飛行機

2017年09月20日

Midway

 Midway 1Midway 2サン・ディエゴに行ったら見たいものが、もう一つあった。長年横目で眺めながら行けなかったところだ。
 Aircraft Carrier Midwayである。係留されて、博物館になっている。

Midway 7Midway 10Midway 3 この空母は横須賀に居た。内部の造作は、かなり日本の影響を受けている。第二次世界大戦末期の空母で、航空甲板をアングルド・デッキに作り替えて、かなり長い間就役していたが、90年代に退役した。サイゴン陥落時に、家族を乗せて逃げて来た軽飛行機を着陸させたのは記憶にある。その飛行機は展示してある。

Midway 9 4000人も乗っているので、一つの街のようなものである。食堂は24時間営業、病院も歯科医院もある。補綴(ほてつ 歯にかぶせたり、入れ歯を作ること)もしてくれる。隣の部屋には入れ歯を作る遠心鋳造装置もある。憲兵に取り押さえられたならず者を入れる牢屋もいくつかある。

Midway 6Midway 5Midway 8 水兵たちの寝るところはこのような蚕棚である。機械工作をする必要があるので、このような旋盤とかフライス盤が設置されているし、隣の部屋では板金工作をする。熔接機も各種あった。飛行機の修理をするのだから、相応の工作機械が必要なのだ。部品棚を見た。凄まじい数の部品が在庫してあって、それらが瞬時に検索できるようになっている。コンピュータの無い時代からそういうシステムがあったのだそうだ。

Midway 4 見学者の半分は中国人で、大きな声でわめきながら歩き回る。日本人は少なかった。格納庫は体育館のような高さで、とても広い。最近の原子力空母はさらに大きいそうだから、想像しにくい。
 ニューヨークのマンハッタン島にはもう一つの空母が係留されている。やや小さい。そちらは宇宙開発の歴史も展示しているようだ。

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2015年08月21日

航空博物館 最終回

 鉄分が不足しているとのお便りがあったので、これで終わりにしよう。

 
TBM-3 2 Gramman TBM-3 Avenger である。これが本当に飛ぶのかと思うほど太く、重そうである。乾燥質量で4.8トン、装備、燃料を積んで8.1トンもある。
 アヴェンジャは非常に性能が良かった。飛行機というものはその姿が美しいものは性能が良いことになっている。これは唯一の例外であろう。
 このサイトでは見つけ出すことができなかったが、博物館の収蔵品リストには在る。

TBM-3 4TBM-3 1TBM-3 5 主翼は45度の角度の軸で折り畳める。大きな飛行機なので畳まねば空母に積めないからだ。その畳み方はかなりの工夫があって、興味の湧くところである。
 コンピュータによる3次元の設計ができなかった時代に、このような設計ができたのは素晴らしい。単に畳むだけでなく、伸展した時の強度も万全であった。
 以前、スミソニアン博物館で見た時は暗く、写真が撮りにくかったので、今回はじっくり見てきた。

TBM-3 3 3人乗り組みで、中間の通信士は、腹面の機銃による射撃手も兼ねていたらしい。


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2015年08月19日

続々々 航空博物館  

B-24 1B-24 2 ヨーロッパ戦線のほうの展示館に行くとB-24 Liberator がある。当初はヨーロッパだけであったが、のちに太平洋方面にも配属された。
 B-24は飛行艇の設計が基本にあるそうで、胴体の断面が、縦長である。B-17の尾輪式ではなく、機首に車輪があって、前方視界がよく、離着陸が楽だったと聞いた。
B-24 3B-24 5B-24 4 機首の回転銃座が物々しい。こんな形では風が漏れそうだし、雨だって入りそうであるが、大丈夫なのであろうか。
 爆撃手の観測窓は平面の磨きガラスで、そこにはワイパーも付いている。
 筆者が見たかったのは、腹部の回転銃座だ。これが見たくて来たのである。防弾ガラスでできた球状の砲塔に入り、電動で回転と伏角の動きをさせる。果たしてよく当てることができたのか、はわからない。銃手は仰向きに寝転んで足を上げ、股の間に照準器をはさんでいる感じである。死亡率の高いポジションだ。
 銃手は体格の小さい者を選んだ。狭いから、パラシュートを腹に固定して乗ったそうだ。機内との行き来はできない。B-17は尾輪式だから、クリアランスが小さく、離着陸の時は引き上げていた。
B-24 6 爆弾倉扉はシャッタ状である。扉ではない。 内部は暗い緑色である。いわゆるオリヴ・グリーンだ。 
 扉はこの歯車で開く。

