鉄道模型のあり方

2018年08月03日

続 職人たち

 HOの蒸気機関車の窓枠を抜くのは面倒だ。細い十字の窓枠を残さねばならない。

 祖父江氏に聞いた話だ。竹野三郎氏という職人がいた。彼は0.2 mmのブラス板を12枚重ねてハンダ付けして糸鋸で抜いた。もちろんヤスリを掛けてから、ばらばらにする。大したもんだということになったが、祖父江氏が
「そんなもの、タガネでも抜けるぜ。」
と言って、6枚ずつ重ねて万力に銜え、先を斜めに研いだタガネで打ち抜いた。万力には研いだ口金を付けているのは言うまでもない。
 板厚の半分の 0.1mm ほどずらしてやれば抜けるという。剪断による歪が出るから、そのひずみを窓枠に関係ない方向にもっていくのだそうだ。抜いたカスは、菱(ヒシ)の実か、蕎麦殻のような形になる。こうして6枚ずつを2回で12枚抜く時間は、竹野氏より短かったそうだ。

 こういった特殊技能の自慢会ができるくらい、素晴らしい職人が揃っていたのだ。竹野氏は、PFMのリストにいくつかの作品が載っている。

 日本には錺(かざり)職人の系譜がある。とんでもなく細かな作業をキサゲとヤスリでやってしまう。そういう人たちは、腕を磨いて、自慢し合っていたのだ。ライアンが来た頃には、その種の職人がたくさん居た。

<追記> 
   mackey氏の情報により、竹野氏のフルネームが判明した。感謝に堪えない。 

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2018年07月30日

二人のビジネスマン

 この三成氏の生き馬の目を抜くような離れ業で、窮地に陥ったアトラス工業は息を吹き返した。看板を掛けさせてやったカツミも、その恩恵を十分に受けた。大したものである。
 ライアン氏はIMPのような作り方をするなら契約しないと言った。厚い板を使って、正確に切り、曲げ、ハンダ付けを完璧にするよう求めた。

 この二人はPFMの歴史を語る上で、最も重要な役割を果たしている。即ち、この二人がRainmaker である。
 沙漠に居る人には3つのタイプがあるだろう。一つ目は雨が降らないかなあと願う人。二つ目は雨が降る地方に引っ越す人。三つ目は雨を降らせることができる人。この2人はまさにそのタイプの人間である。
 IMPは二つ目であった。たまたまそういう時期に日本と接触しただけで、それ以上のものではない。それでは日本の職人たちはというと、まさに一つ目の人たちであった。腕はあるが仕事がない。誰か仕事を持って来てくれないかなあ、と思っていたのである。


 IMP時代のハンダ付けは、中学生がアルバイトに来てやっていたと、安達庄之助氏から聞いた。へたくそなわけだ。持つと壊れるのも当たり前だ。そういう中で、著名なクラフツマンが何人か見つかった。


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2018年07月28日

ライアン氏の来日

 三成氏はIMPの社長の日本訪問により、自社工場がないことがばれてしまい、契約を打ち切られた。
 仕方がないので、アメリカの模型店に片っ端から手紙を送った。鉄道模型の製造拠点を持っているから、輸入業者を探している旨、知らせたのだ。
 ライアン氏は興味を持ち、日本にやってくることになった。三成氏は心配した。また自社工場がないということで、契約して貰えない可能性があると思ったのだ。

Atlas Models そこで一計を案じた。看板屋に行って看板を注文したのだ。それには、
"ATLAS MODEL(S)" と書いてあった。それを持って、三成氏は大田区上池上のカツミ模型店の工場に出かけた。社長の酒井一氏に、
「今日、アメリカから客が来るから、その間だけこの看板を掛けさせてくれ。」
と頼んだ。カツミにとっては三成氏はお客さんである。今までかなりの製品を、輸出してもらっていたのだから、そう簡単には断われない。仮に取り付けることになった。

 そうしてライアン氏がやって来た。工場を自社のものであると言って案内し、その前で記念写真を撮った。その写真には三成氏、ライアン氏、酒井氏、社員数名が写っている。看板は、帰った後すぐ取り外した。当時は英語ができる人の数は限られていたから、このようなことができたのである。

 

 この図は、最近高橋淑氏に描いてもらったものだ。写真もあるはずだとのことだ。この話は祖父江氏の証言とも一致する。

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2018年07月26日

続々 一次情報 

 Drew氏、三成氏にはある程度のファンが存在し、神格化されているという話も聞く。彼らのことをありのままに書くと、まずいことになりそうだと忠告してくれた人もいる。客観的な話のみにする。
 既に本になっているもの、ウェブ上の情報、伝聞(二段階以上の伝聞)は、筆者の価値観では何の意味もない。とにかく一次情報だけを書く。現場で見た人、写真を撮った人、相手と直接話をした人を探してインタヴュした記録だ。

 ビジネスマンとして優秀だったのは創業者のBill Ryanである。彼のポリシィが続けられたから、PFMは存続できた。ライアン氏は剛腕で、必要とするものはすべて集めて、ビジネスを立ち上げた。
 彼の言葉は有名で、当時を知っている何人かの人が全く同じことを証言した。

金はいくらでも出すから、最高のものを作れ。

 ライアン氏は、IMP International Model Products の製品にはまったく不満であった。「おもちゃを作るのではない。模型を作るのだ。」と連呼したそうだ。

 祖父江氏もそれには同感で、
IMPの板は薄かった。Oゲージの模型が 0.25 mm の板なんて冗談じゃねぇよ。最低0.5 mm以上はないと持てねぇじゃないか。握ったら壊れっちまうぜ。大体ねぇ、フレームが 1 mmの板なんて駄目なんだよぉ。しかもそれがプレスで抜いてあるもんだから、伸びちまって軸距離が合わねぇんだ。その点、ロボゥは砲金の鋳物を横フライスで削ってあるから大したもんだったよ。
 ライアンの方針は嬉しかったよ。良い模型ができるってね。マックス・グレイよかぁ、モノがよく分かっていた。もっとも俺はOゲージの方だったから、あんましHOの仕事はしてねぇんだけどね。」

 ライアン氏が来なければ、日本の鉄道模型はIMP路線の延長上を走っていた可能性が高い。IMPの貨車はいくつかあるが、どれもこれもへろへろの板で、補強を入れないと走らせられない。連結しただけでも壊れてしまう。 


2018年07月24日

続 一次情報

 一次情報を集めるということは一見難しそうに思えるが、たかだか40年前のことである。生き証人はたくさんいる。
 例えば川口市周辺の新聞に折り込み広告を打てば、United に関する情報提供者は複数人集めることができるはずだ。それから芋づる式に調べられると思う。関東在住の人にとっては簡単なことであろう。本格的に調べようと思えば、それくらいのことはしてもよいはずだ。

 たまたま、この趣味を熱心にやり始めた1975年ころは、日本の模型界は最盛期であったが、1980年になるとその先が見えてしまっていた。遅かれ早かれ消えていくものであるから、何らかの形でその歴史の一部でも調べて記録しておこうと、伝手を頼って、何人かの職人、ビジネスマンに会った。今となってはなかなか得難い情報もある。
 その結果はどこにも発表していなかった。個人的には伝えたこともあるが、インターネット上には出していない。

 シカゴの連中は、筆者の情報を欲しがった。このドリュウ氏の回想録を出している
brasstrain.com の社長の Dan は、コンヴェンション会場でしつこくいろいろなことを聞いてきた。
「いずれ発表するから待て。」と伝えて数年になる。

 今は亡き Harmon がこのように連絡してきたことを思い出す。
「”Tad (筆者のこと)が詳しい”と、あるBBSに書き込んだら、”あいつはcraftsmanではあるが、ブラス製機関車の歴史のことは知らない。”と書き込んだ奴がいるぞ。それは違う。お前はよく知っている。しかも direct knowledge(primary informationと同義)を握っている。早く発表せよ。」

 その頃は自身の仕事が忙しく、それに時間を割けなかった。そのBBSの書き込みが何であったのかを詳しく聞こうと思っている矢先に、ハーマンは亡くなってしまった。結局その書き込みは見ていないが、そのおかげでその種の問い合わせが減り、時間的には助かった。その後、ブラスメーカの歴史は、意識の端の方に追いやられていたが、今回のUg氏のメイルで覚醒した。  

 ドリュウ氏には2003年に数時間会っている。食事を交えていろいろな話をしたが、正直なところ、それほど卓抜したビジネスマンではなかったと感じた。運が良かった人である。そのビジネスの、相手側の人達に会った話を少しずつ書くことにしよう。


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2018年07月22日

一次情報

 最近始まったブログ「米国型鉄道模型とモダンジャズ」は、興味深い。そのなかに、Don Drew氏の回顧録 ”Fit for a King”がある。Drew氏はPFMの経営者であった。その感想は?と問われると、やや複雑である。英語を日本語に置き換えたことに問題はない。なかなかの名訳である。問題はその回顧録である。

 4,50年ほど前、朝日新聞に連載された”マッカーサー回想録”を思い出す。それを読んで、父や叔父は、「嘘が多い」と言っていた。回顧録は、自分の都合の良い方向に書いてあるのが普通である。失敗したことは小さく、成功したことは大きく書く。相手方の話も同時に読まねばならない。しばらく前に出た瀬島龍三の本などと照らし合わせると面白いのだが、そういうことをする人は少ないようだ。 
 
 さて、筆者は日本のブラスの歴史には少なからず興味がある。たまたまその最後の時期に日本とアメリカの両方の関係者に会っているので、その時の聞き取りメモ、録音を持っている。いずれまとめようと思っていたのだが、先週、Ug氏(日本人)が連絡してきて、知っていることを発表するよう促された。とりあえずこれに関連したことだけでも、発表しよう。

 最近はインターネットの発達で、あちこちを検索して、情報を得やすい。それを並べると、いかにもそれについて研究したような気になってしまう。それは二次、三次の情報であって、いずれAIが進歩すると、瞬く間に集めてくれる程度の情報だ。殆ど価値はなく、自己満足の範囲を出ない。

 筆者は一次情報 primary information にこだわる。一次情報でなければ価値がない。Tom Harveyの記事、祖父江氏井上豊氏伊藤 剛氏伊藤英男氏の記事を書いているのも、それらが一次情報だからだ。


2018年07月16日

続 技術者T氏の来訪

 T氏のあとを付いて歩き、質問があれば答える形にした。
 アメリカ製キット組立のディーゼル電気機関車には興味が湧いたようだった。手に取るとずしりと重いのが気持ちが良かったようだ。
「これくらいないとね。薄いよりは厚いほうが良いね。でもハンダ付けは大変だな。」 
 ガスバーナで焙って焼きゴテで付ける話をした。今なら炭素棒だ。

 巨大なフライホィールを増速してあるタイプを、押してご覧になった。
「すごい慣性だね。」とご満悦であった。衝突時に壊れないよう、スラストベアリングが入っているのに気が付かれた。

 等角逆捻りのサンプルを、いくつか手に取ってご覧になり、リンク機構をじっくり観察された。例の魔法使いの弟子風のもご覧になったが、取り立てて磨り減るとはおっしゃらなかった。
「動きが面白い。カウンタ・バランスが効いているから、横に寝させてはだめだな。」とおっしゃった。

「私も昔は3線式のOゲージから始めた。当時のものは軽かったね。機関車は厚い板で作りたかった。」 
 中学生のころの筆者も同じことを考えていた。薄い板で作ってウェイトを積むより、厚い板で作ってウェイト無しが理想であった。持った時壊れにくいからだ。それができるようになるまで、40年ほど掛かった。ハンダ付けが完璧なのは良い、はみだしていなければならない。という点でも意見の一致をみた。

