アメリカの鉄道

2019年05月11日

glaze のこと

 先回 glaze という言葉を出した。現在では glazed と言えば、ガラスが嵌まっているという意味である。アメリカでは、glazedと言えば、甘いお菓子である。ドーナツに融かした砂糖をかけて、つるっとした感じにしたものが、それだ。ナッツにも glaze が掛けてあるものがあって、それは大好物だった。
 glazeの語源は、glass と同じである。透明で、つるりとしていることを表す。艶を出すことだ。

 さて、Floquilという塗料があった。ラッカとは異なり、エナメル系で空気と触れて固まるタイプである。顔料が重金属を含み、環境によろしくないと廃業してしまった。筆者はその前に大量に買い込んだので、当分は足りる。この塗料は重金属硫化物の結晶などを顔料にしているので、粒子が大きく、粗粒面になる。完全艶消しである。艶を出そうと思うと、粒子の隙間を埋めるバインダと呼ばれる成分を増やさねばならない。その成分を含む液体を”glaze”という。たいていは 1 oz 入りの小瓶だが、筆者は 8 oz 入りの缶を入手した。沢山持っていたが、これが最後の一つである。この缶を見たことがある人は、アメリカ人でも殆ど居ないそうだ。普通は1ozの瓶入りである。
 この glaze を入れると顔料の隙間を樹脂が埋めるので、艶が出るから、ディカルが貼りやすくなる。

Glaze 空き瓶の中を綺麗に洗って、小分けしておく。こうしないと使いにくい。今回は8つの瓶に分けた。フロクイルの説明書には5%以上加えるとあるが、30%くらい入れないと艶は出ない。

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2019年04月07日

Forney

 船はニカラグアのCorintoという港に半日泊まった。ホンデュラスに行けなかったのは残念だった。実は拙宅は、ホンデュラス・マホガニィをかなり使って建てている。どんなところか見たかったのだ。

Forny (5)Forny (6)Forny (7) コリントォでは市内見物するのに輪タクを雇った。英語がほとんど通じないので、かなり困ったが一巡りして、機関車があるというところに連れて行ってもらった。
 3 ft 6 inゲージのフォーニィが置いてあった。ごく適当にクレーンで吊ったらしく、サイドロッドは曲がっていた。

Forny (12)Forny (10)Forny (3) 日本の国鉄と同じゲージなのだが、このナロゥ感はすごい。しかしゲージが広すぎる。 この矛盾した感覚が面白い。もともとは3 ft 用なのだろう。それを無理に拡げたのだ。ボイラの低さ、細さが、かわいらしい。日本に持って来て国鉄の線路に載せるとどんな感じなのだろう。

Forny (2)Forny (9)Forny (8) 従台車がこれ以上ないほど簡略化されている。模型の方がややこしいのではないか、と思えるほど簡単である。乗り心地はひどそうだ。

 これで思いがけず叶った中南米訪問の報告を終える。


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2019年03月28日

大陸横断鉄道というよりは

PCRC むしろ大洋連絡鉄道 inter-oceanic railroad と言った方が良いらしい。パナマ地峡を走る鉄道である。地峡は英語では isthmus という。(複数形はisthmi だったが、既に誰も使わない。)
  船内の案内映画で何回も音を聞いたが、筆者の思い込んでいた発音と一致せず、ピンと来なかった。thは読まないから発音は簡単だったのだ。7文字中5文字が子音という珍しい語である。子音が多いのはドイツ語やチェコ語にはよくあるが、英語には極めて珍しいパターンだ。喘息 asthma と同様、ギリシア語起源である。医学用語にはよくある。
 
 歴史的には世界最初の大陸横断鉄道であって、勝海舟らも乗った。長さはせいぜい 80 km弱である。昔はPanama Rail Road  PRRと言っていたが、最近はPanama Canal Railway Company  PCRCと言うらしい。旅客列車は両端に機関車を付けたプッシュプルである。短い区間を往復するので、そうしているのだろう。
 この鉄道は複線で、パナマ運河ができるまでは、世界で最も収益率の高い鉄道であったそうだ。これしかないので、とんでもない高額な運賃を取っていたのだ。通過貨物量も当時、世界最大であったという。今は単線である。
 
PCRC freight この鉄道は広軌であったはずだが、知らぬ間に標準軌化されていた。アメリカの鉄道会社が機関車、貨車を使いやすくするためだろう。旅客列車も走るが、コンテナを二段積みした貨物列車が走っている。長さは60輌程度が最大である。現在は単線である。いずれ複線電化が完成するだろう。

electrifying パナマ運河を巨大コンテナ船が通るのだから、船で運べば良い筈と思うのだが、実際には運河を通れない船もあるようで、鉄道の需要は大きい。輸入した2段積コンテナ貨車を使えば、運送コストが下がるのだろう。現在はKCS  Kansas City Southern Railway によって運行されている。KCSはメキシコにかなりの路線を持っている。  
 ディーゼル電気機関車が走るのだが、一部は架線柱が立ち、電化を目指しているようだ。この地域は水力発電が容易なので、電化のメリットが大きいと判断したのだろう。

 パナマ運河は長らく往復ニ線しかなかったが、新パナマ運河が平行してできたので、通行量は倍以上になったらしい。旧運河の幅は狭く、船の幅の広さは 32 mが最大であったが、新運河ではそれが49 m幅まで許される。しかも喫水が深くなったので、重い船も通れるようになった。

追記 インドの電化された線路をダブルスタックのコンテナ列車が走る動画がある。May.25,2019

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2019年02月19日

LVM の Big John

Big John's この貨車はエポックメイキングなものである。100トン積みのアルミ製ホッパ車はこれが最初である。Southern鉄道の発注により1963年に作られた。

 これらの模型はLVMのキットから作られた。二つ入手したので、何の問題もなく組まれるはずであった。ところが、部材の精度が極端に悪く、ブロックが直方体ではなかったし、側面の板がひどく湾曲して、矯正の方法が無かった。

 20年ほど、キットの箱の蓋を開け閉めしただけで、終わっていた。一念発起して新規に作ることにしたが、使った材料はハッチの蓋だけである。あとはフル・スクラッチだ。
 1輌目は20年ほど前に完成した。車体全体を無垢の木製にした。よく乾燥した材木(デッキの材料のカナダ産イェローシーダ)を正確に削って作った。側面は航空べニアであり、連結部近辺はブラス製である。塗装してすぐ完成した(写真左)。その後多少のウェザリングを施したが、この写真では判らない。

 よくできたと思ったが、無垢は重過ぎた。2輌目も削ってあったが捨てて、中空の箱にした。と言っても10 mm厚の板を組んだ箱である。これはさらに20年掛かって完成した。今回は台車まで塗った。優れたプライマであるミッチャクロンがあるからできることである。いずれ1輌目の台車も塗ることになる。

 このような製作の場合、キット組みになるのか、スクラッチ・ビルトになるのかよく分からない。使ったのは図面とハッチの鋳物である。

 ディカルはもう一組持っているので、いずれブラスで作ってみよう。それほど難しいものではない。最近は3Dプリンタがあるので、細かい部品は作れるからだ。構造体さえできれば、わけなく完成まで持って行ける。 

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2019年02月11日

家畜車を塗る

13 UP cattle cars cattle car 家畜車を塗った。UP色はこれで13輌になった。もう十分である。プラスティック製が2輌、ブラス製が4輌、木製が7輌である。13というのは昔見たこの種の貨物列車が13輌だったからだ。それは1970年代前半のことである。UPの支線でGP9が牽いていた。カブースは側面にドアがあった。Droverが乗っていたのだ。ドローヴァとは、家畜の世話をする人である。この程度の輌数しか世話できないだろう。

 コンソリがある。これが走っているのを見たわけではないが、これに牽かせると似合う貨物列車だと思う。側線に留置しておける長さである。カブースをスクラッチから作り、コンソリを塗って完成させるのが今年の目標だ。

 木製の貨車は素晴らしい。組むのにかなりの手間がかかる。エポキシ接着剤もたくさん要る。塗装は下塗りが大変である。塗料が浸み込むので、サーフェサを浸み込ませて固めて置く。ある程度研いで、中塗りをし、上塗りという手順だ。ブラス製は塗装が楽であるが、金属製の家畜車は良くない。木板の部分を薄い材料で作るので、実感がないのだ。さりとて厚くすると重くて持てないだろうし、シアで切ると切り口がダレる。

 妻と屋根は渋い銀に塗り、赤い文字のディカルを貼る。このディカルもDr.Yに作って戴いたものだ。Champ のディカルはもう手に入らないのだ。

 筆者としては、もう家畜車を作ることは無いだろうと思う。木製キットを組むのは大変で、もうやりたくないというのが本音だ。

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2019年02月09日

貨車の積荷

wheel car flatcarには何か積まないと、妙だ。ジャンク箱に車輪を積む cradle があった。ソフトメタルの怪しい鋳物である。クレイドルは「ゆりかご」であるが、ここでは車輪を載せる。積み下ろしをしていると塗装が剥げるので、下塗りを念入りに施した。ミッチャクロンは効果絶大である。2Lの缶入りを買ってきたので、惜しまず使える。