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2015年08月17日

続々 航空博物館

 屋外の展示をざっと見てから、屋内の展示を見に行った。外にはたくさんありすぎて、1時間程度ではとても見られない。

隼隼2隼 エンジン があった。意外と細い機体である。エンジンは外してあって、この機体は飛べない。他の機体からのエンジンもあった。


Bad Angel このP-51マスタングには意外な撃墜マークがあった。
 第二次世界大戦中、このパイロットは唯一、独、伊、日、米の敵機を撃墜した男として有名であるという。アフリカ戦線で戦い、捕虜になって送還されたのちも飛び続け、台湾でたまたま出会った日本機を撃墜、さらに鹵獲された米国のC-47輸送機を捕獲して海中に墜落させた。

CorsairCorsair 2Corsair 3Corsair engine 




 F4U Corsairがあった。これは艦載機で、着艦フックがある。土屋氏はコルセアの攻撃を見ている。
「かっこいいんだよね。音がいい。ブィーンと飛んで来るんだ。ところが、日本の飛行機はバラバラバラという音で、それを聞いただけで負けそうな気がした。」とおっしゃった。
「あの翼を逆ガル・ウィングと言うんだよね、あれが良かった。塗装も綺麗で、ガラスがきらきらしていた。100 mくらいの距離で見た。操縦士の顔が見えるくらいの超低空飛行だった。」
 戦争末期は制空権を奪われたも同然で、艦載機が横浜上空を飛び回っていたのだそうだ。

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2015年08月15日

続 航空博物館


  この博物館は米軍基地に隣接しているので、飛行機を持ってくるのは簡単だ。巨大なB-52が何機もあるが、博物館の隣のハンガ(格納庫)に入っている。
   
Skid  輸送機を見ることができるのはうれしい。輸送機は不整地にも離着陸する能力を求められるので、フロート状のスキッドをつけていることがある。タイヤをたくさんつけて、接地圧力を下げるようになっていたりする。腹部にblister(膨らみ)をつけて、それを収納する。


KC-97winged boom  これは珍しいKC-97である。もとの設計はB-29である。エンジンを替え、胴体を太くしただけで根本的には似ている。それを空中給油機に改造したのだ。尾部から伸ばした給油管は小さなV字羽根によって誘導され、受油機に接続される。尾部先端には窓があって、誘導員がそこから見て給油管を操縦する。


Boeing 787  思わぬものを見た。Boeing 787の初号機 2号機である。試験飛行を終え、生産型に移行したのちは無用のものとなり、ここに寄贈された。
  十分新しいので、そのまま使い続けられるのではないかとも思うが、何か事情があるのだろう。

Boeing 787 2Boeing 787 4Boeing 787 3  近寄って、整備士以外は見られないところを見てきた。着陸装置はアルミ合金製だ。もちろんシャフトなどはスティール製である。昔の飛行機の脚部はスティール製である。だから、野ざらしの展示品はそこが錆びてくる。この飛行機はかなりの部分がアルミ合金製であった。

  筆者はいつも小さな磁石を携行して、そういうことを調べるのが趣味である。もちろん、飛行機に影響を与えるかもしれないので、磁気漏れがないようにしている。


追記
 この787については
記事が見つかった。調査不足であったことをお詫びする。(8/20/2015)

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2015年08月13日

航空博物館

Lockheed ConstellationLockheed Constellation 2 露天にたくさんの飛行機が雨ざらしなのだが、砂漠の中なので湿気が少なく、保存状態は悪くない。子供のころ大好きだったConstellationが2機もあった。コンステレーションは3枚の垂直尾翼を持っている。筆者の子供のころ、飛行機の絵本には必ずこの絵があった。

 垂直尾翼を3枚にすると、高さが低くなり、既存の格納庫に入るというのが狙いであったが、かえって重くなって失敗だったそうである。P-38の尾翼に似ていると思ったが、やはり解説に同じだと書いてある。また、1953年型Studebakerによく似ていると思っていたが、やはりこれに触発されたと書いてある。ぼんやりとした感想が、解説を読んでつながった。こういうことに関してはウィキペディアは面白い。まさに娯楽である。
 
flying tankerKB-50J B-29の改造型の空中給油機KB-50Jがあった。ジェットエンジンで推力を補っている。このころは、この手の動力補強がよく行われた。
 翼端のポッドには給油装置が収納されている。 

