2012年06月
2012年06月30日
続々々 Kleinschmidt Drive
これはGG1の主台車・先台車である。先台車の復元装置は付いていない。筆者のアイデアを紹介すると興味深そうだった。Cogged Belt(歯付きベルト)で伝導している。十分に静かだ。
スパーギヤで連動してドライブ軸を上げてあるものもある。ウォームで減速する前の段階で、スパーギヤを使うのは考え物だと言うと、歯車の精度次第だとのことであった。確かに組まれたものは静かだ。彼の説明によると、スパーギヤ軸のガタが騒音に大きく影響するそうだ。ほんの少しのことだがボールベアリングのガタが大きく響くらしい。だからギヤボックスのボールベアリングは、予圧を掛けてガタを全くなくしている。予圧はバネで与えている。
筆者はほとんどの場合、チェインドライヴを採用している。彼は「高速軸では、チェインは静かだとは限らない。歯車の方を好む。」とのことである。

GG1の台車枠をハンダ付けするときのジグである。これはテキサスのDennisと同タイプである。各ブロックを嵌めて締める。そしてDennisはアセチレンガスで加熱してハンダ付けする。なぜアセチレンかということは説明していなかった。酸素アセチレン炎はとても小さい。すなわち反応速度が大きく、短い炎が可能であるからよそに熱が行かないのである。付けたい部分だけを加熱するので安心であるからだ。
Stuは炭素棒ハンダ付けを使う。「一瞬で終わるよ。」とのことだ。
2012年06月28日
リンクによる先台車の支持
先回のリンク機構についていくつか質問を戴いているので、予定を変更して図を載せる。短いリンクは主台車に固定されている。先台車が横に動くと、先台車は回転しつつ動く。もちろん完全な円弧を描いているわけではない。 定数を変えて作図すれば、目的の線路半径で、軸を完全に円の中心に向かわせることも不可能ではないが、その手前の状態でどうなるかは不明である。
曲線中で先台車のフランジがいつも二つとも外側レイルに当っている(厳密にはフィレットが触っている)とは限らないから、これでも良いのかも知れない。
これがその昔TMSに載っていたはずの図である。Tの縦棒の先端をどこに留めるかは悩む。どの位置にしてもあまり良い結果は出ない。無理があるのである。これに比べると、上の図のリンクは、はるかに筋が良い。一軸先台車であれば、中学程度の簡単な幾何学で心向棒の長さは計算できる。実物はフランジの摩耗を減らすために、計算値より少し短くして、より内側に向くようにしているらしい。
いずれにせよ、リンクではいつも完全に曲線に載ることはないので、ある程度の自由度を持たせるために、リンクを多少伸縮するように(栗生氏案)するか、支点をゴムで受けて多少の動きを許すようにすべきである。
もちろん復元装置を付けることは当然必要である。
2012年06月26日
続 Kleinschmidt Drive


これら3枚の写真をご覧戴きたい。GG-1の主台枠と先台車である。先台車には左右に滑る長穴は無い。垂直荷重だけが掛かる。リンクで左右に振れる時に先台車の回転も同時に起こる。うまい工夫である。実に模型的な発想で、感服した。この種の工夫は見るのが初めてだ。この方法を採用すると、線路に載せるとき、全ての車輪が整列するので載せやすい。
この寸法を測って作図したところ、直線から僅かに偏倚(い)したところまでは第二先輪のフランジがレイルヘッドに接触する。その後もう少し首を振ると第一先輪のフランジが接触するようだ。
実物では軌間を押し広げる形になり、よくないそうだ。
この件に関しては、業界人に写真をお見せして、意見を聞いた。疑似円弧運動をさせるので、色々な応用例が可能であるとのことだ。たとえば、「1軸先台車で、リンクの長さをとれないときに、短い寸法で緩やかな円運動をさせたいという場合には、良い方法かもしれない。」というコメントを戴いている。
また、「かつて、個人の作品で2軸先台車をT字形のリンクで案内する構造があったが、一般的ではない。」とあった。その作例は覚えている。
剛性の高いリンクでは無理が効かないので、ゴムのグロメットを介するリンクなら、先台車の前後軸が同時にレイルヘッドに当たるように出来るはずだと思っている。
実は筆者には縁遠いはずのGG-1のキットを組めと、1台預かっているのだ。この方法は大きなヒントとなった。
2012年06月24日
Kleinschmidt Drive
Kleinschmidt Drive という言葉がある。Stu によって開発された伝導方式だ。 普通の既製品のドライヴを外して、彼が作ったギヤボックスを付ける。それだけでも十分なのだが、もうひとつディーゼル機関車には特別の装置を付ける。遠心クラッチである。この動作をYoutubeで探したが、みつからない。まずモータをアイドリングにすると、プルプルと廻っている。この時車輪を廻すトルクは取り出されない。回転数を最大速度の20%程度にすると、緩やかにクラッチがつながって行く様子が分かる。巡航速度では、クラッチは全く滑ることがない。
これの現物を見た時、非常に驚いた。構造はすぐに推測したが、それを大量に作り、十分な寿命を持たせることができる技術力に感嘆したのである。一つや二つなら、筆者にも出来る自信はある。しかし、それを金を取って人に売る自信は全くない。彼はこのドライヴを1000台は作ったと言う。

