模型鉄道博物館

2018年07月14日

技術者T氏の来訪

 先日、技術者のT氏が見学に来て下さった。以前、等角逆捻り機構のまとめをして下さった工学エキスパートのT氏とは異なる別のT氏である。こちらのT氏は、貨物船のクレーン、冷凍機などの専門家であり、歴戦練磨の技術者で、いくつかのbreakthruを実現された方である。かねてより見学を希望されていた。プラグマティズムに満ちた方で、名うてのクラフツマンである。様々な点で尋常ではない方だ。筆者も来訪を心待ちにしていた。どのような視点でご覧になるかが、知りたかったのだ。

 転車台駆動モータを押し付ける機構のピニオンの歯数が17枚であることに気が付かれた。模型用の歯車は14枚とか12枚、ひどいものは8枚などがあるが、皆インチキな歯型で、音がするし、効率が悪く、寿命が短い。これは静かで良いそうだ。
 T氏は粘性継手に感銘を受けられたようで、実現したいことがあるとのこと。

 車輪のフランジの形、踏面の滑らかさ、ピヴォットの潤滑を一つずつ確かめ、列車全体を手で押し、確認された。機関車単独で押したときの感触も確かめられ、旅客機の動輪が大きいことによって、軽く押せることを確認された。小動輪の関節型機関車は、モ−タを2台積んでいるので、押したときやや重く感じる。小動輪は回転数が多いので、効率もやや低くなることを見抜かれた。

  レイアウトの下にも潜って、構造を調べ、鋼板製角パイプの強度について具体的に教えて戴いた。下にはふんだんに照明があるのは良いそうだ。また、潜って入る部分に、簡単な線路と台車があってそれに乗って辷り込むのは、真似したいとのことであった。

 路盤に敷くPVCの道床の消音効果には驚かれた。車輪の踏面が滑らかなのと相まって、音が殆どしないのには興味津々であった。また、転車台の作動状況には興味深そうだった。 

2018年06月22日

O Scale West での講演 7

 最後に博物館の目標の「摩擦の少ない世界」(Free from Friction) について話した。Oゲージ以上の大きさでなければ実現できない事であることを強調した。
「故土屋氏から引受けた祖父江ドライヴの機関車群数十輌と、私の数十輌を維持し、Low-D車輪をつけた長編成を走らせることは、模型鉄道の真髄 (essense) を受け継ぐものである。私はあと20年くらいは無事に生きられるであろうが、その後は不明である。しかし、公に博物館としての登録ができれば、遺産相続からは切り離され、切り売りの危険からは逃れられる。この博物館には祖父江ドライヴの機関車約1000輌のうち、1割以上が揃っている。これは世界的に見ても貴重なものである。客車は100輌、貨車は400輌ほどあり、すべてLow-D化されている。これまた、世界的に見て稀なことである。

 また、「博物館を開いていれば、有能な人を探し出して後継者にすることができる。」
と言ったところで、
「有能な人 (man of ability) とは何か?」という質問があった。

「まず第一に工学的素養があること。サイエンティストであること。歴史、地理に興味があること、ある程度語学ができること。経済的に余裕がある人。切り売りされてはいけないからね。」と答えた。
「そうだ、語学は必要だ。ここにきて話をしてもらわねばならないからな。」と言う人に続いて、ある人が、
「あなたはbilingualだ。便利だね。」と言った。

 それを聞いて、少々気分転換がしたかったので冗談を言った。
「ここでクイズです。二か国語を喋る人をバイリンガルと言います。それでは3か国語以上を喋る人は何というのでしょうか。」
 正解は polyglot (たくさんの舌という意味)だが、誰も知らず、trilingual という誤った言葉を使った者が多かった。それを修正したのち、
「 それでは1か国語しか喋れない人はなんと言うのでしょうか?」
この質問に対して、皆は、
「idiot(ばか)」とか様々な言葉を出した。筆者が、
「とても近いですね、惜しいな。正解は American です。」
と言ったら、皆椅子から転げ落ちそうになって笑った。
 毒のある冗談だが、実際にそうなのである。アメリカは大国なので、相手の方が合わせてくれる事に慣れている。だから、外国語を勉強しようとする人が非常に少ない。 英語圏でも、イギリス人もオーストラリア人もアメリカ英語に合わせていく傾向がある。

 ビジネスマンで本当に有能な人は、相手の国の言葉を理解しようとし、会話を勉強する。通訳を付けている人で、能力のある人は見たことがない。そういう意味でも、1960年代から1980年代にかけて日本に来た鉄道模型インポータで、能力のある人は居なかったと筆者は思っている。


2018年06月20日

O Scale West での講演 6

 現在建設中の博物館の概要を紹介した。

 最小半径が 110インチ(2800 mm)で、一周が約 300 ft(約 90 m)のbent dog bone であって、高低差は 11インチ(約230mm)勾配は1.55%でUPのシャーマンヒルと同じ勾配であると言うと、
「wow!」という声が上がった。
「Big Boyに100輌牽かせたかったのだな?」
「その通り!現実には勾配の長さが足らないので、半分しか斜面に載らない。残念だ。」と言うと、
「動画から判断するに、行けるだろう。」
という声が上がった。引張力と抵抗から計算するとぎりぎりである。
 この博物館の奥行があと数メートル長ければ、そういうことも可能であったが、
展示物としてはこの程度が適当であろう。

 レイアウトに勾配を付けない人は多いが、均一な長い勾配があると、機関車の実力がよく分かる効率の良くない機関車は煙を吹くであろう。ギヤ、軸受の寿命も短くなりうるので、設計時に十分配慮せざるを得ない。保油機構の必要性もわかるはずだ。

 アメリカにはかなりの数の、勾配線を持つレイアウトがあるが、どれもディーゼル電気機関車の多重連で運転している。単機の蒸気機関車が牽く場面では、貨車の輌数は少ない。筆者の動画を見て、皆非常に驚いたと言ってくれた。特に、このビデオで勾配を登るとき、
「スリップによって位相が時々ずれるのが素晴らしい。こんな場面は見たことが無い。」と称讃された。前後のエンジンを独立させるのは、効果があったことが証明された。

2018年06月14日

O Scale West での講演 3 

ladder with 3-way switchalignment by laser レイアウトのベンチワークの紹介をした。鉄骨を採用して、レーザで高さを揃えているのには、驚いたようだが、木質のベンチワークよりはるかに耐久性があると、納得した。すべての線路は曲率ゲージで正確な曲線を描いていることも紹介した。曲線通行中に先輪の向きが微動だにしないことを話すと、驚いた。ポイントが正確に一直線上にあるのも称賛を得た事の一つである。

 後半が勾配に掛かっている状態で、50輌の貨車を止めている手歯止めを外すと、徐々に加速して、然るべきのちに停止するのを動画で見せると、ため息が漏れた。

turntable drive with momentum 転車台の話を15分ほどした。世の中の大半の自動割出の転車台の動きが toy-like(おもちゃっぽい)であることを話した。剛性の大きな太いシャフトを使わないと、ぷるぷると震える回転橋になってしまうこと、本物は行き過ぎたのを戻したりする、と話した。即ち、回転モータ、インデックス・モータ、アラインメント・モータが独立していなければならないことを力説した。

centering device 次に話したのは駆動モータとインデックスの関係である。Vの字の溝のある金属板を使ってアラインメントを確保する動画を見せると、どよめいた。ずれて止まったのちに、すっと動いて揃うところは面白いらしい。粘性による結合方式も人気があった。押し付けられた状態でモータが回転しているのが面白いのだ。回転して所定の位置に停める様子を短い動画で示すと、”Oh, wonderful!" と声が上がった。 
 明らかに慣性が大きなものを動かしているという感じがするからである。おもちゃの動きではないのだ。

moving bridge 回転橋を3時間で作った話は受けた。質問は何箇所ヤケドしたか?であった。単純なものは速く作れるということには同意してもらった。急がないと自分の寿命が尽きてしまうと言うと、「そりゃそうだ。」ということになった。
 簡単なジグを用意して、正確に素早く作り、すべての隙間をハンダで埋めて錆びにくくするということを強調した。

2018年06月10日

O Scale West での講演 1

 今回の公演の演題は勝手に決められていて、
”Museum of Sofue Drive" であった。
「ちょっと待ってくれよ。祖父江ドライヴの発明者は僕なんだ。」
と伝えると、Rod の答は、
「確かにそうなのは知っているが、”Tad Drive" と言っても理解する人は居ないだろう。一言付け加えるから我慢してくれ。」ということになった。
 結局のところ、”Museum of Sofue Drive, by the inventor Takashi Daito”ということになった。これは非常にうまい言い方だと、感心した。

 今回の講演は60分から75分で頼むと言われていた。自宅でやってみると90分掛かるので、いくつかを削った。長すぎるといやになる人もいるので、面白い話題を10分ごとに入れて、気分転換をするようにした。動画はなるべく感動的なものを、と考えて撮った。

 3条ウォームの話から入った。3条ウォームはライオネルが採用しているから珍しいものではないということを最初に言った。そうでないと論点がずれる可能性があった。3条を採ったのは、工作の容易さ、効率の高さを考えたからである。
 1980年当時パソコンは普及しておらず、三角関数表と計算尺と電卓のみで3か月ほど掛かってグラフを作って検討した話は受けた。ウォームの進み角を増やすと多少効率が上がるが、18度以上は tooling cost(異なる形状の刃物が別に必要になり、金が掛かること)の点で採用できなかったが、17度と効率が1%も違わなかったことを話すと、どよめいた。最高のものを求めたかったが、そんなに金を掛けないでやりたかったことを理解してくれたのだ。

 Model Railroaderに発表したら、世界中から手紙が来た話で、
「そのすべての手紙で、『歯車だけを欲しい』と言って来たのは、おかしな話だ。」と言うと皆笑った。いちばん必要な物は、精度の高いギヤボックスとスラストベアリング、潤滑剤、コアレスモータなのだ。そのことを書いて送ったら、誰も返事が来なかったと言うと、また大笑いだ。皆よく分かってくれている。
 実は日本でその3条ウォームをギヤボックス無しで付けた人もいて、動かないと大騒ぎであった。物の理屈を考えない人に売るべきではなかったのだが、なかなか難しいことである。

  祖父江氏はアメリカからの受注がなくなって困っていたが、3条ウォーム化の改造を引き受けて生活を支えるというビジネスモデルは、非常にうまくいった。そして祖父江ブランドが確立されて、アメリカに浸透したのだ。この場面ではみな立ち上がって拍手をしてくれた。
「人を助けるために努力するというのは、大切なことだ。よくやった。」
 自己犠牲というのは、キリスト教の精神で、最も大切なものとされているらしい。
「祖父江氏は天才であったので、彼を潰すと世界的な損失だと思ったからだ。」
と言うと、
「あなたがいなければ、我々は19世紀のドライヴで我慢しなければならなかった。それをアメリカに紹介してくれて、我々は感謝している。Sofue Engines が紹介されたのも、模型界に大きなインパクトを与えた。」
と言ってくれた。これには筆者も感動した。 

