客車

2010年12月06日

続 Vestibule Diaphragms

MHP on #8 switch この写真は8番ポイントでの食い違い状況である。この程度のずれなら支障なく通過する。8番渡り線では単純に計算してこの倍である。やや苦しいが通過できるだろう。
 連結器はMonarchである。Kadeeに比べて左右のガタは許されないが、腕が長いので、ずれは吸収できる。

 幌が適度の弾力で押しあっていて、列車が一本の棒のような感じになる。貨物列車とは異なり、旅客列車は連結器のガタが許されないのでとても好都合である。

 Walthersの客車は妻板部分から屋根を留めているのでこのゴム幌の上の部分は指で捲れるようにしておく。普段は隠れていて都合がよい。
 Walthersの幌はやや腰が強く、また底が抜けているので、形が崩れやすい。要するに連結器と干渉する部分を無くしてしまったのだ。

 他にもいくつかの会社から、極端に軟らかいゴム製品が出ているが、MHPには到底かなわない。

 このゴムは一体どこで手に入るのか、随分探したが良いものが無い。一番近いものはアート・バルーン(子供のおもちゃの長い風船)の黒である。残念ながら天然ゴムのようで一月程度しか持たない。どなたかが、クロロプレンゴムの風船を探し出せれば、商品化も可能である。特許はすでに切れているから販売は自由だ。
 

2010年12月04日

Vestibule Diaphragms

 その昔のTMSに「宍戸博士の旅行カバン」という記事があった。氏は軟らかい連結幌を見つけて、興奮した文調でそれは伝えられた。「くねくねとよく曲がる。」とあったのだ。ネオプレン製と強調してあったことを覚えている。
 ヴェスティビュールとはデッキ付近(昇降口)のことである。ダイアフラムは横隔膜のことであるが、ここでは幌のことである。
MHP DiaphragmsMHP Diaphragms squeezed 長年その現物を探し求めていた。数年前の O Scale West でついに見つけた。たくさん入っている箱ごと、ごっそり買うことに成功した。
 これがその箱である。1組入っている。「MHPの幌」とあり、Patent2568684と誇らしげに書いてある。ネオプレン製と表記されている。ネオプレンゴムはデュポンの耐候性ゴムで、雨ざらしにしても割れたりしない。
 調べてみると1947年出願で、1951年に特許が降りている。ちょうど宍戸氏が渡米された頃である。20年ほど前宍戸氏にお会いした際、このことを聞いてみた。「あれはよろしいですな。しなやかでよく曲がりましたわ。」と嬉しそうに語られた。それから50年以上、この幌は素晴らしい弾力を保持している。

 極めて薄いネオプレンゴムのチューブを拡げて、枠を押しこんだものである。このゴムは直射日光にも耐え、長もちする。端面には薄いアルミ枠が付いていて、相手にはまって弾力で押しつけられ、抜けない。ポイントを通すと、本当にくねくねと曲がって気分がよい。ゴムはかなり長持ちするが、物理的に破れてしまうこともある。枠の角にはかなりのストレスが掛かっているから、そこが擦れると破れてしまう。すると破れは全周に拡がり、幌はちぎれてしまう。

 この方法はゴムの弾力を最大限に活用しているので、圧縮にもバネとして機能する。かなり軟らかく実に具合がよいが、HOには弾力が強すぎて難しいかもしれない。金属製で重い客車ならよいが、昨今のプラスティック製客車には適合しない惧れがある。
 当時の資料を見せてもらったことがあるが、一応 HO,OO用というサイズもあった。もちろんSゲージ用もある。

 この黒いネオプレン・チューブさえあれば、再生産は可能だ。組立て済新品を売っているところを探すのだが見つからない。 

2010年12月02日

続々々 Walthers の客車キット

Interior Layout 室内の様子を見るために椅子などを並べてみた。図面で見るのとは随分違い、楽しい作業である。
 椅子の色は深紅、紺、深緑などがあるので、それぞれに調色して塗装する。
いわゆるプルマン型開放寝台では、上部からも寝台が降りて来るので、その保持のために壁が必要である。上部寝台を作った例はさすがに見ない。

 室内は彩度を高くするというのがコツなのだそうだ。窓を通して見るので見える範囲が狭く、彩度を上げないと薄汚く見えるという。

 食堂車は厨房の内部を再現するのが難しい。当時は石炭を燃料としていた。Broilerと呼ばれる一種のオヴンとホット・プレートが主な加熱機器で、輻射熱で内部はさぞかし暑かっただろう。屋根には大きな煙突が付く。いわゆるコンロはない。鍋は鋳鉄のホットプレートに上に置いて加熱する。
 床はスノコ張りで、天井からは清水タンクがぶら下がる。食器戸棚が巨大だ。食器を洗うのは蒸気のジェットを使う。流し台は小さい。洗い終った食器は熱いからすぐ乾いて再使用できる。

 Coffee Pot は背の高いものが作り付けである。この燃料だけはガスのようだ。
 1930年代から、厨房の内装にはステンレス板が使われている。冷蔵庫は氷冷却で、天井から氷を投入する。その氷は1つ40キロもあり、力自慢の連中が一人で持ち上げて入れていたそうだ。その写真を見たことがあるが、大きな塊を氷挟みでぶら下げて、梯子を登っている。4つ入れるのだそうだから大変だ。

grab iron for ladder 屋根についている手摺は両端が曲がっている。それはこの人たちが梯子を掛けるためのものであることも教えてもらった。戦後になっても手摺は曲がっているが、それは点検用に梯子を掛けるためである。機関車の運転室前のフッドにも曲がったのが付いている。

 食堂車は美しい。食卓には花が飾られ、テーブルクロスは純白だ。銀器、陶器の皿、料理が並び、客はもちろんのことウェイタが立ち働く様子が再現される。

 名古屋鉄道模型クラブの会長であった荒井友光氏は、1950年ごろOゲージの食堂車を作り、床下にハンダコテのヒ―タを巻き直したものを付け、そこにベーコンを載せて走らせた。会場にその香りが広がり、観客は「進駐軍の食堂車だ!」と叫んだそうだ。時代を物語るエピソードである。

 この話をアメリカで紹介したら、「こちらでもそれをやった人がいる。」と言う。ポタージュ・スープに入れるベーコン風味の小さな塊を加熱するのだそうだ。「インスタント・コーヒーを温めると良く匂う。」と言う人もいる。考えることは皆同じだと思った。

2010年11月30日

続々 Walthers の客車キット

 ウォルサーズの客車キットの基本はHeavy Weight客車である。Pullmanの寝台車はほとんどの形式が作られている。一部の特殊な配置を持つ車輌も、NYCなどの有名会社の車輌は製品化されている。
Passenger Car EndEnd fastenedpassenger car construction 40年代から10年以上に亘って作られた方式は、この写真のような妻板の鋳物を使用する方式である。天井板に2本のネジで留めて、床板はその後である。ということは、室内装置の付いた床板を、水平方向からはめ込むことになる。この妻板を用いると側板は後から釘止めということになってしまい、細い釘を20本ほど抜かぬ限り、電球の交換は無理である。実際にこの車輌はそうなっていて、すでに電球は切れていた。
 自由に室内を点検しようと思えば、側板は屋根に付けて、床板を妻板に依らない方法で保持することが必要である。連結器の上の内側に出ている部分を切り落とし、側板にL金具を貼り付け、それに床下からタッピング・ネジを締めることにした。側板が反るとあまり良い格好ではないから、暴れ防止に側板の最下部に細い骨をハンダ付けする。
[追記] この中古車輌の側板には釘穴がたくさんあいていたのが問題であったが、最近新品の側板が手に入ったので取り換えた。 Nov.25, 2012


Newer End fastened with screws 60年代に入るとこの写真の方式に代わった。床板に妻板をネジ留めし、側板を床に貼り付ける。
当初は側板を貼り付けるのにゴム系接着剤を使用していたが、エポキシ接着剤を使用するようになり、現在はSuper Xである。長年に亘って蒐集してきたキットを組まなかったのは、この側板を床板に付けるのがかなり面倒であったからである。床下に1.6mmほどはみ出させて付けるには、全長に亘るジグが必要である。それを作らなければと思いつつ、20年経った。
 Super X はこの用途に最も適する。塗布して押しつけ、離して5分ほど待つ。位置をよく見ながら指で押しつけて仮止めし、万力で順に締め付ければそのまま固着する。こんな楽なことはない。
 屋根は、連結幌の部分から水平に木ネジで留めるように指示されている。改良案として、床下から長いネジで留め、それで通電する手も推奨されている。トイレの中などを通せばよい。長ネジは旋盤で簡単に作れる。

Pullman SeatsPullman wash bowls and toilet 室内は戦前から部品が売られていた。どれも目の細かい木をRouter(型削り盤)で削り落してそれを金太郎飴のように切ったものである。

