自動車

2018年02月17日

constant velocity

 角速度が変化しないという意味である。
 
 CV joint  等速継手というものは、30年ほど前から生産量が格段に増えた。いわゆるFF自動車がたくさん売れたからだ。FFは、50年ほど前は、国産ではスバル1000という車ぐらいのものだった。友人の父君が乗っていて、乗せてもらうと水平対向の独特な音だった。BMW のオートバイの音である。バックでステアリングを切って坂を登ると、切れ過ぎる方向に行くとのことであった。一方、四日市の椙山氏はシトロエンに乗っていて、これまた陸上の乗り物とは思えない乗り心地であった。

 これらの車には等速継手が使ってあった。ステアリングを切っても駆動軸の回転と車輪の回転が完全に一致した。即ちステアリングに何ら振動が伝わって来なかった。その後、筆者はスバル・レオーネに乗っていたことがあるが、12万キロも乗ると等速継手が摩耗して、ステアリングを切るとカラカラと音がし始めた。

 80年代になるとトヨタ、日産も大量にFFを売り出し、FRをはるかに凌ぐようになった。等速継手の材料、工作技術、潤滑が進歩し、耐久性が飛躍的に向上したのだ。今乗っている車は15万キロをはるかに超えているが、ステアリングは新車同様の切れ味で、全くガタがない。進歩したのだ。

 この頃はステアリング・ホィールいわゆるハンドルの軸の曲がっているところにも使われている。昔は、エンドウの継手で言えば、ABAまたはCBCのタイプを使っていたが、これなら軽くできるからだ。もしこれが不等速継手であると、カーヴを曲がるときに非常に奇妙な感じがする筈だ。ガードレイルを擦る人が増え、人身事故も大幅に増大するだろう。そういう点でも、等速であるということは大切なことだ。


 ユニヴァーサル・ジョイントを単独で使うと、何が起こるのだろう。角速度が変化するのだ。二つ組合わせてその変化量を打ち消させると、出力軸は入力軸と等速になる。もちろん中間軸は速くなったり遅くなったりする。伊藤 剛氏の解説によると、
「中間軸は細くて軽いものですからね、速度が増減しても、殆ど問題は起こらないんですよ。でもね、出力軸の角速度が増減すると、人間が乗っていますからね、激しい振動が生じれば乗り心地が悪くて困ってしまいます。もちろん出力軸が入力軸と平行でなければ多少の不具合は起こりますが、工夫をする前と比べたら大幅に緩和されていますよ。
 中間軸が高速で廻れば、問題が起きるでしょうから、そういう用途には向きませんね。別の等速ジョイントを使うでしょうね。その辺は経験に依りますな。それを使わなくてもね、最近はそういう角速度変化を吸収する継手があるのですよ。強化したゴムでできています。それが付いていると、高速回転での振動が大いに軽減されるんだそうです。」

という事であった。


CV or not  今回の電車の模型の台車がカーヴで振った時は、まさにその状態ではあるが、間違った位相の時に比べてはるかに振動は低減されるはずだ。この図は極端に誇張して描いてある。角αは角βより大きいから、等速にはならない。しかしかなり良くなっている。
 この角度が小さいときは、α≒β だから、等速と近似できるだろう。振れる量を小さくしようと思ったら、センタピンの位置をジョイント側に近付けるべきだ。もちろん荷重を負担するものを、台車中心に付けねばならない


 このyoutubeをご覧戴きたい。中間軸の不等速を、カードを押し当てて発生する音で分かり易くしている。非常にうまい表し方だ。模型とはいえども、こういうことを知っていないと、よく走る模型はできない。


2015年09月16日

続 truss bridge

movable bearings トラス橋の反対側に廻ってみよう。可動支承である。コロがたくさん入っている。
 この橋は緑色だ。一般的には、橋の色は黒、銀、暗赤、緑の4色が大半だ。これは褪色しにくい顔料の種類がこれぐらいしかないからだ。 緑は昔からクロムグリーンが使われた。三価の酸化クロムで極めて安定な化合物だ。黒板塗料として、現在も使われている。毒性はない。硬いので、金属を磨く時に使う。緑棒などという名で売られている。
 最近は銅フタロシアニン化合物を使う。これも極めて安定で、褪色しにくい。

truss bridges 二本の平行した鉄橋の色が異なるのも珍しい。どちらもかなり古い塗装なので、解釈に苦しむ。

 