中はこのようになっている。ブラスの丸棒を薄切りにしたものを鋼製の丸棒に通してある。遠心力で外に行って接触するようになっている。相手は鋼製の円筒である。錆びにくいように、黒染めが施してある。注油穴があって、年に一滴油を注せば十分と言っている。20年ほど走らせたものを分解したが、ほとんど減っていなかったと言う。多分200年位は十分持つだろうと言う話だ。
この方式は安いモータを使っても滑らかな発進を可能にする。音もなく動き出す。同心性が高くないと、不具合が起きる。その部分の設計、工作が卓抜である証拠だ。
電気機関車、蒸気機関車には付けたことが無いと言うが、それは当然だろう。
2012年06月22日
続々々々々 Stu を訪ねて

フライスで削り出したフレイムである。多分ペンシィのロッド式電気機関車であろう。中の二軸ずつが動軸で、外の一軸がジャック・シャフトである。短く作って継ぎ手でつないである。長いものの工作は好きではないらしい。
ギヤボックスがたくさん作ってある。事前に必要数以上にたくさん作っておき、それを順次使う。歯数は互いに素である。全てのギヤボックスにはボール・ベアリングが入っている。予圧を掛けてあるのでガタはない。彼はそこが大事だと言っている。本物と同じようにスプリングで予圧しているのでいつまでもガタが無いと言う。
Stuは、「私もキットを作っているようなものだ。」と言った。それは祖父江氏の工房での作業を講演で紹介した時に筆者が使った表現である。女工さん数人を使ってキットを組み立てさせるわけである。祖父江氏はその部品を作るわけだ。そうして1ロット200輌の製作が進んだ。Stuは自分でキットを組んでいる。
これはギヤボックスを作るジグというべきかヤトイというべきか迷うものである。ブラスの塊りから削り出したものをこのアルミのブロックにネジ止めし、中を Tスロット・カッタで削り取る。Tスロット・カッタは、軸に比べ先が数倍太い円周を持つエンドミルである。ギヤの収納部のエグリをするのである。彼はロストワックスを一切使用せず、全てを削り出す。
ある程度完成したものはこのように並べてある。これらは韓国のAjinの製品である。台車枠が自重で撓んで開いてしまう具合のよくない製品である。2012年06月20日
続々々々 Stu を訪ねて
このエア・コンプレッサが面白いので写真を撮った。エアタンクがどこかで見た形だと思った。これは航空機の非常用酸素タンクである。高空で与圧が抜けた時に酸素マスクに酸素を供給するためのもので、近くにある飛行機の解体屋でもらってきたものだという。飛行機の解体屋は日本ではまず見ないが、アメリカにはかなりある。エア・ポンプは大型トラックから外したものらしい。静かに作動した。Stuはどんなことでも理屈を全て理解しているから、巧妙な工夫によってより高い完成度の作品を作る。見掛けだけの工作ではないのだ。
これが彼の工作台である。長年の間にこうなったと言う。特に何か方針があってこう並べたわけではないそうだ。工作台の上には仕掛品がたくさんあった。1台ずつ作るのではなく、同じ機種が溜まるまで待つのだそうだ。その間にジグを作り、部品を作っておく。一度に10台仕上げれば時間の節約になる。
これは蒸気機関車の動輪を締めるジグである。全て鋼製で、先回見たブラス製を洗練したものである。「へそ」の部分がバネで出入りする。動輪軸のセンタに嵌めて締めると、心が出たまま締められる。締めるときは縦型のプレスを使う。2012年06月18日
続々々 Stu を訪ねて
電動でない工具を見て行こう。