 O scaleの車輪を積むことにした。あっという間に完成だ。積荷はジャンクの怪しい韓国製の車輪を載せたのだが、フランジの形が気になって、結局のところ、Low-Dを載せている。この写真では、手前から、NWSL、 Low-D、韓国製の順である。積載量から考えると、車輪は2段、3段に積むべきだろう。

depressed center flatcar derpressed center flatcarという貨車がある。1950年代のModel RailroaderにHOのこの貨車を作る方法として、アクリルガラスを切り、木型に挟んでオヴンで加熱して塑性変形させる、という方法が紹介されていた。O scaleでもやってみたが、あまり芳しい出来ではなかった。
 All-Nationという模型屋は、アルミ鋳物を売っていた。価格は$9.99であった。出来が悪く、当時としては高いと感じ、買わなかった。昨年、O scaleのショウでジャンクで$9で買った。50年経つと1割引だ。出来が悪い鋳物で鬆(す)があった。
 パテで埋めて研いだが、感心しない。積荷で隠せばよいと気付き、HOの変圧器キットを組んだ。碍子その他は捨て、運送時の姿に作り替えた。時々、この変圧器キットを組んで、碍子付きで運んでいる模型を見るが、ありえないことである。振動で碍子が折れるだろう。この写真を見て、番号を貼り忘れたことに気が付いた。

 skidを組んで載せた。スキッドはパレットとは異なる。使い捨ての木の台のことのようである。家を建てる時に古い煉瓦を数トン輸入したが、スキッドに載せて来た。スキッドは壊して薪にした。
 冷却装置は外して積む必要がある。その木枠はまだ作っていない。仮にパレットに載せた。この冷却装置を付けたまま、積載した模型を見ることが多いが、ありえない。壊れてしまう。
 筆者が中学生のころ、郊外にかなり大きな変電所ができ、大型の変圧器が多数運ばれていくのを、毎日観察していた。たくさんの車輪を持つシキが使われ、それを運ぶ巨大なトレーラもよく見た。狭い道をうまく通り抜けて、運んでいった。

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2019年02月07日

貨車を塗る 

 博物館の工事は少しずつ進捗している。今信号機を作っているところだ。今月中に配線までこぎつけたい。

 2月9日から神戸で行事があるので、何か新作を持って来いという話があった。未塗装の完成品が40輌ほどあるので、出来れば全部塗ってやろうと準備をした。
frozen 工程表では完成できるはずであったが、天候不順や突発的な事件があって6割程度の完成になった。急に雪が降って、軒先で乾かしていたものが凍結してしまったこともある。

 いずれも貨車で、今回は積荷を考えることが多かった。たかが積荷とは言え、調べると奥が深く、ある程度は見切り発車した。

 トレーラのキットをある程度の数、安く仕入れてあった。組んで形になってから10年以上経つ。手を入れて塗装すれば、立派なものになる。問題は後ろのドアのあたりの工作だ。木製キットだから、細かい造作は接着剤のイモ付けではいずれ壊れる。現に、30年前に組んだものは全て外れてしまっている。
 一念発起して、ドアの部分は薄いブラス製とし、細いワイヤをハンダ付けした。面倒な工作であった。数が多く、相手が木製で寸法が微妙に異なる。修正してきちんとはめるようにして合印を付けた。エポキシ接着剤で貼り付け、下塗りした。

piggyback トレーラは概してアルミ地肌の外装が多く、残りは大半が白だ。白の中ではこのJ.B.Huntが好きで、これを多数作った。ディカルは多少用意してあったが足らないので、Dr.Nに複製をお願いした。側面が滑面のもあるので、それは自作するつもりだ。トレーラはタイヤさえ手に入れば、いくらでもできる。そのタイヤはしばらく前に、ある程度の数安く入手してある。

 Piggybackという言葉は、日本語で言う「おんぶ」だ。決して小豚の背中ではない。ピギーックという発音、綴りを見ることが多いが、間違いである。


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2018年12月13日

covered hopper cars

 最初に住んでいたところがUP沿線であったことも大きな要因だが、このカヴァード・ホッパが好きである。一体何輌あるのか数えたことは無いが、おそらく80輌以上あるだろう。ブラス製、木製、プラスティック製の混合である。博物館が開業したら、すべての roster(在籍表)を作らねばならない。

 先回の大捜索で、ブラス製とエポキシ鋳物製がいくつか発掘された。その話をすると、友人が、
「dda40xさんのところには埋蔵金がありそうだね。」
と冷やかす。確かに、もうないと思っていても、再調査で数輌ずつ発掘される。
 ブラスの定尺板の使い掛けもかなり出てきた。何枚か買ってきて一部を使い、それをどこかにしまって、忘れるのだ。戸棚の後ろの隙間から3枚も出て来たのには、さすがに驚いた。埋蔵金属は、確かにある。
 
 さて、発掘されたホッパは時代がやや古い。1960年代の車輛だ。それらは、Locomotive Workshopの半製品、破損品である。アメリカで安く買ったものばかりである。
 Car Cyclopediaを見ても見つからないタイプもある。そうなると、ごく適当にごまかして作るしかない。塗装して編成に紛れ込ませれば、誰も気が付かないものだ。手持ちのディカルの使える形にまとめてしまおう。

 塗装するだけの生地完成の状態になったものが40輌ほどある。1日に10輌は塗れないので、かなりの日時を要する。これから天気が良い日を選んで、順に塗っていきたい。

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2018年11月29日

watermelon car

watermelon car ACL ウォータメロンとはスイカのことである。スイカを出荷する時に用いた専用貨車がある。友人の Bill が、
「これはOスケールで最も珍しい貨車だぞ。この模型は他に持っている人を見たことが無いんだ。」
と自慢したので、いつもそれを探していた。5年目くらいに e-bay でキットを見つけた。接戦で勝ったが、少々高かった。

 箱の蓋を開けて驚いたことに、それは All-Nation による再生産品であった。オリジナルの良さがなく、ディカルはプリンタで印刷したものが入っていた。図面は不正確で(それはオリジナルと同じ)あったが、材料は直角に切れていた。この程度のものなら、スクラッチから作っても大した手間ではなかった。多分ブラスで作ったろう。
 
 ある程度の形までは出来たが、妻面の通風窓をどうやって作るかが問題だった。様々な方法を考えた。伊藤剛氏の手法で斜めの部分を揃えて作ることも考えたが、あまりにも大変で、そのまま10年以上、棚の上で昼寝をしていた。添付された図面の寸法はいい加減で、その通り作るとおかしなものになっただろう。通風窓の大きさが小さかったのだ。

ventilators 先日 3D プリンタの話が出たので、ついでにこれもお願いした。できて来たものは、実物通りのフランジが付き、完璧なものであった。これは高精細のアクリル製である。斜めのシャッタ板はS字断面を持っているので、それを滑り込ませ、エポキシで固めた。妻板の孔を拡大し、取り付けた。サイズは1辺が15 mm弱だ。黒いのは側面をダイヤモンドヤスリで磨った時の粉である。

watermelon car3watermelon car2 これらの角度から見ると、なかなか素晴らしい。小さなものなので、寸法を揃えて手で作るのは難しい。こういうものこそ3Dプリンタの効果が出る。
 ここまで来ればできたも同然で、後は通風扉である。風通しの良い格子になっているので、細い線を正確にそろえて張る必要がある。機械加工で作れば自然に揃うだろう。0.5 mmのエンドミルで溝を彫り込めばよいのだ。
  
 扉は密閉扉と通風扉とが選べるようになっている。即ちレイルは開口部の左右に伸びていて、2枚の扉が動く。この貨車は、輌数が少ないのに、ヴァリエィションが多いようだ。どの写真を見ても形が違う。

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2018年11月09日

red cabooses

 ”Red Caboose” と書くと、どこかの模型屋の商号である。あるいはカブースを改造してホテルにしているところもある。

 これらはQuality Craftのキットから組んだものである。何とも言えない雰囲気があり、筆者の好きな車輛群だ。カブースは木製のものが良い。スティール製は味気ない。問題は台車である。ぴったりのものが見つからない。既存のコイルバネのものでごまかしているが、いずれ取り替えたい。

Erie Railroad caboose Erieのカブースは筆者の最初の作品である。多分1977年製だろう。ちょうど事故車のErie の Heavy Pacific K5aを手に入れた直後だ。機関車は、徹底的に作り替えてよく走るようにしたが、まだその時は客車がなかった。仕方がないので短い貨物列車を牽かせて遊んだが、カブースを必要とした。このキットが入手できた時は嬉しかった。Ambroid Cementで組み立ててある。塗装はフロクイルだ。

B&O caboose B&O I-5タイプは、その10年後くらいにEM-1を入手した時に作った。台車には困った。合うものがないのだ。ごく適当にAndrewsを付けているが、誰からも指摘を受けていない。
 写真を見て手摺に白を入れた。黄色のものが多い。 ウェザリングしていないので、赤が鮮やかだ。


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2018年10月18日

pole lines

 6日のクイズのお答が2つだけであったのは、寂しい。例によってrailtruck様が正解である。

 友人から、一袋のホワイトメタル鋳物を貰ったのは、もう20年も前のことだ。それが何かわかるまで、しばらく時間が掛かった。ガラス製碍子である。透明感のある塗料を塗ればガラス風に見えるかもしれないという製品だ。

pole linespole lines2 最近博物館で図書の整理をしていると、様々な資料に行き当たる。1970年代のNMRAのData Bookというものがある。模型の工作法、模型の電気回路、実物の情報など、ありとあらゆることが載っている。最初の二つは既に殆ど価値がないが、実物の寸法などは役に立つ。電話ボックス、電柱、その他鉄道関連施設の寸法は、有難い。

poles その中で電柱(信号線)のいくつかの例があった。材料は丸棒と角材である。それとNBW  (nut, bolt, washer) もあると良い。NBWのロストワックス鋳物は最近どっさり発見された。丸棒は白木の箸を電気ドリルに銜え、サンドペーパで細くした。角材は薄板から挽き出した。図面通りにしたら、かなり細い。そのままオイルステインに短時間浸け、乾かした。こうすると表面に膜ができて、上塗り塗料を節約できる。
 あっという間に数本のサンプルができた。塗装してから碍子を付ける。

 今までNBWを使ったことが無かったが、これは便利である。釘の代わりになる。下穴を細いドリルであけて、強く差し込めばよい。もちろん接着剤を付けてだ。こういうものはばらつきがあると良くないので、型紙の上で作った。

reverse sidefinished poles 碍子はガラス製だ。無色のと緑色とがある。塗装後に水性接着剤で付けた。触らなければ落ちることはない。この接着剤はアメリカで買ったもので、硬化後は水に溶けなくなる。拡大すると粗が目立つが、普通の鑑賞距離ではそれらしく見える。