stream line 話は変わるが、最近のトピックスとして、このトレーラの後部の羽根に注目戴きたい。運転中に撮ったので、前面ガラスの色が邪魔をしている。補正を掛けたら、ますます色調がおかしくなったが、お許しを戴きたい。
 遠くから見ると普通のトレーラだ。

stream line 2 近寄ると、畳大の板が張り出して後ろをすぼませるようになっているのが分かる。後ろに回り込む空気を多少なりとも遠ざけて、渦を作る抵抗を低減させる装置なのだ。
 よくできていて、ドアを開ける時に簡単に畳めるようになっている。前方はかなり流線形になっているし、側面のスカートも多くなってきた。残った問題は後部の渦だったので、これはかなり売れているようだ。
 20台に1台は付けている。
 しかし日本では車輛の長さが決まっているので、これを付けることは違法かもしれない。赤い旗をつけてもダメなのだろうか。尤も、日本では最高速が低く制限されているので、付けても効果が薄いということもあって普及しないだろう。
 
 追記 
 
 最近のニュースで、メルセデス・ベンツが80 km/hでは
車体の後部が伸びて空気抵抗を減らすモデルを発表したそうである。 


2015年08月11日

Rentacar

 元々はRent-a-Car と書いていたのだが、いつの間にか言葉は進化して短くなった。道路上の標識の表記は”Rental Car”である。
 よく使う会社の上級会員になっているので、予約しておけば、電光表示板に名前が出ていて、その番号のところから乗り出すことができる。会員の出場は非常に簡単で、免許証を見せればたちまち遮断機が開く。

Nissan Maxima 今回は長距離を乗るので、燃費の良いカローラを予約していたのに、やや大きなV6 3.5Lエンジンを積んだNISSANのMaximaという車に当たった。燃費は感心しなかったが、アメリカ人好みの加速性能を持っている。かなり乗ってある車で、6万マイルとあった。日本で10万キロ乗ってあればかなりガタが来ているはずだが、高速道路が多いので十分新しい。しかし、座席はややくたびれ感があり、シートベルトのラッチが壊れていて、はめにくい。一部のプラスティック部品が欠けているのだろう。押し込んでおいて差し込めば、何とか掛かるが、腹が立つ。途中で交換してもらおうと思ったが、ついつい最後まで乗ってしまった。
 後ろのドアの断面が変わっていて、窓の下に角がある。サイド・ミラで見ると飛び出していて、バック運転の時の基準を失わせる。妙な設計である。機能を重視していない。

 アメリカ国内用のGPSを持っているので、出発前に行き先を打ち込んでおけば大変楽である。走っている途中でも、腹が空けば、最寄りのスーパ・マーケットを教えてくれる。まず安いボトル入りの水を大量に買って、スタートした。

 ロス・アンジェルスで用を済ませてから、アリゾナに行った。そこまで、あちこちの鉄道施設の写真を撮りながらの移動である。Tucsonは2回目である。25年前、トゥーソンは田舎町だったのにかなりの都会になっている。
この辺りだけには、saguaro (サハロと発音)がたくさん生えている。日本人にはこれがサボテンのイメージだが、本当は非常に限られた地域にしか生えていない。
 友人に会った。どこかお勧めのところはないかと聞くと、航空博物館があるという。第二次世界大戦の飛行機がたくさんあるというので、行ってみた。入場はシニア料金で入れて助かったが、寂しくもある。


2014年09月19日

続 デザイン

「ヨーロッパの高級車は8年を目標に作られる。Mercedes BenzのS classは8年のサイクルだね。その8年後の新型も、旧型のデザインを踏襲している場合が多い。富裕層は極端な変化を望まないのだ。」
「でもアメリカは高級車でも4年で新型ですね。」
「そうだ。あの国はそういう国だ。日本はそれをまねしたのだ。」

 バブル以前はその種の高級車に乗れる階層はとても少なかった。しかし今は小金持ちが増え、S classなら買えるのだ。すなわち大衆車に近づいたと言える。最近のサイクルは短くなっている。