 
 便器や洗面台もホワイトメタル製のを売っていた。これらは肉厚でとても重い。

 壁は厚紙で作り、毛羽立たぬよう塗料を滲み込ませる。

2010年11月28日

続 Walthers の客車キット

Walthers floor 床板は不思議な構成であった。台車を取り付ける部分が左右にスウィングする。急カーヴでは台車が内側に振れるのか、外に振れるのかは分からない。何か根拠があってやっているのか、単なる思い付きでやっているのかも不明だ。連結器に掛かる力で作動するわけでもなく、復元装置があるわけでもない。どなたか、この仕組みについての知識をお持ちの方はお教え願いたい。ライオネルにこのような工夫があるのだろうか。
Walthers Streamliner roof and floor これは屋根板と床板の結合状態である。スペーサを設け、申し訳程度に黒く塗ってある。これでは展望車なのに展望は出来ない。柱を2本設ければ済む話である。しかも窓を避けて壁にうまく添わせれば、幅が広い板でも構わない訳だ。金属の柱ならさらに細くできるだろう。

 側板が再利用不能なので、思い切って全く異なる窓配置にして、City of San Francisco の継ぎ接ぎ編成にしようということになった。0.5mmステンレス板をレーザ加工で抜けばあっという間にできる。丸い部分は3本ローラでゴロゴロと曲げれば滑らかに曲がる。床板も作り替えることになる。どう考えても幅が狭い。

Rounded Observation Roof 何のことはない。天井板を9.95ドルで買ったことになってしまった。後端を丸く削り、何度もサーフェサを塗って研ぎ上げた。最近、Oゲージ用の天井板はかなり高価である。新品を買えば14、5ドルもするから、安物買いの銭失いにはならなかった。また、当時の設計手法の検証もできた。もう一台のコーチは再生可能な範囲にあり、デッキ部分を別の部品に取り替えて再建中である。
 Walthersの客車キットは1940年あたりから出ているが、妻板の設計の工夫により、工法が変化していることも分かった。この客車は50年代の製品であることも分かった。
 当時のプラクティスを知る意味でも投資は無駄になったわけではない。

2010年11月26日

Walthers の客車キット

 ジャンク扱いの客貨車を安く買って作り直すのは楽しいが、たまには修復不能のものもある。

 キットには大きく分けて2つあり、いわゆるShake-Box KitCraftsman Kitがある。前者はいささか大げさな表現であるが、箱を振ったらできてしまうほど簡単に、パチパチと組めるキットである。一方、後者はある程度の知識と技能が必要なキットである。鉄道模型のキットでプラスティック製でないものは、ほとんどが後者である。
 腕に自信が無い人は買わないし、買っても作れないはずである。不器用な人のことを、英語で    The man who has ten thumbs と言う。両手の指が10本とも親指であるという極端な表現だ。そんな人は居るわけないと思っていたが、そうでもないようである。 
 
 Walthersという会社は、すっかり商社化してしまったが、もともとは製造会社であった。Oゲージの車輌、レイアウト用品を作って売っていた。
 Heavy Weight 車輌のキットは、一応全車種を複数台集めたので、流線型客車に興味があった。これはあまり見ることが無い。たまたま、E-bayでジャンク扱いで売りに出ていたのを1輌$9.95だったかで買った。応札者は一人だった。ちょうどテキサスに出かける前の週だったので、そちらに送って貰って、送料は8ドルほどであった。安いからには理由があるのだろう。しかし、見たことが無いキットなので、どんな構成かと楽しみであった。

Walthers observation side view 自宅に帰り、開封してぎょっとした。これは今まで見たキット組みの車輌中、間違いなく最下位に在った。どうするとこんな組み方が出来るのであろうと思うほど、ひどかった。2両のうち、展望車は再生不能であった。
 側板のブリキが折れている。それよりもその組み立てには驚いた。塗装は油性ペイントを刷毛で塗りたくってある。それは訳なく剥がせるからよいのだが、ブリキ板が滅茶苦茶な状態である。
Walthers observation rear quater viewWalthers observationWalthers observation wrapper 屋根板は最後部が削ってなく、リーゼントの髪の毛のようであった。少しでも削ろうという意欲は無かったようだ。左右の側板はどういうわけか斜めにハンダ付けされていて、しかも丸く曲げるところに角が出てしまっている。こうなると修正は不可能だ。

2010年05月22日

Illinois Railway Museum その8

ObservationPullman cars 客車のセクションに行くと、これでもかとばかりにPullman Car が目白押しである。どれもリストアされていて、すぐにでも走り出しそうである。この中には個人所有のものも含まれていて、夏の季節の良い時にはアメリカ中を走り回る。
 展望車のデッキの手すりは砲金製の鋳物を研ぎだしたものである。窓ガラスは大きい。

mail catcherPullman ventilation louverPullman ventilation





 このような空気吸い込み口のディテールは図面では分かりにくいが実物を見ればなるほどと納得する。
 メイルキャッチャの構造は現物で良く理解できる。暗くて写真が撮りにくい状態であったので、鮮鋭ではないが、参考にはなるだろう。


2010年05月16日

Illinois Railway Museum その5

restoringrestoring2copper sheet ofr gutter






 先回、ご覧に入れた電車の隣で作業中の電車である。窓と窓の隙間の板を貼り替えている。天井近くに広告があるが、これらも当時のままに再現するつもりらしい。
 丸めた銅板は、樋の材料である。車端の出入り口の上にある樋が破れているので張り替えるのだ。外したものは右の写真にある。

 座席の布地を貼り替える工房もある。全ての工程がボランティアの手によって行われる。特技を持っている人が集まっているのだ。筆者も何が得意かと聞かれた。
finished car interior これはリストア作業が終わった車輌である。ペンキは塗り替えてあり、絨毯は新しい。

2009年10月14日

Oscar & Piker

Piker & Oscar OscarPiker





Oscar & Piker 「この2台は空想上の産物であって、現存しない。」とわざわざ但し書きが付いていた。
 3軸のイコライザ付き台車一つに載っているので、本物なら、前か後ろにカタンと倒れてしまうだろう。これも等角逆捻り機構のお世話になるべきなのだろうが、走らせるものではないので、可動ではない台車に載せる。見るからにおかしな風情だ。
 pikeの意味については先日書いた。TMSには訂正が載る気配はない。

 Pikerは日常会話にはまず出てこない言葉で、ギャンブル用語である。「ケチな野郎」という意味であって、短いからそういうのかもしれないし、pikeに置いてあるから、そう言うのかもしれない。誰に聞いても確たる答は返ってこない。

 Oscarというのも不思議な言葉だ。アルファベットの"o"を表す言葉で、電話で綴りを言わなければならない時に、使ったことがある。"b”はBravo、"r”はRobertなどというものである。"O"の次は"P"だからということなのだろうか。
 
 これも35年以上放置状態である。先日倉庫で見つけたが、それほどひどく傷んでいるわけでも無い。メッキはしっかりついていて、はがれる様子はなく、洗って塗装すれば十分に使える。木部はサーフェサが塗ってあったので、やすりを掛ければそのまま塗れる。どんな色にすべきか悩むところだ。以前見たのは、ネイヴィ・ブルゥのPikerとクリムゾン(カーマイン)のOscarである。ピカピカに塗ってあって魅力的であった。

2009年10月12日

Executive Car

President's car Walthersの客車群の中でやや短い車輌がある。これがその社長専用車である。発売が終了してもう25年以上経つので、あまり見なくなった。

 昔はどのレイアウトにも1台はあって、それぞれ意匠を凝らした造りになっていた。社長の人形もレイアウト保有者の体型を模して造られ、奥方も乗っているというものを多く見た。

 このキットを購入して35年も経つ。アメリカ製のブリキはメッキがはがれて来ないのは大したものである。完成させようとは思いつつ、他のことに気を取られて時が過ぎた。例によって壁や家具を仮に並べてみた。

 プルマンの一編成と合わせて完成させることにした。以前は細密化しようと思っていたが、台数が多くなった今となっては、そんなことをしても仕方がないような気分である。
 UP塗装にするか、それとも全く別の塗り色にするか悩んでいる。この模型のオリジナル車輌はCanadian Pacificのものらしい。名前は"British Colombia"であった。
 70ftというのはプルマンには珍しい長さであり、プルマン色にするのはやや憚られる。黄色も変なもので、two-tone gray で落ち着きそうだ。  

 このキットは壁などの材料(と言っても厚紙だが)も入っている。完成したときのスケッチもあるので、それを見てご自由にというものである。現在のキットとは全く趣向が異なる。

  


2009年10月10日

Pullman interior

Walthers' interior Walthersの客車の室内を、仮に並べてみた。部屋の壁はまだ取り付けていないし、洗面台は壁に付くものなのに、床に置いてあるのはご容赦願いたい。

 客車作りの名人に聞くコツは、「室内はなるべく鮮やかに」である。ウェザリングしてある車両でも中の彩度を高くせよということである。また、照明を均一にせよということである。
 これは現在の車両ではLEDがたくさん使えるので容易なことであろう。昔は電球であったので、個数が限られ、照度のむらがあった。

「カーペットは明るい色を使え」と言うのも面白い。暗いと、光を吸収して汚く見えるそうである。壁の色も同様で、「実物のように暗い色を使うのなら、人を座らせて窓際にランプを置け。」と言うのである。

 要するに、走っているとき、内部が作られているのがよくわかるようにしなければ、何の意味もないということである。

 その昔、TMSの2桁の号に、伊藤剛氏が「室内は外部である」と言う名言を残されている。本当にその通りで、外から見える部分は作っておくべきなのである。
 トイレの中を作るのは単なる自己満足であろう。

 製作中のプルマン列車は、外から見えるところ以外は作らないという方針である。そうすると、トイレットの中は作らないので便器がかなり余る。この車両では3個余ることになる。Compartmentの便器も、実際にはその上に座席になるカヴァを置くのでほとんど見えない。

