シェイ

2018年12月01日

ユニヴァーサル・ジョイントの問題

 阿里山のシェイの問題が明らかになって、多くの方から連絡を受けた。1960年代から様々の媒体でシェイの存在、運行状況が紹介されてきた。どの写真も位相が間違っているとのことである。それに気付かなかった日本の鉄道趣味界の底の浅さを残念に思う、という内容のものが多い。全くその通りなのである。自称技術者の人たちがどうしてそれに気付けなかったのかは、全くもって不思議である。

 それを受けて、northerns484氏が、数学的な証明を紹介されている。数学に自信のある方はじっくり取り組まれると良い。結論は単純である。機構学の教科書にも証明方法が載っている。この種の証明は図が勝負である。うまい絵が描いてあると一発でわかる。

 最近の記事は、「ユニヴァーサル・ジョイントの角度を同じにすれば等速になるので、ジョイントの位置を考える」ところまで来ている。ここまでは筆者も考えた。
 しばらく前の伊藤剛氏のアイデアが面白いので、紹介する。この記事は「模型大学」の2009年2月号に載っている。そこには筆者も登場しているのだ。

universal joint 2 二つのジョイントのなす角が等しくなるようにするのは難しいので、モータを動かすのだ。”えへへ冗談ですよ”と書いてあるが、無視できないアイデアである。
 モータはもう一つの台車の上に載せるとある。


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2018年08月29日

ユニヴァ―サル・ジョイントの不等速性

 現物を手で廻してみると、この辺りは速くなる、この辺りは遅くなるというのが分かるが、紙の上で説明するのはなかなか難しい。傾いた軸を回転させながら正射影を見ると、回転部分の円周は楕円を描いている。周速度は一定でも、正射影は一定速ではないのだ。

universal joint そんな説明ではだめであるが、例の工学のエキスパートT氏が、素晴らしい絵を描いて送って下さったので、紹介したい。これを見れば一目瞭然である。よくもこんなうまい絵を描けるものだと、感心した。



 優秀な人は易しい説明で相手を納得させるという良い実例である。自称専門家は、専門用語を並べ立てて、相手を煙に巻こうとするが、それは説明能力がないことを立証していることに他ならない。

 先回紹介した音で角速度の変化を示す動画では飽き足らず、T氏は角速度変化を目でみる装置を作られた。まだ改良の余地があるそうで、この動画はより良いものができれば更新するそうだ。
 途中の黒いリンク装置は動力を二つに分けるクランクである。歯車ではバックラッシがあって誤差が出るので、クランクにしたそうだ。その部分は見る必要が無いのだ。向こうの回転板は左右で位相差が分かるようになっている。追い越したり、抜かれたりする。

 反対側から見た動画もある。


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2018年08月27日

阿里山のシェイ

 阿里山のシェイについては多くの方から情報を戴いた。古い写真を点検されて間違いを確認して下さった。
 結論として言えることは何も考えていなかった訳ではなく、間違った方向に統一したようだ。完全に孤立した社会で、他から全く干渉されなかったというのが、その間違いが温存された理由だろう。アメリカの場合は、シェイを使っているところがたくさんあるから、他所のを見るチャンスがあって、間違いを指摘されたりしたはずだ。

 トラックのドライヴ・シャフトの話も出たが、それは正規の位相しか組めないようになっているのだそうだから、間違いようがない。急勾配の曲線上で客貨車を押し上げている時、彼らは何を感じたのであろうか。振動して当たり前と思っているなら、悲しい。

 ちょうど友人のN氏が、1968年撮影というvideoを貸して下さった。DVDになっている原氏の台湾旅行記である。例によって撮りまくったもので、細かいところは一切写っていないが、当時の雰囲気は分かる。若かりし頃の 植松宏嘉氏の姿が写っていて、懐かしい。
 原氏は機械工学を専攻したことになっているのだから、気が付いてもよさそうだが、その件については何もない。

 最近のニュースによると、嘉義は大雨で浸水し、阿里山鉄道も運休のようだ。

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2018年08月25日

再度 ユニヴァーサル・ジョイント 

 阿里山のシェイは混迷の度合いを増してきた。彼らは一体何をやっていたのだろう。曲線では異常な振動があるはずだし、駆動系の寿命も短くなる。 
 写真集もたくさん出ているが、それらも間違いを写している。撮影者や、編集者は何も感じないのだろうか。機構学の知識がなかったとしても、正しいシェイの写真を見たことがあれば、何かおかしいと気付くのが普通ではないか。

gear trainUV joint 実はしばらく前のことだが、博物館の図書の整理をしていて、1976年のNMRA Bulletin(会報)を見付けた。その中に無視できない問題があった。
 その記事は鉄道模型の動力伝達方式の研究で、10ページほどもある大論文である。モータの架装の仕方とかギヤトレインについて、細かく実例を書いてある。ところが、ユニヴァーサル・ジョイントの接続法が間違っている。丁寧に書かれた図が間違っている。説明文にも、90度捻るとある。これはどうしようもない。
 その図の上の方にゴムパイプでつなぐ絵があるが、ギヤボックスの反動受けの話もない。前後進で調子の違う機関車ができる。

