アメリカの鉄道

2021年09月19日

cabooseを作る 4

PRR N6A 気になっているカブースにPRR N6Aがある。これもQuality Craft の製品で、木部の寸法が正確である。すなわち車体はすぐに組めるが、そのまま放置されていた。その先は、相も変わらず難行苦行である。キュポラはソフトメタル製である。突き合わせ部を正確に45度に削り、隙間なく組めるかを確認する。輪ゴムで縛ってエポキシ接着剤で留めた。天井の梁を作り、ネオジム磁石を埋め込む。屋根板はブラスで作り、裏に薄鉄板を貼る。こうすれば密着し、隙間もなくなる。

 キュポラを支えるブレイスを取り付け、細かい手摺を付けていく、この作業が一番大変で、午後全部を費やすことになった。

 デッキの手摺は細いブラスの帯板に孔をあけ、リン青銅線を差し込んでハンダ付けする。細い帯板の中心に孔を開けるには、このOptical Center Punchが有効である。完全に真ん中にあくので気持ちがよい。もちろん細い穴をあけるには、この高速電気ドリルが必要だ。 

 組み終わると、苦労も忘れる。赤く塗ることにした。PRRは時期により、様々な塗りがある。赤かった時期も、その赤はいわゆるカブース・レッドではない。わずかに茶色味を帯びた赤である。

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2021年09月15日

Flanger

DL&H FlangerDL&H Flanger2 レイル間の雪を削る車輌である。スノウプラウを通してから、この車輌の出番である。分岐の無い線区を掃除する。途中に踏切があると大事故になるから、その線区を熟知した人を乗せる必要がある。

OCT.1973 MR この種類の車輌の説明が1973年10月号のModel Railroaderにあった。何度も読んだのでよく覚えている。本物は、レイルの内側を深くえぐるようになっているのだ。
 自作しようと思っていたが、1985年頃 Quality Craftから発売されたので、購入した。製品はこの図の方式ではなく、スキの部分が軌間に嵌るようになっている。ここが低いと実感的だが、当たると脱線する。

 この車輌も着工から30年以上掛かっている。目立つところに置かないとやる気が出ないと思ったので、陳列棚の一番前に置いたが、それでも20年ほど手を付けなかった。無意識に目を逸らせていたのだ。近年、台車を3Dプリントで作れたので、少し手を加えて生地完成まで持ち込んだ。近々塗装する。塗色が意外な色で、驚いている。一般的には、L&HR(リーハイ & ハドスン リヴァ)は青を基調色としている。

 多雪地方の車輛には興味がある。住んでいる地域は冬に積雪がある。日本海側からの雪道(峠を通って雪が吹いてくる通路)の下なので、北陸で豪雪があると、こちらにも少し降るのだ。標高がやや高いので、たまに大雪になることもある。天気図を見て、粉雪が降ることが確定すると、庭に仮設の線路を敷く。雪掻車を出動させて除雪をするのは楽しい。
 とはいえ、Oスケールでも、除雪は難しいものだ。スノウプラウにはシリコーン・スプレイを施し、ぬれを悪くさせると、なんとか掻き分けられるようになる。HO以下ではまず無理であろう。さすがに1番ゲージくらいになると、かなり実感的になっている。

 一時期、本当に除雪できるロータリィ除雪車を作ろうと思っていた。簡単そうに見えても、確実に除雪できるようにしようと思うと、かなり難しい事がわかった。電気ドリルの先にワイヤブラシのディスクを付けて、試してみた。模型のサイズでは、雪がロータまで届きにくいことが判明し、あきらめた。雪の粒子は小さくならないので、絡み合って「粘りけ」のようなものが発生し、雪掻車の左右の出っ張りで全体が押されて行く。粉雪であってもほとんどうまくいかない。この動画では、こんなに低温であっても、1番ゲージでさえも苦労しているのがよく分かる。このあたりのことは、Rheologyという学問領域にある。要するに、流れるものなのに剪断に抵抗するのである。ご興味のある方は、勉強されると面白い発見があるだろう。 

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2021年09月07日

caboose を作る 3

Nickel Plate Road このNickel Plate 鉄道のカブースは、長年探していたものだ。45年以上前から様々な媒体で写真を見たが、キットは全く見つからなかった。塗装が可愛らしいので、購入者がすぐ組んでしまうのだろう。
 人気があるので、後継のGroor Craftが再生産に踏み切ったのは30年ほど前だ。一瞬で完売した。これは友人に頼んで入手したものだ。

 作りは、Quality Craft(Weaver)の手法を踏襲しているが、多少寸法精度が良くない。特に厚みが怪しいから、よく考えて作らないといけない。何も難しいことはないが、図面だけからの情報では、満足の行く形にはなりにくい。要するに図面があまり良くないし、また板の厚さが正確とは言い難い。接着剤はエポキシを使うと、時間がかかるが、沁み込んで固まるので、丈夫なものができる。

 白い部分のディカールは、白帯全体を貼るようになっているが、成功の確率は小さい。文字部分だけを貼るつもりだ。

 この模型の下塗りはオイルステインである。アメリカで普通に売っている家具用オイルステインに漬けて、完全に沁み込ませ、それを乾燥硬化させた。中で固まっているので、上塗り塗料が沁み込まない。普通はラッカ・サーフェサを塗るが、それは表面だけに載っている。中まで硬いと、サンドペイパで削っても、具合が良いことが多い。またカビが生えなくなるというのも、利点である。
 オイルステインはアマニ油でできているので、樹脂化する。日本で市販されているのは樹脂分が少ないから、これと同じ結果は出ない。

 これで、塗装できるカブースは6輛となった。しかし未完成カブースは木製4輛、ブラス製6輛ほどある。先は長い。

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2021年09月05日

caboose を作る 2

SF caboose このカブースはSanta Fe の木造車である。30年ほど前、Quality Craft 社(現Weaver) のカブースのキットをかなりたくさん購入した。見つけ次第、全車種である。機関車を持っている鉄道のカブースは、すべて手に入れたことになる。社長のBob Weaver氏を訪ねて話を聞き、興味を持った事が大きい。1970年の発売時のキャッチフレーズは、
 You can say, "I built it."
であった。確かにまともに作ると最短で4日ほど掛かるが、当時の他のキットと比べると格段に素晴らしかった。
 キュポラ部分はソフトメタルの鋳造品であるから、重心が高くなる。床に錘を貼って重心を下げた。

SF cabooses Santa Feは、木造も鋼製も同じ形をしている。3輛ある。 左から順に木製、US Hobbies(安達製作所製)、Lobaughである。色も同じでTuscan Redトスカーナ地方の屋根の色)になる。大抵の場合、屋根まで同じ色だ。

Lobaugh SF caboose 次は、Lobaughのを完成させねばならない。オリジナルのブラスの屋根を切り抜き、キュポラを脱着出来るようにした。こうしておかないと窓ガラスが貼れない。切り抜かれた屋根板は、孔の廻りが細くなって折れてしまうので、補強材を入れた。このキットは快削のブラス製であって、かなり硬い材料である。糸鋸でサクサクと切れて気持ちが良い。現物が走っていた時代に作られたものだから、寸法は正しいはずだ。 しかもLobaughはサンフランシスコの会社だから、現物を毎日見られた。

 Santa Feは、Wigwag という手旗信号のようなものをキュポラに付けていた時期がある。丸い板2枚を上げ下げして、機関車との交信をした。どのような交信内容だったのかは、調査中である。機関車側からは汽笛で返答だろうか。

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2021年09月01日

クハ サハ

 国鉄の電車のクとサという記号の解釈は、諸説あるようだ。クはくっついているとか、サは差し込まれて走るからだとか、もっともらしい解説がある。それではモは何を元に作られた言葉なのだろう。
 もっともらしいからモなのか?そんなことを言う人は居まい。しかし、クとサの説明から考えるとそれでも良いではないかということになってしまう。すなわち、上記の説明は怪しい。出典を書いてあるが、それも実に怪しい。

 伊藤 剛氏は、20年ほど前、
「その種の説明をする人がいるから、ますます誤解が大きくなるのですよ。」
と、以下のような説明をしてくれた。

「最初に言わなければならないのは、これらはすべて英語から来ているということです。モーター・カーの、これは簡単ですね。はコントロール・カーのクです。なになに?コですって。発音はクォントロールだったのですよ。最近はコントロールですが、昔はクァ、クィ、ク、クェ、クォと発音する人はたくさんいました。汽罐車の漢字のルビ(ふりがな)にも、きくわんしゃ”と書いてあったくらいなんですからね。
 日本語のカ行の外国語表記には ”Q” の文字を使って、qua, qui, qu,  que, quo としたほうが良いと言った人も居たのです。最近の本に書いてあるような、『くっついて走る』は、当然間違いです。

 は難しいでしょうね。これはsubordinate carです。意味は追随する人、家来のことです。英語の辞書には、a person under the authority or control of another within an organization とあります。ほら、コントロールと対になっているでしょう。
 この言葉は、昔の教育勅語の英訳にありましたよ。”汝臣民は、父母に孝行を尽くし・・・” の英語訳の最初には、”Thou subordinate shall ‥‥”とありました。お前達付随車は、・・・という意味ではないですけど、まあそういう意味です。」

 英語に堪能な方だったので、様々な例を引き合いにして説明戴いた。ともかく、この分野の言葉は英語から来ていることは、間違いない。それを日本語の怪しい言葉で満足しているのは、明らかにおかしい。インターネットによって、その怪しい解釈を撒き散らすのは、やめるべきだ。


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2021年08月28日

Floodlight Tower

 railtruck氏が正解である。

Floodloght Towers 高さ100 ft 約30 m の照明塔である。最大20個のランプが付く。この設計も northerns484氏にお願いした。0.8 mm厚のステンレス板の予定だったが、製造時に間違えてt 0.5 と t 1.0 の板を使ってしまった。やぐらは少し厚く、舞台部分はやや薄い。嵌合は少し調整が必要になったが、なんとか組めた。

 立ててみるとなかなか立派である。これ以上高いと天井からの圧迫感があるから、程々の高さである。奥の方にも、もう一本写っている(赤矢印)。実物の図面を参考にして作ったものである。

 LEDの色をどうするか悩むところだ。戦前はすべて白熱灯であった。後に水銀燈が用いられたが、色再現性が悪く、赤旗が赤く見えにくいという問題があったそうだ。それで2種を混ぜて使っていたということらしい。LEDの白は赤がよく見える。

floodlight tower  奥のもう一本を見てみよう。中にハシゴがある。実物の図面を見ると、30 mを一本のハシゴで登るようになっている。これはさすがに怖い。協議の結果、途中にlanding 踊り場を設けて、2段にした。 


 まだ他の場所にも立てる予定であるが、位置を決めるのは意外と難しい。  

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2021年08月08日

レーザによる切り抜き

What is this? 先回のお答がまだ少ないので、少し時間稼ぎのネタである。これは何だろう。大きさは100mm角より少し小さい。
 ステンレスで作ったから、ハンダ付けは容易である。熱が逃げないから、小さなコテで、よく付く。ハシゴなども作った。各種のハンダを使ってみた。やはりスズ63%のハンダに限る。これは液と固体の2つの相しか持たないから、一瞬で融け、コテを離すと固まる。また、液状のときの粘りはほとんど感じられない。隙間にするりと沁み込んでいくので、後で削る必要もほとんど感じない。この写真では60%のハンダを使った部分も写っているので、ハンダが盛り上がっているところもある。

field magnet 最近は、レーザ屋さんは忙しいらしく、少々待たされた。他にも色々なものを作ってもらった。厚いものでも平気で抜けると力説するが、さすがに38 mmの鉄心を一発で抜くことは出来ない。19 mmを2枚ということを考えたが、ネジ穴はあけられないらしい。厚さの半分くらいの穴なら、あくそうだ。仕方がないから、9.5 ✕ 4 = 38 とした。これはLobaughの調子の良さそうなモータの界磁鉄心である。このモータは550 g もある。界磁をネオジム磁石の強力なものにしてどうなるかをテストしたい。界磁磁石が強すぎるということも考えられる。電機子の電磁石など無視して磁力線が通過すると、アウトだ。どうなるだろう。
 Φ4.1 とΦ3.2の孔をあけたが、中に融けた鉄のかけらがあるので、ボルトが通らない。ドリルで貫通させておいた。周辺も微妙にカエリが出ていたりするので、ベルト・サンダで落とした。
 エポキシ接着剤で、4枚を貼り付けて組むことにする。 