 
Globe MasterGlobe Master 2 もう一つ筆者には忘れがたい機体があった。C-124グローブ・マスタである。エンジンはワスプメジャ星形28気筒×4である。胴体を太くし、積載量を増やした。機体前半の開口部が大きく、装甲車が積める。
 伊勢湾台風の時に救援物資を積んで飛来した。落下傘でいろいろなものを落としていったように覚えている。空港にはたくさんの同型機がいた。

Pregnant GuppyPregnant Guppy 2 写真でしか見たことがないPregnant Guppyがいた。NASAのロケット輸送専用機だ。とんでもない形だが、ちゃんと目的を果たした。
 この機体も、C-124と同じエンジンを搭載している。


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2015年08月09日

LAXの変化

 今回のアメリカ行きは珍しくLAX ロス・アンジェルス国際空港着である。この30年、この空港は避けてきた。下手をすると入国審査、通関だけで3時間半も掛かり、乗継便には必ず乗り遅れる。迎えの人を待たせてしまうのも申し訳ないので、小さな空港のシアトルとかポートランド、あるいはサンホゼに降りて、それから次便に乗ったり、陸路で行ったりしていた。
 今回はロスアンジェルスに用事があったので覚悟を決めて降りてみたのだ。入国審査に並ぶ前にトイレに行き、水を持って臨んだ。

 ところが、行ってみると人がほとんど居ない。他にもいくつかの飛行機が降りているのに、流れが滑らかである。「ESTAを持っているか?」と聞かれた。ESTA(エスタと読む)は事前入国審査の一種で、14ドル払うと2年有効である。過去にアメリカ国内でトラブルを起こしていなければ、すぐ認証される。
「ESTAの客はこちらへ。」と誘導しているので、そちらに行くと、コンピュータの端末があり、それに自分でパスポートを差し込んで読み取らせると、ESTAの情報を確認される。
 いくつか質問に答えなければならないが、例によって破壊活動に参加しているかとか、麻薬を持っているかとかと云う下らない質問だ。その画面に日本語で、「すべてにNOを押してください。」とあったのには笑ってしまった。間違えてYESを押すと別室に連れ込まれての押し問答になる。それを防ぐためとはいえ、日本人は信用されているのだと再確認した。
 そのあとは係官による面接だが、「何日?、観光か?」と聞かれておしまいだ。スーツケースは一つだったので、税関は何も言わずに通してくれた。総時間、わずかに15分だ。そのうちの5分は、手荷物回転台から取るために待った時間である。

 今回の体験で、LAX経由が素晴らしく快適になったことを知ったので、利便性が格段に高まった。なんといっても、LAXからの乗継便の多さには魅力がある。

 今回の誤算は、この入国審査に長い時間がかかると想定して、レンタカーのピックアップ時間を遅く設定したことだ。事務所に行ったら早過ぎて、準備ができていず、違う車を探してもらうのに、30分ほど掛かった。


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2014年08月16日

Houston 着

 久し振りにアメリカに行った。1年半ぶりである。徐々に歳を取って来て、時差を乗り越えにくくなったので、行くのが億劫になってきたのである。仕事のみの訪米なら仕方なく行くが、遊びが大半であると、面倒になってきたのである。

 飛行機の切符が安いところを狙うと、サン・ホゼ着かヒューストン着である。ヒュ−ストンは乗り換えで通ったことは何度もあるが、降りたことが無かったので、今回はそれを狙った。その時間に外国から来る飛行機は少ない時間帯だったので、入国審査はすぐ済むと思ったら大間違いだった。その時間帯に入国審査官が食事に行ってしまったらしく、延々と2時間待たされた。その前に、着陸直後消防車が来て機内の点検を始めたので、すでに30分遅れている。結局、乗り継ぎのDFW(ダラス・フォートワース)行きには間に合わず、3時間後の飛行機になった。

