模型鉄道博物館

2015年06月03日

East Meets West

East Meets West この標題はアメリカの大陸横断鉄道が、二つの会社によって建設され、ユタ州プロモントリィで結合された時の新聞の見出しである。
 博物館のレイアウトにおいても、いよいよ二つの方向から伸びてきた線路が、近日中に結合される予定だ。 

 作図をnortherns484氏にお願いしたので、先日測量をして戴いた。大体のところは図面通りで、誤差は1/1000程度であった。15 mで15 mm以下の誤差である。大きなものであるから、ノギスを当てて測ることができない。レーザの距離計、大きなコンパス、レーザのレベル出しなどで、レイアウトを作った訳である。実際のところ、誤差がどの程度か、見当もつかなかった。100 mmもあったらアウトである。曲線を作っていっても、向こうで二つの線路が合致しない。結果が出るまでヒヤヒヤであった。

 路盤は15 mmの合板を使うつもりであったが、同じ敷地内の裏の家を取り壊しているときに出てきた、大きな分厚い一枚板があるので、それを使うことにする。幅650 mm、長さ2100mm、厚さ28mm もある。和服の手入れの時に使ったらしい。もう何十年も使ってないので、乾いていて、 カリカリと云う音がする。捨てることはないので運んできた。

 今回は二つの線路を向かい合わせると、間に直線を挟めばOKであった。十分正確とみなせる。 向こうにトンネル内壁が見える。これはテキサスから運んできたもので、Lorrel Joiner氏にもらったものだ。
 これを使おうと思ったが単線用であり、どうやっても曲線の複線には向かない。

 トンネル部の上は築堤であるから、どちらかと言えば、コンクリートの擁壁を作って天井にIビームを並べたもので十分である。そういう作りをよく見た。鉄骨はむき出しであった。塗装がないと云うのは内陸部の常識である。しかし、蒸気機関車の時代は煙に酸性物質が入っているから、錆びやすかったはずだ。

 鉄橋が完成するまでにはしばらく時間がかかるので、仮橋を作って仮開通の予定だ。自宅から貨車を大量に輸送しなければならない。2編成で200輌必要だ。


2015年06月01日

vertical curve, reverse curve

 高架部分には縦曲線がある。vertical curve という。1.6%の坂を登って、平坦線になるところである。
 車輌に人間が乗るわけではないので、加速度を正確に増減する必要はない。ごく適当である。連結が切れないような動きをすればよいだけなので、深く考えた訳ではない。ただ、見たところ不自然であってはいけないということだけを念頭に置いて作った。
 この3.6 mのセクションをいくつか試作してみたのだが、2本の鉄骨(30 mm角アングル)の間に合板を置き、それが重力でたわんだ形が気に入った。
 厚い24 mm合板では、その剛性が大きすぎて不自然だった。15 mmではやや薄すぎる。12 mm合板を2枚接着剤を付けずに重ねるとよくたわむ。荷重を掛けない状態で接着剤をはさんでもう1枚載せ、数か所をネジで留めた。すなわち、グランドピアノの曲がった板のように、曲がった状態で固着し、その状態を保存したわけだ。

 接着剤が固まると大きな剛性があり、形もよい。全体を鉄骨で挟んだ状態でたわませたので、そのまま、ドリルビスで留めた。鉄骨と合板は6本のネジだけで留まっている。合板は少しずらして使ったので、切れ目が見えるわけでもない。鉄骨も大きな剛性があるので、人が載っても大丈夫である。

reverse curve この写真をご覧になると路盤のたわみ具合がよくわかる。reverse curve とは、日本語でいうところのSカーヴである。間に車体長程度の直線を挟んである。これをやらないと脱線するし、見かけが良くない。緩和部分は大半径の円曲線を挟んでいる。当初、インチキな方法だと思ったが、吉岡氏の理論をよく理解できるようになると、実に合理的であることがわかった。車体の食い違いを十分に補正してくれ、走行時の見かけが大変良い。

 フレクシブル・トラックは仮に置いただけなので、多少食い違っていることはお許し願いたい。カントが徐々に減少し、やがて増えていく様子もよくわかる。自動車用パテで三次曲面を作った。面倒ではあるが正確なカント逓減、逓増が実現できる。 



2015年05月30日

高架部分の建設

from South 高架部分の延長工事が進んでいる。半径2800 mmと2900 mmの複線だ。100 mmずつ、左右に犬走ならぬ保線用の自動車が走るスぺイスを設けている。つまり、幅が400 mmの厚板である。かなり重い。
 先日ケチな板取りの工夫を紹介したところ、N氏が、
「そりゃそうです。無駄なことはもちろんのこと、ごみを捨てるのも大変です。HOでも困るのですから、Oなら余計大変ですよ。」
とおっしゃった。実際にレイアウトを作っている人の言葉は重みがある。

 今回もかなり工夫して、無駄が出ないようにした。斜めの切れ端は背中合わせで貼り付けて、支えにした。まだ仮の状態であるから、天端(高さ)は合っていない。

 問題は三分岐のあたりが周回部に近いことである。その部分の路盤をほんの少し削らないと、オーヴァ・ハングになる。特にシーナリィを設けないディスプレイ・レイアウトなので、どうでも良いのだが、鉄筋コンクリート造風にはしたくない。岩の上を走っている形にする。岩のテクスチャは作るが、色は他の部分と同じグレイである。
 100 mmの余裕部分を、75 mmほど削ることになる。すなわち、犬走になる。

from North 鉄橋の設計にかかっている。例によって図面化はnortherns484氏にお願いしている。鋼板をレーザで切り抜いて積層する。稲妻型の補強もレーザで切れば、訳はない。模型の橋を鋼で作るというのは、模型界広しといえども、珍しいはずだ。かなり重くなるだろう。
 スパンは650 mmで複線型だ。その部分でBig Boyが2台すれ違うと、ざっと700 tonだから、かなりの強度がないと不自然だ。重量級の橋になる。

 音をピックアップするマイクロフォンを付けて、通過する列車の音を拡大して聞かせるようにするつもりだ。

2015年05月26日

スパーギヤ

 Oゲージの運転会に行って、レイアウトを観察する。東西いずれのレイアウトもかなり大規模で、よく工夫されている。さすがに大きくて、組立て、分解、運送には10人ほどが、各30分程度働く必要がある。これだけの規模の物だから、それは仕方ないが、全部で300 kgくらいはあるだろう。

image (2)  さて、その中で分岐の様子を観察した。筆者の作っているレイアウトに、参考になるところは吸収したいからだ。関東のは歴史が古く、何もかも手作りで立派なものである。そのフログ部分を見て、少々驚いた。
 ガードレイルに等間隔に傷が付いている。ある方の解説によると、スパーギヤが当たったのだそうだ。しかもスパークしてブラスが融けている。
 と云うことは、絶縁側にスパーギヤがあることになる。これはまずい。根本的にスパーギヤをむき出しで使うことには、筆者は反対である。しかも、その径が車輪径と等しいのは言語道断である。さらに絶縁側に付けるとは………。

image (1)「 困ったもんだね。」と話をしていたところ、他の部分に油が点々と「印刷」されていることに気が付いた。ショートは免れているが、レイル面に接触しているのは間違いなさそうだ。フログでの落込みで接触している。事実上、歯車で走っている。
 このフログは古い規格であって、落込みをフランジで支えるようになっている。最近はそのフランジが低くなったので、かなり落ち込んでいる。本当はフログを更新すべきであろう。

 筆者の建設しているレイアウトに車両を持って来られても、すぐには運転させない。車検がある、と書いたところ、何人かの友人から、「すこし厳しすぎるのではないか。」と言われた。
 しかし、現実はこのようなものである。これでは線路の損傷が起きるし、油を撒き散らされて迷惑そのものである。

 車検は行うし、短期間の車検証も発行する。本当はレイアウトから持ち出すと、再車検を受けるのが筋である。アメリカのレイアウトではそのようなシステムを採るのがふつうである。決して厳しすぎるルールではない。

 博物館に車両を持ってきて走らせよう、とお考えの方にお願いしたい。油が飛散するのを防止する装置、あるいは、ギヤボックスが付いていない車輌は、運転ができない。 

2015年05月24日

博物館工事進捗状況

upper tracks 高架部分の路盤がある程度出来上がった。大体の様子はお分かり戴けるだろう。

 高さもまだオート・レヴェルで合わせてはいないが、ほとんど正しい高さにはなっている。合板は24 mm厚で、これも節約して2枚取れるように工夫した。写真では切り落としていないが、卦書きは入れてあるので、切り離して別の場所で使う。レシプロ・ソウを使えば、この高さであっても簡単に切り離せる。

cosmetic curve この写真でお分かりかと思うが、Sカーヴは直線を挟んで作られ、緩和はきわめて大半径の円曲線をいくつか組み合わせている。カントが付けられているので、列車は左へ右へと傾きながら走るはずである。見せ場である。


