Oゲージ

2014年09月03日

Mike のレイアウト

 Mike Rossは日本の蒸気機関車に非常に詳しい医師である。若い時に横須賀の海軍病院に居た。日本全国をカメラを持って歩いた。数千コマのネガを保管しているそうだ。

Mike Ross 6Mike Ross 4 このレイアウトを訪ねるのも2年振りだ。以前は遅々として進まなかったが、このところ急速に進んでいるように感じる。聞けば、常勤だった病院を退職して週に2回程度行っているだけで、残りの日々はレイアウト建設に邁進していると言う。

Mike Ross 7Mike Ross 山に緑が増えてきた。このレイアウトはNorth Carolina州のBlue Ridgeを題材としている。アパラシァ山脈を縫って走る炭鉱鉄道という前提である。走る鉄道はVirginian と C&O, Norfork & Westernが主である。Mikeは少年期をそこで過ごしたらしい。  


Mike Ross 3 配線は台枠の下に孔を開けて通してある。全てのレイルに給電し、レイル・ジョイナは機械的なアラインメントのみで、通電を期待していない。

 台枠は太い2x4である。

Mike Ross 2 とても広い部屋で、母屋の2階を全て占有している。線路は優雅に曲線を描き、美しい。

2014年08月12日

続々々 吉岡精一氏の死去

 分岐の設計についても吉岡精一氏の指導を受けた。とりあいカーヴという言葉を知ったのも、氏の図面からであった。線路の最小半径よりも大きなとりあいカーヴを持たせねば、車輌は分岐上で脱線する。
 
 「同じ番手のポイントなら、OゲージとOJゲージのどちらのとりあいカーヴが大きいか?」と聞かれた。
「そりゃOゲージでしょう。」と答えると、「作図したのか?」と問われた。
「いえ、してませんが、」と答えると、「あてずっぽうでは駄目だよ。作図してみなさい。」と言われた。

 作図して求めることの大切さを教えてくれたのである。「どんなことでも作図しなさい。絵を描くと気付くことがあるのですよ。」
 全くその通りで、気付かないことでも図の上では明確に現れることがある。

 筆者がアメリカにいたときは、頻繁にお手紙を戴いて、指示通り色々なものをお送りした。赤外線によるリモコンのパワーパックなど、走らせるためのものが多かった。
「アメリカにも行ってみたいが、忙しくてね。」とのことでいらっしゃることはなかったが、組み立て線路の設計が佳境に差し掛かり、分厚い封書がよく届いた。

「帰国するときには、アメリカ製のエンジン付き芝刈機をひとつ買って来てくれ。」という連絡が入り、引っ越し荷物に入れて送った。
「良く刈れるけど、刈った跡が荒っぽいな。」と、長く伸びた草を刈り、仕上げは日本製を用いてらしたようだ。

 30年以上の長きに亘り、細かく指導して戴いた。感謝に堪えない。

 先日亡くなった伊藤剛氏とは非常に親しいお友達で、頻繁に手紙をやり取りされていた。
 筆者は剛氏の逝去を知らせる手紙を書いたのだが、それが届いたとき、吉岡氏は既に入院中であった。御家族がそれを読んで聞かせられたのだそうだが、もはやご返事を戴くことはできなかった。

 御冥福をお祈りする。

2014年07月06日

N氏のOゲージ・レイアウト

N氏のレイアウト 筆者のところに注文のあったポイントは、現地に運ばれ、取り付けられた。ポイントマシンはネジ式の既製品を用いたが、補助接点に問題があり、作動によって極性が切り替わらず、調整に手間取った。
 熟練した仲間がそれを修理し、確実に動くようにした。補助接点は外部のマイクロスウィッチによる方が確実だ。

ポイントマシンとリンク機構 一箇所のポイントマシンは設置場所が無く、ポイントの股の部分に置いた。長いリンクで駆動するようにした。ラジコン用のベルクランクを用い、回転に伴うバーサインを吸収するよう、もう一つのリンクもある。かなり高級な仕様だ。


 本線走行中に間違って側線の車輌が動かないように、ポイントマシンに連動するマイクロスウィッチでインターロッキングを掛ける。その配線をしながら、DC方式の配線はつくづく難しいと感じた。DCCなら何も考える必要はない。配線も極めて少なくなる。 

レイルボンド レイルボンドの取り付け状況である。1.25平方ミリの撚り線を作り、ハンダ付けしてある。
 小さなレイアウトなので電圧降下は少ない。

 

 


 

 

2014年06月26日

博物館進捗状況   

2014年6月21日air conditioner installationair conditioner installation 2 ようやくエアコンが付いたところである。消費税率変更のあおりをくらって、様々な工事請負契約が遅れていた。税率増大の前に契約した仕事が6月初頭まで残っていたのである。急がなくても、8%になってからの方が価格は下がっている。105が108になるのであるから、2.85%しか、上がっていない。それぐらいのディスカウントを引き出すのは容易である。

Shelves さて、壁を塗って陳列棚を所定の位置に並べた。立派な棚で、これを捨てずに有効利用できたのは幸運であった。大きな斜めの収納部には、大型書籍を入れることができる。
 雑誌も年度別に平積みすることができる。上の方には汽車を置く。それぞれの棚にはLED照明を点ける。最近はテープ型の電球色LEDが安い。5mで送料とも800円台である。12 V で約 1 A である。とりあえず50 m 分用意した。手前のやや低い棚は高架部分を支える。下に物が置けるので、捨てずに活用する。

88527aa7 館の前面は無理すれば車を3,4台置けそうだ。土日は隣の銀行の駐車場が開放されるので、7台が置ける。裏にはさらに10台ほどの駐車スペースがある。最寄りの鉄道駅は事実上ない。

 全ての写真は14 mmレンズで撮っているので遠近感が誇張されていることに留意されたい。

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2014年06月24日

乗越しフログ

 もう壊してしまって20年以上も経つので記憶が薄れてしまったが、楽しい思い出がある。高校生の時の話だ。

 近所の駅の退避線の出発信号機の下には、乗越しフログの付いた脱線ポイントがあった。銅レイルのレイアウトには、直線部分があり、そこですれ違いができるようになっていた。そこに脱線ポイントを作った。当時のOゲージはフランジが高めであったので、ドリルレースで少し削って1.5 mmにした。全ての車輪を削るのは大変だったので、機関車と一輌目だけである。脱線側に行って突っ込むのは、それぐらいだからだ。

 ただ、実物がやっているのだから作ってみたくなったわけである。レイルの上にかぶさるポイント・レイルには、均一な斜面を付けないと飛び上がって脱線する。フランジ分の1.5 mmを持ち上げると、車輌はかなり傾く。しかし、フログの辺りに行くと、持ち上がって同じ高さになる。

 遊びに来た友人がそれを見て、わざわざ脱線させて遊んだ。彼はよほど気に入ったらしく、後々までその時の話をする。そのポイントでは、正しく本線に行った回数と、脱線させた回数が同じくらいだろう。本線のポイントとはリンクで連動させた。
 台車にバネが入っているのでそれほどショックはなかったが、たまに固定軸の機関車を走らせると、ゴンというショックがあった。 

 引越しの時に破損して、修理することなくそのまま分解してしまった。昨年、整理していたら、かぶさるレイルが見つかったのだが、うっかり廃品回収に出してしまった。既に熔かされているだろう。
 模型の写真を探しているのだが、なかなか見つからない。

 どなたか、乗越しフログを作られた方はいらっしゃらないだろうか。

追記 土橋和雄氏から写真を送って戴いた。関西本線井田川駅構内である。(8/30/2014)
乗越フログ乗越フログ2

 

2014年06月22日

銅レイル

copper rail track 組み立て式線路の整理をしていたら、最も古い線路が出てきた。これは高校一年生の時に、級友のお兄さんから貰ったものだ。良く出来た線路で、路盤は桜の木で出来ている。木型屋に作らせたのか、既成品であったのかはよく分からないが、実に正確にできている。

 受け取ったとき、銅線による第三軌条が付いていた。枕木数本おきに木ネジを立てて、それに1 mm径ほどの銅線がハンダ付けしてあった。つなぎ目は二つ折りにして斜めに曲げてあって、弾力で接触するようになっていた。接触抵抗は大きそうだったが、特に問題なく走った。 

  四畳半にぴったり納まるように出来ているから、半径は1300 mm程度である。注目すべきはそのレイルである。当時は電圧降下が問題であった。モータの性能が悪いから、5 Aとか、10 Aを流していたのだ。電圧降下は電流に依るので、少しでも小さくしようと思うと、レイルの材質を銅にする以外ない。銀が最も良いだろうが、さすがにそれは売っていなかった。銅レイルが市販されていたのは非常に短い期間であったはずだ。筆者もこれ以外見たことがない。

copper rail 狭いところでも敷けるので、マンション住まいの時はよくこれで走らせていた。パシフィックならこれでもOKである。レイルの継ぎ目の音が大きく響くので、賑やかではあるが、楽しかった記憶である。継ぎ目が外れると面白くないので、細い釘を端に打ち、それの輪ゴムを掛けて外れ止めとしてあった。
 ゴムの威力は絶大で、速度を上げても決して脱線することが無かった。

 銅のレイルではすぐ擦り減ってしまいそうだが、意外と長持ちしていた。やはり色が良くないので、人気が無かったようだ。
 
 これは博物館で展示する。 

2014年06月20日

続 懐かしい線路

 最近H氏に会った時に、カツミのブラスレイルを手に入れたいと相談した。そうしたら、
「昔譲って戴いた例の線路が、半分くらい余ってます。あれを剥がせば簡単ですよ。」と仰ったので、残りを買い戻した。
 
 結局8本残っていて、程度の良いもの1本を記念に残し、あとは引き剥がした。大半の合板の接着剤は剥がれ始めていて、寿命が尽きた感じであった。耐水合板でない時代のタイプ3という合板である。
 
 外したレイルはよく磨いて、ポイント作成用とした。フライスで削ってニッケルめっきを掛ければ出来上がりだ。

 当時の犬釘の形状が良く出来ていて、感心する。
O scale spikes 犬釘の断面が四角である。これが硬い材料なら言うこと無しなのだが、軟らかく、くにゃくにゃである。焼きの入る鋼を使えばよいのに、と思う。写真は、真っ直ぐな物を選んで写している。やや大き過ぎるが、レイルを保持する力は十分だ。打つ時は下孔が要る。
 下孔に入れて、釘締めポンチでコンコンと打つと締まる。