 電信柱はプラスティック製を大量に持っているが、あまり良くない。遠くの方は良いが、観客席に近いところはこの木製を使いたい。問題はこの碍子である。手に入らないので、作らねばならない。ソフトメタルか、ブラスの挽物にするかだ。どちらが安いだろう。   


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2018年08月01日

職人たち

 PFM-NakayamaのUP7000は有名である。手際よくまとめられている。ボイラの上端の高さの線が、実物通りだ。それほど細かくはないが、繊細な仕上がしてある。

 実は中山氏には1987年に、3回ほど会っている。中野区大和町に在住であった。その頃はもう引退して、お孫さんと遊んでいた。また、目が悪くなってもう仕事はできないと言っていた。作業場をみせてほしかったのだが、仕事をやめたのでつぶしてしまったと言う。その場所は駄菓子屋になっていた。眼光鋭い職人を想像していたが、穏やかな長身の好々爺であった。つぼみ堂系列の職人だったようだ。
 「あのUP7000は素晴らしい。」と告げると、「写真と図面を渡されたから、その通り作っただけですよ。大したことは無いです。動輪は何かの流用ですよ。」と言った。確かにこのボックス動輪は、あまり感心しない。Mohawk L4b の動輪に孔をあけ足したような感じだ。聞けばOゲージもいくつか作っていて、その中にMcKeenもあった。

Ken Kidder McKeen 残骸が転がっていたので、お願いして簡単に修復してもらい、相当額で購入した。後部台車はないとのことで、それは自作した。
  
McKeen この McKeen の屋根は叩き出して作ってあり、そのすべての面にリヴェットが打ち出してある。なかなか難しい細工である。また、窓は糸鋸で切り抜いてあり、曲げた真鍮線の縁取りが付いている。
 現在はDCC化してあり、内部には3つのデコーダが載っている。走行、はずみ車、音声用である。マーカーライトには小型電球を入れたが、現在のLEDを使えば、もう少しうまくまとめられる。更新が必要だ。


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2018年07月02日

cabooseの台車

 カブースを手に入れると、懸案事項が一つ増える場合が多い。カブースの台車は客車と同等の乗り心地が必要だから、減衰力のあるリーフ・スプリングを必要とするからだ。
 台車が手に入れば良いが、そうでない時は作らねばならない。たまたま手に入れたリーフ・スプリングの鋳物を切ってハンダ付けする。大きく飛び出させると良い。鋳物が無い時は、薄いリン青銅を曲げて作る。末端の部分には針金を入れて締め、それらしくする。何か出ていれば十分であると考えている。

 伊藤剛氏が、「ペチャパイではいけません。少し誇張するぐらいに飛び出させていいのです。」とおっしゃったので、それを守るように心懸けている。
caboose truck 2caboose truck 作例は Lobaugh のベッテンドルフのカブース用である。鋳物の出来が良くなくて、リーフ・スプリングがほとんど飛び出していない。フライスで切り込んで四角の穴をあけ、そこに直立するようにリーフ・スプリングの半分を立ててハンダ付けする。比較的大きな鋳物であるから、ガスバーナで加熱して完全にハンダを浸み渡らせる。


 ロボゥのカブースは重く、500 g 以上あるから、ボールベアリングが必要である。座グリドリルで沈めて、取り付けた。
 ボールベアリングを取り付ける時に、台車枠の中で車輪が左右に動かないように、ぎりぎりの寸法にする。こうすると走行が安定する。また、センターピンには薄いゴム板のワッシャを挟むと、音が静かになる。

2018年06月30日

laser-cut のキット

 先回紹介したキット以外にも、レーザ・カットのキットはたくさんある。日本にはまだ少ないが、アメリカではよく売れるので、多種のキットが出ている。

 BTSという会社がある。社名は社長の名前からきているはずだったが、
大きく"Better Than Scratchbuilding" とある。「自分で作るよりも良い」ということである。縮尺は自由だから、N, TT, HO, S, Oの各サイズが出ている。建物のキットは素晴らしい。

 日本では、まだレーザ・カットはガレージ・キットの範囲を出ていないように思うが、この会社はかなり大規模にやっている。友人が組んでいるのを見せて貰ったが、とても良い。
 これなどは素晴らしい出来だ。

 車輛は好みの問題があって何とも言えないが、ストラクチュアはどれをとっても、よく出来ていると感じる。日本のメーカも参考にすべきだ。
 金額的にはかなり張るが、完成すると素晴らしい。

 都市部の高架橋などは、レーザ・カットの最も得意とするところだろう。HO以下なら薄い航空べニアで十分だろう。あるいは、プラスティックでも良い。
 曲線部は直線を組合せて作っているようだ。井桁で承けているところもある。

 Oスケールでも合板製だ。鉄板製の方が安くできるはずだ。
 今計画中の扇形機関庫はかなり大きなものだから、剛性を持たせなければならない。骨組みを4 mm程度の板から切り抜き、屋根、壁は0.8 mm程度にする。窓枠は0.5 mmで作ると良いだろうと思っている。
 これから工場と相談するが、筋彫りができれば煉瓦の目地を表せる。

2018年06月28日

cabeese

 caboose の複数形である事になっている。foot と feet、goose と geese の関係から、導き出された言葉なのだが、実際にはあまり聞かないし、こちらが使うと、相手は一瞬ドギマギする。”通”ぶっていると思われるのだ。アメリカ生まれでもないのに、アメリカ人の一部しか知らない言葉を使って、ウケを狙っているように思われるのだろう。cabooses という言葉を使うべきだと思う。
 一部の会社では crummy または crummie(複数形は crummies)とも言う。作業車という意味だ。 
  
 博物館へ少しずつ引っ越しをしているが、最近 "cabeese"と書いた箱を開けたら、ずいぶんたくさん出て来て驚いた。ブラス製もあるし木製キット組みや、自作もある。機関車を手に入れると、その鉄道のカブースを必ず手に入れて来たし、UP, SP, ATSFなどは各種ある。高いものは買っていないが、総数25輌以上で、ヤードのかなりの面積を占めてしまう。

cabeese このカブースは、CB&Q鉄道の木製である。Mullet River というレーザ加工の店が出していたキットで、かなりの細密度を持つ。今は廃盤になっている可能性が高い。HOもある。下廻りは2段エッチングの凝った作りで面白そうだが、工作は面倒である。
 どういう訳か組掛け品が捨値で出ていた。見ると、作り間違えているところがある。糸鋸で切り離して作り替えて、仮台車に載せた。工作のスキルはあまり良くないが、なんとか見られる程度に修復できたので良しとする。

caboose interior 内部もある程度付いていて、面白そうだが、木製なので異常に軽い。台車無しで100 gもない。補重しなければならないが、内装があると錘を入れる場所がない。座席やトイレ、物置を壊してその中に鉛を5.5オンス(約150 g)押し込み、エポキシ樹脂を流し込んだ。衝突時に錘が外れると大変だからである。重心が真ん中に来るようにするのは意外と難しい。あと、ストーヴを旋削して入れねばならない。
 当初は金隗でも入れないと無理と思ったが、鉛でも何とかなった。この錘の出どころは、Micromarkだ。チョコレートのように切れ目で割ることができ、一つが1/4オンスである。随分昔に入手したものだが、役に立った。現在のところ、台車込みで355 gで、標準質量である。


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2018年05月20日

禿臍凹羯瓩竜事

 栗生氏のブログに禿臍凹羯瓩亡悗垢覽事があった。筆者も禿膸瓩涼作には興味があったので、ある程度はピックアップしてある。65年以上前の雑誌であり、著作権の問題がないので、複写してUPする。趣味者は助かるはずだ。意外なことがたくさん書いてある。最近の鉄道雑誌の記事は、また聞きの話が多い。この時期は当事者が書いているので、信憑性が高い。
 
Pictorial 1 1951年の鉄道ピクトリアル創刊号である。C62についての記事を書いている。C62 が現れてまだ3年ほどしかたっていない時期で、その成功は国鉄内部でも誇らしかったのだ。アメリカ流の発音のハドスンとあるのが興味深い。
 この号の半分はアメリカの鉄道の紹介である。おそらく占領軍の意向が働いている。アメリカのものを貧しい日本国民に見せつけるためだ。

 山陽線にはまだ入っていない時期である。記事は淡々と書いてあるが、日本に初めて出現した 4-6-4 を紹介するにあたって、執筆者自身の興奮を抑えきれないところも見える。 

Pictorial 3 この号は9,10月の合併号である。最初の1年は、まともに月刊では出ていない。
 アメリカの鉄道を見てきた時のことを紹介する記事である。蒸気機関車とディーゼル電気機関車の両方に添乗しているところが面白い。この当時、蒸気機関車はかなり老朽化していたことが分かる。ディーゼルは車体の長さが大きくて不利とある。また最低速を下回るとモータを損傷することも問題視している。
 また、ガスタービンの効率が良いと過大評価しているが、それは調査不足だろう。安い燃料を使えるということが、最大の利点だったはずだ。

 しばらく休載させて戴く。家族の用事でしばらく出掛けることになった。6月の第2週には再開できるだろう。ついでにSan Joseで開かれる O Scale West にも顔を出す。講演を指名されていて、行かざるを得ない。光栄なことではある。


 宮崎氏のご指摘を検討しています。とりあえず表紙だけの公表とします。現物はあるのですが、触ると崩れそうで、開く事もままならない状況です。
 博物館が開館しても初期のTMSやピクトリアル、戦前の科学と模型等は開架では公開できません。ウェブ上で公開できれば有難いのですが、これでは宝の持ち腐れです。今出先で画面も小さく、キーボードが使えないので、簡単な記述に留めます。