 下の平面の線路と交差するところはトンネルで解決する部分と、橋を掛ける部分がある。複線間隔が小さいので、複線用のトンネル、橋を用意せねばならない。

 高架線が広い平面にある時は盛り土風にすれば良いのだが、下の線と近い場合は垂直に逃げなくてはならない。細かいストラクチュアを作らないディスプレイ・レイアウトであるから、その部分を板で作ることになるのだが、多少の工作もする必要があるだろう。その手加減が難しい。

4-track 複々線部分の路盤は完成して、すでに塗装も完了している。この写真はかなり古い。
 



2015年05月12日

博物館工事の進捗状況

 予定より、半年遅れで開館となるだろう。丁寧な工事で、完成度を上げたいと考えている。

 当初の予定から、線路配置を一部変更した。機関区への進入路を、より自然な曲線にしたのだ。northerns484氏の助けを得て、線路の曲線を細かく指定して戴いたので、より実感味のある配置となった。

 複々線の部分の路盤がようやく完成し、すべての線路に正しいカントが付いた。かなり、手の込んだ方法で作ったのだが、仕上がりを見るとなかなか良いので、苦労が報われた。

 高架部分の緩いSカーヴ(cosmetic curveと云う)の路盤も完成し、線路を載せたときの感じがつかめるようになった。しかし、まだ架台の工作が完成していないので、固定できない。
 先日の路盤の「縦割り法」をここでもやってみるつもりだ。そうすると、高価な厚い合板を有効利用できる。

 最近博物館の近所では、博物館のことが話題になることが多いらしい。様々な人が訪ねて来て、いつ完成するのかを尋ねる。
「秋でしょうね。」と答えると、
「早くしてくれ。待ちかねている。」と言われることが多い。ご近所の方たちを主たる訪問者としては想定していなかったので、驚いている。

 ご近所の人達とは友好的な関係を築きつつある。ちょっとした便利大工をして差し上げたり、粗大ごみを捨てに行って上げたりしている。通勤の通り道なので、大した手間ではない。先日は100 kg近い粗大ごみを処分場に捨てに行った。
 鉄クズは分類して、鉄以外の物を外し、リサイクル業者に持って行く。

 学校帰りの小学生の一団は、大声で、
「ここには博物館ができまーす。」と宣伝してくれる。しかし、必ず、
「こんな小っちぇー博物館なんておかしい。博物館はもっと大きな建物だ。」という子がいて、毎回吹き出しそうになる。
 路盤をたくさん作って塗装していると、線路がないのに線路だということが分かるらしい。Nゲージの線路を考えているらしく、一本に複々線を敷くと勘違いしているようだ。現物を見たらきっと驚くだろう。

 まだ内部には誰も入れていない。防犯装置が作動するまでは、入れるわけにはいかないのだ。本棚の増備が完了した。今度の本棚はスティール製で、丈夫である。また1トン近くの雑誌を並べなければならない。助っ人が来てくれるまで待つつもりだ。



2015年04月14日

骨組に合板を載せる

 トラックを借りて4X8合板を買いに行った。このサイズはアメリカでの標準サイズで、これ一枚を使って作るレイアウトの実例がModel Railroaderによく載っている。単なる長方形ではなく、斜めに切って飛び出させるなどの意欲的な配置が発表されている。

 さて、このサイズは日本ではあまり売っていないし、運ぶにはトラックが要る。昔アメリカで乗っていたフルサイズのステイションワゴンは、後ろの座席を倒すとこれが載った。ずいぶんたくさん運んだ覚えがある。
 日本製のいかなるステイションワゴンもこれを運ぶことが出来ない。

 4X8は3X6の2倍弱の面積だ。継ぎ目が減るので、工作が楽である。大きな専門店に行かないと手に入らないのは残念だ。買ったのはラワン・ランバーコアという板である。芯材は、多分ファルカタという桐のような軟材で、上下に堅い合板が貼ってある。普通の合板に比べ、曲げに対する剛性がはるかに大きいし、クリープも少ない。要するに垂れて来ないのである。オーヴァハングがあるところには適する。また、棚板には適する材料である。

 レイアウト南側の周回部の骨組みに板を載せた。助っ人を頼んだ。この作業は一人では難しい。所定の位置に、厳密に位置を合わせる必要がある。二人で寸法を測りながら、ゴムハンマで叩き、少しずつ位置を移動させる。最後にレーザで「通り」を見て、固定する。「通り」とは直線部が完全に同一直線状にあることである。
 位置が決まったら、ネジで固定する。その時、合板の上を歩くのだが、かなりの剛性があり、気分が良かった。

合板を敷く 最後に、周回部の外縁をコンパスで卦書いた。切り落とすまでは行かなかったが、これで9割ほどの基盤が完成した。
 


2015年03月25日

音について

 しばらく前、建設中のレイアウトを見に来た人があった。近所の人らしいが、鉄道模型をやっているという話だった。レイアウトの路盤を見るなり、「板が薄くないですか。」と言う。
「15 mmもあれば十分だと思いますが。」
「25 mmないと反響してうるさいです。」
「御経験がおありなのですか。」
「作ったことはないけど、本にはそう書いてあるし、インターネットでもそう書いてあるのを見た。」とおっしゃる。自分で確かめたことがないのに、批判をしたがる人は多い。
 一般論であるが、「教科書に書いてある。」などと言う人は、道を切り開けない。

 このレイアウトは、その音の問題を克服している。合板が 25 mmであろうが50 mmであろうが、ダメなものはダメなのである。ところで、25 mm合板はわが国で大量に市販されている厚さなのだろうか。特注品以外で見たことはない。24 mmの次は、28 mmである。
 吉岡精一氏と知り合った頃、すなわち30年ほど前だが、お宅を訪問すると、レイルを敷いた路盤がいくつも置いてあった。どれも長さは750 mmである。750 mmと云うのは、押し入れに無理なく入る深さなのである。収納の事を考えて決めたそうだ。

 厚い30 mm合板にコルクを張ったもの、薄い12 mm合板に厚さ 5 mm、3 mm、2 mmのゴム板を張ったもの、合成ゴムスポンジを張ったものがあった。それらに、フレキ線路を取り付けてある。道床の半分では釘を固く打ち付け、残り半分では枕木に大きめの孔をあけて緩く留めてある。

 それらを順につなげて、車輌を転がして音を聴く。結論を言うと、コルクは全く効果なしである。多少厚く敷いてもダメであった。スポンジは妙な高周波音がする。ゴムはどれも良い音がする。厚さの差はあまり感じない。


acoustics 吉岡氏のところから戴いて来た、当時の試験道床の一部である。Aはコルク、Bは5 mmゴム板、 C、Dは土屋氏が用意して下さったポリ塩化ビニルの押し出し製品である。Cは柔らかめで薄く、Dは固くて厚い。
 何度もテストをした。結果はB,Cがベストであった。しかし、Bは厚すぎる。
 厚いと重いし、重ねることが出来ない。この路盤は重ねて保管できるようになっているのだ。

 Aは、カーッと云う高周波音が頭の芯に突き刺さる。B以下は全てその高周波が吸収される。釘は枕木の孔を大きくして、緩くした方がはるかに良い。このCを、並べた机に載せて、車輛を走らせるととても良い音がする。レイルの継ぎ目はドドンと云う音である。路盤の下にフェルトを切って貼った。さらに高周波が遮断され理想的な音であった。
 ゴムは内部損失が大きい(音を熱に変える)ので、高周波が漏れてこないのだ。どういうわけか、我が国ではコルクを使う人が多い。ほとんど効果はないのだが、このような比較実験をしていないから、誰も気が付いていない。

2015年03月23日

図書の整理

sorting magazines 最近、クラブの会員がお手伝いに来て戴く頻度が増えてきた。土屋氏のところから、夏の間に運び出した書籍等が倉庫に山になっていたのだが、それを片付ける作業を手伝って戴いた。1トン以上ある。
 まず最初に雑誌の種類を分け、さらに年度別に並べる。さらにそれらを月の順に並べて棚に入れる。書くと簡単であるが、実際の作業はとても大変だ。山になっている雑誌をばらすだけでも、どうかなりそうなほどの作業量だ。

 今回は6人来て戴いて、朝10時から、3時までの作業であった。ようやく、TMS、ピクトリアル、鉄道ファン、とれいん、が並べられた。ほとんど全部揃っている。完全に整理が終われば、全て揃うとみている。というのは、雑誌類は土屋巌氏、伊藤 剛氏、吉岡精一氏 のところから集まったので、重複分もかなりあり、不足は無いはずである。特に、伊藤氏や吉岡氏からは昭和10年代からの雑誌がたくさん来ている。これらは触ると壊れてしまうほど劣化しているので、開架はせず、ウェブ 上での公開となる予定だ。

library 雑誌書架が明らかに不足している。最近の雑誌は重いので、下手に棚に載せると棚自体が壊れてしまう恐れがある。スティール製の頑丈なものを用意するつもりである。