2018年06月08日

O Scale West

 久し振りの O Scale West 参加 である。代表幹事の Rod は今年限りで降りるそうだ。20年ほど代表幹事を務めたのだ。
「よくやってくれた」
とねぎらいの言葉を掛けたら、
「みんなの助けがあったからだ。特に講演をよく引き受けてくれる貴君には感謝する。」と言ってくれた。
 確かに良い講演者を見つけるのは、なかなか難しいことのようだ。

 今回の飛行はSan Jose直行便を押さえたので、空港からタクシィで10分である。18ドルであった。タクシィの運ちゃんは、こちらが道をよく知っているのでとても驚いた。
 サン・ホゼ空港は小さく、旅客はIT関係者ばかりなので、入国審査は非常に楽である。ホテルに着いてスーツケースを部屋に置き、荷物を持って会場に行った。
 Rod を探しているうちに、講演でコンピュータを操作する助手を務めてくれるTim に会うことができた。入場証とテーブルを貰ったので、次の日への準備をした。

 亡くなったAlf
の娘さんが、遺品を売りに来ていたのでしばらく話をした。
 Alfは例のH1を 筆者の博物館に寄贈するつもりだったが、奥さんがもう少し待ってくれと言っている。その奥さんは病床にあるそうだ。
 こちらも急がないので、どうぞ気になさらないでくれと伝えた。博物館の展示スペースだけは用意しておかねばならない。

 最近のPowerPointは昔とは様変わりして、極めて多機能になった。それを動かすソフトを搭載したコンピュータがなかなか見つからなかったので、Rodに頼んでそれを持っている人を探してもらったのだ。
 ダメな場合を想定して、PDFも作り、動画を別に持って行ったのだが、PowerPointがうまく作動してくれて助かった。 

 その日のうちに、彼とすべてのスライドを見て確認した。一つだけ綴りのミスが見つかったので修正した。見終わると彼は、
「これは素晴らしい講演だ。友達を呼ばねば。」と言ってくれた。

 その他親しい友人たちと話が弾んだ。日本まで博物館を見に行くぞと言ってくれたのは有難い。思えば昔は、彼らは筆者がカリフォルニアのどこかに住んでいると信じていたのだ。日本在住であることを知ったのは10年ほど前だった。そうしたら、いろいろな注文があって、機械部品、工具などを送ってあげた。

2018年05月02日

上横構

portalbridge copleted うえよここうと読む。英語ではtop lateral という。橋の入り口は門構 portal で、中間にあるのが横構だ。天井部分の横構は上横構、床の横構は下横構、上横構を斜めに結んでいるのは lateral bracing である。右の写真では、デッキ材の上に置いてあるが、このデッキ材の厚さは61mmである。大体の大きさがお分かりであろう。

bridge to be finishedtop laterals 今回貼り足したのは、横構のガセットである。裏表に貼った。これを付けると、かなり細密度が増した。同時にトラスの座屈を防ぐフランジも付けた。これはハンダ付けしたかったが、錆を防ぐのが難しかったので思い切って接着した。例によって、スーパーXを用いた。力が掛かる部材ではないので、十分持つだろう。

 家まで持ち帰り、1時間かけてさび落としをした。細いところには便利な道具である。99%のさびが取れた。直ちにプライマを塗り、塗装を開始した。
 ひっくり返して回転させながら、下から見える部分すべてに塗装した。次に横に倒して内側を塗装し、両側を塗る。 
 最後に上から見る部分を全て塗る。たっぷり30分かけて塗装した。これでも後で塗り忘れが見つかるだろう。それは筆で塗ることにする。
 重い橋を回転させながら塗るのは、かなりの重労働である。明日は肩と腕が痛いだろう。

 それに引き換え、ガーダ橋は楽である。あっという間に完成した。乾燥を待って取り付け工事に掛かる。


2018年04月26日

回転橋

fit in the pit 軌框とキャブをピットに置いてみた。この写真では上から見ているので、枕木の色しか目に入らない。色が薄すぎたかもしれない。濃くすることは簡単にできる。

 今デッキガーダを設計している。リヴェットは省略する。作っても見えないからだ。一番の難物は回転橋の上に立つ三相交流受電ロータである。振れが無いように作るのは難しい。細いふにゃふにゃしたものは、正確には作りにくいのだ。たとえ正確にできていても、回転橋に正しく取り付ける工夫が要る。
 電線を接続しなければ問題ないが、つないだ時回転によって、線が伸びたり弛んだりするのは癪だ。

bridge これは以前自宅用に作ったものの写真だ。ゴンドラ(無蓋車)のサイドが余っていたのでそれを活用した。斜めに切って、リヴェットを打ち足した。自宅のレイアウトの転車台は、すぐ間近にあってよく見えるからだ。 バックリング防止のリブは、これまた貨車の部品である。

 簡単なモックアップを作ってテストしたが、0.4 mm厚程度の薄板が良さそうである。もちろん補強は入れる。全体が捩じれなければならない。全ての支持車輪が密着して4点支持で、中心も含めて5点支持にする。要するに3点支持を二つ、つないだ形である。こうすることによって、各枝線との高さが揃う。

 今まで様々な実例を見てきたが、枝線との高さが、必ず合う作例は、まず見たことがないのだ。

2018年04月22日

続々 operator's cab

operator's cab 壁はどういう構造なのだろう。波板であったり、相杓り(あいじゃくり)の羽目板だったりする。冬は寒いだろうし、夏はとても暑いはずだ。せいぜい1分間のことだから我慢するのだろうか。窓は横に動くタイプだ。出入り口とその反対の妻の窓は、はめ殺しである。
 吊り戸は、上2点と下2点で押さえているのだろう。上はレイルにはまっている。下は浮いてこないように引っ掛かっているのだろう。

operator's cab 屋根をどうするか、迷っている。磁石などで半固定できるようにするべきか、固着してしまうべきかだ。キャブの中は電車のマスコンのようなものが一つあるだけで、極めて殺風景である。
 写真のソフトメタル鋳物が見つかった。ちょうど良い大きさなので室内に取り付ける。室内にあるものは、あとは電灯のスウィッチだけだ。椅子は小さいものがあることもある。 
 
 回転橋位置決めのロック・レヴァをそれらしく付ける。動くと良いが、そのメカニズムを付けると、人形まで動かさねばならないのでやめる。その付近のプラットフォームには人形を配置する。

 回転速度は、円周レイル上の速度で毎分 200 ft 即ち約 60 mであることが判明した。時速約 3.6 km である。ということは、2分強で1回転である。重い機関車を載せて、静々と廻るのだ。当博物館の見せ場である。決して躓かず、グワーンと廻るはずである。

 この転車台はプロトタイプがあるわけではないので、あまり難しいことは考えないことにする。

2017年09月30日

Platform を作る

 Dennis は、「お前のところは、まだ駅が作ってないな。」と言う。彼は筆者のブログを克明に見ているようだ。
「この支柱を持って帰れ。」と言う。13本貰って、12スパンの上屋を作ることにした。ロストワックス鋳物のかなり頑丈なものである。一つ 130 gもある。

umbrella この種の支柱を英語でUmbrella と言う。傘である。台風でひっくり返った傘の形だが、そう言う。また「辞書に載ってない。」と、文句を付けられそうだが、しょうがない。3/16インチ(約4.7 mm)径の基礎に挿す棒も付いている。”umbra”は影という意味のラテン語である。ヘンデルの有名な歌に「オンブラ・マイ・フ」というのがある。「(気持ちの良い)木陰で」という意味だ。
 
 Raton の駅でプラットフォームを見てきた。レイル面から 10 cm 程度高いだけだ。列車が来ると、高さ 20 cmほどの台を置いて、客車のステップに上るのだ。
 プラットフォーム自体は箱型にするつもりだったが、作るのが面倒だったので、15 mm のシナ合板を幅を揃えて切って、貼り重ねた。色はコンクリート色を調色して手塗りした。わざと刷毛目を付けてそれらしくしたが、目立たない。地下道らしきものを作る予定だ。出入り口の階段を数段付ければ、それらしく見えるだろう。
 この厚さの合板は、長い端材をたくさんもらってある。ご希望の方には差上げている。

 アンブレラの色はずいぶん考えた。ロス・アンジェルス駅のアンブレラはオレンジ色であった。かなり目立つから使えない。昔オグデン駅で見たのは濃い緑(クロム・グリーン)であった。その色を調色して、塗った。かなりの艶消しだ。屋根は1 mmのアルミ板に溝を切って、押し曲げた。アルミ材は軟らかいので薄い板では平面が出ない。当初0.5 mmの板で作ったが、すべて作り直す羽目になった。


2017年06月13日

本日、ブログ2000号

 表記の通知を受けた。思えばこの1000号は早かった。祖父江氏、土屋氏、吉岡氏の死去に伴う博物館の建設作業、伊藤剛氏の遺品の収蔵、雑誌への対応などで目が回るほど忙しかったので、「おや、また1000号?」という感じだ。

 以前は全く気にも留めなかった読者数を、毎月の集計でみている。毎日、正確に決まった数の人が読みに来て下さっていることが分かる。読者数の波がここ1年、全く同じである。決まった数のフォロワーがいるということは、評価が確立されたということであろう。筆者の提唱することにご興味のある方が、一定数存在するということであると解釈している。

 筆者のポリシィは一貫している。
摩擦の少ない車輛を、高効率の機関車でたくさん牽き、重量感のある動きを再現させる。」
 それだけである。それを実現するためなら、何でもする。つまらぬ(と言っては失礼か)ディテールには凝らない。ただ、見えるところはそれなりに処理する。見えないところはすべて無視する

 博物館を見せてくれという要望はかなりあるが、今のところ、ほとんどの場合お断りしている。セキュリティがまだ不完全で、大切な収蔵物に事故があってはならないということもあるが、それよりも、見学者に割く時間が惜しい。その時間を製作に振り向けたい。
 それとターンテイブルが未完成で、お見せできる状態ではない。早く完成させねばならない。


2017年02月01日

客車ヤードの延長

passenger car yard2passenger car yard 我が家の地下室倉庫の発掘調査もほぼ終わり、客貨車の在庫を把握できた。あと70輌くらいだという確証を得た。客車の数が意外と多かった。客車ヤードは今の長さではとても足らないので延長工事をしている。一本当たりの長さが増えれば、本数が少なくても、やって行けるとみた。

passenger car yard3 30 mm厚合板を切って作るのだが、また無駄になる部分が最小になるように切り方を工夫し、ほとんど捨てることが無いようにした。ただ、900 mm幅の板から、500 mm幅の曲線を切り出し、その残材を回収して有効利用するわけだから、幅300 mmがせいぜいだ。
 つまり、延長分は5線の途中で狭くなって3線になるが十分だろう。14輌、16輌編成1本ずつと20輌編成3本が入る。これ以上客車が増えないと有難い。
road bed support 路盤取り付けは、既に物がたくさん置いてあるので、熔接は避けたい。鉄骨を熔接したものを、タッピング・スクリュウで留める。
 下穴なしでもできるのだが、細い穴があけてあれば、すんなり入ってずれることもない。


 すじかい付きの梁を鉄工所で作って貰ったので、工事は簡単だ。ただ、レーザの水準器をお返ししてしまったあとなので、またもトランシットを持ってきて、覗いて水平を出した。上下方向、傾きを調べるので、大変な手間である。4人がかりの仕事であった。
 幸い、助っ人がいる時にお願いしたので、比較的短時間で取り付けることができた。レーザ水準器があれば、一人でもできただろう。


dda40x at 02:01コメント(0) この記事をクリップ!

