると良い」と言うと
「なるほど」ということになった。

 「車輪の音がほとんどしないのはなぜだろう。普通はシャーとかゴーっていうよ。」と聞く。
「車輪は市販されている模型の精度をはるかに超えるもので、高精度の旋盤を持っている工場を説得して作って貰ったんだ。」と言うと随分感心したようだ。
「それだけではないんだよ。剛性のある台枠、重い緩衝材、レイルを固着させない締結方式とか、レイルそのものの材質も絡んでいるんだ。」と説明すると、
「さすがだね」と納得したようだ。

 次に FEF3 の牽くプルマンの急行列車を走らせた。一定出力で手放し運転すると、登り坂はあえいでいたが平坦線に来ると加速し、下り坂では100マイル/時で滑り降りると、皆興奮した。運転室から覗く白い帽子の Tom Harvey 機関士は人気がある。
この滑らかな走行はいったい何だろう。模型の動きとは思えない。」と言う。
 土屋氏が驚いた時の話をした。あれから40年近く過ぎたのだ。 

 モータやギヤの音が全く聞こえないのも不思議だという。そこで歯車の歯数比の話をした。「互いに素」の話を出したら、大いに盛り上がった。こういう話が出来るのは嬉しい。 

2025年04月15日

続 トルクチューブ式ギヤボックス

 先日、工学系の友人たちと話すチャンスがあった。現物を見せると、不思議そうな顔をする人もいる。
「この軸にいくつのボールベアリングが入っているの?」

3-bearing  正直なところ、そこを突かれるとまずいと思っていたので、ドキリとした。
「3つなんだ。良くないよね。」
「そうだね、2つにすべきだよ。作った時は心が通っていても、何が起こるかわからないからね。」

 その通りなのである。祖父江氏は、この構造をブラスの機械加工のブロックと丸棒を組合わせて作ったので、極めて剛性が高い物が出来た。完全に心が出た状態を保てるだろう。ところがこれはナイロンの 3D プリント製で、力が掛かれば多少は撓む可能性がある。
 飛び出している部分の先端の軸受は無くても問題はなさそうだ。駆動軸に六角ジョイントを付けるから、そこが多少ズレても駆動力伝達には何ら影響はないだろう。

 とりあえず2種の試作をしてみて実際の運用に投入し、様子を見て方針を決めたい。


2025年04月13日

トルクチューブ式ギヤボックス

torque tube Oゲージ蒸気機関車用のギヤボックスが必要になって来た。手持ちの金属製のギヤボックスを使い尽くしたのだ。新開発の物はGゲージにも使えるタイプである。
 この絵を見ればお分かりのように、トルクチューブが飛び出している。このチューブは外径 6 mm、内径 5 mmのブラスパイプで、たまたまあったものを利用したが、その精度には驚いた。内外ともぴったりの寸法である。

 今でもトルクチューブの意味をよく聞かれる。一言で言うと、設計、施工が極端に楽になるということである。
 もし、モータとギヤボックスを一体にして吊り掛けにしようと思うと、ギヤボックスからモータへの取り付けネジの位置を考えてその組立、分解の方法を考えねばならない。さらに、それを台枠に可動で取付ける手法も簡単ではない。軸重も均一になりにくい。大きな重いモータを使わざるを得ない時は、かなり困る。もっとも、このリンクの方法はあまりにも古い。現在はもう少し賢い設計だろうが、それでもモータをどのように取り付けるか、は少々考える必要がある。
 トルクアームは多少楽ではあるが、機関車ごとに支持点を設計し直さねばならない。

torque tube トルクチューブなら、どんな機関車も全く同じ手法で作れる。35年ほど前、この方法で作った機関車を祖父江氏に見せたところ、
「こいつぁ面白ぇ方法じゃねぇか。楽だよねぇ。みんな同じ設計でいけるぜ。」と賛同を得た。それ以降祖父江氏の工房で完成される機関車にはすべてこの方法が採用された。いわゆる Sofue Drive はこれを指すのだ。この写真の後部エンジンの駆動がそれである。前部エンジンのギヤボックスは、裏側からトルクアームで支えてある。これは関節式機関車であるから避けられない構造であった。


