2010年08月
2010年08月20日
Mike Hill氏を訪ねて その8




Mikeが、「これは間違いなく日本製であるが、どこにもその記録が見つからない。これを作ったのはだれかということが分からないか?」と聞く。
残念ながら全く見当もつかない。全ての窓は糸鋸で抜いてある。大変な手間である。側板は卦書き針で筋を掘ってある。エッチングとかプレスを全く使わずに作ってあるのだ。屋根の絞りは叩き出しである。全て職人の技で作ってある。
読者の皆さんの中で、多少なりとも見当が付く方は、どうかお教え願いたい。
他に、NYCのモホークを見せられた。「不思議なことにこの機関車の記録もどこにもない。IMPの時代の前のものだろう。このキャブを見よ。」という。
そこには機関車の番号が浮き出しになっていた。番号が切り抜き文字で貼ってあるのだ。IMPの時代のチャレンジャはそうなっているが、それ以外の機関車では例を見ない。
筆者は「これは祖父江氏のカスタムの製品です。」と答えた。確証はなかったが、糸鋸で切った目を見るとそのような気がした。帰国後、当時の祖父江氏を知る人に尋ねた。「それは祖父江さんだね。エッチングで出来てくるのを待ちきれなくて糸鋸で抜いてしまうんだよ。腕に自信があるから全部手作りだよ。凄い速さで作ったね。」
ということであったので、その証言を添えて連絡した。
この号で マイク・ヒル氏の訪問記を終わる。
テキサスに来ている。今月一杯滞在予定である。しばらく休載させて戴く。
2010年08月18日
Mike Hill氏を訪ねて その7
Mikeの特製品のコレクションは想像以上であった。


このKCSのClass J 2-10-4の繊細な作りには参った。筆者はこの機関車にかねてより興味があった。もっとも高圧のボイラを持つ2-10-4である。
戦前製であるのに、戦後の近代機のような合理性のある機関車である。実のところ、模型を見るのは初めてである。図面と写真を見る限り、最も高性能な2-10-4であると信ずる。

Mikeの客車のコレクションは膨大である。これらの箱の中にはそれぞれの編成が入っている。 戦前のカスタムビルダの作品から現代の作品までどっさりある。並んでいるだけで50編成位はある。他にもあるようだったが、全貌はよくわからない。

壁の棚にも素晴らしい編成が並んでいるし、レイアウト上にも何本か並んでいた。
どの編成も美しく塗装されていて、時代考証も完璧のようだ。
ここで気が付くのは、未塗装のものが少ないことである。どの車輌も正しく塗装されている。聞くと、「塗装してないものは完成された状態ではない。」ということである。この辺のところは日本の実情とはやや異なる。



戦前製であるのに、戦後の近代機のような合理性のある機関車である。実のところ、模型を見るのは初めてである。図面と写真を見る限り、最も高性能な2-10-4であると信ずる。




どの編成も美しく塗装されていて、時代考証も完璧のようだ。
ここで気が付くのは、未塗装のものが少ないことである。どの車輌も正しく塗装されている。聞くと、「塗装してないものは完成された状態ではない。」ということである。この辺のところは日本の実情とはやや異なる。
2010年08月16日
Mike Hill氏を訪ねて その6




シリンダを後ろに付けたのは失敗であった。火室の真下だから、灰で汚れて整備が大半だったらしい。それはPRRのQ-1も同じことである。この二つの会社が競争して実用化した。どちらも同じ欠点を持ち、短命であった。この機関車は高圧ボイラを持ち、B&Oの技師長だったかの名前を付けられ、期待されて生まれたのであったが、実際のところは比較的短期間のうちにひっそりと姿を消した。
動輪が4つあるものが2系統に分けられると、スリップも起こり易い。2,3軸間の連結棒の質量くらい大したこともないのに、それを付けなかったのは不思議だ。考えてみればB&Oには4-8-4はない。
2010年08月14日
Mike Hill氏を訪ねて その5