 ブラスレイルだから、饋電線なしでもよく走った。レイル・ジョイナの接触抵抗は無視できないはずなのだが、3Aほどの電流を流してもさほど問題はなかった。後に引っ掛け部分を通して通電するようにしたので、性能はぐんと良くなった。

 ポイントのフログで車輪が上下するのを眺めて楽しんだ。当時から、Oゲージの台車はバネ可動であったのだ。モーターは台車内に入れ、2軸を連動した。平歯車であったから、押して動く電車であった。モータはHO用のモータを使用した。

 これが筆者の日本型を走らせた最後の機会であった。

2014年06月18日

懐かしい線路

old track とても懐かしい線路が里帰りした。高校生の時のものであるから、60年代の作品である。3線式から、ガラレイルの2線式に移行して運転していた時の話だ。
 あるとき、模型屋で出会った人(多分当時20代)が、
「うちの線路を譲ってあげる。ポイントも2つ付いている。真鍮レイルだから立派だよ。」
と、言う。その人はHOに移行したので不要となったものだ。

 早速荷台の大きな自転車に乗って取りに行った。価格は忘れもしない五千円であった。当時の五千円は高校生には大金で、青い五百円札10枚を持って行ったことを覚えている。真鍮ムクレイルが、1本85円の時代で、合板、枕木、ジョイナ、犬釘、塗料の材料費程度で売ってくれたことになる。

outer rail shifted 8畳間にぴったり入る大きさの円形で、退避線があり、それは円の内側にあった。早速電車を走らせたが調子が悪い。
 電車は近鉄の2200である。これもある人が車体キットを1500円で譲ってくれたものである。ひどいキットで、大半を捨てて作り直した。おかげで糸鋸工作がうまくなった。その2200は関西のN氏に譲り渡し、最近のTMSに紹介されていた。

 具合が悪かった原因は軌間である。31 mmしかない。ひどい話で、作った人は線路ゲージが32 mmであることを知らなかったのだ。手持ちの車輌をゲージにして車輪ゲージにぴったりの線路を作ったのだ。おそらく、うまく走らなかったはずだ。それで嫌になって筆者に売ったのだろう。

 レイルはほとんど新品で、カーヴ・ポイントは美しく作られていた。早速、片方のレイルを外して、ジグで押えながら 1 mm ほど外にずらした。それから数年、その線路は頻繁に使用したが、20年以上倉庫に仕舞われたままになっていた。

superelevation 10年ほど前、H氏がお座敷運転に使える線路を探しているとのことで、その線路を譲り渡した。40年前の価格で、である。H氏は、カントを付けるために、片側のレイルの下に1 mmゴム板を貼って、持ち上げた。ポイント部は本線側だけを持ち上げたようだ。その後、H氏はフレクシブル・トラックを使った線路に移行し、半分くらいの線路は合板だけ利用したりして、残りは放置されていた。

2014年06月14日

続 鉄道模型博物館

 ほとんどの方は、Oゲージ車輌が眼の高さで走るのをご覧になったことがないと思う。慣性のある走りをする模型を観察されたことも、稀であろう。30年近く前、合葉博治氏が御覧になって、唸ったのを思い出す。


 この博物館には15パーミルの勾配があるから、それを乗り越えて走る様子をご覧になると、きっと感動されると思う。押して動く機関車の挙動は、実に実感的である。カーヴにはカントが付いている。見上げれば、それは実物のようである。

 博物館を開く目的はもう一つある。若い人たちへの勧誘である。Oゲージに魅力を感じれば、きっと参入者が現れるはずだ。20代の人たちが何人か、仲間に入ってくれれば嬉しい。材料を提供するのでそれを組んで貰う。テクニックは公開するし、機材も貸して差し上げれば、敷居も低くなるはずだ。

 車輌は最初、300輌程度で始めたい。ヤードの延長工事が完成すればもっと多くの車輌を移転させる。エンドレスは一巡りが80 m 以上あるので、100輌牽いても不自然ではない。

 外部の車輌は車検を通過したものだけ受け容れるが、おそらくこのような長距離を重負荷で走らせると、不具合を生じる場合が多いと思う。ほとんどの模型は連続運転を前提にしていないからだ。祖父江氏による改造車輌は、耐久性が抜群である。全ての車軸がボールベアリングで受けてあることが大きく効いている。
 また、どの軸もバネ付きであるから音も軽やかだ。
 

2014年04月13日

続 枕木と砂利

Laying ties (6) 砂利を撒く。この砂利はアメリカのBallast Kingという会社のもので、筆者の好きな色である。結構な値段がするが、極めて実感的で、消音効果も大きい。材質はゴムである。冷凍して粉砕し、篩ってある。篩(ふるい)の大きさで、HO用もある。撒くためのホッパ車まで売っているようだが、自分でも作れるだろう。

 枕木の隙間に押しこむと、はみ出したシリコンシーラントでくっついてしまうのだ。枕木上の砂利を荒神箒(こうじんぼうき)で掃って、上に重いものを載せておく。3時間で固着する。
 路盤を傾けて、余分の砂利を落とし、回収する。

Laying ties (7) この方法は足立健一氏の開発された手法を元にしている。接着剤として機能するシリコーン・シーラントが柔らかいので、音が静かである。木工用ボンドでは固い音がする。砂利が柔らかいので、余計静かである。
 この写真は、余分をまだ落としてないときの様子である。左右の部分は前日に砂利を撒いて、清掃済みである。この程度の深さに仕上がる。

 4箇所に分けて施工して、4日で終わった。過去の経験で言えば、枕木位置が正確であれば、線路敷きは簡単である。枕木も本物のように片側だけ位置を正確に合わせれば良い。枕木の長さは不正確であるという前提である。

 外側のレイルを先に留め、ゲージを見ながら内側を留め、フログを固定する。フログ位置は裏から線を突き出させておくと分かり易い。

 謹告 ブログのURLを変更した。今までのURLでも転送されるはずであるが、こちらを登録して下さると確実である。
      
http://dda40x.blog.jp/

2014年04月11日

枕木と砂利

 路盤作りをしている。最近は多忙で、1日1時間程度しか割けない。短時間に所定の工程を終われるよう、手順を明確にし、手際良く片付けることに留意した。

Laying ties (1) 路盤がレーザで正確に切ってあるので、その縁を基準にノギスで軽くケガいて砂利の限界、フログ位置を正確に決めておく。後者は枕木、砂利が載ると分からなくなるので、貫通孔をあけておく。



Laying ties (2)Laying ties (3) 枕木を縁から所定の位置になるように並べて見る。全体のバランスを見て、不自然でなければOKである。枕木の寸法は階段状にした。養生テープをそっと載せて、しばらく待つとくっつく。こうすれば位置関係を記憶させることが出来る。持ち上げて保存する。


Laying ties (4)Laying ties (5) 砂利を敷く面積にマスキング・テープを貼る。そこに変性シリコーン・シーラントを1 mmほどの厚さに塗り付け、枕木を所定の位置に置く。
 当初決めた位置関係を保っているか、よく確認してテープを剥がす。剥がすときにずれることもあるので、再調整する。枕木を指で圧迫して、隙間に入っている余分のシーラントを押し出す。押し出されたシーラントは枕木の隙間に溜まる。
 これらの写真は、再調整前で、枕木を多少動かす必要がある。

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2014年04月07日

続 O Scale Layout

 今回作成中のレイアウトは半径が1700 mm程度であって、電車の運転を主に考えている。長大編成の走行は考えていない。ポイントは6.7番である。曲線上のポイントは10.8番となる。幾何的に算出した。

 筆者は今まで多種のポイントを作ってきたので、今回は指名されて作ることになった。枕木はフレクシブル・トラックの寸法を採り、3 mm の木の板から切り出す。小型丸鋸で簡単に用意できる。

 このレイアウトは個人用ではあるが、一般の人にも開放するので、単純にして明解な配置である。凝った工作はしない。フログも旧型車輪が通ることを考慮して、非対称フログは採用しない。


 
 今秋開場予定のレイアウトは、筆者宅のレイアウトと同様、半径約3 mの複線で、ホース・シュウ・カーヴを作る予定である。その部分は四線となる。いわゆるドッグボーンを二つに折ったタイプのレイアウトである。側線は8本用意している。
 ポイントは8番を用いる。ダブルスリップはすでに製作済みなのでそれも入れる。いわゆるディスプレイ・レイアウトであって、シーナリィは最小限である。

 3月中に方針が決まるはずであったが、消費税の税率増大で工務店などの請負業務が全く契約できず、5月にならないと話が出来ない状態である。

2014年04月06日

O Scale Layout

O Scale Roadbed 今、日本にOゲージのレイアウトはいくつあるだろう。筆者はそのほとんどを知っている。関東には3箇所、名古屋圏には2箇所、関西には3箇所であろう。都市部では大きな面積を必要とするOスケールのレイアウトは設置困難である。その点、名古屋圏は田舎で、少し離れれば土地は極めて安い。
 上記のレイアウトは公開されていないものを含む。

 今年になって、名古屋圏には新しいOゲージのレイアウトがさらに2つ建設中である。どちらもそう大きくはなく、14畳程度である。その一つは今、筆者が分岐を作って差し上げている。コンピュータを使ってレーザで切り抜いた。図面通りにできているから、作った部品を嵌め込んですぐ出来るはずだ。
 いずれ主催者のN氏から発表があるはずであるが、おそらく名古屋で一番古い模型人である。伊藤剛氏と親友で、名古屋模型鉄道クラブの発足時からの会員である。当初はN氏のご自宅で例会を開いたそうであるから、65年振りの回帰ということになる。 ご子息のお二人も会員で、このレイアウトで、Oゲージ部会が催されるはずである。

 残りの線路を作って下さっているH会員の別宅にも新しいレイアウトが完成間近だ。H氏は電車専門なので、筆者のような長大編成とは無縁である。HOのレイアウトも同時に作っていらっしゃる。

  Oゲージは絶滅危惧種と先日書いたのではあるが、新しいレイアウトが生まれて、新規の会員が増えれば、再生への道は開ける。

 この秋、もう一つ大きなレイアウトが名古屋圏のはずれに開場する。まだ詳しくは書けないが、60坪の広さがある。筆者がその案を練っている。工作教室もそこで開かれるはずだ。筆者の車輌群が半分ほど移籍することになっている。