2009年10月08日

続 Pullman の冷房装置

 発電用の動力採取はベルトに依った。エアコンは数馬力から10馬力程度の入力が必要なので、べベルギヤとユニバーサル・ジョイントによってシャフトを回転させ、その軸にいくつかのプーリをつけてコンプレッサの駆動をした。確か、その末端に補助発電機を設置していたように思う。これは高速走行時に発電して、停車時に備えるためである。
 当時は交流発電機ではないので、回転数の増加により端子電圧が増大したので電圧調整器が必要であった。

 エヴァポレータ(蒸発器)は車端近くの天井に設けられ、そこで作られた冷風はダクトに押し込まれ、天井から各室に分配される。

Pullman's air-cond. 各部屋の天井はダブルルーフであるから段付きになっている。その垂直面から冷風が噴き出るのである。当然、出口にはレジスタ(通風制御器)があって、冷房の効き具合を個別に調整できる。

 部屋から排出される空気は、廊下に面したガラリを通って戻る。すなわち廊下はあまり涼しくはない。

 エヴァポレータが吸い込む空気は、ヴェスティビュール(乗降口)の天井から吸い込まれる外気と廊下からの内気の混合気である。

 洗面所の排気はファンによる強制排気である。エアコンにより、臭気が各部屋に廻ってしまうのを防ぐためである。
 

2009年10月06日

Pullman の冷房装置

 このEjectorによる冷水製造は、蒸気の供給源に近くなければ効率が悪い。展望車は最後尾なので、そこまで蒸気が届く間に温度が下がってしまいそうだ。
 しかし、目的の場所は展望車なので、そのあたりの工夫はどうしたのだろうか。
 冷水タンクが大きいので熱容量が大きく温度変化が少なかったであろう。

 しばらくするとRefrigeration(冷凍装置)による冷房が始まる。当初はアンモニアのような蒸発潜熱が大きなものを用いていたが、漏れると有毒なので、他の蒸発しやすい液体(塩化メチルなど)を使い始めた。もちろん塩化メチルも有毒である。
 動力源が車輪の回転なので、停車中は効かない。高速走行中は効き過ぎて寒いということが起こったらしい。ある程度の自動制御もあったが、乗務員は細かく冷房装置を調節する必要があった。
 
 1928年にはフロン(フレオン)が発明され、これは無毒なので冷房装置の設計が楽になった。補助発電機を併設して、走行時は車輪から駆動し、停車時は蓄電池から電気モータによる駆動も始まったが、蓄電池の容量が足らないので長時間停車中の運転は短時間に限られた。出発時、停車中の駆動は外部からの動力提供を受けた。
 
 冷風はMonitor Roof(ダブル・ルーフ)の部分で外側のダクトから送り込まれる。吸気は連結部付近から外気を取り、室内の空気と混合している。

 

 



2009年10月04日

Steam Ejector Chiller

Steam Ejector Chiller 飽和蒸気圧という言葉は高等学校の化学の時間に出てくる。液体がその気体とのみ接するときに気体の示す圧力で、温度のみの関数である。
 要するに、温度を決めれば圧力が決まり、圧力を決めると温度が決まるというわけである。蒸気を噴射して容器内の空気を外に放り出すと、圧力はかなり低下して真空に近くなる。27℃での飽和蒸気圧は1/30気圧位であるから、この程度の真空度では話にならない。5℃くらいでは1/100気圧位であるからこの程度の真空度が得られれば、水は激しく蒸発して、その気化熱で5℃くらいの水が得られるであろう。それを循環させて冷気を作り出すべく、熱交換器に通すというわけである。戻った水は減圧タンクの中に撒き散らされる。表面積を大きくし、蒸発を助けるためである。
 硬水の場合は、時々内部の水を捨てないとスケール(カルシウム塩が析出すること)がたまるであろう。水位を保つのは結構面倒な作業である。人が付きっきりでないと確実な作動は難しい。蒸気の使用量も多かったであろう。 

 このような目的の高性能なエジェクタが当時の知識で容易に作られたとは思えないが、それらしいものは可能であったのかもしれない。あるいは、もう少し真空度が低くて15度くらいの水で我慢していたのかもしれない。温度が低くないと、除湿効果が低いので快適さは少ない。

 最近、日本の役所が提唱する28℃を保つ運動は、そこのところがおかしい。低湿度に保てば、28℃でも快適なのだが、ただ温度を保つことしか考えていないので湿度が高く、不快である。一部のエアコンを低温で作動させつつ、良く空気を攪拌して、全体として28℃を保てば、湿度は確実に低下する。近くの役所にそれを提言したのだが、担当者が全く理解できないようなので諦めた。
 この国の科学教育の底の浅さが露呈している。

2009年10月02日

続 エアコンダクト

Walthers' catalogWalthers' air-conditioner









 Walthersの屋根は木製である。Bass Woodをルータで削ったもので、反りもなく高品質である。モニタールーフに合わせて削り出した部品があって、それを貼り付けることによってダクトを増設したように作ることができる。継ぎ目は多少の加工が必要であるが、なかなかうまくできる。

air-conditioner's duct これはその断面である。荒い鋸で切ったものらしく、ささくれているがどんなものかはお分かり戴けるであろう。向こう側は、サーフェサを塗ってある。すなわち必要分を切った残りを反対側から撮ったものである。




 1920年代前半には、アメリカの最先端の優等客車にはエアコンが付いていたそうである。手元に資料がないので、記憶に残っているものを再現する。Refrigerator(冷凍装置)ではない冷水循環法で、Steam Ejector Chiller(蒸気噴射による減圧冷水製造装置)と言ったと思う。
 断熱した冷水タンクの上方に蒸気の噴射による擬似真空を作り、水を蒸発させてその潜熱で5℃くらいの冷水を作る方法である。冷水はポンプで循環させて室内の熱交換器で冷風を作るという凝った物であった。

2009年09月30日

エアコンダクト

air-conditioned Pullman アメリカでは1930年代からエアコンの装備が大々的に始まった。プルマン寝台車、食堂車、展望車はすべてエアコン付きになった。



air-conditioner duct ダブルルーフ(monitor roofという)の車両には屋根上に枠を作って断熱ダクトを這わせた。
冷気は各室に送られ、ガラリから廊下に漏れる。廊下の隅にリターン・ダクトがあって、吸気を再冷却して送られる。

air-conditioner duct2 個室寝台の場合はダクトは片方だけだが、開放寝台では両側にダクトがあるので、事実上丸屋根になる。

 冷房装置は床下につりさげられる。かなりの大きさである。このような列車を牽くのはかなりの抵抗があったに違いない。
 その後、ディーゼル発電機を積む機種も出てきたが、当初は車輪からの動力採取であった。

 1輌60トン以上の重い列車を牽いて走る機関車は、かなりの出力がなければならない。30年代の最先端の旅客用機関車は3000馬力級であった。冬は蒸気暖房をまかない、夏はエアコン駆動をしなければならないのだから、ボイラ能力にはかなりの余裕がなければならなかった。

2009年09月28日

Ayres の室内用品

Ayres Scale Modelsdesk, table and chairs Ayresはカリフォルニアの会社である。地元の良質の松材を使った客室家具を提供していた。ルータを使って溝を掘っただけのことであるが、両袖机とか食堂車のテーブル、安楽椅子などを販売していた。
 どれも単純明快の形をしているが、色を塗って小物を取り付けると、なかなか良い。

 実は筆者は、室内装置がまだ足らないのでルータを使って量産しようと思っている。そのためにはこの会社の製品はデザインが単純で楽である。

 ルータはルータテーブルにとりつけて、材料をガイドに沿って滑らせる。大昔に29ドルだったかで買ったルータは、ベアリングの精度もよく、まだ十分に使える。
 筆者のルータテーブルは板金製の安物であるが、このような用途には十分使える。刃物も何種類かあるので、プルマンの開放寝台は簡単にできそうだ。

 問題は材料の木である。ルータに掛ける木材は、裂けにくく粘りのない木が適する。その点ではシーダか松、あるいはレッドウッドが良い。この松の芯材は、ヤニが少ない。レッドウッドは最近高価であるが、家を建てたときの残材が少しあるのでそれを有効利用してみたい。

2009年09月26日

続々 Walthers の客車キット

Walthers' castings for passenger cars ウォルサーズはこんなものまで製品化していた。これはプルマンの車内に掛ける背広や帽子である。鞄もある。
 右はコーチの鉛合金製の椅子である。あまりにも重くて不評であった。のちにやや薄い鋳物を他社が売り出したのでそれも使う。やはり車内装置は木製かプラスティックに限る。

 他にシャワー・ルームから顔を出す美女?とかあまり感心しないものもあった。シャワー・ルームのある車輌は限られていて、business car, private car位のものである。NYCにはあったように思うが、UPには無かったように思う。


Roof End Casting 屋根の端の丸みを付けるのは製作者の仕事であるが、その上端の縁取りを付けるのは難しい。この鉛合金のひげを付けると簡単に完成する。削るときのガイドにもなる。30年ほど前から、模型人はこのような細工をすることを面倒がって、このキットは売れなくなった。HOの方は先端部だけプラスティックの一体モールドにしたが、それでも面倒な人が多く、結局屋根はプラスティックの完成品になった。