 2,3箇月後の号に訂正が載るはずだと思って調べたが、見つからなかった。おそらくそのままになっている。NMRAも意外に低レヴェルである。AJINは間違っていたが、その図を見て間違えたわけでもあるまい。しかし、これは由々しき事態である。

 その後NMRAには車輪の件で何度も手紙を出して間違いを知らせたが、規格担当者の資質の問題で、ますますおかしくなった。その件もあって、NMRAとは縁を切った。アメリカの O scale の友人たちは、「NMRAはHOの連中の集まりだから、付き合う必要などない」と、切り捨てた。

 この件に関しては、栗生氏の記事の一番下の【追記3】にその顛末が出ている。

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2018年08月23日

続々々 Shay geared locomotives

25-3 ギヤはむき出しだから、油が飛ぶ。油はタンクから滴下するようになっているが、この機種だけは軸端から入れるようになっている。軸受への注油と兼用だろう。


Shay 25-9 これは水面計である。キャブ内にもあるが、もう一つ付けたのだ。こんなところにまで水面計を増設したということは、水面の泡立ちによる見誤り等があったのだろう。(コメントで、勾配での変化が少ないところに付けたという説明を戴いている)

Shay25-11 給水温め器である。かなり大きい。配管は単純で、追跡するとすぐ分かった。



 ユニヴァーサル・ジョイントの件には参った。ひどい話だ。誰も理屈が分かる人が居ないのだろう。昔はどうだったのだろうか。どなたか、古い写真集をお持ちの方は確認願いたい。台湾には知らせてやるべきだろう。開き直られると大変だ。そういう人もいるらしいから、気を付けて手紙を書かねばならない。


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2018年08月21日

続々 Shay geared locomotives

Shay 25-2Shay 25Shay 25-4 動態保存されているのを見かけた。この3気筒も、傘歯車は後ろにある。


 
 火を入れればすぐ動きそうである。これはオイル炊きに改造されている。石炭を焚くのにはある程度の技量が必要であり、カマ焚きを養成するのはもう賄いきれないのであろう。

Shay 25-6Shay 25-5 石炭庫の上の方に油槽を作ってある。体積が小さくなったので、その分、水をたくさん積める。給水温め器は巨大である。おそらく国鉄仕様のを無理に載せたのだろう。水面計は外にも増設してある。
 
Shay 25-7 前の台車へ行くドライヴシャフトがおかしい。現地では気が付かなかったが、この写真で判断する限り、間違っているように思う。位相がおかしいのである。平坦な直線路を走っていれば気が付かないだろうが、急曲線で重負荷が掛かるとアウトである。

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2018年08月19日

続 Shay geared locomotives

Shay 23-2Shay 23-3Shay 23 この機関車は3気筒である。この機関車もギヤが逆方向についている。やはり何かの理由があるはずだ。
 ユニヴァーサル・ジョイントは外してある。静態展示なら付けておくべきである。

 ボイラーさえ更新すればいくらでも寿命は伸ばせるのだが、放置してある。要するにお金さえあれば直せるはずだ。どなたか懐の温かい方が手を伸ばして下さらないだろうか。

Shay 23-4Shay 23-5Shay 23-6 この機関車も、キャブは何回も作り替えらえて中華風になっている。エンジン部はオーバーホールして部品を換えれば使える筈だ。ユニヴァーサル・ジョイントがないのは残念だ。 

 空気圧縮機が一つしかないが、不都合なく使えたのだろうから十分であったのだろう。ギヤード・ロコはエンジンブレーキが良く効くそうなので、それで良かったのかもしれない。