右はシァである。素晴らしくよく整備されていて、ティッシュがすぱりと切れる。このようによく切れるシァを見るのは久しぶりである。
昔祖父江氏の工房のシァが、そのように整備されていて驚いたことがある。
左はいわゆる「カキ(欠き)」である、角を落とすように刃が付いていて、箱状のものを作る時に便利な道具である。
上から見るとこのようになっている。周りに台を増設してあり、ワークの保持が楽である。
刃の上下は、上のレヴァを降ろすと、カムで動くようになっている。アメリカの手動プレス機は、たいてい、カムか、リンクまたは歯車式である。日本はネコプレスに代表される回転式の、慣性を利用するタイプが多い。
筆者は中型のネコプレスを持っているので、それをこのタイプの専用機に作ろうと思っていた。よい見本を見たので、簡単に出来そうである。もちろん周りのテーブルも作る。
これは、ブレーキ(折り曲げプレス機)である。折り台がぴかぴかで素晴らしい。全ての工具が完璧な状態に保たれている。
これは親子代々で経営してきた工場を見るといつも感じることである。工具に対する愛着がそうさせているのだ。
これはベンダ(板金折り曲げ機)である。筆者も持っているがもっと簡便なものである。それはジュラルミンで出来ていて、あまり厚い板は曲げられない。その工具は買う場所を間違えたのである。飛行機の修理用具を売っている店があって、そこで買ってしまった。アルミ合金の板しか曲げないのであるから、仕方が無い。ブラス板は 0.6 mm 程度しかうまく曲がらない。
右はシァである。素晴らしくよく整備されていて、ティッシュがすぱりと切れる。このようによく切れるシァを見るのは久しぶりである。昔祖父江氏の工房のシァが、そのように整備されていて驚いたことがある。
左はいわゆる「カキ(欠き)」である、角を落とすように刃が付いていて、箱状のものを作る時に便利な道具である。
上から見るとこのようになっている。周りに台を増設してあり、ワークの保持が楽である。刃の上下は、上のレヴァを降ろすと、カムで動くようになっている。アメリカの手動プレス機は、たいてい、カムか、リンクまたは歯車式である。日本はネコプレスに代表される回転式の、慣性を利用するタイプが多い。
筆者は中型のネコプレスを持っているので、それをこのタイプの専用機に作ろうと思っていた。よい見本を見たので、簡単に出来そうである。もちろん周りのテーブルも作る。
これは、ブレーキ(折り曲げプレス機)である。折り台がぴかぴかで素晴らしい。全ての工具が完璧な状態に保たれている。これは親子代々で経営してきた工場を見るといつも感じることである。工具に対する愛着がそうさせているのだ。
これはベンダ(板金折り曲げ機)である。筆者も持っているがもっと簡便なものである。それはジュラルミンで出来ていて、あまり厚い板は曲げられない。その工具は買う場所を間違えたのである。飛行機の修理用具を売っている店があって、そこで買ってしまった。アルミ合金の板しか曲げないのであるから、仕方が無い。ブラス板は 0.6 mm 程度しかうまく曲がらない。2012年06月16日
続々 Stu を訪ねて

続いてフライス盤を見て行こう。縦横兼用の機械がある。これはドイツ・ミュンヒェン製の機械だ。頭の部分を外し、横フライスアタッチメントを付ける事ができる。このアタッチメントの収納棚ごと安価で手に入れたそうだ。うらやましい限りである。取り換え用のヘッドだけで数通りあるようだ。割り出し盤のたくさんあることにも驚く。一つもらってくればよかったと思う。