2013年10月25日

続々々々々々々々々々々 Ron を訪ねて

  長い時間を掛けて機関車を見せてもらったあと、Ronが「貨車を見てくれ」と箱から出してきた。

Ron Mitchel covered hopperRon Mitchel covered hopper 2 この貨車はWeaverの4-bay covered hopperである。1台30ドル以下の大量生産品である。筆者もたくさん持っている。梯子やステップが全てモールドされていて、線が太い。筆者のところでは一部取り換えたものもあるが、 それは破損品の修理に伴って部品を換えた程度だ。

 この貨車には参った。歩み板には手を加えていないが、梯子全てを切り捨ててヤスリをかけ、針金でスケールに近い太さで再現してある。ブレーキ配管をして、床下の4-bayを切り離して3-bayにした。筆者はブラス製の床下に振り替えたが、それより数等出来が良い。

Ron Mitchel covered hopper 3Ron Mitchel covered hopper 4 恐るべき腕である。細いプラスティックに正確に穴をあけ、きちんと曲げた針金を入れて接着してある。
 ホッパの排出口周りの工作は実に手際が良い。
「なに、写真撮って来て、適当に作っただけだよ。」とは言うものの、このレベルの工作はなかなか出来ない。台車がプラスティック製で、車輪もプラスティック製である。
 あまり転がりが良くない。いずれLow-D Wheelを買うよ。とは言ってくれた。少しサンプルを持っていたので提供した。
 Ron Mitchel ore car 
 うっかりブレた写真しかないのをお許し願いたい。これはAtlasのore carである。安ければ1輌10ドルで買える。その梯子をすべて切り取って、針金にしてある。凄まじい労力だ。なんと50両仕上げたと言う。毎日2時間やって半年掛かったそうだ。
 寝室の脇にある机の上でやるのだそうだ。後の黒い貨車の車輪はLow-Dである。

「僕はみんなのようなワークベンチを持ってないんだ。」と言うので余計驚いてしまう。機械は一切なしで、全て手工具だけだそうだ。恐るべき腕である。

 庭の畑の部分をつぶしてレイアウトルームを持つのが来年からのプロジェクトだと言う。横の芝生を畑にするそうだ。そうすれば工作室も完備するそうである。すごいことになりそうだ。

2013年10月23日

続々々々々々々々々々 Ron を訪ねて

 このパシフィックには少なからぬ因縁がある。この機関車の上廻りとテンダは筆者が持っている。共通の友人Bobから買ってくれと頼まれたのだ。
 その煙室部分を作り変えるとミカドになることが分かったので、筆者の持つLobaughのミカドの下回りと組み合わせることにした。まだ完成していないが、いずれお目に掛ける。煙突はSweeny stack(ラッパ状に開いた煙突)である。この写真の機関車になる予定だ。

 そのパシフィックの下廻りを活かしてAlcoの機関車を作るとは聞いていたが、急に気が変わってRonに任せたらしい。テンダは自作だ。

 Ajinの下廻りは従台車辺りがでたらめである。イコライザが曲がって途中で切れている。従台車はリヤカーを引っ張っている感じだ。せっかくのスクラッチビルトなのだから、ちゃんと作り直すべきだと伝えた。

 次にChallengerが出てきた。Sunsetの製品で、十分に細かく出来ていて、価格の割には良い商品だ。問題の砂箱も正しい形になっている。
 しかし、フレーム形状は馬脚を現わしている。幅が一定の角棒を削っただけで、横から見えているではないか。これではオモチャである。
Ron Mitchel ChallengerRon Mitchel Challenger 2Ron Mitchel Challenger 3 僅かの注意を払えば、とても日本製が叶わないレベルの製品になるのに、と思った。
 塗装は美しい。火室の下に赤い電線があるのは興ざめだ。従台車の軸箱の形は良くない。

 テンダの出来は良いとは言えない。特に台車がいけない。実物を観察していないのが明白だ。安く買って、テンダは日本製に振り替えて従台車をいじれば素晴らしいモデルになるだろうと思った。

2013年10月21日

続々々々々々々々々 Ron を訪ねて

Ron Mitchel 0-6-0 2Ron Mitchel 0-6-0 tender 2Ron Mitchel 0-6-0Ron Mitchel 0-6-0 tender
                                 


 

 Lobaugh の0-6-0である。火室下のフレイム、灰箱など新製している。 オリジナルはモータがキャブ内にあったが、それはうまく隠されている。筆者も持っているが、それは祖父江氏のアイデアで、ボイラー内にモータを押しこんだ。動輪の砂鋳物はよくヤスリが掛けられ、スポークがきちんと出ている。

 機関車はキットを改造して組んだものだが、テンダーはスクラッチ・ビルトである。素晴らしい出来だ。鏡板をどのように作ったかを聞き洩らしたが、よく出来ている。板バネの作りを見ると、ベッテンドルフ台車はKTM製品らしい。軸箱下に補強板らしきものが見えるのが興味深い。

 draw barは妙な位置にある。これは、アメリカの模型人全般に言えることだが、無関心な人が多い。

Ron Mitchel Pacific 2Ron Mitchel PacificRon Mitchel Pacific 3Ron Mitchel Pacific 4




 スクラッチビルドのものを見せると言って持ってきたのがこのパシフィックである。下回りはAjinの製品である。上回りは板から作ったと言う。煙室のリベットの打出しには唸った。素晴らしい。どうやったのか聞くと、
「なーに、薄い銅板にリベットを売って巻いただけだ。」と言う。一手間かけるだけでこんなに素晴らしくなるのか、と感心した。この機種に近い。Ajin のdraw bar はどういうわけか、曲がっている。困ったものだ。


2013年10月19日

続々々々々々々々 Ronを訪ねて

Ron Mitchel (56) この機関車はUPの入替機である。極めて良い視界を持つ。したがって、室内を正確に作らないと変なものである。
 
 この機関車はGeneral Models(GMC)によるEMDのNW2である。Nは900馬力、Wは熔接フレームの略だそうだ。本物は1940年代の製造で、この模型は1950年製である。

General Model こんな箱に入っていたらしい。O gageと言う綴りに時代を感じる。つるりとした外観で、板金エッチング製だと思ったら、ダイキャスト製である。この時代にこれほど素晴らしい型を作る技術があったのだ。以前紹介したAll-Nation EMD F3の系統である。おそらく型を彫った人は同一人物である。
 この台車はいただけない。マイナスネジの頭が露出している。どうして頭を出さない方向に作らなかったのか、と思う。この時代の連結器を付けている。ライオネルと連結するのだろう。そのために、端梁に大きな開口部を持つ。

Ron Mitchel (57)Ron Mitchel (59)Ron Mitchel (58) 塗り分けを見て驚いた。キャブのエンジンフッド側がグレィである。これには今まで気が付かなかった。
 エアタンクの吊り金具や配管に手を加えてあるので、ぐっと実感が出ている。
 台車はCLWの製品に振替えてある。この台車はロストワックスでできていて、軸箱の蓋が開く。注油するのに便利かどうかは怪しいが、このようなギミックを喜ぶ人が居るのは事実である。

 この機関車のブラス製は持っているが、こちらの方がずっと実感が出ている。

2013年10月17日

続々々々々々々 Ron を訪ねて

Ron Mitchel WP この機関車はWestern Pacific のF7 である。筆者があまりUPばかり見ているので、「これも見てくれ」と持ってきたのだ。これは20年ほど前、デトロイトのP&D Hobbiesが型を起こしたプラスティックモデルで、よく出来ている。その前の世代のAtlas の製品から20年の進歩を感じさせる製品だ。抜き勾配が少なく、非常にシャープである。いくつかの部品を嵌め替えて、いろいろなヴァージョンを作ることが出来る。


Ron Mitchel WP2Ron Mitchel WP3 WPはこの機種をA-B-B-A編成で運用していた。1950年の就役で、引退が1977年だという。WPは経済基盤が脆弱で、常に資金の欠乏に悩んでいた。同業他社が60年代に新型機に取り換えても、ひたすら旧型機を使い続けたのだ。

 塗り分けが美しい。細かいところまでよく神経が行き届いている。


 

2013年10月15日

続々々々々々 Ron を訪ねて


Ron Mitchel 4 GP9'sRon Mitchel GP9 このGP9はプラスティックのキットを組んだものである。細か過ぎてへたに触ると壊れそうな、繊細なキットである。筆者も持っているが、細かい部品は金属製に置き換えてある。
 彼なりに工夫を凝らして作ったもので、ハンドレイル・スタンションは金属製である。まだ製作途上で窓ガラスも入れてないと言っていたが、写真を撮らせてもらった。

Ron Mitchel GP9B 3 このGP9Bに目を奪われた。キャブレス・ユニットである。キャブを外して中間部分をつくればよいのだが、どういう風にやるかが難しい。
 彼は実物の写真を研究して実にうまく作った。

Ron Mitchel GP9B ちらりと見ただけではキット改造には見えない。アクセス・ドアは新製だが、ドアラッチは金属製をはめている。サイズが微妙に違うのでためらっていたが、彼の作例を見る限り、塗装すれば全く気が付かない。丸窓から、Atlasの怪しい駆動装置が見える。例のセンタピンが高い、軸重移動の大きな駆動装置である。

Ron Mitchel GP9B 2 これは製作途上の写真である。Ronのコンピュータ画面を複写したのでピンボケだ。
 これを見るとどこを直したかが分かる。歩み板も別部品を作ってはめこんであるが、その違いに気が付かない。塗装すればごまかせるのだ。4台のGP9をどさどさと机の上に置いたので、その迫力に負けてしまったのかもしれないが、レイアウト上にあれば誰も気が付くまい。


2013年10月13日

続々々々々 Ron を訪ねて

Ron Mitchel GP30'sRon Mitchel GP30's2 この写真はこの春、O Scale West 2013でBlue Ribbonを取った時のものである。やはり色調が良くない。
 Ronは2011、2012年には都合が付かなくて参加していないが、参加した途端にまたまた一等を取ったので、皆驚いた。

 このGP30は筆者の好きな機関車である。いずれ発表するべく工作中であるが、この作品を見てその完成度には驚愕した。一般人がとても到達できる範囲にない。繊細さと大胆さが共存している。ブラス製品の解体グレードアップだろうと思っていた。しかもスクラッチ・ビルディングに近いという感じさえしたのだ。