 フライス盤のZ軸DROの支持点を上に延ばしたアイデアは面白いとおっしゃった。 

 本物の技術者と話をすると面白い。伊藤 剛氏をお招きしようと思っている矢先に亡くなってしまって、ずいぶん残念な思いをしたが、先日のT氏の訪問で、いろいろな意味で救われたように思う。

2018年07月04日

快削ブラス

 快削ブラスを紹介したのは10年以上前だ。それについては、誰からもコメントが無い時期が続いたが、数年前に仙台の今野氏が反応して下さった

 糸鋸でブラスの板を切るのは、ちょっとした骨(コツ)があって、習熟するまでに、多少の時間が掛かる。良い糸鋸刃を買えば少しは楽であるが、それでも初心者には大変である。高校生の時から数えて、糸鋸刃を一体何本折ったのだろう。数えてはいないが膨大な数であろう。ブラスには、刃が喰い込みやすいのだ。

 昔、アメリカでブラスの色が違うのに気が付いた。アメリカのブラスでは、ヤスリ掛け、糸鋸、ドリルでの穴あけが非常に楽である。自分ではやらなかったが、プレスでの窓抜きも簡単である。抜いた後ヤスリを掛けなくてもよい。それを使うと、糸鋸を折ることが少ない。1ストロークで切れる量が、普通の2倍以上である。

 今野氏は筆者と同様、糸鋸、ヤスリを良く使われる方だ。そういう人には、快削の有難みがよく分かって戴ける。
 筆者はブラス板を買うときは番号で買うが、その板はそれほど良く売れているわけでもなさそうだ。聞き直されることがある。ということは、ほとんどの顧客は快削材を使っていないということだ。快削材は別名”クロック板”という。クロックは時計である。掛時計の歯車を作った時の名残である。普通のは”コーペル板”というのだ。copper(銅)という名前から来ているのだろう。

 アメリカのブラスを今野氏に送って評価して戴いている。日本のクロック板より、さらに快削である。糸鋸の1ストロークで切れる長さが3倍近いように感じる。腰が強く、バネ性がある。色は緑がかっているように感じる。削って新しい面を出したとき、白味を感じるが、徐々に酸化されて緑っぽくなる。

 先日の記事でブラス工作をする人が減ったことを書いたが、その一つの原因は快削材を使わないからである、と筆者は思う。サクサクと切れて仕上がりが綺麗だから、工作は楽で、なおかつ美しいものができる。
 糸鋸を、殆ど折らずに工作できるのは有難い。TMSに「快削材を使うと良い」と、どこかに書いてあっただろうか。もし御記憶の方はお知らせ願いたい。この不作為が、現在のブラス工作をする人が減った大きな原因の一つである、と思うのは筆者だけだろうか。


2018年06月26日

木製キット

 逆説的ではあるが、木製キットは長持ちする。法隆寺は1000年以上持っている。接着剤はエポキシ系のものを使わないとダメである。いわゆるホワイトボンドは長持ちしない。これは伊藤剛氏の意見でもある。剛氏はどんな材料が長持ちするかをまとめて、クラブ内向けに発表されたことがある。

 80年代まではアメリカには木製キットを作るメーカがたくさんあった。Basswood(シナの木の一種)で作られたキットは有名であるが、パイン材(松の一種)のキットもすばらしい。日本の松とは異なり、目が細かく、艶がある。

wood stock carwood stock car2 この家畜車は筆者の好きなもののひとつである。見つけると買うが、もうほとんどなくなった。一つ10ドルで買える時代になってしまった。側面の枠だけは、工場で接着して組んであるが、誰も組めないのだろう。文字を印刷して付けてあったが、それは外した。別の色を塗る。右の写真の床板は、細いものを何十枚か貼り付けて作る。凝ったキットである。
 簡単なジグで押え込んで接着する。できると素晴らしい。

 木はプラスティックよりはるかに長持ちする。cattle car(家畜車)のように本物も木の板が貼ってあるようなものには適する。20輌弱の家畜車だけの編成を作って、コンソリあたりに牽かせたい。カブースも専用のを作りかけている。支線を走る列車だ。本線を走るときに、長大列車に組み込むことは稀である。家畜車だけの列車が普通だ。
 動物であるから水や餌をやらねばならず、その乗務員が乗る専用の車輌やカブースもあった。

 家畜車は鋼製のものは評判が悪かった。内側が木板張りでないと、商品に傷が付くのだそうだ。厳冬期に鉄板は凍てつき、家畜がそれに触れると一瞬で凍り付く。びっくりして逃げようとして皮が剥がれてしまうのだそうだ。その点、熱伝導率の低い木板張りは事故がなかった。
 今は家畜車は消えてしまった。筆者がアメリカに居た70年代には支線の留置線で見かけたが、既に廃車寸前であった。

2018年06月24日

ブラス離れ

 3年ぶりの O Scale West 参加で、気になったことがある。ブラス離れである。昔はブラスの機関車が大量に並び、1000ドル から 4000ドル くらいの値札が付いていた。今回は過去の10分の1もないという感じだ。しかも安い。
 多少の破損品がとても安い。3日掛けて修理すれば直るものが、適正価格の1/3で出ている。筆者はすでにコレクションを終わっているのでもう要らないが、若い人は欲しいだろう。旋盤を持っていて炭素棒ハンダ付けができれば、すぐ直る。

 もうブラスの機関車を加工できる人が少ないのだ。これは由々しき事態である。
 ブラス偏重を攻撃する人は多い。進歩的と言われる人はそれに同調する。しかしながら、金属以外の材料で作られたものは、50年というタイム・スパンで考えると持たない、というのは客観的な意見である。ダイキャストも怪しい。
「趣味は作った時が楽しいのだからそれで良い。」という意見もあるが、この趣味を盛り立てて行こうと思うと、それでは心もとない。

Lobaugh Cabeese 今回も、昔は価値のあった Lobaugh のカブース・キットが25ドルで投げ売りされている。一つくらい買おうかと思ったら、その男は下からもう一つ出して、
「これも買ってくれたら40ドルで良い。」と言う。思わず2種買ってしまった。
 いずれ発表するが、重厚な仕上がりの期待できる素晴らしいブラス・キットである。
Lobaugh の砲金鋳物の台車も各種調達した。今となっては貴重なアメリカ製のブラス製品である。祖父江氏はLobaughの機関車を見て参考にしたのだ。
 アメリカ製のブラスは、すべて快削材である。糸鋸でサクサクと切れる。色も違う。日本製は黄色いが、アメリカ製は緑っぽい。

IMP stock car  1950年代のIMP (International Model Products) の家畜車も安く押し付けられた。厚さ10mil (0.25 mm) の材料で、ハンダ付けが最小限だから、とても弱い。握ると凹むし、パラパラと部品が取れて来る。よくもこんなにハンダをケチって作れるものだと、妙に感心した。
 帰宅後直ちに全部の部品を引っ張り、取れそうなものはすべて外したのち、ハンダを贅沢に使って修理した。センタービームにはブラスの厚板をハンダ付けして連結器周りの強度を確保した。僅かのロストワックス・パーツを付け、手摺り等を補う。連結器、台車を取替えると当鉄道仕様となる。


 久し振りに会った友達が来て、箱を開けて中を見せる。
「どうだい、これ欲しくないか。200ドルでいいよ。」とCentral Locomotive Works の機関車キットを示す。
「君ならすぐ組めるだろ、組んだのを持って来てくれれば400ドルで買い戻すよ。」と抜かす。冗談じゃない。

 要するにもう彼らの大半がブラスと縁がないのである。日本も同様な時代に入ったと思う。それだからこそ、博物館が開いたら、ブラス工作教室を開きたい。


2018年06月20日

O Scale West での講演 6

 現在建設中の博物館の概要を紹介した。

 最小半径が 110インチ(2800 mm)で、一周が約 300 ft(約 90 m)のbent dog bone であって、高低差は 11インチ(約230mm)勾配は1.55%でUPのシャーマンヒルと同じ勾配であると言うと、
「wow!」という声が上がった。
「Big Boyに100輌牽かせたかったのだな?」
「その通り!現実には勾配の長さが足らないので、半分しか斜面に載らない。残念だ。」と言うと、
「動画から判断するに、行けるだろう。」
という声が上がった。引張力と抵抗から計算するとぎりぎりである。
 この博物館の奥行があと数メートル長ければ、そういうことも可能であったが、
展示物としてはこの程度が適当であろう。

 レイアウトに勾配を付けない人は多いが、均一な長い勾配があると、機関車の実力がよく分かる効率の良くない機関車は煙を吹くであろう。ギヤ、軸受の寿命も短くなりうるので、設計時に十分配慮せざるを得ない。保油機構の必要性もわかるはずだ。

 アメリカにはかなりの数の、勾配線を持つレイアウトがあるが、どれもディーゼル電気機関車の多重連で運転している。単機の蒸気機関車が牽く場面では、貨車の輌数は少ない。筆者の動画を見て、皆非常に驚いたと言ってくれた。特に、このビデオで勾配を登るとき、
「スリップによって位相が時々ずれるのが素晴らしい。こんな場面は見たことが無い。」と称讃された。前後のエンジンを独立させるのは、効果があったことが証明された。

2018年05月10日

レイルの清掃

track cleaning 自宅に複線エンドレスを作って、電車を走らせている先輩がいらっしゃる。線路の清掃を頻繁に行わないとよく走らないらしい。
 線路磨きは何が良いのかと問われたので、リモネンの線路磨き車を貸し出した。その後の連絡ではとても調子が良いとのことで、その車を複製することにしたらしい。中のローラはペンキ塗りの回転刷毛だと言うと、早速買ってきて試されたそうだ。
 リモネンは臭くないし、気分が良いと言う。それは良いのだが、どうして線路が汚れるかを考えるべきだ。

 博物館の線路は、ここ1年磨いたことが無い。しかし、機関車は全くつんのめることもなく、極めて調子よく走っている。メンテナンスの手間はゼロである。
 軸重が大きいとかいう人もいるが、根本的な違いがあることに気付いていない。

 歯車がコンシールドされているからである。全てギヤボックスの中にあり、全く油が飛び散らない。

 最近今野氏のブログのコメントにその話が出ていたが、一体何人の人がその差に気が付くのだろう。スクラッチ・ビルトの機関車を見せて貰うが、歯車が見えるものばかりだ。少し工夫するだけで油が飛ばず、潤滑が確実な模型を作ることができるはずだ。
 連続数時間の運転をすれば、歯車が丸坊主になってしまうような機構では残念だ。
「外観より機構」というのは、売れないスローガンなのだろうか。

2018年03月01日

O Scale West

 カリフォルニアで開かれる O Scale West(以下OSWと記す)の、役員のM氏から1月ほど前、突然メイルが来た。個人的な話を除いて紹介する。

 貴君はここしばらくOSWに来ないじゃないか。もちろん貴君が何をやっているかは雑誌で見ている。面白そうなプロジェクトだね。それをやっていれば、こちらに来てくれない理由は分かるよ。
 貴君の他に、日本から何人か来ていたけど、昨年は誰も来なくなった。とても淋しい。日本人はもうOSWに何も期待できないのだろうか。それとも、もうコレクションが終わったのだろうか。沢山買っていたようだから、それもありうると考えている。
 OSWの開催時期を5月に変更したのも何かの原因だろうか。以前のように2月のほうが良かったのだろうか。思うところを聞かせてくれ。
 この5月には貴君に是非とも来て戴いて、講演をお願いしたい。内容は博物館についてだ。皆、興味津々だからね。転車台の新しいメカニズムも紹介してくれ。
とあった。