2016年11月29日

ヤードの容量

 ヤードが二箇所完成したので、かなりの収容輌数が確保された。貨車ヤードはきっちり詰めれば、230輌は入ると見ている。
passenger car yard 問題は客車ヤードだ。客車編成が5本しか置けない。しかも12輌編成がぎりぎりだ。
 もうないと思っていたのに、貨車客車のキットが見つかる。物置、押し入れの整理をすると、どさっと見つかる。組み掛けのまま20年以上昼寝しているものばかりだ。
 こうなったら組むしかないので、博物館に持って行って、作業台に拡げておく。そうすると何が足らないかが見えるので、一覧表を作って書きこむ。ある程度目星が付いたところで、材料を切り、孔を開けたり曲げて部品を作る。時間があるときに一気にハンダ付けして組んでしまう。
 たくさんあったLow-D車輪が見る間に減っていく。アメリカからの問い合わせが多くなったので、再生産せざるを得ない。

 数がまとまっていれば、一挙に10輌以上組むと、一輌当たりの時間は少なくなる。塗装もいっぺんに済ませれば溶剤の使用量も少なくて済む。ディカル貼りは大変だがそれも楽しい。客車はあと35輌は完成させねばならない。貨車は60輌ほどもある。

 もうこの時点でヤードはあふれてしまう。ヤードの増設を考えねばならない。

dda40x at 11:29コメント(0) この記事をクリップ!

2016年11月25日

隠しヤード完成

Hidden Yard 隠しヤードの工事が終了した。貨車を少しずつ整備して、自宅から持って行った。土屋氏から来たものも、当鉄道仕様に改造して入線させている。
 その数、ざっと150輌。奥まできっちり詰め込んで留置した。平面は出ているので、動き出すことはなかった。

Hidden Yard bird's eye view 上から見るとこんな感じだ。Kansas Cityのヤードはこの幅の2倍だが、それを彷彿とさせる。曲げたのは成功であった。
 ポイントの整備は済み、どの線にも抵抗なく入線させられる。路盤の一部の塗装がしてないので、近日中に完了させる。

 この部分のポイントは全部で9つあり、DCCで動かす。本線ではないので、手元から遠隔操作で動かす必要はないだろう。NCEではMini-Panelという商品を売っているので、それを採用する。まもなく到着する。
 文字通り、小さな線路配置図にスウィッチを付けるもので、目的の線のボタンを押せば、自動的にポイントが作動してルートを形成し、目的を達する。1つで8台の制御が可能だ。リレィによる制御のことを思えば、あまりにも簡単であり、また安価である。DCのレイアウトにも採用できる。そうすれば、膨大な量の電線からも解放される。
 もちろん、手元のスロットルからの指令も出せるが面倒だ。入れ替え作業は目の前で行うので、パネルに手を触れたほうが楽である。

2016年09月16日

続 隠しヤード敷設

escape track 隠しヤードの中の機廻り線である。長い機関車も一旦突っ込んで、切り離せるような寸法になっている。12輌の客車を留め置くことが出来る。ポイントマシンは、後付けは難しいので、予め付けておいた。切り離し用のアンカプラはまだ付けてない。電磁石方式にしようと思う。この工作は裏からできる。

 この部分は天井が低く、140 mmしかない。首を突っ込むこともできないので、横から手を入れて線路を敷く。ポイント部は、コルク板の上に貼ったものをハーマンのところで貰ったので、それを使っている。車輛が通ると騒がしい。通過速度がかなり小さいので問題にはならないが、貨車を手で押してその騒音を調べた動画を作った。かなりひどいものである。コルク道床は、何の役にも立っていない。


hidden yard その他の通常ヤード部分は7線あって、まだ工事中である。 照明は十二分だ。工事の時や、脱線復旧の時には必要なので、やや多目の照明を付けたのだ。捨ててある蛍光灯器具を有効利用した。使用時間が短いのでこれでよい。ゴムシートを敷いたが、5 mm厚ではなく、2 mm厚のシートを使った。エラストマの効果もあるので、十分静かだ。
 敷設は大変難しい仕事で、釘を打つ手を、横から入れることしかできない。この部分は25 mm合板上に建設し、一気に持ち上げて吊ボルトで留める方法も考えたが、重量がかなりあるので諦めた。長さは6 m以上あるから、同時に8人ほど居ないと持ち上げられないからだ。

 工事は、線路の通りを見る人と釘を打つ人が必要で、T氏にお願いして手伝ってもらった。あまり丁寧な仕事はしていない。速度が遅く、行き止まりで誰も見る人などいないから、完全な直線にはできてないが良しとした。ただし騒音対策は完璧である。 

2016年09月14日

隠しヤード敷設

 亡くなったハーマンのところには、お悔やみを伝えるために、寄るつもりだった。ちょうど線路が不足していたので、荷物を現地で受け取るための送付先に指定してもよいかと聞いたところ、快諾を得た。2日のうちに荷物が届いたと連絡があったが、
「これは線路か?うちにもいっぱいある。持って行ってもいいよ。」
ということになり、博物館への寄贈という形で貰ってしまった。全部で数十本あり、かなりの体積だった。しかし、業者が商品を入れて来た箱が大きめだったので、それにぎっしり詰めることができた。
 空港に持ち込んだ時、検査で引っかかると思ったが、箱に
”Model Railroad Tracks”
と大書しておいたので、X線で検査しただけで通った。開けられると、もう一度きっちり詰めるのは難しいほどのすし詰め状態だったから助かった。透視するとレイルだけしか見えなかったのだろう。

 沢山の線路が揃ったので、隠しヤードの線路を敷き詰めた。「8線」+「機廻り線」で9本あると、線路がかなりの量必要だ。
 5 mmゴム板の上にエラストマを置いて、線路を留めた。ゴムは25 mm合板の上に置いてあるだけで、ところどころ、ずれ留めで釘が打ってある。この方法は、デッドニングがよく効いて、とても静かである。
 貰ってきた線路の中には、コルク道床に木の枕木を接着したものにスパイクしたポイントがあった。分岐の向きがちょうど良かったので、機廻り線用にフレクシブル線路の間に挟んで使った。
 その部分はとてもやかましい。ビデオに撮ったので、いずれYoutube にupする。 

2016年07月27日

隠しヤード

image (19) 隠しヤードが大半完成した。あとは終点まで延長するだけなのだが、フレクシブル線路が無くなった。昔のブラス製のレールが沢山あるので、それをめっきして枕木を付けようかと思っていたが、めっき代が意外と高く、買った方が時間も金も節約できる。線路を買いに行かねばならない。


image (18) ヤードは8線で、9 m強ある。実物で言えば、400 m強だ。障害物を避けるために、微妙に曲がっている。実はそれがやってみたいから、支柱の位置を決めた。真っ直ぐにしようと思えば、できたのだ。ここでも、分岐の整列はレーザ光で行った。
 Kansas Cityの巨大なヤードは川沿いにうねり、実に素晴らしかった。曲がったヤードは美しい。土屋氏とそこに行ったのだが、かなり感動的な景色で、
「これをやりたいものだ。」
と話し合ったことを思い出したのだ。
 
 直線部分の線路間隔は90 mmだが、途中の曲線では少し拡げて95 mmにした。だから、微妙な曲線を描いている。さらに奥に進むと細い柱があるので、もう一度曲がって2線と6線に分岐する。

 少し離れた1本は、 機廻り線である。突き当り部にポイントを付けるのだが、切り離しを確認するために、TVカメラが必要だ。剛氏なら、光電式の検知装置を付けるのだろうが、カメラの方が簡単で安そうである。


2016年07月25日

客車ヤードの配置

IMG_0608 客車ヤードは入り口のダブルスリップ以外が完成している。型紙は作ったが、まだ取り掛かっていない。DSは機運が熟さないと出来ない。すべての部品を作った上、体力があって気分の良い時に、1日で一気に作るに限る。何日も掛けるとろくなことはない。


image (19) 曲線部に同じ番手の分岐を並べたので、こんな形になった。10番分岐の型紙を何度も並べ替えて、S字カーヴにならない配置を割り出した。これ以外の配置では不可能だ。

 順に7番、8番、9番、10番と急なものから緩やかなものへと使えば、もう少し機能的だったろう。そんな話を鉄道関係者としていたら、
「そんなことはありません。ヤードなんかは手持ちのもので作るのです。余っている分岐で現物合わせですよ。速度が遅いので、線形なんか気にする必要はありませんから。」
とのことであった。

 確かに、港の近くのヤードの線形はかなり無茶だ。ありえない形をしているものがある。

2016年06月17日

カント付き線路

hand laid superelevated track カント付きの曲線はこのように出来上がった。曲率が一定であるので、なかなか壮観である。枕木裏も削ったので、平面に完全に密着する。スパイクは緩いものをすべて抜き、接着剤を塗って押し込んだので、二度と抜けることはないはずだ。

underside of the superelevated track 裏はベルトサンダの平面で軽く削ると、このようになった。枕木の多少厚いところは削られている。フライスで斜めに削いだ部分は刃型が出ている。目で見ても分からないが、このようにするとオイル・ステインの浸込み具合が浅かったので、その凹凸が強調されているのだ。
 釘の切り口が平面になって光っている。何かの間違いで短絡を起こすといけないので、絶縁材を貼る予定だ。
 
 ここまでの工事で延べ6日掛かっている。もちろん仕事をしている時間は3時間くらいだが、ステインの固まる時間、接着剤が硬化するまでの時間を取らねばならないので、その程度の時間が必要だ。重しを載せて保持する平面も必要で、生産性は極めて低いと言わねばならない。あまりやりたくない仕事だ。
 この部分はトラス橋の上で、さらにガーダ橋の部分も連続して作る。ジグを加工して延長できるようにするのだ。ジグは2.6 mmの鉄板だから、糸鋸で切るのは大変だ。

2016年06月03日

鉄橋内の線路

 カントの付いた枕木を整列ジグに入れて、レイルを取り付けた。

 レイルを曲げて所定の半径にする。枕木に罫書きを入れて、位置を確定した。仮留めの位置に、外側レイルを取り付けるためのスパイクの下穴を細いドリルであける。枕木に少量のスーパーXを塗り、レイルを固定する。その時、半径2900 mmのジグを押し当て、全く隙間が無いようにする。

 レイルを圧迫し、枕木と密着するようにせねばならない。枕木はいかに精密に作られたとは言え、多少の厚さの違いはありうる。それでも密着させねばならないので、柔らかなバルサの厚板の上で作業する。その厚さは10mmである。

 レイルの上にあらん限りの重いものを並べる。合板を置いて、その上に定盤、スライダック、金床、電線、ネジ釘、工具、重そうな雑誌を山のように積み上げると、バルサは多少凹み、すべての枕木とレイルが密着して、接着される。
 次の日、重しを取り除くと、バルサには枕木の凹みがあるのが分かる。重しがよく効いた証拠だ。レイル10 cm当たり、6 kgほど載っていたことになる。