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2018年08月17日

Shay geared locomotives

Shay 29 阿里山のシェイの動力機構の歯車配置は個体によって異なる。小歯車が前方(煙室側)にあるのと、後ろ側にあるものがあるのだ。ここで見る限り、3気筒のものは後ろにあるようだ。
 エンジンの構成が同じなら、逆転レヴァの向きが逆になりそうな気がするが、良いのだろうか。小傘歯車の減り具合によっては、歯の裏を当てて均一な減り具合を期待しているのかもしれないとも考えたが、前後を逆に運転すればよいことで、それも考えにくい。筆者は小ギヤは必ず前側にあるものだと思っていた。


push-pull train 嘉義市内の北門駅に行った。嘉義駅から歩いても15分程度だ。下り列車がやって来たので写真を撮った。
 鉄道公園になっていて、そこにはシェイが3輌あった。1輌は動態である。あとの2輌は保存状態が良くないのだろう。静態展示されている。

Shay 13-2Shay 13Shay 13-3 この13号は小さい。2気筒の機関車だ。キャブは何回も作り替えられたのだろう。原型を全く留めていない。


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2018年08月15日

続々 阿里山

ShaysShay 18-2Shay 18 奮起湖駅には機関区があり、そこには2輌のシェイが置いてあったが静態である。片方はドライヴシャフトも外してあった。

 ここには整備工場もあったが、もぬけの殻で、壁に近いところに、古い旋盤とボール盤があった。旋盤の展示は向きが逆で、スピンドルが右にあった。おそらくもともとそういう向きにあったのだろう。観客の観覧スペイスを作るために、平行を保って奥にずらしたので、意味不明の展示となってしまった。こういうところは考えるべきである。

Shay 29Shay 29Shay 29-6Shay 29-3 シェイは頂上の駅付近にもまだ置いてあるのだろうが、詳しくは分からない。阿里山のシェイはどれがオリジナルなのかが、特定できないらしい。フレームを新製したり、廃車と振り替えたりしたという。ボイラも自家製と取り替えているものがあるという話も聞いた。

Shay 29-5Shay 29-4 小さな機関車である。762 mmゲージだから、北勢線と同じである。今までに見たものは、 standard gauge と 3-ft gauge であるから、格段に小さい。

 彼らもこの機関車が観光資源になると気付いたので、最近は大事にしている。40年前は、買おうと思えば、目方で買えるという話さえ聞いた。北朝鮮の蒸気機関車も、おそらく目方で買えるだろう。代わりの機関車を持って行けば、喜んで交換するかも知れない。狙っている人も居る筈だ。しかし、石油のない国だから難しいのかも知れない。


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2018年08月13日

続 阿里山

loop line 樟脳寮という駅を過ぎると、世界で最も巻き数の多いループに突入する。2巻き半と8の字というとんでもない線形で、車窓から樟脳寮の駅が、3回見える。



 この辺りから高原に入り、窓ガラスが熱くなくなる。植生も変化する。シェイの能力はこの種の急勾配、急曲線によく適合する。3気筒のものは特に調子が良かった。ドライヴシャフトが一回転する時のトルクが均一化されているから、スリップが起きにくい。

diesel engine 今回のディーゼル機関車はかなりの大出力らしく、この急勾配を 25 km/h程度でぐんぐん進む。機関車が後ろだから、煙を吸うこともない。途中のトンネルや築堤はかなり新しかった。数年前の大事故で、あちこちを更新したのだ。時々、旧線跡が見える。

奮起湖 奮起湖という駅が、現在の終点で、標高は1400 m程である。ここにはホテルがいくつかあるし、商店街は必要以上に賑やかだ。この地名の由来は、要するに山に囲まれた地形で、霧が湖のように見える事から来ている。前の二文字は元々は別の字で、当て字である。

 バスに乗ると阿里山頂上まで行けるが、時間的余裕が少ない。何かあると帰りの汽車に乗れない惧れがある。3時間ほど、そのあたりを散策した。
 弁当屋が何軒かある。弁當という字を使う。日本語が残っているのだ。

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2018年08月11日

阿里山

高鐵 阿里山に行くには、まず嘉義(ジャーイーと発音している)という町に行かねばならない。新幹線で行くと、高鐵嘉義站(站は駅の意味)に着いて、バスに乗り換え、嘉義站に行く。このバスは、新幹線の切符を持っていれば、無料である。20分ほど広い道を走ると、嘉義の駅の西口に着く。新幹線駅はかなり郊外にあるわけだ。

嘉義駅 嘉義の駅は日本の地方都市の駅そのもので、日本統治下を偲ばせる。その阿里山鉄道切符売り場は外の壁に面していて、コンピュータで打ち出した予約表を見せると切符がもらえた。日本語の表示もあるが、音声では通じなかった。

 朝だけ3本の列車が、30分ごとに出る。うっかり早いのに乗ってしまい、席がないのでびっくりしたが、「30分後の列車である」と指摘され、慌てて下車した。車輛はリクライニング座席で、冷房付きである。冷房は個別のエンジン駆動のものである。