 正直なところあまり行きたくない。例の時差を乗り越えるのが大変だからだ。しかし、わざわざ一本釣りをしてくれるのなら、有難いことである。ホテルに泊まらずに、みんなの家を順番に泊まれば良い、歓迎するよ。とあった。それは確かに有難い。節約できるものは節約すべきだ。H氏からは講演の詳しい予定を知らせよと言ってきた。まだ行くとは言ってないのに気が早い。

 果たして行くことになるのか、全く白紙であるが、様々な点で優待すると言ってはくれている。心は動くが、行かないだろう。

2018年02月25日

続々 プラグマティズムについて

要するに、「主体性の有無」が、「プラグマティズムの有無」を決めていると感じています。プラグマティズムというと高尚な感じがしますが、要は、自分がやろうとする目的に対し、どうしたらいいか考え、それを実践するという単純なことです。

主体性がある人は、その考えや行動が是か非かは人にもよりますが、少なからず行動しています。考えを実践しなくても平気であるということは、そもそもの目的がはっきりしていない、即ち主体性がないということです。どうせ考えてもやらないのであれば、考えるだけ時間の無駄です。

主体性がある人は、「やらないなら考えない」、きっとこういう行動でしょう。実証して初めてその考えが認められることを知っているからです。


 考えても実践しないのであれば、考えていないのと同じ、「考えている風」なのです。ただ、この「考えている風」の人が一番厄介です。彼らは、理屈上できることは、何とかすればできると信じています。

 彼らの話自体の理屈が通っていると、その分野に精通していない人は「よく物事を考えている人」だ、と感じてしまいます。しかし
その分野に精通していて、勘所がある人からすると、それは理屈だけで、経験から来る技術を踏まえた考えではないことに気づいてしまいます。そのため「考えるのはいいけれど、やってから言ってくれ」と思い、辟易してしまうのです。日本に居た時にはそういう人が多く、気にしていませんでしたが、アメリカに居ると、それを言った瞬間に評価が下がることが分かるのです。

 本や文献からの知識、理屈は、ベースとはなり得ても、それが全てではありません。以前、辞書に載っていないから間違っていると評価された話が記載されていましたが、良い例です。知識に加えて、足で稼ぐ、手を動かすといった、身をもって経験したからこそ持っている技術に対するセンスがなければ、実力があるとは認めてもらえないのだと、アメリカに来てから実感しました。

 このブログも、ただ知識や理屈を述べるものなら、全く興味を持たなかったと思います。実際やっているからこそ直面する困り事や、悩み事、経験に基づく情報が満載であるところが、模型人から見て魅力的なブログです。


 壮大な計画が、具現化されるのをブログを読みながら楽しみにしています。



2018年02月23日

続 プラグマティズムについて

鉄道模型の話をしましょう。アメリカでは、「走行第一主義の鉄道模型を作りたい」という人は、走らせるための線路を持ち、自分で改造、あるいは製造できる設備を整え、試行錯誤しながら、自分の考えを具現できる人がほとんどです。

もちろん、「写実第一主義の鉄道模型を作りたい」という人もいます。そのようなモデラーは凝ったレイアウトを作り、模型を楽しむわけです。走行第一主義者と写実第一主義者とで話をすると、互いに目的が違い、フォーカスするところが異なるため、お互いにやはり考えが違うなと感じるでしょう。ただ、意見を言いあって、考えが違っていても、否定をされたとは捉えません。主体性があるから、人は人、自分は自分という考えがはっきりしていて、ブレがないからでしょう。

他人が何を言おうが、自分の評価は自分が決める。故にアメリカ人は自己主張が強いと言われるのでしょうが、自分の幸せを自分で追求するのがこの国の特徴でしょう。

 

一方日本では、他者評価を気にする人が多いのではないでしょうか。目的が違えば、考えも違って当たり前なのです。たとえば写実第一主義者の方からの意見に、「それは『走り』を追求する上では採用できない。」と言えば、”否定された” と感じる人が多いのではないかと思います。その逆のパターンの場合も同じです。

 人と同じであれば良い、人より幸せであれば良い、という比較の判断基準は他人の眼ですから、「違う意見=否定」と捉えられても仕方がないのかもしれません。

                                                                     <続く>



2018年02月21日

プラグマティズムについて

 1月10日号のコメントを読んで、アメリカから長文のコメントを戴いた。日本とアメリカで自然科学を研究されている方からである。日米の鉄道模型文化の比較論である。興味深いので、紹介したい。コメントは800字を限度としているので、数回にわたって送られてきたものを編集した。

 
 私は、こうすれば良くなる、こうすればできると考えたらやってみたい、と思うタイプの人間です。ところが、日本の殆どの人は、考えただけでできた気になり、やらない人が多いと感じます。いざとなったらやるし、やればできるはずと思うのでしょうが、実践していない人には経験から得られる勘所がないので、それまで手を動かしてきた人間にはかないません。それだけではなく、考えたことをやってみてどうなるか見たいと思わない人は、最後まで実践することもできません。

「考えたことをやってみたい!」と行動する人間と、「考えた。理屈上うまくいく。」と満足する人間とは、生き方の根幹が違うからです。

 

アメリカには、考えて終わりという人はあまりいませんね。学生達は、私などそっちのけで考えを言い合い、白熱した討論の後、必ず「その実験をやってみよう」となります。残念ながら、日本ではあまり見ない光景です。

日本では考えは言い合っていますが、自ら行動することは非常に少なく、大学院にもなって「指導してもらう」という感覚の学生がいることには驚きます。教育の違いかと考えたこともありますが、結局、主体性があるかないかの違いなのだと思うようになりました。主体性があるということは、「自分がこうしたい」という目的意識がはっきりしているということです。そのため、その目標達成のためにはどうすべきか考えて、実践するということになります。
                      <続く>  




2018年01月24日

終活

 就活かと思っていたら、終活という言葉があるそうで、少々驚いた。人生の終わりに近づくと、様々なものを整理する人もいるらしい。

 最近何人かの模型人が、工事中の博物館にいらして、
「うちに置いておくと、僕が死んだら捨てられてしまうから、事前にこちらに持ってきてよいか。」
とお聞きになる。お預かりするのは良いが、展示できるかどうかはやや難しい。ショウケースが足らない。3階が空いているので、それを展示スペイスにすれば何とかなるが、まだ先の話だ。内装工事やエアコン設置が必要である。場合によってはエレベータも必要だ。資金が要る。

 伊藤 剛氏は15年ほど前、面白いことをおっしゃった。
「そのうちに、鉄道模型は持ち主が死んだらどういう風に保存するかを考えねばならない日が来ます。宗教法人にするという手もありますよ。お寺が良いですな。
哲藻院 應迎寺 というのはどうですか。読み方?テツモイン オウゲイジですよ。
そういう宗教法人にして、お布施を戴いて永代供養するというのはどうでしょうな。」

 もちろん剛氏一流の冗談ではあるが、時が経つと現実味を増す。
 この博物館の建設が始まるときに、土屋巖氏は、
「いろいろな人が模型を持ってきて預かってくれという日が来るが、タダで受け取ってはいけないぞ。相応の保管料を貰って運営するのだ。」
とおっしゃった。その日が近づいてきたような気がする。

2017年10月24日

続々 pine wood soap-box car

 どうしてこのような話を書くのかというと、鉄道模型は走らねばならないからである。見かけがよく出来ていても、牽けない列車では良くない。
 よく走り、壊れず、脱線しない。この三つがないと面白くないだろう。物理的な考察は必要だ。

 pine wood car derby でも全く一緒だ。
「形は素晴らしく、色も凝った仕上がりにしてある。素晴らしい流線形にしてある。でも走らない。」では駄目だろう。
 個別の理論はあちこちで聞く。「車輪とレイルとの接触点ではヘルツ応力が・・・」とか、様々な蘊蓄を聞くが、模型には関係のない話だ。
 様々な工学的知見は、その応用される領域では考慮せざるを得ないが、模型のような小さな力しか掛からないところで、そんな話をしても仕方がない。このような蘊蓄を語る人の模型が素晴らしいかというと、それとは関係なさそうだ。筆者も本物の様にレイルを内側に傾けると良い事があるかと思ったが、実験してみると、まったく変化はなかった。

 車を流線形にすると速くなるか、というのと同じだ。この程度の速度では真四角の車でも結果は同じである。何の効き目が大きいかということを見つけ出せないと、問題は解決しない。 


 先日例の数学者と久しぶりに会って話をした。よもやま話の中で、突然微分方程式の話をし始めた。彼曰く、
「話の中で、相手が『微分方程式で解かないとダメなんだ。』とか言い始めたら、その人の話は疑ってかかったほうが良い。」と言う。

 あまりにも唐突な話で付いていけなかった。
「そうなのかい?」
「世の中のほとんどの現象は、頭を使えばそんなものを使わなくても解けるし、微分方程式の大半は解けない。近似値しか求まらないんだ。話をごまかすためにその言葉が出てくるんだよ。気を付けるべきだ。」
 彼がそんな話を突然振ってきた背景も話してくれた。

 そうかもしれない。思い当たる話は筆者にもある。その件は、自分自身で微分方程式なしで単純な解析問題として解けたのだった。

 関西合運と自動車レースは関係なさそうだが、大いに関係があった。

2017年10月18日

走りについて

 会場を一巡りして気が付くのは、油切れの車輛があることだ。キーキー言うのだが、それを見とがめる人が居ないというのは、不思議である。
 筆者はあの音は生理的に受け付けない。すぐに退散したが、そのまま運転したのだろうか。
 フル編成の客車列車があるのだが、重くて牽けない。「機関車に力がない」という表現を聞いたが、そうではないはずだ。すべて牽かれるものの責任だ。客車の台車をよく整備して注油すれば、直ちに解決するはずだ。 
 中学校の理科の問題なのだが、解決は難しそうだ。凄じく細密な車輛もいくつかあったが、走りは見ていない。

 帰宅した晩に、先述の木片を見つけた。その木片と会場で見た車輛との関係が結びついた。 
 あれは近所の子供の同級生の親から渡されたものだ。近々ある行事があるので、準備してくれというのだ。
 はじめは何か分からなかった。土曜日の午後、集会所に行くと子供も親も何人か居て、あることをやっている。見せてもらったのは自動車の模型である。走行用のコースも作ってある。毎年使っているのだろう。組立式であった。木製でかなり大規模なものだ。

2017年10月16日

関西合運

OBJ 今年も出掛けた。何か新作を持って来いということなので、半年前に作った Old Black Joe と貨車2輌だけを持って行った。本当は塗るばかりまで完成したPullmanの8輌編成を持って行くはずだったのだが、ついに天候不順で塗れなかった。


 Oゲージのレイアウトは舞台床面に平で置いてある。高さが無いので残念である。せめて30cmでも持ち上げることができればかなり良いのだが、会場の都合でできないらしい。持って行ったものは陳列台に飾ってあったのだが、鎮目氏が、「走らせて見せてくれ」と言うので、彼のスクラッチビルトのタンク車14輌を牽くことになった。見物人は牽かないだろうと思ったらしいが、するすると牽き出し、順調に加速した。
 高効率のモータと効率の良いドライヴのなせる業である。全くと言ってよいほど無音で走った。貨車は1輌が 600g 弱ある。軸受はピヴォットではなく、プレーンである。Φ2のステンレス軸をブラスの軸受で受けている。よく注油されているから、かなり摩擦は少ない。