 この鉛合金のひげは中古市場で大変高価である。糸ハンダを曲げれば済むことなのに、これを買わねば出来ないと思っている人が多いということなのだろう。




2009年09月24日

続 Walthers の客車キット

Pullman interior Walthersのキットは1940年頃からあるそうだ。戦争中も売っていたという。室内装置も同時に発売されていた。見つけると、これまた中身も見ずに全部買う。時々、椅子以外のお宝も入っていることがある。






 
Pullman seats プルマンの車内は木製の椅子(左の写真)が大半であるが、コーチ(座席車)は重いホワイトメタル製である。1輌分で300gもある。床板に強固に接着しないと、ばらばらとはがれて気分が悪い。
 概して客車は貨車より重く、平均1300gほどもあるが、コーチはさらに重い。6軸で割ると軸重が200g以上であるから、ボール・ベアリングが必要である。

chair moulding そのコーチ用の椅子で極端に軽いものを作った人がいた。作者の名前は不明だが、これはあちこちで見るので、かなり大量に作ったものだろう。
 ルータで形を作ったもので、それを輪切りにするとリクライニング・シートになる。丸鋸で切ると刃の厚みの分がもったいないので、マイタ・ボックス中でアサリの無い胴付き鋸で切る。
 木材はシーダである。鉛筆の木の部分と言えばお分かり戴けるだろう。



筆者註 ルータはrouterのことであり、回転する工具で木材に型刃物の形に彫り込む道具である。不思議なのは、発音が"ラウタ"であることだ。末尾のrを抜いたrouteはルートと発音するのだからルータでもよさそうなものである。
 西部の方に行くとrouteもラウトと発音する人に出会う。聞いてみると、「ルートというのはフランス語だ。ラウトがアメリカンな発音である。」と言う。真偽のほどはわからない。


2009年09月22日

Walthers の客車キット

Walther's kit 2Walthers' kitWalthers' kit 3






 ここに登場する客車は大半がWalthersのキットである。筆者はかなりの数のキットを持っている。すべて一山いくらで購入したものである。
 Swap Meetで山になっているのを、初日一番に行って一山を中身も見ずに買い、ホテルの部屋で点検する。要らないのをその日に自分のブースで安値で処分する、というやり方でプルマンを全種複数台集めた。

 これらのキットは1950年頃、売り出されたもので70年代まで売られていた。HOもあったので、椙山氏のためにたくさん購入して送った。
 構造はブリキの側板、バスウッドの屋根と床板、ホワイトメタルの文鎮のような妻板である。それほど精密ではないが、客車は数で勝負であるからこれで十分だ。

 屋根はゲージを作って妻の丸味を削り出す。ダブルルーフの形状は意外と複雑で手間がかかる。削り過ぎるとパテを盛って修正する。
 エアコンが付いている車輌はダクトを付けねばならず、なかなか面倒である。目止めして塗装する。
 床下機器は角材、丸棒、ホワイトメタルでごく適当に作る。台車はかなり怪しい形状の亜鉛ダイキャストが指定になっている。
 最近は希少品種になったようで、出物は少ない。オークションでは高値で落札される。

 先日の関西合運で仮組みのキットを披露したが、どなたもかなり驚かれていた。「こんな粗雑なキットでは…」と思われた方もいらっしゃるであろう。しかし色を塗ってディカルを貼れば十分価値がある。
実は筆者自身も当初は価値は低いと思っていた。しかし友人のレイアウト上で列車が走っているのを見て、その考えを改めた。レイアウト上で走らせるには十二分である。

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2009年09月20日

続々々々 UP7001の牽く列車

observation platform この車輌の最後部には見慣れぬものが付いている。マーカーランプを点橙させるための導光装置である。

 今でこそLEDでマーカーランプを光らせることは容易であるが、小さな電球の入手が不可能であった時代にはこの方法しかなかった。50年代のTMSに、この方法が「MRより」として紹介されていたと思う。確かルーサイトという名前を使ってあったように覚えている。
 有機ガラスにはいくつかのブランドがあり、プレキシグラスなどが有名である。写真の方法でも光はかろうじて導かれる。すべて全反射させるためには曲げ方に工夫が必要であるが、効率を考えることもないので、これで良しとする。

 この導光装置を見てぎょっとする人も多いが、走らせているときには、あまり不都合を感じない。なかなかうまい設計である。
 オークションでこの車輌を見つけたが、誰も応札しない。その理由はこの導光装置が大写しになっていたからである。確かにこの角度から見ると不細工である。
 筆者はむしろ導光装置に興味があって応札した。最低価格での入手であった。

 室内装置が完全に壊れていたのでいずれ作り直す予定である。室内装置は当時の製品を探し出すことができた。ソフトメタルと木でできている。正しく塗装して、照明をつければかなり素晴らしくなるだろう。

 DCCを使えば、これらの個室の一つずつの照明を個別に点滅させることも容易である。モータ駆動部分が焼けて不良になったデコーダはこのような用途に使うことができるから、捨てることはない。

2009年09月18日

続々々 UP7001の牽く列車

3 comp't 2 Dr.Rm Observation3 comp't 2 Dr.Rm Observation 2 展望車には個室も付いている。いわゆるdrawing room である。この車両には2室ある。ドローイング・ルームとは何かという論議があったが、製図室ではない。

 この言葉はもともとBritish(イギリス語)で「控えの間が付いた客間」ということらしい。鉄道用語としては、ベッドが三つ以上あり、二間続きになる部屋というわけで、隣のコンパートメントとつなげることができるものを指す。ベッドをたたむとある程度の大きさの部屋となり、会議もできる。

 以前見たアメリカ映画では、社長はドローイング・ルームに居て、秘書はコンパートメントに控えている。打ち合わせは社長の部屋で行うという場面があった。題名は覚えていない。
 
 客船の中を見ると、同じような間取りの部屋がある。横浜港に繋留してある氷川丸の一等船室がよく似ていたように思う。古いホテルにも同じような間取りのものがある。
 コンパートメントには、各室にトイレと洗面台がある。この車両には6組付いている。

 この車両はオークションで破格の値段で落としたもので、あまり出来が良いとは言えないがそつなくまとまっている。50年代に組んだものらしい。当時は接着剤が良くなかったので釘とネジとを使って組んである。したがって多少の凸凹があるが、気になるほどではない。

2009年09月16日

続々 UP7001 の牽く列車

UP CoachUP Coach2


 これもHarriman屋根の車体である。このキットはWalthersの製品で1940年代のブリキ側板の製品である。屋根、床板は木製、台車は亜鉛ダイキャストである。幌の軟らかさ、腰の強さには驚く。写真でお分かりのように妻から直立しているが、極めて軟らかく、またプラスティック板の骨が入っているので、リブがぴんと立って形が良い。

 スワップ・ミートで丹念に探して、あるだけ買って来る。20台分位は確保したので在庫のキット分くらいはある。

 この車体も中古品で窓ガラスが汚いのは御赦し願いたい。いずれ張り替えることになる。色はプルマン・グリーンである。これは諸説あって、UPの戦前色はオリヴ・グリーンであったとか、いやプルマン色であったと、議論は尽きない。

 台車は軸箱可動ではない。3軸なので中央軸穴をやや大きく作ってごまかしてある。側枠はイコライズしている。要するに中央軸を何らかの方法でスプリングで支えれば、目的は達成できる。

 そのために中央軸用の中空軸にボールベアリングを嵌めたものは用意してある。いずれ取り換えるが、今回は間に合わない。


2009年09月14日

続 UP7001の牽く列車

Harriman baggageHarriman baggage 2 


これは baggage である。荷物車は先回述べたように、郵便車を守る防塁の役割を果たす。郵便車と荷物車はヘッドエンド・ イクウィップメントと呼ばれる。

 UPにはないが、NYCには座席車との合造車もあった。その合造車はcolored people のためのものであったそうだ。東部は南北戦争以前から黒人を奴隷として扱うことを禁じていた。しかし、特急に白人に混じって黒人が座るのは、多くの点で問題が起こると考えていたらしい。一度だけちらりと見た写真には黒人しか乗っていないものだった。
 その種の写真はアメリカの歴史の恥部であり、あまり公表されていないのでなかなか見るチャンスがない。南部では黒人は特急には乗ることもできなかった。西部では黒人が少ない時代であったので、荷物車に乗せていたという話を聞いたことがある。すなわち、一部の荷物車には座席が付いていたというのだ。さすがにこの種の写真は見たことがない。

 さて、この荷物車の屋根は丸い。これはHarriman roof と呼ばれる。鉄道王ハリマンは自ら車両製作にも乗り出し、この種の丸屋根の車輌を多く作った。故椙山満氏のお好きであった車輌群である。
 この車輌はアメリカ人が組み立てたもので、カンザス・シティに乗り入れる車輌を見て作ったと言っていた。その人が亡くなる直前に譲り受けたものである。
この車輌はプルマン・グリーンである。貫通幌にご注目戴きたい。この幌はゴム製である。極めて薄いクロロプレン・ゴムで出来ていて、いつまでも劣化しない。
 古いTMSで故宍戸圭一氏がアメリカ訪問記で書かれていた製品そのものである。骨が入っていて断面を確保している。どう考えても車齢45年以上であるが、ゴムは軟らかく、つながった状態でSカーヴを通っても問題ない。
 普通のゴム製の物は20年でパリパリになったから、ずいぶんな違いである。