工具を収納するトレイの中に、個別に工具を支えるものがつくられている。これらは自分で作ったものだ。このアイデアは採用したい。
Clausingのフライスである。剛性の高そうな機械だ。最近は安く出るそうで、安価に運ぶ方法があれば欲しい。クロウズィングはミシガン州カラマズーにある工作機械メーカで、今でもアメリカ製の工具を作っている。昔Atlasブランドの小型旋盤が日本にも入っていたが、Atlasはこの会社に吸収されたはずだ。
2012年06月14日
続 Stuを訪ねて
Stuの機械は全てリビルトされている。運び込むときにバラしてしまうので、ついでに自分の思うように改良してしまうのだ。


この旋盤は三相交流で動いていたが、ゴルフカート用の大型直流モータが安く手に入ったので、直流サーボモータ駆動にしてしまった。回転速度は自由に変えられる。トルクは信じられないほど大きい。彼はインヴァータ制御より、信頼できると言う。刃物台に触った感触は素晴らしく、バックラッシュは感じられない。こういう旋盤が欲しい。
電磁クラッチ2個で減速率の変化をさせるようにしてある。巧妙な仕掛けである。
左手の木製の丸ハンドルは、コレット・クローザ(コレットを締めるもの)である。

自分の旋盤をどのように整備すればこの状態に保てるか、しばし考え込んでしまった。 旋盤は大小3種類ある。どれも使いこまれ、ピカピカである。大は小を兼ねないので、小さい旋盤も欲しい。しかし、市販の小型旋盤にこの旋盤ほどの性能があるかは、大いに疑問である。

コレットは5Cの規格をフルセットで持っている。筆者は3Cであるから、少しこちらの方が大きい。リーマもかなりたくさんの寸法を持っていて、必要に応じて使えるようになっている。


この旋盤は三相交流で動いていたが、ゴルフカート用の大型直流モータが安く手に入ったので、直流サーボモータ駆動にしてしまった。回転速度は自由に変えられる。トルクは信じられないほど大きい。彼はインヴァータ制御より、信頼できると言う。刃物台に触った感触は素晴らしく、バックラッシュは感じられない。こういう旋盤が欲しい。電磁クラッチ2個で減速率の変化をさせるようにしてある。巧妙な仕掛けである。
左手の木製の丸ハンドルは、コレット・クローザ(コレットを締めるもの)である。

自分の旋盤をどのように整備すればこの状態に保てるか、しばし考え込んでしまった。 旋盤は大小3種類ある。どれも使いこまれ、ピカピカである。大は小を兼ねないので、小さい旋盤も欲しい。しかし、市販の小型旋盤にこの旋盤ほどの性能があるかは、大いに疑問である。
コレットは5Cの規格をフルセットで持っている。筆者は3Cであるから、少しこちらの方が大きい。リーマもかなりたくさんの寸法を持っていて、必要に応じて使えるようになっている。2012年06月12日
Stu を訪ねて
Stu Kleinschmidtは名だたる精密工作屋である。名字からして「小さな鍛冶屋」であることに興味を持った。彼の名前はもう30年以上も前から知っていた。時々会うが、なかなか気難しい男で話ができなかった。StuはStewartの短縮型である。シカゴの会合で祖父江氏の業績を伝えるプレゼンテイションをすることになって、それが告知された途端に問い合わせがあった。「参加したい。期待している。」ということであった。
その席上、「Mr.Sofueは偉大だ。尊敬している。」という発言があり、その後筆者のテーブルに現れて、1時間ほど色々な話をした。
「一度お宅に伺いたいが、」と申し出ると、「ぜひとも来てくれ、明日の午後はどうか。」ということになった。
道を説明してくれたが、「GPSがある。」というと「すぐ来られるよ。」ということであった。
実のところは大変手間取った。もらった名刺の住所にミスプリントがあったのだ。近くで何度か聞いて、1時間遅れで到着した。
先方は首を長くして待っていた。玄関先に来ていた荷物の住所は、筆者の受け取った間違った住所であったので、聞くと、「運送会社は間違いを知っているから問題なく配達される。」と言った。筆者の到着が遅れたので、「訂正してない名刺を渡したことに気がついた。」と言う。クラインシュミット氏は親が電気機械の製作修理をしていたらしい。幼少の頃から家業を手伝った。「アメリカ製の電気器具は全て直せる。」と自負している。真空管式の各種のラジオ、アンプ、無線機が大量に置いてある。全て完動品である。未使用の真空管もどっさりあった。
工作機械は全てアメリカ製とドイツ製である。その数も凄い。ちょっとした町工場である。かなり大きな旋盤が、地下室にある。どうやって入れたのかと聞くと、全てばらして小さくして運び込んだ。「最大200ポンド(100 kg弱)にすれば、滑らせて入れられるさ。」とのことである。出すことは考えていないようだ。
2012年06月10日
続 2012 Chicago O Scale Meet
この会合では、どうしても必要なロストワックス鋳物をいくつか購入した程度であった。しかし、友人に頼まれていたキット等は購入した。
今回、とても素晴らしいものを見つけた。それは、車輌をひっくり返して(あるいはそのままの姿勢で)保持する道具である。我々はそれを手術台と呼んでいる。筆者は個別の機関車等に合わせて、手術台をたくさん持っている。ラニング・ボードを支持するように作っておくと、かなり安定するが、種類が多くなると保管が面倒である。