 ステンレスは摩擦が小さい金属なので、よく研磨してあれば、かなり抵抗は少ない。平坦線なので、軸受の摩擦抵抗と曲線抵抗である。Low-Dであるから、曲線抵抗はかなり小さい筈だ。暗算で必要な牽引力を計算した。1.0から1.4 N程度だろうと推測したが、もっと小さかった。
 機関車はΦ25のステンレスLow-Dを流用しているので、牽引力は少なく1.3 N 弱だ。モータの出力から計算して、補重してあるので、ぎりぎりのところでスリップしてモータが焼けないようになっている。直線では牽き出せるが、曲線では引っ掛かるかもしれないと思った。しかし、かなり余裕を持って走った。鎮目氏はLow-Dの効果を見て、感慨深げであった。  

 板バネが効いていて、フログを渡る音が重々しい。ここに等角逆捻り機構だけを使うと、軸重が大きい時は、ゴトゴト、コツコツという音がする。もちろんバネを介せば、問題ない。
 機関車が全く左右に振れない事にもご注目戴きたい。車輪の精度が高いから、二軸車でも安定している。また、重ね板バネの緩衝のおかげでもある。コイルバネではこうはいかず、ふらふらする。電流は、起動時で130 mA、巡航時で60 mA 程度である。


2017年09月24日

switching

 テキサスに飛んだ。Dennisが遊びに来いと誘ってくれていたのだ。DFWの空港でnortherns484氏と待ち合わせて、Abileneまで行った。デニスの言うように隣の町ではあるが、その間300 kmほど何もない。2時間半のドライヴである。小さな車(日本でいうヴィッツ)を借りたので、高速では燃費が悪い。13 km/L だった。

switching 2 Dennisはレイアウトの整備を精力的に行っている。この2年のうちに驚くほどの進歩を見せた。すべての分岐を確実に作動するようにし、解放ランプを整備した。これは大切なことである。またすべての車輛の連結器を軽く動くように整備した。当たり前のことであるが、これを100%完璧にすることは非常に難しい。しかし彼はやり遂げた。

 アメリカのレイアウトの楽しみ方で、日本でほとんど行われていないことは入替作業である。目的をもって車輛の組換えを行い、列車を仕立てる。それを目的地まで持って行って切り離し、置いてくる。そこに置いてある空の車輛をつないで元のヤードに置く。

roulette 文字で書くと簡単なことだが、実際にやるのはなかなか大変である。どの種類の貨車を選ぶかは、電動式ルーレットで決める。そしてカードで貨車を選んで、仕立てる。スウィッチを押すとブィーンと廻るので、手を放して止まった種類の貨車を選ぶわけだ。
 7,8輌の貨車を選んで仕立てるだけで、ゆうに30分は掛かる。機関車の整備も大切で、ゆっくりと確実に動かねばならない。DCCの利点が生きている。

 詳しい遊び方はnortherns484氏のレポートに期待したい。

2017年09月18日

続 San Diego Model Railroad Club

118_6387118_6386 引き続いてO scaleの方を見てみよう。30年前と変化はなかった。既に、かなり陳腐化された概念のレイアウトである。ありえない階段状の本線を主題とした古臭いコンセプトに基づいている。取り壊して新しいレイアウトを作るべきである。筆者も、昔はこれを見てすごいと思ったのだが、今は妙なものであると感じた。

 HOの古いレイアウトも、陳腐化して取り壊されたのであろうと思われる。レイアウトの概念は急速に進歩しているのだ。より写実的になるか、抽象化するかのどちらかしかないだろう。
 筆者の博物館は抽象化の道を選んだ。故土屋氏のコンセプトである。すべてを無彩色にし、特別の部分だけに彩色を許した。日本にはあまりない Display Layout である。
 このサン・ディエゴの博物館は、写実的なO scale レイアウトとしては面積が小さすぎる。あたかもNゲージの1畳レイアウトのような感じである。何もかもつっこんである。現場で担当者とその件について語り合ったので、いずれ反映される日が来ると信じたい。
 O scaleでは、実感味は別のところにあるはずである。実物のような慣性のある走り、ポイントのフログでのドスドスという響き、カーヴでの揺れ具合などを十分に堪能させるようなレイアウトが望ましいと考えている。

2017年07月25日

意外な話

 7月19日の記事に対し、KMCの須々木裕太氏からコメントを戴いている。ブログ本文で紹介させて戴く。

 KMCは運転者がモジュール内側に居り、走行中の列車が木立に隠れて余り見えないので、列車と一緒に移動する事は不可能で定位置で運転しています。このことはKMC会員周知の事実です。一方、モジュール外側には脱線復旧や線路磨き要員のメンバーが常時数名列車について歩いているので、コメントされた方は、この風景を見て「ウォークアラウンド実施中」と勘違いしたものと思います。
 ウォークアラウンドの定義も含め何も判っていないのに、KMC会員を詐称して関心を引こうとする人が居るとは、何とも情けないですねぇ。 

 要するに、2008年5月1日に投稿されたコメントはKMC会員を騙(かた)ったニセモノであろうということだ。さらに、メイルでこのようなことも教えて戴いた。

 私がKMCに参加したのは2004年です。当時も今も、KMCの運転方式は変わっておりません。正しい意味での「ウォークアラウンド」すなわち、列車と向き合って列車と共に移動しながら運転する事は、KMCでは行われていない事は確かです。
 赤外線や無線スロットルを使って、観客側から列車を制御する試みは何度か行われましたが、観客をかき分けながら列車と一緒に移動するのはまず不可能でした。結局、運転者は内側、観客側にサポート者数名という体制で公開運転しています。 
 ただ、2008年当時在籍したが、現在は退会された方も数名居られますので、会員外の詐称かどうか?という点について100%の確信は有りません。しかし、昔も今も「KMCは**のパイオニア」等、対外的に成果を誇示したり、他のモデラーの方を見下したりといった事をする会員は思い当たらないのが、正直な所です。
 軽便鉄道模型祭やその母体であるKMCやKBMCに関するデマや中傷が時々耳に入りますので、誤解を解きたい一心でコメントをお送りしました。何とも面倒な事で困ったものですね。

 須々木氏とは古い付き合いで、彼の心情はよく理解できる。確かにKMC会員はどなたも紳士的な方ばかりである。KMCという名を騙ったのは、犯罪である。IPアドレスは分かっているので、事の進行状況を見て、公開するかもしれない。


2017年07月19日

様々なコメント

 このブログでは、コメントは承認制である。すなわち、コメントを投稿してもすぐ載るわけではない。こちらに編集権があるので、誤字の訂正をしたりしてから、公表している。
 中にはおかしなものもあって、「調子に乗るな。」とか「態度が偉そうだ。」などと書いてくるものもある。IPアドレスは保存してある。

 ずいぶん前だが、「日本ではウォーク・アラウンドを採用しているという記事には、ほとんどぶつからない。」と書いたところ、KMCの人と称する方から「木曽モジュールクラブや軽便モジュールクラブでは、DCC&ウオークアラウンドはあたりまえです。あまり日本のファンを見くびらないように忠告します。」というコメントが入った(下線は筆者による)。この言葉遣いには違和感がある。
 読解力の不足と、表現力の無さである。客観的な話として受け取れないのだろう。

 筆者はおそらく、日本で最初のウォークアラウンドの実践者である。1978年頃、
4線の機関庫風景を作り、7 mほどではあったが、本当に歩いている。高さは1 mであった。入替えをして楽しんだ。その高さは当時としては、格段に高かった。
 それから何年後かに、彼らはモヂュールを組合せてそれを実現したのだろう。雑誌にも載ったので、それを誇りたかったのであろう。しかし、その写真を見て感じた事はウォーク・アラウンドとしては低すぎるのではないかということだ。全体をあと50 cm上げることができれば、かなり違う効果が出ると思った。
 このことを、先に紹介したコメントの件を含めて、KMCの方に直接質したことがある。
「おっしゃる通りかもしれませんね。コメントの件は誰かわかりませんが失礼しました。我々全体の意見ではないです。」という話であった。
 会って話せば、皆紳士的なのだが、顔の見えない場所からはかなりひどいことを平気で書いてくる。これは鉄道模型だけではない。某掲示板を見ればそのような記述が大半だ。何年も見たことがないが、その中にきらりと光る宝石もないわけではないという話だ。

 このブログでは、コメントは99%以上載せている。載らないものがあれば、それは明らかなマナー違反である。直接会って話せる内容なら、多分OKだ。
 極端にひどいものはIPアドレスを公表することも考えている。


2017年07月17日

あるコメント

 先日、このようなコメントが入った。
ハンダの流れ方や、6か所ある梯子の造形やら、雑な工作ですね。スクラッチビルドを「しない」と言うより、正直に人並みの工作は「できない」と言った方が良いのでは。 」

 なかなかの自信家なのであろうと推測する。ただ、読解力には大きな疑問符が付く。このブログを最初から読めば、全くの見当違いである事はすぐ分かるはずだ。
 筆者は外見にはそれほど拘らない。塗装することが前提だから、キサゲでハンダを削ってぴかぴかにするようなことはしない。また、内側にはいくらハンダが見えていても、削らない。ただ、接着面には100%ハンダが付いていることが条件だ。

perfect soldering このコメント主はOスケール (OJではない)の客車を持ったことが無いことは明白だ。1.5 kg〜2 kg以上もある客車をわしづかみにすると 、ハンダ付けが外れることがある。経験上一番多いのは、面積の大きな荷物扉である。だから厚めの板を用いて、完璧な、水も漏れないハンダ付けをする。窓ガラスは、アクリル板をアングルに嵌めておく。接着では剥がれるからだ。

 ブラスの板はクズ屋で買ったものだから、錆びて汚いが、気にしない。塗れば全く問題ないし、錆びているものの方が塗装が剥げない。フェルト・ペンで書いた文字はシンナで拭いて、塗装する。プライマは無くて良い。

 梯子は片足しか付けてない。最終的な完工時には両足付けるが、作業中は曲がりやすいので、直しやすい状態のほうが良いのだ。中段のハンダはすべてが完成した時に削り取る。頑丈でないと作業中に壊れてしまう。今回も撮影直前に落としたので、一部の部品が落ちている。しかし、机の高さから落としたのだが、本体にはまったく被害はなかった。

 コメント主は、店で売っているキンピカの完成品のようなものが理想だ、と考えているのだろう。ところがこの博物館では、よく走り、多少の事故でも破損しないことが最優先だ。20輌編成の客車が30 kg以上もあるとは、見当もつかないだろう。床板のセンタ・ビームはあのような形でないとビビリが出る。1.5 mm厚のチャンネルを付ける時に、完全なハンダ付けが必要なのである。はみ出さないようにできるものなら、お見せ願いたいものだ。長さ464 mm、幅63 mmの車体を、0.8 mmと1 mmの板で作ってみれば、いかに不見識なコメントであるかが分かるだろう。実際に作れる人はこのようなコメントは書かない。
 
 (自己)相対性という概念がある。自分が社会の中でどのような位置を占め、何ができて何ができないかを知ることだ。それができる人が大人である。すべての鉄道模型人にそれを要求するのは、無理なことなのだろうか。


2017年07月13日

続 Bluetooth control 

 この装置は3980円である。電圧がやや低いのが問題だが、それにあわせたモータがあれば、鉄道模型でもそのまま使える。DCCと違って、ファンクションがすべて比例制御だから、連結器の解放、ドアの開閉、パンタの上下等、自然な動きをさせられる。しかも安い。電圧を上げる工夫はH氏が実験中だ。