2018年04月28日

plain truck, drive truck

 台車にボールベアリングの車輪を嵌めてみた。

plain truck, drive truck 台車は二種類あって、標準品と駆動用がある。後者のホィールベイスは少々長い。モータの重さが掛かる分、イコライザの中心ピンの位置が異なる。
 本物は24インチ径だから、12.7 mm径になるが、12 mm径にした。軸は Φ6 を旋盤で挽いて、作った。この写真は仮組みであるから、まだ全く仕上げてない。
 曲率は計算通りで合っている。滑らかに動くはずだ。

 図面らしきものがある。3面を表しているはずであるが、どれも一致しない。やはり単なる仕様書なのだろう。この図を見ると、ガーダ橋の下に台車が来るが、イコライザ・ピンの位置も描いてない。
 完璧なスケール・モデルを作る積もりでは無いので気楽に行きたいが、どの図面を見ても違うことが描いてあると、気分は良くない。

2018年04月18日

operator's cab

 転車台の運転室 (cab) には規格があるようだ。手元にある図面のようなもの(多分、仕様書?)には、UP204 という番号が書いてある。おそらく、UPの common standard の番号であろう。それを探し出すことができれば、かなり詳しい図面があるはずだ。この図には各種の鋼材の寸法が示してある。発注時に使用するものだろうと推測する。

operator's cab foot print キャブは I 字鋼で支えられている。よく似た寸法のチャンネルを貼り合わせて作った。それに床板をハンダ付けした。キャブの扉は吊戸である。壁は金属製のようにも見える。窓枠は木のようだ。
 入り口から出たところにデッキがあるが、その支えの鉄骨は無い。ということは枕木の延長である。枕木を延ばしてそこにデッキ材を張ることになる。手摺は別個に付けられている。

 デッキの上には長いテコが出ていて、それで回転橋をロックする。大戦中は男手が足らないので、女性がその仕事をしていた。戦時のキャンペーンのカラー写真がある。写真写りが良いように、赤いブラウスの白人女性である。投入されたばかりの Big Boy の転換をしている写真はよく見たが、その原版がカラースライドであるとは思わなかった。
  照明の向きに注意されたい。レイルを合致させるときに必要な光だから、外に向けてあるのだ。キャブは黒である。1950年代の写真では赤く塗ってあるものもある。   
 不思議なのは、シャイアン、グリーンリヴァ、オグデンの3箇所にビッグボーイ用のターンテイブルが設置されたと書いてある本が多数だが、この写真はララミーで撮られたものだそうだ。珍しく、このキャブは浅い切妻である。   

2018年04月12日

続々 guard rails 

 guard rail の先端をブラス製の別部品にして銀ハンダで付けた。全体を下向きに曲げて底をベルトサンダで磨った。調子よく削れて行ったのだが、突然ばらばらになった。洋白レイルは熱伝導が悪いので、摩擦熱が溜まって、ハンダが融けたのだ。仕方がないので拾い集めて、丁寧に手でヤスリ掛けした。
guard rails 耐熱板の上に並べて押え、再度ガスバーナで焙って付けた。昔この形の先端を見て、いつか作ってやろうと思っていたのだ。
 仮に置いてみた。枕木、レイルの位置関係はでたらめであるのはご容赦願いたい。レイル高と同じ厚さの板を貼りつけ、20度くらいの角度で下に曲げて、レイルごと削ってある。

 Oスケールの模型では、護輪軌条があると、脱線しない。片車輪を持ち上げて外に滑らせても、内側が引掛かっていて、落ち込まない。外の車輪はフランジで走っている。そのうち元に戻る。ガードレイルはいわゆるフランジウェイよりかなり広いが、模型のタイヤは厚いので、その隙間にタイヤが落ち込まない。完全なスケールの車輪ならば、はまる可能性がある。即ち脱線した状態になるだろう。それが本物の状態である。要するに、本物は脱線することを前提に、逸脱量を建築限界の中に収めるのが目的であると結論できる。

 博物館のレイアウトの周回線ができてから、かれこれ2年近く経つが、脱線はほとんどない。この一年以上無事故だ。一部の車輛のフランジにはフェルトペンで薄く印を付けてあるが、それが触った形跡もない。フランジで曲がっているのではないのだ
 そう信じている人もいるが、模型の遠心力の効果を計算するべきだ。フランジが当たるわけがない。ステンレスの摩擦係数が小さいことが大切なファクタだ。

2018年04月10日

続 guard rails

guard rails 護輪軌条の図がある。これはPaul Mallery氏の
Trackwork Handbook の中にある図だ。

 上の図はごく一般的な単線の場合だ。2本のレイルが熔接されて尖っている。橋の入り口からかなり出ていることが分かる。

 中の図は複線で護輪軌条が各1本ずつの場合だ。これは脱線時に橋の構造体にぶつからないためのものである。中心方向に寄ることに対しては全く考慮していない。through girder橋は進行方向に衝撃があると落橋する可能性が高い。この図はバラストが敷いてあるときの場合だ、と注釈にある。 

 下の図はバラスト無しの場合で複線の時である。複線の中心線に、ガーダー橋の構造物があるので、それに衝突しないようにしてある。いわゆる三主桁である。進行方向が決まっているので、尖っている方向はそれぞれ一方向である。

 ガードレイルは使い廻した古レイルを使う場合が多く、そうでなくても細いものを使うことが多い。日本の護輪軌条は橋から外の方向にそれほど長くは伸びていない。

 走行レイルとガードレイルはある程度離れているから、車輪が限界まで偏倚しても、ガードレイルに接触することはないようになっている。


2018年04月04日

続々 架橋

bridges2 中間の pier(橋脚)を煉瓦で、という話もあったが、煉瓦ではとても持たない。reinforced concrete 鉄筋コンクリートでないと圧潰してしまう。煉瓦ではこの3倍の断面積が必要であろう。 線路の隙間に立てる薄い橋脚なので、RCにせざるを得ない。

 トラス橋とガーダ橋が接続するので、支承の高さが異なる。また、角度があるので、その掛かり具合を計算するのが面倒である。
 遠くの方に板を立て、その中心の的に測距のレーザ光を当てる。そうして三角測量をしたのだ。面倒ではあるが、正確に測定出来た。計算値が現実の値と一致したのには、感動した。

 当時の配筋の図面を見たが、現在の日本の物に比べるとかなり鉄筋量が少ない。地震の少ない国であるから、垂直荷重しか考えていない。上から押されて潰れないように、樽で言えばタガの部分の配筋は考えてある。異型鉄筋がなかった時代であるから、鉄筋の先はすべて曲げてあった。鉄筋は3/4インチ径(19 mm)であって、かなり細いと感じた。

 この種の橋脚には、様々な装飾が施されている。アール・デコの時代であるから、当時のデザイナが工夫をして作ったのだろう。
 田舎の鉄道橋の橋脚など誰も興味を示さないとも思うのだが、この種の装飾が施されていたのは興味深い。この写真ではまだ、装飾が付いていない。 

2018年04月02日

続 架橋

bridges 不陸とは何か、という質問を受けている。読み方は”ふろく”である。”ふりく”という人もいるが、本来の言い方ではない。平らな屋根を陸屋根というが、これも”ろくやね”が正しい読み方である。床材などの接合部が、厚さの不揃いで凸凹していることを指す。
 日本では鉋で仕上げるのが普通だが、アメリカ人は巨大なベルトサンダを持って来て、全体を削り落とす。日本では、体育館などの床を仕上げる時に使う機械だ。
 細かいところは今回紹介した機械や、入り込んだ角を削る機械で削る。筆者の家の床は自分で張ったので、この種の道具を複数持っている。アメリカの床材はこのように削ることを前提にしているので、日本製のように厚みが完全に一定でない。出力が大きな機械を廻したままにすると、床にめり込んでいく。これは冗談ではなく、本当に起こることである。それほど削る力が大きい。

 今回のように角度を付けた仕上がりにするときは、角度の基準になる部材を所定の位置に取り付けて、その端面が出るまで当てていればよい。もちろんワークをどうやって固定するかは、かなりの問題である。作業台に専用の留め具を付け、作業台を足で踏んで作業する。相当な力が掛かる。

 合板の端面には無数に穴があいているので、油性ニスをたっぷり浸み込ませて2日放置し、固める。そうすれば、塗料が吸い込まれないから、下塗りをすることができる。

 護輪軌条はやや細いレイルを取り付ける。先端の形に悩んでいる。日本では内側に曲げただけのものが大半だが、アメリカでは左右二本を熔接したものをよく見る。また、下に曲げて、砂利に潜らせているものも見る。脱線したものをすくい上げることを考えているのだろうか。それだけ脱線が多いということなのだろう。

2018年03月21日

続々 signal bridge

 signal bridge は荷重を載せることを考慮していない。もちろん信号装置、保守の人間は載っているが、それ以上のものではない。むしろ風によって倒れないようにすることが、主目的であろう。桁の部分に当たる風は、かなりの力で押し倒そうとする。即ち垂直荷重より、倒壊に対する抵抗力を大きくすることを主眼にしているのであろう。  

 太いH鋼で作ればよいだろうが、それほどのものでもないので、チャンネル材で作って、倒れないように補強を入れたのだろう。トラスにすると接合部に大きな力が掛かるので、全体に力が分散する方法を採ったのではないだろうか、というのが知人の橋梁屋の見解である。安く作れたはずだと言う。

 northerns484氏が探し出してくれた google map である。根元の部分の立体構造がよく分かる。Bachmann のものと似ているが全く異なるものであることが分かる。

 現在は加工に手間がかかる方法は採らないので、太い材料をドカンと使うそうだ。塗装も面倒なので、耐蝕アルミ合金を使ってあるものが多くなった。熔接した部材を現場で簡単に組んでいる。