 DFWにはデニスが迎えに来ているので、メイルを送って待って貰った。遅れて到着すると、「待ちかねたよ。」と抱きついて来た。

 デニスは新しいカムリに乗って来ていて、家までの3時間、車の話をした。力がある割に、燃費が良いのだそうだ。高速道路を長く走るので、ハイブリッドよりもエンジン直結型の方が良いと言う 。
 「1ガロンで35マイル走るよ。」と言う。14.5 km/L程度だ。「お前のはどれくらいだ?」と聞くので、「80マイルは走る。」と言ったら、仰天した。
 「トップギヤのギヤ比を小さくして、高速クルージングがかろうじてできる程度に、エンジン回転数を低く保つんだ。追い越しその他の急加速が必要な時は、モータでアシストするのだよ。」
と言うと、
「それは賢い方法だな。ハイブリッドは高速道路の多いアメリカには向かないと思っていたが、今の話を聞くと考えを改めたほうが良いかもね。」

「しかもブレーキを掛けると発電して、エネルギーを貯めるから、勾配の多い路線には適するんだ。」と言ったら、目を輝かして、「それはすごい、乗ってみたい。」と言った。箱根峠を下ると、そのエネルギィで平塚まで行ける話をした。信じられないようだった。

 到着後5日間、時差調整で苦しんだ。寝ても2時間で起きてしまい、朝になると眠くて仕方がない。横になるとそのまま昼過ぎまで寝てしまう。時差調整の特効薬は日光を浴びることであると医学書には書いてある。光で脳のリズムがリセットされるという話である。ずいぶん頑張って日光を浴びたが、あまり効果が無かった。 
 



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2013年07月23日

Boeing 787

787  同窓会があって出掛けていた。安い切符を買ったせいで、帰りは搭乗率の低い便に押し込まれた。それはデンヴァ発のUnited便である。787を使った成田までの直行便が出来たのに、利用客が少ないのだ。朝早い便でデンヴァに飛ばねばならないので、それで売れていないのだろう。しかし出発時刻を遅らせると、成田に着くのが遅れて接続便が無くなるから、ギリギリの設定のように見える。

787 ユナイテッド機内は全日空とはやや仕様が異なり、シンプルである。エコノミィ席ではTV画面までの距離が小さく、老眼の筆者には見えにくい。座席は、座面がスライドしてリクラインするので快適である。身長180cmの筆者にも不自由はなかった。


787 窓が大きいのが良い。今までの1.5倍程度大きい。今までは窓側の席でないと外が見えなかった。787では通路側からもかなりよく見える。
 Variable Tint(ボタンで液晶の色が変わる)を採用している。その変化速度をかなり遅く設定している。急に変わると。まぶしくてびっくりするからだろう。
 5段階あって、左が全開、右が全閉の状態である。
映画を見たり、寝ている時は右の状態である。この程度の光の漏れがあると、機内の照明電力を節約できるのだろうと思う。なかなかうまく出来ている。

ANA's Boeing 787 来週はANAの787に乗るチャンスがあるので比較してみたい。



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2013年02月02日

続 Boeing 787 の不調

Calmod-banner-500px-9-21-12 ホテルから空港まですぐ行けるので、そのバスに乗ればよかったのだが、電車でも行けるはずであった。経路を調べるとLight Railの終点のMountain Viewの駅で隣のプラットフォームまで 20 m ほど平行移動すれば、Caltrainという通勤電車に乗れることが分かった。Millbraeという名の空港の脇の駅まで2+5ドルで行ける。さらに、そこから隣のプラットフォームまで 10 m でBARTという広軌の電車に乗ると数分で空港の国際線乗り場に行けることが判明した。この電車は高く、ほんのちょっとの距離なのに4.05ドルもする。

 楽しい電車乗車のはずだったが、Caltrainには高い階段があり、それを大きなスーツケース2個を持って上るのは大変であった。また、車内には荷物を置くスペースは全くなく、他の客に迷惑をかけつつデッキに居るしかなかった。後で分かったが列車の後部には自転車その他を置く荷物車が一両付いていることが分かった。しかし階段を上らねばならないことには変わりがない。少し後悔したが、良い体験だった。