 DCCのデコーダで3980円で買える物が、いくつ位あるのだろう。音声は少々考えねばならないが、現在の技術なら、克服は可能だろう。

 買った受信機には自由に名前を付けられるし、最大20ほど登録できるから、かなりの数の機関車を呼び出すことができる。しかし、重連のことは考えてないから、iPad等が複数要る。重連を前提とするなら、全く新しいソフトウェアが要るだろう。
 筆者は関節式蒸気機関車の前後のエンジンをこのモータ出力2つで動かすことを考えている。片方だけ、スリップさせることは容易だ。

 ひとつのモータ出力で1.5 Amp だそうだが、二つを並列につないで、回路を少し変更すると(ジャンパ線を切り、新たなジャンパを付ける)3 Amp 出力になるという。当レイアウトでは最大電流が1 Amp 程度なので、その必要はないが、面白い設計だ。


2017年07月11日

Bluetooth control

bluetooth RC Bluetooth のラジコンセットを買ってみた。赤く光っているのが、商品である。洗濯バサミではさんであるのが、サーボ・モータであり、大きなギヤード・モータが、ターン・テイブル駆動用とインデックス用である。 
 
 驚くほど小さく薄い。配線はあまりにも単純で、これで良いのかと何度も確認した。電源は、最大5.5Vとあるので、4.5 Vの電源を持ってきて電圧を計った。無負荷で7.5V もあるので、そのままでは壊れてしまいそうだ。解放端を接続するのではなく、ブリーダ (bleeder) の抵抗を付けて、ある程度の電流をバイパスさせた。経験上、100 mA 程度流せば電圧が落ち着くものだが、今回はその程度では駄目であった。昔の電源は全波整流を電解コンデンサにつないでいたから、141%の電圧が出てしまった。少し流すだけで、電圧が落ち着いたものだ。


 たくさんの抵抗を直並列につないで、電流を増やした。500 mA も流さないと、6 Vにならない。3 W ほども熱が出るので、抵抗は熱くなる。表面積が大きくなる様に工夫しておいたが、しばらくすると、火傷するくらい熱くなる。もう少しまともな電源を探さねばならない。 
 
Bluetooth  control ソフトウェアは、ダウンロードできるから、iPadを開いてアイコンをクリックすれば、すぐにこの画面が出る。sync を使えばいくつかのサーボを同時に動かせる。個別の極性反転は flip で行う。


control panelcontrol panel 2 編集画面で、2モータ、4サーボ、4LEDの選択をする。画面に見せない様にすることもできるし、いくつかを連動させることもできる。ただ、自分の好きなように縦横を入替えることができないので、ロボットのラジコン以外では使いにくいだろう。
 黄色と赤の文字は筆者の注釈である。

2017年06月17日

続 Model Railroader 1000号

 時を経ても価値のある記事、というのはある。筆者にも思い出がある。この記事のおかげで開眼したというものがあるのだ。

 筆者にとっては、Walk Aroundの記事である。その概念を知るまで、パワーパックで機関車をコントロールするものだという固定観念から抜け出せなかった。
 それが拭い去られてしばらくして、RMC(Railroad Model Craftsman)でSWAC IIの製作連載記事があった。すぐに基盤を注文し、日本製の部品でそれを作り上げた。
 たかだか7mほどしかない線路であったが、スロットルのジャックを差し替えてウォーク・アラウンドを実践した。それを見に来た魚田真一郎氏が、すっかり虜(とりこ)になってしまった。もう一台作って、それで遊んだ。
 我々は、日本で最初のウォーク・アラウンド実践者であろう。

 日本では相も変わらず、細密加工した模型を賛美している。走るかどうかも分からないものを鑑賞しても仕方あるまい。模型雑誌の記事を読んでも、走行性能を上げる話など、どこにもない。

 随分前の話だが、ボールベアリングをHOのギヤボックスに入れる話が載った。ウォームギヤのスラストに耐えるよう前進側の当たるところを2重にしている記事であった。残念ながら、大きなスラストは急停車時に発生するので、どちらかと言えば、逆転側を2重にするのが正解だった。一つでも壊れはしない。よほど強い力が掛かっても大丈夫だ。ただし、ベアリングのハウジングが、ガタガタだと弱いだろう。滑り嵌めできっちり作るべきだ。それをせずに、2重にするという発想がまずおかしい。その原稿をそのまま載せてしまうというところが、TMSらしいところである。
 たまには、模型界を引張るという気概を見せてほしいものだ。

 目の手術を受け、一週間の安静を言い渡されました。しばらく休載します。

2017年06月15日

Model Railroader 1000号

MR1000th Model Railroader の 1000号 を見ている。
「鉄道模型はこうなる」(The Future of Model Railroading )という記事が興味深い。この種の記事は、TMSではほとんどないところが悲しい。

  game changer (流れを変えてしまうもの)はDCCのようなコマンド・コントロールとサウンド・デコーダであるという。細かいディテール・パーツの発売などではない。新しいFシリーズの機関車の発売でもない、と書いているところには笑ってしまった。要するに細かいディテールなどを気にする人は、少なくなったということだ。

 今までは線路を流れて来た電子(電流と言わないところが面白い)で動いていたが、バッテリィで動く機関車が、いま調子良く使っているDCCと同様に動かせればよい。問題は電池容量である。HOの燃料タンクくらいの大きさで、1、2時間動くものが既にある。重連しているダミィの機関車の中に積めれば、もっと長い時間動く。充電の方法を考えれば、電池を外さずに充電できる。(もう少し踏み込んで書けば良いのにと思う。)

 Offboard sound (スピーカを車輛から外したサウンド・システム)要するに、スピーカを小さな車輛に積むのをやめて、線路からのDCC信号をサウンド・デコーダに直接つなぎ、その音声出力をヘッドホンに無線で送る、ということらしい。確かにいい音はするだろうが、機関車が向こうに行っても同じ大きさの音である。蒸気機関車についてはどうやるか分からない。
 O ゲージでは大きなスピーカが積めるので、それほど利点は感じない。 

2017年04月26日

OSR May/June 2017

 最近号の O Scale Resource にLow-D の記事が載っている。毎号載せてくれるのは有難いが、少し頻度が高すぎる。編集者の要望に応えて原稿を送っておいたものだ。まだほかにも、いくつか送ってある。
 また、99%以上、書いたそのままが載っている。"to" を一箇所抜いたのと、複数形を2箇所直しただけだ。編集者は良く書けていると褒めてくれるのだが、こちらとしては今様の英語にして欲しい。筆者が英語を勉強して50年近く経ち、アメリカから帰ってもう25年以上経つのだから。
 
 外国人の書いた英語の雰囲気を味わって欲しいらしい。 アメリカ人の友達に聞くと、古風な言い回しがあるそうだが、違和感はないとは言っている。しかし、筆者自身は読み返すと少々気になるところがある。今はこう言わないような気がする、と感じるのだ。自分の書いた英語なのだから責任を持て、と言う人もいるだろうが、原稿をコンピュータ画面で見るのと、このような冊子風になったものを見るのとは、少々感じ方が違うのはやむを得ない。

 ステンレスの摩擦係数が小さいから、フランジ角を小さくでき、その結果線路の不整による脱線が起こりにくくなったことを強調した。Big Boyなどのセンティピード・テンダが脱線しやすいのは、これを使えば直ると書いておいたのだが、果たしてどの程度の人が興味を持つのだろう。

 滑走データも付けておいた。最後の写真は非常に多くのことを語ってくれる。これを見てフランジが触っていないということが明白になる。過去にいろんなことを言ってきた人がいるが、これを見せるとたちまち黙ってしまう。それほど雄弁 (eloquent) な写真である。動かぬ証拠である。
 フランジの接触による損失は大きい。先日RP25を付けた車輌が1輌発掘されたので、よく整備して滑走させた。車輪は溶剤スプレイでよく洗い、油気をなくした。線路も溶剤でよく拭き、油気を取った。
 下り坂を滑走させたが、カーヴの途中でキーッという音がして驚いた。フランジの音だ。フランジが擦れてそんな音を立てたのだ。ステンレスの摩擦係数が小さいとは言え、音がするようでは、とんでもない損失を生んでいる。フランジでカーヴを曲がるのは、模型では避けるべき間違いだ。

2017年04月02日

一区切り

unique user このひと月のアクセス数を表すグラフを見て、あまりにも平坦で、驚いた。こんなことはめったにない。確かに、今月はあまりセンセイショナルな話題がなかった。淡々と、祖父江氏の記事と、競作の記事を並べただけだからだ。
 隔日更新なので、その波がひたひたと感じられる。途中5日に更新設定を誤って、6日に更新しているのが唯一のイレギュラな点で、如実に表れている。あとは平凡そのものである。このグラフはUUを示している。この原稿を書いているのが22時なのでまだ少し増える筈で、規則的な波であることは間違いない。お読みになる方が固定化しているということだろう。
 このひと月で一番アクセス数が多かったのは例の仮定法の話題だ。グーグルで検索して来られた方が多いが、集中しているわけではないので、グラフからは読み取りにくい。その方たちは模型の範疇外の方であろう。いくつかコメントを戴いたが、ここに載せるほどのこともないので直接ご返事差しあげた。親しい英語の教師に聞くと、やはりそのあたりの実力が怪しい教師が多いそうだ。要するに会話ができない人が多いのだ。会話の中には仮定法はいくらでも使われている。

 もしここに話題を呼ぶような記事を出すと、いっぺんに山の高さが数倍になる。実は、今月はいろいろな点で忙しく、あまり熱心に記事を書いていない。というよりも書く暇がなかったのだ。
 定年のある仕事ではなかったのだが、一応仕事をすべて辞めることにした。その節目に本を出さねばならなかった。校正その他がどっさり来て忙殺されたが、ようやく出版された。引き続き、町内会長と連合会長を引き受けているので、年度末は眼が廻るほど忙しかったのだ。実際に過労で少し休んでいた。

 博物館レイアウトに掛ける時間はいつもの半分以下である。しかし、家でもできる作業をかなりした。もうないと思っていたブラス貨車の組み掛けが、書斎の書庫からどさっと出てきて、それをかなり完成させた。今月は10輌近く作った。最近作業の速度がかなり速くなったのを感じる。この1週間で5輌作った。博物館に行けない日は、工作に充てる時間が長い。貨車であるから、少々荒っぽい作りだ。ハンダは削ってない。鏝を上向きに使って吸い取る程度だ。それで十分である。ハンダは200 gほど使った。スズを足して共晶にして使っている。ハンダはあと数kgある。

 石炭ホッパをたくさん作った。安達製作所から側面の板をもらったのをベースに、ごく適当に板とアングルを組合せて作る。本物の図面を見て補強を入れるので、製品より多少出来が良くなる。このサイズのアングルは売るほど持っていたが、ほとんど使い尽くした。 

2017年01月06日

続 Lionel

115_5130115_5131 蒸気機関車はspur gear drive(平歯車駆動)である。直捲電動機であり、ギヤ比は12:1程度であるが、簡単に逆駆動できる。すなわち、子供が機関車を手で押すとモータが廻る。永久磁石のない直捲電動機ならでは、である。モータ軸は枕木方向であって、歯車は二段になっている。残念ながら、発電はできない。全軸ギヤ駆動だからロッドは飾りであるが、エキセントリック・ロッドも加減リンクも動く。子供たちはその動きに魅せられる。