Ron Mitchel GP30Ron Mitchel GP30 2Ron Mitchel GP30 3Ron Mitchel GP30 4

 今回聞いて見ると、「ああそれはね、そこの模型屋でライオネルのダミィ(動力なし)を安く売っていたから買ったのさ。バラして加工したのだよ。簡単な加工さ。」と言うではないか。
「まさか!」持ってみると確かにプラスティック製だ。

Rom Mitchel Lionel GP30 originalRon Mitchel Lionel GP30 original 製品はこのようなもので、急カーヴを曲がるために、パイロットが切り離されている。単純に繋げば直るというものでもなく、作り直している。
 こまかい部品は手作りで追加され、誰もライオネルだとは気が付かなかったのだ。 




2013年10月11日

続々々々 Ron を訪ねて

Ron Mitchel U50CBlue Ribbon この写真はO Scale West 2010でBlue Ribbonを取った時の写真である。照明の加減か、色が少し赤い。リヴァロッシのHO客車のような色である。UPの色はもっと青い。
この年も、彼がエントリィしたことが分かった瞬間に、何人かが、エントリィを諦めてしまったようだ。それほど、他を圧倒する作品なのである。

Ron Mitchel U50C 8Ron Mitchel U50C 7Ron Mitchel U50C 6

 左側面の写真である。細かい部品は非常に良く外れるので、全て取り外してハンダ付けがやり直してある。

 実はこの作品を見てU-50Cが欲しくなった。あまり良い製品ではないのだが、他のメーカが作っていないのでAjinの製品を買わざるを得ない。タマの数は多くは無いが200台ほどありそうだ。
 e-bayで時々出たが、安くもない。1000ドル弱である。しかも大差で負けてしまった。

 そうこうしているうちに、上まわりだけというのを見つけた。200ドルだ。これはありがたかった。最低価格で落とせた。最近は手を入れる必要があるものは誰も買わなくなってきたのだ。早速床板を1mmの板から切り出し、チャンネルを貼って剛性を出し、台車はBill Melisの特製品を付けた。いずれ発表しよう。
 ろくでもない下回りは、どうせ捨てるので無い方がありがたかった。

2013年10月09日

続々々 Ron を訪ねて

Ron Mitchel U50C 次はこのU50C を見せて貰った。すばらしい実感である。筆者はこの現物を間近で見たことがない。遠くに止まっているのを数回見ただけである。
 この機関車は3-unit turbine が引退した後、その走り装置を使ってdouble dieselの高馬力機関車として再生したものである。当時は破格の5000馬力の機関車であった。キャブが狭く、バスのような顔をしている。バス・キャブと言うあだ名もある。機関車に要求されることは、単位長さあたりの出力が大きいことで、この機関車も寸詰まりの感じがある。
Ron Mitchel U50C 4Ron Mitchel U50C 3Ron Mitchel U50C 2 この模型はAjinが作った。初期の製造であり、全く良くない。ブラスは再生品で、へろへろである。ハンダ付けは脆く、走るだけで部品が欠落する。走るどころか、単機でもまともに走らない。ウォームギヤは24角形位の仕上がりである。空回りさせてもガラガラとすごい音がする。それを丹念に修理し、再生した。ハンダ付けは全てやりなおしたそうだ。

 この今にも走りだしそうなウェザリングは、コンテストでBlue Ribbonを取るのは当然だ。

2013年10月07日

続々 Ron を訪ねて

OSW 2009 2009年のO Scale Westの時の写真である。Blue Ribbonを取った時のものである。
 この写真ではあまりそのよく質感が分からない。展示現場で見て、「これはすごい」と思ったが、この写真ではそれが伝わって来ない。ただ、エンジンルームのドアヒンジが正確に浮き出されているのが、よく分かる。

 RonがOSWに来るようになって、コンテストの雰囲気が変わったのは皆が認めるところである。とにかくうまいのである。HOを触っていたことも大きく働いていると思う。

Ron Mitchel DDA40X6 この写真は製作途上のものである。キットは利用しているが、半分程度はスクラッチから作られている。ハンダ付けの技術は素晴らしい。




Ron Mitchel DDA40X8Ron Mitchel DDA40X9Ron Mitchel DDA40X5

Ron Mitchel DDA40X7 飛び出しているヒンジ、ラッチが実にうまく表現されている。実物より多少多めに飛びださせたようだが、その程度のデフォルメは模型には必要なことである。ジグを作って、飛び出し量をコントロールしている。炭素棒ハンダ付けを使って、完璧なハンダ付けがなされている。入賞以来、箱を開けてないと言う。埃が付いているのは許せと言う。左の写真の上のドアヒンジの色など、見落としてしまうところも、表現されている。

2013年10月05日

続 Ron を訪ねて


Ron Mitchel computer

 何が見たいかと聞かれた。「棚に並んでいるのではないのか?」と聞くと、「まだそれはしていない。倉庫に置いてあるので、この中から選べ。」と言う。コンピュータ画面のうち、いくつかを指定すると、地下に降りて行った。

Ron Mitchel DDA40XRon Mitchel DDA40X4Ron Mitchel DDA40X2Ron Mitchel DDA40X3
 たくさんの箱を抱えて登って来たので、ひとつずつ見せてもらった。最初はDDA40Xだ。元はBill Melisのキットだが、徹底的な改造が施されて、原型を留めているのは台車廻りだけだ。
 エンジンルームのラッチは、ロストワックスの部品を、ヤスリで広げた角穴に通し、しかも板から少し出るようにハンダ付けしてある。飛び出し量の高さを揃えるのは、かなりの腕が必要だ。

 実物をよく観察してあるので、文句の付けようがない。屋根上のデフレクタ(側面の吸気孔から排気ガスを吸い込まないようにした衝立て)の工作もぬかりない。この工作は、筆者もやっている最中だ。
 汚れの具合も実物を見ているので、実に実感的である。ファンの形も良い。
 
 筆者が一番感心したのはワイパの位置である。こうなっている。見せてもらっているうちに、だんだん興奮して来るのが自分でもわかった。

2013年09月27日

続々々々々々々 Jim を訪ねて

 ジムのレイアウトは美しい。しかし、車輌は良く走るわけではない。驚いたことに、貨車を手で押しても 30 cm も走らない。油が差してあるかどうかも分からない。

 摩擦について聞いて見ると、「良く走らない方が良い。」という。留置線に置いてある貨車が動いてはいけないからだと言う。要するに、貨車は全てブレーキが掛かっている状態である、と言っても間違いではないということだ。連結するとき、相手が止まっていないと連結できないから、「お前の車輪のような滑らかに動くものでは具合が悪い。」と言われたことは過去に何度もある。特にカブースは動きが良くない方が良いらしい。そう言えば、KadeeのNゲージのカブースは軸受にコイルバネが入っていて、軽くブレーキを掛けている。そうしないとDUがうまくできない、という話は知っている。DUとはDelayed Uncoupling である。

 実物では、側線は本線よりも低く作ってあるから、流れ出すことは無い。このレイアウトもそうすればよいのだが、それは無かった。

 ジムはビジネスマンである。何を企画すれば売れるかということには非常に敏感だ。proto48は、客の様々の不満を集めて、それを新しい方向に導くビジネスである。それはなかなかたいしたもので、そこそこに客も付いている。
 しかし、アメリカの鉄道ファンは、大型機により長大編成を牽くことが好きな人が多い。proto48で小型機ばかりの鉄道を楽しむには良いだろう。前にも書いたが、工学的な素養がある人が何人か参入して、ベイシックな部分を検討すれば、発展の余地はいくらでもある。しかし、今のままでは心もとない。

 



2013年09月25日

続々々々々々 Jim を訪ねて

Jim Harper figure 5
 走らせて見せてくれた機関車は、2-8-0コンソリデイションである。動輪が小さく、固定軸距離が短いので、ぎりぎりで走る。これがこのレイアウト上の限界であろう。
 走行可能な最小半径の計算は、本物と同様に計算して、スラックを付けるべきだろうが、そういう話は一切出てこないところが不思議だ。以前にも述べたように、貨車の台車を手で持つと、平行四辺形になるものもある。技術的に検討している形跡はなさそうだ。今話題のJR北海道の線路幅は、蒸気機関車が走っていた時の固定軸距離が大きかった時代のものだ。

Jim Harper coupler
 連結器のピンを抜くのに、面白い方法を採用している。ブラス製のピンの上端に鉄の針金の小片を挿してある。磁石でそれを引き付けると、肘(knuckle)が開く。磁石を遠ざければピンは落ちる。
 簡単そうだが、意外と難しい。ピンはそう簡単には落ちてくれない。かなり気を付けて仕上げないと思うようには行かない。塗装すると果たして動くのかは分からない。

Jim Harper layout
 未完成部分である。先日御下問のあった、ひも状のLEDが付いているのがよく分かる。夜の風情を出すときに用いる。



2013年09月23日

続々々々々 Jim を訪ねて

Jim Harper resistance solderingJim Harper overhead sliding door
 Resistance Soldering のトランスである。99%の仕事はこれで行う。コテは電気配線用の40Wのものだけである。日本でも、もう少し普及するとブラス工作への躊躇が減少するはずだ。筆者が原価で頒布したが、実際には組み立てていない人が複数あることが判明した。せっかくかなりの労力を掛けて製作頒布したので、有効利用してもらいたいものだ。

 これは車庫のドアである。上のレイルに沿って引き上げられる。コイルバネでドアの重さをバランスさせているので、小さな出力のモータで巻き上げることが出来る。この家は既存の設計の住宅の一部を変更したので、隣の 2‐car garageとは壁で隔絶されている。小さい扉は3台目用なのだが、レイアウト・ルーム専用にしている。大きな材料を楽に運び入れることが出来るので具合が良い。
 我が家にも付けたが、ドアを熱絶縁性の高いものにしているので、空調時に熱が漏れにくい。気密パッキンを付けているので隙間風が入ることもない。閉めた時は、事実上の壁となる。 

Jim Harper backdrop

 バックドロップ(背景の下地)は石膏ボードで、目止めしたのち、単一色で塗る。薄い建物を貼り付けた後、空の部分には多少のウェザリングが施される。建物は1インチ(25 mm)しかないが、紙よりははるかに実感的である。
Jim Harper license plate
 ネヴァダ州のナンバープレートである。こんなのを申請するのは居ないから、すぐに認められたそうである。




