デザイン

2014年10月03日

博物館工事進行状況 1

 多忙と左手の不調で休ませて戴いた。土屋氏の記事は訃報を受けた日に全て書いたので、都合1月ほど休みを戴いたことになる。この一月間のアクセス数は、過去最高を記録した。

 博物館の電気工事で圧着端子をたくさん締めたのだが、右でやるのも疲れてきて、左手で思い切り締めた途端に拇指に激痛が走った。腫れはしなかったが、あまりにも痛いので、そのまま冷やしながら帰った。
 10日経っても、痛くて使い物にならない。靴下を履く動作を思い浮かべて戴くと良く分かるが、拇指に力を入れて拡げることができない。また、雑巾を絞ることもできない。

 ちょうど締切の、本業の原稿をまとめているときに、スペース・バァを拇指で押した瞬間、「バキ」という音がして指が動き易くなった。そして痛みもどこかに飛んで行った。それは脱臼が直った音であった。
 Dr.Kに遠隔診断して戴くと、外れかけの「亜脱臼」状態だったそうで、関節固定をした方が良いとのことであった。歳をとると、こういうことが起こりうる。自分の力で自分自身を壊してしまうのだ。そのうちに筋力が低下して落ち着くであろう。

Model Railroad Museum さて、少々古くなった写真であるが、博物館の床を張り終え、棚の色を替えた。以前の品のない色ではなく、土屋氏から電話で指示を戴いたそのままの色である。
 マンセル値で指示をして戴いたので、調色して塗った。中は少し暗く、艶消しにするということであった。この写真撮影時にはムラがあるが、現在修正中である。
 床はほとんどがレイアウトの下敷きになるので、見えなくなる。市松模様だけが見える予定である。

 塗り始めて驚いたが、この組合わせは素晴らしい。どの訪問者にも、この塗装をお褒め戴く。Two-tone Greyであって、UPの機関車、客車に塗られていたのにも似ていないこともない。UPのはやや濃い。
 棚の外は艶があるが、中は艶消しである。その対比が素晴らしい。デザイナーの頭の中はどうなっているのであろう。電話でお伺いを立てると、すぐさま答が返ってきた。土屋氏の頭の中には完成した博物館が既にあったのだ。

Go Ito's workshop 伊藤剛氏の工作台を100%移設した。この写真は仮に置いた状態である。現在は90度ひねって固定した。
 工作台は創意工夫に満ち溢れている。それをご覧戴けるようにした。移転前に撮った写真をもとに、それを再現する予定である。



2014年09月19日

続 デザイン

「ヨーロッパの高級車は8年を目標に作られる。Mercedes BenzのS classは8年のサイクルだね。その8年後の新型も、旧型のデザインを踏襲している場合が多い。富裕層は極端な変化を望まないのだ。」
「でもアメリカは高級車でも4年で新型ですね。」
「そうだ。あの国はそういう国だ。日本はそれをまねしたのだ。」

 バブル以前はその種の高級車に乗れる階層はとても少なかった。しかし今は小金持ちが増え、S classなら買えるのだ。すなわち大衆車に近づいたと言える。最近のサイクルは短くなっている。

 それでは王侯貴族しか乗れないような車はどうだろう。Rolls-Royceなどのモデルチェンジは少なかった。20年は形が変わらない。これはその形が変わる必要がないからだろう。Phantom VIなどは今でもその形が目に浮かぶ。車輌のパーツ全てが意味をもち、機能している。無駄なものはない。
 日本でも、日産のプレジデントやトヨタのセンチュリーなどのモデルチェンジは少ないし、前とそれほど形が変わるわけでもない。この種のデザインは良く出来ているのだ。眺め廻しても突飛な造形はひとつもない。しかし、 これを縮小して大衆車にすると売れるわけではない。大衆は突飛なデザイン、すなわち陳腐化するデザインを好むと言える。そのあたりの匙加減がとても難しい。土屋氏は、それをいともやすやすと、やってのける。車名は書けないが、ベストセラーになった車は多い。
 20年持つデザインは鉄道車輌のそれである。自動車より寿命が長いので、より簡潔にまとめられなければならない。そういう意味では新幹線の0系のモデルチェンジはいささか遅すぎたのである。100系にしても、単なるマイナーチェンジであって、すぐ陳腐化した。