115_5132 直捲電動機は起動トルクが大きい。電圧を上げていくと、じわっと動き、電圧を変化させなくてもそのまま加速していく。伊藤 剛氏が、「オートマティック・トランスミッションのようなものですから。」と仰ったが、全くその通りである。 3極モータで、コミュテータは3等分の円盤である。円筒状のものに比べて、円周が大きいから摩擦の点で損なのだが、後述のブラシ取換えのことを考えた構造であろう。

 モータ軸は機関車を裏返せば軸端が見えているから、簡単に給油できる。ブラシもその横に見えているから、押えのヒゲバネを横にずらせばすぐ外れる。交換部品はいつまでも供給されているから、半永久的に使える。
  
 先従輪は、左右に自由に動き、急カーヴの上では極端に飛び出す。

 電流値は最大5 Ampほどである。フィーダ線を手で軽く押さえて出発させたところ、接触抵抗が大きかったのだろう、熱くなって驚いた。50年ぶりの経験だった。


2017年01月04日

Lionel

 Lionelはすでに100年を越す歴史を持つ会社で、経営自体はすでに創業者から離れているが、製品はポリシィを守って脈々と作られ続けている。精密な模型がいくらでもある中で、汽車のおもちゃとしてその哲学は一貫している。

 アメリカでライオネルと言えば、その浸透度は他を寄せ付けない。お付き合いしていた範囲では、10軒に1軒は持っているような気がした。クリスマスには引っ張り出して走らせるようだ。 
 古くても、油を注せばちゃんと動く。減りそうなところは硬い材料を使っているので、いくら走らせてもほとんど摩耗しない。注油の指示も正確に描いた図が添付されているから、簡単である。

 線路は昔ながらのtubelar rail (いわゆるガラレイルで、内部が中空)もあるが、徐々にプラスティックの路盤になりつつある。中央三線式で、確実な集電が可能である。昔のレイルはレイル内部の針金状の「爪」の向きが決まっているので、いわゆるSカーヴを作るためには両方に爪があるものが必要であった。また両方の爪がないものも必要であることは言うまでもない。

115_5133115_5135 最近のプラスティック路盤は、接続部の接点が逆接続もできるようになっていて、その点は大した進歩である。要するに接続面では接点が点対称に配置されているのだ(これはMTH製)。
 走行レイルは独立していて、電気的にはつながっていないので、どちらも給電しておくと、電気抵抗が減る。電流は大きく、5Aほど喰うものもあるので、少し離れると電圧降下がある。それも理科教育には大切なことかもしれない。

Lionel チューブラ・レイルの時は車輪と二点接触だったが、普通のレイルではほぼ1点接触と言える。これは今まで気が付かなかった。被牽引車はすべてピヴォット軸受で、極めて軽く動く。半径400mm程度の急カーヴをしゅるしゅると走る。大したものである。 

2017年01月02日

謹賀新年

rainbow 大変きれいな虹が出た。晴天だったが、風が強く、山の向こうの雲から雨粒が飛んできたのだ。空に掛かる部分が100%見える虹は珍しい。よく見ると左上に二重の虹がある。
 虹が虫偏なのは興味深い。虫は爬虫類の「虫」で、トカゲすなわち「龍」を指す。「工」は橋を架けることである。要するに龍が空を渡って橋のようになることを指すのだ。

Lionel 正月は孫と甥の子供たちが来るので、何か用意せねばならない。今年はLionelの線路を敷き、貨物列車1編成を用意した。
 O27という急曲線で、嫌がるかと思ったが、子供たちはよく遊んだ。機関車はライオネルの純正品でない Williams の6軸ディーゼルを走らせた。この機関車は不評であった。ウォームギヤが1条で、押しても動かないからだ。
 子供たちは手で押して走らないものは嫌がる。貨車はピヴォット軸受付きで、実によく転がる。急曲線でもくるくると惰性で廻る。左右は別回転ではない。レイルは洋白製の普通のレイルの形をしていて、いわゆるチューブラ・レイルではない。車輪は円錐面二つで構成された荒っぽい作りだ。曲線では多少は抵抗が増えるが、それほどひどいものではない。フランジが触っていないからだろう。 要するに一点接触に近いのだ。

2016年11月21日

レイアウト見学

 突然レイアウト見学に誘われ、同行した。DCCのレイアウトは珍しい。Digitraxが4,5台並んでいた。

 個人のプライバシィに触れない程度しか書けないが、ある会社経営者が、自社の鉄骨ビル3階に40坪ほどのHOレイアウトを作った。既製品の線路、レイアウト用品を用いて作った、かなり大規模なものだ。3階は最上階で、夏は屋根が焼けて、かなり暑いようだ。
 その方は3年ほど前に亡くなり、設備を作った方を中心に今まで維持されてきた。それを名古屋模型鉄道クラブにお任せ出来ないかというお話であった。現持ち主は お子さんである。あと二年くらいは全く予定はない。そのあとはどうなるかわからない、ということだ。写真も撮ったが、掲載は控える。

 エアコンはあっても、夏の暑さはかなりのものだそうだ。筆者の感想は、プラスティック製品が多用されているので、窓からの光で劣化が進むであろうと感じた。まず窓をふさぐことを考えなければならない。
 また天井からの埃もかなり多そうだ。レイアウトの基盤面が床面から700mm程度で、台枠が合板の下にあるので、下をくぐれず、橋を掛けてその上を人が通るようになっている。天井に頭が付くので、さらに埃が落ちそうだ。全体のかさ上げをすべきだ。台枠をその部分だけ上に付ければ、下をくぐることも可能であったろう。要するに、デッキ・ガーダ方式になっているが、スルー・ガーダ方式にしておけばよかったのではないかということである。
 
 この話がどのような方向に落ち着くのかはわからないが、この種の話はこれから多くなることが予想される。先回扱ったクラブレイアウトの話も含めて、考えたい。
 理想的な話をすれば、法人化して理事長を指名するのがほとんど唯一の解だ。個人所有では、どうなるかわからない。将来の方針が決まらなければ、存続の方針も決まらない。はたして、この日本には法人化された模型レイアウトがいくつあるのだろう。

2016年11月17日

コメント

 また長文のコメントが送られてきた。
 前回は名乗られているので載せたが、今回は匿名で、しかも連絡先にメイルを送っても返答がないので掲載を見送る。
 よほどウォームギヤがお嫌いな方のようだ。かなり過激な文章である。模型とおもちゃの違いが、お分かりでないように思った。
 
 既存のウォームギヤと、筆者の実用化したものとは、根本的に性能が異なる。先日も友人にギヤボックスだけを見せたところ、しばらく触っていたが、
「これはいったいどういう風になっているのだ。ウォームだと言っているが、本当は違うのだろう?」
と聞く。
 ばらして中を見せると、言葉を失う。
「信じられない。教科書に載っているウォームとは違うね。」と言う。
 もちろん同じものなのだが、あまりにも動きが滑らかで、全くひっからずに逆駆動ができる。彼はギヤ比を数えていたが、 
「ウーン、参った。」
と言った。

 彼は工学のエキスパートだ。しかしこれは盲点だったようだ。米軍が使用していた6輪トラックにはウォーム・ドライヴがある。伊藤剛氏が設計した名古屋市電にはウォームギヤが使われていた。どちらもかなりの高効率だ。何よりも静粛であるのが良い。
 蒸気機関車の駆動には最適だ。2台の機関車を同一線路に置き、一方を押すと、もう片方が動く動画を撮ってYoutube にupしたい。筆者の機関車はすでにほとんどがDCC化されているのでそれはやや困難な状態だが、やる価値がありそうだ。
 それを見れば、この種のコメントは来なくなるだろう。

2016年11月07日

Rail Craft の貨車キット

 最近はレイアウトの工事を数時間して、気分転換に短時間車輛を触ることにしている。その方が体力的にも具合が良いことが分かった。このキットはシカゴから来たものだ。前から探していたもので、構成に興味があった。

Railcraft panel side hopper Rail Craft はミズーリ州の製造者で、1940年代に様々な貨車のキットを出していた。ホッパは何種類もあった。そのうちのパネル・サイドというヴァージョンである。ホッパの縁部は寸法が決められていたようで、その下の部分を細工して、容量を増やしていた。骨の外に外被を付けるのは先日お見せした。これは外に持ち出したパネルを付けている。加工硬化で薄板でも頑丈になるのだろう。 

 全体は、工場でジグにかぶせて組んだようだ。直角も出ている。ハンダ付けはアメリカ人にしてはうまい。ジグから外して、内側はあとから付けてある。すべての要所に隙間なくハンダが流れている。購入者は縦のリブとかデッキ部の造作、梯子などを付けるわけだ。結構面倒な仕事もあり、自分で作ったという満足感もかなり得られるようになっている。

 写真は途中の様子である。縦のリブは安達製作所の部品と取り替えようと思ったが、オリジナルを生かしている。これを見ると、安達製作所の構成は明らかにレイルクラフトの模倣だ。安達製作所製のほうが細密感があるが、オリジナルには素晴らしいところもある。

 ホッパ縁部の部材が、チャンネルである。安達製はアングルだ。やろうと思えば真似できたのに、どうしてしなかったのだろう。細いアングル等はブリキ製である。錆びやすいが硬いので、細くできる。その辺の見極めは良い。連結器座のあたりは薄くて良くない。やはり切り取って、厚板を張り、対衝突性能を上げる。台車の心皿はブロックを削って嵌めた。完全にハンダを流して固着させる。すべての工作が終わってから、ドリルで穴を開け、タップを立てる。

 多少手間をかけて、当社仕様となる。連結するとカツンと剛性のある音がする。 

2016年10月10日

所属クラブの公開日

O scale NMRC 9日は、所属する名古屋模型鉄道クラブの公開日であった。名古屋市立科学館の地下ホールで、例の仮設テーブルの上で線路を組み立て、公開運転をした。
 段ボールの箱を沢山組立て、合板を載せてテープで継ぎ目を押さえる。上に人が乗っても大丈夫だ。

 O,OJの島、HO,Nの島、DCCの島と三つに分かれて設営した。見ていてはっきりわかるのはDCCのグループの設営完了までの時間が極端に短いことだ。スナップ・トラックを使っていて、パチパチと組めばすぐ運転できる。
 山本真一氏によるZ21に依る運転で、スマホを使ったワイヤレス操作である。ポイント切り替えはiPad上の画面をタッチして行う。すべてワイヤレスで接続の面倒がない。固定レイアウトではないので、そのメリットは素晴らしく大きい。
 山本氏はスマホの中古を多数手に入れられて、それで車輛をコントロ−ルし、さらにipadによる分岐切り替え指令および表示を実現されている。素晴らしく調子が良く、初めて見る子供でも直ちに操作法を習得する。
 博物館の新レイアウトにも採用予定である。

 模型誌上でのDCCの記事が少ない。下らないと言っては失礼だが、姿形だけの模型記事ばかりだ。走らせていない人が多いということだ。
 山本氏の機関車は、どれも素晴らしく良く走る。動輪の心がよく出ているのだ。当たり前のことではあるが、実際にはそのような機関車は少ない。精度の高い旋盤加工の腕をお持ちなのである。

 O,OJグループは入り口に近いところで走らせている。
「どこで売っているのだ」
という質問が多い。
「すべて自作ですよ」
と言うと、皆驚く。

cars from Harmon 筆者は塗り立ての貨車を3輌持っていった。このFriscoのヘラルドは興味深いらしい。
バットマンと関係があるかという質問が多かったが、そのはるか昔から使われている。
 アライグマの皮を張った様子を表しているのだ。日本では理解する人はまず居ないが、アメリカでは子供でも分かる形のようだ。  