 レイアウトの詳細な設計をして戴いたnortherns484氏も、遠いところから駆け付けて測量をしてくれた。大体、設計図通りに出来ていたので安堵した。 レイアウトのように大きな物は物差しやノギスを当てて寸法を測るわけにはいかない。原点を決めて、そこからの測量をする。レーザ測距計は大活躍だ。これがなければ、とてもあの時間内には終わらなかった。



2015年03月19日

博物館レイアウト建設工事の現況

Cosmetic Curve 勾配線の上空から俯瞰した様子である。勾配線は均一な勾配で完成し、立体交差の方に伸びつつある。
 三脚はコンパスの中心を確保している。錘となる針金をぶら下げて、床のマーキングに合わせている。コンパスの腕は床に置いてある。撓まないように剛性を持たせた構造である。勾配であるから、中心位置の標高は順次高くして、円周を描く。

new layout under construction 2 ヤードの喉の部分から見た様子である。全ての線路は仮に置いただけであるから不連続である。分岐のセクションはほとんど出来ている。と言うより、作ってあったセクションを最大限利用できるようにレイアウトを設計した。
 右の曲線は仮に置いてあるだけで、接続は雑である。立体交差部の落差を確認するためのものである。

magazines 土屋氏のところから戴いて来てあった雑誌を、倉庫から出して、置いてみた。これだけで約1トン強である。これを整理する必要がある。おそらく3人がかりで1日かかるであろう。  

 重複した号は倉庫に逆戻りである。書棚が足らないので追加購入する必要が出てきた。鉄道模型三誌、実物誌三誌 がほとんどすべて揃った。これらの雑誌を読みにいらっしゃる方も多いのであろうと思う。



  





2015年03月09日

Richmond の博物館

Richmond 3 RichmondはGoleden gate から見て、サンフランシスコ湾の奥にある町だ。歴史的に鉄道と深い関係にある町である。Santa Fe鉄道の終点であった。町の中心にある駅の中にはターンテイブルがある。
 そこにある鉄道博物館を今まで見るチャンスがなかったが、今回のレイアウト・ツアで行ってみた。会場からゆうに1時間かかる。
 O, HO,N のレイアウトが一つの建物の中にある。大きさはサイズに正比例しているわけではないので、HO,Nのレイアウトは相対的に大きい。
 これはOスケールで、左がHOである。

Richmond 4 Oスケールは線をひき廻し過ぎで、列車が山の中に入るとぐるっと回って出てくるのだが、どのトンネルから出るのか、見当もつかない。



Richmond 2 シーナリィはよくできていて、サンフランシスコ郊外の植生をよく観察している。もう完成して20年以上になるそうだ。



accidentaccidennt 2 脱線転覆した様子を表している。側面から見ることもできる。
 壁が切り取られ、谷底の様子が見える。ぐちゃぐちゃに壊れた貨車が落ちている。
 救援に来た重機が居る。

2015年01月29日

続々 勾配区間の建設

Horseshoe Curve 骨組みの上に板を載せてみた。ネジで仮留めしてある。台形の板を 24 mm の構造用合板から切り出した。板が、出たり入ったりしているのは耳が切り落としてないからだ。全体を固定してから、コンパスで卦書いて切り落とす。
 勾配を測定すると、当然のことながら、一定にはならない。

 その様子を見て、昔、韓国製の鉄道模型が現れた頃のことを思い出した。筆者はそのウォームギヤを見て、とても驚いた。斜面が一定でないのだ。一周が20くらいの面で出来ていたのだ。おそらくホブと云う刃物で切っているのだが、回転数が低いのか、何なのか分からないが、螺旋の斜面が多面体なのである。廻すと当然、ゴロゴロ言う。そういう製品があったのだが、最近はその種の問題は解決している。
 しかし他の面では問題はまだ多い。

 さて、用意してあるシムを挟んでみて様子を見た。計算値のシムを挟むと、かなり緩和される。お世話になった数学の専門家には感謝する。2800Rと2900Rの線路を載せてみると、斜面が一定であることが分かる。


 コメントを戴いたが、蒸気機関車単機で100輌のブラス製貨車編成を牽くというのが、この博物館の「売り」である。おそらくこれをO scaleで実現できるところは、世界中探してもここしかないはずである。以前ミシガン州で廃業したスーパーマーケットでは200輌運転をするのを見たが、それはプラスティック製貨車を多重連のディーゼルで牽いていた。
 Big Boyでなくても牽くことは可能だ。以前の実験ではSP5000でも可能であった。 

2015年01月27日

続 勾配区間の建設

Horse Shoe Curve 角スタッドを切って、支柱に取り付けたところである。インパクト・レンチを用いて、鉄骨にドリルネジをねじ込む。こうして見ると、螺旋を直線で近似するのは無理であると云う事を実感する。柱間隔をもっと細かくすれば良いのだろうが、費用が掛かりすぎる。このようにある程度区間を分けておいて、シムをはさんで近似するというのが現実的であろう。シムの厚みは最大2mmほどである。

 十分な量の24mmの合板を安く買ってある。それを一区間ごとに台形に切って、置いてみれば、どうすべきかはすぐわかる。当初は薄い12mmの合板を使う予定であったが、シムを連続的に貼らねば凹凸が表に出てしまうことが分かり、それは取りやめた。

 水準器を置いて、どの区間も水平が出ていることは確かめてある。たったの半周強ではあるが、この高低差を稼ぎ出す勾配区間の設計には大変な労力を必要とした。
 板を載せてみると、複々線のホースシュウ・カーヴの様子がよくわかる。完成時に目を低くして透かして見ても不自然でないようなレベルにはできているはずだ。
 
 4本の線路はそれぞれがカントを持ち、同じように傾いて走る。ここを100両編成の列車が登り下りするのである。その様子を思い浮かべて、幸福な気持ちになる。
 

2015年01月15日

勾配

 レイアウトの勾配を、当初1.5%にする予定であった。そのつもりで作図してあったのだが、どうしても勾配が長くなり、分岐の位置に近くなる。ストレッチ(直線区間)の途中から勾配になるのは避けたかった。1.6%にするとなんとか収めることが出来ることが分かったので、変更した。シャーマン・ヒルは最大1.55%であったから、ほぼ同じになる。

 勾配は扇型の合板をつなぎ合わせて作る。梁の剛性が大きいので、梁と合板の間にシムを挟んで滑らかに繋ぐ。合板を大きめに切ってはめ、固定してから大きな自作のコンパスで外周を卦書き、ジグソウあるいは丸鋸で切る。曲率が小さいので、丸鋸のアサリの部分で逃げられる可能性が高いとみている。しかし24 mmの合板なので、刃の深くまで切り込むから、丸く切るのは大変かもしれない。数 mm大きく切っておいて、ルータ (Router ラウタ)で仕上げ削りすることも考えている。もちろんその時はルータをコンパスに固定する。

tripod for compass コンパスの中心はカメラの三脚を利用している。大きな木製三脚で、かなり重いので具合が良いと思ったが、3 m以上もある腕を廻すので、中心がふらつく。重りの砂袋(セメント袋)を置いて作業する。
 カメラの取付ネジは、1/4 インチのネジであるから、5 mmの板から切り出した。中心は、Φ5のブラスの棒を旋盤で挽き、ハンダ付けした。


compass
 このコンパスには2800、2900、3000、3100 mm の各半径の中心線と、路盤の外周、内周が目盛ってある。ペンを差込んで廻れば、所定の目的を達するが、二人がかりである。一人でやると線がふらつく。

 いろいろな方がお手伝いに来て下さるので、本当に助かる。



2015年01月05日

鉄骨組立完了

Steel Frame Finished 鉄骨を組み終わった。念入りに高さをチェックしたので、その上に角スタッドを載せて水準器を置くと、当然なことながら、完璧な水平面であることがわかる。
 鉄骨の柱は、ボルトでコンクリートに固定して水平方向の力も受けられるものと、垂直荷重だけのものの二種類がある。横梁でつなぐと、全体が一つの面を構成し、縦横方向に剛性のある平面が出現する。
 体重を掛けても、大丈夫だ。レイアウト上で、観客その他が寄りかかる可能性のあるところには、ブレイスを入れて補強してある。

 鉄骨方式は安く出来る。木材で作るのに比べて、数分の一の費用で出来た。ある程度以上の大きさのレイアウトを作る人には勧めたい。以前、ある木製台枠のレイアウトを見に行ったときに、台枠がスパン1.8 mで垂れてしまい、通して見ると波をうっているのを見た。おそらく真ん中では数mmの沈み込みだった。そうなると修復はかなり難しい。

 鉄骨なら、剛性がはるかに高いのと、クリープ(徐々に形が変化していくこと)が事実上無いので、好都合だ。今回は熔接したが、最近はネジ留めでも十分な方法がある。相手がH鋼でもネジで一発で留める方法があるのだ。ただし、出力のやや大きいインパクトレンチが要る。
 この程度の角パイプ、チャンネル、アングルなら十分な強度で組める。床が完全な平面なら、外で組んで運び込み、組み立てるだけであるからネジ留めで良いだろう。今回は平面が全く出ていない床であるから、水準器で見ながら、力を掛けずに組める熔接をする必要があった。角スタッドはネジ留めである。