M1040001 そこにスパイクを打つ。もちろんバルサまで貫通する。再度2900 mmのジグを置き、内側レイルを接着し、また重しを載せる。固まるまで一昼夜を要する。
 錘を外しても位置関係が正しくできているので、スパイクをすべての枕木に4本ずつ打つのは容易だ。もちろん下穴を開ける。
 裏返してバルサ板を取り除くとこんな具合だ。


2016年04月28日

続々 客車ヤード

passenger car yard 4 しばらく来客が多く滞っていたが、作業を再開した。

 線路有効長はプルマン客車の12輌分が2本と11輌分が1本、10輌分が2本である。これで良しとしておかないと収拾がつかなくなる。隠しヤードへ行く線路には、枕木を茶色のものを用いた。色分けをしておかないと、何かの間違いを犯す可能性があるからである。
 線路は仮に置いただけであるから、多少のずれはご容赦願いたい。

 こうして見ると、ずいぶんたくさんの線路が並んでいて、壮観である。曲線の半径は左から順に、3100、3000、2900、2800R、そして空白があって、2600Rの隠しヤード行の線路がある。その内側の5線は2500、 2400、 2300、 2200、 2100Rである。これだけで10線である。

 考えてみれば、この写真の向こうの方(入り口に近いところ)にも、8線のヤードがあり、本線と合わせて10線ある。すなわち、このカメラの位置から15 m弱は10線が並んでいるということだ。それだけでFlex-Trackを10カートンほど消費している。山のように有った線路の箱がついに一つもなくなったのである。そして、エラストマの道床も400kgほどあったが、半分以上使用した。

 エラストマは製品の表面に何かの油(離型剤)がついているらしく、強力な洗剤で洗って落とした。そうしないと接着剤が付かない。接着剤は水性のものを用いた。

 各ヤードごとに分けて、DCCは全部で4つの饋電区間とする。そうしないと何かの事故が起きたときにどこで問題が起きたか、解明が困難だからである。4つの短絡検出回路を付けるべきであろうが、一つだけ根元に付け、各セクションごとの遮断スウィッチを付ければ、短絡時に一つずつ確かめることができる。この方法は、自宅のレイアウトで検証済みである。

2016年04月24日

来訪者

 博物館に連れていって中に入った瞬間に、同じ言葉を発した。
”Huge(巨大だ)!"
 まさかアメリカ人の趣味人が、そういう感想を持つとは思わなかった。すでにYoutubeで動画を見た上での来訪であるから、 その点でも意外であった。もっと狭いところをくねくねと線路を引き回していると思ったそうである。 

 サウンド装置を最大限に働かせた後で、音を消して走行させた。
”音がしない!あまりにも静かだ!”と驚いた。参考に、ごく普通のめっきをした車輪を付けた車輛を1輌、斜面を滑らせた。シャーッという音がして、これが普通なんだよと言うと、納得した。
 Low-Dの威力が分かったのだ。 

 何台つないでいるのか数え始めた。実は数えやすいように、10輌ごとに少し変わった塗装の車輛をつないである。それでもどういうわけか10輌間違えた人がいた。正解は123輌である。貨車を手で押してみて、動力車が入っていないことを確認した。
”間違いなく、1輌の機関車で牽いている。これはすごいことだ。ギネスブックに申請しよう。”と言った。この程度のことではさほど感心することもないのだが。

 図書のコーナではかなり驚いていた。
”よくもこんなに集めたね。”
”大半は故人のコレクションなんだ。一応、日本で発行された趣味誌はほとんどある。”
と言うと、感心していた。

 線路の整列具合も彼らの興味のあるところだ。「レーザでこうやってアラインメントを出している」と見せると、非常に興味深そうであった。
”この方法は使うべきだが、この機械は高いのだろうか?”
 大まかな価格を知らせると、納得していた。  

2016年04月12日

伊藤 剛氏の資料整理

 路盤敷きは体力の要る仕事である。合板でできた路盤を何度となく上げ下げして、当たり具合を調べ、水平面中でのアラインメントが出ているかどうかを調べる。
 午前中にその作業をすると体力を消費してしまい、午後は力の要らない作業しかできない。
 
岡歯科内科 伊藤 剛氏の作品に関連する資料を整理していると、こういうものが出てくる。例の瀬戸電の線路を敷くとき 後ろに置く小道具だ。
 「おかしかないか」である。
 医師名は「おかしかろう」、歯科医師は「おかしなこ」
 住所は「いたいし、たかくつく、やめてちょう」
 ここだけ名古屋弁だ。番地は何と読むのだろう。「よしなよ」だろうか。

 伊藤 剛氏はこの手の言葉遊びが大好きであった。

 もう一つ思わぬものを発見した。剛氏の小学校の同窓会名簿である。愛知第一師範学校付属小学校というエリート校の名簿である。1ページ目に吉田 剛(改姓前)の名前がある。それをめくって思わず声が出るほど驚いた。
 盛田昭夫とあるではないか。その続きを見ると、ソニー会長とある。
 なんと伊藤剛氏と盛田会長は竹馬の友であったのだ。
 剛氏は「ソニーのマイクロトレーンの開発には全く関係ありませんよ。」と完全否定されていた。
 しかし何かあったかもしれないと思い、ご子息に連絡してみた。
 その御返答は残念ながら筆者の推測を完全否定するものであった。剛氏と盛田氏は長らく会うことがなかったそうだ。マイクロトレーンのことが終わってしばらくして、盛田氏が初めて同窓会で名古屋に来た。その時初めてマイクロトレーンの話が出て驚いた、ということであった。

 その後剛氏はマイクロトレーン一式を手に入れられたので、これは博物館で展示するが、直接の関係がないことが分かったので、どのような展示をするべきか、迷っている。

2016年03月05日

信号機

114_4518 信号機の製作に掛かっている。分岐製作のメドがついたので、それに付随する分岐用の信号機を作っているのだ。仙台の今野氏にお願いして横フライスで土台部分を作って戴いた。自宅の縦フライスで作るつもりだったが、手順を考えると膨大な手間が掛かることがわかり、より簡便な横フライスによる方法をお願いした。

 確かに金のチョコレイト風である。卦書いてオプティカル・センタ・ポンチで中心にポンチ穴を打ち、ボール盤で穴あけをする。パイプを差し込んで、既製品の信号燈を付ける。配線をパイプに通さねばならないから、極細の被覆線を用意せねばならない。この既製品は協同ライト社製のものだ。

 長い方の台は、本線の閉塞信号機用だ。挽き物の土台とキャップを嵌めて、柱は出来上がりだ。信号燈の部分は腕で持ち出し、メンテナンス用の足場を付ければ出来上がりだ。細かくは作らないので簡単にできる。塗装は筆塗りで十分だ。

 助けて戴かなければ当分先延ばしになっていたと思う。ありがたいことに、このような助力の申し出がかなりある。ストラクチュアを塗ってあげようという方もいらして、本当に感謝している。

ladder with 3-way switch 側線は半分ほど出来た。三枝分岐は2回作り直したので、もうアゴが出ている。最初はひっかけて壊し、直したと思ったら、UP9000(6軸固定の機関車)が通らないことが分かった。仕方がないので、リード部分を伸ばし、右方分岐(この写真では左)に緩和曲線を付けた。
 さっさと諦めて、捨てて作り直した方がずっと早かっただろう。この写真では並べてみてアラインメントを見ている。すでに4つの分岐は完成していて、固定されている。レーザのおかげで、真っ直ぐであるから気持ちが良い。

 このような側線(ladderという)に信号を付ける時の規則がよくわからない。鉄道によってかなりの差があるようだ。要するに、運転時にどのポイントが開いているかがわかればよいので、勝手な規則を作ろうかとも思っている。 

2016年02月27日

貨車の移籍

 貨車の自宅からの移籍が進んでいる。不良な貨車を修理に回して排除しつつ、新たに移した貨車を試運転している。輌数は徐々に増え、123輌編成が走っている。この辺りが当鉄道の事実上の限界だ。引張力が最大級のAC9が少しスリップするのだから、もうこれで十分だ。
 坂の途中で止まってから再起動するのは、なかなかの見物である。難しくはない。スロットルを加減して、サウンド装置を調節すると、本物と同じ音がする。友人が来た時にやって見せると喜ぶ。

alignment by laserred laser まだ取り掛かっていないが、次は1970年代の貨車を100輌ほど持ってくる。長い89 ftのT/T(トレーラ・トレイン)がたくさんあるので、意外な長さになるだろうと思う。それが始まる前に、側線を付けねばならない。
 レーザを使ってアラインメントを出す。正確に作っておかないと、後で後悔することになる。分岐は10年ほど前につくったのだが、保存中に曲がってしまったものもあって、修正に手間が掛かる。
 7本の分岐がつながっているので、真っ直ぐ見通せる。直線側がそろっていると気分が良い。

 この側線には40-ft車が都合100輌入ることになっている。とても足らない。客車ヤードは10輌編成が5本置けるはずである。やはり、隠しヤードの建設を急がねばならない。
 フレクシブル線路の数が足らなくなってきた。場合によっては自作する必要がある。
 ガラスエポキシ板は超硬の丸鋸でいくらでも切れるし、急いでいるときは金属板を切るシァでも切れる。また、ヤードの奥まで、動力車が行くことは稀であるし、電池動力で無線操縦の入替用機関車を使えば、何の問題もないだロウ。

2016年02月19日

続々 視察団の来訪 

 レイアウトで117輌を牽引するのを目の当たりに見た時、ある方がぼそっとつぶやいた。
「ブログでいろいろな意見があると書いていたけど、この車輪でなければこれは牽けないよ。論より証拠だ。」 

 後で皆さんにお一人ずつ、坂の頂上で機関車から切り離された列車を手で引張って戴いた。大体5.5 Nの引張力だ。約 550 gをぶら下げたとき、手にかかる力だ。
「おっ、重い。重いけど軽いね。」
 変な表現だが、これを物理学用語に翻訳すると、
「慣性質量は大きいが、摩擦が少ないからゆっくりと加速する分には大きな力は要らない。」
である。坂を引き上げる力は当然必要だが、摩擦が少ないから、損失は少ない。

 下り坂では機関車は貨車に押されて降りていく。どんどん加速するのがわかる。日本の機関車は絶気するが、アメリカの機関車は絶気運転をしない。うんとカットオフを早めてパラパラという音をさせながら下る。バイパス弁がない物が大半だからだ。

 貨車は大半がバネを介して支えられている。たかが貨車と侮ってはいけない。たくさんあるから、ポイントのフログに与える衝撃力の総和は大きい。バネがないと傷みやすい。ポイントはすべて非対称フランジウェイを持つので、かなり落ち込みは少ないが、そうでない場合は顕著にフログが傷む。

 線路面が床から120 cm強あるのは、評判が良い。
「確かにこれは列車を見ている高さだね。これが80 cmだったら高いビルから見下ろすことになるね。」
 高架部分は145 cmあるので、背が足らない人もいるかもしれない。実はそれを狙っている。そこには古いレイルを使っている。そうせざるを得ない状況であったので、目立たない位置に使ったわけだ。

 レイアウトを作ろうとしている方は、架台の構造を調べて、写真を撮って帰られた。 金属製の梁を使うのが流行るかもしれない。

2016年02月17日

続 視察団の来訪

 走行音は極めて静かという評価を戴いた。それは車輪によるところが大きい。めっきした車輪はすべて排除した。この編成の中に1輌入っていると、走行中に指を指せるほどその音は大きい。高級な精密旋盤で旋削した車輪は、素晴らしく静かだ。めっきしてあると光っているので平滑だと思うが、それは大きな間違いである。