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2009年09月12日

UP7001の牽く列車

UP postal car 2UP postal car 



 筆者が直接聞いた範囲では、UPの大陸横断本線上を旅客機として定期運行していたのは1930年代までである。そののちはチャレンジャ、4-8-4などがその任に当たった。
 支線の優等列車の牽引機としては戦後まで使われていた。カンザスシティ行きの急行列車は毎日この機種によって運転されていた。
 この車輌はRalph Brown のキットから作られた郵便車である。この車両だけ色がやや明るい。これは椙山満氏の助言による。確かに、映画を見せてもらうと郵便車だけ色がやや明るいのがあった。プルマングリーンでなく、オリヴグリーンに近かった。

mail catcher 太いステップ、明かり採りのスリガラス、大きなメイル・キャッチャが目立つ。このメール・キャッチャは回転させて外に飛び出させることができる。その機能を優先させたため、実物のある部分が省略されている。それはハンドルである。たいして目立たないから良いと思ったが、やはり機能よりも外観を優先させておけばよかったと反省している。腕を出して走ることはあり得ないからである。
 当然ながら、メイル・キャッチャの位置は、台車のセンタ・ピン位置にある。

 ガラス保護のブラス・バーはジグを作って嵌めこんだ。車輪はLow-Dに取り換えたばかりなので、色が塗ってないのはご容赦願いたい。編成中、荷物車の前に郵便車を置く。これは強盗対策である。荷物車の貫通路は外側から鎖錠され客車の方から、郵便車には行けないようになっている。

2009年04月01日

客車用連結器

客車用タイト・カプラ 客車列車は乗り心地を優先するので、連結器の遊びが少ないものがよい。本物はタイト・カプラを使用していた。模型でもKadeeは使いたくない。貨物列車は良いが、旅客列車を牽き出すときにガチャガチャ音がするのは許せない。この写真はサクラメントの博物館前に置いてあるSPの客車と他社の客車が連結した様子(栗生氏ご撮影)。

 栗生氏のご説明によると、Knuckle(日本語ではどういうわけかヒジと言う)がいくらでも締まるように、くさび型のキィが落下するのだそうだ。上下の動きを制限する角(ツノ)が納まる凹みもあるがこの連結では機能していない。

 模型はMonarchを使う。この写真は出所不明のドラフトギヤに取り付けたもの。ばねで突っ張っているから、センタリングは完全である。引っ張り時に緩衝能力があるが、衝突時には無力である。取り敢えずこれを取り付けることにした。ジャンクで買ったので、使いきると補充はない。一応10組はあるので、デイライトには使える。

 モナークは簡単に連結でき、しかも勝手に離れないので、解結の少ない客車列車には好都合だ。離すときは指を突っ込んで下から、キィを押せばよい。実に簡単だ。これを開放テコで操作する方法もあるがそれほどの効果があるわけでもない。
 
Draft gear3Draft GearDraft Gear2





 
 床板に接着するには大きな面積が必要なので、薄手のブラス板にハンダ付けし、コの字型のガイドも付けた。


2009年03月26日

Parlor Observation Car

79' parlor observation car Parlor Observation Car は、いわゆる展望車である。初期型の長さは77ftで、後部に貫通ドアがない。のちに79ft型が生産され、旧型にも貫通ドアが設置された。貫通ドアは二重に開くようになっているようだ。

 展望部分は椅子が内向きに置いてあり、過ぎ行く景色を眺めるようになっている。最後部は、当初密閉構造であったが、安全基準の変更で、非常時に出口が二つ以上なければならなくなり、ドアが設置された。

 最後部の天井には大きな電灯が付いている。これは後退時に点灯するものらしいが、どのような場面で使用したかは、不明である。赤くはない。赤色燈は幕板についている流線型のランプである。

 手荷物を収納するためのエレベータが設置されている。カードゲームなどをするための向かいあわせの席も用意されている。

 模型は丸い屋根部分は木製の削り出しである。押し出し成型の屋根材とカーヴを合わせるのはかなり難しそうだ。最後尾のスカートはソフトメタルの一体鋳造で、とても重い。

 

2009年03月24日

Parlor Car と Tavern

Parlor Car Parlor Carは一等車である。日本のグリーン車とは違って、座席が2列である。2列というのは、本当に2列である。進行方向に向かって斜めに置かれた椅子がある。この椅子は、ある程度は自由に向きを変えることができる。Websterの辞書には、「Parlor Carとは座席が一人用の特別車両」と説明してある。

 定員は少ない。展望車 Parlor Observationは、2列の座席部分と、展望部分に分かれる。展望部分は定員に含まれていない。

 手荷物を三段に収納するエレベータが付いている。Waiter(給仕)が控えている席もある。これらの2両は最後部に連結され、蒸気機関車からの煙の影響が最も少ない様になっている。一等車の直前にはTavern(酒場という訳は良くないが、それしかない。)が連結されている。

Tavern タヴァーンの中は、想像を絶するつくりである。半径5mくらいの円弧を描くバーと、丸いソファがたくさんある。この車輌にはピアノがないが、他社のTavernにはピアノ付のもあった。
 酒のみならず、ソフトドリンクも飲めた。コーラなどのタップ(引くと吹き出してくる蛇口)もある。この写真は車輌の中央付近から妻の方を見ている。タヴァーンは定員には含まれていず、デッキもない。 

 この車輌の前が食堂車となっていて、座席車(2等車)はその前につながれる。要するに一等車の客のプライヴァシィを守るようになっている。

2009年03月22日

Articulated Cars

American Standard Car Co.Articulated Coach Daylightという特急列車には連接車が多数連結されている。2両一組の座席車Articulated Chair Cars、3両一組の食堂車Articulated Dinersがある。

Daylight 3-unit Diner なぜこのような車輌が採用されたのかはいろいろ理由がある。1つには連結部分のスペースが無駄なので、集約したかったのだ。列車長を短くして、効率化を図りたかった。次に、列車の軽量化が目的である。台車の数が減るとそれだけ軽くなるし、急曲線にも対応できる。(模型化するときも、台車が少ないから多少は安上がりである。)

 食堂車は中央の車両を厨房とし、前後の車両をCoffee ShopとDining Carとしている。厨房は巨大な水タンクをぶら下げており、3軸台車を採用している。よほど重かったのであろう。まだ作ってないが、屋根上には大きな羽をつけた排気扇が三つ付いている。風を受けて排気されやすい方向に向きを変える。
 窓は、厨房機器を避けた細い窓である。食材搬入用のドアもある。

 連接部は食い違いがないので幅の広い幌で結ばれている。5ft(1.5m)もの幅がある。料理を運び易い。

 大きな空調装置が床下についていて、これらはLPガスを燃料とするエンジンによって駆動される。ボンベは床下に6本入れられる。途中での入れ替えも考慮して、すぐに差し替えられるようになっている。

 このような車輌を1937年に完成させたことは驚異的である。

 仮台車に載せて撮影したので、ちぐはぐなところはお許し願いたい。

2009年03月18日

反りを直す

反りを直す 20年以上前にこれらの客車を組みかけてやめてしまったのは、ポリスチレンの接着部が反り始めたからである。反りが落ち着くまで待とうと、箱に入れて倉庫に押し込んだまま日時が経った。
 先日、金属製のデイライト客車を組みかけたとき、ついでに組んでしまおうと箱から出したところ、反ったまま出てきた。これ以上反ることは考えられない。

 OLFAのプラスティック用カッタで2/3程度の深さまで細かく溝を掘り、そこにこれまた細くかみそりで切ったポリスチレン小片を押し込んで、リモネンを滲み込ませた。しばらく待つと、小片は溶け始める。ころあいを見計らって、反った板を厚いガラス板の上に置き、上から錘を載せておくと、数時間でまっすぐのまま、固まる。

反りを直す2 全体が波打っているようなときは、厚い木の板の上に置き、石鹸水を流しながら耐水ペーパで研ぐ。最近ホームセンタで見つけたこの商品はとても使いやすい。
 でこぼこしている凸部が削り落とされると、見かけ上平面になる。艶あり塗装をしたときに不自然でない程度の平面が出ていればよいわけで、気楽な作業である。

sanding block 今までこのような水研ぎは手ごろな大きさの木片に、耐水ペーパを巻きつけて行っていたが、こする方向によりペーパが緩むので具合が悪かった。
 この商品はそのようなことは一切無視してよい。面白いことにパイプの内側だけに砥粒が付いている丸棒削り用とか、その正反対に丸棒の外側だけに砥粒が付いているタイプがある。

2009年03月16日

続 American Standard Car Co. の客車

American Standard Pullman Car このように作られたウレタン鋳造の側板は、木製の床板の上にジグを用いて接着剤で取り付けられる。妻板は断面が台形のソフトメタルである。大変優れた造形で屋根板の凹みにぴったりはまる形状になっている。これもエポキシ接着剤で取り付ける。

American Standard Heavy Weight passenger car 床下器具はソフトメタルで出来ていて適度の質量を与える。台車はデルリン(ポリアセタール樹脂)のインジェクション・モールドで摩擦が少ない。それにステンレスのLow-D車輪が取り付けられる。