千手観音 千手観音のような形をした柱である。立体交差部の支えだ。クランプで位置を決めておけば、一筆書きで熔接できる。ブレイスは不要な角パイプである。板が薄いので少々難しい。

2015年01月03日

Beam の熔接


welding beam 鋼製の柱に梁となるアングルを取り付けているところだ。クラブの会員であるDr.Yが手伝ってくれている。筆者は上に立っている目盛りを、遠くから”オートレヴェル”という望遠鏡で高さを見ている。誤差は 1 mm の数分の1である。

welding beam 2 梁の水平は水準器を用いて見、 クランプは仮締めの状態で、楔(クサビ)を使って微妙な高さ調節をしている。ゴムハンマで叩いて微妙なずれを修正する。
 この作業は、最初は手間取ったが、熟練してくると早くできるようになった。楔の傾きが分かっているので、水平移動距離で高さの上下がおおよそ分かる。楔は硬いアピトンという木から作ったのでへたらない。

 熔接すると冷えるとき多少縮むので、完全な水平は出しにくい。どうしても多少垂れるようになるので、斜めのブレイスを入れる必要がある。

 コンクリート床は、案の上かなりの凹凸があり、10mmもへこんでいるところでは、アングルの熔接代(しろ)が少なく、別材のアングルを補強で足した。 位置決めが終われば本締めして、熔接する。旧式の熔接機であってきれいな仕上がりではないが、見えるところではないのでよしとする。

 熔接火花が散って床のカーペットが台無しになるといけないので、養生を確実にした。ケイ酸カルシウム板というのは安くて良い。畳大の5mm板が500円台である。それを敷き、合板の切れ端を並べて隙間をなくし、火花除けの養生シートを掛ける。このシートは大きなものではなく、上や横方向に飛ばないようにするのが目的である。ガラス繊維にポリ塩化ビニルを掛けたもので、効果がある。火花が付いても焦げない。熔接箇所に10 cmほどの隙間をあけてかぶせ、隙間から熔接棒を突っ込む。

 この作業はDr.Yのおかげで短時間で終了した。助けて戴かなかったら、とても1日では終わらなかったろう。

 

2014年12月26日

レイアウト

layout 博物館に設置されるレイアウトの路線図である。本当はもっと自由な配置にするべきだったのだが、既存の半径2800 mmR、2900mmRを使って作るという制約上、これ以外の方法がなかった。観覧者がレイアウトの外から見るわけであるから、周りに車椅子の通行スぺイスが必要で、階段を避けながら bent dogbone(犬に与える骨の形を曲げたもの) にすると、もうほとんどこの配置から動かせない。半径が決まっているのでSカーヴの位置関係も決まり、機関区との干渉を考えると、この形となった。Sカーヴの接続部には、緩和曲線と直線を挟んでいる。 この図の上半分の外周は半径が 3100R でテハチャピ ループと同じだ。 

 現場の数字を拾いながら、コンピュータを使って最大の可能性を探してくれたのは、
northerns484氏である。感謝している。

 建物は土地の形状に沿っているので、台形である。柱が内側に張り出しているので、この図で本棚、ショウケースに隙間があるところは、その柱である。

 階段に近いところは、レイアウトとの隙間が少ないが、路盤が高いので、車椅子に乗った人の肩の上を、路盤が通過する。際どい設計だが、実際にモックアップを作ってみると、不自然ではない。
 その部分は片持ちなので、厚い合板で作る。剛性は厚みの3乗の関数だから、12 mmと15 mmでは倍近い。剛氏の作業台コーナは階段の下に相当する。ここも路盤が近いが、高架部分で、ふつうの人の肩の高さであるから、何ら問題が無い。

 全ての中心、交点、接線の座標を算出して戴いたので、それを床にマークし、その上に路盤を組んでいけば良い。床のマーキングは基準点からの距離で表す。10 m以上もあるので、巻尺ではなかなか面倒だ。

2014年12月19日

開館予定

 いろいろな方から、開館予定日を聞かれる。実のところまだ決まっていない。

 当初は土屋氏の病状を考えてせめて11月までにと思ったが、9月に土屋氏がお亡くなりになってしまった。その後、突貫工事ではなくなったので、かなりの部分を丁寧に仕上げることが出来た。

 伊藤剛氏のご子息からはメイルを戴き、励まして戴いている。吉岡氏の奥様からもお電話を戴き、故人の業績を称えることを感謝された。もちろん土屋氏のご子息とも連絡を取って進めている。

 NMRCクラブ員にも助けて戴いている。重いものを動かす時など本当に助かる。大規模な合板貼りの工事の時は数人がお手伝いを申し出てくれている。4x8合板は大きくて重く、とても一人では持ち上げられない。



2014年12月11日

Nickel Plate

transition 博物館の床はタイル・カーペットを張った。トイレの床はセラミックタイルである。見切りをどうするかは、悩むところである。”見切り”とは床や壁、天井などの材質が変わる部分、あるいはその処理をする部材のことである。英語では、"transition"(移り変りという意味)という。建築士はアルミ製の専用素材があるから、それを使うように勧めてくれた。アルミは擦れて地金が出ると面白くない。

nickel plate 倉庫を探すと、ブラス製のいわゆる”ノンスリップ”が見つかった。それを切って、高さをフライスで削り、よく磨いた。透明樹脂を掛けて取り付けるつもりだったが、たまたまやって来た友人が、「めっきを掛けると良い。光沢ニッケルはいいよ。」と勧めるので、頼んでしまった。

 硬質ニッケルなので、ヤスリが掛からないほど硬い。長持ちするだろう。ぴかぴかでとても美しい。価格はちと高かったが、すばらしい。

tool rack これは筆者の工具掛けである。たまたま筆記具(ボールペン等)のラックを捨てずに取ってあった。おそらく、買えばとても高いものであろうと思う。アクリル板を細かく切って貼り合わせ、深めの小箱がたくさん連なっている形状だ。販売促進品らしく、メーカが持ってきたのが放置されていたのだ。洗って埃を取ると美しい。何を入れるか、半年ほど迷ったが、結局のところ、工具ラックにした。
 筆者は右利きなので、工具を入れると右に傾く。取るときも都合がよい。

tool rack 2 会社の名前を消しておいたが、横から見ると、このような形をしている。車が付いているので、そのまま引っ張って行けるから、都合がよい。電動工具を入れる専用ラックも用意したが、重くてとても動かす気にはならない。
 
 伊藤 剛氏は全ての手工具を自家製のラックに入れていらした。どの工具も斜めに収められ、取り出しやすく工夫されていた。また、ターレットを備えて、くるくると廻して目的物を取りだすようになっていた。それは鍋のふたで作られているところが面白かった。それらは展示する。


2014年12月09日

雑誌の収納

magazines 日本の雑誌とは異なり、アメリカの雑誌は柔らかい。本棚にぎっしり詰めないと立たない。さりとて、ぎっしり詰めると取り出せないし、出すとき雑誌が傷む。

 今回の書棚には合本やファイルに入れたものを立て、そうでないものは平積みにすることにした。年度別に積んでおけば、わかりやすい。幸い、このような棚がたくさんあるので、かなりいろいろな雑誌を積むことができる。
 MRはしばらく前から、紙の号が無い。と言っても、印刷して並べるということもできない。

Bookend このBookendの評判が良い。アメリカで、熔接の練習をさせて貰った時の作品である。UPの本線用のレイルの輪切りとスパイクを鉄板に付けただけである。
 これをこの博物館の土産品として作れば、運営費の足しになると言う人もいる。このレイルを切る作業はなかなか大変で、あまりやりたくない。

 立っている本は、ディズニィの大好きな汽車の話である。彼は自宅の庭にライヴスティームの鉄道を持っていたのである。その詳細な解説の本で、読んでいて楽しい。


2014年12月05日

Joist

 レイアウトを載せる鉄柱と梁の上には joist(小梁)を載せ、15 mm合板を張る。ジョイストはビームともいう。曲げに対して十分な剛性のある材料を探していた。スパンは 2 mだ。軽量鉄骨で剛性のあるものは重い。すなわち高価だ。

Layout Frame Section 既存の建物を仕切る壁を作った時、軽量の角パイプ(商品名:角スタッド)で骨組みを作った。その角パイプを使えないか、テストしてみた。断面は45×65 mmである。肉厚は0.55mmだ。側面にわずかの絞りがあり、バックリングを防いでいる。
 スパン2mで支えて、筆者の体重72 kg を掛けると撓み量は4mmであった。押しつぶされて、平行四辺形になってしまうのではないかという懸念があったが、まったく問題ない。切れ端を、直角方向に置いて支えに使えば、押しつぶされることに対抗することも容易だ。
 孔をあけるのは容易で、テーパ・ドリルを使えば数秒で直径12mmの孔をあけることができる。中がつるつるなので、切り粉は切り口から簡単に吸い出せる。
 
