コアレスモータ

2006年11月27日

モータの能力を限界まで使う

出力策定 モータの特性図を描いて、この辺りなら大丈夫だろうと、見当だけで補重してしていた。その後、大事なモータを焼いたら大変だというのと、その持っている能力を、最大限に搾り取るにはどうしたらよいかということを考え始めた。

 保有する貨車が増えてきて、60両編成の貨物列車を牽くようになったからだ。1.75%の勾配を登らせると、時々スリップする。定電流装置のせいもあり、スリップすると止まらない。実物通りではあるが、運転は大変だった。

 父にモータが焼けるのはどんなときか聞いてみた。答えは単純で「放熱が悪くて、電流が大きい時」であった。「モータの製造元にThermal Resistance(熱抵抗)という項目があるか聞いてみよ。」というので問い合わせたところ、(3.5+8.0)[degree/W]という返事があった。父は「なかなかまともな会社のようだな。」と言った。3.5はロータ・ボディ間、8.0はボディ・外界間の値であった。後者はヒートシンクと冷却ファンをつければ小さくなるだろう。

 そんな時、吉岡精一氏がモータの性能を最大限取り出すには、という大変細かく検討されたレポートを軌動楽会に提出されていることが分かった。直接連絡をとり、ご指導いただいた。大体のところは既に考えてあったものと一致した。ただし、ロータの温度上昇による電気抵抗上昇の項が抜けているという指摘を戴いた。しかし、電流が減る方向に働くのでそれでよしとした。

 この辺りのことを纏めて、とれいん123号に発表した。合葉博治氏がまた電話をかけてきて、現物を見せてくれとおっしゃる。車輌と線路をお宅まで持っていって走らせた。その性能には驚嘆されたようだ。「今度、京王百貨店でこれをディスプレーするよう、案を作る。80輌の貨物列車がジワリと動いて、惰力を効かせて止まる様子を見たら誰もがびっくりするよ。」

 この記事は合葉氏にはかなりの衝撃を与えたようだ。「模型界、最初にしておそらく最後の工学博士論文だ。」とまでおっしゃった。「あなたはいったいこのような知識をどこから得ているのか。」と何度も問われたが「門前の小僧です。」としか答えられなかった。高校の物理と何冊かの専門書以外、勉強した覚えはない。ただ、父にいろんな機会に話を聞いただけである。あとはひまな時に演繹の練習をしたぐらいのものだ。「社内の論文講読の材料に使える。」とまでおっしゃったのには参った。

 十数年後、関西合運でお会いした稲葉清高氏が「ああやって限界値を求めるとは初めて知りました。」とおっしゃった。多分稲葉氏がおつくりになっている民生機器では別の考えがあるのだと思うが、そこまでは明かされなかったが…。筆者の設計手法は兵器の設計思想に基づいている。父に聞いたことが元になっていることは事実だ。  

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2006年11月18日

海外での反響

FEF2 w/free-rolling drive 日本ではあまり反響がなかった。しかし、合葉博治氏が直接電話して来られ、歯車とモータの諸元を知らせよとおっしゃったので、Faxで送った。その後すぐ京王プラザホテルで会うことになった。氏は工学者としての観点からの感想を述べられ、「将来は世界中の鉄道模型のスタンダードとなるであろう。」という予言を戴いた。発表した歯車について効率を計算したデータを持って来られた。「ギヤは効率の高い部分を選んである。しかもモータの特性がこの機関車の要求に合っている」とお褒めの言葉を戴いた。「あなたは工学部出身か?」と聞かれた。「いや、門前の小僧です。」と言うと、ずいぶん驚かれた。「この歯車とモータの組み合わせを世界中に広めるお手伝いをさせて戴く。」と約束されたが、その直後に病魔に斃れられた。

 海外での評判は熱狂的であった。世界中から、称賛の手紙を戴いた。フランスからは、英仏ごちゃ混ぜの凄まじい手紙が来た。ドイツからはまともな英語の手紙が来た。もちろんアメリカ、イギリスからもたくさん来た。

 雑誌の発表と相前後して、祖父江氏を案内してミルウォーキのNMRAのコンヴェンションに参加した。2台の4-8-4を同一のレイル上に置いて、片方を押せばもう一方がその発電した電力で走り出す。このデモンストレイションで、人気を博し、地元のテレビも取材に来た。

 その様子をじっと見ていた人がいた。AJINの趙南達(チョーナンダル)氏であった。「すばらしいデモンストレイションだ。これは世界中に広めるべきアイデアである。」と話し掛けてきた。

 趙氏はその後、技術指導を仰ぎに来た。何回か韓国に出向き3条ウォームの製作指導をした。しかしその結果は思わしいものではなかった。

 不思議なことに、私が手取り足取りして教えた社員はその次に行くと姿が見えないのである。そんなことが3回ぐらいあって、ようやく気がついた。彼らは筆者から得たノウハウを持って、ライヴァルのサムホンサなどに就職したのだった。
 しばらくすると押して動く機関車がサムホンサから出てきた。