2016年09月30日

クラブ・レイアウト

この合運の参加者が毎年減っている。参加者で、年金受給者でない人が、何人いるのだろう。おそらく、両手で足りるとのことだ。
 鉄道模型は年寄りの遊びになったようだ。若い人もいるのだが、それはNゲージがほとんどで、車輛工作をする人は少ない。HO以上の模型はいずれ、日本では絶滅してしまう、と心配する人が多い。

 この合運も、会場の床にシートを敷くことから始まり、机の搬入、線路の組み立てをする。撤収時にはその逆をやるわけだ。年寄りにはつらくなる。クラブ所有の固定されたレイアウトが欲しい。

 筆者のブログをご覧になっている方が、
「クラブレイアウトが必要だ。」
という話をされた。筆者も同じことを考えていた。自宅から、山を越えて一般国道を通って現地に行ったのだが、途中で見た、山あいにある廃業したホテルなどはなかなかの好物件だと思う。 駐車場はかなりあるし、交通の便もかなり良い。価格はおそらく1000万円も行かないだろう。
 鉄骨作りであれば、内部をぶち抜いて大広間ができる。
 最近は法人の作り方はいろいろあるので、法人の所有として登記すれば、相続問題からは切り離される。
 
 不動産を持つということは、十分な大きさの固定レイアウトが出来るということだ。このようなクラブが大都市の郊外にいくつかできない限り、この国の鉄道模型の未来は真っ暗だと考える。筆者の例を参考にして戴きたい。田舎の土地は安いのだ。
 諸外国の例を見れば、クラブ・レイアウトは当然のように存在する。 

2016年09月28日

続 関西合運

 筆者の属するJORC関西には様々なお客様がいらしたが、
「ブログをいつも拝見してますよ。」
と仰る方が多く、驚いた。

 ガーダー橋を持って行ったが、意外と人気があり、皆さんが手に持って、その重さと構成を吟味された。意外なのは支承が人気であったことだ。可動する支承は初めて見たという方が多い。
 ダイキャスト部分はかなり欠陥があり、パテで埋めなければならないことを指摘されている。塗装するので全く問題ないであろう。
 トラス橋の図面も持って行った。その規模、精緻な設計には賞賛を戴いた。レーザによる加工手段がなければ、とてもできる代物ではない。
 ブレイスが同位相あるいは逆位相の件については、構造の専門家がいらして、実例を示して話をしてくださった。災害時に橋台の半分が無くなったりした時には、逆位相のほうが落橋せず、生き残る率が高いらしい。
 ピッツバーグ市内の同位相の例の話は面白いとのことであった。

 持って行った貨車は少なかったが、手で押すと、するするとどこまでも滑走するのが面白く、何度も実演した。
「今までの鉄道模型の概念を崩しましたね。」と言われた方があった。
「いやそうではなくて、鉄道というものは、もともとそういうものなのです。模型がその特性を再現するように方向づけられなかったのが間違っていたと思います。」
と答えると、
「全くその通りですね。潤滑というものすら抜けている車輛がありますからね。」

 軸受からキーキーと音を出して走る車輛は少なくない。

2016年09月26日

関西合運

 ベルの内側の色については、たくさんのコメント、メイルを戴いている。正直なところ、筆者にはお答えできる知識はない。赤は目立つという意見もあるが、振れないベル(固定されて、内部で打ち金が動くもの)もあり、赤である積極的理由とも思えない。 
 日本も銅は戦前は輸出をしていたし、 戦争がはじまると、薬莢製造に多量に必要なので、諸国が輸出を制限したことが大きい。当時はアメリカ西部の銅山はまだまだ未開発の部分があった。

 さて、週末には関西合運に行った。長雨で塗装ができず、生地完成まで持って行った貨車20輌が完成しなかった。せっかく、塗装の工程表を作り、デカールの数も確認したのに、である。かれこれ10年ほども掛けたプロジェクトだったので、少々残念であった。

 仕方がないので、DCCのディーゼル電気機関車と、持ち運びが楽なプラスティック製貨車4輌だけを持って行った。ご覧になった方は、DCCの重厚感ある走りに、感銘を受けられたようだ。機関車がとても重そうに見える動きをする。Momentum(動いていると止まらない) のある動きだ。牽引力は十分あり、連結器を押さえて止めようとするが、かなりの力があるので、皆さん驚かれた。超低速も可能だ。
「『3条ウォームは力がない』ということを言う人がいるが、ありゃ嘘だね。」 
 ホイッスルを鳴らしてエンジン音が高まり、警告ライトを点滅させながら走ると、観客は陶酔状態だ。

 貨車には間に合わせのウェイトを入れていった。例の使えない曲がったゴム板を切って入れていったのだ。固定しなくても具合よく納まる。また、運搬中に中で踊っても、被害はない。 ゴム板を持ってみての感想は、
「意外に重いものだね。」
ということである。 

2016年07月03日

Walker氏のこと その6

baggage Walker氏はライオネルをたくさん持っていたらしい。剛氏たちはそれを見せて貰って、内部を考察し、TMSなどに解説記事をたくさん書いている。 
 井上豊氏は汽笛の構造に興味を持ち、その中に針金を突っ込んで内部の様子を調べ、その通りに再現したものを作った。ちゃんと本物と同様の音がしたそうだ。そのあたりの様子は、「高級モデルノート」などに再録記事が載っている。

coachcoach interior いかんせん、ライオネルはおもちゃであり、模型ではない。伊藤 剛氏率いる名古屋模型鉄道クラブは模型を作っていた。より精密で、実感的なものだ。
 その点、Walker氏も同様で、スケールモデルの美しさには敵わないことを認めていた。だからこそ、このプロジェクトで鉄道模型が賄賂として機能したのだ。

 伊藤 剛氏からこのアルバムを譲られたとき、
「あなたのブログで紹介して下さい。ただし私たちがみんなこの世に居なくなってからにしてくださいよ。なんと言っても賄賂であることは否定できないですからね。私たちは胸を張ってこれを見せられるかと言うと、決してそうではないのですよ。」
と仰った。

 賄賂としての鉄道模型は絶大なる効果を発揮し、それらを作ってくれる人たちがいる工場には、決して無理難題を言わなかったそうだ。

 その製作に関して得た知識は、その後模型製作に大いに貢献した。私たちもその恩恵を受けていることになる。

2016年05月04日

ハンダ付けのテクニック

 ハンダの見えないブラス車輛について書いたところ、複数の方から質問があったので、説明させて戴く。
 大阪の某有名模型店の店先にそれは飾られていたが、全くハンダの色が見えなかった。同行した友人が、妙に感動していたので意見を聞くと、「あのテクニックはそう簡単には習得できない。大したもんだ。」という話だった。

 筆者は、「壊れやすいから感心しない。」と言うと意外そうな顔をした。
「どうして壊れると思うんだい?」
「だってさ、ハンドレイルなんかは折り曲げてチョイ付けなんだと思うよ。持ったら撓んで、ハンダが緩むよ。」

 友人は意外そうな顔をした。「持つ時、そんなに力を入れないよ。」
「でもね、何度か持つと壊れるよ。」
「じゃ、あれは静態保存ということなのか。」
「たぶんそうだと思うよ。」

soldering おそらく、断面はこうなっている(A)。こうしないとハンダの色が見えてしまう。Bのようにすれば、ちらりとハンダが見えるが、丈夫である。そう簡単には壊れはしない。この方法が正しいはずである。ハンダが見えるのを嫌がるというのは、筆者には理解しがたい心理である。Aでは、ハンドレイルの上を持てば、ハンダが剥がれる方向に力が掛かる。

 筆者はOゲ―ジを楽しんでいるので、重い車輛を持つとき、いつも細心の注意を払う。ハンドレイルが剥がれると腹が立つ。祖父江氏のところからの模型はすべてBの方式を採用している。線材は良いが、板を付ける時は、隙間に閉じ込められたフラックスが洗いにくい。全面ハンダ付けをしていれば、歯ブラシでひとなでするだけで完了であるが、チョイ付けでは洗いにくところもあるだろう。
 

2016年03月02日

すっぱい葡萄

 コメントを戴いた中に、非常に興味深い一文があった。
「酸っぱい葡萄だと思うことで自分を慰めてしまう」とある。これは言い得て妙だ。

 イソップ童話にある文章を心理学者が引用した文章を取ったものだ。
 高い枝にたわわに実った葡萄を見つけた狐が、飛び上がってみても全く届かない。何度やっても出来ないので、「フン、あんな葡萄はどうせ酸っぱいのさ。僕はいらないよ。」と捨て台詞を残して狐は去るというお話だ。
 
 実はこれとよく似た経験がある。ある会場で3条ウォームの機関車が40輌ほどの貨物列車を軽々と牽いた。「すごいね。」と車輪を褒めてくれる人があり、その車輪をたくさん購入された。
 そうしたら、「あんなものは要らない。無駄だ。あそこまでやる必要はない。」 と言っているのが、どこかから聞こえてきた。

 その人は電車屋さんで、貨物列車には無縁の人だ。Low-D車輪は要らないのかもしれない。でも取り換えれば静かになるのだから、それはそれで価値がある筈なのだが、その意味を見出さないのだろう。ジャーという音を出して電車は走っていた。 

 趣味の世界では、人それぞれが持っている目標がある。筆者は、「走行性能を極限まで上げたい。本物のように走る模型が欲しい。」それだけである。何をすべきかを高校生の時から考えている。何十年か掛けて、一応やるべきことはすべてやってみた。できるはずだけどやらない、というのは嫌いだ。全部やってみた。
 その経験の中で、これはやっても無駄、金と暇を掛ける価値がない。しかしこの方法は何が何でもやるべきだ、という取捨選択ができて現在につながっている。 

 関節式蒸気機関車にはモータを2台取付けるというのは、不可欠なことだ。1台では、運転の面白みに欠ける。しかし、「そんなもったいないことをするとは・・・」というご意見もある。 

 車輪のフィレットを大きくするというのも不可欠なことである。これをやらないとたくさん牽けない。これは実験で確かめられている。しかし専門家の人は、ありとあらゆるチャンスをとらえて、理論的に間違っていると決め付けている。
 その人は本当に専門家なのだろうか。120輌の本物の貨物列車を急曲線で走らせている専門家なのだろうか。しかもその車輪はステンレス製なのだろうか。 もしそうであるならご意見を傾聴したいが、とてもそうとは思えない。これも葡萄の話を思い出してしまう。 


2016年02月23日

UP FEF3

Mighty 800 順に様々な機関車を走らせて様子を見ている。
 これはUPの4-8-4の最終型で、Tom Harveyが "flying machine"と言った高性能機関車である。16輌編成(1000 ton)の列車を単機で牽き、ディーゼルの牽く列車に勝つことができた機関車だ。5000馬力以上を連続して出すことができる機関車は、他に極めて少数しかない。しかも航続距離が長いという点では、この機関車は抜きん出ていた。

 Tom からいろいろな話を聞くうちに、この機関車が欲しくなった。祖父江氏が作ってアメリカに輸出したカツミ製の機関車を2輌、手に入れたのだが、走らせてみると出力に不足を感じた。音も大きく、電流は4 Aも喰う。
 効率計算ができた3条ウォームを取付け、モータはエスキャップの大出力コアレスモータを使うことで、どのような設定ができるか試算してみた。この機関車は性能を事前に策定した機関車であって、考えられる最高の性能を発揮するように作られた。そういう意味では、おそらく世界で唯一の模型機関車である。 効率は50%を超えている。とれいん誌の123号に詳しい記事がある。
 その他の機関車は、この成功を受け、大体この辺りでよかろうという設計である。すなわち限界までの性能は期待していないが、それで十分なのである。