2025年04月11日

続々 塗装剥がし

アセトン 結局、3回目を有機溶剤で実施した。再度 シンナ + アセトン の混合液を作り、硬い刷毛でこすった。比率は体積比で 3:4 とした。


 アセトンを入れる理由を質問された。アセトンはいわゆる極性溶媒で、分子に電気的な偏り(δ+δ−)がある。水分子が電気的な偏りを持つことは誰でも知っていることで、かなりの種類の物質を溶かす力がある。しかし水を弾く物質に対してはそれを溶かすことは無理である。例えば油を塗った物質では水は弾かれてしまい、その物質を溶かすことは出来ない。

塗装剥がしに用いられる溶媒 ガソリン(オクタンなど)やナフサなどの炭化水素は油を溶かす(希釈力)。その時ガソリン等に混じる極性のある溶媒が入っていたとしたら、様々な固まったものを溶かす力(溶解力)があるはずである。それがラッカ・シンナである。
 ラッカ・シンナには各種のエステル(酢酸エチル等)が入っている。エステルは極性があり、なおかつこれらはガソリンなどの炭化水素によく溶ける。
 ガソリンのように揮発性が大きいものだと引火して火事になりやすいので、適当な沸点範囲の炭化水素と混ぜるのが普通だ。ベース材としてはトルエン、o-キシレンなどが選ばれる。これらは分子の形が完全に対称ではなく、多少の極性がある。

 そこに極性が非常に大きなアセトンを足すと、固まった塗料の表面の電気的に偏った極性のある部分にくっつく。そしてそれをトルエンが取り囲んで引き離すというわけだ。シンナの中の極性分子を増やしてやるとエポキシなどの高分子も溶けやすくなるのだ。ただ、アセトンは蒸発しやすく、100%のアセトンでは使いにくい。
 

stripped かなり強くこすったので、刷毛は擦り切れてしまったが、塗料は 99% 以上取れた。あとは磨き砂で丁寧に擦れば、ブラスの光沢が戻るであろう。この作業は外で行った。かなりの風があったので、近所にはあまり迷惑を掛けていないはずだ。 

2025年04月09日

続 塗装剥がし

stripping paint (1) 袋から出してみると、黄色の塗料は半分程度めくれていたが、灰色の下地は全く剥がれていない。こうなったら物理的に攻めるしかない。ワイヤブラシで軽く傷を付け、硬い毛のブラシでシンナを付けて擦ると少しずつ剥がれるが、ぺろりとは行かない。

stripping paint (2) 30分ほど努力してこの程度だ。まだ全体に灰色のプライマが薄く残っている。今回はここまでで、さらに一晩シンナの袋に入れて、刷毛でこすった。9割がた取れたが、まだまだである。デッキ部分のややこしいところは全て外して、新製するのが一番労力が少ないような気がしてきた。ここまではがれにくい塗料は初めてだ。

 サンドブラストを持っているがこういう仕事には使えない。薄板に当てると、極端に反りが出る。片面の加工硬化した部分がなくなると反対側の残留応力の影響が出るからである。

 アメリカならではの塗料の使い方であった。この彩度の高い黄色は農業機械のJohn Deere社の黄色のような気がしている。 

2025年04月07日

塗装剥がし

c5c88599 このカブースを塗り替えることにした。
 窓配置がおかしな、例のUS Hobbies時代の製品である。これを入手したのは25年ほど前で、カリフォルニアで開かれたコンヴェンションで見付けた。極めて安かった。その理由は、まず色調が実感的でなかったことと、台車、連結器が壊れていたこと、片方のデッキが壊れていたことである。それらは簡単に修復できた。一般的に、アメリカでは塗装に対する評価の比重が大きい。本体が良いものであっても塗装に失敗していると、価値が極端に下がるのだ。このカブースを見た人は「これは駄目だ、」と言って誰も手を出さない。3日間放置されていたので、閉会するときに行って安く買った。

 塗装は見るからに厚く、0.4 mm程度はあった。艶などを考えると、自動車用の塗料を塗ったに違いない。この黄色は極めて彩度が高く、鉄道車輌には見えなかった。全体に埃をかぶせるように薄い灰色と褐色の混合物を塗った。多少落ち着いて見えるようになったのがこれである。窓ガラスを入れ、台車を作って本線を走っていたが、他の車輌とは見かけに格段の差があり、徐々に休車に追い込まれてしまった。あまりにも塗膜が厚く、ボテっとしていたのだ。