この台をご覧戴きたい。木製であって、スライドするようになっている。長さは適当に伸ばせる。支持するところを、ゴムで適度な力で押さえているところが秀逸である。このテンションのおかげでごろごろしない。
支持部は半径が2通りあって、都合の良い方向を使える。
このオール・ネイションのディーゼル機関車を支持するのは意外と難しく、いくつか台を作ったがうまく行かなかった。どうしても、ごろごろするのである。ところがこれを使えば、しっかりと保持できる。
ばらばらの状態で小箱に入っていたのだが、組み立ててみた後でそればらして収納しようと思っても、どうしても入らなかった。知恵の輪のように巧妙に詰め込まれていたようだ。
ベースの部分はDub Tail(アリ溝状)になっていて、スライドしても抜けて来ないようになっている。この木材はポプラである。アメリカでは建築内装材として良く使われる。ただし、木目を生かすのではなく、塗装してしまう場合に限られる。ダブ・テイルの部分に僅かのロウを塗っておくと、スライドさせるときのひっかかりが無くて使いやすい。
今回、とても素晴らしいものを見つけた。それは、車輌をひっくり返して(あるいはそのままの姿勢で)保持する道具である。我々はそれを手術台と呼んでいる。筆者は個別の機関車等に合わせて、手術台をたくさん持っている。ラニング・ボードを支持するように作っておくと、かなり安定するが、種類が多くなると保管が面倒である。


この台をご覧戴きたい。木製であって、スライドするようになっている。長さは適当に伸ばせる。支持するところを、ゴムで適度な力で押さえているところが秀逸である。このテンションのおかげでごろごろしない。支持部は半径が2通りあって、都合の良い方向を使える。
このオール・ネイションのディーゼル機関車を支持するのは意外と難しく、いくつか台を作ったがうまく行かなかった。どうしても、ごろごろするのである。ところがこれを使えば、しっかりと保持できる。
ばらばらの状態で小箱に入っていたのだが、組み立ててみた後でそればらして収納しようと思っても、どうしても入らなかった。知恵の輪のように巧妙に詰め込まれていたようだ。
ベースの部分はDub Tail(アリ溝状)になっていて、スライドしても抜けて来ないようになっている。この木材はポプラである。アメリカでは建築内装材として良く使われる。ただし、木目を生かすのではなく、塗装してしまう場合に限られる。ダブ・テイルの部分に僅かのロウを塗っておくと、スライドさせるときのひっかかりが無くて使いやすい。
2012年06月08日
2012 Chicago O Scale Meet
模型の話が少なかったので、御不満が溜まった方が増えたのではないかと思う。
今年も COSM はこのホテルで行われた。高級ホテルなのだが、参加者は破格の値段で泊まれる。左手の低層部分にコンヴェンション・ホールがある。毎会会う連中とのお付合いが目的なので、お互い、展示してある模型の方にはあまり目が向かない。「今度はうちに来いや」とか、「日本に行きたいけど、どの模型屋にOゲージがたくさん置いてあるか。」という手の話だ。後者の質問に関しては、「日本に来るだけ無駄だから、やめとけ。来るんなら、うちに来て泊まって行けよ。」くらいの話しかできない。
「日本の物価が高くて、空港から先のことを考えると難しい。」「空港まで迎えに行ってやるからさ、うちで汽車漬けになっていれば、幸せだろ?他の友達も紹介してあげるし…。」しかし、彼らの腰は重い。