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2021年06月27日

続 M10000の駆動方式

 モータの取り付け方法については悩んだ。この車体には奇妙な中間床板と言うべきか、サブ・フレイムがある。これは流線型の丸い外被を床に被せているから付けたのだろうが、あまり賢い設計とは思えない。大きなモータを付けてあったので、その孔が大きく、サブフレイムには剛性が全くない 。仕方がないので0.7 mm板で床板を張り、ネジ留めしたら、とても堅くなった。

M10000 truck  (1) モータは小さいので長孔を切り抜き、少し沈めた。沈め具合は孔の縁を斜めに削る事によって調整できる。そうしておいて、押さえをネジ留めすれば良い。ドライヴシャフトと同じ高さにしておけば損失は小さくなる。

M10000 power unit 台車内に集電ブラシを付ける。アースは車軸に、他方は車輪の中心に近いところを擦るようにする。DCCにする前の仮配線をして完成だ。余分な孔をあけた所はアルミニウム板で塞いだ。

 ついでにヘッドライトの配線もせねばならない。不思議なことにヘッドライトは2つある。一つは250 Wの前方照射であるが、もう一つは鉛直方向照射の100 W球である。アメリカの車輛には、たまにこういうのがある。
 蒸気機関車でもCN&Wの急行機関車は45度前方上方に向けたのを付けていた。夜間に見るとどの様な効果があったのかは、想像すると楽しい。 

 改造は簡単と思ったが、意外と手間取った。それは、既に形があるものを直すのは面倒だということである。思い切って下半分を全部捨てるべきであった。台車など見えなくなるのだから、それを利用することなどなかったのだ。機械加工で作った機能だけの駆動台車にすべきだった。そうすれば無調整で完成だ。この調整作業に多大な時間がかかる。 
 今回は自分のものと、友人のものを並べて作業したので、効率的ではあったが、かなり時間がかかった。 

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2021年05月30日

車輛の高さを揃える

 3軸台車の客車を整備したが、背の高さがおかしいことに気が付いた。床が高いのだ。ボルスタが厚い。サイドベアラが接触するまで下げねばならない。70年前からこうなっていたらしい。 たくさんつなぐと高さの不揃いはすぐわかる。
 早速、ボルスタを沈め、他の車輛とつないで、不自然さがないことを確認した。



 120輛編成の貨物列車を動かす。おかしなところがないか、目を配る。最近は殆ど脱線しないから、機能的にまずいところはなさそうだが、外見上の欠点を探し出している。

 間違った台車をつけていないか、は大きな問題だ。最近見つけたのは、Full Cushion台車をつけているはずの貨車がBettendorfであったことだ。予備を用意してあったので、早速取り替えた。

beforeafter 次に問題となるのは貨車の高さだ。特に冷蔵車の高さは気になる。他所から来た車輛の台車を振り替えたものは、気を付けねばならない。特にアメリカの友人からお土産としてもらったものは、要注意だ。その模型の製造工場(Atlasなど)で取り付けられた台車の心皿高さは、NMRAの基準から外れているものもある。そこにLow-D化した標準台車(Athearn)を付けるものだから、高さが狂う。大抵は高くなっている。右の銀色の貨車の高さを低くした。

correct height 冷蔵車は、氷を積み込むプラットフォームの高さで高さが統一されている。1 mmでも高いとおかしい、とわかる。キングピン(台車の中心軸)のあたりをフライスで削り、低くする。大抵は0.8 mm(1/32インチ)削れば用は足りる。こうして冷蔵車数十輛の高さが揃えば壮観だ。

Hershey's 中には大幅に狂ったものもある。これはLaBelle社の木製品である。よくできたキットなのだが、背が高い。本物の図面をあたってみると2 mm以上も高いことがわかる。組んだときに連結器座の高さを誤ったので、キングピンにワッシャを噛ませて車体を持ち上げている。そうすると、許せない不揃いだ。標準より低いことはありうる。積荷が重いとか、車輪が減っているなどの場合だ。ところが高いというのはありえない。

 本当は、床を構成する骨組みの中に連結器の中心が来る設計であったのだが、図面にそれが描いてなかった。その高さになるように、Kadeeの連結器座の形にフライスで彫り込んだ。新しい刃物を使えば、すぐ終わる。連結器をエポキシ接着剤で取り付け、絶対に取れないようにする。台車を取り付けると、腰が低くて実感的である(写真は修正後)。アメリカでも、この貨車の高さは大半が間違っている。図面に正しいことが一行書いてあれば、こんなことにはならなかったはずなのだが、知らずに骨組の下面にKadeeを取り付けてしまって、具合が悪くなったのだ。よく考えてみれば、draft gear(連結器座)のボルトに剪断力が掛かるような取り付け法など、ある訳がない。連結器中心は骨組みの中にあるはずだ。


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2021年05月28日

M10000 のエンジン

 M10000のエンジンはガソリン機関ではない。たまたまこの記事のシティ オブ サライナを確認していたところ、筆者は書いた覚えがないのに、ガソリンと書いてある。誰かが書き加えたのかもしれない。著者が消すことが出来ないので、訂正までに時間がかかるだろう。

 UPは意外とケチな会社で、燃料費を節約することには熱心だった。ガソリンは当時から高かった。その近辺で安いのはナフサ(精度の良くない蒸留装置で作ったガソリンに近いもの)であった。ガソリンはキャブレタで霧化蒸発させねばならないので、沸点範囲が厳しく決められていた。優秀な精留装置がないと出来なかったのだ。ナフサはかなりいい加減で、様々な沸点のものが入っていたが、価格ははるかに安かった。現在の製品で言えば、油性ペンキの薄め液のようなものだ。

 ただし、エンジンが冷えていると着火が難しく、ガソリンで着火してエンジンが温まるまで待つ必要があった。回転中に、燃料を切り替えて運転を持続する。
 ガソリンエンジンであれば、スパークプラグは1本であるが、このエンジンは4本も取り付けてある。航空エンジンは2本が標準であるが、これはその2倍である。更に電圧も2倍を掛けていたそうだ。また、燃料タンクは、起動用のガソリンもあるので2系統必要となり、面倒であった。
 当時はディーゼルエンジンの信頼性がなかったのだ。ディーゼルエンジンの信頼性が確立されたのは、1960年頃である。

 サライナは当時急速に発展中で、シカゴ以西ではかなり大きな街であった。椙山氏の話を聞いて、50年前から一度行ってみたかったところである。 3年前にその街に行ったが、穀物倉庫が並ぶ静かなところであった。 

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2021年05月26日

続 UP M10000 を整備する

 走らなかった原因は、すぐ分かった。トレーラの車輪径が17.5 mmであるのに、内側軸受の軸径が4.5 mmもある。つまり、車輪径の1/4以上あるのだ。半径比の理解がない。これでは損失が多すぎる。軸を細くして、内側軸受を細く作り替えるべきだ。最大Φ3、できればΦ2にしたい。今回は牽かれるものが3輛以下だが、細ければよく走るはずである。
 たとえボールベアリングを使うとしても、径の大きなものは感心しない。グリースをかき回す損失は、バカに出来ないからだ。

 あるいは、この台車と車輪セットを捨てて、Low-Dのピヴォット軸で外側軸受にするのが、最も簡単な方法である。この台車は外側に流線型のカヴァがあるので、そこに軸受を仕込めば良い。しかし、実のところ、筆者はカヴァが無い方が好きである。

power truck1 前後の動力台車は実に無駄な設計で、ドライブシャフトが中央で折れるようになっている。折れても何の利益もないが、それによって起きる不都合はたくさんある。
 一本の曲がらないドライヴ・シャフトを通しておくだけで、問題は解決する。ギヤボックスを分解すると、径の大きなウォームで、歯の切削は極めて粗い。何もかもが悪い方向に行っている。少しは考えろよ、と言いたい。しかし、考えた結果こうなったのだろう。困ったものだ。

power truck2 ギヤボックスは、反トルクで倒れるような、救いのない構造だ。作用・反作用の法則を知らないらしい。左右の傾きと同時に、前後の傾きも生じる。これでは走らないのも当たり前である。またユニヴァーサル・ジョイントの位相は、もちろん間違っている。(筆者がアジンのところに行ったのは、この発売後2,3年経った頃である。)

 分解検査の結果は、零点である。どこにも正しい部分がない。元の持ち主は怒っていた。
 実は、アジンの工場にこの列車が飾ってあったのを見た。社長にあれを譲ってくれないかと聞いてみたことがある。彼は顔をしかめて、「走らない」と言った。「じゃあ、私が直して動くようにしてあげよう。満足したら、その動力を売れば良い。」と申し出たことがある。
 その気になったようだったが、その後うやむやになった。そのチャンスが30年以上経ってから巡ってきたわけだ。

 ギヤを取り替えてトレーラの車輪を改良すれば、なめらかに走るはずだ。全ブラス製で重いから、素晴らしい惰行を見せてくれるはずである。当時、韓国には鉄道模型を嗜む人がいなかったのは、明白である。アマチュアでも、中学校の理科を100%理解していれば、こんなおかしなものは作らない。

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2021年05月24日

UP M10000 を整備する

M10000 有名な列車である。剣道の面にも似た流線型の前頭部は、様々なメディア紹介された。子供向けの絵本「いたずらきかんしゃちゅうちゅう」にも登場する。地上を走る飛行機として設計された。
 1935年、シカゴとその西南200マイル弱のSalinaの間に就役し、”City of Salina”として運行された。このサライナという発音は日本の鉄道趣味界では浸透していない。とれいん誌の記事などには、サリナと書いてあったのが原因だろう。ヒッチコックの映画にVertigo(日本では「めまい」として封切られた)がある。その中でKim Novak演じる女性が、出身地を聞かれて”カンサス州サライナ”と2回言う場面があった。 


UP M10000 (2)UP M10000 (1) この列車は3輛の固定編成(連接車だから当然である)である。1985年ころの韓国アジンの製品だ。極めて出来が悪い。どうするとこんな設計ができるのかわからないほど、ひどい設計である。ギヤボックスのダイキャストはヒビが入っている。いずれ粉になる運命だ。
 たったの3輛編成なのに、1台のモータでは動かず、最後尾に2台目の動力台車を付けている。前方と車輪径が異なるのに、同じモータ、ギヤ比である。要するに、ほとんどまともには動かなかったらしい。
 30年前、改良を諦めた友人から安く買い取った。塗装は彼がした。前面のグリルをアルミ色にしている。聞くと、見た車輛はアルミ色だったと言う。たくさんの写真を見ても銀色のは見つからないが、現車を見た人だから、深く追求しないことにした。

 動力を入れ替えればよく走るようにできる自信があったが、面倒で手を付けなかった。
 最近、これと同じものを手に入れた人から連絡があって、車輪を入手したいとのことである。どんな車輪が必要なのかわからないので、分解して調べている。動力車部分は36インチ、付随車は33インチだということは分かった。開けるとボロボロと壊れてくる。これはどうしょうもない模型だ。ハンダ付けが下手すぎる。車体にはあまり手を触れないようにして、下廻りを新製することにしたい 。直せそうもないのだ。