 それでは王侯貴族しか乗れないような車はどうだろう。Rolls-Royceなどのモデルチェンジは少なかった。20年は形が変わらない。これはその形が変わる必要がないからだろう。Phantom VIなどは今でもその形が目に浮かぶ。車輌のパーツ全てが意味をもち、機能している。無駄なものはない。
 日本でも、日産のプレジデントやトヨタのセンチュリーなどのモデルチェンジは少ないし、前とそれほど形が変わるわけでもない。この種のデザインは良く出来ているのだ。眺め廻しても突飛な造形はひとつもない。しかし、 これを縮小して大衆車にすると売れるわけではない。大衆は突飛なデザイン、すなわち陳腐化するデザインを好むと言える。そのあたりの匙加減がとても難しい。土屋氏は、それをいともやすやすと、やってのける。車名は書けないが、ベストセラーになった車は多い。
 20年持つデザインは鉄道車輌のそれである。自動車より寿命が長いので、より簡潔にまとめられなければならない。そういう意味では新幹線の0系のモデルチェンジはいささか遅すぎたのである。100系にしても、単なるマイナーチェンジであって、すぐ陳腐化した。

 300系は優れたデザインで20年持つと思われたが、異なる事情で早期引退してしまった。その後の新幹線車輌は、デザインではなく、空洞試験とコンピュータ解析が形を決めている。土屋氏が鉄道から手を引いた原因はそこにあったようだ。
「人間の感性など要らなくなったのだ。」
と心情を吐露された。
 20年以上の寿命を持つ鉄道車輌が多いので、土屋氏は前頭部を取り換えられる様にしていた。
「もう前頭部は作って渡してある。」とおっしゃったが、取り換えられる気配がない。

 鉄道会社の社長が口を出してきて、駄目になるケースもあるようだ。社長は素人である。デザインのことが分かるはずもないのだが、色を変えろなどと言って来るそうだ。色と形が組になっていることを理解できないのである。こういうことを許す会社は日本には多い。逆に国鉄時代はそんなことが全くなかったらしい。デザイナーの意見が尊重されていたのだ。

 話題の列車も、素人の社長がデザイナーを気に入っただけのことであり、そのデザインの良さを見抜いたわけでもない。このデザイナーは内装デザインが本業である。デザインの本質を理解しているようには見えないのだ。
 車輌は中も外もごてごてと飾り立て、出来た瞬間に陳腐化していると感じたのは筆者だけだろうか。


       <多忙のため、10日ほど休載します>
土屋氏のデザインした車種の問い合わせがありますが、その種の質問には一切お答えできません

2014年08月20日

続 Lost Plastic Casting

Inspection Vehicle came out 指をクロスさせたおかげか、仕上がりはまずまずであった。ボディ表面には目立った瑕疵は見えず、つるりと仕上がった。簡単な下回りと良く効くバネを仕込めば、出来上がりである。最近は小さなデコーダもあるので、ありがたい。
 Inspection Vehicle の実物写真を見せると、Dennis もかなり気に入ったようだ。小さい車輪を探さねばならない。あるいは旋削して自作することになるだろう。

 同時にTamiya の2-1/2トン 6輪トラック や バンダイのジープもブラスに置き換えた。6輪トラックもレイル上を走るようにしたい。実物の写真もある。
 ジープは積荷であって可動にはしない。

Bulldozer 6輪トラックのキャブはきれいにできたが、荷台はざらざらだ。同じ埋没材を使ってもこんなに差が出る。違いは何だろう。Dennis は、「うまく行ったのは灰色だ。緑のプラスティックは駄目になった。」と言ってウィンクした。
 これはjokeで、実際には、灰色のブルドーザもあまりうまく行っていない。火山の噴火で埋まったのを掘り出したかの様な状態である。積荷としては失格である。積荷は新品であろうからだ。トラックの荷台は板から作り出す予定だ。簡単に出来る。ぼろ荷台はジャンク置き場に捨てた状態にするしかないだろう。

Hollow parts was cut out プラスティック・モデルを組んでから持ち込むと、検査を受けて、あちこちを切り開くように指示される。
 例えば燃料タンクは内部に空間があろうから、それを外部とつながなければならない。タンクの下側に孔をあけて、四角に切り取り、内部まで埋没材が浸入できるようにする。内部が完全に独立した空間なら良いが、接着がまずくて隙間があると、そこに埋没材が浸入し、あとで取り出すことが不可能になる。また、独立空間はブラスに置き換わるが、質量測定の時に空間分の金属量が算入されないので、溶融金属が足らなくなる可能性もある。今回は完全に下側を切り取って持っていたので、すんなり検査に通った。エンジンブロックとか、色々な塊に孔をあけて削り取った。

 
ready for investmentremoving investment これらは、正直なところお遊びの域を出ていない。手間を掛けてもビジネスにはならない。成功確率は1/2を大きく割り込むだろう。Staff Carが成功したので、それだけで筆者は満足した。
 
