アメリカの機械メーカ

2016年09月08日

続々 Greenfield Village

Greenfield Village (15)Greenfield Village (16)Greenfield Village (17) この工場はフォードの工場の一角をそのまま移設したものだ。動力は蒸気機関である。非常に懐かしい。筆者の子供の頃は、日本にはまだこのようなシャフトのある工場がたくさんあった。もちろん電気モータ駆動であったが。天井のシャフトから動力を取るから、ベルトに巻き込まれると大事故である。3枚目の写真の機械は、売店で売る小さなブラス製の商品の部品を作るために作動させるが、作業中にベルトに巻き込まれる事故を防ぐために金網でその部分を囲ってある。

 シャフトには丸いドーナツ状のフェルトが通してあり、シャフトの回転により、自然にあっちへ行ったりこっちへ来たりする。即ちシャフトの錆び止めである。
各種の工作機械が並び、これで自動車を作っていたと思うと隔世の感がある。

the Henry Ford (7) 前後するが、Henry Ford博物館の中の最も人気のある展示物はこの貨車の前にある。
冷蔵車は保存状態が良く、あちこちの飛び出し具合がよくわかる。ちょうど製作中のと同型だから助かる。しかしここまで細かく作っても、他が同水準でないと変なものだ。
the Henry Ford (11) 冷蔵車の扉に手前に黒い札が差してある。板の厚みには驚いた。こんなに厚いのである。

 さて、その前方にあるのは何だろう?この博物館の中で最も写真に撮られる頻度が高いのだそうだ。大き過ぎて、運び込む時に入り口を少し壊して入れたそうである。  

2013年12月14日

続々々々 Lucin Cutoff

 湖の深さはせいぜい 10 m 足らずであるから、埋め立て用の岩石を運ぶ箱船が通れるように、canal(水路と訳すのだろうか、要するに多少深く掘った掘割)を作って、積出の岸壁と現場を結んだ。この水路と波止場は衛星写真でもはっきりわかる。

 箱船はカリフォルニアの工場で組み立てられ、いくつもの部分に分割され、鉄道で現場に運んで再組立てされた。箱船の底は開いて岩石が投下されされるようになっていた。

 岩石を採る場所はプロモントリィ半島の先端より西岸を2マイルほど行ったところにある。運び出すベルトコンベアは、 Hewitt-Reynoldsによって作られた。少々高いところにあるので、重力で自力で動き、付いているモーターが発電機となって24時間操業の電力の大半を供給した。掘削するパワー・ショベルの動力もまかなえた。

6850880642_413c7d750d_b from Flickr このようにして作られた築堤は標高4218 ft (1285 m)まで積み上げられた。1905年の木橋建設の時の築堤は 4213 ftに作られたのだが、長年のうちに沈下し4205 ftにまで下がっていた。新しい築堤も少しずつ沈下し、4212 ftになってしまった。

 1982年、突然湖の水位が上昇し始め、1985年には最終的に4212 ftにまでなった。築堤は水没の危機に見舞われ、築堤の積み増し工事が急ピッチで行われた。築堤の北側部分の水位上昇が早かったので、そちらの手当が急がれた。古いboxcarやhopperが大量に集められ、線路際にぎっしりと並べられた。天井は外してある。それらに土砂を詰め込み、防波堤としたのだ。しかし、南側も高くなり始めた。

 嵐がやってくると、波は線路を洗い、線路は曲げられて無茶苦茶になった。保線作業で数日間は不通となってしまう。その間、列車は南岸沿いのWestern Pacific経由とせざるを得なかった。

 

2012年10月25日

Oil Business

712_5746-2712_5747-2 騎兵隊の博物館に行く途中に興味深い店があったので、帰りに寄った。石油掘削装置の中古屋さんとタンク屋さんである。後者はここが製造元である。作った製品が塗装もせずに何百基も置いてある。注文があると特大のトレーラを呼んで配送する。

712_5795-2 このタンクをデニスは作った。鉄板製であるから、どうやって作ったのか興味があった。
「なーに、ディーゼル・トラックのオイルフィルタを切って、梯子を貼りつけただけさ。梯子はPlastructの製品をたくさん持っているからそれをクランプで挟んで、オヴンの中で一日温めれば曲がるんだ。それを接着剤で付ければ、おしまいさ。簡単だろ?」というわけである。彼はこういう工夫が得意である。

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 向かいには井戸掘り機の付いたトラックとか、ポンプを売っている。中古品を整備して売る商売だ。テキサスならではの商売だろう。
 柵にへばりついて写真を撮っていたら、社長が通りかかって、「中に入って好きなだけ写真を撮れ、宣伝してもらいたいから。」と言う。遠慮なく中で写した写真がこれである。

712_5760-2712_5754-2 ポンプはかなり大きなものである。小さなものでも小型トラックぐらいもある。



2010年11月20日

Jordan Spreader の構造

 Oswald Jordanという人はカナダで鉄道を保守する仕事をしていたらしい。おもに砂利を均したりする目的でこの車種の原型を作ったとのことである。だからSpreader(押し広げるもの)という名前が付いた。
 それから100年、もっぱら除雪用に進化している。各部の羽根は油圧で動く。これらを空気圧で直接駆動していたら、雪の山にぶつかった瞬間に羽根が閉じてしまうだろう。大きなタンクに高圧空気を貯め、それで油圧装置を作動させていたものと思われる。羽根を動かす時以外は油圧回路を遮断しておけば、大きな負荷に耐えられる。この点、油圧は安心である。