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2020年11月09日

続々々々々々々 ガスタービン機関車の運転 

 タービンの止め方についての説明が長い。

 スロットルをアイドリングに戻し、セレクタをOffにする。タービン・スタート・ボタンを押すと、タービン・コントローラ作動燈が点く。これは、ガスタービンに行く燃料管の中の重油をディーゼル・オイルに置換えるのを示す。タービンは回転が遅くなり、運転台のCooldown(徐冷)燈が点く。その間、機関車をゆっくり動かして良い(補助のディーゼルエンジンで動かす)
 ディーゼル・オイル、スタータ・オイル、補助燃料などの言い方をしているが、すべて同じ油を意味している。  

 緊急停止の記事もある。
 Emergency Shutdown Switchは、機関士席に保護カヴァ付きで一つ、タービン操作盤の左に保護カヴァを被せて一つ、もう一つはタービンの速度調節機の下にある。これを操作すると、燃料パイプを空にせずに止めることになる。(起動時に重油が出る)
 緊急停止装置を作動させてすぐ再起動する時は、cooldownは起こらない。
 タービンを冷やしている最中に作動させたときは、タービンはそのまま廻り続けて、止まる。この時は通常時のようなcooldown crankingではない。 

 緊急停止スウィッチは、タービンを起動する前にすべて元に戻さねばならない。


 通常時の止め方は単純である。
 タービン停止ボタンを押すと、ディーゼルエンジンは廻っているが、タービンは徐冷モードに入る。ブレーキを確認し、所定の手順に従って機関車から降りる。

 テンダの重油はタービンが作動している時に加熱される。
 -50°F(-45℃)以下の極端に寒い時は、凍結防止スウィッチを入れる。
 
これはディーゼルエンジンの発電機出力で加熱するものである。
    重油ヒータはタンク全体を加熱するものと、取出し口の辺りを加熱するものと二系統あるようだ。そうでなければすぐには出発できそうもない。テンダと機関車を結ぶパイプも、電熱線が通っているのだろう。 

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2020年11月07日

続々々々々々 ガスタービン機関車の運転 

 ガスタービンの中で燃料が順調に燃えているかどうかを調べる装置(flame detector)がある。その原理は、炎の中はプラズマ状態で電気が通るので、通電を調べているものと思われる。

 この装置はガスタービンには二つ付いている。この片方が故障すると運転台パネルに警報ランプが点く。(起動時、あるいは停止時に 2,3秒点くのは問題ない。)
 故障として報告せよ。もし放置すると、停止してしまうこともありうるし、起動時に点火できなくなる。

 ガスタービンを機関車に積むということはかなり大変なことであることが分かる。ガスタービンは、かなりデリケートなエンジンである。だからこそGEは、下手に触られないように、シーケンスによる起動、停止を採り入れたのだろう。故障率は低くなかったようである。dead engine(動かなくなった機関車)を回送する手順が、マニュアルに細かく書いてある。
 重連弁を閉じて、ブレーキハンドルを2本とも外す。dead engine cockを開く。砂撒き管、信号管、ベル、汽笛、ワイパへの給気弁を閉じる。この弁は先頭部にある。制御盤の二つのシールを破り、弁を二つとも閉じる。主空気ダメの排水をし、圧を抜く。次いでB-ユニットも同じ操作をする。注意:B-ユニットを先に操作するとAから空気が送られてしまう。   

 
その他、B-ユニットだけを切り離して回送する時やテンダだけの場合も書いてあるが割愛する。



 水没した線路を走るときは、冠水4インチ(約10cm)までとある。ブロワが廻っていれば浸水する可能性はない。
 トンネルを抜けるときはガスタービンの回転を最高に上げよ、とも書いてある。酸欠になる前に抜けてしまえということなのだろうか。
 クロッシングを渡るときはスロットルを10ノッチ以下にしておく、とある。30マイル/時以下の時はこの限りにあらずともある。レイルの欠損部での摩擦不足でスリップすることへの懸念だろう。意外に細かく注意がなされている。

 シャイアンとグリーンリヴァの機関区には、GEから派遣された技術者が常駐して、メンテナンスに当たっていたそうだ。燃料費が安くても、メンテナンス・コストはかなり高かったと思われる。燃料が高くなれば、直ちに廃車になったのは当然である。 それと相前後して、新世代の高性能ディーゼル電気機関車群が登場したのも大きなファクタだ。


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2020年11月05日

続々々々々 ガスタービン機関車の運転 

 潤滑についてはかなりの説明がある。

 タービンの軸の潤滑油ポンプは、タービンが止まるまで動かしていなければならない。先にディーゼルエンジンが止まると、焼き付いてしまう。
 また、タービンを起動するときディーゼルエンジンが何かの理由で止まると、タービンの潤滑油圧力もなくなるので、タービンの起動は出来なくなる。タービン軸潤滑油ポンプが異常を起こすと、運転台パネルに赤ランプが点くと同時にベルが鳴る。タービンをshutdownする手順が許す限り、速やかに停止させよ。これは、油圧が35 psi(約2.4気圧)以下であると、検知される。  

 タービン潤滑油の oil cooler からの戻り水が熱くなり過ぎると、ディーゼルエンジンの冷却水も熱くなる。タービンの異常を疑え。列車を止め、停止手順に従ってタービンを停止させる。

 また、燃料詰まりについても書いてある。
 燃圧計の読みが小さくなった時はフィルタが詰まっている可能性が高い。タービンを止め、Bユニットの後方にある燃料フィルタを切り替える。フィルタは2つあるので未使用の方を選択する。

 これについては、Tom Harveyから何回か聞かされた。それはタービン排気管の下にあって、かなり狭くて暑いのだそうだ。 


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2020年11月03日

続々々々 ガスタービン機関車の運転 

 ディーゼル燃料(軽油)についての注意が書いてある。

A-B unit Aユニットの床下タンクには、燃料計が5つ付いている。4つは燃料タンクの四隅に、1つはFireman(機関助士)の前にあるメータである。補助エンジンの燃料残量を示す。2500ガロンから500ガロン(約9.5 kLから1.9 kL)の示度であれば、補助エンジンとタービン始動用の両方に使うことができる。500ガロン以下は二つに分かれている。360ガロン(約1.4 kL) はディーゼル・エンジン用に、140ガロン(約530 L) はタービンの始動用に確保されている。燃料タンクの後側に付いている燃料計は、タービンの始動用燃料の残量を示している。

Dip Gage 主燃料(重油)の燃料は、テンダの天井面にある点検棒を抜いて確かめる。棒には燃料残量が記されている。




 第三世代のタービン電気機関車は、1時間に800ガロン(約3 kL)の重油を燃やすそうである。最大出力は 12 mph(約19 km/時)の時に得られる。そうすると、概算で 1 Lあたり 6 m走ることになる。 

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2020年11月01日

続々々 ガスタービン機関車の運転 

 燃料に関する注意もある。

tender connection 始動時にはディーゼル油(軽油)を使うが、後に重油に切り替わることになっている。しかしテンダの重油の温度が低すぎる場合は、軽油のままで燃焼を続ける。その時は出来る限り機関車を動かすべきではない。セレクタ・ハンドルをM2にして、主燃料(重油のこと)が十分に加熱されて自動的に切り替わるのを待つ。主燃料の燃圧計を注視せよ。そしてスロットルをアイドリングに戻せ。
 切り替わらない時は、テンダからの燃料パイプを調べ、ヴァルヴが開いているか確認せよ。


temperature gage 第二世代の重油の加熱は水蒸気を吹き込む方式だったが、第三世代のテンダの加熱は電熱である。テンダへの配管以外に電線が渡っているが、テンダの油温は現場に行って見なければならない。テンダの両方の妻面下方にある丸い装置である。当時はテレメータが困難な時代だったのだ。温度は110℉から200℉(43℃から93℃)であれば良い。「触われるが、長く触わっていられないような温度であれば良いのだ。」と、Tomは言っていた。 

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2020年10月30日

続々 ガスタービン機関車の運転 

 警報に対処する部分を読んで、タービン独特の部分を抜き書きする。

 タービンのOverspeed(異常高速回転)により、ベルが鳴る。ただちにシャットダウン・スウィッチを押せ。これは重油を燃焼している時も、軽油の時も起こりうる。
 Bユニットに行って、過回転検出機をリセットする。運転室に戻り始動ボタンを押す(一回では始動しないことがあるから数回繰り返せ)。過回転がよく起きるときは、セレクタ・ハンドルをM1にせよ。


 動輪の空転についてはかなりの紙幅を割いている。
 まず、空転が起こり始めたらブザが鳴るから、砂を撒くと同時にスロットルを戻す。空転が15秒以上起こるときには、励磁機に異常を来たしている可能性がある。一度スロットルを戻して空転検出ランプを注視せよ。
 空転を繰返す時は、制御盤を開けて、元スウィッチを切り、EMERG
(緊急モード)に切り替える。パネルのランプが点いたままならば、故障であるから申告せよ。EMERG では空転検出は行われないから、気を付けること。  

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2020年10月28日

続 ガスタービン機関車の運転

GTEL Engineer's Panel Engineer’s Panel 運転台のメータ類、スウィッチ類を見て行こう。意外にすっきりしている。

 ガスタービン起動スウィッチは下段中央の黒いボタンである。これを押せば起動する。シーケンスは全自動である。切るときはこれをもう一度押すだけである。
 左下の2つのメータは負荷と進段の目安のメータである。

 右上のVibration Reset というのはガスタービン機関車独特の装置である。ガスタービンの羽根が異常を来し、振動が大きくなったのを検知して知らせるランプが三つのランプの一番上にある。これが点くと、直ちにある動作をするようにマニュアルに書いてある。点灯時にはベルも鳴るとある。

 これは、タービンが異常な振動により自動的に停止したことを示すものである。B-unitに行って、再始動の手順を踏む。
 もしこの警報装置が再度作動するなら、15分間のクールダウン・クランキング
(羽根を均一に冷やす電動低速回転)をする。これは機関区で行う徐冷と同じ手順である。そして再度冷間から起動を試みる。もし、3、4度の再起動によってもガスタービンが廻り出さない時は、故障である。機関区に連絡せよ。 

 これを読むと、「警報装置の異常ということも疑ってみよ」ということであると納得した。 

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2020年10月24日

ガスタービンの記事

 GTELの記事を連載したが、この種の記事は初めてということで、「興味深い」という連絡を多数戴いた。

 アメリカでも本は数冊出ているが、その内容に問題があったり、さらにその本からの引用によって、問題点がますます大きくなっている。人里離れたところを走っていた鉄道なので、関係者以外はその本質を知ることが少ないからである。

 筆者は偶然にも機関士Tom Harveyと長い付き合いがあったので、様々な情報を直接得ることができた。機関車の運転マニュアルを読んだ人は稀であろうから、そういう意味でも得難い情報を得たわけだ。
 この機関車は、発電所を積んでいる電気機関車である。マニュアルには意外なことが書いてあった。
 Traction motors are permanently connected in parallel. すなわち、主電動機には、発電機の出力が並列につないであるとある。界磁電流は牽引力に応じて自動で変化するとある。励磁機を調節して、その回転数で許される最大電流で廻すわけだ。しかし、ブラシの消耗は大きく、メンテナンスは大変であったろうと思う。このような情報は、あまり公表されていない。