 300系は優れたデザインで20年持つと思われたが、異なる事情で早期引退してしまった。その後の新幹線車輌は、デザインではなく、空洞試験とコンピュータ解析が形を決めている。土屋氏が鉄道から手を引いた原因はそこにあったようだ。
「人間の感性など要らなくなったのだ。」
と心情を吐露された。
 20年以上の寿命を持つ鉄道車輌が多いので、土屋氏は前頭部を取り換えられる様にしていた。
「もう前頭部は作って渡してある。」とおっしゃったが、取り換えられる気配がない。

 鉄道会社の社長が口を出してきて、駄目になるケースもあるようだ。社長は素人である。デザインのことが分かるはずもないのだが、色を変えろなどと言って来るそうだ。色と形が組になっていることを理解できないのである。こういうことを許す会社は日本には多い。逆に国鉄時代はそんなことが全くなかったらしい。デザイナーの意見が尊重されていたのだ。

 話題の列車も、素人の社長がデザイナーを気に入っただけのことであり、そのデザインの良さを見抜いたわけでもない。このデザイナーは内装デザインが本業である。デザインの本質を理解しているようには見えないのだ。
 車輌は中も外もごてごてと飾り立て、出来た瞬間に陳腐化していると感じたのは筆者だけだろうか。


       <多忙のため、10日ほど休載します>
土屋氏のデザインした車種の問い合わせがありますが、その種の質問には一切お答えできません

2014年09月17日

デザイン

 日本を走るかなりの数の優等列車は、土屋氏のデザインだ。違う人の名前で発表されているのもあるようだが、それについては論じない。

 海外に同行したとき、デザインについて色々な話を聞いた。土屋氏の話をまとめると、「デザインは機能」であることに尽きる。

格好良く見せようと思うと、駄目になる。下手な工夫は陳腐化を早める。」

 土屋氏はここしばらくは鉄道のデザインから遠ざかっていらした。その間に、鉄道車輌デザインが、土屋氏の言う陳腐化を早めるものが多くなってきたように感じる。しかし、そのようなデザインを賞賛する人が居るのである。

 本当にデザインが分かっている人以外は、デザインの評価などできはしないはずだ。最近の鉄道雑誌をみると、不思議な現象がみられる。どれもこれも、その列車を褒めちぎっているのである。どれか一つくらい、「このデザインはおかしい」と書いても良いのだが、どこも書かない。
 要するに、褒めないと次の仕事をさせて貰えないのだろう。取材に行けなくなるのが怖くて、書けないのだろうと推測する。

 土屋氏はデザインの世界では超一流の専門家であった。彼のような人に取材して、はっきりと言って貰えば、全て解決することなのではないかと思う。専門家でない人がいくら褒めても、何の価値もないと思うのは筆者だけだろうか。

 土屋氏のデザイン論はとても面白い。
「車のデザインには1年しか持たないデザインと、2年持つデザイン、順に4年、8年持つデザインという具合になっている。」
「えっ、1年しか持たないデザインなんてあるのですか。」
「モーターショウに出てくる突飛な形の車があるだろう。あれなんて、次の年に見ると、もううんざりだね。」
「なるほど。しかしその次の2年というのは、車のデザインとしては短いと思うのですが。」
「いや普通の車は2年しか持たないように作られるのだよ。」
「それじゃあ、3年目には売れなくなりませんか。」
「だから、マイナーチェンジというのを施すんだ。それであと2年売って、もう駄目というところで次の型が出てくるんだ。」
なるほど、と合点が行った。すごい話だ。

話はさらに続いた。
「それでは、8年というのは何でしょう。」

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