 たくさんの画像がある。楽しまれたい。


 ところで、3月13日の写真に対してのお答は一つしか戴いていない。それは正解であったが、他の読者の皆さんは何だと思われただろう。若い方は見当が付かないだろう。

2018年03月19日

続 signal bridge

signal_b この図面をご覧戴きたい。Bachmannと同じだが、中ほど下の図をよく見ると線が入っている。ということは何かがつながっていることになる。Bachmannはそれを読み取れなかったので、こんな変なものを作ったのだ。誰も指摘しなかったのだろうか。


signal bridge アングルを組んだものではなく、その部分は板である。大きな面積の板を付けることによって強度を確保している。buckling(座屈)が起こらないように補強はせねばならない。この写真の赤線で囲んだ部分である。一体にして、土台と接合してある。
   このBachmannの右側の縦の細い材料は、浮いている。これが違和感の元だ。


DSC07907 PSCが韓国か中国で作らせている信号橋は正しく出来ている事もお知らせ戴いた。これを見ると安心する。これなら倒壊しにくい。しかし、ハンダ付けが怪しそうだ。
  


 博物館の信号橋はすべてプラスティック製であるから、いずれ壊れてしまう。ステンレス薄板をレーザで切ったものにするつもりだ。northerns484氏に作図をお願いしている。 

2018年02月01日

走れ!!機関車

走れ!!機関車 アメリカの子供向け絵本の翻訳書である。往々にしてこの種の本は鉄道マニアから見て、面白くなく、間違いが散見されるものである。しかし、この本は違う。鉄道マニアが読んでも面白い。翻訳の間違いらしきものもない。northerns484氏から紹介され、長らく書店で探していたが、ついに見つけることができなかったので、通信販売で購入した。

 ネブラスカ州オマハから、サンフランシスコまでの鉄道の旅ができるようになったのは1869年である。開通直後のユニオン・パシフィック鉄道、セントラル・パシフィック鉄道(のちのサザン・パシフィック鉄道)に乗って大平原を越え、山地を抜けて太平洋岸に到達する様子が、淡々と、しかし躍動感ある記述と絵で表されている。

走れ!!機関車2 筆者はこの沿線を何度か車で往復しているから、様子はよく分かっている。その風景は150年前も今も変わりがない。この絵はネブラスカ州のノース・プラットの東の方だ。本当に何もない。今も同じだ。ただ、線路が複線になっているだけである。

 途中の食事の様子、トイレの様子、連結手が危険な仕事をしていることなどを紹介している。チキンのはずなのに、プレーリードッグの味がしても質問してはいけない、とあるのには吹き出した。
 気になったのは、挿絵の中の看板などが日本語に書き換えられていることだ。子供向きだから日本語の方が良いという判断だろうが、元のままにして、下に訳を付ければ良かったのに、と思った。

 アメリカの歴史の中で、鉄道の敷設というのは非常に大きな部分を占めている。鉄道がなければ、あの巨大な国は機能しなかったのだ。

 英語版を発注した。1週間で届くというから驚いた。


2017年09月30日

Platform を作る

 Dennis は、「お前のところは、まだ駅が作ってないな。」と言う。彼は筆者のブログを克明に見ているようだ。
「この支柱を持って帰れ。」と言う。13本貰って、12スパンの上屋を作ることにした。ロストワックス鋳物のかなり頑丈なものである。一つ 130 gもある。

umbrella この種の支柱を英語でUmbrella と言う。傘である。台風でひっくり返った傘の形だが、そう言う。また「辞書に載ってない。」と、文句を付けられそうだが、しょうがない。3/16インチ(約4.7 mm)径の基礎に挿す棒も付いている。”umbra”は影という意味のラテン語である。ヘンデルの有名な歌に「オンブラ・マイ・フ」というのがある。「(気持ちの良い)木陰で」という意味だ。
 
 Raton の駅でプラットフォームを見てきた。レイル面から 10 cm 程度高いだけだ。列車が来ると、高さ 20 cmほどの台を置いて、客車のステップに上るのだ。
 プラットフォーム自体は箱型にするつもりだったが、作るのが面倒だったので、15 mm のシナ合板を幅を揃えて切って、貼り重ねた。色はコンクリート色を調色して手塗りした。わざと刷毛目を付けてそれらしくしたが、目立たない。地下道らしきものを作る予定だ。出入り口の階段を数段付ければ、それらしく見えるだろう。
 この厚さの合板は、長い端材をたくさんもらってある。ご希望の方には差上げている。

 アンブレラの色はずいぶん考えた。ロス・アンジェルス駅のアンブレラはオレンジ色であった。かなり目立つから使えない。昔オグデン駅で見たのは濃い緑(クロム・グリーン)であった。その色を調色して、塗った。かなりの艶消しだ。屋根は1 mmのアルミ板に溝を切って、押し曲げた。アルミ材は軟らかいので薄い板では平面が出ない。当初0.5 mmの板で作ったが、すべて作り直す羽目になった。


2017年09月28日

poling

 アメリカの蒸気機関車のパイロットとテンダ後部の連結器梁には、必ず付いている凹みが poling pocket である。Big Boyにさえも付いている。この凹みの中心線は外向きであるのだが、魚梁瀬森林鉄道のシェイのポケットはどういうわけか上を向いている。 輸入したものの、部品を組み付けるときに意味を計りかねて、上向きに付けたのだろうと推測する。当時の日本では、ポーリングを誰もやっていなかったのだろうし、その後もやっていたという話は聞かない。

 その凹みに木製の棒を当て、相手の貨車の端梁のポケットに合わせる。そうしてそおっと押せば貨車は動き出す。棒は、力が掛からなくなれば落下する。田舎の側線ならそれで全く問題ないが、大規模なヤードでは、落下した丸棒が事故の元になるだろう。

S5_Poling_Car_No_data 落ちなければ問題ないわけだから、専用貨車の側面に関節を作って一端を付け、重心を小さなクレーン等で支えたものが現れた。それがpoling carである。この専用車を用いて、poling はより安全にはなった。この写真は L&N 鉄道のものであるそうだ。紐で棒を吊っている。この写真はMRの掲示板から借用している。

 しかし、1970年頃に何かの法律ができたらしく、大手の鉄道会社ではポーリングは廃止されたようだ。筆者の持っていた Indiana Harbor Belt の 0-8-0 のテンダにはこのpoling poleが専用のホルダに掛けてあった。

 Pennsylvania州のEast Broad Topというナロゥの保存鉄道では、このポーリングをやっていた。実際に筆者の目の前でやったのを見た。棒を手で抱えたまま推進したから、棒は落ちない。2002年頃の話である。商業鉄道では禁止されているのだろうが、観光鉄道にはその法律は及ばないのだろう。

 筆者は、この poling car を用いて、さらにもう一つ向こう側の線の貨車を動かす話を聞いたし、何かの文献でその図も見た。そのことを紹介する記事を、さるサイトに書いておいたのだが、文献が見つからないから誤りであると、削除されてしまった。否定の証明ほど難しいものは無いのだが、ご理解戴けなかった。今回、デニスに話を聞いてみた。
「その写真を見たことはないが、当然やっているだろう。出来ることはやらないわけがない。しかし危険な作業だから、やったとは言えないだろうな。」ということであった。読者の中でそのような文章、写真、図などをご覧になった方はお知らせ願いたい。

2017年09月22日

またまた Abo Canyon

Southern Transcon Abo Canyon についてもう少し書きたい。Trains という雑誌に何か書いてあったことを思い出し、探した。表紙に出ていたのですぐ見つかった。2007年の4月号だ。

 Santa Fe鉄道の大陸横断線は1888年に開通して(UP、CPの1869年に続く、二本目)いるが、それはRaton峠を越えるものであった。あまりにも急勾配で大量輸送には向かなかった。それで、1907年3月にClovis方面に抜ける新線を開通させたのである。緩勾配で鉄道の特性を生かせるものであった。現在は事実上複線化され(Vaughnの西の数マイルが工事中)、交通量は莫大である。北廻り線は40%ほどしか複線化されていない。

 Raton峠の線は、既に役目を終えているような気もする。歴史的に大切な峠であったが、もう昔の話だ。新しいトンネルは旧線の脇に掘ったので、動画をよく見ると塗り込めた旧トンネルがちらりと見える。旧線は1.5 mほど高いところを通っている。コロラド側からの画像では左側に見える。本当はそれを見に行きたかったのだ。

 Abo の発音であるが、エイボゥが現地音である。前にアクセントがある。但し、それはSF関係者の発音で、上記のTrains誌にもその発音が示してある。メキシカンの人たちはアーボと発音するが、圧倒的に少数である。
 先回扱ったRatonは、感心なことに日本語版Google Mapではラトゥーンになっている。

2017年09月14日

Cajon Pass の変化

 テキサスのAmarilloから西進し、カリフォルニアに戻った。ロス・アンジェルスの手前で力尽き、Hesperiaに泊まった。BNSFの本線近くの安宿である。夜中もたくさんの貨物列車が通る。

 翌朝、カホン峠を通るのだが、例によってルート66の旧道を通ってみた。道が良くなっている。昔の駅のところは完全に削り取られている。新しい道を作っているのだ。以前の180度カーヴの道は完全になくなる。

Cajon Pass 4 この写真の矢印のところが今度作られる道だ。白い線は昔の山の形である。かなり削ったのだ。線路わきの段になっているところが昔のルート66である。


Cajon Pass 3 峠を越えて西を見ると、こんな調子である。今までの起伏に富んだ道は無くなり、勾配は均一になる。左の方にくねくねしているのが、現行のルート66である。以前よく行ったお立ち台には乗用車で行く道がなくなってしまい、今回は諦めた。

Cajon PassCajon Pass 2 そうこうするうちにBNSFの貨物列車がやって来た。22‰の勾配をあえぎながら登って来る。駅の跡地は信号所になっているが、最近はほとんど通過する。左の方の高いところを走っているのはUP線である。後発の路線は不利な高所を通っているのだ。現在の技術なら、掘り下げることは不可能ではないし、トンネルを掘ることもできるだろうが、その気配はない。
 この区間だけ電化すれば、電力回生ができそうだが、万一の事故を考えるとできないらしい。石油・電気の安い国であるから、というのも大きな要因だ。