 その他のロストワックスは台車部品で、かねてから依頼してあったものだ。
 



2014年08月18日

Lost Plastic Casting

 今回のテキサス行きは2年振りであった。その間にDennisはロストワックス工房を廃業した。あまりにも注文が多くて、自分の好きなことができないというのが、その理由である。
 全部やめてしまうのかと思っていたら、「自家用の鋳造装置は残したから、好きなものを持って遊びに来い。」と誘いがあった。 ワックス型を作って持って行こうと思っていたのだが、例の博物館の方が忙しくなり、間に合わなかった。

 数年前に買ったTamiyaのStaff Carをブラスに置き換えたかった。このプラスティック模型を作ったのだが、ボディ・シェルが薄過ぎて、持つと撓むのが分かる。触らなければよいのだが、筆者はこれを動力化したかった。

Inspection Vehicle 鹿ケ谷氏の訪問記に同時代の Inspection Vehicle がある。これを作りたいのだ。バネをよく効かせて、ぐわぐわ、ゆらゆらさせたい。それには、どうしても重い車体が必要となる。補重した車体は、丈夫でないと持った時割れてしまう。
 そういうわけで、ブラス置換がどうしてもやりたかった。

 プラスティックはロウとは異なり、加熱焼成するときに膨張し、型が割れてしまう惧れがある。Dennisは、「うまくいくかどうかは分からない。指を交差させて幸運を祈るんだな。」と言う。
 指を交差させる (crossing fingers) とは、人差し指と中指を、交差というよりも捩った状態にすることである。彼は鋳造時には両手ともそうして、さらに腕まで交差させて、「うまく行きますように!」と唱えた。筆者も唱和した。

Staff Car フラスコの底部に入れ、より圧力が掛かるようにした。12時間の焼成での温度上昇を緩やかにし、型が割れないような配慮もする。全てに亘って最深の注意を払って、なおかつ成功確率は1/2以下だと言う。「失敗しても、文句言うなよ。」ということであった。
 型が割れると、細かいひびが全面に入る。

 



2012年12月24日

Road-Rail Vehicle

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 シアトルに戻る途中でRoad-Rail Vehicle(軌陸車)を見た。高速道路のパーキング・エリアに停まっていたのだ。この種の車はHi-Rail Carとも言う。Highway-Railroad Carの略だ。綴りはいくつかあるようで、Hy-Railというのもよく見る。模型の世界でハイレイルと言うと、ライオネルに代表されるハイフランジでブリキレイルの上を走るトイ・トレインを指すので、初めはそれと勘違いしていた。

 UPの車で、前後の誘動輪がゴムタイヤであったのは少々驚いた。おそらくサスペンションを省略するためであろう。フランジは金属製であるがトレッドはゴムである。電気が通らないので、閉塞信号を作動させるために大きなブラシを持っている。スティール・ワイヤを切ったものを3本まとめてレイルを摺るようになっている。電線が出ているから、その解釈で間違いなかろうと思う。ゴミが絡まっていて見えにくいが、レイルに対して直角に当るようになっている。

 駆動力は道路用のゴムタイヤがレイルに接触しているから、それが機能する。4輪駆動だから十分な牽引力もあるだろう。

812_6537-2812_6532-2812_6531-2 油圧で誘動輪が上下する。前後別々に上下する。レイルの上に載っているのを確認して操作するのだろうから、その方法が適する。

2012年05月25日

続々 Indianapolis の自動車博物館

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 古いものから新しいものまで全部置いてあるというのがすごい。 

COM_4152-2COM_4146-2 これはこのスピード・ウェイができた当初の舗装である。煉瓦は雨の日には滑り易く、事故が多く発生した。
 今でも観客席前の90 cm だけは残してあり、その部分でタイヤがスピンするそうだ。
 

2012年05月23日

続 Indeianapolis の自動車博物館

Panorama この博物館の内部には、ぎっしりと競走用自動車が置いてある。
 二枚の写真のパノラマ合成は栗生弘太郎氏に依る。継ぎ目が分からない。最近のこの種のソフトウェアの機能は、素晴らしい。


 あまり詳しくないので、ごく適当に写真を撮った。
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 毎年1台は収蔵車が増えるので、いずれ増築をするのだろう。最後の写真はCumminsのディーゼル車だ。これは珍しい。