 カメラを搭載した車輛は単なる flat car だが、バネ付きの台車で実に滑らかに走る。継ぎ目の音が軽いというコメントを戴いたが、それが良いのか、良くないのかは文面からは不明である。 
 イコライジングだけの台車は1割程度含まれている。追い越す時に音を聞いて、多少コツコツという音がすれば、それはバネが非可動の車輛だ。 

 コメントでレイルの音が大きいということを書かれているが、カメラのマイクロホンの位置もあって、そういう音を拾い易いのであろう。現実にはこの程度の速度では音は小さい。しかし、場所によってレイルの材質が異なるので、高架のループ上では多少音がするはずだ。その部分のレイルは古く、細かい傷がついている。2分54秒あたりはバラストを撒いた部分であり、腹立たしいことにその部分の音は大きい。バラストを固着してあるからだ。他の部分はエラストマーが中をへこませた形に成型してあるので、枕木がそこに嵌まり込んでいる。釘穴を緩くして、自由に動ける程度の留め方をすると良い結果が得られることは明白だ。 
 同じカメラで、通常の線路上で通常の車輪を付けた車輛を走らせて対照実験をすると面白いだろう。腰を抜かすほど凄まじい音がするはずだ。  

 今野氏が先輪が動かないと述べられているが、それは曲率が一定であるからだ。高架部分を除き、外周の複線は新しく敷いた部分で、長いジグを用いて線路を固定した。完全な円弧であるから、先輪位置はピクリとも動かない。 敷設時に、そのジグを線路に嵌めて押してやると、数メートルなめらかに滑って行く。

DCC meter DCCの電圧、電流を測定するメータを取り付けた。Tonyの店で数年前に手に入れたもので、重宝している。この電流は客車の室内灯で、無視できない電流である。直流走行では、8Vくらいで電流は0.30 Aほどである。DCCでは、常にフル電圧が掛かっているので、損失が大きくなる。天井が熱くなっているものもある。これは回路設計が賢明でないからだ。分解して取替えることにした。
 この写真の上はDCCの分岐用のラグ板で、たまたま作って置いてあったものである。メータとは関係ない。
  

2016年02月15日

視察団の来訪

KKC Commission 2月11日にKKCの代表の今野氏をはじめとする8人からなる視察団が来訪された。この集団は、おそらく日本で最もスクラッチビルディングの腕のある方たちによって構成されている。機械工作の達人ばかりだ。筆者もその末席を涜している。
 かねてより、「開通したらみんなで行きたい」ということで、年末の開通直後に連絡を差し上げた。

 各会員とも、Oスケールの本格的なレイアウトは見たことがないということだったので、ドアを開けて中に入った瞬間の反応に興味があった。どなたも、「おお」とか「わあ」という声を出された。
 まずは主要機関車に牽かれる貨物列車と旅客列車を走らせ、次にSL-1によるサウンド実演を行った。音が大きくて、迫力がある。関節型機関車の前後のエンジンの位相が、スリップで少しずつ、ずれて行く。音が変化するのが面白い。登り坂では速度が落ちるので、カットオフを遅らせ、下りでは逆転器を引き上げた様子を再現した。

 一段落して、博物館の収蔵品を順にお見せするツアを行った。伊藤剛氏の作品には皆興味がおありで、一巡りには時間が掛かった。その後一休みして、今野監督によるビデオ撮影を行った。複線であるから、追い越し追い抜きで素晴らしい動画を撮ることに成功した。
 Youtubeにupされたので、それをご覧戴きたい。

 始めの方に、高架線上を行く貨物列車が写るが、それは今追い掛けている列車の先頭近くの部分である。ループを一周して230 mm持ち上がっているのだ。
 

 撮影後、機関車交換のために約10 m後退させた。ほとんどが平坦線に掛かっていたので負荷は小さく、全く脱線はなかった。それが意外だったらしく、「脱線しないな」という声が聞こえた。脱線しないのである。 

追記
 より鮮明な動画がUPされたので、上記のリンクを更新した。ぜひご覧戴きたい。 


2016年01月02日

謹賀新年


         あけましておめでとうございます

fan triptrial run 複線の本線が開通して、展望が開けた。あとはターンテイブル、側線の整備をすれば、開業できる。年末には友人が何人か来てくれて、開通を祝ってくれた。新年には親族にお披露目もした。
 感想を聞くと、皆異口同音に、「よくぞここまで。」と言ってくれた。
「伊達(だて)や酔狂ではないレベルで、人生を賭けたプロジェクトであるのがよく分かった。」ということであった。

 さて最近所属クラブの集まりで、今後の模型界の話題がよく出る。U氏の文章の一部を紹介する。

 最近よく話題となるのが没後の模型をどうするかという問題である。インターネット・オークションなどで昔の著名モデラーの作品が売りに出されていたりすると、すでに人ごとではないし、せっかくの名作が散逸してしまうのは何としても惜しい。最悪の場合、理解のない家族にゴミ扱いされるケースも考えられる。これはあまりにも残念だ。とにかく何とかしなければ、という危機感は皆さんお持ちだが、具体的な計画となるとなかなか良い案が無いのが実状である。
 しかし具体例はある。dda40xさんがライフワークとして建設を進めている模型博物館だ。これは一つの理想形だと思われるが、同時に恵まれた条件と、何にも増して不退転の意志が必要である。そして何よりも重要なのが後を託せる後継者の育成というこ とになる。 


 確かに筆者の場合はかなり恵まれている。定年の無い商売だが、道楽に打ち込もうと仕事量を制限した途端に、土屋氏から呼び出され、後を託された。経済的にも、ある程度の資金をお預かりして走り出し、不動産も親戚の空き店舗を、シャッター商店街ということで、格安で譲渡してもらえた。登記も終わり、必要な学芸員の資格も、取れる条件を満たしていることがわかった。これで、名実とも博物館と名乗れる準備は整った。
 上記の「不退転の意思」も持っている。もう退くことはできない。健康である限り、館長を務めることができそうだ。

 一番大きな課題は、後継者の育成である。最近の若い模型人は、ブラス製の模型というものを知らない人が多い。彼らは旋盤やフライス盤を使ったことがないから、走行性能を抜本的に良くするということができない。筆者が編み出して、祖父江氏が完成させた手法を再現する準備をしている。それさえあれば、かなりの模型を改良することができる。博物館のレイアウトを走る車輛は、そのレヴェルでないと通用しないはずだ。既製品そのままでは、上り坂でモータから煙を吹く可能性が高い。また、sprungでなく、equalizedでもない車輛はレイアウトを走るとやかましいし、線路も傷む。そういうことに無頓着な人もいるが、車検制度を用いて排除する予定である。

 若い人の中から、これらの能力を身につけた人を育て、後継を託したい。このようなことを書くと、ブラス工作に偏っている、というご批判も戴くが、それは承知の上である。ブラス工作のできる人を育てなければ、この博物館は維持できない。 


2015年12月31日

仮開通

 線路を敷き始めてから3か月以上掛ったが、ようやく仮開通した。仮橋付近の工作に手間取り、予定より3日遅れであった。まだまだ保線が不完全であるが、全線にわたって通電しても、異常は認められなかった。

trial trip 仮開通には、友人が二人立ち会ってくれた。プルマン8輌の優等列車と、70輌の貨物列車である。機関車は土屋氏のコレクションを整備して用いた。祖父江氏の精魂込めた工作で、注油のみで素晴らしい走りを示した。左の写真は貨物列車が上部ループを周回する様である。矢印が機関車である。
 貨車は70%がブラス製である。25kg以上ある。連結器が伸びて発進し、勾配では機関車が微妙にスリップするが、難なく登り切る。スリップは前後の動輪の位相が少しずつ変化するからわかる。関節型機関車articulatedsはすべて2個モータである。排気音を出すとその変化がわかる。
 勾配に掛かるのは約55輌でその他は平坦線にある。ということは、まだ30輌ほどつなぐつもりだが、負荷はそれほど増えないから楽勝である。平坦線を走るときの電流と、勾配を登っているときの電流は2.5倍ほど違う。単機では100 mA以下で、メータがほとんど振れない。ボールベアリングの効果で、ほとんど無負荷なのである。実測で効率は50%を超える。

 下り勾配では、適度のエンジンブレーキを効かせて降りる。電流を遮断しても貨車が押してくるが、3条ウォームの効果がそこにもある。筆者が採用した3条ウォームの効率は70%強である。すなわち、30%弱は損失になり、熱として放散されるが、その程度の効率が安全運転には必要なのである。もしこれがべヴェル・ギヤ、スパー・ギヤのみでの駆動であったりすると、抵抗が少なく暴走する可能性があるそれらの効率は90%以上だからだ。
 また、自動クラッチで開放すると大変な事故が起こるだろう
 3条ウォームはかなりの高効率と完璧な静粛性を持つ。蒸気機関車には最適である。筆者は、通常型蒸気機関車が歯車の音をさせて走るのは許せない
 伝統的に採用されている通常のウォームギヤの効率は普通15%内外である。しかもそれは良く潤滑されているときの話である。機関車全体の効率は数%程度である。

2015年12月21日

踏固め試験

114_4283 遠方から友人が来訪したので、車輛を持って行って走らせてみることにした。レイルは磨いてないし、線路の通りはまだ不完全だ。
 機関車は今まで無事故を誇るものを持って行った。それに合わせて、客車はプルマンの5輌だ。客車の台車連結器は当社の仕様に交換してあり、調子が良いはずだ。

 電流を通じると、そろそろと動き始めて、全て順調かと思われたが、数箇所でショートが発生した。線路が浮いているのだ。二次元平面上への正射影はそこそこ良いのだが、フレクシブル線路が一部で浮いていたりする、高さ方向の不整合がある。路盤の不陸もたまにはあり、シムを挟んで釘で留めた。
114_4286 機関車はUP7000で、カウ・キャッチャが低くて恰好が良いのだが、このような未整備の線路では立ち往生してしまう。カウ・キャッチャが擦るのだ。そこでショートが起きる。すべての線路を正確に固定すれば、問題は解決するだろう。今までは全く問題が起きなかったのだから、機関車自身の性能には問題がない。
 
 あと何台か機関車を置いてみて、具合を見たが、どれも線路の浮き上がり箇所でショートした。これはまさに踏固め試験である。
 このUP7000は、線路の不具合検出用として、能力を発揮しそうだ。

 レイアウトが全通するまで、今しばらく時間が掛かるので、その間に問題解決をしたい。




2015年12月19日

電化工事

 今電化工事の真っ最中だ。ほとんどの線路はつながったが、レイルボンドが未施工であり、また饋電線につないでない。この工事はかなり面倒だ。全体をいくつかのセクションに区切り、レイル1本分ずつ施工する。そのたびにテスターで絶縁を確認する。一度につなぐと何かの間違いがあった時に、その場所を特定できない。
 先日のダブルスリップも、つないだ瞬間にショートしたので、それに異常があることがわかった。