会場の中はこのようなものだ。P&Dの親父のPatは元気だ。非常に商売熱心な人で、O gaugerの好みをよく知っている。だから、品筋が良い。
今年も COSM はこのホテルで行われた。高級ホテルなのだが、参加者は破格の値段で泊まれる。左手の低層部分にコンヴェンション・ホールがある。毎会会う連中とのお付合いが目的なので、お互い、展示してある模型の方にはあまり目が向かない。「今度はうちに来いや」とか、「日本に行きたいけど、どの模型屋にOゲージがたくさん置いてあるか。」という手の話だ。後者の質問に関しては、「日本に来るだけ無駄だから、やめとけ。来るんなら、うちに来て泊まって行けよ。」くらいの話しかできない。「日本の物価が高くて、空港から先のことを考えると難しい。」「空港まで迎えに行ってやるからさ、うちで汽車漬けになっていれば、幸せだろ?他の友達も紹介してあげるし…。」しかし、彼らの腰は重い。


会場の中はこのようなものだ。P&Dの親父のPatは元気だ。非常に商売熱心な人で、O gaugerの好みをよく知っている。だから、品筋が良い。2012年06月06日
続々々々々 Illinois 鉄道博物館 再訪

これはChicago Northwestern RR のgallery carである。ギャラリ・カーの内部はこの号で扱った。1974年に初めて乗ったが、不思議な感じであった。日本ならば二階の床をつないで塞いでしまうところを、左右に分けている。検札の便宜を考えていて、機能を最優先しているのだ。それと着席率を上げるということが狙いなのである。日本のように立っていることを前提にしていないからだ。この車輛に乗ると、標準軌であることがうらやましい。国鉄の車輌限界ではとても無理である。最近は日本車輌製のものが増えている。


Baltimore & Ohio RR の "wagon-top" Boxcar である。左右がつながっていて(side to side ともいう)、雨水が漏れないというのが売りであった。模型も持っているが、実物を見るのは初めてであった。特に連結部の様子は写真が少なく初めて見た。現在塗装中のようで部分的に新しい塗装の色が見られる。台車は細身の鋳鋼製で、ボルスタのガタを調整できるようになっている。また、片方はコイルバネで、他方はダンピングを効かせるようになっている。
この貨車はごく標準的な3-bayのホッパ車である。Great Northern RRの赤に塗られている。この色は好きだ。2012年06月04日
続々々々 Illinois 鉄道博物館 再訪
この8000ガロンのタンク車は、まさに同じ型の模型を持っている。昔の製品を今様に造り替えたものだ。ディカールの色が全く同じで驚いた。写真の数字は80000になっているがこれは80000lb (約40トン)である。この時期のタンク車は最近はきわめて少なくなった。






このカブースも全く同じタイプのものを数台持っている。MGやUSHの時代には与えられた情報が少なく、安達製作所は苦労して作っていた。しかし間違いが多い。便所の窓が左右にあったり、デッキの梯子の形が全く違っていたりする。
窓は塞げばよく、梯子は作り直せばよい。しかし図面だけでは分からないところがあるので、写真を撮ることは大切なことである。
たまたま見つけたので、室内を含めたくさんの写真を撮った。
この台車はOゲージでは模型化されていない。いずれきちんとしたものを作って、製品化しようと思っている。欲しいという人はかなり居るからだ。