黄色の塗装の方のC&Oハドソンである。これはパシフィックから作られた。蒸気機関車とは思えないカラリングを探っているうちに、この色を塗ってみたのだそうだ。子供の時、絵本で見て気になった機関車である。B&O博物館で現物を見て、本当に黄色いので感動した。
ATSFの4-6-4は、古いMax-Grayの製品に加工してある。
NYCハドソンのセンティピード・テンダのうち初期のタイプである。石炭の積載量が少ない。


このようなことまで、Mike は細かく教えてくれた。
2010年08月12日
Mike Hill氏を訪ねて その4

一番上のバスタブのようなハドソンは、他のNYCなどに比べてやや大きい。スクラッチビルトの17/64インチスケールである。1/45.2であるから1/48のO Scale より少し大きい。少しの差だが、立体であるから1割以上大きく見える。
その下のドレイファス・デザインのハドソンもカスタム・ビルトらしい。これらは同一の機関車である。1台の機関車が二種のシュラウド(外被)を付けたのはこれが唯一存在であるということだ。





右は非絶縁の外側三線式集電方式のテンダである。このような部品が製品化されていた時代があるというのは、今では信じがたい話である。
日本型Oゲージではシリンダ間隔の問題があって、標準軌に相当する32mmゲージに載せるためには縮尺を43分の1にしていた。するとここで紹介した二つのスケールと同様、機関車は客車に比べかなり大きくなる。
スケールよりもゲージを優先したのである。すなわちレイアウトは存在しなかったということなのであろう。
OJではそのような心配がないので45分の1となっている。
2010年08月10日
Mike Hill氏を訪ねて その3
Mikeの鉄道絵画のコレクションも素晴らしい。あまり良い写真を撮ると、著作権を侵す可能性があるので下手な写真を載せる。
ニューヨーク州ハーマンは電化区間の終点である。蒸気機関車によって牽かれてきた列車はここで電気機関車に付け替えられてトンネルをくぐってニューヨーク市内に入る。蒸気暖房を十分に効かせているらしく、ボイラの安全弁が吹いている。躍動感あふれる絵である。
ハーマンの駅の構内は外側第三軌条がたくさんある。保護してあるとはいえ危険な駅である。ここからはシカゴに向けてナイアガラの独壇場である。NYCの機関士はナイアガラが好きであった。乗り心地が抜群に良かったからだ。これはUPのFEF,SPのGS-4と通じるところがある。
二次ダイナミックバランスまで取ってあって大動輪が滑らかに回転した。5000馬力を連続して出せるのはすばらしい。しかも石炭は40トン以上も積んであって、水はウォ―タ・スクープでいくらでもすくえるのだから、無停車航続距離は素晴らしく長い。もちろん全軸ローラ・べアリング装荷でロッドも同様である。無給油で走るのだから素晴らしい。UPのような山岳路線を走るのではないから、蒸気機関車としては最高速を持続できた。
祖父江氏はこのナイアガラに惚れこんでいた。
シカゴを出発するハドソンである。厳冬期の様子を良く表している。これは戦前の情景であろう。
これはDreyfussによる外被の初期のタイプであろう。5344は最初風呂桶型という悪評のあった流線型であったが、のちにこのドレイファス・デザインに作りかえられた。しかし事故で壊れて普通型になったということを教えてもらった。


二次ダイナミックバランスまで取ってあって大動輪が滑らかに回転した。5000馬力を連続して出せるのはすばらしい。しかも石炭は40トン以上も積んであって、水はウォ―タ・スクープでいくらでもすくえるのだから、無停車航続距離は素晴らしく長い。もちろん全軸ローラ・べアリング装荷でロッドも同様である。無給油で走るのだから素晴らしい。UPのような山岳路線を走るのではないから、蒸気機関車としては最高速を持続できた。
祖父江氏はこのナイアガラに惚れこんでいた。


2010年08月08日
Mike Hill氏を訪ねて その2

もう今年はマイク自身が出てこないのではないかと心配したが、長身の彼は目立ち、挨拶した。「久しぶりだね。覚えているよ。祖父江氏が亡くなったんだって。」と話しかけてきた。簡単に説明し、「一度コレクションを拝見したいものです。」と申し出た。「いいよ。」とのことで名刺をもらった。裏に地図を書き始めたが、車にGPSが付いていると言うとそれなら簡単だ。パークリッジの駅から3分だ。」