 セクションごとに完成を確認して、隣のセクションにつなぐ。セクション長さは7 mと決めている。それが一日分の仕事量の限界である。一日5時間労働で、それ以上働くと、次の日に影響がある。ワークカーは平行する隣の線路に置く。そうしないとショートする。あの台車は三線式の時代のものだからだ。実は、最初にそれを忘れていて、ショートの原因追及に手間取った。

electrification 電化工事は工具と材料がたくさん必要で、それを移動させるだけでも大変な手間だ。この写真をご覧戴くと、その様子がお分かりになるはずだ。
 電線リール、圧着端子、三種の圧着レンチ、各種ペンチ、ハンダごて、金づち、ドリル、ナイフ、ワイヤ・ストリッパ、回路試験器、絶縁計、レイルボンドの材料の銅撚り線、掃除機、ガスバーナなどが必要だ。
 熱収縮チューブは便利だ。先に電線を通しておき、圧着レンチでつないで収縮チューブをずらし、少し温めるだけで絶縁被覆が完了だ。

 この種の工事は一人でせざるを得ない。よくわかっている人が手伝ってくれるとはかどるが、なかなかそのようなチャンスは巡ってこない。しかし、先日T氏が手伝ってくれた時の工事スピードは素晴らしかった。普段の5倍の速度で進んだ。彼は本物の鉄道の電気屋さんだから、当然ではある。 
 

2015年12月13日

Low-D wheelset の効果

 先回の動画を、別の角度で写したものがある。三脚にカメラを付けて写したのだが、少々パンする速度にムラがあり、見苦しいところはご容赦を願いたい。
 レイアウトの全貌がお分かり戴けるだろう。今、配線作業に掛かりきりだ。たまにショ−トするので、そのたびに大騒動だ。経験上、ポイントの隙間に何らかの導体が嵌まり込んで起きるのが普通だ。撚り線の一本が落ちていたりする。丹念に掃除機で吸いながら、隙間を刷毛で掃除する。今回もダブルスリップがショートしていることがわかり、何人かで見たが、原因がわからなかった。2時間くらい努力して、ようやく解決した。原因不明であった。こういう時は、荒っぽいがショートさせるという方法がある。
 大電流を流すと、その部分が融けたり、燃えたりして解決する。鉛蓄電池(内部抵抗が小さい)をつないで、スイッチ代わりの金属棒を一瞬接触させると、バチッと音がして、赤熱したものが飛び上がる。一瞬で解決だが、火事に気を付けねばならない。霧吹きで水を吹いておく。

 現場にやってきた友人にこの滑走を見せると、みな感動する。車体を裏返して、動力が付いていないことを確認する人もいる。模型としてあり得ない滑らかさであるからだ。台車はAthearnのデルリン台車で、sprungである。だから、ポイントを通過してもほとんど揺れない。これがイコライジングだけだと、高速では多少飛び跳ねて、脱線するかもしれない。

 実物の1/48の滑走距離なのだが、かなりインパクトがある。フランジが全く触っていないところには、みな驚く。この車輌も長年走っているが、フランジには多少の汚れが付いている。要するに接触したことがないわけだ。全てフィレットの範囲で解決し、フランジは走行時には機能していない
 摩擦係数の小さな材料であるステンレスを使用した効果がはっきりと出ている。実物の理論は全く通用しない。 

2015年12月11日

線路を敷く

 しばらく博物館のことに触れなかったが、着実に工事は進んでいる。

 現在は本線の電気配線をしている。友人たちが手伝いをしてくれるのは、本当にありがたい。一人で作業するのに比べて3倍以上の速さで仕事が進む。勾配線が完成したので、貨車を置いてみたら、40 m近く滑走した。勾配の上の平坦線が本当に平坦であるかは重要な問題で、この貨車が転がって行かないことを確かめねばならない。

 Youtubeに動画をアップロードしたのでご覧戴きたい。この撮影は先週行った。現在は複線がほとんど完成している。始めは平坦線なので少し押してやる。右手に黄色の家が見えてきた辺りから、下り勾配である。そこからぐんぐん加速して、最高160 km/hほど出ている。ポイントを渡る手前から平坦線である。

work car 工事に当たっては、必要な道具をひとまとめにして、作業が終われば2 mほど移動する。工具を箱に入れて動かしていたが、T氏が、「貨車に積もう。ワークトレインにしよう。」と言い始めた。なるほどと思った。しかし、
「斜面では滑って行ってしまうから、車止めを置かねばならず面倒だ。」と言うと、
「性能の悪い台車を使えば良い。」と言う。それはそうだ。
 古い台車を持ってきて、箱の下に付けた。油も切れているので、ブレーキがかかった状態だ。押せば動くが斜面でも安定している。思えば、昔はこんな車輛しかなかったのだ。10輌牽いても機関車がスリップした。現在の車輛は斜面には止まれない。


 一つまずいことが起こった。地盤沈下である。鉄骨の台のオウヴァ・ハングの大きいところに、二人が立ってしまったのだ。さすがに150 kg近く載るとまずい。アングルが微妙に曲がったらしく、5 mmほど下がったところがある。たまたま梁を継ぎ足して飛び出し量を200 mmほど増やした場所であって、要注意箇所であった。
 来週はそこの修理をする。自動車用の油圧ジャッキで持ち上げておいて、ブレイスを熔接する。おそらくそれで解決だ。
 その地盤沈下に気が付いたのも、この貨車のおかげだ。いつもそこで止まってしまうからだ。低抵抗車輪付き車輛は十分に水準器として機能する。 

2015年11月15日

椙山氏の図書

 先日、残りの本を取りに行った。助っ人を買って出てくれた友人がいて、とても助かった。一人ではとても積めない。軽トラックを貸してくれる友達がいて、お世話になった。本のように重い物は、荷台が三方開きになっていると助かる。しかも、軽は荷台高さが低いので有難い。量販店で段ボールの空き箱を20個ほどもらい、それを組んで詰め込んだ。ぎっしりと荷台一杯であった。シートを掛け、紐で縛った。博物館まで高速道路を使って急いで行った。

Sugiyama's books せっかく今までの努力で、雑誌等を整理してすっきりしていた場所に、段ボール箱を並べた。箱が一部壊れ、はみ出してしまったものもある。早速整理しなければならない。

 意外なことに、雑誌類がない。どなたかが持って行かれたのだろう。その点は助かる。伊藤剛氏、土屋氏のコレクションには、ほとんどすべての雑誌がそろっているからだ。
 懐かしい書籍が並んでいる。その中にメモが挟まっていることがある。はらりと落ちた紙を見て驚いた。見覚えのある字である。

 よく見ると筆者の字で、椙山氏に頼まれて、ある器械の説明書を和訳したものだった。数ページにわたる説明書で、器具名の発音まで書いてあった。アクセントの位置まで指定してあるのには驚いた。多分椙山氏の指示で、「正しい発音を知らせよ」と言われたのだろう。 
 ワープロの無い時代だから、何度も清書したのであろう。誤字があまりなかった。今とは大違いだ。 

 午前中に出発し、1時に積込みを開始して5時に帰着したが、疲労困憊でそのまま寝てしまった。
 

2015年11月07日

さらに図書が到着

 突然、それは始まった。
 親しい友人が、故椙山満氏の蔵書を預かっている人に博物館の話をした。そうしたら、「ぜひ椙山氏の本を保管してほしい。」と言っていたという。

 椙山氏の蔵書がどうなったのかは、知らなかった。筆者もよく知っているK氏が預かっていたのだが、「この先のことを考えると然るべきところに移動させたい。」ということであった。
 早速伺うと約400 kgほどある。懐かしい本がいっぱいだ。高校生の時、土曜日にお邪魔してたくさんの本を見せて戴いた。中には特別にお借りして、書き写したりしたものもある。当時はコピィの機械は特別な場所にしかなかったので、写真に撮ってコントラストを強く、焼き付けてもらったりした。

 本棚を整理して、新たなスペイスを確保しなければならない。本を並べるだけでも2日はかかるとみている。

 とりあえず100kgほど、乗用車に積み込んで帰った。来週、軽トラックを借りて残りを運び出すつもりだ。書籍以外に、さまざまなカタログもあり、当時のことがよくわかる。 

 驚いたことに、16 mm映画フィルムもたくさんあった。映写機も4台あり、とりあえず2台持ち帰った。試運転してみる。これで、博物館で映画会を開ける。
 日時を決めて、アメリカの鉄道映画をお見せすることができる。

 現在ではDVDで公開されているものもあるが、未公開のものもあると思う。昔は映画はとても高価であった。ましてやアメリカからフィルムを買うとなると、おいそれとは行かなかった。もちろん、16 mm映写機は極めて高価であった。大切に保管したい。

2015年10月30日

線路を敷く

 すべてのエラストマ道床を敷き終えたので、線路を敷き始めた。勾配線はスティール・レイルである。足らなくなったのでどうしようかと思っていたら、S氏から3本戴いた。それだけでもありがたかったのに、N氏がかなりの量の在庫を融通してくれた。持つべきものは友人である。
 Atlasのflex trackのレイルを引き抜いて、そこに差し込んだ。無用となった洋白のレイルは、N氏の元へと戻る。一般家庭では鉄レイルは維持が大変かもしれない。
 このスティール・レイルはHouse of Duddyの製品で、底面がやや細い。だからこそ、差替えができるのである。これが同じ太さではとても差し込めない。
 
vertical curve 縦曲線を撮ったつもりだが、ややわかりにくい。この写真中、矢印のところで平坦線から約15.6 ‰の勾配になっている。左の奥のほうに貨車が見えるが、その勾配上の釘で止めてある。この程度の傾きである。この写真は望遠レンズで撮ったので縦曲線がほとんど見えず、かくんと曲がっているように見える。実際はなかなかの優美な曲線で曲がっているのだ。

quadruple track 複々線部分はまだ工事中で、完全に線路が固着されていないが、様子はお分かり戴けるだろう。



turntable and spurs ターンテイブルの枝線に、DCとDCCの線路を載せて、様子を見た。仮に置いただけだが、枕木の色が異なるので識別できるだろうと思う。 

2015年10月06日

続々 博物館工事の進捗

 作業は進捗し、まもなく試運転ができるところまで来た。時間がかかっているのは道床のエラストマを正確に貼り付ける作業に手間取るからだ。大まかに言えば、1日当たり 4 m ほどの速度で貼っている。例のジグを用いて、極めて正確に貼りつけているのだ。両面テープを用いればすぐ貼り終わるのだろうが、その方法では音を減衰させる効果が少ないことがわかっているので、強力な接着剤で点付けしている。走行時に微小なずれが生じて、音が摩擦熱に変わるのだ。
 
from North 一定の曲率のところは作業が機械的に進むが、緩和部分は手作業である。カントの逓増部分は、調整が難しい。必要に応じて、再度少量のパテ盛りをして、ベルトサンダで擦り落とす。埃が出るので、サンダの排気口に掃除機のホースを当てての作業である。
 この写真の部分は最も見栄えのする部分であって、cosmetic curveと呼ばれる部分である。右へ左へと、連続したカーヴである。カントの調整に、少々手間を要した。現在は完成している。

quadruple-track 2 複々線部分にはカントが一定の角度で付き、壮観である。この写真は、しばらく前の撮影だ。勾配は完全に均一である。
 高架部分で水平が出ているかを念入りに確かめた。24 mmおよび 27 mmの合板を使っているので、そう簡単には撓まないはずであるが、スパンの長いところは補強を入れた。