BART BARTは、Bay Area Rapid Transitの略である。海底トンネルでサンフランシスコ湾の対岸のオークランド方面と結ぶ。広軌であって、1676mm(5’6”)もあり、車内は異常に広い。乗り心地は良いはずなのだが、かなり硬いバネで、振動が伝わってくる。
 ミルブレイの駅の隣が空港なのだが、直行便は少なく、夜7時以降と週末だけという変なスケジュールだ。San Brunoの駅で乗り換える。この時も同じプラットフォームの反対側に移動するだけだから簡単だ。空港駅では、進行方向に歩けば、国際線コンコースであって、手続きがすぐ出来る。このあたりは良く出来ている。国内線には空港内を走る無人電車に乗り換えるだけである。これも容易である。
BART 2BART 3 BARTの車内には自転車置き場もあるが、車幅が広いのでどこに置いても良さそうである。列車は8両編成のと9両編成があり、停車位置を間違えて一輌分移動したりしている。かなりいい加減だ。

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2013年01月31日

Boeing 787 の不調 

Boeing 787's ANAの成田−San Jose便が就航したので、それを予約した。いつものことだが、アメリカ入国審査で時間が掛かるのはとても腹立たしい。おそらく一番ひどいのがLAX(Los Angeles国際空港)で3時間半ほど掛かることが多い。迎えに来ている人はイライラするだろうし、乗替便にはまず間に合わない。日本で発券すると、乗り換え時間を2時間と見ている場合が大半で、間に合ったことが無い。そういう意味で、入国はシアトルかポートランドのような中都市を狙うのが賢明である。シカゴも夏だととても込むし、ニューヨークは年中込む。
 そういう意味でサンホゼ便はありがたい。入国審査は15分で終わるはずだ。しかも目的地が空港から数キロしか離れていず、市電で行けて、しかも電停の正面というのはありがたい。 レンタカーも良いのだが、3日で100キロも走らないのに200ドルも払いたくない。その程度なら、タクシィに乗っても変わらないのだ。

 全ての面で好都合の便であって、就航が決まって予約開始と同時に押さえた。
 出発日の朝、空港までの道路状況を調べていたら、突然787が高松で緊急脱出をする騒ぎを起こしたことが分かった。飛ばない可能性がある。案の上、空港カウンタに着くと、欠航を知らされた。先回もたまたま欠航してひどい目に会っているので、事前にバスの中で代替便の調査はしておいた。
 ANA職員は「LAX経由で用意しましたから、それにしてください。」と言ったが、それは断固断った。提示された乗り継ぎ時間は2時間半だ。間に合うはずが無い。乗り遅れると、その日のうちにフロリダまでは到着できない。予約したホテルも無駄になるし、レンタカーもキャンセルしなければならない。彼らはプロであるはずなのに、そのあたりの読みが間違っている。ニューヨーク経由、シカゴ経由も提示されたが、お断りして、一番手堅いSFO(サンフランシスコ)入国にした。それしか認めないと言ったら、席が無かったらしくて、アップグレードしてくれたので助かった。待ち時間が4時間で、入国審査が1時間半であったのでまだかなり余裕があった。

 空港のラウンジで情報収集すると、世界中で運行取りやめが発表されている。これでは帰りの便もアウトである。ということは、サンホゼ空港のすぐ近くに居ながら、サンフランシスコまで行かねばならない。これはかなりの手間である。問い合わせると、サンホゼ空港に朝9時までに来てくれれば、バスでSFOまで送ると言ってくれた。

 上の写真は、帰りに成田で写した駐機中の787である。当分飛び立てないであろう。 

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2012年11月10日

Boeing Everett Factory

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 かねてより行きたいところがあった。シアトルにはボーイング社のエヴァレット工場がある。 この工場見学に参加した。参加費は予約すると18ドル。飛び込みで20ドルである。

Boeing 787 sectionBoeing 787 section 2Everett787




Boeing Museumジュラルミン機体の一部 30分にひとグループずつで、バスに乗って工場に行く。待ち時間には博物館見学をするようになっている。最近はカーボンファイバー製の787の展示が中心の様だ。

 バスに乗るときは身体検査があり、携帯電話、カメラ、バッグ、パウチなど全て没収されるので、横のロッカあるいは車のトランクに入れる。
バスが工場に近づくと、その工場の大きさが分かる。世界で一番大きい建物で、ディズニィ・ランド全体よりも大きいそうだ。尾翼の高さがあるので高さも大きい。