 これを400mmピッチで置くと、かなり剛性の高い路盤が出来る。合板とは、コーススレッドを使って訳なく結合できる。下穴も要らない。

 木製の架台を作ることに比べると、作業量は1/10程度になるし、一人でもできる。また価格も非常に安い。4 mのものが1本600円ほどである。この剛性がこの値段で買えるのである。木製にすると数倍以上掛かるだろう。長年レイアウトの架台は木製ということになっていたが、その呪縛から解放される時が来た。通電するから、それを逆手に使ってアースとする方法もありそうだ。

 切断は丸鋸で行う。最近は木材のみならず4mm厚の鉄アングルも切れる刃があるので、それを使っている。切り粉が飛ばないように丸鋸にゴムボールを挟む方法がDIY雑誌に紹介されている。切り粉の処理のしやすい環境で作業し、衣服はよく払い、磁石で調べる必要がある。切り粉は尖っていて危ないから注意する。

2014年12月01日

図書の移動

 博物館に出かけるたびに、自宅地下室から雑誌、書籍を移動している。1回に20 kg程度運ぶ。それ以上運ぶと体にこたえる。もう10回以上運んだ。
 古いMRやMRC、Trains、O Scale Newsなどは軽いものである。ロコサイクロとか写真集は、腰が抜けそうに重い。40年以上にわたって買い集めたものである。今までは地下室の線路下に間口8mほどの棚があって、そこに入っていた。本棚は普通のでは壊れてしまったので、硬い材料で自作した。一番贅沢なのはチーク製である。インドネシアに親戚が居たので、引っ越し荷物と一緒に厚板を何枚か送ってもらったのだ。日本で買ったら、目が飛び出すほど高かったに違いない。 現地ではドブ板であった。
 半年以上、雨ざらしにしてから、友人の経営する製材所で挽いてもらった。友人はその贅沢さに驚いていた。細かい切れ端も、枕木として全て有効利用した。

Cyc's ロコサイクロ Locomotive Cyclopediaは、戦前のもの3冊がある。すべて本物である。カーサイクロ Car Cyclopedia は戦前のもの2冊と戦後のもの1冊である。40年版は復刻版である。二つが合併したものも2冊ある。これらはアメリカ在住の時に手に入れたものが多い。戦前のものは、古くてバラけたのを三分冊に製本し直したものを、高橋 淑氏からお預かりした。大切にしたい。
 これだけそろっている場所は少ないはずだ。旧帝大や、古くからある工業大学の工学部にはかなり揃っているという噂もあるが、見たことはない。アメリカの大学の工学部には数冊ずつあった。

 本を探しに来るだけでも価値がある博物館のはずである。

 先日、転車台の座標を確認した。入口に近いので、入った瞬間に目に飛び込んでくる。


2014年11月27日

続々 博物館工事進行状況 2

piers painted 鉄骨に塗料を塗った直後の写真である。上端部は梁を熔接するので、未塗装である。
 
 これらをコンクリート床に直接取り付け、オートレヴェルで覗きながら梁を水平に仮留めし、熔接する。熔接は力が掛からないので、完全に水平が出る。熔接の火花でカーペットが傷むといけないので、養生用の防炎シートも用意した。
 梁に薄肉角パイプを置き、ビス留めする。それに15 mm合板を載せれば、完全な平面が出現するはずである。 

 合板はコンピュータ制御の加工機で、設計図通りの切り抜きが出来る。刃物は12 mm径が標準だが、最低3 mm径の刃物も使えるという。ただし切削速度は遅くなる。

 ターンテイブルの丸穴をジグソウで抜こうと思っていたが、外注することにした。実は自宅のレイアウトは手で抜いて、微妙な失敗がある。後でノミで少し削りとらねばならず、たいへんな苦労をしたことがあるからだ。

 作業していると、近所の人が御親切にも話しかけてくれる。向かいに廃業した医院があるのだが、その駐車場を使わせて戴けることになった。御主人は内科の先生であったのだが、メルクリンが大好きで、戦後すぐの時代からのコレクションをお持ちだそうだ。博物館が開業したら、毎日来られるとのことである。
 たくさんの人が来られたら、休む場所も必要だろうから、待合室を解放して下さると云う御親切な話も出て感謝している。

 他にも楽しみにしてくださる方がたくさんいらっしゃって、仕事の励みになる。


2014年11月25日

続 博物館工事進行状況 2

Piers have come レイアウト架台の鉄骨が搬入された時の写真である。薄い材料を使って軽量化したが、かなりの質量である。鉄工所のトラックを借りて運んだ。

 鉄工所から来たばかりの状態は切削油が付いていて、そのままの状態では塗料が載らない。ウエスで拭いた程度では不安であった。強力な洗剤を使って洗い、水洗した。天気の良い乾いた日に実行したので、すぐ乾いて錆びることもなかった。

detergent この種の仕事をする時の洗剤は、これが適する。たまたま見つけたワックス掛けのモップを洗う洗剤で、とても強力である。内容物には特に危ないものはなく、単に石鹸と合成洗剤 2種が入っているだけだが、油落としには最適である。旋盤で挽いたばかりの切削油まみれのワークを、溶剤を使って洗わなくてもよい。油を拭取り、これを薄めた液に浸けて、ブラシで軽くこすれば完璧である。
 近くのバッタ屋で、非常に安価で手に入れることができる。

 右に見えるのは、友人のN氏からお借りしたオートレヴェル(トランシットとも言った)である。これですべての部分の線路高さの誤差を 1 mm 以内に抑える。

 伊藤剛氏の工作室は全く整理できていない。開館後に徐々に整備する形になるだろう。

 書棚は十分余裕があると思ったが、土屋氏の蔵書と筆者のを合わせると足らなくなる可能性が出てきた。土屋氏の実物誌のコレクションは得難いものである。「鉄道ファン」は初号からある。「鉄道ピクトリアル」もかなり古いものからある。
 "Model Railroader","Model Railroad Craftsman","Mainline Modeler" もかなり揃っている。 

 
これらの雑誌は状態の良いものは開架して公開するが、傷んでいるものはインターネットで公開ということになるだろう。また、貸し出しは一切しない。コピィをすると雑誌は傷むので、カメラでの写真撮影のみを認める。

2014年11月23日

博物館工事進行状況 2

 博物館の箱に相当する部分は、ほぼ完成した。いま外装を少し手直ししているが、さほど変化はないだろう。
 古い建物なので多少の雨漏りもあったが、雨の日に探りを入れて少しずつ直していった。現在のところ完璧に直り、じめじめした部分はなくなった。電気配線を変更し、子メータを付けて、母屋の電気回路から分岐させた。
 新しい省エネ型エアコンの性能は凄まじく良い。母屋のエアコンも同時に取り替えたのだが、今まで小さいのが1台しかなかったところを3台にした。出力で言うと6倍になったのだが、実測した電力量は1.4倍であった。効率は3倍程度に上がったのだろう。もっとも、古いのは40年前のものであるから、比較の対象にはなりにくいが。

古い雑誌 (2) 少しずつ、伊藤剛氏の蔵書整理に手を付け始めた。当然のことながらTMSは初号からある。それ以前の科学と模型模型鉄道などの雑誌はバラけてしまったものもあり、うかつに手を付けると後で苦労することになる。そのままの状態でポリ袋に入れて整理棚に入れた。
 このようなものは箱に入れると訳が分からなくなるので、引出しのたくさんついた棚が適する。すでに48の引出しの付いた整理棚が一杯になった。
 ただし、このTMSの初号は本物ではない。のちに発行された”総集編”のようなものである。本物はどこかにあるはずだ。

古い雑誌 剛氏の筆跡で「てもしゅ」とある。これはつどうけいしゅみのことである。一時期のNMRCの機関誌「ヤード」上では、「てもしゅ」と「なもてく」がよく出てきた。もちろん、なもてくとは、名古屋模型鉄道クラブのことである。情報としては知っていたが、モノを見たのは初めてで、驚いた。
 中央の表紙の人は若き頃の酒井喜房氏である。

shelves 書棚の棚板は、暗いグレイである。床が完成しているので、養生シートを敷いて塗った時の様子である。この塗料は油性である。水性塗料は書棚には適さない。昔と比べて多少の進歩はあるが、本を置くと、時間が経てば粘り付く恐れがある。
 今回は塗料屋と相談して、もっとも塗膜が硬くなるタイプを選び、さらにつや消し剤を添加したので、まず絶対に粘りつくことはない。

2014年10月28日

「模型鉄道」か「鉄道模型」か

 先日、横浜でKKCの会合があり、友人と懇談した。館名についてはたくさんの質問があり、模型鉄道鉄道模型の違いについての話題は尽きなかった。

 30年ほど前、伊藤剛氏はこのようなことを言われた。
「『模型船舶』は動力で走るのでしょう。でも『船舶模型』は博物館にあるような動かない模型でしょうな。『模型飛行機』と聞けば、飛ぶだろうなと思う。でも『飛行機模型』と言えば、それは多分ソリッドモデルです。」
 大変説得力のある言葉で、反論できなかった。