 勾配部分には洋白レイルを使わずにスティール製レイルを用いた。摩擦係数が1割強増大するので有利である。House of Duddy製のFlex-Trackには鋼製レイルがあるのだが、その在庫が足らなかった。仕方がないので単品で持っていた鋼製レイルを、Atlas製 Flex-Trackの枕木に差し替えた。この作業はかなりの手間を要し、指先が痛くなった。ともかく勾配部分は鋼製レイルになったので、走行が楽しみだ。
 100輌の貨物列車が引き上げられる様子を、堪能できるはずだ。
 

2015年10月02日

博物館工事の進捗

 しばらく報告を怠っていたので、どうなっているのか、という問い合わせが多くなってきた。もちろん工事は進んでいる。目に見える進捗は少ないが、配線工事まで進んでいる。

painting top 全体をを塗装した。手伝いに来て戴いたので大助かりである。この方が座っている部分はターンテイブル用地で塗装が不要である。ローラ刷毛で一気に塗装した。こういう広い面積の塗装で大切なことは、逃げ道の確保である。うっかりすると、どこにも出られないということがある。手前の一箇所が塗ってないのはその出口である。
 一度塗りでは毛羽立つので、乾燥後、全て紙やすりで研いで、再度塗り重ねた。塗料は例の油性塗料である。
 ターンテイブル部分の合板はまだ留めてないので、少し浮いている。ピットを切り抜いて、裏打ちをしてから固定する。補強材は、荷重が掛かるので撓みにくい 24 mm合板である。

installing roadbed 完成している道床を基点から順次組んでいく。複数人で、隙間をなくすよう押し付けながら作業する。これはレイアウト建設の経験者に手伝いをお願いした。ここにいらっしゃる方々は、ご自宅にレイアウトをお持ちである。何も説明しなくても、確実に組んで戴くことができた。勾配のある複々線部分で、精度の必要な個所である。飛び出しているのは饋電線だ。
 
 道床が完成すれば次はエラストマの貼り付けである。以前施工した時は強力な薄い両面テープを使ったのだが、音が気になった。静かさが足らないのだ。エラストマと道床、あるいは枕木の間に適度な摩擦が生じると良いのだ。枕木は接着してはいけない。レイルとも固着を避けるべきである。どうしても固着する必要があるときは数本に1本程度の割合にすべきである。そういう意味でも、このエラストマの断面には意味がある。枕木が溝の中に嵌まっているので、釘で緩く留めておいても外れてこない。多少動く程度の束縛である。
 すなわち砂利を撒いて接着すると音が大きくなってしまう。自宅のレイアウトには砂利があるが、ただ撒いてあるだけである。

 饋電線はある程度の太さがないと、遠くで機関車のスピードが目に見えて遅くなる。勾配線では息切れも起こる可能性がある。2平方mmのものを用いた。圧着端子で確実に接続してある。
 レイルの継目に給電し、レイルボンドで隣につないであるので、最大レイル1本分の抵抗値しかないわけである。

2015年09月14日

truss bridge

truss bridge 目指すはこの橋だ。残念ながらBaltimoreではないのだが、American practiceを見ることができる。門構とか上部下部の補強の入れ方を見た。
 細かいトラス・ビームがあって、これは作れないが、ガセットの当て方などは参考になる。


truss bridge 2truss bridge 3 裏側の構造は、製造時期によって多少の変化があるようだが、専門家ではないのでよくわからない。
 


 鉄橋の色は様々だが、筆者はこの汚れた銀色が好きである。鉄橋は建設中のレイアウト中、かなり大きな構築物で、目を引くものである。あまり目立ってはいけないが、その存在を主張するものである。土屋氏が生きていらしたら、即座にお答え願えたはずである。

 路盤・線路は例のグレイに塗った。信号所、機関庫などはあるが、それらはあくまでも列車を引き立たせるための小道具で、目立ってはいけないのだ。このあたりのことは、日本には例のないディスプレイ・レイアウトであるから、慎重にやりたい。

2015年07月28日

走る鉄道模型

  最近、色々な方から、「よく走るようにするには、どうすれば良いのですか。」と聞かれる。
  簡単に言ってしまえば、すべての面で摩擦を減らすことである。軸を細くして潤滑油が溜まる構造にするだけで、8割は解決だ。
  友人の所で走るのを見ると、油を注してないことが多い。「油を注そうよ。」と言っても、その油注しがない。軸に適度の粘り気の油があるだけで、摩擦は激減するのだ。

  フランジの形が悪く、ツバの全面がレイルヘッドに触っているような模型がある。これでは、曲線通過の抵抗が莫大だ。Low-Dを持っていたので、取り替えてみた。軸受はそのままで、大き目である。中でストレート軸が踊るような状態であった。それでも摩擦は激減し彼は驚いた。ピヴォット軸でないと駄目だと思っていたのだろう。4倍以上の牽引が可能であった。
  この例はあまりにも酷い例であるが、 牽かれるものに無頓着な人は多い。日本で油を注さないのは、昔のTMSにピヴォットには注油不可とあったことに起因すると考える。余りにもよく出てきたフレーズで、油を注すことがタブゥになったのではないかと思う。
  アメリカの事情はやや異なる。 入替えを楽しもうと思うと、軽く動くのは連結しにくいと言うのだ。また、「線路が水平でないと転がっていってしまう」と、まで言う。彼らは走らせている人たちである。


  最近、博物館の建設現場に助っ人がよく来てくれている。筆者は週5日行っているが、そのうちの1日は、どなたかが来てくれる。重いものを動かしたりしてくれるので、助かる。彼らは、置いてある車輌が、余りにもよく転がるので驚いている。


  無事であれば、アメリカに到着している頃だ。暫くの休載をお許し願いたい。
 


2015年07月20日

続 隠しヤード

 隠しヤードは二期工事でと言っていながら、工事をしてしまったのには理由がある。
 所属クラブの例会をたまにここで開きたいという要望を受け、了承したからだ。例会用の組立式レイアウト(HOなど)を置くスペイスをあらかじめ決めておかねば、後になってから、「ここは隠しヤードの勾配線になるので小さくしてくれ」とは言いにくい。
 最初に用地買収をしておかねば、あとあと困るのでヤードのスペイスと機廻り線、デルタ線の場所を決めた。
 近日中に彼らは測量に来て、新レイアウトの線路配置を決めていくであろう。新レイアウトは組立て式である。当博物館に収納する。



 鉄骨でできた支柱に勾配線の受けをつける作業は非常に簡単である。インパクトレンチがあれば、ドリルビスで一発で締付けられる。ドリルビスの刃の部分は極めて硬い。一回しか使わないので、思い切り硬く熱処理がしてある。一方、いわゆるドリル刃は繰り返し使うことを前提にしているので、刃には靭性が要求される。欠けたりしてはいけないのだ。刃先角も吟味している。
 ドリルビスは硬さだけしか考えていない。2 mmの軟鋼板を通過すれば用が済むので、10秒ほど持てば十分である。刃先が欠けても問題はない。
 ドリルビスがあまりにもよく切れるので、ドリル刃の代わりに使っていたら、10回くらいで全く切れなくなった。虫眼鏡で見たら、やはり刃先が欠けていた。

 ドリルビス以外にも、よく似たものでピアスビスがある。作っている会社が違うので登録商標が異なるのだ。先端に刃がついていないタイプも使う。薄板を重ねて留める時に使うのだ。角スタッドを組むときに多用した。先端の円錐についているネジが食い込んで穴をあける。相手が薄い軟鋼板だから、押し付ければへこんで、食い込むのだ。まさかとは思ったがよく効くネジだ。
 
 鉄骨に合板などの木材を留める時にはこの羽の付いたドリルネジを使う。使うとその威力には驚かされる。普通のネジ(羽がついていない)を使うと、木材にもネジが効いてしまい、鉄骨に穴をあけているときにネジ頭がめり込んでしまって役に立たない。仕方がないから、ドリルを逆回転させながら押し込んで、木材のメネジを完全につぶしてしまう。そうして鉄骨部のネジを立てるという面倒な操作をしていたが、このネジは羽が木材を拡げて、ネジを効かなくする。鉄骨にネジが立って食込むと、羽が折れて奥まで入る。実によくできたネジで、一回使うとそのありがたみがよくわかる。
  

2015年07月16日

続 博物館工事進行状況


113_3194to hidden yard 隠しヤードへのスロープを作った。当初1.6%だったが、1.9%にしないと、ヤードの有効長が稼げないことがわかって、急遽作り替えた。これでも分岐の途中までは勾配線の中だ。
 ヤードは8線で、最初は#4 Y分岐である。そのあとは#8分岐をそれぞれ3台ずつ付ける。枝線の先端は障害物を避けて少し曲がる。

 本線のような吉岡式道床ではなく、合板の上にフレクシブル・トラックを、ゴムを介して敷く。そうしないと本線の下をくぐる時に、深い位置に基盤を作らねばならない。吉岡式道床は30 mm あるので、それを用いると基盤を低くせねばならなくなり、その下を通るのが困難になる。少しでも薄いほうがよいという判断だ。

 建築限界は最低限にする。普通の客貨車が入れば良いので、ぎりぎりの高さにしてある。
 隠しヤードは楽屋裏であるから、人に見せるものではない。貨車等をしまっておくところである。それを引き出すのに、ガラガラゴロゴロ音がするのは許せない。だから、5 mmのゴム板を置き、その上に道床型樹脂を敷いて線路を敷く。非常に静かになるはずだ。
 
slope to hidden yard 本線部分は不測の事態に備え、多少の余裕をみた建築限界を持っているが、ヤード部分は最低限である。例の大物車の上端から2 mmしかないが。普段その貨車は、そこには入れないことにする。

2015年07月14日

博物館工事進行状況

bird's eye view from north すべての路盤が完成し、上を全周歩いて壊れないことを確かめた。あちこち補強を入れて撓みを少なくしたので、安心できる。この写真は北から見ている。
 橋の部分はオフセットして、abutment(橋台)を作る準備をした。支えとなっているスティールの棚には筋交いを入れて剛性を高めた。3×25の鋼板をネジ留めしただけである。高架部分は28 mmの合板を用い、継手も同じ板を用いて、接着剤とネジで固着した。

bird's eye view from south 南から見てみよう。ターンテイブルの座標が確定したので、そこに線路を置いてみた。右上のほうから降りてくる線路は再設計している最中に撮ったので、続き具合がおかしい。現在は設計が完了したので、不自然さはなくなっている。
 高架に沿って廻り込んでいるのは、整備工場への分岐だ。本当はもう少し本数がほしいのだが、これが限界だ。空いているスペイスに何か欲しいのでそれを置くことにした。

head clearance 建築限界を調べている。この大物車は、当鉄道で一番大きく、125 mmの高さがある。高架部は203 mmある。レイルの高さが51mmなので、30 mm 弱のクリアランスがあることになる。直線の線路ならば、レイル高さは3 mm強低くなる。 




2015年06月15日

organizing bookshleves

sorting mags 先日、所属クラブの方々が手伝いに来てくれた。雑誌の整理がまだついていなかったのを、一気に片づけてくださった。雑誌は重く、とても一人ではできかねる。本当に助かった。 
 