2017年09月12日

続 Raton Pass

 シカゴから直接ロス・アンジェルスに向かう鉄道はSanta Feしかなかった時代がある。カンザスを経て、コロラドからニュー・メキシコに入る経路は、この峠を通るしかない。いわゆるサンタ・フェ・トレイル沿いである。 
 その間、トンネルはこの峠だけであるから、機関車の煙突は長くし放題であった。煙突を伸ばすと、通風が良くなり、効率が上がるらしい。トンネルに入るときだけ縮める方法が採られ、普段は1 m弱も伸ばしていた。サンタ・フェの近代型蒸気機関車は、概して背が高く、5 m以上ある。煙突を伸ばすと6 m近いわけだ。

Raton Pass トンネル全体はニュー・メキシコ州にある。北の出口から10 mほど行ったところが州境である。写真を撮るためにあちこち探したが、すべての道路は閉鎖されていた。


Raton Pass 仕方がないので、車で走りながら撮った写真がこれである。全く参考にならない。この区間の最急勾配は35‰で、本線としては、とんでもない勾配である。この線路上から高速道路に向けて撮った動画が、下にある。
 昔の写真を見ると、補機をたくさんつけて押し上げている。50輌ほどの貨物列車に、ディーゼル電気機関車を中補機、後補機を入れて、総計10輌も付けているものがある。
 事実上、この Raton Pass は貨物の通過路線としての価値は、すでに失われたのであろう。YoutubeにAmtrak車内から撮った動画いくつかある。

dda40x at 09:12コメント(3) この記事をクリップ!

2017年09月10日

Raton Pass

 この峠を車で越えたいと、この40年考えていた。Amtrakでは通ったことがあるが、夜中で分からなかった。発音は、″ゥラトゥーン″ である。歌の文句でもそう言っている。教養ある鉄道趣味人は、すべてそう発音する。
 ところが、現地で確認すると、かなりの割合で ″ゥラトウン″というので驚いた。若い人は、ほとんどそう発音する。tone の音と同じなのだ。年寄りはちゃんと、″ゥラトゥーン″ と発音してくれる。綴りからは想像できない音なので、より単純な音に移行しているのであろう。これは仕方がない。
raton 2raton Ratonはスペイン語のネズミの意味である。試しに近くの店でネズミ捕りを買い、メキシコ系の人に発音を聞いてみた。例によって巻き舌であったが、ラトーンに近い音であった。”トウン”ではない。意外なことに、コンピュータのマウスもratonであった(当然か)。  

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 駅に行くと閑散としている。貨車の一輌も止まっていない。既にこの線は旅客列車だけが通るのだろう。線路近くの安ホテルに投宿したが、夜中にも貨物は通過しなかった。
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 町全体が静かで、昔の宿場町としての賑わいは全く感じられない。廃業したモーテルがたくさんあった。


2017年09月08日

Southern Transcon

 BNSFの南回り大陸横断鉄道(transcontinental RR) のことである。シカゴから、Amarilloを経て、Belen Cutoff でCajon峠に向かう。
 Northern Transconは北廻りでGreat Northern路線を通る。一方、UPは何も言わなくても、だれもが知っている大陸横断鉄道である。BNSFは2本持っていることになる。
  この3本が主要な経路で、線路は多少は分かれているが、通るべき隘路は限られている。通行量は膨大である。旅客列車は勾配がきつくても構わないので、これ以外の線路も通るが、長大な貨物列車が頻繁に通るのは、この3本以外にはない。北廻り線は、冬季には雪の影響を受けやすく、その点でも南廻り線の増強が必要であったのだ。

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119_6560 テキサスのアマリロに向かう国道60号は、この南廻り線とほとんど並行している。かなりの数の貨物列車を追い抜き、すれ違った。テキサスとニューメキシコの州境のFarwellという町では、大きな道路を踏切で横切って長大貨物列車が走っている。とても面白いが、危険である。いずれ高架化されるのだろうが、それまでは毎日数十回もその光景が繰り広げられるのだ。

 たまたま通り過ぎる列車を横から撮った。このような撮り方をする人はまずいないだろうという動画である。

2017年09月06日

続々々 Abo Canyon

 Abo Canyonで撮った動画が見つかったのでYouTube にupした。たまたま、短い80輌ほどの列車で、面白くない。機関車は4輌だ。5輌つないでいれば、100輌以上ある。

 YouTubeにはAbo Canyon関連の動画がいくつかある。
 BNSFの広報ビデオは分かり易い英語で、楽しめるだろう。

 単線時代の動画である。規制の無かった時代の撮影で、気楽に撮っている。

 複線運用を4倍速で再生したビデオが面白い。走行方向は自在のようだ。
 
 Belenのヤードを空撮した動画である。ターンテイブルが残してあるのは興味深い。

 ベレンは長閑な街である。

2017年09月04日

続々 Abo Canyon

BNSFBNSF2 待っているうちに次々と来るので、写し損なう事がある。
 この写真で曲がっている線路が在来の本線で、直線が新線である。

 この写真は西の方を向いて撮っているから、曲がっている方は坂を登っている。この撮影地点の背後が峠になっているので、かなりあえぎながら通過するが、対する西向きの列車は、あっという間に通過してしまう。しかも音がほとんどしない。

 連結輌数は120輌ほどであるが、勾配は12.5‰程度であるから、比較的楽そうである。4重連ないし5重連である。

 Belenを通過するこの本線は、Belen Cutoffと呼ばれている。シカゴ ― ロスアンジェルス間のほとんどの重量貨物列車は、ここを通過する。ざっと一日120万トン強である。

2017年09月02日

続 Abo Canyon

Abo Caynon 4 残念ながら、この区間を横から見ることはできない。事前に衛星写真で調べて行ったが、予想通り、どこにも入り口がない。BNSFは線路立ち入りには極めて厳しく対処している会社で、厳重にゲートで仕切られている。例の9/11の事件以降、鉄道に対するテロ防止の観点からの規制なので、下手に逆らうととんでもないことになりそうだ。

 唯一の接点は国道60号が直角に立体交差しているところで、そこからの眺望は限られているが、多少はある。
 車内から見るには、アムトラックが旅客列車を運行しているのでそれに乗る方法がある。あるいはBNSFに正面から取材を申し込む必要があるが、個人では無理だろう。放送会社などにコネクションがなければ、相手にしてくれそうもない。

Abo Canyon 5 アメリカの鉄道ファンの間では、カホン峠、パウダ・リヴァとここが三大聖地となっているそうだ。これは通過トン数による数字だろう。

 相対的には、行きにくい場所である。サンタフェの街に投宿し、車で2時間かかる。ベレンの街からでも1時間かかる。


2017年08月31日

Abo Canyon

 今回はアメリカの南西部の取材が主体である。目的は別にあって、鉄道は添え物であるが、通り道なのでほんの少し、回り道して撮影した。

Abo Caynon 3 元は単線の隘路であったが、近年複線化されたことにより、膨大な貨物列車がここを通るようになった。Abo Canyonはその脇にある峡谷で、小型のグランド・キャニヨン風の様相であるが、見に行くほどの価値は全くない。
 サンタ・フェ鉄道の大陸横断線は、後述するRaton Passを通っていたが、この勾配は急で、最大35‰もある。長い貨物列車は、とても通すことができない。その代替線として開発され、テキサスを通ってシカゴと西海岸を結ぶ重要な線区である。2011年頃、複線化工事が完成して、15分に一本程度も長大貨物列車が通過するようになった。
 この区間は西のBelenで、Raton Pass からのATSF旧本線に接続しているが、事実上こちらが本線になった。
 
Abo Canyon 1Abo Canyon 2 ベレンを出て南下すると砂漠の中で複線に遭遇する。遠くからでも列車がやってくるのが分かる。タイミングを合わせて踏切で撮影すると、間もなく反対側からもやってくるのが見える。それを撮り終わると、また反対側からやってくるのが見える。というわけで、いくらでも撮れる。 

 最近、写真のサイズが妙に大きくなっている。編集して小さくしてあるのだが、大きく引き伸ばされてしまい、粗く見える。あちこちの設定を触っているのだが、うまくいかない。原版のままアップすると、はみ出してしまう。小さくしてもこの程度で、困っている。


2017年07月23日

続 荷物車5輌

inside brake wheel この写真を見て戴きたい。分かりにくい角度の写真だが、内側から妻板の方を見ている。こんな所にブレーキ・ホイールがある。実はその外側にもある。
 ブレーキ・ホイールは裏表にあるのだ。当然同じ軸で廻るから、作動時の回転方向は見かけ上、異なることになる。
 妻の貫通扉は窓無しで、これは防犯上必要なことである。開くようにしてある。

 この荷物車は20年ほど前に入手した。床下も必要以上に出来ていて、配管がたくさんある。プロトタイプの通りに出来ているかは、やや怪しいところもあるが、本当によく出来ている。おそらく作者はUPの職員であったに違いない。そうでなければ気が付かないところまで、作っている。

 ハンダ付けは例によってぼてぼてだが、一応よく付いている。良いフラックスと大きなコテを使っていることが分かる。炭素棒を使った形跡はない。ただし、力の掛かるところに当て板を付けずに、同じ調子で付けているので、剥がれてしまう。ハンドレイルは鉄線を使っているので硬い。車体のボルスタは厚いブラス板を組合せて作ってあったが、台車が廻りにくく、脱線した。当たるところを切り取って、別の方法で台車を取り付けた。もちろんボール・ベアリングを付け、Low-Dに取り換えた。6輪がイコライズしているのが分かる。1.7 kgもある重い客車が、驚くほど滑らかに走っていく。