2012年05月21日

Indianapolis の自動車博物館 

COM_4157-2 インディアポリスには有名な自動車レース場がある。毎年この時期にインディ500マイルレースが行われる場所だ。この街の名前は発音しにくい。太字の部分を強く発音すると、それらしくなる。
 以前にも行ったが、その時間が遅く、博物館が閉じた後であったので、今回出直した。

COM_4164-2COM_4168-2COM_4174-2 このサーキットはもともとは煉瓦貼りのトラックであったそうな。それをアスファルト舗装し直したのだが、ごく一部は昔のままを残している。 バスで周回するツアがあり、5ドルであった。その煉瓦部分をじっくり見せてくれる。

 博物館の内部には歴代の優勝車が展示してある。40年位前の車は左右の車軸長さを変えていた。一方向に曲がるレース場であったからだ。しかし、最近はそのようなことはなく、左右対称の車ばかりである。

2012年05月05日

借りた車

COM_3769-2COM_3767-2 いつも同じ会社で車を借りるので、会員になっている。多少割引もあるし、予約が確実なので便利ではある。
 空港に到着して案内バスに載って営業所に行くと、自分の名前が電光掲示してある。その番号の場所に行けば、借りるべき車がトランクを開けて待っている。スーツケースを放り込んで出発である。今回の車はスバル・レガシーであった。全くの新車で、走行距離は4マイルであった。たまに新車に当たるが、これほど少ない車は初めてだ。今までの経験では約100マイルというのがあった。

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 正直なところ、4輪駆動車は降雪時以外歓迎しない。燃費が悪いからだ。今回1600マイル(約2500キロ)走っての平均燃費は31マイル/ガロン(12.9 km/L)である。これはカタログ通りであった。しかし、同程度の2輪駆動車なら15 km/L 位走るはずだ。

 この車は常時その瞬間の燃費が表示されるので、走行中それをよく見て経済運転に徹した。面白いのは、トップギヤを選んでいると燃費が良いことである。これは意外であった。
 高速道路で、かなり急な上り坂であっても、ギヤをシフトダウンせず、トップのままアクセル開度を大きくした方が低燃費である。どうやら燃料消費量は回転数の影響が大きいようだ。この車はオートマティックではあるが、ギヤを手動選択できるので、このような実験が簡単に出来る。今までシフトダウンを許す運転法をしてきたのは間違いであった。 
 色々な速度で運転したが、67マイル/時(107 km/時)での燃費が最も良かった。日本では60 km/時での燃費が良いと信じられているが、どうもそうではなさそうだ。もちろん、この車の燃費表示が正しいという前提の話である。70マイル/時 (112 km/時)でもそれほど変わらなかったが、それ以上では徐々に落ちた。

 日本の車の高速道路での燃費設定は100km/時であるらしい。それを超えると急速に悪くなる車が多い。今度開通した新東名では制限速度120 km/時になるという報道が多かったが、それが実現していたら、燃費の悪化に愕然とした人が増えたかも知れない。筆者の持っているドイツ車は120km/時での燃費が最も良さそうである。

2010年10月29日

続々 Feather River Route を走る

Steel Trestles in Feather River Route Keddie の wye に近づくと山々は険しくなり、線路が谷を縫うように走る。余部の鉄橋に勝るとも劣らぬほどの大きさの橋がいくつも連なる。どの橋も曲線を通しているが、桁は直線であることは言うまでもない


 この辺りの橋は、余部の鉄橋とほとんど同時期に作られた。設計手法も類似しているから、製造所もほとんど同じであろうと思われる。山中の塩分の飛んで来ないところであるから、全くと言ってよいほど錆びていない。無塗装でも十分持つのではないかと思う。

Keddie wyeKeddie wye side view しばらく行くとちょっとした峠があって、線路はそれをトンネルでくぐる。出たところが、かの有名なケディーの二股になった鉄橋である。


 当初はこの写真で言うと右向きの線路だけがあった。その後左向きの線を敷くとGreat Northernへの連絡線になるので、その鉄橋を作った。さらにこの写真の向う側の山の中にトンネルを掘って、デルタ線にしてしまった。しかし、トンネル線は、長大列車が通っているかどうかは疑わしい。どちらかと言えば非常用の線のような気がする。このトンネルを通る列車の写真・動画は少ない。