2013年09月21日

続々々々 Jim を訪ねて

Jim Harper figure 2Jim Harper figure 3Jim Harper figure 4Jim Harper figure 1

 Jimのレイアウト上で特筆すべきものはこれらのfigure(人形)である。カスタムメイドの素晴らしい作品が並んでいる。どれも表情と動作がある。実際にしゃべり掛けられそうな雰囲気である。
 これらのフィギュアは、彼の義理の息子が作ったものだそうだ。せいぜい37mm程度のものをプラスティックの小片から削り出して作ってある。細かい造作は省いて、絵具で色をつけ、模様を描いてある。この程度の大きさになると、絵でも実物の凹凸を表すことができるという実践例である。

Jim Harper D&H pacific
 
 この機関車はHOである。1950年頃彼がスクラッチ・ビルトしたものだそうだ。彼がスクラッチ(板などの素材)から作ったのはこれが最初で最後だと言う。非常にバランスよく作られている。
 ピンボケをお許し戴きたい。筆者はHOには縁遠いので、その小ささを過小評価していた。絞りをあと二段絞るべきであった。マクロレンズを使って失敗しているのは情けない。

2013年09月19日

続々々 Jimを訪ねて 

Jim's layout
 24 mmレンズしか持っていなかったので、あまり広い範囲は写っていないが、様子はお分かりだろう。日本でいくつかのレイアウトを見たが、今まで見た範囲では、天井部分の処理はどなたもされていない。今後はこのような手法が取り入れられるのであろうか。

 このような手法が有効なのはウォーク・アラウンドの場合だけではないはずだ。いずれにせよ、エンドレスを俯瞰するタイプのレイアウトは、すでにアメリカの新作レイアウトでは全く見られなくなった。
 レイアウトのベース高さは54インチ(約137cm)である。日本でも120cmの作例が見られるようになってきた。今後は、高いレイアウトが徐々に浸透していくであろう。
Jim Harper ducking underJim Harper road bed

 高さがあるとその下をくぐることが簡単になる。アメリカ人はかがむことが不得意なので、低い椅子に車輪を付けたものに座ってごろごろと移動する。この路盤は初めて見た。薄い合板で縦方向の力を受け、発泡ポリスチレンでその曲がった合板がバックリング(座屈)を起こすことを防いでいる。軽量化とある程度の剛性確保という、相反する要求をうまく満たす、力学的に巧妙な構造である。

Jim's workshopJim Harper DCC

 線路は廻り込んで工作室に入り込んでいる。この工夫は筆者も取り入れている。試運転に便利である。
 DCCの機材は仮に置いてある程度だ。いずれ、収納場所が決まるであろう。

2013年09月17日

続々 Jim を訪ねて 

Jim Harper tunnelJim Harper 2-8-0Jim Harper depot

 レイアウトを見せて貰った。正直なところこれほど美しいレイアウトは稀だ。背景、地形、ストラクチュアどれをとっても一級である。貨車も素晴らしい出来で文句の付けようがない。

Jim Harper bridgeJim Harper tavernJim Harper turntable

 このあたりは半径1800 mm程度である。実物で86 mである。曲線の内側なのでそれほど違和感を感じないが、接線方向から見るとかなり急である。
 草は、マニラ麻のロ−プの繊維でできている。ほぐして捩り、接着剤で固めて植えるのだ。それに細かいスポンジを付けてある。
 ジーンズの布をほぐして捩ると亀の子たわしを伸ばしたような形になるので、それを固めて散髪し、葉っぱの材料を振り掛けて木にしている。

 Tavern(居酒屋)には明りが燈り、内部からは音が聞こえている。天井の処理は最近のアメリカではやっている手法による。

 現在50%の仕上がりで、残る部分の製作に勤しんでいる。

2013年09月15日

続 Jim を訪ねて

 Jim Harper 氏はネヴァダ州リノで模型店を開いていた。2度ほど行ったことがある。模型職人としての腕は一流で、貨車を細かく作ったり、ストラクチュアのキットを売っていた。模型屋は繁盛し、それを売ってここに引っ越してきたのだ。

 彼はproto48の提唱者の一人でもある。前にも書いたように、筆者はproto48には懐疑的である。過去にproto48の滑らかな走行を見たことがない。貨車数輌を牽いてごろごろと走るだけである。
 過去に素晴らしいレイアウトを見せてもらったことがあるが、どれも走行性能は芳しくない。せっかくやるのだから、ぴかぴかつるつるの車輪を使って、実物のような大編成を滑らかに牽く場面が見たいものである。

Jim Harper's home
 さて、彼の家はここである。新興住宅地の一角で、看板もないから、ここに名だたるproto48の大家が居るとは分からない。僅かに車庫のあたりの屋根が不連続なので、何かあるかもしれないと気付く程度だ。家を建て始める前に、車庫の小さい方のドアの右で切れていたのを延長させたそうである。そこがレイアウトになっている。
 大工は機械的に延長したらしい。屋根が不連続である。こういう構造の屋根は雨漏りしそうで心配ではあるが、この辺は雨が降らない。

 電話をして、指定時間ちょうどにドアベルを押した。朝の9時であった。まだ食事中で、「朝は食べたか?良かったら食べてくれ。」ということであった。ジュースだけをご相伴して、色々な話を聞いた。

 ジムは日本に4年ほど居たらしい。沖縄と立川に居たのだそうだ。空軍の士官である。「日本の模型屋は良く行ったよ。テンショウダとかカツーミに行ったな。テツドモケイシャというのもあった。カスタムオーダも引き受けていたけど、いつも仕事が遅れて、帰国に間に合わないのがいっぱいあった。」
「誰か日本の模型人を覚えていらっしゃいませんか?」と聞くと、
「顔は覚えているが名前まではね。でも立川基地によく来た男が居た。彼の名前はヒローシである。とても有能な男だった。」
 その人は多分水野宏氏であろう。
 
 ジムの奥さんの前夫は三沢基地で殉職した空軍軍人であった。墜落するジェット機を人家の無い方向に向けているうちに、脱出が遅れたのである。当時は緊急脱出装置があまり優秀でなかった。

2013年06月07日

続々 伊藤剛氏を訪ねて 

伊藤 剛 5 工作はほとんど手工具に依るのだが、たまには旋盤も使うということである。この旋盤はEMCOのUNIMATである。60年代の発売だ。当時はずいぶん高価に感じた。剛性がないベッドであるから、長いものを作ると径がでたらめになる。ベッド代わりの丸棒の下に何か挟まないと使えない代物だ。剛氏は車輪や車軸を仕上げるだけだから、問題ないそうである。

 ほとんどの作品は見せて戴いているが、一つだけ見せて戴いてなかったものがある。それはロータリィ・ダンパである。話は色々な方から聞いたが、現物を拝見するのはこれが初めてだ。剛氏自身も、箱を開けるのは30年振りだそうで、記憶をたどりながら説明して戴いた。これは雑誌に発表されていない。
伊藤 剛 6 これはHOの線路の上を走るOスケールのナロゥ・ゲージである。1輌ずつ押しこんで連結器を切り離し、回転する。砂利は落ちて下のホッパに集まる。空車はそのまま押し出されて斜面を下る。スイッチバックして下の線路に留置されるというわけだ。
 機関車は背の低い鉱山用で、日本車輌で作った物である。収納してあった箱には、仕舞い方が描いてあって、その通りにするときちんと納まる。 


伊藤 剛 7 機関車には運転手が乗り、後ろを見ている様子がリアルである。貨車には、お住まいになっていた長浦という地名が書かれているが、その横の丸いマークは何だろうか。
 漢数字の七ではない。片仮名の”ナ”を左右逆に描いてある。”ナ”が裏になっている。すなわち、”ながうら”だそうだ。

 剛氏の模型には、この手の言葉遊びがたくさんある。レイアウト・モヂュールでは線路際の看板に「岡歯科・内科」と書いてあって、続けて読むと、「おかしかないか」となるわけだ。ありとあらゆるところに、吹き出してしまいそうになる表現がある。

2013年05月02日

Monticello 鉄道博物館

 とても寒い日で気温は零下3度くらいだった。しかし風が強く、体感温度は零下10度位に感じた。その日は博物館は休みであるが、保守作業をしている人がいるそうだから、個人的に見せてもらうように頼んだということであった。

 行ってみるとよくぞこれだけ集めたというくらい、色々な機関車、貨車、客車がある。ほとんどが個人で持っていて、ここに寄贈されたり、保管を委託しているものだそうだ。
 
2-8-02-8-0 32-8-0 2 oil applicator このコンソリデイションはかなり重そうである。廃車をここまで修復し、夏には列車を牽いて走るのだ。 
 テンダーは完全に新製したそうだ。道理で顔が写るくらいつるつるであった。

 この第一動輪をご覧戴きたい。フランジに塗油器が付けてある。これが無いと脱線するのだそうだ。Proto48の連中に見せて差し上げたい。

 車庫の中は風が無いので助かる。しかし、気温は0度くらいである。歩き回らないと凍えてしまう。

FA  このAlco FAの修理が大分進んでいて、中を見て良いと言うので梯子を登った。
 中は真っ暗であったが何枚か写真を撮れた。
  
  エンジンの不調は燃料噴射ポンプを取り換えると直るらしい。他の部品取り用機関車から外して付け替える。モーターが焼けたのはどうしようもないようだ。

2013年04月30日

続 "Model railroading is not a hobby"

 ハーマンにどうしてあの標語が掲げてあるのか、聞いてみた。答は「いや面白い言葉だろう。友達にもらったから、あそこに掲げたんだ。」としか言わなかった。

Harmon's 8Harmon's 3 しかし、彼の工作を見ると、この標語そのものであるという感じがする。
 ほとんど完成品を持っていない。60年も鉄道模型をやっているのにコレクションはせいぜい20輌だ。しかも動力車は3輌だ。棚の上にはMax Grayの時代の機関車が箱入りで置いてある。「参考に買ったけど、そのうち売ってしまうさ。」と言う。