 『鉄道模型』は戦後の言葉で、戦前は『模型鉄道』と云う言葉が主流だったようである。小さくても鉄道としての機能が見えることが重要視されたのである。
 戦後すぐ発足した名古屋模型鉄道クラブの名にも、それがうかがえる*。
「とにかく走らなければ認めてもらえないので、大変でしたよ。」と言うのは、元会員の言葉である。すでに故人となられた方だが、剛氏たちに叱咤激励されて、ポイントをひっ掛からずに渡るようにするのが大変であったという話を聞いたことがある。
 
 そういう意味では、戦後発刊された「鉄道模型趣味」と云う名の雑誌は、斬新な感じがしたという。

 我々は戦後生まれなので、鉄道模型と云う言葉に対する違和感はない。しかし今回、剛氏の書かれた文章を繙くうちに、模型鉄道と云う言葉を使わなければ、氏の哲学が伝わらないと判断した。

 KKCの会合で、平岡氏による講演があって、大変勉強になった。Model Engineerの心構えから始まって、ネジの立て方の「常識」も伝授して戴いたが、その内容は意外なものであった。 

 *名古屋鉄道模型クラブであると、名古屋鉄道社内の模型クラブであると思われるからだ、と云う説も昔のTMSに載っていたが、真偽のほどはわからぬ。 

2014年10月26日

館名

 博物館の名前について、議論百出で、大量のコメントとメイルを戴いている。発表不可とあるものは、公表していないが、皆さんの期待が高まっていることを感じる。

 館名には模型鉄道という言葉を入れたい。この言葉は伊藤剛氏のこだわりである。
「『鉄道模型』はただ小さくしただけですけど、『模型鉄道』は少し違うのですよ。小さくすると本物の理屈が通用しなくなってきますから、工夫がいるのです。その工夫によって小さな模型が、本物のように走るようにするわけです。
 慣性を大きくしないと動きがぎこちないですし、堅い線路を堅い車輌が通るので、実物のような構造では脱線してしまいます。急カーヴも通さねばなりませんしね。模型と実物は違うのですよ。」
 お会いするたびに、『模型鉄道』という言葉への思いを、語られた。
 
 小さいけれど本物のような動きをする模型を作るというのが剛氏の主張である。ただ細かくできているというのでは意味がないということを仰るのである。剛氏の本物の知識は凄まじい。本職だから当たり前なのだが、その奥にある根本原理の追求は常人の及ぶところではない。

 幸い筆者は剛氏と親しくお付き合い戴き、等角逆捻り機構については、考えうるすべてのパターンを製作するチャンスに恵まれた。その結果、剛氏から、これがベストとのお墨付きを戴いている。

 この博物館の売りは、剛氏の作品コレクションと祖父江氏の改造による、類稀なる静粛性を持ち、高効率の走行を誇る機関車である。耐久性を持つから、走らせてもへたらない。普通の模型を30分連続で走らせると、ギヤが擦り減ってしまうそうだ。重負荷であれば、もっと早く壊れてしまうだろう。この博物館では毎日、連続運転をする予定である。その点だけでも、見る価値はあると思う。

 場所は完成までは非公表である。というのは、セキュリティの問題が解決していないからである。完全な防犯装置が稼働するまでは、発表できない。大切な模型をお預かりしているので、その点だけは失敗しないようにしたい。

2014年10月22日

レイルジープ

rail jeep レイルジープに関する質問が多いので、より細かい写真を見てみよう。

 モータは、自作である。界磁は2 mm厚ほどの鉄板で、屋根裏を通っている。界磁コイルは二つである。電機子は3極でベルト駆動だ。2軸のうち、片方しか伝動していない。床板は木製である。

rail jeep 3 バッファが付いているということは、アメリカ型ではない。ホーンらしきものは両端にある。パキスタンに出張されていた時の、その辺りで見た何かをモチーフにしたものでもない。
 生前、このレイルジープについてお聞きしたことがあるが、
「いや単なる遊びで深い意味はないです。」
とのことであった。

rail jeep 2 運転席には何かの運転装置らしきものも見える。輪ゴムが融けていて、それを削り落した跡がある。おそらく何十年も放置されていて、それを動かすためにこのような応急措置のベルトを掛けたのであろう。
 意味がよくわからぬが、造形が面白い。集電は良かったようだ。

 Hand Car 手漕ぎ車もあった。これは車輪がゴムで、電気はレイルからコレクタ・シュウで取る。

Gandy DancersCollector Shoes 単純なつくりだが、設計時にリンク機構に工夫をされたことが分かる。また、最終的にリンクの長さを微調整している。再度、その部分は作り替える予定であったろうと推測する。
 

2014年10月20日

博物館のレイアウト

 建設中のレイアウトは一周が約90 mある。いわゆる bent-dogbone type である。犬に与える骨の外周を二つ折りしたような形で、複線であるから、折り曲げ部は複々線になる。その部分は勾配であって、Pennsylvania鉄道のHorseshoe Curveのような状態になる。

 勾配は1.55%である。そこを、100輌編成の列車を牽いた貨物列車が走る。高効率の機関車でなければ、モータが過熱して煙が出るかもしれない。
 自宅のレイアウトでは、100輌ではほとんど一周してしまうが、このレイアウトなら1/3程度であって、見苦しくない。勾配線を重い列車をゆっくりと滑らかに牽く様子は、なかなかの見ものである。30年前に合葉博治氏にその様子を見せた時、氏は息を飲んだ。
 わざとスリップさせることも容易だ。列車が重ければ慣性が大きいので、出力を瞬間的に上げれば、シュルシュルと滑る。しかし、列車全体にはほとんど影響を与えない。サウンド装置が付いているので、音の点でも効果が大きい。

 本線上には信号機を付ける。4つのセクションにして、順次点灯させる予定だ。検出方式は光で、DCCとは連動させない。信号は機関士が目で見るのだ。
 
 博物館の入口を入ったところには転車台を置き、機関車を転向する様子を見せる。これはまだ図面もできていないので、場合によっては自宅のレイアウト用に作ったものを仮に設置する可能性もある。本来のものができれば、差し替えることになる。

 仮開通は今年中の予定だが、場合によると、春先になる可能性もある。

 

2014年10月18日

続 伊藤剛氏の作品

 先回の写真では写りが悪すぎるので、多少は良い写真を探した。
 例のコンピュータ動作不良事件で、どこかに入ってしまったものを探し出した。

2 これはシンデレラのカボチャの馬車である。何もかも自作である。馬はとても重い。ハンダの塊である。馬の脚の形は原形を留めているかどうかは不明である。銅線なので曲がり易い。
 カボチャの馬車の先端のとがった部品は注射針の根元の部分である。車輪はアニメイションにあったような一本スポークである。これをスポークというのかどうかはわからないが…。

3 レイルジープというのはこの二段目の左から二つ目の車輌である。天井は本当に布製で、当時の姿のままである。ただ、ゴムベルトは切れていて、応急のベルトでつないである。三点支持になっている。
 三点支持は剛氏によるTMS記事があり、走る方向によって、車体に与える影響が異なることが明記されている。その号以来、幾多の三点支持の記事が載ったが、ロンビック・イコライザが発表されるまで、等方性についての記述を見たことがないのは悲しい。編集者自身が工作をせず、また、工学的な解析能力に欠けていたのは残念であった。

 その他いくつかの作品があるが、棚板の数が確定していないので、作品をいくつ並べられるかが不明である。あまり出すと次の仕事に差し支えるので、梱包をほどくのはこれぐらいにしている。

 ガラス棚の棚受けの数を増やせば、棚が増える。厚いガラス板はかなり余分にあるので、それを切って有効利用したい。
 知り合いのガラス屋に切断と研磨を頼もうとしたら、
「もうその道具を始末してしまった。外注に出すと、新しいガラスを買うのと価格は変わらない。」
と言うので、自分で切断と研磨をすることにした。
 学生時代にやったことがあるから、少しやれば勘が取り戻せると思う。

 壁に付ける薄い棚の設計をしている。スパンが大きく、撓みを小さくしようと思うと鉄骨を熔接して作ることになる。目の高さに編成を並べられるようにしたい。


2014年10月16日

伊藤剛氏の作品

伊藤 剛氏の作品 伊藤剛氏の作品を取り出しても、そのまま箱に戻すと擦れて傷んでしまう。せっかくガラス製のショウケースが使えるようになったので、仮にではあるが入れてみた。

 有名な作品がズラリと並ぶと圧巻である。中でも有名なSnow White とかCinderella, Old Black Joe などは、すでに車齢60年を超え、風格以上の何かがある。神々しいという言葉が適するのかわからないが、このような模型を板から作りだされた能力には驚きを禁じ得ない。
 
 70年前のNMRC発足時に製作された片渡りのポイントは外側三線式で、二つの尖端レイルの組が、イコライザを用いたリンクで連動する。片方が所定の位置に来ると、他方が動いて完全に密着する。本物では当たり前であるが、模型でこれを実現している人は少ない。