 階段を下りて地下道に入る。その地下道が広くて長い。体力のない人はこのツアには参加すべきではない。エレヴェータに乗って5階に上がると、全体が見下ろせる。と言っても全床面積の1割も見えない。写真が撮れないのは残念だった。
 意外なことにまだ747を作っている。聞けば燃費を向上させたタイプだそうだが、もはや旧型機に見える。思い起こせば1970年代にパンナムの初代747に乗ったのが最初だ。あれから40年も経つ。
 787、777、737、767は次々と作られている。  

Boeing Everett 4 飛行機の工場ではブツが大きいので、作業するためのプラットフォームを作り、行程順にそれを上げて行く。クレーンは天井に付いているが、スパンが大きいのでそれほど重いものは吊れない。飛行機の部品なので数トンも持ちあげられれば十分であるが。

Boeing Everett 中東のお金持ちの注文の特別仕様機を作っていた。内装は全て手作りの一品物である。
工場の外には、ロールアウトした完成機体がたくさん並んでいた。発注者の検査を経て、Ferry(回航)される。ANAの機体がたくさんあった。おそらく、アメリカ中でANAの機体を一番たくさん見ることができる場所だろう。
 

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2012年08月08日

続 Smithsonian

712_5205-2712_5207-2 メッサーシュミットは比較的穏やかな展示法である。スピットフアィアやマスタングと同列に扱っているように感じた。


712_5211-2712_5210-2712_5209-2 向かいの部屋は航空母艦の飛行甲板上を摸した作りで、艦橋も実物大で作ってある。艦橋からは飛行甲板を見下ろした動画が大画面で見えるようになっている。但しその動画は現代のものである。

 グラマンF4Fワイルドキャットの上にはアベンジャーが吊ってある。羽根の折り畳み方がよく分かる展示であった。当時の日本の技術では、重くなりすぎてこの方式を取ることができなかったそうだ。蝶番の軸が45度傾けられ、かなり簡単に手で畳めたらしい。

712_5215-2 別棟の歴史博物館にはB29の後部の実物大の複製品があった。アメリカで女性が社会進出するきっかけとなった戦中の様子を伝える一場面である。

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2012年08月06日

Smithsonian

 スミソニアンの博物館群に行ったのは70年代前半、80年代後半である。この二回の訪問ではさほど大きな変化はなかった。今回はあまりにも変化が大きく、新しい博物館に行ったような気がした。変わっていないのはアポロ11号の本物があることだけである。
 一時期、ここには広島に原爆を落としたB29「エノラ・ゲイ」を展示してあったが、色々な議論ののち、ダレス空港付近に移送された。B29はそれほど珍しい機体ではなく、筆者はいくつかの場所でそれを見ている。先のデイトンにもあるし、オグデン郊外にもある。またソウル市中心部にも置いてある。

712_5194-2712_5193-2712_5212-2 ここの航空博物館は宇宙開発、民間航空、第二次世界大戦、それ以降という分け方になっている。スカイ・ラブの実験棟の実物やソユーズなどは見ごたえがある。

712_5198-2712_5204-2 真珠湾攻撃とミッドウェイ海戦の様子は克明に説明してあり、零戦が観客に襲いかかる角度で展示してある。この博物館には、ある意志が感じられる。アメリカを攻撃したものは必ず撃退するというものだ。
712_5208a712_5199a この二枚の絵などはその選定の背景を考えさせられる。これらは明らかに日本人の筆によっている。戦争中に描いて接収されたものか、あとで描いたものかは分からぬが、どうしてこの絵がここになければならないかと考えることを、見る人に迫る。(写真は栗生弘太郎氏によって収差等を取り除いて戴いた。)
 博物館は洗脳装置であると誰かが言っていたが、そうかもしれないと感じた日であった。

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2012年05月19日

続々々々々 Daytonの航空博物館

COM_4113-2 この写真を見ると、どの程度大きな建物かが良く分かる。奥の飛行機はB-52だ。全幅 56 m もある機体が無造作に入る。
 筆者は物好きにも各地の航空博物館を訪問しているが、規模も質も、この博物館がNo.1である。
 全ての飛行機を、一応飛行可能な状態で陳列したのだそうだ。中には、エンジンを換装したものも含まれているようだが、とにかく飛ぶのである。その拘りは大したものである。
 この博物館を見ると、日本の博物館って何だろうと考えてしまう。