 また、タービンの羽根の損傷が意外に多く、据置型、航空機搭載型には無い故障が続発した。鉄道車輛は衝撃が多いのである。

 先日読んだ本(Kalmbach 社発行のDiesel Spotter's Guide) には驚いた。第三世代の機関車の一部にはテンダにモータが付いていたとある。これは明らかな間違いである。

 世の中にはいろいろな人が居る。
 そうなると良いなと思うと、頭の中でそうに違いないと、話が出来上がってしまうタイプの人がある。全く客観性の無い妄想の世界に入ってしまう人だ。困ったことに、そういう人はそれを大きな声で語るので、それを信じてしまう人が増えてしまう。この種の人は、この趣味界には多いような気がしている。もちろん日本にもたくさん居るだろう。 


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2020年10月14日

消火器

 消火器の使い方にかなりの紙幅を割いている。消火器を持っていける程度の火事の場合は通常の手順通りだが、タービン搭載車輌の火事の場合の手順は全く異なる。

 火が出ている部屋の床下にある栓を開け、消火器につないだホースを差し込んで固定し、消火剤を注入する。中は消化泡で充満するのだろう。パワーユニットは、防火上の理由でいくつかの部屋に分かれているのだ。出火するところは後半部分に限られているから、そのあたりの栓の数は多い。

3-unit turbine manual  (2) 消火器は、コントロール・ユニットに1台とパワーユニットの電気室に1台ある。タービンのある後半部分にはホースを取り付ける栓がL1〜L5まである。もし足らないようなら、もう一つの消火器を使え、とまで書いてある。
 火事になったことは、幸いにしてない。 タービンの信頼性はなかなかのものである。燃料が引火しにくい重油であることが大きなファクタだろう。

 第三世代の機関車は踏切事故で脱線している。かなりひどく衝撃を受けているが、火事は起こさなかった。この時は対向列車のガスタービン機関車も突っ込んできて、かなりひどいことになったが無事だった。

Fuel 第一、第二世代の機関車の重油のタンクは、床下にぶら下がっているだけではない。床上にある。運転室部分を除くほとんどの部分の床下には2 ft(60 cm)ほどの高さまでタンクがある。タービンエンジンは小さいので、その上に載っているだけである。(先回400マイルしか走れないと書いたところ、あんな小さなタンクで走れるのかという問い合わせがあった。重油タンクは目に見えない部分にもあって7200ガロン 27 kLもある。すなわち、重油1Lあたり23 m走る計算になる。)

 運転室の床下は軽油タンクになっていて、最後尾には水タンクがある。車内に巨大なタンクがあるので、消費すると軽くなってスリップしやすくなる。テンダを付けてからはそういう心配が減った。しかしその部分に軽油を入れているので、軽くなっていくことは間違いない。

 コントロールユニットの消火器の横には、便器がある。当時の運転台付きの機関車には、そこに便器があった。のちにDDA40Xの時代になると、キャブの前に移された。筆者はFP45のトイレを使わせてもらったことがある。大小便は電熱で焼却されて灰になった。
 運転室には、飲料水の瓶もある。逆さにして据え付けてある。5ガロン19 Lの瓶だ。

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2020年10月12日

モ−タ・ブロワ

 電気機関車であるから、主電動機には冷却風を送っている。機関車のエンジンから、変速機を経てブロワを廻す。即ちエンジンの回転数が大きい時は、ブロワは早く廻る。このブロワの出力は大きく、線路の砂利さえも飛ぶほどである。したがって、その隙間にある砂などは完全に吹き飛ばされている。
 機関車が走ってくるところを前から写した動画では、機関車の側面から砂煙が上がっていることが多い。それはこのブロワによって作られているものである。

3-unit turbine manual  (3)3-unit turbine manual  (4) 第三世代のタービン機関車のコントロール・ユニットのブロワ㊴はディーゼルエンジンで駆動され、パワーユニットのブロワ㊳はタービン出力の先の発電機の内、左側の先で駆動されている。(ということは、タービンが止まるとブロワも止まるということである。補助エンジンだけで動くときは後ろには給電されないのかもしれない。この点については、マニュアルには記載がないが、そう考えざるを得ない)。

 天井にある冷却ファンもディーゼルエンジンによる駆動である。ダイナミックブレーキのファンは別系統の電動であるはずだが、その記述がない。これが壊れた時の対処は書いてあるが、重い列車を牽いて長い下り坂を下りるのは難しいだろう。

3-unit turbine manual  (1) コンプレッサはディーゼルエンジンの前後に2つある。マニュアルには故障時にそれを切り離す時の手順が写真入りで細かく書いてある。軸にかぶせてあるスリーヴをずらすと、切り離されるのだ。コンプレッサは二つあり、片方が生きていれば問題はない、とある。それほど故障率が高かったのだろうか。


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2020年10月08日

続 第三世代のGTEL

 2輌目の機関車は、power unit と呼ばれた。この車輌は鉄橋のような頑丈な鉄骨を組んだ台枠の上にガスタービンと発電機を載せたもので、車体の板は外からクランプで締め付けてあるだけである。要するに外板を外せば裸になり、タービン全体を点検し易くなる。排気孔周辺は高温になるので、周りにほとんど何も置いてない。
 発電機は2台が並列に置いてあり、車体幅ぎりぎりである。アクセスは外の扉を開いて行う。

 始動に失敗すると、未燃焼の燃料の霧が外に飛び出し、それに引火すると大きな火の玉となる(2:21から)。これをbird burner という人も居た。見ればそうかもしれないと思う。こういうことはよくあるので、テンダ上面には重油の雨が降り、黒く汚れている場合が多い。それは側面にも流れている。

 音が大きいのには参った、とTomは語った。聴力が低下するから、労働災害だと言っていた。ロス・アンジェルスまでの運用も試したが、現地での騒音がひどく断念したそうだ。やはりワイオミングのような田舎で使うのが良い。 

 第三世代は、個別にいろいろな改良工事が施された。乗務すると、すべて個性があった。その中でもNo.30は特別に出力を大きくした実験機であった。通常型は8500 HPであったが、これは優に10000 HPを超え、それを消費するモータの数が不足した。テンダ台車にモータを付けることも考えられたが、それまでに廃車になってしまった。燃料の消費量はすさまじかったからだ。


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2020年10月04日

第二世代のGTEL 

 第一世代のGTELは箱型の車体で、機関車内の狭い通路を通らねばならなかったが、そこは死ぬほど暑く大変だった。どうせなら外を歩いて、点検ドアを開けて中を見る方が良いことになったので、その次の世代の15輌はVeranda Turbineと呼ばれた。この時代のタービン、発電機はまだ小さく、車体の横幅には余裕があったからだ。

 これも廃車になったUP9000のテンダを再利用したテンダを付けたが、そのつくりはかなり変更されている。上廻りを大半切り捨てて、新製した円筒状タンクを付けた。熱絶縁も改良され、それほど表面が熱くはならなくなった。テンダの妻の片面は球面であるが、もう片方は平面に近いものもあった。再生改装品だから、そのようなちぐはぐなところがあったのは仕方ない。加熱された重油は熱絶縁された可撓パイプを通して機関車に送られた。

 吸気孔は側面にあったが、吸気抵抗低減のために、より大面積の稼げる屋根上に移された。排気は、斜め後ろに吹き出すように、大きな四角の排気ダクトから放出された。

 これも4500HPしかなかったので、出力は不足することがあり、補機が必要になった。何台かが重連可能仕様に変更された。もちろん相手はディーゼル電気機関車である。先に述べた理由で、タービン同士は重連するべきではない。蒸気機関車とも重連したが、UP当局はそういう運用を避けた。乗務員が沢山要るからである。総括制御で、複数の機関車を同時に動かしたかったのだ。
 出力不足は如何ともしがたく、もっと大出力で引張力のある機関車の出現が待たれた。

 筆者はこの機関車を1輌持っている。下廻りはスクラッチから作っているが、これは未完成である。部品は出来ているので間もなく公表できるだろう。

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2020年10月02日

第一世代のGTEL

 GEの試作デモ機は東部の鉄道での試用を経てUPにやってきた。両運転台で、あまり良い形とは思えない。UPのような長距離を走る鉄道では、片運転台であっても何ら不都合はない。また、転向に要する場所はいくらでもある田舎である。
 UPは低燃費(低質油をタダ同然で買うことができた)に興味を示した。当時は沿線の炭鉱がストライキ中で、Big Boyをはじめとする高性能蒸気機関車群の燃費がかさむ時代であった。4-8-4、4-6-6-4は重油焚に改造したが、Big Boyだけは石炭を焚かないとボイラが歪む可能性があった。
 
 蒸気機関車と同等の引張力を持つ機関車を、次世代の機関車として確保しておきたかったUPは飛びついた。1年ほど試運転をし、片運転台の増備機を10輌発注した。これが第一世代機である。
 
 当初は、燃料タンクは車体の下にあったが、容量が少なく400マイルしか走れなかった。長距離用にテンダを付けることになった。廃車になった 9000(4-12-2)のテンダの炭庫を外してタンクを増大させたのだ。蒸気を吹き込んで加熱する。凝縮してできた水はどうなるのか聞くと、「放っておけば出て行く」と言った。
 吹き込む量は多い。その理由は単純である。タンクの熱絶縁が完全でないからである。だからテンダはかなり熱い。雨が降ると湯気が上がっているのが見えたそうだ。後に製造された分については、きちんと熱絶縁されているという。

 テンダの容量は非常に大きいので、一つのテンダを挟んで2輌の機関車を背中合わせにつなぐということもやってみた。しかしこれは大いに問題があったそうだ。
 ガスタービンは多量の空気を消費するので、トンネルの中では酸欠が起こり、後続の車輛に大きな影響を与えた。酸欠よりも、排気温度が高いのが問題だったかもしれない。家畜車の動物は具合が悪くなるし、この実験では2輌目の機関車の火が消えたことがあるそうで、それは取りやめとなった。高温の空気では、酸素が足らないからだ。単独でも、もっと大出力のガスタービンが必要であった。タービンの出力は低標高、低温度で増大する。UPの本線のように標高2000 m以上で、なおかつトンネル中のような高温では具合が悪くなるのは当然だ。

 一度火が消えると再着火するには、かなりの手間がかかる。テンダを越えて後ろの機関車まで歩いて行かねばならない。しかも未燃焼の重油が屋根から吹き出してそのあたり一面がべとべとであった。

 この第一世代のGTEL の模型は2輌持っている。一台はLPG専焼だ。塗装するばかりになっている。

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2020年06月24日

bolster anchor の向き

 ボルスタ・アンカの向きについてさらりと書いたら、早速詳しく解説せよ、との要望があった。

 ここで述べることはアメリカの台車についてであり、日本国内でどのような基準で作られているか、については全く知らない。また、一部の機種で見られる仮想心皿方式のリンクは、ここでは考えていない。 

 しばらく前、シカゴのコンヴェンションで撮った写真があるので、紹介したい。
UP Streamliner trucks (2) この写真の裏返したものは正しいボルスタ・アンカの向きを示している。どちらも車体の中心の方に向かってボルスタ・アンカが伸びている。一つの台車の中ではアンカーボルトは線対称である。
 向こう側の横に寝たのはダメである。連結器の方向を向いている。

UP Streamliner trucks (1) もう一つの写真を見てみよう。これもダメな例である。二つの台車のボルスタ・アンカが、どちらも連結面方向に伸びている。UPでは採用していない。どちらでも良さそうだが、何らかの理由があるはずだ。

 様々な間違いを含む模型に遭遇する。もっとも多いのはボルスタ・アンカが台車の中で点対称になっているものである。これは奇妙だ。
 先回紹介した記事には、「UPに関してはアメリカ随一の知識と腕のある模型人による塗装だ」と持ち上げてあるが、何を考えているのかよく分からない。