 出発後10分足らずで、北門駅に着く。ここはその昔、大きな製材所があったそうだ。既に台湾ヒノキの巨木は枯渇し、製材所は取り壊された。現在は車輌基地があり、シェイの復元工事もしている。ここからさらに30分くらいは、ほとんど勾配を感じない。

pin and link couplers その後60‰以上の急勾配が続く。機関車1輌で客車4両を押し上げる。すべての車輛はピン アンド リンクの連結器と安全鎖二本でつながっている。先頭の客車に監視台があって、いわゆるプッシュプルの運転方式だ。監視台は運転装置は持たない。蒸気機関車の時代は、機関車から先を見ながら運転したが、客車は2輌しか押さなかったので問題はなかった。
 古橋氏はシェイの運転室に乗って行くほどの ”顔” であった。また、機関士が名古屋に訪ねて来ることもあった。

push-pull freight train 置いてある貨物列車もプッシュプルである。安全を考えるとそれしか方法はないだろう。


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2018年08月09日

台湾

   台湾は時差が少ないので来やすい。最近は、台北の地下鉄網が完備されたので、市内の混雑の中をタクシィで移動する必要がなくなったのは助かる。しかも電車賃が安い。地下鉄のことを「捷運」という。英語の ”rapid transit” の直訳である。新幹線は「高鐡」という。高速度鉄道の略だろう。外国人には割引切符を提供してくれている。事前にインターネットで押さえるのだが、行ってみると、無効であったりする。金額的には大したことではないが、腹立たしい。ソフトウェアに問題がある。鉄道側は、随分恐縮していた。
   阿里山の乗車券もインターネットで押さえられるが、これは外国人にはなかなか難しい。友人のアシストがなければとても無理であった。開通直後で、乗ってみると満席だ。立ち乗りもできるようで、かなり混む。
   
   同行者は実によく知っているので、安くて安全な宿を押さえてくれた。また、食べ物も廉価で美味しい店ばかり行ったので、日本にいるより安いくらいだった。

   筆者はシェイを1輌持っている。 祖父江氏が作った試作品である。途中まで作って放置してあったのを貰ったものだ。動力伝達装置を工夫して作り直そうと手を付けて、そのままになっていた。車輪も作り替えるつもりでいた。
   本物のシェイを見るたびに写真を撮り、細かい構造を調べてきた。今回の訪台は良いチャンスである。じっくり見てきた。今回見たシェイは、今まで見た中で最小のものである。2-1/2フィートのシェイは初めてだ。 

   阿里山には、45年ほど前に、シェイの大家の古橋正三氏に連れて来てもらう予定であったが、たまたま渡米することになって、そのままになってしまった。当時は生きたシェイがたくさん働いていた時代で、今思えば、万難を排しても来る価値があった。古橋氏には、8mm映画等をよく見せて貰ったが、そのうち行けるだろうと思っているうちに、チャンスが無くなった。


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2018年08月05日

2-truck Shay

 PFMの極めて初期の製品に 2-truck Shay がある。筆者が祖父江氏に最初に会ったときに見せて貰った。その時は単なるHOのシェイだとしか思わなかったが、そのうちにそれがHOの最初のプロダクションモデルであると気付いた。再度じっくり見せてもらった。(写真は上のリンクの一番下の方にある。)

 Oゲージのものとは伝導方式が違う。細いウォームをドライブシャフトに取り付けたウォームホイールに、斜めに裏側から当てている。ウォーム軸は片持ちである。うまい工夫だな、と感心した。しかしながら、祖父江氏は、
「3気筒のは、真ん中のヴァルヴギヤは動かねえんだ。インチキなんだけど、これでいいってんだから、しょうがねえよ。」
とぼやいた。
 その機関車は祖父江氏の設計である。その試作品を保管していたのだ。

  あと2,3輌のHOモデルがあった。ドイツ型の4気筒の機関車は、内側まで作られていた。プロダクションモデルでは、内側は省略されていたそうである。多分、ご自身の設計のものだろう。ギヤは外してあり、押すとするすると走った。

  既に当時祖父江氏は50歳になろうかという時で、「老眼で、もうHOは見えやしないよ。」と言っていた。それから30年以上、彼はより進歩した模型を作り出したのだ。

 このシェイのギヤトレインの設計は、その後の United の標準仕様となった。生産総数は万の桁であろう。もし祖父江氏がいなかったら、様々な点で大きな違いが生まれたことは間違いない。

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