113_8083 毎日図面とにらめっこし、寸法の計算をして、ロッドの納まりを確認する。一つの部品を何日もかけて製作し、それをひとつずつ写真と見比べながら取り付ける。
 彼を見ていると、あたかも求道者のように思える。こんな図を描いて検討している。筆者のように、ラフ・スケッチだけで、えいやっとは作らない。

forming 2つしか作らないものでもこのような型を作って押し出して作る。ここしばらくは白内障で仕事が停滞していたようだが、最近手術を受けたので 糸鋸の8/0の刃も見えるようになったから仕事がはかどると言っていた。

 毎年筆者が作ったものを持って行くと、その中に発見されるいくつかの工夫を見て、的確な論評を加えてくれるありがたい友達だ。

 3日間であったが、楽しい訪問であった。

「そうだ、ここから1時間位のところに鉄道博物館があるんだ。行ってみないか。」と言う。
 
 それはMonticelloという町にあり、昔のWabash鉄道の駅や車輌を集めている。規模としてはイリノイ鉄道博物館の1/10位であるが100輌は持っている。  

2013年04月26日

Harmon の工作

Harmon's 10 ハーマンの家に遊びに行ってしばらく居候させてもらった。今年も天気が悪く、とても飛行機が飛べる状態ではなかった。「夏に来れば飛べるよ。」とのことである。


Harmon'sHarmon's 2Harmon's 7 機関車の進行状況はこんな具合である。先台車廻りはかなり進んでいる。また、キャブ内も実によく出来ている。来年までにテンダも完成させるということだ。
 ハーマンは本物の図面のコピーをたくさん集めている。一つづつの部品を図面を見て作り出すのだ。下廻りは動輪が厚く、軌間が 2 mm 広いので納めるには苦労している。ロッド類は全てギリギリの設計だ。

Harmon's 5Harmon's 6 従台車の作りも実に美しい。洋白板を使って薄さを見せている。板バネが不揃いなのが気になっている。作り直すようだ。


Harmon's 9 写真をよく見て、現物の部品の深さに気を配っている。真横の写真では勘違いをするから、このような角度の写真をよく点検する。
 1950年代に彼の友人が、古い8×10のカメラで模型に適する角度から数百枚の写真を撮ったそうだ。機関区で電柱に上って撮った写真を見せて貰ったが、貴重なアングルのものばかりだ。歩み板の真下から見上げた写真も模型作りには最適な角度だ。その本人は亡くなってしまったそうだが、写真は全てある。そのカメラの大きさを考えただけで、大変な重労働であったことが分かる。

2013年04月24日

MEGOW のクレーン車

 Megow Crane 4 1941年の10月号のModel Railroaderの広告である。このころの50ドルがいったいどれほどの価値があったのかはよくわからぬが、かなり高価なキットだったらしい。友人の Richard がこれを売りに出していた。以前は誰にも売らないと言っていたのに少し気が変わったらしい。彼は筆者に売りたかったらしい。勧めてくれるのだが、1000ドルは高い。その半分なら即時買っていただろう。Megowの読み方であるが、ミーガゥというらしい。

 この広告はMRに1回しか載らなかったという。発売台数はおそらく6台という話だ。リチャードはこの世界では有名なカスタムビルダでもある。しかし彼もこの1台きりであとは見たことがないそうだ。彼はこのクレーン車を1970年頃200ドルで買った、ということを15年前に言っていた。1000ドルはそういう意味では妥当な金額だろうが。

Megow CraneMegow Crane 2Megow Crane 3 実によく出来ている。モータ1台で3つの巻き上げ軸を作動させる。クラッチとブレーキが同時に作動して目的の軸以外は動かない。クラッチと言っても、傘歯車を噛ませるか外すかを選ぶだけだが、モータの正逆回転と同時に行えば、かなり細かい運転ができるはずだ。本物の構造と根本的には同じだ。
 リチャード曰く、完動品だそうだ。触らせてもらった限りではクラッチがカチッと作動して気持ち良い。逆転機はロータリー式だ。

Megow Crane 6Megaw Crane 5 組立図は正確に描かれている。工学の専門家が存在していることは間違いない。
 散会の時に、彼は名残惜しそうに、「次回には買ってくれよ。」と念を押しに来た。

2013年04月22日

続 Contest

contest この手の作品が多いと頭が痛くなる。凄まじい労力とお金を掛けた作品である。ロストワックス鋳物の部品をいったい何百個付けたのだろう。
 今まではこのタイプのエントリーが多かったが、数年前から退潮の兆しがあり、今年は1輌だけだった。入場者が投票して入賞が決まるのであるから、この種の作品の人気が落ちたということである。筆者はほっとしている。

 配管を細かく付けるのは良いのだが、この状態では振動で配管が動き、疲労してひびが入るであろう。実物の蒸気機関車をよく見ると、こんな状態の配管はほとんど無い。必ず中間を何らかの方法で押えてある。キャブの妻とか側板に補強が無いので実感に欠ける。配管の手間をそういう方向にも振り向けるべきだ。
 これを見て、「機関士はどうやって座るんだろう。入ったら出て来られないよ。」と言っている人が居た。それを聞いて同感であった。

 
Scratch built from styrene この作品はプラスティックの板からのスクラッチ・ビルトである。よく出来ている。こんな作品を作ろうとは思わないが、感心して見ていた。実物をよく観察して作ったということがよく分かる作品であった。このような作品は型を取って、マスプロダクションをすると、たくさん売れるであろうと思った。実際、そういう商品もある。ウレタンの鋳物で信じられないほどよく出来ている。しかも安い。組み立ては意外に大変で、直角を出すために、筆者は木のブロックで骨組を作って側板を貼りつけた。

snow plow ラッセル式雪かき車を作って雪かきの途中を表しているのだろう。しかし、不自然だ。機関車が無いと奇妙だ。入賞したのだろうか。

2013年04月20日

Contest

 コンテストを見るのはあまり好きではない。これでもかというのを見せつけられるからだ。 入賞者の常連は、引退後、コンテスト入賞だけを目標に頑張っている人ばかりだからだ。ロストワックスの塊のような作品は、見ても、あまりすごいとは感じない。
 今回はいつもとやや異なる雰囲気であった。きらきらのブラスのスクラッチ・ビルディングは少なく、既製品をうまく組み合わせて、精密さを感じさせる作品が多かったからだ。

barge2barge 一番気に入ったのは、この「はしけ」である。どのあたりで使ったものかはよくわからぬが、冷蔵車を並べてある雰囲気が素晴らしい。冷蔵車はIntermoutainのプラスティック製であろうが、細密度がほどほどで、全体のまとまりが素晴らしい。

RS3RS3 1RS3 2 今回の白眉はこのディーゼル電気機関車である。安いプラスティック製のWeaver社の製品を元にキャブ、エンジンルームを作り変えた。跳ね上げ式の点検扉の裏のラッチの造り等、かなりの観察眼の持ち主である。ディーゼルエンジンの表現も素晴らしい。キャブの中もよく出来ている。
 台車などは鎖を付けたり、配管を施しただけで、さほどの工作はしていない。

Depressed Center Flatcar2Depressed Center Flatcar3 この大物車はスクラッチビルドである。よく出来ている。変圧器の造作が今一つだが、碍子の取り付け部の傾き具合など、すばらしい。筆者としては、この程度の細密度で統一された列車の編成を夢見ている。
 実物より、線路幅が2mm広かろうが、そういうことはどうでもよいのだ。
 

2013年04月14日

Proto48

 本物を縮小するとどうなるかについていくつか書いていたのだが、鹿ケ谷氏からのコメントでほとんど言い尽くされてしまった。それに書かれていないことだけを書こう。
 本物を小さくすると何が異なるかと言うよりも何が変化しないかを考えなければならない。それはヤング率である。物質の弾性変形に関する性質であって、これは物質に固有のものである。すなわち小さくするとモーメントが小さくなるが、ヤング率は変化しないので、模型は堅くなる。要するにバネは極端に堅くなるということである。車体が堅いので、捻られない。何らかの工夫をしないと、曲線の入り口の緩和曲線あたりで脱線する。
 
 レイルも枕木も砂利も堅くなる。するとカチンカチンのコンクリートの要塞の上に敷いたレイル上を走るのと同じである。その上を走る車輌の板バネは必要以上に堅く、よほどヤング率の小さい材料を選ぶか、薄くしなければならないであろう。このあたりでスケールから外れてくることが分かる。摩擦も速度によって変化するだろうし、以前に述べた慣性の現れ方も当然異なる。小半径である模型線路上を走らせようと思えば、フランジ塗油器が必要な条件であろう。

 そういうことを全て無視してひたすらスケール化するのは無意味だ。車輪を得意そうにみせてくれるのだが、挽き目が見えている。大切なフランジやフィレットに挽き目が見えるということは、スケールでも何でもない。その部分は研磨してなければならない。台車を触らせてもらうと、車軸が台車の軸箱中で左右に2mm弱動く。これでは駄目だ。台車の中で車輪が平行四辺形になって走り、フランジが当たりやすくなる。そのような最も大切な部分を疎かにしている人たちが、どうしてよく走るスケールモデルを作れよう。この集団の指導者層が素人であることが露呈している。

 停まっている情景模型であればそれでよいが、走らせるということは意外に難しいことなのだ。プロトとかスケールという言葉に酔っているのだろう 。車輪は相変わらずある男が作っている。2万軸売れたと威張っているが、たったの2万軸である。筆者のLow-D車輪の方がはるかに多い。2万も作ればCNC旋盤で作るべきものだろうが、総型バイトで作っているものだから、ざらざらの挽き目が出てしまうのである。

 この集団には機関車を設計して板から作れる人が居ないのである。誰かが作ったキットを組み、誰かの供給する車輪を付けてスケールモデルだと信じているだけなのである。
 やはりRainmaker が必要なのだ。巨万の富を持つ天才的な誰かが、正しい設計のものを継続的に供給できなければ、今の状態からは抜けられまい。大型機関車を作った人は居るか、と聞くと、チャレンジャを作った人が居るという。走るのを見たか、と聞いても誰も返事がなかった。

 筆者がRainmakerという言葉を出したら、Harmonは、「うまい表現だね。」と言った。この言葉は20年近く前にマット・デイモンの出世作となった映画の題名でもある。

Model Railroader May 2013Check 話は飛ぶが、ようやく筆者の低抵抗車輪の記事がModel Railroader 5月号に載った。原稿料の小切手を貰ってから随分待たされた。友人たちは10カ月待ちが普通だと言っていたが、それをはるかに上回った。先に原稿料を受け取ったので、他の雑誌からの誘いも断らざるを得なかった。