2017年07月21日

荷物車5輌

 荷物車を複数用意する必要があった。UPの末期の特急旅客列車には、荷物車がたくさん繋いであった。大陸横断の郵便物を満載していたのだ。しかし、1968年あたりから突然その数が減った。すべての郵便物が航空機輸送になったからだ。
3 bags 博物館では、1950年代のUPを中心にコレクションを形成しているから、最大限の荷物車が必要であった。ケムトロンのキットには、80 ftの3軸台車の車輛がある。それを3輌入手した 。

 3輌のうち、1輌はアメリカ人が組んで、塗ったものだった。きれいに塗れているのだが、一部のハンダ付けが甘く、すべての扉が外れていたのを、安く買った。扉を作って、塗料が傷まぬよう低温ハンダで付けた。屋根とサイドの境目が外れたのも直したが、低温ハンダは好きではない。

 2輌目はアメリカ人が組んだのにしてはハンダ付けが完璧であったが、側壁の厚みの分、扉を控えて(recessedにして)つけるのを忘れて、平坦なサイドであった。とても奇妙な感じで、それを極端に安く買った。扉を外して、recessさせた。とても面倒な作業であった。すべてばらした方が、時間的には早かっただろう。

 3輌目は未組キットで、側板が抜いてなかった。糸鋸で切り抜いて、扉をrecessさせた。新品だから、それなりの価格であった。組立ては短時間で終わった。
 Kemtronの客車キットは、60年代の発売だから、今から見るとかなり甘い作りだが、塗って編成にすれば、素晴らしい。それ以上は望む必要もない。

 件の73 ftは、2輌作った。Kemtronのレヴェルに合わせた作りである。編成であるから、細かく作っても仕方がないのだ。 ただ、走行性能だけは最高にしてある。
 この種の窓のない車輛は楽である。2輌を10時間ほどで作った。梯子は祖父江氏のところから来たSANTA FEのテンダ用の足を延ばして使った。これにケチを付けるとは天に唾するようなものだ。
 床下器具は横から見えるものだけを取り付ける。連結面の造作は大切で、それらしく作る。

 例のコメント主がまた書いてきたが、脱力するような内容であった。博物館を開くと、様々な人が来るだろう。客商売ではあるが、断固とした態度で臨む決意だ。幸い、すぐ近くに警察があるので話は早い。そのお巡りさんは汽車が好きなのだそうだ。

2017年07月09日

73’ baggage

73ft bag この荷物車は郵便物の運送用(mail storage) である。出発地点から到着地点まで、扉を開けないこともあるらしい。荷物車は長い 80 ft のと短い 73 ft がある。これはその短いほうである。いわゆる郵便車には、郵便物を行先別に分ける機能を持つものもあるが、これはそうではない。

 荷物車ではあるが、中に簡単な机とトイレがある。したがって水タンクもある。強制換気のファンも持っている。もちろん暖房も入る。短いとは言っても、22 mもある。

 今これを2輌作っている。外形はほとんど出来ている。台車を付けて、塗装すれば完成だ。全ブラス製で、1.5 kgほどもある。もう少し薄い板を使えば良かった。
 床板の背骨は厚い押出しのチャンネルを使った。肋骨に相当する部分は省略しても見えない。ボルスタはまだ付けてない。高さを決めてから、機械で削り出す。
  連結器は長いものを用い、推進時の座屈を防ぐ。
 これを作ったのは、2軸台車をたくさん持っているからだ。手に入りにくい3軸台車を付けたのは、郵便車と長い荷物車である。これらは重いのだ。

 もう一つだけ(片方だけ)3軸台車があるので、それはボイラー車に付けようと思っている。それは暖房用に改造された車輛で、重いボイラと燃料タンクを積んでいるので、片方だけ3軸なのだ。これも窓が少ないので、簡単にスクラッチ・ビルドできる。


2017年06月01日

続 Old Black Joe

OBJ 車体を仮組みした時の様子である。

 二軸機関車である。軸重はある程度大きい。バネを効かさねば、線路に大きな影響が出るし、音がやかましい。懸架方式は種々考えられたが、硬いバネを独立して付けることにした。本線上のフログを通過する時の車輪の上下量が0.5 mm以下であるので、イコライザの必要はないと結論した。コイルバネでは緩衝性がないので、ふわふわしてしまう。機関車であるから、どっしりとした動きが欲しい。
 
 話は変わるが、先日某所で二軸貨車をつないで走る場面を見た。ガラガラと走るのは仕方がないが、ポイントで飛び上がる様子が見えた。実にまずい。「重くすれば良くなりますよ。」と言う人もいるが、それは間違いだ。重くすれば、運転によって線路が傷むし、飛び上がりが無くなるわけでもない。極めてゆっくり動かせば、飛び上がりはしないが、それはもはや鉄道模型ではない。線路が傷むと言うと「そんな馬鹿な。」と言う人がいるが、これは事実である。フログが減る以外に振動でハンダが疲労し、導通不良を起こす。

 二軸貨車はリジッド(固定車軸)でよいという暴論を見たことがあるが、それは走らせていない人の意見だ。たとえ走らせていたとしても、節度のない走り方にも不満を感じない人であろう。二軸貨車こそバネが必要である。そこそこに硬いバネで、しかも緩衝性があれば、実に快適に走らせることができる。これは高校生の時に実験して確かめた。
 小サイズの模型の場合は、ゴムを使えばかなりコンパクトに収められると思う。しかもこの方法なら、前後の台車が多少捻られるようにするのは簡単なはずだ。イコライズ方式でも良いが、音の点ではバネ、ゴムには全く敵わない。


2017年04月24日

再度 teasing

the engine しばらくここに停まっている。架線がないので動けない、というのは大ウソである。
 パンタグラフをひっかけたので、少しゆがんでいる。パンタグラフの最大上昇時の高さは 25 ftもある。アメリカの鉄道の架線高さの最大値は 24 ftなので、これでは高すぎる。少し工夫して、上がらないようにせねばならない。
 すでに信号橋には当たっている。相手が軽いプラスティックだから良かったものの、金属製を導入する予定だから、とても危険だ。 

 信号橋は複線用をつないで接着し、4線をまたぐようにしてあるが、非常に弱い。接着部がぽろぽろ剥がれて来る。副木(そえぎ)を当てているが、いずれ壊れることは見えている。
 新しく、スティール製にする予定だ。これはそう簡単には壊れないので、5線をまたぐようにするつもりだ。プロトタイプを物色している。
 4面トラスのタイプが良い。内部にはXブレイスがところどころ入る。信号機はすべて上に突き出させる。上面は人が歩けるようにし、手摺りもつける。

 倒れると重大な事故が発生するので、路盤に固定する。

2017年04月04日

Ford open top hopper

Ford open hoppers 以前ディカルがだめになって困っていた、あのディカルが手に入った。northerns484氏のご努力で字体を復元でき、Y氏がディカルを印刷してくれたのだ。しかも3輌分作って戴いたので、予定を変更して、3輌作った。

 安達製作所製の新品のホッパがハーマン宅から来ていたので、まずそれを仕上げた。次にキット組みが2輌あったので、大至急仕上げて塗った。このキットは最近は組む人がいないので、捨て値で取引されている。筆者は延べ20輌ほど組んだ。一部はアメリカの友人のところに行った。同じ作りのものを同時に複数台作るのは、本当に楽だ。
 アメリカ仕様では感心しない部分があるので、そこは新しい材料を切って作る。材料と工具がふんだんにあるというのは非常に幸せなことである。

 この貨車は、デトロイトのフォードの工場の主原動機である6000馬力の蒸気機関を動かすのに必要であった。そういう意味では1輌ではおかしなものだ。本当は10輌ほどの一群が居たはずだ。この車両については、資料となる写真が少ない。筆者も何かの本で1枚しか見ていない。カーサイクロは確認したが載っていないから、他の本だ。

 これらのオープン・ホッパは側板の外に骨が出ている。この改良型がオフセット・ホッパだ。それは骨を内側に持ってきて、外板を平坦にしている。すなわち、骨の厚さ分だけ断面積が増す。
 その二つを並べると、容量が同じだが、高さがかなり低くなっている。より重心が低くなるわけだ。 

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2017年02月17日

Athearn の貨車を作る

UP boxcarMP boxcar 作りかけで放置されていたアサンの貨車群に細かい部品を付け、当鉄道仕様の造作を付けた。これらの貨車は、木製の骨組(箱状)にブラス板を貼り付ける工法で出来ている。1輌当たり100 gほど補重して、完成だ。先日の会合に新車をたくさん持って行くと約束したので、先月から毎日1時間をそれに振り向けていた。13輌出来た。これでようやく、作りかけのアサンは一掃された。延べ、50輌以上あるだろう。完全な金属製ではないが、耐久性があり、好きな車輛群である。持った時、全金属製のように冷たいのが良い。

 塗装が問題である。この貨車群のキットでは、側板は塗装済みで文字が印刷されている。それを生かさねばならないので、組み立てたら文字の部分だけマスクして塗装する。フロクイル塗料が指定されているので色が合うはずだが、実際には合わないし、艶が異なる。近い色であれば、ウェザリングすればごまかせるのかもしれない。昔聞いた話では、取り付ける部品をすべて塗装しておいてから、組み立てるという。やってみると、それはできないことに気が付く。部品の穴が全く合わないのだ。すべてハンダ付けするか、接着剤で取付けておいてからマスキングするしかない。先日のEJ&Eも同じである。 
 上の2輌の色は合っていると言える。同じ番号を避けるため、一文字消してディカルを貼る。

ATSF boxcarEL boxcarSCL boxcar 新しいboxcar red の瓶を開け、少し塗って色の合うものを先に塗る。合わない物には少しずつ他の色を足して色調を見る。合えば大したものである。これら3輌は運良く調色が成功したものだ。tuscan red と engine blackを僅かに足している。 

NKP BoxcarCB&Q boxcar everywhere west 努力の甲斐なく、合わないものもある。しかし実物もこれと同じような色調違いのものもある。文字部分だけをマスクして再塗装した場合だ。気にしない人はそれでも良いだろう。