 ヘヴィ・ウェイトの客車はこのように構成されているが、軽量客車はまったく別の方法を採用している。ポリスチレンの板を接着して作る。

American Standard Daylight passenger car 窓の位置を正確に打ち抜くのは、高度な技術を要求される。窓を抜くとき、水平方向(X軸)、縦方向(Y軸)を決めて抜くのは、機械の設定上も面倒である。そこでうまい方法が考えられた。窓穴はX軸だけしか精度がない、やや大きめの穴である。
 窓枠等の寸法が一定のものはインジェクション・モールドで作る。腰板の寸法は一定なので、側板下部を基点として、腰板、窓枠、幕板という順番に積み上げていけば窓の高さ(Y軸)は自然にそろう。窓枠の入る開口部は上下に隙間があるので、窓枠のバリもその中に納まり、削る必要も感じなかった。
 幕板は上にはみ出した状態で接着され、硬化後余分を切り落とす。こうして出来た側板は十分な強度と精度を持ち、床板に接着される。
 窓と窓の間の板は、所定の幅に切ってはめ込んで、接着剤を滲み込ませればよい。

 この方法が賢いのは、X軸、Y軸の精度を別々の部材に分散したことである。また、精度の要る窓枠部品のみをインジェクション・モールドにしたので、初期費用が抑えられている。板を正確な幅に切るのは簡単なことであるから、それを使えば簡単に位置決めが出来る。
 
 窓枠は内側がガラスがはまる様に凹んでいるので、窓ガラスがかなり外側に取り付けられ、よくある模型的な側板の厚みが感じられない。このあたりの造形の妙はラルフの感性そのものである。

2009年03月14日

American Standard Car Co. の客車

American Standard's construction Heavy Weight Passenger Cars American Standard Car Companyは、Ralph Brownの会社である。ラルフは信じられないほど器用な男であった。
1975年当時カスタムビルダを始めたばかりで、イリノイ州Crystal Lakeに住んでいた。

シカゴで行われたNMRAコンヴェンションの会場で知り合った。"同郷"ということで仲良くなった。若いときにユタ州南部のセント・ジョージに住んでいたそうである。

 当時のカスタムビルダは客車を紙で作るのが主流であった。0.5mm位の厚手の滑らかな硬い紙(strasmore)にラッカ・サーフェサを吹いて固め、接着剤で積層した。

 彼の手法は、ストラスモアに薄手の両面テープを貼り、それに上の層を貼る方法であった。窓は両面テープを貼った状態でプレスで抜いた。上の層の部品(シルとかヘッダ)はプラスティック部品を貼り重ねる方法である。ストラスモアはリヴェットを押し出せるので、そのように作った層を一番上に貼る。これも両面テープである。彼は、窓枠がガラスに密着していないような客車は価値がないと力説した。

 このようにして作った側板を塗装した後、両面テープの裏紙をはがして有機ガラスに貼る。こうすると窓枠がガラスに完全密着して実感的である。

 この手で作った客車を完成品または半製品として売っていた。筆者は数台持っている。30年以上経ってもまだはがれる気配はない。両面テープは3M社製である。

American Standard Heavy Weight passenger carAmerican Standard Heavy Weight passenger car2 そのうち、発泡硬質ウレタン鋳造の側板を作り始めた。これは精度高く作られた側板からシリコンゴムで型取りして複製し、その裏を機械加工して、窓枠の厚みまでルータ加工して削り取ったものである。これをエポキシ接着剤で組み立てる。すばらしいディテールである。
あらかじめメス型にラッカ塗装してから鋳造するので、表面は滑らかな塗料で覆われている。その結果、塗料がよくのる。 

2009年03月12日

続 Boxcar Ken's Daylight Passenger Car

Boxcar Ken Daylight Coach これは79ftのCoachである。まだ、ディカルが貼ってないのと仮台車なので、見苦しいのはご容赦願いたい。
 ドアの横の小さい四角は荷物用のエレベータのドアである。このドアから入れたスーツケースなどは、電動で巻き上げられ、上に上がって、3段の棚になる。

 1930年代後半の製造であるが、エアコンがついている。動力はプロパンガスを燃料とするガスエンジンである。コーチ(普通車)といえども空調がついて固定窓であり、男性用、女性用の化粧室がある。

Boxcar Ken Dayliht Articulated Coach これは64ftの車体をつないだArticulated Coachである。アメリカで連接車が特急列車に使われた例は、多くはない。
 片方の車体はラジオアンテナがついている。車内にはスピーカが付いて、走行中、放送を流していた。今の感覚では、うるさいのではないかと思うが、当時は画期的なアイデアだったらしい。

 車体の床下にぶら下がるのは水タンクで、その大きさには驚く。2トン以上入るようだ。走行時間は10時間程度である。大きな化粧室(各四畳半間程度)が2つもあるからであろう。
 
 連接車を模型化するとき、連結部の剛性確保には悩む。この模型の連結部は鋼板で出来ていて、片方を台車の付いた部分に上からはめ込むようにしている。ねじりについてはまったく考慮していない。穴のわずかのガタだけで逃げている。本物は球面継手を使用している。

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2009年03月10日

Boxcar Ken's Daylight Passenger Cars

Boxcar Ken Daylight Passenger Car exploded view Boxcar Kenは1950年代から20年ほど存続した会社である。ロスアンジェルスの模型屋で、主としてデイライトの客車、SPの夜行のLarkの客車を作っていた。これらは人気車両であるから、かなりの数が売れたと推測される。今でも未組のキットはオークションでよく出る。ほかにUPなどの平坦な側面を持つ車両も多数用意していた。
 木製の屋根、床と0.010インチ(0.25mm)のブリキ板の打ち抜きとダイキャストの屋根上の小物部品という構成である。
 ブリキはハンダ付けが容易である。熱が伝わりにくいので、比較的小さいハンダコテでも良くつくだろう。筆者は直角ジグに押し当てておいて、小さいガスバーナであぶった。細いステップもハンダ付けなのではがれることはない。ブラスより硬いのでこのような細いパーツは折れにくくて良い。

Boxcar Ken Dayliht Passenger Car 当時としてはかなりの細密キットという感じがする。このキットがあったので、デイライト用の塗料がFloquilでかなり古くから出ていた。

 木製天井をネジで締め付けることにより、側板が屋根に密着するようになっている。簡単な工夫だが、意外にうまく締まって隙間がなくなる。
 台車はゴロンとした砲金鋳物製品があったが、摩擦が大きく、良いとは言えない。長い列車は、摩擦を減らすと走りがすばらしい。

2009年03月08日

Daylight

Plastic Daylight 20年越しでDaylightの客車を作っている。American Standard Car Company製のプラ板キットが11両と、この金属製キットが3両ある。機関車は30年前に完成している。
 プラ板キットは溶剤を滲み込ませて作るのだが、そりくり返ったので途中で組み立てを中止して、早くも20年経つ。最近リモネンが使えることがわかったので、少しずつ組んでいる。プラスティック・キットは不得手である。組み立てにジグをたくさん用意しなければならない。要するに固まるのに時間がかかりすぎる。気が短い筆者には耐えられない。

 その点、金属製はハンダが固まるまでの数秒間保持すればよいだけなので、簡単なジグだけで組める。ハンダ付けは瞬間接着剤より速いし強い。

Boxcar Ken's Daylight このキットはBoxcar Kenの製品で、発売後50年は経っているだろう。いくつか入手してあった。プラスティックと金属製を並べると、当然易しい金属製から取り掛かりたくなる。この製品はブリキ(tin plate)製である。

Low's Daylight ブラスのは、Lou Crossの製品をもらってきたものである。床と屋根は木製であり、そこそこの重さで具合がよい。
 台車がないので、今設計中である。誰もやったことのない方法で作ってみるつもりだ。

 連接車が4組9両もある(2+2+2+3)。流線型の最後尾をプラ板で作らねばならないのが頭痛の種だ。自信がない。さりとてコルゲートの板を自作するのはかなりむずかしい。しかし、リモネンのおかげで何とか、さまになりそうな気がしてきた。
 以前、作りかけて失敗した部分も切り離してリモネンで再接着すると、熔接した様にきれいに直る。

2007年11月21日

City of Los Angeles

COLA Observation City of Los AngelesはUPの看板列車であった。 COLAと略された。そのオブザヴェイションを作らねばならない。

 アメリカの友人がどのように作っているのか聞いてみた所、全員がブロックから削り出したという。それが楽だろうと適当なブロックからフライスで削り出した。粗取りをしたところである。あとは手作業で丸くする。

日本の友人に聞くと、「たたき出しだね」と言う人ばかりだ。あるいは短冊に切ってつき合わせてハンダ盛り、そのあと削り出しと言う人もいる。このあたりは、人それぞれでやり方があるのだろう。筆者はハンダの削り出しは避けたい。ヤスリ目が詰まるのがいやなのだ。ヤスリを何本か用意して順に使うのだが、後始末が大変だ。

 このブロックは160gある。フライス加工の専門家に聞いたら、「内側も削れば厚さ1ミリになるよ。」とのことである。最近のCNCフライスで削ればそうなるだろう。そこまですることもないので、重いままで行くことにした。

 実は屋根のてっぺんが少し低すぎた。仕方がないので、板を重ねてロウ付けして削り直しである。一番高いところがざらざらしているのは、そのためにラフカットしたからだ。ロウがよく付くように、少し隙間を確保するための方法である。

 このような大面積の張り合わせの時には、少々隙間を空けておかないとロウがいきわたらない。カザリ職人の仕事を見ていると、このようなときには細いタガネで細かくキズをつけている。タガネを寝かせて打ち、ほんの少しのカエリを作るのだ。