 中には見たこともない雑誌があって、驚いた。土屋氏は丹念に鉄道関係の雑誌を集めていらしたのだ。

 その作業後、人数が居ないと出来ない作業を手伝ってもらった。それは6 mもある鋼の帯板をレイアウト路盤の24 mm合板に取り付ける作業だ。4人で持ち上げて押さえ、40 mmのネジで留める。

cantilever この部分は本棚の上を通過するのだが、オーヴァハングになっていて、下を車椅子が通過できるだけの幅を確保している。立っている大人は目の高さを列車が通過するのを眺めることができる。その時、せり出し部に手を掛けたりする人が居るだろうから、一応、大人一人の体重が掛かっても安全な設計にした。
 本棚から角パイプで骨を出し、それに合板を固定したが肋骨状の骨だけでは、荷重が一本に集中してしまう。
 棚部分の先端の全周を鋼板でつないでしまえば、荷重が一点に集中することがない。すなわち、走行時に路盤が波打って脱線ということから逃れることができる。

 完成後ぶら下がってみたが、3mm程度の変位であったから、十分安全圏に入っているものと思う。この部分にはアクリルガラスの防護壁が付く。

sorted bookshelves この写真左の赤いファイルはNMRAのBulletinである。毎月送ってきた会報である。
 70年代のものがまだかなり残っていた。80、90年代のものは、かなり捨ててしまったように思う。たまに見てみると思わぬ情報に接して、のめり込んでしまうことがある。



2015年06月13日

rock texture

 さて、高架線の路盤ができたので、橋とトンネルの工事にかかる。今回の線路は複線で線間が一定なので、トンネルは複線用を作らねばならない。トラス橋も複線用を設計中である。ただし、スパンの短いガーダ橋は単線用を並べる。今アバットメントの工事をしている。abutmentと云うのは、築堤から橋に移り変わるところにある橋台である。鉄筋コンクリートでできた、かなり頑丈な構築物だ。
  トラス橋とつながっているので、接続部にはピアも作らねばならない。pierはいわゆる橋脚である。比較的短い橋なので、垂直荷重だけ考えればよい。長い橋だといろいろなファクタを考える必要があるのだ。

 アメリカの重量級の橋を調べている。細い橋では実感が湧かない。それなりのデザインが必要だ。当分は仮の橋でまかなう。

 ヤードの横を走る高架部分は微妙にオーヴァラップしていて、気分が良くないので、路盤の縁を切り落とした。その部分は岩壁を作り、垂直に近い傾斜を作って逃げる。

rock texture by ceiling tiles 堆積岩が層をなしている場面にはよく出会う。筆者の地下のレイアウトにはそれが数メートルにわたって作られている。作るのは簡単で、天井材を手で割って、木工用ボンドで貼り重ね、それに水性ペイントを層に沿ってこすりながら塗り重ねればよいのだ。摩擦で角の部分が丸くなり、簡単にそれらしくなる。層理が水平では面白くないので、破片を挟んで傾けてある。なかなか具合が良い。角度が一定では面白くないので、破片を挟む位置を加減して波打たせると実感が出る。
 
 天井材は安いものである。原材料はセルロースとロックウールで、それに防火剤を含ませて成型してある。工事現場で捨てられるのを、大工に訳を話して貰ってくる。喜んで渡してくれるはずだ。場合によっては半端物を箱ごとくれる。 筆者のところにはそれが3箱ある。

2015年06月11日

laser level

laser level 最近、この種のレーザ機器はとても安価になったようだ。日本語では「レーザ墨出し器」と云うのだが、英語ではかなり面倒な名前がついていた。self-leveling horizontal and cross line generator (自動水平垂直線発生器)などと云っていたのだ。それがだんだん短くなり、レーザ・レヴェルで通用するようになった。
  
 今までは路盤の高さをオートレヴェルと云う望遠鏡(右)で見ていた。向こうに短い物差しを立て、それを覗いて見る。目盛を読み取って、「あと何ミリ下げる」と言うと、向こうに居る人がクランプを緩めて調節する。目盛が合ったところで、熔接するわけだ。必ず二人要るので、助っ人が来た時の仕事である。

 この器械を貸して戴いているので、その仕事は一人でもできる。レーザ本体を分厚い定盤(じょうばん)の上に置き、レーザ・ビームを出す。物差しを現物に当てて、レーザの位置を読み、目的の数字になるように上下すればよい。大変なスピードアップだ。

 電池もかなり長持ちする。すべての仕事が終わった後で、路盤に沿って物差しを当てながら歩くと、水平が出ているかどうかはすぐわかる。今までは、完工検査は実際の作業と同じ手順であって、面倒なこと、この上なかった。疲れていると、いい加減になってしまう。  

 高架部分の水平が出た。ここが水平でないと、間違って列車を流出させて大事故を招く。そういう意味で、大切な部分である。各種の厚さのシムを用意し、補正量を挿入する。重い材料であるので、肩で持ち上げて差し込む。
 
 二期工事の隠しヤードへの入り口の勾配も計算して、見当を付けた。工事は当分先になるだろうが、目論見は必要なことである。200輌ほどの容量を要求されている。隠しヤードに列車を入れておかないと、いちいち車輌を線路に載せなければならないので、事故の元である。運転の便を考えて、機廻し線も用意するつもりだ。 


2015年06月03日

East Meets West

East Meets West この標題はアメリカの大陸横断鉄道が、二つの会社によって建設され、ユタ州プロモントリィで結合された時の新聞の見出しである。
 博物館のレイアウトにおいても、いよいよ二つの方向から伸びてきた線路が、近日中に結合される予定だ。 

 作図をnortherns484氏にお願いしたので、先日測量をして戴いた。大体のところは図面通りで、誤差は1/1000程度であった。15 mで15 mm以下の誤差である。大きなものであるから、ノギスを当てて測ることができない。レーザの距離計、大きなコンパス、レーザのレベル出しなどで、レイアウトを作った訳である。実際のところ、誤差がどの程度か、見当もつかなかった。100 mmもあったらアウトである。曲線を作っていっても、向こうで二つの線路が合致しない。結果が出るまでヒヤヒヤであった。

 路盤は15 mmの合板を使うつもりであったが、同じ敷地内の裏の家を取り壊しているときに出てきた、大きな分厚い一枚板があるので、それを使うことにする。幅650 mm、長さ2100mm、厚さ28mm もある。和服の手入れの時に使ったらしい。もう何十年も使ってないので、乾いていて、 カリカリと云う音がする。捨てることはないので運んできた。

 今回は二つの線路を向かい合わせると、間に直線を挟めばOKであった。十分正確とみなせる。 向こうにトンネル内壁が見える。これはテキサスから運んできたもので、Lorrel Joiner氏にもらったものだ。
 これを使おうと思ったが単線用であり、どうやっても曲線の複線には向かない。

 トンネル部の上は築堤であるから、どちらかと言えば、コンクリートの擁壁を作って天井にIビームを並べたもので十分である。そういう作りをよく見た。鉄骨はむき出しであった。塗装がないと云うのは内陸部の常識である。しかし、蒸気機関車の時代は煙に酸性物質が入っているから、錆びやすかったはずだ。

 鉄橋が完成するまでにはしばらく時間がかかるので、仮橋を作って仮開通の予定だ。自宅から貨車を大量に輸送しなければならない。2編成で200輌必要だ。


2015年06月01日

vertical curve, reverse curve

 高架部分には縦曲線がある。vertical curve という。1.6%の坂を登って、平坦線になるところである。
 車輌に人間が乗るわけではないので、加速度を正確に増減する必要はない。ごく適当である。連結が切れないような動きをすればよいだけなので、深く考えた訳ではない。ただ、見たところ不自然であってはいけないということだけを念頭に置いて作った。
 この3.6 mのセクションをいくつか試作してみたのだが、2本の鉄骨(30 mm角アングル)の間に合板を置き、それが重力でたわんだ形が気に入った。
 厚い24 mm合板では、その剛性が大きすぎて不自然だった。15 mmではやや薄すぎる。12 mm合板を2枚接着剤を付けずに重ねるとよくたわむ。荷重を掛けない状態で接着剤をはさんでもう1枚載せ、数か所をネジで留めた。すなわち、グランドピアノの曲がった板のように、曲がった状態で固着し、その状態を保存したわけだ。

 接着剤が固まると大きな剛性があり、形もよい。全体を鉄骨で挟んだ状態でたわませたので、そのまま、ドリルビスで留めた。鉄骨と合板は6本のネジだけで留まっている。合板は少しずらして使ったので、切れ目が見えるわけでもない。鉄骨も大きな剛性があるので、人が載っても大丈夫である。

reverse curve この写真をご覧になると路盤のたわみ具合がよくわかる。reverse curve とは、日本語でいうところのSカーヴである。間に車体長程度の直線を挟んである。これをやらないと脱線するし、見かけが良くない。緩和部分は大半径の円曲線を挟んでいる。当初、インチキな方法だと思ったが、吉岡氏の理論をよく理解できるようになると、実に合理的であることがわかった。車体の食い違いを十分に補正してくれ、走行時の見かけが大変良い。

 フレクシブル・トラックは仮に置いただけなので、多少食い違っていることはお許し願いたい。カントが徐々に減少し、やがて増えていく様子もよくわかる。自動車用パテで三次曲面を作った。面倒ではあるが正確なカント逓減、逓増が実現できる。 



2015年05月30日

高架部分の建設

from South 高架部分の延長工事が進んでいる。半径2800 mmと2900 mmの複線だ。100 mmずつ、左右に犬走ならぬ保線用の自動車が走るスぺイスを設けている。つまり、幅が400 mmの厚板である。かなり重い。
 先日ケチな板取りの工夫を紹介したところ、N氏が、
「そりゃそうです。無駄なことはもちろんのこと、ごみを捨てるのも大変です。HOでも困るのですから、Oなら余計大変ですよ。」
とおっしゃった。実際にレイアウトを作っている人の言葉は重みがある。

 今回もかなり工夫して、無駄が出ないようにした。斜めの切れ端は背中合わせで貼り付けて、支えにした。まだ仮の状態であるから、天端(高さ)は合っていない。

 問題は三分岐のあたりが周回部に近いことである。その部分の路盤をほんの少し削らないと、オーヴァ・ハングになる。特にシーナリィを設けないディスプレイ・レイアウトなので、どうでも良いのだが、鉄筋コンクリート造風にはしたくない。岩の上を走っている形にする。岩のテクスチャは作るが、色は他の部分と同じグレイである。
 100 mmの余裕部分を、75 mmほど削ることになる。すなわち、犬走になる。

from North 鉄橋の設計にかかっている。例によって図面化はnortherns484氏にお願いしている。鋼板をレーザで切り抜いて積層する。稲妻型の補強もレーザで切れば、訳はない。模型の橋を鋼で作るというのは、模型界広しといえども、珍しいはずだ。かなり重くなるだろう。
 スパンは650 mmで複線型だ。その部分でBig Boyが2台すれ違うと、ざっと700 tonだから、かなりの強度がないと不自然だ。重量級の橋になる。

 音をピックアップするマイクロフォンを付けて、通過する列車の音を拡大して聞かせるようにするつもりだ。

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