2013年04月12日

続 Clinic in Chicago

 やはり同じ質問が出た。パンタグラフの位置が真ん中にあるが、それをどこかに移動させることは可能かというものである。車端にパンタグラフを置き、捻られる軸を中空軸と中心の棒にすれば、どこにでも置ける。
連結器に当たらなければ、車長の中のどこにでもおけるので、荷物室や車掌室に押し込むこともできる。またこの作例のような大きさも必要ない。この半分くらいの大きさに作ることも可能である。小さく作ると誤差(リンクのガタ)が相対的に大きくなるので不利であるが、HOサイズでも十分に作れると思う。

 現在もう一つの作例を製作中であるので、近日中にお見せできる。これは車内の大きな体積を占有するので、有蓋車やカヴァードホッパくらいしか使えないだろう。

3点支持と4点支持 リンク機構は軽く作れるし、カウンタ・バランスがあれば作動に力が要らないので、具合が良い。このサスペンションが2点支持であるということは、なかなか思いつけないことのようだ。この絵は評判が良い。Controlled(制御された)2点支持という言葉が、彼らの胸に突き刺さったようだ。

 

 他のクリニックではProto48の講演もあった。要するに宣伝である。こんな線路と輪軸のセットを売っているから、こちらのサイドに来ないかと手招きをしているという感じのクリニックである。
 友人Harmonと見に行った。話を聞き終わった時、主催者が「何か質問、感想があればどうぞ。」と言った。すると誰かが、"Future of model railroading!”と叫んだ。何人かがそれに呼応して拍手した。
 会場を出て、Harmon が、「君はどう思う?」と質問してきた。「難しいと思う。レイアウトの半径が最低3mないとね。」と言うと彼は深くうなづいた。
 「彼らは貨車を一所懸命に細かく作っている。それでおしまいの人が多い。」彼の意見は否定的であった。

 そこで、筆者はこう言った。
「人間は3種に分けられる。雨が降らないかなあと空を見ている人。雨の降りそうなところに引っ越す人。そして雨を降らせることが出来る人(Rain Maker)。」
 彼らは空を見ている人である。

2013年04月10日

Clinic in Chicago

 今年のクリニックの参加者はやはり20人くらいであった。 しかし皆が、新しいメカニズムに対して興味津々であった。何が始まるのか、見届けようという人たちばかりである。
 開始に先立って、Mike Hill氏が、筆者の紹介をしてくれ、簡単にバックグラウンドを説明してくれたのには助かった。このようなことは異例だそうだ。

 例によって、三輪自動車の安定性に始まり、貨車を三点支持にするとどうなるかというケーススタディをした。
 次に二点支持にするとどうなるかを考えさせた。もちろん、二点支持ではひっくり返ってしまう。そこで車体を安定化する工夫として、ロンビック・イコライザを持ち出し、一本外しても良いという事例を台車枠を用いて示した。

 フカひれイコライザの改良型を見せると、「なるほど。」という感じだ。しかし触ってもらうと、今一つ動きが渋い。それは作動させる軸が質量を持ち、どちらに捩っても同じとは言い難かったからだ。
 そこでパンタグラフ型を持ち出すと、その動きの面白さに目が行ってしまう。しかし、作動させるとその軽さに仰天する。カウンタ・バランスのおかげで、全く重さを感じさせない。台車の捻りで、他台車がカシャカシャと実に軽く捻られるのを見ると、びっくりする。

 今回持ち込んだレイルは、接続部に細工をして、レイルの太さ程度の段差をあちこちに設けてある。普通の貨車は必ず脱線してしまう。ところが等角逆捻りの貨車は、なんということもなく通過する。その時、パンタグラフのクロスへッドは1cm位上下して、段差を乗り越えるとき、車体も半分捻られることを示す。

 このデモはとても人気があり、参加者は順に押してみて楽しんだ。何に使うためかということを説明した。引き込み線の保線がしてない線路を車体をゆすりながら通過できるという話をすると、みな大いに興奮した。誰しもあの光景を見たことがあって、いつの日にかやってみたいと思っていたからだろう。

 工学の専門家も来ていて、学問上の見地からのお褒めも戴いた。ロンビックの話をしたが、アメリカには四輪車輌がほとんど居ないので、あまりのめり込んで来なかった。やはり、台車を加工した片持ちロンビックの方が人気がある。
 ほとんどの人は、この事実に気が付いていなかったので、「早速やって見る」ということであった。 

 パンタグラフがとても軽く動くことについては、全員が賞賛してくれた。見かけ倒しで動かないと思った人も居たようだが、動くのを目にしてとても驚いた。
 「ほとんど摩擦がない!」
とほとんどの人が叫んだが、まだ特に潤滑はしていない状態であった。

2013年04月08日

続々々 Chicago O scale Meet 2013

113_7761  Mike Hill 氏のコレクションはその質の高さでは、おそらく全米一であろう。もちろん、数の多さで言えばもっと多い人を何人も知っている。それを見に行ったこともある。しかし、鉄道模型の歴史的な背景を加味した、時代考証の確かさについては、このコレクションに優るものはないと言えるだろう。同じ機関車を異なるスケール(17/64" scale と 1/4" scale) で持ち、なおかつ、異なる時代の塗装で持っている人はいない。
Hill 氏は、最も成功した模型店主の1人である。彼のコレクションは昨年のCOM2012でその一部が紹介され、話題を呼んだ。今年の公開はそれを受けてのものである。

Mike Hill's 2 公開の当日に集まった人達は、あるレヴェル以上の模型人たちである。そこでの出会いは興味深い。かなり前に会ってから、久しく御無沙汰していた人達に会うことができた。家族を同伴している場合には、奥方や娘さんにも会うことができた。特に娘さんには子供が世話になっていたこともあり、懐かしい話に花が咲いた。

 Hill氏の模型人としての顔の広さと、目利きの確かさが現れている集まりであった。筆者のLow-D車輪もコレクションに採用されており、その抵抗の少なさと静かさを紹介して戴けた。

2013年04月06日

続々 Chicago O Scale Meet 2013

Chicago O scal Meet 2013 今年の催しの規模は昨年より大きかった。昨年は少々さびしい感じがしたが、今年はテーブルの数も増え、取り引きされる商品の数も格段に多かった。
 入場者も比較的若い人が増えたような気がする。アメリカのO scale はしばらくは安泰だろう。 レイアウト・ツアも昨年より増えた。たくさん行ってみたかったが、評判を聞くとそれほどでもないそうで、行く気が失せてしまった。
やはり、公表されているレイアウトは面白くないということなのだ。仲間内でのみ招待されるレイアウトは素晴らしいものが多いのである。
 特に今年の案内を見て思ったのは、レイアウト・ツアを引き受けてくれると、入場料を免除するとか、何かの特典がある。それを目的で応募してくる人があるからだ。あるいはクラブレイアウトで、仲間を増やしたい場合に公開する。もちろんそれは未完成だから、人を募集するわけだ。そういうわけで、今年は公表されているところには行かなかった。

 友人のHarmonが、「今年は特別に Mike Hill の所に行けることになった。めったにはないことだから、そこに行こう。」と言うので、そういうことになった。 
 実は筆者は2年連続で行っていたが、レイアウトの整備が進んだそうなので、期待した。

Mike HillMike Hill's 彼ほどのコレクションを持っている人も珍しいので、かなりの人が詰め掛けた。もちろん、耳打ちされた人だけである。延べ40人くらいであろうか。外国人しか招待しないというのは、ウソである。
 ガラスケースは中が見易いようにガラス戸が外してあった。写真撮影には好条件であった。

2013年04月02日

Chicago O Scale Meet 2013

 シカゴに毎年行くようになって4年目である。地理もようやく頭に入り、どこへでも行けるようになった。また、多くの知己を得て、色々な方から遊びに来ないかというお誘いも受けるようになった。シカゴのある中西部はかなり保守的な地域であり、よそ者に心を開くには多少の時間が必要ということでもある。
 最初の年はLow-D車輪の紹介をしたのだが、やや警戒心を持たれたようだ。二年目にはその車輪を欲しいという申し出が相次ぎ、大した量ではないがある程度の数が出て行った。その後、評判が広がって少しずつ頒布している。
 今回は何か面白いネタはないのかという話があり、「ロンビック・イコライザ」から始まる「等角逆捻り機構」の応用例を話すことになった。カリフォルニアから話が伝わっていて、前評判は上々で、「面白い話が聞ける」という噂が立ったようだ。

 当日、クラインシュミット氏に会って、「今日来て戴けますか?」と聞くと、「あいにく今日は都合が付かない。どんな話だ?」と聞くので、「それではそこの机を借りてお見せしましょう。」ということになった。

 クラインシュミット氏は手厳しい評論家であって、技術発達史に関しては生き字引のような存在である。過去に色々な物を見せて、感想を聞くと、「それは19XX年に、誰それが特許を取っている。」とか、「〇〇社が売り出した商品にそれが採用されている。」という調子で、あまり認めてもらえなかった。
彼の口癖は、”There is nothing new in the world." である。要するにすでに誰かが考えたものばかりで、完全に新しく考えだされたものなんか無い、というものである。面白かったのは、「最近のトヨタのプリウスのステアリングホィールが電熱で温かくなるものが宣伝されているが、あんな物は昔からある。1920年型の何とかという車に採用されている。いかにも世界最初と言っているが、嘘っ八だ。」という話であった。

113_7672 そこで、筆者が持って行った今野氏製作のロンビック・イコライザの見本を見せ、次にその応用として筆者の改良フカひれイコライザ、パンタグラフ式イコライザを見せた。彼はととても驚き、眼を見開いて見た。持参の凸凹線路を全く脱線せずに通過するのを見て、仰天した。
 何度も押してはその動きを吟味して、「素晴らしい。」「こんなのは見たことがない。」 ”It 's very new!"
という評価を得た。

 ここで彼の評価を得ると、その後の動きはとても早い。あっという間に、その評価が伝わり、たくさんの人が見に来てくれた。

2013年03月12日

続 O Scale West 2013

20th Century Ltd20th Century Ltd2 このディスプレイが眼を引いた。人間との対比で大体の大きさが分かるだろう。そこそこによく出来たセクションである。ニューヨーク(シカゴ)がどうしてカリフォルニアにあるのかよくわからぬが、初めて見た展示である。

