ディーゼル機関車

2014年03月21日

吉岡利隆氏の作品

故吉岡利隆氏2 吉岡氏とは親しくなってから色々な話をしているし、写真もブログ等で見ているので、すでに現物を見ているような気になっていた。しかし、今回がその現物を見る最初の機会であった。本来なら、この夏にシドニィで見せてもらうはずだった。



故吉岡利隆氏5 どの作品も美しい。実に細やかな仕上げがしてあって、工芸品の水準である。機関車は押すと弁装置が働いて、ボイラに空気が貯めこまれる。手を放すと逆回転して戻る。素晴らしい精度である。

 ディーゼル機関車も実によく出来ている。筆者はナロゥゲージにはあまり詳しくないが、実感がある模型である。動くところが見たかった。

 故吉岡利隆氏3故吉岡利隆氏4
 客車の車内が実に良く出来ている。客の表情も面白い。
 鹿ケ谷(ししがたに)という名前の由来だが、たまたま作った「ししおどし」から来たものだそうだ。
 歴史上有名な地名なので、初めは京都出身の方だと思っていたが、東京生まれだった。

 吉岡利隆氏工作室1吉岡利隆氏工作室2 
 工作室の写真も公開されていた。現場を拝見したかった。





 一部、彼のブログで紹介されていたが、伊藤剛氏宅で保管されていたライヴ・スティームの仕掛かり品を再構築する作業は、半分ほど進んでいたようで、その完成が待たれていた。筆者がオーストラリアへの移動をお手伝いしたので、残念であった。 

2011年06月05日

Rochelle の Railroad Diamond

0794 Rochelleはまっ平らなところである。ホテルの裏を見ると、はるかかなたまで畑になっている。たぶんトウモロコシであろう。この町は馬車の時代からの宿場であり、現在も同じ位置を占めている。



800px-Rochelle,_IL_Rail_Road_Park_0503920395 






 この町には車輌工場があった。筆者はあまり詳しくないが、 Whitcombと言えば夢中になる人も多いだろう。1911年から1952年までこの地で機関車を生産した。1940年ころには、Boldwinに買い取られている。産業用の機関車の生産ではかなりのシェアを占めている。故内野日出男氏の作品にもあり、それはMainline Modeler の Handman氏のところにある。2002年に、それを贈呈する場面に立ち会った。たぶん、 この形の機関車である。蒸気機関車と同様の配置で、煙突と丸い砂箱が付いている。写真の整理が悪くてその場面を写したネガが見つからない。

Rochelle 平面クロスのことをダイヤモンドと言う。ここは複線なのでダイヤモンドがたくさんできる。4つではない。この場所は有名な場所らしく、鉄道公園と言うことになっていて、お立ち台まで作られているし、売店もある。駐車場も30台分くらいある。northerns484氏の記事にもあるように、自己責任で撮影するように書いてある。この点は日本と違い、はっきりしていてよい。子供が事故にあってもそれは親の責任である。
 この写真はWikipediaからお借りしているが、版権の問題はクリアしている。

0799 近くに大きなインタ・モーダルの基地がある。列車の頻度はすこぶる高く、次から次へと列車が来る。Train Watchingには非常に適する場所だ。平坦地なので長い列車の割には機関車が少ないのは面白くない。ローラベアリングのおかげでこんなに長い列車が牽けるのだ。連結器が切れるといけないので、後部にも機関車を付けている。このリンク先には岡田清氏の記事がたくさんあって、アメリカの交通史の概略を知るには良い材料である。その記事中、「ピギーバックの意味は豚の背中」と書いてあるのは間違いで、単に「おんぶ」を意味する。これは日本の色々な文献でよく見る典型的な間違いである。その他、細かい間違いが散見されるが経済学の教科書であるから問題ない。

 クロス部分の保線は相変わらず良くなく、通過時に枕木が沈み、泥水を噴き上げる。早急に手当てしないと大変なことになるのではないかと心配する。砂利が山になっていたので、保線工事が始まるのだろう。

2008年09月11日

Atlas F9A

Nose このAtlasのF9Aは筆者の車籍簿中、かなり前にある。10番目以内である。
1972年のWalthersカタログに載っているのを見て注文したのだ。価格は22.50ドルであったと記憶する。その後いくつか買って加工した。ノーズを切ってBユニットにしたのもある。
 動力機構があまり賢明なつくりではないのでいつしか休車になり、廃車になったものもある。上廻りのディテールはそこそこに良いので、加工すれば使えると思ってとっておいたのが今回の車体だ。
 栗生氏のブログには広告が掲載されているので、それもご覧戴きたい。

 動力機構は、長持ちするかも知れないが、負荷がかかると台車の一方が浮き気味になるという恐ろしい設計であった。支点の位置が高いので、根本的に駄目である。

 そこで、ギヤボックスに貫通穴を開けて、ブラスのボルスタを突っ込み、支点を動輪軸とほとんど同じ高さに改造した。しかし、ブラスの台車に換える方が後々のためにもなるという判断で、下回りは全部捨てた。台車のディテ−ルも良いが、分厚い車輪を避けるようになっていて、興ざめした。

F9A今回の鋳造で上下全てがブラスになる。随分、時間と金を掛けたお遊びになった。ひどい写真でお詫びしたいが、大きさを示すだけの写真である。
タイルの1辺が305mmであるので、大体の大きさがお分かりいただけると思う。


2007年08月20日

続々 「ディーゼル」誌について

Kraus-Maffei  Hydraulic Diesel Engine そのころSouthern Pacific鉄道はKraus−Maffei製の液体式4000馬力機関車を、15両増備輸入している。1次試作車での不都合を克服しての、二次製造ロットである。

 この液体式ディーゼル機関車には、ダイナミック・ブレーキが付いている。電気式でなければダイナミック・ブレーキはありえないと考える御仁もあるが、この図面上でも明らかである。昨日のDE50にも付いていたはずである。

このダイナミック・ブレーキはVoith社製である。フォイト社は流体力学応用のタービン、羽根車などのメーカとして現在も盛業である。




Hydro-Brake SPの機関士だったSteffes氏の書いた本にも出てくる。ただし、オイルの温度上昇が激しく、効きが悪かったとある。多分そういう点を含めての改良型であったろうと思う。Steffes氏はオイル・クーラの増設を求めていた。ヨーロッパでは、いかに長大な勾配と言えどもその長さは知れている。SP路線での試用は、多くの教訓を残したに違いない。

 Steffes氏の本では、突然指名されてその機関車に乗り込んだら、本社の技師が乗っていて「手を触れるな。」と怒鳴られた話がある。「勝手にしやがれ!」と知らん顔をしていたら、助けを求めてきた、という結末だ。とても面白い本なので、ぜひ御一読をお勧めする。



Erecting Card 組立図を見ると、推進軸は台車の上まで行き、さらにもう一つの推進軸で伝達されている。しかも運転室の下を推進軸がくぐっている所が面白い。1960年代前半に、リヴァロッシでHO模型が発売されていた。アメリカ型ではあるがドイツ製の、興味深い形をしていた。

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