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2017年02月13日

Western Pacific鉄道の貨車

WP boxcar これはウェスタン・パシフィックの貨車である。当鉄道にはWPの貨車は比較的多い。どれも羽根のマークが付いている。走っている谷がFeather Riverであるから、それを売りにしているが、「羽根のような乗り心地」というのは誇大広告であろう。差はないはずだ。
 DF; damage freeを売り物にしている。この貨車には熱絶縁がしてあり、冷たいビールなどをぎっしり入れると3日程は冷たいそうだ。積荷が崩れないように、荷室内部にbulkhead 隔壁を取り付けられる。そうすればハンプで突放しても被害がないという。
 この貨車はアサンではない。旧アトラスの色なしのプラスティック・キットから作った。すべての部品を外し、今様の作りにした。かなりの手間を掛けている。元のキットのダメなところはすべて更新した。床下と屋根を作り替え、側面、妻も手を加えている。一度に複数を仕上げた。WPのディカルは各種持っていたが、この際すべて使ってしまった。もうWPを作ることはないだろう。

 こういう仕事はレイアウトの工事で疲れたときに、帰宅前の1時間をそれに振り向けている。この作業をしながら、レイアウトの工事を反省し、次の日の予定を立てる。 

 転車台の設計を少し変更した。より確実なインデックスができるようになる。時間を掛ければいくつか思いつくことがある。焦らずやりたい。 

追記
 奇しくも、この沿線であるOroville のダム が決壊の危機にあるというニュースが入っている。もし決壊すればこの鉄道は流されてしまうであろう位置にある。

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2017年02月11日

続 express

 高速台車を付けたboxcarは各種ある。中にはとんでもないデザインの台車もあるのだ。Mainline Modeler誌の1989年5月号にこんな写真がある。

Rock Island espress boxcar  これは内側台車だ。どういうわけでこのような台車を採用したのかがわからない。作るのは簡単だが、もう少し細かいところがわからないと間が抜けてしまう。ブレーキ装置があるはずだが、リンク機構が不明だ。

 Amtrakの客車に似たようなものがある。地下鉄の車輛にも同様のものがあるが、これははたしてどうなっているのであろうか。
 内側台車は軸の太いところを支持するので、模型の場合は抵抗が大きい。ボールベアリングを使ったとしても損失が大きく、惰行が少ないだろう。
 細い軸を使った構造にしなければならず、苦労しても得られるものは少なそうだ。

 Allied Fullcushion Truckの採用例の写真が載っている。
Rock Island espress boxcars おそらく、落成時の写真であろう。汚れていない。台車の色が明るい。どんな色だったのだろう。1945年のことである。
 この台車は数年もすると、様々な問題が起き、脱線の原因を作ったと言われている。急速に廃れてしまった。個人的には好きな台車であるが、模型を見ることも少ない。

2017年02月09日

express

RI express boxcar 少々難し過ぎたようだ。これはRock Island鉄道の express boxcar である。椙山 満氏が、
「ロックアイランドには、蒸気暖房配管のない小荷物車があるんですよ。」
と仰って、この写真を見せてくれた。
「色はプルマングリーンです。列車の最後に付けるから、蒸気の管がないのです。」
とのことであった。その写真はMainline Modeler誌にも載っているのを見つけた。
 椙山氏はロックアイランド鉄道がお好きで、研究していらした。
「ロックアイランドには大きな兵器工場があるのですよ。シカゴから数時間で行けるところに、そういう重要な工場があるのですね。」
と解説してくださった。

”Express”という言葉は、単に「急行」と訳してしまう場合が多いが、本来の意味は手小荷物を急送するシステムのことである。日本語に置き換えると、飛脚便のようなものである。列車に急行の意味でつかわれたのは、ずっと後であるはずだ。 

 それが為替業務も行うようになり、電信の開通と共に米大陸横断の金融業になってしまったものもある。ウェルズ・ファーゴ銀行やアメリカン・エキスプレスがそれである。荷物運送会社にFedexがある。フェデラル・エクスプレスであり、これは元の意味が生きているが、創業は1970年代である。いつも思うことであるが、Federalという言葉は、南北戦争の北軍を表す言葉だ。Fedexの会社はTennesee州Menphisにある。これは南軍の地域である。

2017年01月30日

続々 tank cars

Roma Wine このタンク車は別の銘柄の塗装だ。友人から譲り受けた。少々ウェザリングが効きすぎている。この種の貨車は短距離を往復するだけであり、また、会社の看板でもあるので少しは綺麗にしているはずだ。 

 ワインタンカーは圧力が掛かるものではないので、隔壁は平板であるはずだ。骨くらいはあるかもしれない。内側は glass lining してある。グラス・ライニングとは低融点ガラス膜をタンク内に付けたものだ。いわゆる琺瑯引きである。鉄板と内容物が直接接触しないから、ワインなどには適する。

 中身を出す時は空気抜き弁を開く。空気抜き弁はドームの横にある。ドームおよびタンクボディは熱絶縁してある。そうでないと輸送途中にワインが煮えてしまうだろう。 

 博物館で貨物列車を友人に見せたところ、この貨車を目ざとく見つけ、
「石油と同じで、貨車で運ぶのか!」 
 と驚いていた。実際はワイン専用列車があったらしい。それほど長くないとはいえども20輌くらいはあったろう。
 

2017年01月28日

続 tank cars

wine tank car この貨車はワイン専用である。当鉄道では2輌目の導入だ。 ミズーリ州カンザス・シティのワイン工場の専用貨車である。
 当時はトラック輸送よりも鉄道輸送の方が多かったようだ。

 このタンク車はThomasのキットで、随分古いものだ。おそらく1950年代の物だろう。 手を加えて、今様に改造してある。

 この貨車を見て、中身も入っていなければ面白くないという人は多い。ガラス細工でタンク車を作ってみたいものだ。実は筆者はガラス細工は得意である。最近やっていないから腕が落ちたかもしれないが、昔は実験装置はすべて自作した。頼むと高いし、思うものがなかったからだ。

 このタンク車は6槽になっている。どうしてこのような小分けになっているのだろう。6種も運ぶのだろうか。
 ある人が、「それは量によるからだ。なるべく、上の方の空気が少なくなるようにして運びたいので、細かく分けたほうが得なんだよ。」
と教えてくれた。納得のいく説明である。  

2017年01月26日

tank cars

 しばらく前に完成していたタンク車を紹介する。

Tydol Veedol (1) Tydol Veedol (2)非対称なタンク車である。 常識的にはありえない構成で、興味があった。ディカルを入手したのは、もう35年も前のことだ。いつか作ろうと思っていた。
 30年ほど前、プラステイック製のおもちゃのようなタンク車のキットを手に入れた。おそらく、ライオネルの台車と連結器を買って完成させるものだろうと思われる。非常に大味な作りで、あまり面白くない。タンクボディ以外をすべて削り取り、ドームをもう一つ付けた。なんの事はない。タンクボディを丸めて作ればよかったのだ。そうすればスクラッチ・ビルトになった。

 ドームの接着はスーパーXによる。これがなければできなかった。エポキシでは剥がれてしまう。下廻りはキットの構成を大改造した。でたらめな作りで、話にならなかった。
 未塗装で15年ほど寝ていたが、年末に塗装した。

 どうして二槽になっているのかは分からない。諸説あり、潤滑油とガソリンなどとあるが、どれも怪しい。多分潤滑油を二種類だろう。
 Tydol Veedol は、初のTranspacific Flight (太平洋横断飛行)が、1931年に青森県の淋代から行われたときのスポンサであった。機体にMiss Veedolと名前が書いてある。
 今の三沢基地の近くである。どうしてそこになったのかは、単に地理的な問題である。大圏航路で本州としては一番アメリカに近いからである。出発時にもらったリンゴがあまり美味しくなかったので、アメリカからデリシャス系のリンゴの木を贈ったという話がある。それが青森りんごに接ぎ木されて広まったと聞いたが、本当のことはよくわからぬ。

 日本人にはなじみの薄いブランドであるが、アメリカではたまに見る。 この非対称のタンク車は珍しく、どうしても作りたかったものである。

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2016年11月23日

緑の貨車

 当鉄道には緑色の貨車は1輌しかなかった時代が長い。数年前から、かなりの数が発生している。塗料を戴いたので、特に目的の無い車輛は緑に塗っている。ディカルも見かけたら買っているので、いつも在庫がある。というわけで、徐々に増え続け、今では12輌ほどある。

BN Gon ディカルの整理をしていたら、BN gondola(無蓋車)用のディカルが見つかった。いつ手に入れたのかわからないが、ごく一部を切り抜いた跡があった。おそらくジャンク・ディカルを買ったのだろう。
 こういうのは、12袋で$5、などという売り方をしている。貼り方のガイドはちゃんと付属していたので、その通りに貼った。
 例によって劣化していて、テストで水に漬けるとひびが入った。すぐに補強剤を塗ったが、あまり芳しくなく、細かく分かれてしまう。貼るのに一苦労で、普通なら15分で終わる作業に2時間も費やした。ロゴはひびが入ったので、塗料を塗った。濃くウェザリングしてごまかすしかない。

CelotexUnderframe detail この貨車はどういうわけか緑色である。本当は空色のはずだ。実は筆者の塗装ではない。中古を1台$15で買ったものだ。色が違うので、塗り直す予定だったが、あまりにもよく出来ている。それを味わいたいので、破損個所を直し、タッチアップした。BNの色とも多少違う。
 床下のブレーキ装置が素晴らしい出来だ。作者はおそらく、鉄道で働いていた人であろう。こんなところまで、というところが細かくできている。実車に緑のものがあったのかもしれない。
 筆者はこの木製キットを沢山組んだが、床下は見えないので、すべて省略している。これを参考にして、作り足したくなってきた。

Thrall All-door Boxcar この写真は筆者の作例である。何度もサーフェイサを塗って水研ぎしてあるので、金属製と間違える人が多い。 

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