 話は変わるが、以前近くの工場で空気タンクの圧力試験中に、そのタンクが爆発し大騒動になったことがある。そんな馬鹿なことをしていたとは知らなかった。圧力試験は水を入れて行うものだと教えられていたので、にわかには信じられなかった。高圧の空気は、膨張する時に大きな仕事をするので、ハゼた時に危険である。同じ高圧でも水は圧力でほとんど縮まないので、破裂しても、事故になることはない。容器にひびが入る程度のことである。こういうことは学校で習わないのだろうか。

 ジョーダン・スプレッダの前頭部のスキの部分は15センチくらい上下する。先回紹介した動画の中で、踏切で持ち上げている様子が分かる。普通の線路では最大限下げて、レイルの間の雪まで取り除いているが、踏切ではそうはいかない。踏切上に残った雪は結構あるので、押している機関車の雪かきがそれを跳ね飛ばす様子も写っている。

 豪快な雪かきの動画があるのでご紹介する。日本のラッセル車は左右にかき分けるのを旨としているようだが、アメリカのラッセル車は、雪を上に持ち上げて撒き散らすように出来ているようだ。
 吹き溜まりに突っ込んで抜き差しならなくなってしまったり、挙句の果てに脱線させてしまったりした動画がいくつかある。この種のラッセル車は蒸気機関車のテンダに水を満載した物を使うことが多い。

 ヤードの雪かきにはジェットエンジンを搭載した車で吹き飛ばすものがある。以前この車輌の写真を撮ったのだがそれが行方不明で、誰にも信用してもらえなかったが、これをご覧になれば信じて戴けるだろう。アメリカならではの発想である。 

追記 
 栗生氏から教えて戴いたジョーダンの特許を詳しく見ましたところ、初期のタイプは空圧式であって、雪の圧力で動かぬよう、ラッチが掛かるように出来ていました。すなわち、雪の圧力が掛かっているときは、羽根をさらに拡げることはできません。しかし狭くする方向は可能です。
 羽根を動かす時は、ペダルを踏むとラッチを外す別の空圧シリンダが作動し、それから羽根を動かしていたことが判明しました。 後に油圧式に切り替わりました。

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2009年12月13日

足尾のフォード

Ashio FordFord Engine 足尾には市内の交通として路面軌道があった。初めは馬車軌道であったが、ガソリン機関車による客車牽引が始まった。
 A型フォードの動力部分を使った簡易な機関車である。そのエンジンが見つかったのでそれをもとに修復したのである。
 須永氏はじめ、けいてつ協会の岡本憲之氏らの多大な努力で復元を成し遂げた。

 当日は、その復元作業を直接担当された市内の自動車修理業の町田洋氏にお話を伺うことが出来た。

 A型フォードの部品はまだ通信販売で手に入れることが出来るそうで、ラジエータ、エンジンフードは本物を使ってある。

 主台枠、キャブ、車輪は、全く新しく作られたのだそうだ。自動車修理業の方は、過去にA型フォードを整備したことがあるそうで、非常に正確な知識をお持ちの方だ。
 さすがにジェネレ―タはやめにして、オルタネ―タにした。すると低速時のトルクが必要で駆動ベルトが滑りそうであったとおっしゃった。
 キャブレタのガソリンはガソリンタンクからの落差で供給されるので、タンクはエンジンより高いところにある。

 その他本物を再生利用されたので、現代の自動車用エンジンとは全く異なる構造であった。点火進角装置も調整しなければならない。

 排気マフラがないので、バラバラバラと軽快な音を立てて走る様子は興味深い。  


2009年12月11日

足尾のIngersoll Rand

Ingersoll-Rand compressors 所用で日光方面に行ったついでに足尾に寄った。目的は精錬所跡の探索とFordの機関車の見学である。

 国内外の鉱山見学は筆者の趣味の一つである。ほとんどは廃坑で、立ち入りが禁止されているが、精錬所跡の探索は楽しい。思わぬものにも遭遇する。

 今回は、須永秀夫氏のご案内でかなりの部分を見せて戴いた。以前はお仕着せの見学コースしか見ることが出来なかったが、今回は自動車で見て回ることが出来、氏の詳しい解説を聞くことが出来たのはありがたかった。

 足尾銅山は古河グループの銅山で、明治大正時代に外国の最新設備を導入している。その中で巨大なコンプレッサが2台収められた建物を見学した。
 中にはIngersoll Rand社のコンプレッサがある。まぎれもなくIRの文字が読める本物である。

この会社名は日本語ではインガソール・ランドとつづる。アクセントは最初の爛ぁ匹砲△襪里猫爛宗次匹鮨ばす必要もないように思う。

 IRはもともとは鉱山用の機械を作る会社であった。コンプレッサはこの会社の主要な商品の一つである。
 一時期、機関車の製造もしていた。HOのボックスキャブの機関車は、鉱山用であった。今でも生き延びている。

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