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2020年06月22日

客車をつないでみる

 移動自粛が続いていたので、博物館に出向くのは久しぶりである。エアコンは除湿で付け放しにしてある。中は爽快であった。

wet paint (2) 運んでいった客車に台車を付け、順に線路に載せてみた。一輌載せるたびに、線路に通電して短絡がないか調べる。全部載せてから不良品を探すのは大変だからだ。一応は合格しても、走らせてみるとたまにショートするものがある。金属床で連結器が絶縁されていないからだ。連結器に塗られた塗料でかろうじて絶縁されていたのだ。木製床と互い違いに連結すると直る。金属床車輛には印をつけた。早速1輌は絶縁ボルスタを作って付け替えた。これで解決だ。あと3輌ある。簡単に解決するには、プラスティック製台車に取り換えることだ。

wet paint (1) 台車のボルスタ・アンカの向きに気を付けて取り付ける。ボルスタ・アンカは左右とも車輌中心に向けてあるのが正しい。これが、てんでんばらばらだと、みっともない。90年代に某誌でHOのUP streamlinerの記事があったが、そういうことには全く神経が届いていなかった。

 総勢20余輌をつなぐと、なかなか壮観だ。この写真に写っていないものが、あと数輌ある。屋根高さを簡易ゲージで測定し、̟̟±1 mm以内に収めるよう、修正した。連結面距離も均一になるように気を付ける。
 重い。これだけで30 kgほどもあるのだ。連結器遊間が小さいので、ガタガタという音がしない。

 船で言えば進水式で、これからディカール貼り、連結部幌の取付け、ガラス取付け、内装、電装が待っている。そういう意味では荷物車は楽である。
 
 Streamlinerはあと11輌完成させねばならない。HeavyweightのPullmanはあと10輌、Daylight客車はあと8輌だ。先は長い。


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2020年06月12日

続 Alton Limited

Lionel Alton Ltd 手元にあるライオネルの客車側面である。この色は正しい、とアメリカ人は言う。多数の人間が見ているので、そういう意味では客観的な判定であろう。しかし、塗り分けは怪しい。前回紹介したリンクの写真とは異なる。

AHM Alton Ltd これは、Rivarossi の客車である。リヴァロッシは、アメリカの輸入元であるAHM の指定で、Pullmanの客車を多種の塗り分けで出していたが、色調はどれも感心しなかった。例えばUPは妙にオレンジ色がかっていた。AHMは東部の会社で、UPのことは良く知らなかったのだろう。

 上の二つを比較すると、ドアの塗り分けが異なることに気が付く。Alton Limitedの文献を読むと、”Red Door”という言葉をよく見る。即ち、前回のライオネル、このリヴァロッシが塗り分けの点では正しいようだ。
 屋根の色は銀と書いてあるから、その点ではライオネルは正しいことになる。この二つのどちらも、名前が Wilsonである。C&Aでは歴代の大統領の名前をプルマンに付けていた。

 文字や線は Dulux Gold という色で、いわゆる金色ではない。この色を出すのは意外に難しい。線はディカールではなく、烏口で入れることになろう。 Dulux というのは塗料会社の名前の筈である。当時イギリスにあったらしい。DuPontも当時のカタログに載せていたのを見た覚えがある。その後の経緯は知らないが、現在はオ―ストラリアにある。日本の会社が買収したという話は新聞で見た。詳しい方の情報提供をお待ちする。

 下廻りは黒で、上記のパーラーカーWilsonには、着物を着た日本娘がスチュワーデスとして乗っていたとある。写真も見た。どうして日本女性が選ばれていたのかは、全く不明である。1920年代にアメリカ中西部に日本人が居た、というのもあまり聞かない話だ。 
 最後尾の展望車は、長さが全米最長の 90 ft (27 m強)もあり、就役時には全米に名を轟ろかせた有名列車だったのだ。さすがにこの90 ftは直ぐには再現できないが、いずれ取り組んでみよう。

 ハーマンは、子供の頃、住んでいた町を通過するのを見ていたのだろう。これでいろいろな疑問が解けたような気がする。

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2020年02月21日

Model Rairoader Feb.2020 issue

Feb.20 MR cover 最近はMRをとっていない。電子配信を購入していたが、殆ど読むべき記事もなくなり、1年前に期限が切れた。なくても気にならなかったので、そのままにしていた。思えば、すべての記事・広告を舐めるように読んでいた時期があったが、当時は若かったのだろう。最近はアメリカの友人から連絡があると、その記事を送ってもらって用が足りていた。


p.10 Feb.2020MRp.11 Feb.2020MR この号のコピィを友人が送ってくれた。その記事には興味深いことが書いてあった。10ページのカブースの紹介には「HO scale」、11ページの子供向けアセラのショーティーには「HO gauge」と書いてある。要するに、前者は最近のスケールの製品であって、後者はHOゲージを走る玩具である。プラレールを進化させた程度の、子供向けである。
 これは以前から彼が指摘していたことであるが、
   HO scaleは1/87.1の意味、
   HO gaugeはゲージが 16.5 mmの意味
であることを、MR編集部はルールとしている
ということの証である。

 

 HOの本家本元といわれているアメリカでも、HO gaugeという概念が残っているわけだ。この概念は O gauge、O scale の概念と同じである。
 
 「HO gaugeは和製英語」などと大々的に発表していた人が居たが、それも削除され、平和が訪れたのかと思っていた。
 ところが最近ある友人から、「ゲージ論の決着はつかないのですか ?」という質問を受けた。それには少々驚いた。
 決着はついている16.5mmゲージはHOゲージである。これは明確に示されている。HOスケールというのは、最近は 1/87.1であるようだが、これも戦後ずいぶん経ってから、ようやく決まったことも、文献が示している。今回示された記述は、その実例に過ぎない。
 いまだに情報操作が続いているとしたら、由々しき事態だ。



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2020年02月09日

sealed beam

 シールド・ビームという言葉とC62とが結びつく人は、60歳以上かもしれない。北海道に渡ったC62は、シールド・ビームを補助前照灯として付けていた。常磐線のカマも一部付けていた。

 シールド・ビームは、既に、あまり使われない言葉になってしまった。自動車のヘッドライトには必ず使われていた時代があるし、電車その他の鉄道車輛にも全面的に使用されていた時期がある。現在はHID か LEDになってしまったから、自動車のヘッドライトは、自由な形にできる時代になった。

 歴史を繙いてみると、アメリカでは1940年から、シールドビーム化が始まった。交通機関の車輛にはこれを使わなければならなくなったのだ。既に設計が始まっていたものには猶予されたらしい。即ち戦後製造されたものには、ほぼ全部に使われている。1980年代までその法律は生きていて、シールド・ビームの種類が限られているから、自動車のヘッドライト周りはその形が限られていた。即ちデザインの自由度が、かなり制限されていたのだ。 
 筆者は70年代にアメリカに居て、それに気づいた。どうして車の前頭部がもう少し形の良いものにできないものか、と知人の自動車業界人に聞くと、シールド・ビームの形が決まっているからだということが分かったのだ。

 シールドビームはレンズ、反射鏡付き電球である。ガラスの枚数が一つ少ないし、その間に埃が溜まることが無いので光量が増す。しかし、ハロゲン電球を使えば、より効率が高くなるので、シールド・ビームの利点は意味がなくなる。
 ハロゲン電球は、フィラメントと電球のガラスとの距離がある程度小さくないと意味がない。ガラス面が350 ℃くらいになると、蒸発したタングステンが再度戻って来るようになっているのだ。このあたりのことは、化学熱力学の良い教材となる。
 即ち、小さなハロゲン電球とレンズ、集光鏡、プリズムとの組み合わせになった。そうすると対向車に対する減光をせずとも、確実な遮光により、目眩みを低減できるようになった。これは自動車の話であるが、鉄道でもある程度は共通する。

 鉄道車輛においては、今までの径のヘッドライト筐体を使おうと思うと、2つの電球が入る。NYCのナイアガラは水平に2個入れている。縦の配置の機関車もある。縦横はどうでも良いので、今回製作の機関車では縦にした。小さなLEDを二つ並べた。電球色なのだが、色が白っぽい。本当はシールド・ビームの色温度はやや低いので黄色っぽくなければならない。何かで色を付けてみるべきかもしれない。

 以前 Big Boy の前照灯切れの話を書いたが、ディーゼル電気機関車のシールドビームはとても切れにくくなったそうだ。しかも2つあるから、片方切れてもすぐには取り替えなくて良いのだそうだ。

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2020年01月14日

”Super 800”

 Union Pacific鉄道は、大型の4-8-4(four-eight-four FEFという)を採用し、類稀なる信頼性の高さを誇っていた。これは、高出力、長大な航続力、低メンテナンスの点で、世界最高の性能を持っていたことは間違いない。その他の鉄道会社は、UPほど高頻度の長距離高速運転をしていなかったので、比較しようが無いのだ。Tom Harvey は、 その実力を称して、"flying machine"と言った。

 その圧力は300 lb/insq(約21気圧)であった。新型は350 lb/insq(約24気圧)を予定していた。想定される連続最大出力は6500馬力以上であったそうだ。これの単機で、当時の特急に使われたディーゼル電気機関車の3重連の出力を凌ぐのである。 

 機種名はFEF4、”Super 800”である。20輌を発注するつもりだったらしい。このあたりの情報はDon Strack氏から聞いたことを基にしている。当然Tom Harvey からの情報とも重なる。設計者は1946年にイギリスに行き、帰りの飛行機が落ちたため死亡した。同時にこの計画は廃案になってしまった。

 外観の変化は、Franklin式ポペット弁、4本煙突、allweather cab(密閉式キャブ)Worthington式給水加熱器、小さな除煙板、重油テンダ、シールドビームである。ある程度の図面を描くと、テンダの下廻りにはかなりの変更点が生じることが分かる。キャブが伸びた分だけ、テンダの下廻りを延長しないとつながらないのだ。

 一番面倒だったのは、キャブの形である。このような大型機の場合、キャブの後ろを絞らなければならない。オウヴァハングが長いと曲線(たいていは分岐)で隣の車輛に当たってしまう。何機種かの図面を確認し、実際に作図して当たり具合を調べた。

Modified UP 9000 cab UPの9000という4-12-2のキャブは、驚くべき絞り方をしている。機炭間のバッファを更新した時に12インチ(約300 mm)の延長が必要になり、その分キャブをうしろにずらすことが可能になった。それまではキャブ内が狭くて困っていたので、これ幸いとキャブを後ろに下げた。ボイラの後端が、相対的に前にずらされたのだ。
 そうすると、ただでさえ、ボイラが太くて前が見えなかったのが、余計苦になった。思い切ってキャブ前端を最大限に膨らまして視界を確保すると同時に、後端を伸ばしたことにより当たる分を、狭くしたのがこれである。12輌ほどがこの形に変更されている。

 過去のTMSには、日本型の 4-8-4 などの空想大型機の作例がいくつか載っていたが、どれも建築限界に当たりそうである。レイアウトで実際に走らせていないと、こういうことには気付かない。さすがに祖父江氏の機関車は、正しく絞られている。

 ベースになった模型は、以前テキサスから持ち帰ったFEF3で、事故車であった。かなり修復してはあったが、ひどい壊れ方をした部分があり、ボイラは一部新製するつもりであった。煙突、煙室、キャブ、ヴァルヴ・ギヤは捨てて作り直した。
 これらはハンダを剥がして、板を延ばし、新しい板に寸法を写し取って新製した。当然設計変更をしている。パイロットは更新した。
 機関車内に、ボールベアリングは34個使っている。滑るように走る。