 写真でしか見たことがなかったが、レイルジープという車輌は、実に面白い造形である。2軸車であるから、集電を良くするために懸架装置を工夫してある。

 1948年に製作された自動操縦自動車の現物もある。おもちゃの自動車に入るモータを自作されたのだが、屋根の鉄板が界磁の磁気回路を短絡してしまうので、屋根、ドアをブラス板で作り直したという力作である。
 懸架装置、操舵装置、駆動装置の滑らかな動きにはうっとりしてしまう。これはガイドレイルで誘導されるが、自在に誘導できる方式も編み出されて、それは特許を取得されたはずである。その書類が出てこないか、楽しみにしている。

 折り畳み式貨車の編成もある。簡単な工夫でスケール車両が1/3の体積に畳める。これは塗料がぼろぼろで、1輌だけオリジナルを残し、残りは塗り替えて走行させたいと思っている。

 ところで、博物館の名前については、ずいぶん頭を悩ましている。当初は土屋記念模型鉄道博物館のつもりであったが、土屋氏は反対であった。
「地名を付けてはどうか。」
ということであったが、あまり有名でない地名では、却って混乱を招くような気がしていた。

 土屋氏も賛同された伊藤剛模型鉄道博物館の方が、良いのかもしれないと思い始めた。
 まだ正式決定していないので、ご意見を頂けると嬉しい。匿名希望の方は、コメントにその旨お書き下されば、公表しない。

2014年10月14日

続々 博物館工事進行状況 1

Museum しばらく前の画像である。奥行きの2/3ほどが写っている。

 グレイの床は線路の内側で、中に入った人だけが見える空間である。工作教室を開く時には、机などを置くことになる。半径2800 mmの内側なので、かなりの広さである。
 今後の進展で、そこにはナロゥ・ゲージの線路が敷かれるかも知れない。
 薄茶色の部分には線路が通るので、橋脚状の支えの辺りになり、棚などが置かれる。多分その辺りは、誰にも見えなくなるので、いい加減なタイルの張り方である。

 右のほうに見える細い鉄骨の支えは、この店舗の倉庫から出てきたもので、何かはわからない。上下逆にして置いてみて、高さ調節用ネジを無理やりつけている。他の部分との高さを合わせるのはなかなか難しいと、予測する。というのはコンクリート面に直付けであれば、荷重が掛かっても高さは安定しているからだ。しかし、やわらかいカーペットの上では、上に線路を載せてから、トランシットで高さを確認しなければならないし、経年変化もあるだろうことは覚悟している。
 通路幅は1 m以上確保して、車椅子が通れるようにしてある。筆者の座高で、視点がちょうど地面の高さである。機関車を仰ぎ見る形になる。所々に簡単なスロープを置いて、10 cm程度持ち上げる工夫をしたい。
 この車椅子は、伊藤剛氏の特製ブレーキが付いている。どちらに倒しても作動する優れものである。

 奥の扉は非常扉である。普段は鍵を掛けている。その右は洗面所で、高級なトイレットを付けた。扉の色は例の指定色である。この写真を土屋氏に見せたところ、
「うん、この色だ。これで良い。実にすばらしい。すっきりしていて、高級感がある。」と満足そうであった。

 一番奥には剛氏の蔵書、工具、材料などを仮に置いている。線路工事の時に邪魔にならない場所は、ここしかない。

 左の背の低い棚の上には、ぐるりと廻って来た勾配線が通る。向かって左側の通路側は本棚になり、内側は物入れとなる予定だ。色を塗っている最中に撮った。地袋の中は緑色である。
 UPのキャブ内の色に近い色であるが、別に凝ったわけでもない。余っていた塗料を塗っただけである。

2014年10月12日

続 博物館工事進行状況 1

 ようやくコンピュータが復帰した。専門家の解析によると、内部の時計用の電池の容量不足によるものだそうだ。先日当地には大雨が降り、落雷その他でしばらく停電した。その間に電池が放電し、日付がリセットされたのが原因とのことである。電池がたまたまハズレだった可能性もあるとのことである。 
 あちこちが壊れて、修復がまだ完全ではない。ファイルは壊れていないがどこにあるかわからないものもあって、写真等が載せられない。

 さて、博物館は入れ物が一応完成し、什器を所定の場所に配置した。たくさんあるガラス棚をすべてばらしてガラスを洗い、再組み立てするのはかなりの重労働であった。ほとんどが奥行き 450 mmであるが、その深さでは入らないところもある。壁を有効利用したいので、奥行き 220 mmのものを手作りするつもりである。ガラスはあるので、作るのは難しくはない。

 鉄骨製のレイアウト支持柱が納品されるのを待っている状態である。その後の熔接の準備も整った。火花で火事を出すといけないので、養生シートの手配もした。

 レイアウトの工事に先立ち、運び込まれている伊藤剛氏の作品群を整理をしている。一部はガラス棚に収容し始めた。書籍は棚が完成するまで箱詰めの状態であるが、一部は中を開けて覗いてみた。
 一番古い雑誌は昭和5年の「科学と模型」である。この時期の雑誌は紙の質が良くて触っても問題がないが、昭和12年以降は触ると壊れそうな状態である。
 戦後すぐの物は、開くと粉になりそうな感じであって、早くデジタル化する必要がある。

 模型は戦前のものは良いのだが、昭和20年代のものは塗料が傷んでいて、触ると粉が手に付くようなものもある。塗り替えたいが、それでは意味がなくなるので、埃を払ってタッチアップする程度であろう。部品が欠落しているものは作って嵌めねばならない。
 
 
 

2014年09月09日

続々々 土屋 巖氏の死去

 土屋氏の存命中に博物館をお見せすることは出来なかったが、設計図、工事中の写真は頻繁にお送りし、配置、色彩等について、細かい指示を戴いた。氏の頭の中では博物館は完成されていたと思う。土屋氏のコレクションは指示された通りに、全て運び出し、博物館に運び込んだ。

 ところが、一番の理解者だった奥様が、7月に急死されたのである。
「大変なことになってしまった。自分の死後のことを全部頼んであったのに、順番が変わってしまった。」
土屋氏の憔悴された様子は、本当にお気の毒であった。

 伊藤剛氏が亡くなり、氏の作品群、蔵書を全て当博物館に収蔵したことを報告に行くと、
「それは素晴らしい。どこにもない博物館になる。むしろ伊藤剛博物館と銘打って発表した方が良いかもしれんな。」と喜んでくれた。土屋氏は初期のTMSの時代から、伊藤剛氏のファンであった。

 剛氏所蔵の古い雑誌を、デジタル化して公表することには大賛成で、その具体的な方法のヒントも戴いた。

 博物館の線路は、吉岡精一氏の設計されたものを用いる。土屋氏と筆者、吉岡氏の所蔵分を合わせたもので、大半の線路本体は完成しているが、路盤はまだできていない。
 工程数を省くため、木の支柱は取りやめにし、スティールの支柱をコンクリート床に直接留める工法に切替えた。床のカーペット・タイルを介さず、直接取り付けるので、精度が出やすい。トランシットで水平を見ながら、路盤を支えるアングルを熔接する。このことを報告すると、
「そうだ。あの方法では精度を出すのが難しいから心配していた。鉄骨の熔接が良い。祖父江氏の機関車の中にはベベルギヤを採用したものもあるから、ちょっとでも傾いていると流れて行ってしまうからね。線路が水平であることが大事だ。うちのコレクションにはこの種のカスタム・ビルトがたくさんあるから。」
と賛同を戴いた。

 最後にお会いした時、
「ちょうど良かった。明日から入院するんだ。もう会えないかもしれないから、来てくれて良かった。」
とおっしゃった。博物館に掲出する予定の土屋氏の経歴の文案を持って行って、赤を入れて戴いた。

「本当に世話になった。ありがとう。今後のことは頼む。」
と筆者の手を握り締めたが、もう以前のような力は感じられなかった。

 そして間もなく、訃報を受けることになる。

2014年08月05日

博物館経営

 久し振りにDennisに会って、色々と相談したいことがあった。
 アメリカには模型鉄道博物館がたくさんあるが、長続きしているのはどのようなタイプの経営方針なのかが知りたかったのだ。日本ではこのようなことを相談できる相手は皆無である。

 カリフォルニアに在った素晴らしいレイアウトを持つ博物館が、最近閉鎖されたそうだ。解体されて無くなったという。存命中は良かったのだが、その没後、奥さんが博物館を売ってお金に変えたいと言い始めたのだそうだ。
 結局のところ、誰もそれを引き受けることができず、車輌は分売され、ストラクチュアは一部は誰かが持って行ったが、ほとんどが壊され、線路は引き剥がされた。空になった建物は売却されていくばくかの金になり、奥さんのものになった。

 個人経営の博物館はほとんどこのような運命になるそうだ。やはり法人化が必要である。法人化して、政府の認可する博物館として登録されれば、無事に運営されるということは、日米を通じて共通の認識であった。

「でもな、政府の認可を得て、税制上の特典などを得ようと考えると、政府が介入してくるぞ。例えば車椅子の人が入れるように入口にスロープを付けよとか、通路を広く取って車椅子が全周廻れるかとか、防火・避難設備のことについて相当うるさいことを要求されるぞ。」と言う。