 プルマンの10輌編成を牽いて1.56%の坂を駆け上がらせる。それをご覧になった方は、どなたも「おおっ」と声を出される。重い列車を軽々と牽いて、新幹線並みの加速が可能である。最高速は200 km/hは出る。効率が50%を超えると、信じられないほど動きが軽やかである。残念ながら、すでにDCC化されているので、効率計算はできにくい状況だ。
 DCの時代には、2輌を同一線路に置いて片方を押すと、発電してもう一方が走った。

 模型の機関車は、動輪径が大きいほど効率が良い。回転数が少ないからだ。回転が多いと、様々な摩擦が付随して起こり、損である。そういう意味でも、ギヤ比が大きな機関車は概して低効率である。効率を上げるには、低回転で大トルクのモータを採用することである。

 先回、PRRのQ2の効率が意外に低くて不思議だったが、その謎が解けた。おマヌケなことに、客車の車内燈や前照燈の電流を差引くのを忘れていた。補正後の計算では、ちゃんと40%台をマークしていた。

2016年02月15日

視察団の来訪

KKC Commission 2月11日にKKCの代表の今野氏をはじめとする8人からなる視察団が来訪された。この集団は、おそらく日本で最もスクラッチビルディングの腕のある方たちによって構成されている。機械工作の達人ばかりだ。筆者もその末席を涜している。
 かねてより、「開通したらみんなで行きたい」ということで、年末の開通直後に連絡を差し上げた。

 各会員とも、Oスケールの本格的なレイアウトは見たことがないということだったので、ドアを開けて中に入った瞬間の反応に興味があった。どなたも、「おお」とか「わあ」という声を出された。
 まずは主要機関車に牽かれる貨物列車と旅客列車を走らせ、次にSL-1によるサウンド実演を行った。音が大きくて、迫力がある。関節型機関車の前後のエンジンの位相が、スリップで少しずつ、ずれて行く。音が変化するのが面白い。登り坂では速度が落ちるので、カットオフを遅らせ、下りでは逆転器を引き上げた様子を再現した。

 一段落して、博物館の収蔵品を順にお見せするツアを行った。伊藤剛氏の作品には皆興味がおありで、一巡りには時間が掛かった。その後一休みして、今野監督によるビデオ撮影を行った。複線であるから、追い越し追い抜きで素晴らしい動画を撮ることに成功した。
 Youtubeにupされたので、それをご覧戴きたい。

 始めの方に、高架線上を行く貨物列車が写るが、それは今追い掛けている列車の先頭近くの部分である。ループを一周して230 mm持ち上がっているのだ。
 

 撮影後、機関車交換のために約10 m後退させた。ほとんどが平坦線に掛かっていたので負荷は小さく、全く脱線はなかった。それが意外だったらしく、「脱線しないな」という声が聞こえた。脱線しないのである。 

追記
 より鮮明な動画がUPされたので、上記のリンクを更新した。ぜひご覧戴きたい。 


2016年02月11日

dead rail wireless decoder

 しばらくレイアウト方面の仕事しかしなかったので、車輛工作、DCC工作からは遠ざかっていた。レイアウトの本線が開通したので、自宅から様々な車輛を持っていき、DCC運転をしている。DCとの共用(厳密には共用ではなく、選択式)区間の運用を考えると、すべての電源を落とした状態での入替え作業をする必要がありうる。電池駆動でwireless方式の運転をしたい。

 室内飛行機用の軽量ラジコンを使うと良いと教えてくれた友人がいる。他に、携帯電話から駆動するWifi方式の試作をしていた別の友人から完成したとの知らせがあった。そのことをアメリカの友人に知らせたら、
「これを知らないのか?」と聞かれた。

244386222 それはwireless のDCCを使って、機関車に指令を出す装置であった。安くて驚いた。これは売れているだろう。小さな素子にアンテナも付いている。ライトの点滅だけでなく、様々な点灯の仕方を選べる。普通のDCCと同じで、これは便利だ。
 サウンドが付いていないが、それは別の工夫で可能だ。とりあえず一つ手に入れて、機関車に入れてみよう。プラスティック ボディのGP9があるから、それを入替用にしようと思っている。

 このデコーダの名前は、”dead rail”という言葉を付けている。文字通り死んだ線路で、導通が悪かったりして、DCCのコントロールが効かないところで役に立つ。許容電流は1.3 A だが、大型機でも効率が良いのでフルスリップでもその程度以下だ。大丈夫だろう。

 これを教えてくれた友人は、
「線路がなくても走るから、落っことすなよ。」と言った。有難い忠告だ。レイルを検知する、何かの安全装置を付ける必要があるかもしれない。しかし、良く考えてみればそのレイルとの導通が悪くても作動するのだから、あまり賢い方法ではない。

 この種の方式には他にいくつかの会社が出している。微妙に差があるが、電池式であることは一緒だ。 

2016年02月03日

条件設定

設計というものは条件設定である」ということに気付いたのは30年ほど前である。いかなることにも対処するなどということはできはしない。
「この目的にはこれで大丈夫だ。」という見極めが大切なのである。先頃、「模型的には・・・」という話が出たが、その話は設計時の条件設定が間違っている例、ということに他ならない。

  フランジ付きのボールベアリングを軸箱内側に貼り付けたとしても、運転会で数周するぐらいでは壊れないだろう。しかし、運搬ということを考慮していない。あるいは線路に載せる時、さらには脱線時の衝撃も考慮していない。衝撃力は大きい。その瞬間に壊れるかもしれないということが全く考慮されていない。

 筆者には苦い体験がある。比較的大きなフライホィールを付けたディーゼル電気機関車がある。たまたま使ったモータのロータリィ・エンコーダ部分を壊して外すと両軸になるので、その部分にフライホィールを付けたのだ。片持ちである。
 自宅のレイアウトでは実によく走った。ところが、それをクラブのレイアウトに持って行って箱を積んでおいたのだ。誰かがそれを移動させたとき、たったの15 cmほどであるが片手が滑って落としたのだ。箱の中だし、十分な緩衝材が詰められているので問題ないと思ったのだが、走らせてみるとフライホィールが偏心して悲惨な走行であった。

 これは設計の条件設定が間違っていた典型的な例である。運搬時にはそういうことはありうる。スーツケースに入れて飛行機で運ぶことがあれば、そんなことは当然ある。質量があるものを落としたり、脱線させたりすれば思わぬ大きな力が掛かって破損することは十分に考えられるのだ。

 それ以降、筆者は片持ちの支持はしないことにしている。フライホィールは必ず両端で支え、重いものはスラストベアリングを入れている。そうしないと衝突時に玉が弾け出てしまうだろう。

「模型的には」という言葉は、いろいろな点で注意が必要な概念を含んでいる。

2016年01月02日

謹賀新年


         あけましておめでとうございます

fan triptrial run 複線の本線が開通して、展望が開けた。あとはターンテイブル、側線の整備をすれば、開業できる。年末には友人が何人か来てくれて、開通を祝ってくれた。新年には親族にお披露目もした。
 感想を聞くと、皆異口同音に、「よくぞここまで。」と言ってくれた。
「伊達(だて)や酔狂ではないレベルで、人生を賭けたプロジェクトであるのがよく分かった。」ということであった。

 さて最近所属クラブの集まりで、今後の模型界の話題がよく出る。U氏の文章の一部を紹介する。

 最近よく話題となるのが没後の模型をどうするかという問題である。インターネット・オークションなどで昔の著名モデラーの作品が売りに出されていたりすると、すでに人ごとではないし、せっかくの名作が散逸してしまうのは何としても惜しい。最悪の場合、理解のない家族にゴミ扱いされるケースも考えられる。これはあまりにも残念だ。とにかく何とかしなければ、という危機感は皆さんお持ちだが、具体的な計画となるとなかなか良い案が無いのが実状である。
 しかし具体例はある。dda40xさんがライフワークとして建設を進めている模型博物館だ。これは一つの理想形だと思われるが、同時に恵まれた条件と、何にも増して不退転の意志が必要である。そして何よりも重要なのが後を託せる後継者の育成というこ とになる。 


 確かに筆者の場合はかなり恵まれている。定年の無い商売だが、道楽に打ち込もうと仕事量を制限した途端に、土屋氏から呼び出され、後を託された。経済的にも、ある程度の資金をお預かりして走り出し、不動産も親戚の空き店舗を、シャッター商店街ということで、格安で譲渡してもらえた。登記も終わり、必要な学芸員の資格も、取れる条件を満たしていることがわかった。これで、名実とも博物館と名乗れる準備は整った。
 上記の「不退転の意思」も持っている。もう退くことはできない。健康である限り、館長を務めることができそうだ。

 一番大きな課題は、後継者の育成である。最近の若い模型人は、ブラス製の模型というものを知らない人が多い。彼らは旋盤やフライス盤を使ったことがないから、走行性能を抜本的に良くするということができない。筆者が編み出して、祖父江氏が完成させた手法を再現する準備をしている。それさえあれば、かなりの模型を改良することができる。博物館のレイアウトを走る車輛は、そのレヴェルでないと通用しないはずだ。既製品そのままでは、上り坂でモータから煙を吹く可能性が高い。また、sprungでなく、equalizedでもない車輛はレイアウトを走るとやかましいし、線路も傷む。そういうことに無頓着な人もいるが、車検制度を用いて排除する予定である。

 若い人の中から、これらの能力を身につけた人を育て、後継を託したい。このようなことを書くと、ブラス工作に偏っている、というご批判も戴くが、それは承知の上である。ブラス工作のできる人を育てなければ、この博物館は維持できない。 


2015年12月25日

機玄

114_4355 「機玄」という本を紹介したところ、その内容についていくつか質問を戴いた。

 この本は私家版で市販されていないのに、国会図書館にある。この本を西尾音吉氏が印刷され、いろいろな方に配った。TMSの山崎喜陽氏も受け取っている。当時のTMSにはこの話が少しだけ載っていた。その号を探し出せないのだが、「要するに総論は賛成で各論は反対」というような書き方だったと記憶する。

 機という字は「はた」とも読む。大昔は機織りというものは、世の中で最も複雑な器械だった。それから来ているのだろう。玄という字は人名で「はじめ」と読む人がいる。つまり機械の始めという意味だろうと推測する。せっかく書名になっているのだから、どこかに説明があると思ったのだが、その説明はない。表題の「機械美のルーツと機関車や機械を創る時の働き」を見て理解せよということらしい。

 模型は手で作れ、機械で作った模型より手で作ったもののほうが良い、と主張されている。これは達人の世界の話で、祖父江氏や伊藤英男氏のような方たちはそうだろうが、我々は機械で作ったものの方がよほど出来が良い。
 蒸気機関車の場合は手作業できれいに作ってあっても、走らせると悲惨な揺れを見せるものが多い。機能という点では機械で作ったものにはとても敵わない。精神論だけでは勝てないのだ。

 西尾氏は戦前に有名人であったので、筆者が若いころ、年上の著名人たちが、西尾氏を招いて話を聞いた。筆者はそこで末席に座っていたのである。2時間ほど持論を説明されたが、筆者には理解不能であった。他の方たちに聞いてみても、「あの人は戦前にはとても有名な人であった。」と言うのみで、お話の解釈については聞くことはできなかった。

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