 クイズの正解者はLittle Yoshi氏とRailtruck氏のお二人であった。Little Yoshi 氏はかなり早い段階から正解を出された。”UP” ”4本煙突” ”Poppet” で検索すると見つかったそうである。 

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2020年01月12日

続 500時間

 最初の10日間は、資料を再度読み直す調査期間とした。イギリス、フランスの文献を探した。ドイツには参考になるものは見つからなかった。
 その機関車には、高速時の高出力が求められていた。それには poppet valve の採用しか、解決策が無い。ワルシャートやベイカー弁装置では、成しえないものである。これらは弁が徐々に開き、徐々に閉じる。力が要る瞬間に、蒸気が少しずつしか入らないようでは、出力が出ない。大きな開口面積で、大量の高圧蒸気が瞬時に流れ込んで、ピストンを押せば、出力は増大する。高回転の旅客用の大型蒸機に求められる性能である。貨物用機関車には縁が無い話だ。

 その後は設計に没頭した。数十枚の図面を描いた。すべて方眼紙に手描きで描いた。今回はフルスクラッチ・ビルディングではないから、寸法の採取には大変手間取った。リンクの長さを決定するのには苦労した。寸法を決めておけば、材料の選択、加工の時間を節約できる。使う材料は選び出して机の上に順に並べ、取り出しやすくした。机が広いのは有難い。博物館には広い机が沢山ある。
 工具類、特にリーマ、タップ類を点検した。ボールベアリングは十分にあったから、注文せずに済んだ。この種の準備に時間を割くことは、後の作業時間を大幅に節減できる。工作の途中で材料や工具を探すと時間がもったいない。 

 ポペット弁は、アメリカではNYC、Pennsylvania、C&O、AT&SFなどに採用例があるが、その数は多くない。この機関車が必要とされたのは、対日戦争勝利後の旅客需要の増大に対処するためである。当時の大陸横断は鉄道によるものが大半で、ディーゼル電気機関車の出力不足、信頼性の低さには参っていたのだ。やはり、信頼性の非常に高い蒸気機関車を高出力化することが、当時としては最良の案だったのだ。

 ポペット弁に関する情報は日本では極めて少なくて困ったが、工学エキスパートのT氏からお借りしたイギリスの本に、参考になる記事が見つかった。Franklin式を採用することにし、valve chestを切断した。

removing valve chest 作り始めて気が付いたが、改造をするべきではなかった。シリンダブロック全体を新製すべきであったのだ。今回は時間がなく、そのまま突っ走ったが、いずれ3Dプリンタにより、文句なしのものを作って嵌め込むつもりだ。 この写真では既に先台車は新製され、Low-Dを装備している。
 また、ワルシャート式リンク機構は外され、スライドバァの保持枠も余分なところを切り捨ててある。この後、クロスヘッドは作り替えられる。

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2019年12月05日

japan

IMG_20191204_0002_page-0001 japanとは何を意味するか。大文字ではない "j" で始まるのが、今回の題材である。
 chinaは陶磁器なら、japanは何だろう。常識的には漆(うるし)であろう。

 Union Pacific 鉄道 の古文書を漁っていて、見つけた。1930年頃の客車の内外装に関する文献だ。BURNT SIENNA IN JAPAN とか DARK OLIVE IN JAPAN という名前でそこら中に出て来る。

 Siennaはイタリアの地名で、トスカーナ地方の都市である。地面の色は鉄の酸化物のせいで赤っぽい。それを焼いたものは赤褐色の顔料である。それを漆に分散させたものを使っていたことになる。
 vehicleという言葉が見える。これは乗り物という意味で使う場合が多いが、何かを乗せているもの、即ち溶かしているもの、分散媒という意味である。ペンキで言えば、顔料を沈まないように分散させている油である。1920年代に、漆がそんなにアメリカに輸出されていたとは知らなかった。

 漆はもともとの色があり、他の色の顔料を混ぜて色を出すのはかなり難しかったはずだ。筆者が知っているのは、昭和の初めにレーキ顔料(アルミニウム水酸化物などと共に沈殿させたもの)を混ぜる技術が見つかって、黒、赤以外のものができるようになったことだ。それが同時にアメリカの客車の塗料に使われていたとは驚いた。漆の持つ艶、耐久性が評価されたのであろう。

 この古文書は、蒸気機関車の塗装の変遷を調べるために手に入れたもので、いずれ発表するが、いくつか思わぬ発見があった。

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2019年05月11日

glaze のこと

 先回 glaze という言葉を出した。現在では glazed と言えば、ガラスが嵌まっているという意味である。アメリカでは、glazedと言えば、甘いお菓子である。ドーナツに融かした砂糖をかけて、つるっとした感じにしたものが、それだ。ナッツにも glaze が掛けてあるものがあって、それは大好物だった。
 glazeの語源は、glass と同じである。透明で、つるりとしていることを表す。艶を出すことだ。

 さて、Floquilという塗料があった。ラッカとは異なり、エナメル系で空気と触れて固まるタイプである。顔料が重金属を含み、環境によろしくないと廃業してしまった。筆者はその前に大量に買い込んだので、当分は足りる。この塗料は重金属硫化物の結晶などを顔料にしているので、粒子が大きく、粗粒面になる。完全艶消しである。艶を出そうと思うと、粒子の隙間を埋めるバインダと呼ばれる成分を増やさねばならない。その成分を含む液体を”glaze”という。たいていは 1 oz 入りの小瓶だが、筆者は 8 oz 入りの缶を入手した。沢山持っていたが、これが最後の一つである。この缶を見たことがある人は、アメリカ人でも殆ど居ないそうだ。普通は1ozの瓶入りである。
 この glaze を入れると顔料の隙間を樹脂が埋めるので、艶が出るから、ディカールが貼りやすくなる。

Glaze 空き瓶の中を綺麗に洗って、小分けしておく。こうしないと使いにくい。今回は8つの瓶に分けた。フロクイルの説明書には5%以上加えるとあるが、30%くらい入れないと艶は出ない。

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2019年04月07日

Forney

 船はニカラグアのCorintoという港に半日泊まった。ホンデュラスに行けなかったのは残念だった。実は拙宅は、ホンデュラス・マホガニィをかなり使って建てている。どんなところか見たかったのだ。

Forny (5)Forny (6)Forny (7) コリントォでは市内見物するのに輪タクを雇った。英語がほとんど通じないので、かなり困ったが一巡りして、機関車があるというところに連れて行ってもらった。
 3 ft 6 inゲージのフォーニィが置いてあった。ごく適当にクレーンで吊ったらしく、サイドロッドは曲がっていた。

Forny (12)Forny (10)Forny (3) 日本の国鉄と同じゲージなのだが、このナロゥ感はすごい。しかしゲージが広すぎる。 この矛盾した感覚が面白い。もともとは3 ft 用なのだろう。それを無理に拡げたのだ。ボイラの低さ、細さが、かわいらしい。日本に持って来て国鉄の線路に載せるとどんな感じなのだろう。

Forny (2)Forny (9)Forny (8) 従台車がこれ以上ないほど簡略化されている。模型の方がややこしいのではないか、と思えるほど簡単である。乗り心地はひどそうだ。

 これで思いがけず叶った中南米訪問の報告を終える。


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2019年03月28日

大陸横断鉄道というよりは

PCRC むしろ大洋連絡鉄道 inter-oceanic railroad と言った方が良いらしい。パナマ地峡を走る鉄道である。地峡は英語では isthmus という。(複数形はisthmi だったが、既に誰も使わない。)
  船内の案内映画で何回も音を聞いたが、筆者の思い込んでいた発音と一致せず、ピンと来なかった。thは読まないから発音は簡単だったのだ。7文字中5文字が子音という珍しい語である。子音が多いのはドイツ語やチェコ語にはよくあるが、英語には極めて珍しいパターンだ。喘息 asthma と同様、ギリシア語起源である。医学用語にはよくある。
 
 歴史的には世界最初の大陸横断鉄道であって、勝海舟らも乗った。長さはせいぜい 80 km弱である。昔はPanama Rail Road  PRRと言っていたが、最近はPanama Canal Railway Company  PCRCと言うらしい。旅客列車は両端に機関車を付けたプッシュプルである。短い区間を往復するので、そうしているのだろう。
 この鉄道は複線で、パナマ運河ができるまでは、世界で最も収益率の高い鉄道であったそうだ。これしかないので、とんでもない高額な運賃を取っていたのだ。通過貨物量も当時、世界最大であったという。今は単線である。
 
PCRC freight この鉄道は広軌であったはずだが、知らぬ間に標準軌化されていた。アメリカの鉄道会社が機関車、貨車を使いやすくするためだろう。旅客列車も走るが、コンテナを二段積みした貨物列車が走っている。長さは60輌程度が最大である。現在は単線である。いずれ複線電化が完成するだろう。

electrifying パナマ運河を巨大コンテナ船が通るのだから、船で運べば良い筈と思うのだが、実際には運河を通れない船もあるようで、鉄道の需要は大きい。輸入した2段積コンテナ貨車を使えば、運送コストが下がるのだろう。現在はKCS  Kansas City Southern Railway によって運行されている。KCSはメキシコにかなりの路線を持っている。  
 ディーゼル電気機関車が走るのだが、一部は架線柱が立ち、電化を目指しているようだ。この地域は水力発電が容易なので、電化のメリットが大きいと判断したのだろう。

 パナマ運河は長らく往復ニ線しかなかったが、新パナマ運河が平行してできたので、通行量は倍以上になったらしい。旧運河の幅は狭く、船の幅の広さは 32 mが最大であったが、新運河ではそれが49 m幅まで許される。しかも喫水が深くなったので、重い船も通れるようになった。

追記 インドの電化された線路をダブルスタックのコンテナ列車が走る動画がある。May.25,2019

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2019年02月19日

LVM の Big John

Big John's この貨車はエポックメイキングなものである。100トン積みのアルミ製ホッパ車はこれが最初である。Southern鉄道の発注により1963年に作られた。

 これらの模型はLVMのキットから作られた。二つ入手したので、何の問題もなく組まれるはずであった。ところが、部材の精度が極端に悪く、ブロックが直方体ではなかったし、側面の板がひどく湾曲して、矯正の方法が無かった。

 20年ほど、キットの箱の蓋を開け閉めしただけで、終わっていた。一念発起して新規に作ることにしたが、使った材料はハッチの蓋だけである。あとはフル・スクラッチだ。
 1輌目は20年ほど前に完成した。車体全体を無垢の木製にした。よく乾燥した材木(デッキの材料のカナダ産イェローシーダ)を正確に削って作った。側面は航空べニアであり、連結部近辺はブラス製である。塗装してすぐ完成した(写真左)。その後多少のウェザリングを施したが、この写真では判らない。

 よくできたと思ったが、無垢は重過ぎた。2輌目も削ってあったが捨てて、中空の箱にした。と言っても10 mm厚の板を組んだ箱である。これはさらに20年掛かって完成した。今回は台車まで塗った。優れたプライマであるミッチャクロンがあるからできることである。いずれ1輌目の台車も塗ることになる。

 このような製作の場合、キット組みになるのか、スクラッチ・ビルトになるのかよく分からない。使ったのは図面とハッチの鋳物である。

 ディカールはもう一組持っているので、いずれブラスで作ってみよう。それほど難しいものではない。最近は3Dプリンタがあるので、細かい部品は作れるからだ。構造体さえできれば、わけなく完成まで持って行ける。 

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2019年02月11日

家畜車を塗る

13 UP cattle cars cattle car 家畜車を塗った。UP色はこれで13輌になった。もう十分である。プラスティック製が2輌、ブラス製が4輌、木製が7輌である。13というのは昔見たこの種の貨物列車が13輌だったからだ。それは1970年代前半のことである。UPの支線でGP9が牽いていた。カブースは側面にドアがあった。Droverが乗っていたのだ。ドローヴァとは、家畜の世話をする人である。この程度の輌数しか世話できないだろう。