 一念発起し、上下をばらしてブレーキフルードに漬け込んだ。3日後に出してみると、あとでタッチアップした部分は剥がれていたが、その他は多少柔らかくなった程度で剥がれていない。
 やはり、これは一般の塗料ではないということだ。わずかに膨潤するが、溶解するようには見えない。おそらくエポキシ系の自動車用プライマを塗ってから、ウレタン系塗料を塗ってあるに違いない。
 しょうがないから、ラッカシンナとアセトンの混合物を入れた大型ポリ袋に入れ、数時間ごとにごろごろと各面を浸すように転がした。普通ならば、この処方に耐える塗料はない筈だった。


2025年04月05日

再度 饋電について

 先頃饋電について書いたが、色々な場所でお会いした方々から感想を聞かせて戴いた。

 一言で言うと「とても良い記事」だそうだ。箇条書きにすると、
・この国の模型人は、ほとんど誰もそんなことを考えていなかった。
・指摘されたことは全て事実で、饋電の理屈と方法を知らねば克服できない。
・大きなレイアウトだけの問題ではない。小さなレイアウトでも正しく饋電されていなければ問題が起こるはずだ。
・レイルの素材について再考する時期に来た。

 洋白材をレイルに使ったのは日本が最初らしい。カツミにいた高橋 淑氏が、伸銅屋の店先に山になっていた注文流れのギターのフレットを見て閃き、その再利用法としてレイルを作ってみた。篠原模型店に使うように勧めたところ大ヒットしたらしい。それまではブラスレイルを使うのが世界の主流であったのだ。
 今となっては取り返しがつかないが、その余剰材料が白銅であったなら、もう少し電気抵抗が少なかったであろう。 

2025年04月03日

続々 PRR のカブース群

N5C (2)N5C (1) このN5Cは以前にお見せしたものである。とても繊細な模型で、ばらすのにかなり苦労した。エッチングされた板で作られているので全体が柔かく、下手に持つと凹みそうだ。

 屋根を外せるはずなのだが、その方法が分かるまで多少時間が掛かった。車内を虫眼鏡で覗き込むと、屋根上からネジが締めてあるのが見つかった。その頭がどうやって隠されているのかを理解するのに手間取ったのだ。
 屋根上のラニングボードがバネで喰い付くようになっている。それを引っ張るとスポンと抜け、ネジ頭が露出する。それだけのことなのだが、バネが利いているので隙間が無く、すぐには見抜けなかった。
 そのバネは細いリン青銅線を曲げたフープ状のもので、良い考えではあるがハンダ付けが上手ではなく外れてしまった。塗装後に壊れたので修復せず、接着剤をわずか付けて押さえ込んだ。面白い工夫ではあるが、塗装後につけ外しをすると、塗装が剥がれる可能性が無きにしも非ずだったからだ。
 窓ガラスをはめたので、二度と外す人は居ないだろうから、これで良いのだ。

 この模型はエンドウ製である。遠藤稔氏が社長であった時代だ。招待されて訪ねて行くと喜ばれた。筆者の駆動装置をお褒め戴き、その応用について語り合った。そして筆者を自ら工場の中を案内してくださったのだ。あれから37年経つ。

 台車のバネは太いものに取り替える予定であったが、塗装したところ微妙に太く見えるようになった。これで良いことにする。  

2025年04月01日

続 PRR のカブース群

N6A (2)N6A (1) こちらは N6A だ。以前にも作ったので2輌目である。この機種は2軸車のフレイムを切り離し、片方に伸ばして作った物らしい。両方に伸ばしたものもあるとのことで、それは前後対称の長さになっているはずだ。この写真を見るとその改造様式が分かる。当然キュポラは背を高くしているし、窓を縦長にしている。

 以前お見せしたときにキュポラを黒く塗っていたが、brass-solder氏からご指摘を戴いた。その塗装スキームは無いらしく、あわてて塗り替えた。
 
 ディカールはDr.Yによるお手製で、素晴らしい出来である。キュポラの屋根を外せば、車内に指が入り、窓ガラスが貼れる。
 窓ガラスを入れてないと完成した気分にならない。これは椙山 満氏の影響である。氏は、「窓ガラスが入ってない車輌は戦災に遭った様だ。」と評された。必ず窓ガラスを入れるようにしている。

 屋根は薄いブラス板で作り、鉄板を貼り付ける。キュポラの壁に梁を掛け、小さな磁石を嵌め込むと屋根が取り付けられる。ネオジム磁石の威力は素晴らしく、取るのに苦労するぐらいよく付く。

 いずれも Low-D 車輪をはめたナイロン台車であるので、素晴らしい転がりを示す。


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