この流線型シュラウド(外被)を外し掛けた模型はUSHのモデルから作りだされたもので、実物が外被を失っていく過程の第一段階だそうだ。「この蓋から外された。」と解説してくれた。
どの機関車も美しく塗装され、完璧な状態である。
2010年08月06日
Mike Hill氏を訪ねて その1

アメリカで最も成功した模型店経営者の一人である。模型店経営を目指す人は、この人の模型店を模範とする。
ただ規模が大きい店はいくらでもある。品ぞろえの方向性、店員の質、コレクタが相談する価値のある知識が彼にはあった。
筆者が最初に訪ねたのは1976年である。シカゴの北西方面に向かう、まさにシカゴ・アンド・ノースウェスタン鉄道のParkridge駅の前にあった。小さな店で間口は5m位、奥行きは15メートルくらいであった。当時見たこともないブラス製の機関車がたくさん置いてあった。値段は高く、貧乏学生にはとても手が届かないものばかりであった。
客が少なく、店主のマイクはいろいろなことを教えてくれた。ほとんどが日本製であること。良くできているが走りは完全ではないこと。走行装置を改良するのを専門にする人たちが居ること。ディテール・アップをするためのロストワックスを作る人たちがいること。カスタム・ペインタと呼ばれる人たちが居て、それでも飯が食えることを教えてくれた。
夜に来れば近くのレイアウトを見せてくれるように頼んで上げようということになって、名前は忘れたが、その日はかなりのお年の方のレイアウトを見せてもらった。
その日以来、Mike Hillの名は筆者の脳裡に深く刻まれた。その後シカゴに行けば必ず寄るようにしていたが、如何せんシカゴと縁の無い場所に住んでしまって、5年、10年に一度しかお会いするチャンスがなかった。
それでもたまに会うと覚えていてくれて、例の3条ウォームギヤのことや、ボールベアリングの入った台車のことなど話題に出してくれた。
日本にも、走りの改良に熱心な人間が居るということを覚えていてくれたのは嬉しかった。
その後パークリッジの駅の反対側の間口40m位の大きな店を構えるようになった。3年ほど前、引退して店は売却した。しかし、Hill's Hobby Shopという名前は受け継がれている。
その住所をGPSに入れてたどり着いたのは、昔とは似ても似つかぬ店で訪ねたことを後悔した。行く価値は全くない。ご本人も「あの店のことは忘れろ。」と言う。
2010年08月04日
続々々 Paul Batler氏のレイアウトを訪ねて



他に地下鉄もある。実のところ地下鉄のあるレイアウトを見たのは初めてだ。New York の地下鉄のようだ。軸受と歯車の油が切れているような、ガリガリ、ゴリゴリ、ジャラジャラ、キーキー音を立てて走る。Paul に、油を差したらどうかと言うと、「どうだい、実感的な音だろ?」と言うので驚いた。「本物はこんな音がするのだ。」と言うのには参った。そのうち本当に擦り切れてしまうかもしれない。
客貨車の車輪は、ごく普通の市販品を用いている。走行音は中くらいだ。車輪が良くなくても、路盤に吸音性のものを使っているのかもしれない。天井に吸音材が張ってあるのも大きい。また、通路に厚手の生地を使ったスカート状のものがぶら下がっているのも大きな効果がある。
帰るのが遅くなってしまい、それを詫びて帰ろうとしたところ、「今撮った写真はどこかに発表するのか?何かウェブサイトを持っているのか。もしそうだったら教えてほしい。妻が興味があるようだから。」とおっしゃる。
早速、連絡をしなければならない。
2010年08月02日
続々 Paul Batler氏のレイアウトを訪ねて


当初の背景は、このように建物の前の部分を作って並べたものであった。これは近景である。遠景は絵であった。最近は、写真を提供すれば大きな印刷物を作ってくれるし、また、業者の提供する写真を使ってもよい。

上の方のパイプは暖房用のボイラの排気管であろう。

Batler氏は主だった鉄道の大型機関車はどれも好きなようだ。