COM_4116peacekeeper この貨車は博物館の芝生の上にある。スパン・ボルスタを持った16輪の車輌である。この中には核弾頭付きの大陸間弾道ミサイルが入っていた。その名前は "Peacekeeper" である。
 冷戦時代に、ソ連からの核攻撃に備えて、この貨車50輌を用意して全国に展開させることにした。一列車二輌を連結し、シェルター内に保管する。必要な事態になったら、列車を引き出して、敵には予想不可能な場所に展開し、発射する。ピンポイントで狙われると、固定のミサイル・サイロでは発射前に攻撃されてしまうので、移動式の発射装置が必要とされたのだ。
 配備の準備ができた頃に冷戦は終結し、計画は放棄された。

 この貨車は積載時250トンもあり、8軸車とする必要があった。床下にたくさんの油圧ジャッキがある。ミサイルを立てるときの、安定性の確保に必要となるべきものだろう。

 側面からの写真は筆者が300mmレンズで写したものであるが、妻の方からの写真は、博物館の公表している写真からお借りしている。 

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2012年05月17日

続々々々 Dayton の航空博物館

IMG_0370-2IMG_0356-2IMG_0368-2 昔からこのエンジンに興味がある。星型7気筒4列で28気筒ワスプ・メジャ・エンジンである。 3000馬力以上の出力がある。各列にひねりを掛けて、風の通りをよくしている。
 後期の改良型は過給機が付き、4300馬力もある。
 カムシャフトが中心に近いので、プッシュロッドが長く、頭上弁を駆動するのはやや苦しい。メンテナンスは、なかなか大変であったろう。ヴァルヴ・クリアランスを調節するだけで56箇所、4発ならその4倍である。潤滑油を取り換えるのも大変である。オーヴァホールは僅か600時間ごとだというから、その手間を考えると恐ろしい。
 燃焼室が大きいので点火プラグは、2本ずつ取り付けられて、56本である。このエンジンの整備には熟練工が必要で、整備コストは膨大であったらしい。しかし、レシプロ・エンジンの極致としての名エンジンである。

 
IMG_0352-2COM_4109-2 このエンジンは、B-36にも6基搭載されている。これがそのB-36である。あまりにも大きく、推力が不足したため、ジェットエンジンを4基追加搭載して、10発航空機となった。


COM_4096-2 これはC-124グローブマスタである。4発の輸送機で、昔見たことがある。伊勢湾台風の時にアメリカから救援物資を積んできたのは、これだと記憶している。この飛行機もワスプ・メジャを搭載している。


COM_4107-2COM_4106-2 現代の飛行機も展示されている。ステルス機は見せても大丈夫なのだろうか。

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2012年05月15日

続々々 Dayton の航空博物館

 この航空博物館には特別なツアがある。身元証明が必要で、外国人はパスポートを提示しなければならない。
バスに乗って空軍基地の中を走り、大きな格納庫に入る。途中の撮影は厳禁だ。
COM_4083-2COM_4078-2COM_4059-2COM_4058-2COM_4061-2









 格納庫の中は、各種の実験機の保管場所であり、隣の格納庫は過去の大統領専用機の保管場所である。大統領の乗った飛行機はヘリコプタを含めて全て保管してある。

COM_4072-2COM_4070-2COM_4077-2COM_4076-2




 ローズヴェルト大統領はポリオに罹り、足が不自由であったので、専用機には車椅子ごと乗れるエレヴェータが付いている。
 どの機も機内を見学できる。アクリルガラスで保護されてはいるが、機内を歩くことができる。但し、幅は16インチ(455 mm)であるから太い人は通れないと明記してある。会議室や、ホットラインの電話などがある。

 この建物内の見学時間は1時間であるが十分楽しめる。もちろん無料である。

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2012年05月13日

続々 Dayton の航空博物館

 色々な人から頼まれることに、「爆弾倉の中って何色なんだ。チャンスがあれば見てきてくれよ。」という要望がある。 気がついたので写真を撮った。

COM_4098-2COM_4099-2COM_4097-2 B-29の爆弾倉内部である、黄色がかった色であった。なんと言えば良いのかよく分からないが、Weyerhauser Greenに非常に近い色である。これは機体を加工して内部を歩けるようにしてあった。本当は上に見える円筒の中を搭乗員が這っていくのであるが、爆弾倉の中を歩けるように一部を切ってある。この機体の内部である。ノーズアートの展示も兼ねている。

COM_4093-2COM_4094-2 これらの写真は、比較のためのB52の爆弾倉の中である。車輪を収納するベイの内部の色も同じで、これらの色はB-29の色とは明らかに違う。