 コンソリがある。これが走っているのを見たわけではないが、これに牽かせると似合う貨物列車だと思う。側線に留置しておける長さである。カブースをスクラッチから作り、コンソリを塗って完成させるのが今年の目標だ。

 木製の貨車は素晴らしい。組むのにかなりの手間がかかる。エポキシ接着剤もたくさん要る。塗装は下塗りが大変である。塗料が浸み込むので、サーフェサを浸み込ませて固めて置く。ある程度研いで、中塗りをし、上塗りという手順だ。ブラス製は塗装が楽であるが、金属製の家畜車は良くない。木板の部分を薄い材料で作るので、実感がないのだ。さりとて厚くすると重くて持てないだろうし、シアで切ると切り口がダレる。

 妻と屋根は渋い銀に塗り、赤い文字のディカールを貼る。このディカールもDr.Yに作って戴いたものだ。Champ のディカールはもう手に入らないのだ。

 筆者としては、もう家畜車を作ることは無いだろうと思う。木製キットを組むのは大変で、もうやりたくないというのが本音だ。

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2019年02月09日

貨車の積荷

wheel car flatcarには何か積まないと、妙だ。ジャンク箱に車輪を積む cradle があった。ソフトメタルの怪しい鋳物である。クレイドルは「ゆりかご」であるが、ここでは車輪を載せる。積み下ろしをしていると塗装が剥げるので、下塗りを念入りに施した。ミッチャクロンは効果絶大である。2Lの缶入りを買ってきたので、惜しまず使える。

 O scaleの車輪を積むことにした。あっという間に完成だ。積荷はジャンクの怪しい韓国製の車輪を載せたのだが、フランジの形が気になって、結局のところ、Low-Dを載せている。この写真では、手前から、NWSL、 Low-D、韓国製の順である。積載量から考えると、車輪は2段、3段に積むべきだろう。

depressed center flatcar derpressed center flatcarという貨車がある。1950年代のModel RailroaderにHOのこの貨車を作る方法として、アクリルガラスを切り、木型に挟んでオヴンで加熱して塑性変形させる、という方法が紹介されていた。O scaleでもやってみたが、あまり芳しい出来ではなかった。
 All-Nationという模型屋は、アルミ鋳物を売っていた。価格は$9.99であった。出来が悪く、当時としては高いと感じ、買わなかった。昨年、O scaleのショウでジャンクで$9で買った。50年経つと1割引だ。出来が悪い鋳物で鬆(す)があった。
 パテで埋めて研いだが、感心しない。積荷で隠せばよいと気付き、HOの変圧器キットを組んだ。碍子その他は捨て、運送時の姿に作り替えた。時々、この変圧器キットを組んで、碍子付きで運んでいる模型を見るが、ありえないことである。振動で碍子が折れるだろう。この写真を見て、番号を貼り忘れたことに気が付いた。

 skidを組んで載せた。スキッドはパレットとは異なる。使い捨ての木の台のことのようである。家を建てる時に古い煉瓦を数トン輸入したが、スキッドに載せて来た。スキッドは壊して薪にした。
 冷却装置は外して積む必要がある。その木枠はまだ作っていない。仮にパレットに載せた。この冷却装置を付けたまま、積載した模型を見ることが多いが、ありえない。壊れてしまう。
 筆者が中学生のころ、郊外にかなり大きな変電所ができ、大型の変圧器が多数運ばれていくのを、毎日観察していた。たくさんの車輪を持つシキが使われ、それを運ぶ巨大なトレーラもよく見た。狭い道をうまく通り抜けて、運んでいった。

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2019年02月07日

貨車を塗る 

 博物館の工事は少しずつ進捗している。今信号機を作っているところだ。今月中に配線までこぎつけたい。

 2月9日から神戸で行事があるので、何か新作を持って来いという話があった。未塗装の完成品が40輌ほどあるので、出来れば全部塗ってやろうと準備をした。
frozen 工程表では完成できるはずであったが、天候不順や突発的な事件があって6割程度の完成になった。急に雪が降って、軒先で乾かしていたものが凍結してしまったこともある。

 いずれも貨車で、今回は積荷を考えることが多かった。たかが積荷とは言え、調べると奥が深く、ある程度は見切り発車した。

 トレーラのキットをある程度の数、安く仕入れてあった。組んで形になってから10年以上経つ。手を入れて塗装すれば、立派なものになる。問題は後ろのドアのあたりの工作だ。木製キットだから、細かい造作は接着剤のイモ付けではいずれ壊れる。現に、30年前に組んだものは全て外れてしまっている。
 一念発起して、ドアの部分は薄いブラス製とし、細いワイヤをハンダ付けした。面倒な工作であった。数が多く、相手が木製で寸法が微妙に異なる。修正してきちんとはめるようにして合印を付けた。エポキシ接着剤で貼り付け、下塗りした。

piggyback トレーラは概してアルミ地肌の外装が多く、残りは大半が白だ。白の中ではこのJ.B.Huntが好きで、これを多数作った。ディカールは多少用意してあったが足らないので、Dr.Yに複製をお願いした。側面が滑面のもあるので、それは自作するつもりだ。トレーラはタイヤさえ手に入れば、いくらでもできる。そのタイヤはしばらく前に、ある程度の数安く入手してある。

 Piggybackという言葉は、日本語で言う「おんぶ」だ。決して小豚の背中ではない。ピギーックという発音、綴りを見ることが多いが、間違いである。


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2018年12月13日

covered hopper cars

 最初に住んでいたところがUP沿線であったことも大きな要因だが、このカヴァード・ホッパが好きである。一体何輌あるのか数えたことは無いが、おそらく80輌以上あるだろう。ブラス製、木製、プラスティック製の混合である。博物館が開業したら、すべての roster(在籍表)を作らねばならない。

 先回の大捜索で、ブラス製とエポキシ鋳物製がいくつか発掘された。その話をすると、友人が、
「dda40xさんのところには埋蔵金がありそうだね。」
と冷やかす。確かに、もうないと思っていても、再調査で数輌ずつ発掘される。
 ブラスの定尺板の使い掛けもかなり出てきた。何枚か買ってきて一部を使い、それをどこかにしまって、忘れるのだ。戸棚の後ろの隙間から3枚も出て来たのには、さすがに驚いた。埋蔵金属は、確かにある。
 
 さて、発掘されたホッパは時代がやや古い。1960年代の車輛だ。それらは、Locomotive Workshopの半製品、破損品である。アメリカで安く買ったものばかりである。
 Car Cyclopediaを見ても見つからないタイプもある。そうなると、ごく適当にごまかして作るしかない。塗装して編成に紛れ込ませれば、誰も気が付かないものだ。手持ちのディカールの使える形にまとめてしまおう。

 塗装するだけの生地完成の状態になったものが40輌ほどある。1日に10輌は塗れないので、かなりの日時を要する。これから天気が良い日を選んで、順に塗っていきたい。

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2018年11月29日

watermelon car

watermelon car ACL ウォータメロンとはスイカのことである。スイカを出荷する時に用いた専用貨車がある。友人の Bill が、
「これはOスケールで最も珍しい貨車だぞ。この模型は他に持っている人を見たことが無いんだ。」
と自慢したので、いつもそれを探していた。5年目くらいに e-bay でキットを見つけた。接戦で勝ったが、少々高かった。

 箱の蓋を開けて驚いたことに、それは All-Nation による再生産品であった。オリジナルの良さがなく、ディカールはプリンタで印刷したものが入っていた。図面は不正確で(それはオリジナルと同じ)あったが、材料は直角に切れていた。この程度のものなら、スクラッチから作っても大した手間ではなかった。多分ブラスで作ったろう。
 
 ある程度の形までは出来たが、妻面の通風窓をどうやって作るかが問題だった。様々な方法を考えた。伊藤剛氏の手法で斜めの部分を揃えて作ることも考えたが、あまりにも大変で、そのまま10年以上、棚の上で昼寝をしていた。添付された図面の寸法はいい加減で、その通り作るとおかしなものになっただろう。通風窓の大きさが小さかったのだ。

ventilators 先日 3D プリンタの話が出たので、ついでにこれもお願いした。できて来たものは、実物通りのフランジが付き、完璧なものであった。これは高精細のアクリル製である。斜めのシャッタ板はS字断面を持っているので、それを滑り込ませ、エポキシで固めた。妻板の孔を拡大し、取り付けた。サイズは1辺が15 mm弱だ。黒いのは側面をダイヤモンドヤスリで磨った時の粉である。

watermelon car3watermelon car2 これらの角度から見ると、なかなか素晴らしい。小さなものなので、寸法を揃えて手で作るのは難しい。こういうものこそ3Dプリンタの効果が出る。
 ここまで来ればできたも同然で、後は通風扉である。風通しの良い格子になっているので、細い線を正確にそろえて張る必要がある。機械加工で作れば自然に揃うだろう。0.5 mmのエンドミルで溝を彫り込めばよいのだ。
  
 扉は密閉扉と通風扉とが選べるようになっている。即ちレイルは開口部の左右に伸びていて、2枚の扉が動く。この貨車は、輌数が少ないのに、ヴァリエィションが多いようだ。どの写真を見ても形が違う。

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2018年10月18日

pole lines

 6日のクイズのお答が2つだけであったのは、寂しい。例によってrailtruck様が正解である。

 友人から、一袋のホワイトメタル鋳物を貰ったのは、もう20年も前のことだ。それが何かわかるまで、しばらく時間が掛かった。ガラス製碍子である。透明感のある塗料を塗ればガラス風に見えるかもしれないという製品だ。

pole linespole lines2 最近博物館で図書の整理をしていると、様々な資料に行き当たる。1970年代のNMRAのData Bookというものがある。模型の工作法、模型の電気回路、実物の情報など、ありとあらゆることが載っている。最初の二つは既に殆ど価値がないが、実物の寸法などは役に立つ。電話ボックス、電柱、その他鉄道関連施設の寸法は、有難い。

poles その中で電柱(信号線)のいくつかの例があった。材料は丸棒と角材である。それとNBW  (nut, bolt, washer) もあると良い。NBWのロストワックス鋳物は最近どっさり発見された。丸棒は白木の箸を電気ドリルに銜え、サンドペーパで細くした。角材は薄板から挽き出した。図面通りにしたら、かなり細い。そのままオイルステインに短時間浸け、乾かした。こうすると表面に膜ができて、上塗り塗料を節約できる。
 あっという間に数本のサンプルができた。塗装してから碍子を付ける。

 今までNBWを使ったことが無かったが、これは便利である。釘の代わりになる。下穴を細いドリルであけて、強く差し込めばよい。もちろん接着剤を付けてだ。こういうものはばらつきがあると良くないので、型紙の上で作った。

reverse sidefinished poles 碍子はガラス製だ。無色のと緑色とがある。塗装後に水性接着剤で付けた。触らなければ落ちることはない。この接着剤はアメリカで買ったもので、硬化後は水に溶けなくなる。拡大すると粗が目立つが、普通の鑑賞距離ではそれらしく見える。

 電信柱はプラスティック製を大量に持っているが、あまり良くない。遠くの方は良いが、観客席に近いところはこの木製を使いたい。問題はこの碍子である。手に入らないので、作らねばならない。ソフトメタルか、ブラスの挽物にするかだ。どちらが安いだろう。   


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2018年08月01日

職人たち

 PFM-NakayamaのUP7000は有名である。手際よくまとめられている。ボイラの上端の高さの線が、実物通りだ。それほど細かくはないが、繊細な仕上がしてある。