「それについてはかなり考慮して、通路幅を決めてあるし、避難用の充電池付きの誘導行燈も付けたんだ。」と答えると、
「それはすごい。そこまでやってあれば言うことはない。」ということになった。

 持って行った線路配置図を見せると、
「当初はこれで良いだろう。そのうち増設の必要が出る。ディスプレイ・レイアウトとして行くのならこれでOK」ということになった。
 デニスの口からディスプレイ・レイアウトと言う言葉が出たのは当然ではあったが、この言葉は日本ではまず聞かない言葉である。

2014年07月04日

続 壁を作る

drywall completed 壁ができた様子をお見せする。中央部は 1 m へこませている。家主のご厚意で、線路を延長することができた。既にできている線路(半径2900 mm、2800 mmの複線)を敷くので、ホンの1 mなのであるが設計の自由度が増してありがたかった。

 入口を入ってすぐのスペイスが広く取れ、具合が良い。車いすによる観覧が可能なようにした。一部通行困難なところがあるが、それは順路の終端であって、Uターンして帰って来られる様になっている。

 電球色のLEDが38本付いている。電燈の数を増やそうと思っていたところ、建築士は十分だという意見だった。というのは、普通のレイアウトより、線路面が高いので、照度が大きくなるからである。とりあえずこのまま行こうと思う。

 最近は工事の業者が頻繁に出入りして作業を行っているので、ご近所ではかなりの評判だ。18年間閉まっていた店が開いて、何か出来るというので、入れ替わり、立ち替わり、見に来る。コンビニ開業かと思った人も多いのだが、それにしては広すぎるし、駐車場が少なすぎる。
 電球色の照明が珍しいらしい。

 電話の工事に来た若い作業員が、Nゲージをやっているらしい。彼が言うには、
「既に行き詰まっているので、新天地を求めて大型模型に移行したいと思っていた。これは良いチャンスなので、毎週来たいと思う。」
 早速賛助会員が一人見つかった。若い人なので期待したい。
 

 

 

2014年07月02日

壁を作る

 伊藤剛氏の死去で動転して、書いてあった原稿がどこかに行ってしまい、書き直した。

drywall この店舗は70年代に作られた鉄骨コンクリート造りである。裏の一部を家主が倉庫として使うので、壁を作る必要があった。同時に新しい洗面所も作らねばない。drywall(内壁)を作るのに2x4を考えていたら、工務店が金属で作るべきだと提案した。防犯性も格段に増す。しかも平面の壁ではないので、剛性が高い。
 石膏ボードだけでは簡単に打ち抜けるので、複合材料を用い、斧でも打ち破れない構造にした。窓には強固な鉄格子を付け、泥棒には入れないようにした。ドアも防犯性の高い物を用いている。また、大切な模型を収蔵するのであるから、防犯装置は確実なものを設置する。

drywallerpower hammer 骨組みを作るときに、施工業者が持ってきた工具を見て驚いた。20年ほど前、アメリカの科学雑誌に載っていた新製品が実用化されていたのだ。
 コンクリートの床に鉄骨を留めるのに、昔は鋲打ち銃を用いた。35口径くらいのカートリッジを用い、鋼製釘を打ち込むのだ。火薬を使うので、所持、保管には公安委員会の許可が必要であった。
 今回見たのはこのブランドで、燃料ガスを使い、電気点火する。火薬より静かで、臭いもほとんどない。 ただし狭い部屋で大量に使うと、一酸化炭素中毒になるだろう。マキタも扱っている。

 Ramsetは便利な道具で、アメリカではどこのホームセンターでも売っている。銃の形はしておらず、巨大なセンターポンチのような形をしている。使ったことがあるが、さすがに日本に持ち込むと面倒なことが起こりそうである。その点、このガス方式は所持許可も要らず、便利である。

 

注: drywall とは煉瓦積みやコンクリート造りのような水を使う壁ではなく、石膏ボードを主体とした乾式工法による壁のことである。作業者をdrywallerと呼ぶ。


2014年06月26日

博物館進捗状況   

2014年6月21日air conditioner installationair conditioner installation 2 ようやくエアコンが付いたところである。消費税率変更のあおりをくらって、様々な工事請負契約が遅れていた。税率増大の前に契約した仕事が6月初頭まで残っていたのである。急がなくても、8%になってからの方が価格は下がっている。105が108になるのであるから、2.85%しか、上がっていない。それぐらいのディスカウントを引き出すのは容易である。

Shelves さて、壁を塗って陳列棚を所定の位置に並べた。立派な棚で、これを捨てずに有効利用できたのは幸運であった。大きな斜めの収納部には、大型書籍を入れることができる。
 雑誌も年度別に平積みすることができる。上の方には汽車を置く。それぞれの棚にはLED照明を点ける。最近はテープ型の電球色LEDが安い。5mで送料とも800円台である。12 V で約 1 A である。とりあえず50 m 分用意した。手前のやや低い棚は高架部分を支える。下に物が置けるので、捨てずに活用する。

Front 館の前面は無理すれば車を3,4台置けそうだ。土日は隣の銀行の駐車場が開放されるので、7台が置ける。裏にはさらに10台ほどの駐車スペースがある。
 最寄りの鉄道駅は事実上なく、新幹線駅が一番近そうだ。

 全ての写真は14 mmレンズで撮っているので遠近感が誇張されていることに留意されたい。

2014年06月16日

続々 鉄道模型博物館

 博物館のレイアウトでは耐久性が問題になる。シカゴの科学工業博物館のリニューアル前のOゲージレイアウトでは、機関車の予備を持ち、交代で走らせていた。工場入りになると、歯車やモータを取り換えるのだ。その作業が大変で、筆者の開発した3条ウォームのディーゼル機関車用の動力伝達装置が採用されたようだ。

 その後のことがよく分からないうちに、そのOゲージレイアウトは取り壊され、HOの巨大レイアウトになった。Oゲージの機関車は廃車になり、e-bayで売られた。今度の HOの模型は市販品を使っているので、どんどん更新していくようだ。

 新レイアウトで走る車輌は、全て3条ウォーム駆動、ボールベアリング装荷であって、Low-D車輪を採用している。耐久力は問題ない。問題はポイントのフログである。硬質ニッケルめっきが施してあるので、そう簡単には減らないと思うが、予備部品を作っておくことにする。尖端レイルも心配である。
 
 蒸気機関車の動輪は、快削鋼製で、薄いニッケルめっきが掛けてあるが、すでに擦り減って地金が出ている。それ以上は減らないであろうと推測する。今回のレイアウトは洋白製のレイルが多いので、カーヴでの摩耗に気をつけねばならない。椙山氏の実験のようにレイルヘッドが無くなるかも知れない。

 気になるのは、来訪者が持参する動力車だ。ギヤがむき出しで、油を撒き散らして走る車輌は遠慮願いたい。摩擦係数が小さくなって牽けないのと、埃が固まって車輪が汚れるからだ。自宅のレイアウトが油でべたべたで、そのまま車輌を持ってくる人が居たが、そういうのは車検で排除せねばならない。掃除用の台と綿棒を用意しておくことにする。清拭液も必要だ。
 それよりも、事前のPRが大切だろう。他人に迷惑を掛けないのが基本的な姿勢であるべきだ。

2014年06月10日

新レイアウト

 この春から、新プロジェクトに取掛かっている。田舎のシャッター商店街にある空き店舗を利用して博物館を作るのだ。30年来の友人の依頼で、それを始めた。

 新しいレイアウトは約60坪の大きさだ。日本最大級の O scale layout であろう。比較的大きな商店の跡に作る。この店は18年前に廃業してそのままになっていた。それを借り受けることで、町興しの一環になれば良いと判断した。店ごとに各スケールのレイアウトができると面白いだろう。
 鉄骨発泡コンクリート製の建物で、断熱はすこぶる良い。以前は10馬力のエアコンが付いていたが、真夏でも半分以下しか作動しなかったという。博物館であるから負荷が小さく、なおかつ高効率の機械であるから、4馬力で十分だろうということになった。

Museum 中の陳列棚、商品の残骸等を捨て、この形にするのに2カ月掛かった。捨てた陳列棚のクズ鉄だけでも2トン半あった。ご近所の空き店舗にも同様のものがあるらしく、作業を見ていて話しかける人もあった。
「うちのも捨てて欲しいんだが、いくらで請け負うか?」
 丁寧にお断りしたが、体力のある方はそれを請け負うと、良い商売になると思う。この通りだけで20軒ほどの空き店舗がある。
 
 ガラスケースが8本ある。それだけでもかなり助かる。商品陳列棚のうち、特注らしい天井までの4本は残し、本棚とする。130 cmの高さの木製棚は築提部分の支えにする。下は陳列棚になるから都合が良い。

 照明はLED化した。これだけで発熱量が半分以下になる。紫外線がほとんど出ないので、汽車のためにも良い。照明は電球色とした。人間の眼はよく出来ていて、その下で見ても、正しい色に見えるから大したものだ。



 


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