COM_4103-2COM_4102-2 このツイン・マスタングというのは、よく本では見るが、現物があったとは驚きである。どうしてこんなものができたかというと、長距離ミッションの遂行が一人では出来なかったことにある。洋上飛行では睡魔に襲われて事故が起こり易いので、交代で寝るのだそうだ。 

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2012年05月11日

続 Dayton の航空博物館

 B-24やB-25 Mitchel、B-17 Flying Fortress、P-38, P-47, P-51 Mustang など名機がずらりと揃っている。飛行機マニアなら、近くのホテルから毎日通ってきて見る必要がありそうだ。そのためにホテルも近くにある。ここなら歩いて行ける。

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 筆者が特に興味があったのは双発の爆撃機B-25である。太平洋上空母から無理やり発進させ、多大な損失を出しながらも、日本初空襲を成し遂げた。展示はやはり航空母艦の甲板を摸したものである。エンジンを風雨、潮風から守るべく、シートで覆ってある様子も再現してある。ゼロ戦の21型も展示してあった。

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2012年05月09日

Dayton の航空博物館

4563479 シカゴに戻る途中でデイトンに寄った。ここはライト兄弟の航空産業発祥の地で、空軍基地がある。そして世界最大の航空博物館がある。その巨大さは驚くばかりで、収蔵品は原則として飛行可能な状態にしてある。ここを訪れるのは一昨年に続いて二回目である。先回は簡単なカメラしか無く、広角レンズ無しでは撮り切れなかった。それを写し直そうというわけである。入場料は不要である。左の写真はGoogle Earthからお借りしている。

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 展示棟は幅90m長さ240mもあり、柱は一本もない、かまぼこ型の構造である。第一棟は第二次世界大戦までの航空機である。B-17,B-24,B-29や紫電改、メッサーシュミットのジェット機などがどっさりある。よくぞ保存していてくれたという気持ちで一杯だった。

 じっくり見て行くと、第一棟だけで数時間かかる。疲れてしまうので、第二棟以降は駆け足で見たことにする。あまりにも多くて、飛行機が嫌いになってしまう博物館である。あと、二棟建設予定であるという。

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2012年04月15日

友人Harmon

Harmon5Harmon4 かねてより招待を受けていたハーマンの家を訪ねた。シカゴのO'Hare空港から南へ80マイルほど行った大平原の中の農家だ。考えてみれば、今までたくさんの友人宅を訪れたが、農家は初めてだ。左が格納庫である。

Harmon3Harmon1Harmon2 大きな土地を持ち、トウモロコシと大豆を作っている。農家というより会社を経営していると言った方が当たっているかも知れない。見渡す限り広がる農地の一角に新築の家があった。
 1 kmほど離れたところに倉庫があり、そこには巨大な農業機械が入っている。その横に中学校の体育館程度の大きさの倉庫があり、飛行機が入っている。彼の息子は農薬や除草剤などの散布を請け負う航空会社を経営している。この飛行機は作業専用機で、製造数が少ない型だそうだ。気に入っているので2機目を最近購入したという。乗用機も持っている。GPSがあるから、アメリカ国内ならどこへでも行けるよとのことである。但し、洋上飛行はしたことが無いそうだ。
 この格納庫の中には、まだスペイスがあるのでもう一機入れたいらしい。この農薬散布専用機は製造数が少ないので、手に入りにくいのだそうだ。
「もし、日本で見かけたら知らせてくれ。買い付けに行く。」と言っていた。

 シカゴの方に飛んでいくと管制が厳しいそうだ。近くしか飛ばなければ、300 m 以下の高度に限り飛行計画も不要だということだ。近所にはもう一軒飛行機で農薬散布をしているところがあるらしい。その飛行機と衝突しない限り、事故はないという。飛行中にエンジンが止まったらどうすると聞くと、「経験はないが、止まっても降りるところはいくらでもあるという。このあたりの道路はどこもまっすぐで、通行量は少ない。200mあれば降りられるという。

 庭先には砂利敷きの滑走路がある。800mもある。理由は、薬液を満載すると離陸しにくいからだ。

 射撃が趣味で、庭で的を撃つ。ライフルの弾は 3 km も飛ぶ可能性があるので、土盛りした一角があり、そこでしか撃たない。



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