Jerry Porter この人はジェリィ・ポータ氏である。以前、伯楽のことを書いた。にこにこしてやってきて、「どうだい、新しいレイアウトを作る気は無いかね。僕がデザインしてあげるよ。」と言う。
「残念ながら、最初のレイアウトがまだまだ完成しないから、とても無理ですね。」と言うと、残念そうだった。
例の等角逆捻りの貨車とか台車を見せると、「ボーイングの技師を連れて来るから見せてやれ。」と言う。
しばらくすると来たので、「お前のせいで、僕の乗る飛行機が飛ばなかった。」と言ってやった。
「いや俺のセクションではない。でも残念だったね。」とかわされた。

UP FEF2 この売りに出ているUP FEF2が気になった。テンダはケムトロンの輸入したカツミ製である。軸箱の形で分かる。EF58用のダイキャストが付いている。
 機関車はスクラッチ・ビルトだと言う。メイン・ロッドが曲がっている。タイヤの厚みにより、シリンダ中心がロッドの中心にならないからだ。欲しくなったが、何かアンバランスなところがあって、買わなかった。

UP FEF2 2 テンダのATS装置などの雰囲気が良い。

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2013年03月10日

O Scale West 2013

 Florida から西海岸までは遠い。飛行機で5時間弱かかる。安い切符を買ったので、狭い座席に詰め込まれた。どういうわけか満席で、余裕はない。隣が空いていればよいのだけど、ぎっしり座っているので、トイレにも行きづらい。本を読み、コンピュータのゲームをして時間をつぶす。途中、Denverで乗り換えた。ラウンジでビールを飲んで、一休みする。そうしたら、次の飛行機が遅れると言う。さんざん待たされたが、無事離陸した。
 San Jose空港に着いて、バスに乗り、近くの電停まで行く。あとは電車でホテルまで行けばよい。しかし、それほど容易ではなかった。電車が脱線したらしい。仕方がないので別方向に行き、そこで乗り換えの電車を待った。幸いにも10分ほどで次の電車が来て、ホテルの前の電停まで行けた。

OSW 2013 2OSW 2013 今年は会場のホテルを予約しなかった。いつも何も考えずにそこに泊まっていたが、向かいのHiltonの方が安いことを発見したのである。普段は定価240ドルの部屋を3日間に限り一泊110ドルであるから、かなり割安感があった。ところが向かいのホテルはどういうわけか89ドルなのである。これはインターネットのおかげである。同地区の最安値を割り出したのだ。ホテルの格は同等なので、これはありがたかった。
 この種のコンヴェンションでは、高級ホテルを安く借り切るので、ほとんどの人がそこに泊まる。普段は泊まれないようなやや高級ホテルであるから、皆喜んでいるのだが、まさか道路を渡るだけでこれほどの差があるとは誰も思わないだろう。そのホテルはがらがらであった。

Camera CarCamera Car2 今年のトピックスはこのカメラ・カーである。レーザで切ったシナ合板を組み合わせて作ったもので、機関士の視点からというのが売りである。ふつうは、つい前方を写してしまうが、斜め右側を写すというのはなかなか良いアイデアである。
 このカメラ・カーを貸してくれるらしい。レイアウトを走らせてそのまま返せば、レイアウト・ツアをしたのと同じ効果である。映像は編集して返してくれるそうである。

2013年01月03日

続 Boxcarを作る

812_6782 安いキットを買ったものだから、一部の部品が足らない。それが未完成の大きな原因であったことは否めない。屋根の歩み板(Roof Walkとも言う)は木製が付いていれば「当り」で、プレスの網目が付いたのは、どちらかというと「外れ」である。木製であれば、ワイヤー・ブラシでこすって傷んだ感じにする。昔は釘で留めたので、歩み板の真ん中に穴が開いて、変な感じであった。
 現在はSuper Xがあるので、留め具が全く見えない。平らに付けるために、屋根のてっぺんに接着剤を付け、歩み板を屋根にテープで仮留めする。これは位置関係だけを留めただけである。次に週刊誌ぐらいの柔らかさの雑誌を堅い机に載せ、その上に貨車を仰向きに置いて軽く重しを掛ける。そうすると屋根と歩み板が平行に固着する。この方法はエッチングのsee-thruの歩み板にも使える。

 歩み板の端には支えが必要であるから、細い平角線でそれを作りSuper X で取り付ける。ステップもこの接着剤で付けると、弾力性があって折れにくい。問題は梯子である。
 安達製作所で買って来たジャンクの中から拾い出した梯子は短いので、細いブラス線を角に内側からハンダ付けして延ばす。そしてステップをハンダ付けすると、実感的だ。既製品はこのあたりの作りがでたらめである。

 ブレーキ巻き上げ装置の位置を正確に調べて取り付ける。巻き上げ用の足場も正確な位置に取り付ける。
このあたりの位置関係が出鱈目だと、非常にみっともない。先日の動画はとても参考になる。

 横から見た時に見えるブレーキ・シリンダは正しい位置に付ける。高さがおかしいと実感を損なう。ブレーキ・リギングがフレームにほとんど接しているのだから、シリンダ中心もその高さでなければならない。

 正直なところ、これ以上の手間を掛けるのは筆者の主義に反する。貨車は機関車とは違う。軽く走れば良いのであって、手に取ってじっくり見る人はいないことになっている。遠くから見て気になる所が、正しく出来ていれば合格である。

2013年01月01日

Boxcar を作る

   謹賀新年

812_6779 この3箇月、貨車を作り続けた。それらの貨車はLow-D車輪を作った時、走行抵抗を測定する必要があって、全く同様に仕上げた貨車を30輌必要としたからだ。それらはAthearnの40-ft, 50-ft Boxcarの一群である。ある程度は持っていたのだが、測定用に買い足したのだ。当時はこの種の貨車が安く手に入った。アメリカの模型ショウを一巡りすれば5,6輌は買える。単価は15ドル以下である。台車付きだから安いものだ。
 大急ぎで形を作り、測定に使用した。そのあとは放置されていたが、未塗装のものが多く、美観を損ねた。ヤードに各種の未塗装車が並んでいると気が滅入る。梯子とか天井のRunning Board、ブレーキホイール、などが付いていない。なんとなく廃車の行列のようで、視界に入ると腹が立つ。

see-thru (2) 5輌ずつ細かい部品を作り、付けて行く。1日2時間と決めて続けると、10日くらいである程度仕上がる。歩み板は平板を捲って取り、エッチング抜き落としの"see-thru"に取り換える。透けて見えるのは素晴らしい。多少、値段は張るが、効果がある。安い貨車でも、この種の部品に取り換えるだけで、見違える。
 この歩み板は手に入りにくい。模型ショウで見つけると、あるだけ全部買ってしまう。1輌分7ドルもするが、その価値が十分にある。

812_6785 天候を見て、塗装準備をする。エア・コンプレッサからホースを伸ばし、塗料を攪拌してろ過する。下塗りをして、マスキングをする。側板のみ塗装済、文字印刷済であるから、色が微妙に合わない。しかしそれは本物にもあることなので、文字を隠して塗り重ねる。
 天気の良い日に、エイヤっと吹き付ける。乾燥台を用意してあるのでそれに載せて、太陽光を浴びせると、温度が上がって塗装面が平滑に仕上がる。
 マスキングを外し、多少のミスはタッチアップして直す。車輪を塗り、連結器に薄く錆色を塗る。車輪のトレッドに塗料が付いていれば、溶剤で拭き取る。マスキングした部分の色の違いをぼかすように僅かにウェザリングをする。こうして、ごく普通のAthearnの貨車がカスタマイズされていく。

812_6791 貨物列車は都合3本ある。タンク車を主体としたもの、Boxcarを主体としたもの、ここまでは1960年までの仕様である。蒸気機関車による牽引で矛盾が無いような時代のものである。もう一本は1980年代にアメリカに住んでいたとき、よく見かけた編成である。たくさん写真を撮ってあるのでそれを見ながら仕上げている。これはDDA40Xなどに牽かせて矛盾が無いようにしている。
 線路上に置くところが無いので諦めて抽斗にしまっていたが、2年前にヤードを増設したので3本目がそのまま載せられる。都合、貨車だけで200輌ほどがいつでも走るようになっている。

2012年11月28日

続々 Leoを訪ねて

812_6142-2 この旋盤の切子よけが気に入っている。アクリルガラスの板をオヴンの中で曲げたものだ。型の上に置いて温度を上げておくと、自然に曲がる。融けているわけではなく、多少柔らかくなった程度なので、透けて見える像がゆがむこともない。

812_6156-2 自作の油圧プレスで屋根を曲げている。オス型は硬い木で作り、メス型はポリアセタールのブロックを削ったものだ。一回で所定の形にする。



812_6144-2 先先回紹介したGP30の異なる角度からの写真である。実にうまく出来ている。



812_6153-2812_6154-2812_6155-2 Williamsという会社の出している普及価格版の韓国製ブラスだ。よく走らないので直してくれと持ち込まれているのだ。動力装置をごっそり取り換える工事を引き受けている。
 とにかく腕の立つ人である。大したものだと感心した。

2012年11月26日

続 Leo を訪ねて

812_6143-2812_6144-2812_6137-2 Leoは作りかけのGP30のキャブを見せてくれた。すばらしい出来で驚いた。一つではなくたくさん作れば欲しい人がいくらでも居るのではないか、という作りだ。CLWのGP35のキットを改造してGP30に仕立て直しているのである。
 先月作ったと言うGreat Northernの電気機関車である。これは完全なるスクラッチビルトだそうだ。窓を実物どおりに開くようにしてあると言う。走行中に開けると建築限界に当たりそうである。日本では考えられない構造だ。

812_6138-2812_6139-2 これは二階建て食堂車の厨房である。ステンレスの薄板にエッチングを施して曲げてある。洗面台のボウルは凹ませてあるのだ。
 食堂車そのものはKemtronのキットを組んだものだ。一階の厨房の床が見えている。
812_6140-2 台車を取りつける部分は厚板からフライスで彫り出した床板をつける。上の写真の床板が薄過ぎておかしいと思ったらやはり、強度部材が別部品であった。それにしても重そうである。ジャーナルにボールベアリングを入れないと牽けそうにない。

812_6141-2 これはその厨房の壁部分である。やはり思い切って色を鮮やかにしている。こうしないと中に何があるか分からないのだそうだ。

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