 実は中山氏には1987年に、3回ほど会っている。中野区大和町に在住であった。その頃はもう引退して、お孫さんと遊んでいた。また、目が悪くなってもう仕事はできないと言っていた。作業場をみせてほしかったのだが、仕事をやめたのでつぶしてしまったと言う。その場所は駄菓子屋になっていた。眼光鋭い職人を想像していたが、穏やかな長身の好々爺であった。つぼみ堂系列の職人だったようだ。
 「あのUP7000は素晴らしい。」と告げると、「写真と図面を渡されたから、その通り作っただけですよ。大したことは無いです。動輪は何かの流用ですよ。」と言った。確かにこのボックス動輪は、あまり感心しない。Mohawk L4b の動輪に孔をあけ足したような感じだ。聞けばOゲージもいくつか作っていて、その中にMcKeenもあった。

Ken Kidder McKeen 残骸が転がっていたので、お願いして簡単に修復してもらい、相当額で購入した。後部台車はないとのことで、それは自作した。
  
McKeen この McKeen の屋根は叩き出して作ってあり、そのすべての面にリヴェットが打ち出してある。なかなか難しい細工である。また、窓は糸鋸で切り抜いてあり、曲げた真鍮線の縁取りが付いている。
 現在はDCC化してあり、内部には3つのデコーダが載っている。走行、はずみ車、音声用である。マーカーライトには小型電球を入れたが、現在のLEDを使えば、もう少しうまくまとめられる。更新が必要だ。


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2018年07月02日

cabooseの台車

 カブースを手に入れると、懸案事項が一つ増える場合が多い。カブースの台車は客車と同等の乗り心地が必要だから、減衰力のあるリーフ・スプリングを必要とするからだ。
 台車が手に入れば良いが、そうでない時は作らねばならない。たまたま手に入れたリーフ・スプリングの鋳物を切ってハンダ付けする。大きく飛び出させると良い。鋳物が無い時は、薄いリン青銅を曲げて作る。末端の部分には針金を入れて締め、それらしくする。何か出ていれば十分であると考えている。

 伊藤剛氏が、「ペチャパイではいけません。少し誇張するぐらいに飛び出させていいのです。」とおっしゃったので、それを守るように心懸けている。
caboose truck 2caboose truck 作例は Lobaugh のベッテンドルフのカブース用である。鋳物の出来が良くなくて、リーフ・スプリングがほとんど飛び出していない。フライスで切り込んで四角の穴をあけ、そこに直立するようにリーフ・スプリングの半分を立ててハンダ付けする。比較的大きな鋳物であるから、ガスバーナで加熱して完全にハンダを浸み渡らせる。


 ロボゥのカブースは重く、500 g 以上あるから、ボールベアリングが必要である。座グリドリルで沈めて、取り付けた。
 ボールベアリングを取り付ける時に、台車枠の中で車輪が左右に動かないように、ぎりぎりの寸法にする。こうすると走行が安定する。また、センターピンには薄いゴム板のワッシャを挟むと、音が静かになる。

2018年06月30日

laser-cut のキット

 先回紹介したキット以外にも、レーザ・カットのキットはたくさんある。日本にはまだ少ないが、アメリカではよく売れるので、多種のキットが出ている。

 BTSという会社がある。社名は社長の名前からきているはずだったが、
大きく"Better Than Scratchbuilding" とある。「自分で作るよりも良い」ということである。縮尺は自由だから、N, TT, HO, S, Oの各サイズが出ている。建物のキットは素晴らしい。

 日本では、まだレーザ・カットはガレージ・キットの範囲を出ていないように思うが、この会社はかなり大規模にやっている。友人が組んでいるのを見せて貰ったが、とても良い。
 これなどは素晴らしい出来だ。

 車輛は好みの問題があって何とも言えないが、ストラクチュアはどれをとっても、よく出来ていると感じる。日本のメーカも参考にすべきだ。
 金額的にはかなり張るが、完成すると素晴らしい。

 都市部の高架橋などは、レーザ・カットの最も得意とするところだろう。HO以下なら薄い航空べニアで十分だろう。あるいは、プラスティックでも良い。
 曲線部は直線を組合せて作っているようだ。井桁で承けているところもある。

 Oスケールでも合板製だ。鉄板製の方が安くできるはずだ。
 今計画中の扇形機関庫はかなり大きなものだから、剛性を持たせなければならない。骨組みを4 mm程度の板から切り抜き、屋根、壁は0.8 mm程度にする。窓枠は0.5 mmで作ると良いだろうと思っている。
 これから工場と相談するが、筋彫りができれば煉瓦の目地を表せる。

2018年06月28日

cabeese

 caboose の複数形である事になっている。foot と feet、goose と geese の関係から、導き出された言葉なのだが、実際にはあまり聞かないし、こちらが使うと、相手は一瞬ドギマギする。”通”ぶっていると思われるのだ。アメリカ生まれでもないのに、アメリカ人の一部しか知らない言葉を使って、ウケを狙っているように思われるのだろう。cabooses という言葉を使うべきだと思う。
 一部の会社では crummy または crummie(複数形は crummies)とも言う。作業車という意味だ。 
  
 博物館へ少しずつ引っ越しをしているが、最近 "cabeese"と書いた箱を開けたら、ずいぶんたくさん出て来て驚いた。ブラス製もあるし木製キット組みや、自作もある。機関車を手に入れると、その鉄道のカブースを必ず手に入れて来たし、UP, SP, ATSFなどは各種ある。高いものは買っていないが、総数25輌以上で、ヤードのかなりの面積を占めてしまう。

cabeese このカブースは、CB&Q鉄道の木製である。Mullet River というレーザ加工の店が出していたキットで、かなりの細密度を持つ。今は廃盤になっている可能性が高い。HOもある。下廻りは2段エッチングの凝った作りで面白そうだが、工作は面倒である。
 どういう訳か組掛け品が捨値で出ていた。見ると、作り間違えているところがある。糸鋸で切り離して作り替えて、仮台車に載せた。工作のスキルはあまり良くないが、なんとか見られる程度に修復できたので良しとする。

caboose interior 内部もある程度付いていて、面白そうだが、木製なので異常に軽い。台車無しで100 gもない。補重しなければならないが、内装があると錘を入れる場所がない。座席やトイレ、物置を壊してその中に鉛を5.5オンス(約150 g)押し込み、エポキシ樹脂を流し込んだ。衝突時に錘が外れると大変だからである。重心が真ん中に来るようにするのは意外と難しい。あと、ストーヴを旋削して入れねばならない。
 当初は金隗でも入れないと無理と思ったが、鉛でも何とかなった。この錘の出どころは、Micromarkだ。チョコレートのように切れ目で割ることができ、一つが1/4オンスである。随分昔に入手したものだが、役に立った。現在のところ、台車込みで355 gで、標準質量である。


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2018年05月20日

禿臍凹羯瓩竜事

 栗生氏のブログに禿臍凹羯瓩亡悗垢覽事があった。筆者も禿膸瓩涼作には興味があったので、ある程度はピックアップしてある。65年以上前の雑誌であり、著作権の問題がないので、複写してUPする。趣味者は助かるはずだ。意外なことがたくさん書いてある。最近の鉄道雑誌の記事は、また聞きの話が多い。この時期は当事者が書いているので、信憑性が高い。
 
Pictorial 1 1951年の鉄道ピクトリアル創刊号である。C62についての記事を書いている。C62 が現れてまだ3年ほどしかたっていない時期で、その成功は国鉄内部でも誇らしかったのだ。アメリカ流の発音のハドスンとあるのが興味深い。
 この号の半分はアメリカの鉄道の紹介である。おそらく占領軍の意向が働いている。アメリカのものを貧しい日本国民に見せつけるためだ。

 山陽線にはまだ入っていない時期である。記事は淡々と書いてあるが、日本に初めて出現した 4-6-4 を紹介するにあたって、執筆者自身の興奮を抑えきれないところも見える。 

Pictorial 3 この号は9,10月の合併号である。最初の1年は、まともに月刊では出ていない。
 アメリカの鉄道を見てきた時のことを紹介する記事である。蒸気機関車とディーゼル電気機関車の両方に添乗しているところが面白い。この当時、蒸気機関車はかなり老朽化していたことが分かる。ディーゼルは車体の長さが大きくて不利とある。また最低速を下回るとモータを損傷することも問題視している。
 また、ガスタービンの効率が良いと過大評価しているが、それは調査不足だろう。安い燃料を使えるということが、最大の利点だったはずだ。

 しばらく休載させて戴く。家族の用事でしばらく出掛けることになった。6月の第2週には再開できるだろう。ついでにSan Joseで開かれる O Scale West にも顔を出す。講演を指名されていて、行かざるを得ない。光栄なことではある。


 宮崎氏のご指摘を検討しています。とりあえず表紙だけの公表とします。現物はあるのですが、触ると崩れそうで、開く事もままならない状況です。
 博物館が開館しても初期のTMSやピクトリアル、戦前の科学と模型等は開架では公開できません。ウェブ上で公開できれば有難いのですが、これでは宝の持ち腐れです。今出先で画面も小さく、キーボードが使えないので、簡単な記述に留めます。


2018年04月28日

plain truck, drive truck

 台車にボールベアリングの車輪を嵌めてみた。

plain truck, drive truck 台車は二種類あって、標準品と駆動用がある。後者のホィールベイスは少々長い。モータの重さが掛かる分、イコライザの中心ピンの位置が異なる。
 本物は24インチ径だから、12.7 mm径になるが、12 mm径にした。軸は Φ6 を旋盤で挽いて、作った。この写真は仮組みであるから、まだ全く仕上げてない。
 曲率は計算通りで合っている。滑らかに動くはずだ。

 図面らしきものがある。3面を表しているはずであるが、どれも一致しない。やはり単なる仕様書なのだろう。この図を見ると、ガーダ橋の下に台車が来るが、イコライザ・ピンの位置も描いてない。
 完璧なスケール・モデルを作る積もりでは無いので気楽に行きたいが、どの図面を見ても違うことが描いてあると、気分は良くない。

2018年04月18日

operator's cab

 転車台の運転室 (cab) には規格があるようだ。手元にある図面のようなもの(多分、仕様書?)には、UP204 という番号が書いてある。おそらく、UPの common standard の番号であろう。それを探し出すことができれば、かなり詳しい図面があるはずだ。この図には各種の鋼材の寸法が示してある。発注時に使用するものだろうと推測する。

operator's cab foot print キャブは I 字鋼で支えられている。よく似た寸法のチャンネルを貼り合わせて作った。それに床板をハンダ付けした。キャブの扉は吊戸である。壁は金属製のようにも見える。窓枠は木のようだ。
 入り口から出たところにデッキがあるが、その支えの鉄骨は無い。ということは枕木の延長である。枕木を延ばしてそこにデッキ材を張ることになる。手摺は別個に付けられている。

 デッキの上には長いテコが出ていて、それで回転橋をロックする。大戦中は男手が足らないので、女性がその仕事をしていた。戦時のキャンペーンのカラー写真がある。写真写りが良いように、赤いブラウスの白人女性である。投入されたばかりの Big Boy の転換をしている写真はよく見たが、その原版がカラースライドであるとは思わなかった。
  照明の向きに注意されたい。レイルを合致させるときに必要な光だから、外に向けてあるのだ。キャブは黒である。1950年代の写真では赤く塗ってあるものもある。   
 不思議なのは、シャイアン、グリーンリヴァ、オグデンの3箇所にビッグボーイ用のターンテイブルが設置されたと書いてある本が多数だが、この写真はララミーで撮られたものだそうだ。珍しく、このキャブは浅い切妻である。   

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