 貼り付ける板は、そのカエリの上に載っている。その状態で軽く締め付けてロウ付けをする。子供のときに見たテクニックだが、役に立っている。 

2007年09月28日

続 伊藤英男氏の35mmゲージ機関車

 TMS誌にはさらりと書いているだけだが、客車の工作がこれまた素晴らしい。まさに博物館模型で、一等寝台の扇風機が風で廻るのを見ると、驚愕する。実に滑らかに廻る。屋根を外せば個室の内部も完璧に作られ、非の打ち所がない。塗装も素晴らしい。

 実はもう一つ特筆すべきところがあったのだが、平岡氏は見逃している。それはフランジの形状である。伊藤氏は、運転を目的としているので、曲線上の抵抗を減らすためにフィレットを大きくとっている。Low-D車輪と同様になっている。どちらもまねをしたわけではない。ただ目的が同じであるなら、結果は同じになる。

 模型の線路は、実物に比べ遥かに急なので、それなりの工夫が必要である。

 また、平岡氏の記事にはブラスの種類についての記述がない。伊藤英男氏は快削材を使用している。
 それからもう一つ、伊藤氏は旋盤よりもロクロをよく使われる。ロクロと言っても、若い方には見当も付かないのではないか。旋盤には刃物台があるが、ロクロには刃物台がない。モータで廻す材料に、あるものを食いつかせる。

 ヤットコの先に、バイトとガイドをつけたものを想像して戴きたい。はさみ方で被削物の径が決まる。それを何十種も用意し、次から次へと削っていく。「同じ形をしたものを大量に作るのには、これが一番」とおっしゃるけれど、素人には手を出せない作業だ。

2007年09月26日

伊藤英男氏の35mmゲージ機関車

 今月号のTMS誌を見て、久しぶりの感動を覚えた。伊藤英男氏の作品の紹介記事が載っている。

 35mmゲージは過去のゲージであり、作っている人などいないと思われる方は多いと思う。私自身もそう思っていた。

 伊藤英男氏とは懇意にして戴き、何度かお邪魔している。氏は特注船舶模型の大家であり、数百隻の作品を船会社に納品されている。博物館にも多数収納されている。

 35mmゲージの作品は「趣味ですよ。」との事で、今まで公表されてこなかった。平岡氏の名作探訪の連載が始まったので、伊藤氏の作品を紹介すべきと思い、平岡氏に手紙を書こうと思った矢先の発表で、大変嬉しい。

 伊藤氏の作風は、"手仕事なのに全て機械で工作したような切れ味を持つ"ことである。これは、他の達人と呼ばれる人たちの作品とも異なる部分である。

 板を切るとき、普通の人は裁断機で切るだろう。伊藤氏は裁断機を持たない。全て糸鋸である。裁断機による切り口のダレが許せないのだそうだ。

 ブラスの板に0.4mm幅で2本のケガキ線を入れる。糸鋸でその間を切る。裸電球一つの下である。太陽光は入れない。光の反射の具合で真ん中を切る。

 切り口を大きなヤスリで二回なでるとケガキ線まで削れて直線になる。これを実演して戴いたときは、本当に驚いた。やってみたがとても無理である。長い直線を切るには、糸鋸の弓が邪魔になる。この対処法として昔から紹介されているのは、弓を曲げる方法である。

 伊藤氏は糸鋸の刃をねじるのである。刃の付いていないところは焼きが入っていないので、ねじることが出来る。45度ねじると良いそうである。この方法ならば、どんな長い板も縦割りに出来る(はずである)。実際はきわめて難しい。

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2007年08月01日

金床の丸味

 丸味はどの程度にすればよいのか。

 大体のところ、目的の丸みの8割程度の半径があればよい。叩きながら、曲線ゲージをあてがい、曲げ過ぎないように注意する。曲げすぎたら大きな半径の方を当て、軽く叩いて戻す。

 大きな半径のものは大きな丸みをつけるための物ではない。『戻し』用である。筆者は大きな半径を作るときも、細い方を当てて叩く。軽く叩けばよい丸味になる。

 最初から大きな半径の方に当てると、結果として曲げるのに時間が掛かる。

 この方法は材料がほとんど伸びないのと、表面のディテールが全く損傷を受けないのが最大の利点である。

 材料が伸びないということは、『打出し』はできないということである。その目的であれば、金床の代わりに飛び出したオス型を置き、焼きなました板をその上に置いて、思い切り強く叩く以外ない。それは、まさにゴムのメス型以外何物でもないことになる。叩いた瞬間に、そのインパクトが大きければ、ハンマーの表面が「流れるように変形」して、メス型になるわけだ。

 面積の小さな部品はこれで出来る。そのとき、オス型には十分に給油しておかないと材料が切れてしまう。

2007年07月31日

金床の長さ

 金床の長さは、ゴムハンマ頭部の直径の3,4倍程度がよい。短いと、叩き損なって材料に修復できないキズをつける惧れがある。また、長すぎるとほとんどの場所が存在の意味を失う。ある程度の長さはガイドとなるので、経験上この程度がベストであるようだ。

 叩くのは、ある程度の強さが必要である。一発で、その範囲の材料があるていど曲がらねばならない。、一定の速度で送りながら順次曲げていくのがコツである。筆者はハンマをやや傾ける。ハンマの下に送り込まれた時は圧力が少なく、送り出されていくときは強くなるようにするのである。

 要するに、急に曲げられるのではなくある程度の区間で順次曲がるようにするわけである。こうすることによって、内分に歪が溜まるのを防ぐことが出来る。樋を作る板金職人を観察すると、同じ様にしている。但し、最近は叩く音がしない。何かを滑らせている。その道具を押し付けると少しずつ曲がる。もっとも、その方法では角が出てしまうが。

 少なくともハンマの下を通過するのに3回は叩かれるようにするのがコツである。

 この金床を使えば、Vista Domeの丸み付けも容易である。ロストワックスの前面のカーブに合わせた曲げは、普通の方法では困難である。

 この金床は容易に自作できるので、ぜひともお試し戴きたい。アメリカの友人に作ってやった。大変評判がよい。

 
 この金床は筆者のオリジナルであり、無断転載は遠慮願いたい。


2007年07月30日

丸金床 + ゴムハンマ

How to make roof curve 丸棒を支持するのは面倒である。それなら金床に熔接してしまえということになるが、いっそのこと、金床を作ってしまえばよい。こうして出来たのがこれである。

 信じがたいほどうまく出来る。一枚曲げるのに20分程度である。何回でも修正できるので気楽だ。金床の首の長さがあるのがミソで、そこにガイドとなる木片をクランプで留め、その上を滑らせながら順次叩いていくのである。

 このテクニックを使えば、タンク車や蒸気機関車のボイラの丸めも簡単である。そのときは両端を固定した丸棒が必要となるだろう。もちろん最初はこの方法で端から丸めていくのだ。

 模型誌には色々なテクニックが紹介されてきたが、これほど単純で失敗のない方法はない。リヴェットなどのディテールが損なわれないところが最大の利点だ。

 窓を抜いてしまってからでも目的の場所から曲げ始めることが可能である。そういう時はテープで仮留めしておいて位置をずらさぬようにすればよいだけのことである。

 ゴムハンマ(Rubber Mallet)は新しいものを用意した方がよい。砂や鉄片などを噛んでいると傷が付く。近所のホームセンタで手に入るもので十分であるが、大きめのものがよい。

2007年07月27日

続 Streamlinerを作る

formed brass roof しばらく車両工作をしていた。一日2時間ほど続ければかなりの仕事が出来る。朝1時間、夜一時間というのが日課である。

 昨日紹介した工具は大変便利である。さて何でしょうか。

 Streamlinerはとりあえず11両が形になった。現在3輌を作っている。この3輌は完全なスクラッチ・ビルディングである。そのときに使うのが昨日の工具である。

 そのあとは艤装である。室内はまだ考えが纏まっていない。

 仮に1両だけフル装備で組んでみたところ、質量は約2100gであった。これに室内が加わると2.5kg程度になる。ドームカーは床の構造が複雑でさらに重い。木製の床にすればよいのだが、段つきの床はブラスで作らないと強度がない。おそらく3kgを超えるだろう。

 14両編成で35kg程度であろう。機関車はEMDE8のABB編成を主力に、AlcoのABA編成、FMのErie-BuiltのAB編成がある。これで筆者のコレクションは一応の終結を見る。必要なものは全て揃った。


 写真は、エッチングでリヴェットを表現したものを、屋根の形に曲げたものである。 

2007年07月26日

Streamlinerを作る

What are these? しばらく実物の話が続いた。その間に模型の方も何か書けというリクエストも戴いている。

 

 さてこれは何であろうか。筆者の秘密兵器であり、本邦初公開である。熔接の習作としては最も簡単な部類に入る。

 近所の鉄工所でH鋼の切れ端を貰ってくる。それをちょん切って、二つのTにする。長さは長年の経験でこの程度にすると良いことが分かっている。このH鋼は一辺の長さが200mmのものである。