Toyota Camry HybridToyota Camry HybridCamry Hybrid engine




 この辺りの道路は起伏が激しく、ガソリンの消費が多いと思ったのだが、今回借りたレンタカーはカムリ・ハイブリッドであった。下り坂で回生制動して蓄えた電力で次の上り坂のエネルギを賄うので、極端に燃費が良かった。シアトルからLAX空港までの2600kmを1回の給油で走り通した。
 帰国後欲しくなってクルマ屋に聞いてみたところ、国内販売はしていないという。
 

2008年08月04日

Texasの旅

Old Abilene Texasの友人、Dennisとは長い付合いである。彼とは歳が近い。奥さんのKathyも気さくな人で、かねてより遊びに来ないかという誘いがあったのだ。
 この夏に2週間の休暇が取れることが分かったので、思い切って行ってみたという次第である。 

 Texasは過去二度行ったことがある。しかし2週間も同じところに居たのは初めてで、様子がよく分かった。Texasは広く、場所によって気候が全く違う。
 
 DFW(ダラス・フォートワース空港)からレンタカーに乗ってひたすら西に向かい、時差ぼけで眠りそうになるのをこらえながら3時間でAbileneに着いた。アバリーンと発音する(太字を強く発音する)。昔は南部から追い上げてきた牛の群れをここで貨車に載せ、シカゴに向けて送り出したのだ。全てがその目的の町で、家畜業者以外、誰も住んでいなかったという。
 1881年のTexas and Pacific鉄道の開通以前は、カウボーイたちがカンザス・シティまでさらに1000キロ近く牛の群れを追っていたのである。
 
 ここはWest Texasと呼ばれる高地で乾いた地域ではある。しかし、多少の降水があるらしく潅木に覆われた地域である。水道は池の水を使っているから、季節により多少臭いことがあると言う。飲用水は特殊なフィルタで漉して使うようにしていた。  
 
 現在は人口12万位の小都市である。郊外には広大な空軍基地があり、デニスはそこでB-1に乗務していた将校である。壁には"Captain”と大書された現役時代の写真が貼ってある。健康上の理由で退役したのだそうだ。小型飛行機も持っていたがそれも売却し、今は2002年型マスタング・コブラだけに乗っている。 いつも車庫に入れているので、新車のようにぴかぴかである。

2007年03月10日

長らく休載しましたが本日より再開します。

driver license 筆者の個人的な用件も含めて、しばらくアメリカに行って居た。時差調整がなかなかできず、やや体調不良だが本日より再開させていただく。

 個人的な用事とは運転免許の更新である。昔とった免許を中断せず保持し続けているのにはいくつかの理由がある。

 まず、アメリカ国内での「信用」である。レンタカーを借りるにせよ、ホテルに泊まるにせよ、いくつかの場面で要求される。パスポート、国際免許でも用は足りるが、信用度が全く異なる。自動車保険でも、アメリカの免許と国際免許では料率が異なるはずである。

 五年ごとに更新だが、一回だけは郵便で可能で、十年に一回は必ず本人出頭が求められる。

 更新のたびに条件が厳しくなり、今年は場合によっては無理かと思ったが無事通過した。10年前には外国人であってもSocial Security Number国民総背番号が必要とされ、わざわざその申請をして、大変な時間が掛かった。今回は9.11テロ以降初めてのことであり、外国人には大変面倒なことになると思っていたが、意外にすんなり通った。写真は新しい免許証だが、偽造の助けにならないよう色を換え、解像度を極端に落としてある。


 一番最初に運転免許を撮ったときのことを思い出す。どうしたらよいかわからなかったので、とりあえず試験場に電話してみた。すると、
「自分の車に乗ってきてください。」と言う。「免許が無いのですが、」と言うと、「運転できるでしょ。」と言う。
「それはできますが、運転していいのですか。」と聞くと、「もちろんOKだ。もし警察に捕まったとしても、『今から運転免許試験場に行くところだ』と言えばよい。」

「そんなバカな。事故を起こしたら困る。」と言うと「「それなら今から保険屋に行きなさい。車を買ったから保険に入りたい。免許はない。今から取りに行くと言えば良い。」 

 保険屋でその通り話すと、「はい結構です。」と言う。半信半疑で試験場に赴いた。法規の問題を渡された。解かねばならない。当時の私には難解な法律用語がいくつかあって意味がとりかねた。

 試験官に「私は外国人で英語の難しい言葉が分からない。辞書を使っては駄目か?」と聞くと、"That's a very good idea"(それはいい方法だ)と言う。

                       <この項続く>


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