 丸い部分は鉄筋とかシャフトの切れ端を使用する。クランプで留めて電気熔接する。グラインダでバリを取ってから、サンドペーパで磨くと出来上がりである。

 錆止めの塗装をするが頭は磨きだしたままである。



 さて何であろうか。

2007年06月10日

NCE

NCE Cab NCENorth Coast Engineeringというのが正式名称である。
DCCのハイエンド製品を扱っている。とは言っても、現在の趨勢ではハイエンドも廉価版もさほどの差はない。既に体力勝負の様相を見せている。価格はほとんど限界まで下落しているように思う。

 日本ではどういうわけか、DigitraxLenzが売れているようだ。アメリカではNCEが強い。Atlasもいい勝負をしている。商売の形態としてはNCEが手堅い。主だった鉄道模型クラブを良く押さえている。それには理由がある。大きなレイアウトでの沢山のキャブを連動させる点で、一番自由度が高いからである。現在では当然のように使われている仕分けヤードでの複数のポイントを、番線指定するだけでルートを作ること(ルート・コントロールと言う)を始めて実用化したのは、NCEである。要するに、アメリカの大きなレイアウトを制御するのはNCEしか出来なかった時期があった。


NCE New Software
 NCEの良いところはアフターサービスである。顧客管理が良く出来ていて、時々手紙が来る。ソフトウェアをアップグレードするので、申し込んでくださいと。費用はどこに住んでいても15ドルである。小切手を送ると、すぐにROMを送ってくれる。電源を切って差し替えると、最新仕様になる。もう少し気を付けて送ってくれると、このように足が曲がっては届かないのだが。

 家庭用ならばどこのシステムを使っても一緒である。車両用デコーダの価格は下がる一方で、安い物は1台10ドル台前半である。この値段なら、DCCを採用しない方が珍しい状態になっても当然である。


2007年06月04日

Broadway Limited cars

Broadway Ltd  Custom built Dick Breglerの送ってくれた写真である。Broadway Ltdの最後尾の、絞り加工をしたブラス板の曲がり具合が、よくお分かり戴けると思う。

 Dickはこのようなときはブラスを使う。NYCの丸いエンドは、ただ曲げるだけなのでティンプレートを用いる。

Broadway Ltd  Custom built cars 横から見ると最後尾の造形が素晴らしい。絞り加減が実に良い味を出している。1台だけならなんとか作れるが、何台も同じように作れるのは、腕の違いである。丸い金床の上で絞り出している。





broadway Ltd on layout この写真はPomonaの競馬場の厩舎の隣にある大きなレイアウトを走っているものである。このパモウナの競馬場にはUPの9000がおいてある。ここまでBill Wolferと一緒に乗せてもらって来た事がある。レイアウトには埃が積もってたいへんな状態であった。レイルはスティール製で、湿気が少ないから錆びてはいないものの、火花を散らせて機関車が走った記憶がある。走行電流が大きいということは、いろんな点で不利であることを実感した。

2007年06月01日

Bill Wolfer

Bill Wolfer's display 珍しく人相の良い写真があった。会うたびに、ペンシルバニア鉄道の素晴らしさを語り、自分たちの作っている模型がいかに正しい資料に基づいて作られているかを力説した。東部からカリフォルニアに移住したので、その気候の良さも彼の精神的内面に大きく影響しただろう。

 ロングビーチに停泊しているクイーン・メアリの中のレストランでよく食事を御馳走になった。映画に出てくる刑事そのままの、早口でスラングが沢山入った英語をまくし立てる。

 先の見える人であった。今後の模型界はどうなるかを展望した。今思えばほとんど当たっている。「韓国製模型が台頭して、日本製は生き残れない。そのあとは中国だ。そしてインドが出てくるだろう。」と言っていた。「ロシアは駄目だ。あの国には余裕がない。趣味というものがない。」などとも言っていた。

Wolfer GG1 GG1をこよなく愛し、沢山のGG1を作った。当初はアメリカ製のアルミニウム鋳物のボディシェルを採用していたが、日本のKMTの社長とニューヨークで会い、ブラス板金製のGG1のボディ・シェルを輸入することができた。その下回りは彼の特製であり、二条ウォームとチェーン・ドライヴ"Wolfer Drive"で良く走った。このGG1は今でもWolfer's GG1としてコレクターの間で人気がある。

2007年05月31日

続 Dick Bregler

NYC Observation Dickの客車のうち、NYCの客車はブラス製ではない。Tin Plate製である。ティン・プレートとはブリキ板であって、薄い鉄の板であるから日本では錆びやすい。アメリカではブラスと同様に模型の材料として広く使われる。

 側板は金属であるが、屋根と床は木製である。ガレージで木工用の道具を並べて屋根を作っていた。軟らかくて目のないBass Woodなどで屋根を作る。専用のRouterで所定のコンタに削って、サンド・ペーパを掛ける。

 室内はかなり細かく作ってある。屋根のアンテナ(多分無線電話のアンテナだろう)なども細かい部品をロストワックスで作って仕上げてある。

 展望車の最後部は左右が一体である。すなわち側板はかなり長いものになる。それを型で曲げて作る。このように作ると曲がり具合がそろい、美しい。

 屋根が比較的重いので、重心が高くなる。台車のセンタ・ピンが少し緩く留まっていると、車体がゆらゆらと本物のような周期で揺れる。走行中の揺れがあまりにも実感的なのでしばし見とれてしまった。この客車は鎮目泰昌氏の所蔵である。

 屋根を木製にするというのは、Bill Wolferの方針による。彼はBoxcar Kenの客車の程度で十分という認識を持っていた。照明の配線を考えても、短絡する可能性のない木製を好んだ。


2007年05月30日

Dick Bregler

Robert Bregler Dickは、有能なカスタムビルダであった。この写真は知り合った頃の写真で、シアトル近辺で撮ったものらしい。彼は、岩国ベースの海兵隊に居た。その頃の話は良く聞いた。山陽線のC62,C59が好きだったようだ。

その頃の彼の友人のRonは、日本の機関車が大好きで、Ronにビデオをたくさん買って送って差し上げたことがあった。彼ははD52が好きだったと言う。D51は力のない機関車であったと言っていた。戦後の燃料事情の良くない頃であったので、火室の狭いD51では牽き切れないこともあったのだろう。

 さて、DickはNASAの職人を辞めてからカスタムビルダとして身を立てた。Bill Wolfer、Bob Janzenと組んで注文を受けていた。

Bill Wolfer Bill Wolferは元フィラデルフィア警察の殺人課の刑事で、人を見る眼が鋭い人であった。刑事をやっていると、人生の中のいやな部分ばっかり見て来たから、早く退職して好きな趣味で身を立てることにしたのだそうだ。Billとは70年代に会っている。当時は、フィラデルフィアに住んでいて、電話で会う日を予約することになっていた。刑事の仕事をしていたので、非番の日にしか客には会わないわけだ。

NYC Diner 「ロスアンジェルスに引っ越したからまた会おう」という手紙が来たので。訪ねてみた。確か80年くらいのことだ。そのとき、Dickと引き会わせてくれた。Dickは、組みかけの客車をたくさん見せてくれた。そのうちの一編成が関西にある。


2007年05月27日

Lou の仕事

Lou Cross Louは、Right-O'-Wayという会社を持っている。レイル関係の部品を作っている。フログとトングレイルを作っているから、その製品を買えば、素晴らしいポイントがすぐに出来上がる。ということになっているが、「最近は売れないんだよね。」とぼやくことしきりである。アメリカ人の工作力が急速に衰えているのだそうだ。

 Louは素晴らしい腕の持ち主で、客車や貨車を極めて実感的に作る。既製品など足元に及ばないほど、精緻な観察力を以って作り上げる。しかもそれが速い。

 今年83歳になる。とても80代には見えない。精力的で眼も耳も良く、頭の回転も飛び切り良い。いつもコンヴェンションで会う。どのコンヴェンションでも会う。自分の製品を売るためだから、当然であると言えば当然である。

Daylight Observation Cars of Brass 久しぶりに家に来ないかというお誘いがあった。もう25年振りである。田舎に引っ越して100坪ほどのレイアウトルームを作った。素晴らしいレイアウトを建設中である。その部屋の一角に、ブラスの板が積んであった。見ればDaylightの客車である。1960年頃Boxcar Kenというメーカが出していたキットと同じである。


Daylight Cars' Sides of Brass 聞けば、「そうだよ。Boxcar Kenのコルゲート・ローラを買ったのだ。」と言う。コルゲートを作るのは難しい。しかし、ローラでごろごろ廻して作れば簡単だ。

 Danと話がついていて、プレス作業をここでやり、Danが仕上げをするということになったそうだ。とりあえず24編成作るそうで、その後のことは判らない。もう、既に全部売れているという話だ。

2007年05月26日

続 Dan の車輌

MoPac F Units この機関車はAll Nationである。1950年頃に作られたダイキャスト製品である。元の造形が良いので僅かの修正でこのような素晴らしい作品が出来上がる。小さな部品を作って付けるだけでこのように美しく仕上がる。



Duplex Sleeper これはPennsyのDuplex Sleeperである。庭の緑が美しい。これは多分ブラスモデルである。このような美しい車輌が現実に走っていた時代があったのだ。


  
Santa Fe Regal Manor このSantaFeの車両は特製品である。コルゲート板はたくさん用意してあった。
 このような製品を作るためにDanは友人たちとある程度の分業をしている。プレス作業がうまい人には窓抜きなどを外注する。先日もLouの家に行った所、大量のDaylightの客車の側板があった。
 

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