 アメリカ人の友達が電話を掛けてきて「お前のアイデアは高く売れたのか?」と聞く。「盗まれたんだよ」と言うと「やっぱりな。うまく動かないよ。」と言った。筆者はその時点で100%のノウハウは伝えてなかったのであった。

 AJINはヨーロッパ市場向けの製品に搭載したようだ。これは確実に作動したという。

2006年11月17日

押して動く機関車の実現

Model Railroader 指先で押しただけで動く機関車を実現するには、次の3つの条件がある。どの一つが欠けても不可能である。

 .灰▲譽好癲璽拭´■馨鬟Εーム ボールベアリング
 ”當未離泪哀優奪肇癲璽燭任蓮鉄心が吸いつけられているので動き出せない。
 ▲ヤ比は比較的小さくした。そうしないと押して動きにくくなるからだ。それには低回転モータを使うことが前提となる。
 ボールベアリングは当然のことである。しかし潤滑剤もまた大切だ。普通の潤滑油では、停止時に逆駆動すると、歯面が強く押し付けられ、極圧剤がなければ動き出せない。

 何台かの機関車にこのギヤを装備して、レイアウト上を走らせた。極めて快調であった。何かの手違いで電源が切れても急停車することはない。すなわち、列車の脱線事故が、ほとんど皆無となった。

 震災で亡くなった神戸の魚田真一郎氏に、「電源を切っても3mくらい惰行するよ。」と伝えると、「そんなん、あるわけないやろ。ホンマやったらフランス料理のフルコースをおごりますわ。」と言った。その週末、車で来た彼を仮設レイアウトに連れて行き、60両編成の貨車を牽いた走行を見せた。
 「エライことになりましたなあ。これで世界中がひっくり返りますわ。」と言った。当然、フランス料理を御馳走になった。

 祖父江欣平氏の工房で魚田氏の機関車を改造した。受け取った彼は喜んで、「ホンマに世界一の機関車ですねん!」と電話の向こうで叫んだ。

 これは特許を申請すべきか、ずいぶん考えた。当時、韓国をはじめとする新興国では不法行為が続発していた。たとえ特許を取得できても、海賊版が堂々と売られることになるだろうことは予想できた。特許防衛に手間をかけるのは現実的でない。

 多からぬ特許収入より、発表して名を残すべきである。という結論に達した。早速日・英文で原稿を書き、投稿した。

 「とれいん」誌には直接電話してページを空けて貰い、原稿と現物を送った。その記事は直ちに翌月号に載った。Model Railroader誌には3ヵ月後に載った。

その年の夏にミルウォーキーでNMRAのコンヴェンションがあった。それに出品しようということになった。

2006年11月16日

試作

1-thread worm2-thread worm3-thread worm 



 

 左から順に、1条、2条、3条のウォーム  
 
 しばらくして祖父江氏の工房を訪ねたとき、「こんなものがある。」と言って小さなギヤボックスを見せてくれた。「モリコーといってね、昭和20年代の終わり頃、こんなギヤを出していたんだよ。」

 それは、まさに頭の中で考えていたものであった。ただ、スラストベアリングがなく、ちゃちな板金のギヤボックス内でカラカラと音を立てて廻る玩具っぽいギヤであった。ウォームは2条で細く作られ、進み角は15度くらいであった。

 これを厚板または鋳物で作ったギヤボックスに入れ、スラストベアリングを装備すれば完成する。

 祖父江氏もまた同じことを考えていたのだ。「ディーゼル機関車用の13:2というギヤに、よく油をさせば動くんじゃないか?」という。そこで3条ウォームの話を持ち出した。
「ギヤ比は互いに素にして、細いウォームを作り、潤滑剤は二硫化モリブデン、スラスト・ベアリング装備にすれば完璧ですよ。」

 祖父江氏は大満足であった。もやもやとした考えがはっきりとした形になったのだ。早速、歯車屋に注文した。「歯車屋は動くもんか。」と言った。

 その2ヵ月後、祖父江氏から電話があり、ギヤボックスの試作品ができたという。「動くけど動きが渋い。どうしたらよいだろう。」と言う。
 見ると、普通のグリースを使っていた。よく溶剤で洗ってから、持っていった軟らかい二硫化モリブデンを塗った。すばらしい動きであった。祖父江氏は感動していた。「何であんたこんな潤滑法を知ってんだ?」 

2006年11月15日

コアレスモータとの出会い

コアレス・モータ そうこうしているうちに、祖父江欣平氏の工房を訪ねることがあった。祖父江氏は滑らかな運転が可能な駆動装置を長年追求されていた。双方向クラッチも試作されていたのだ。のちに、このクラッチは井上豊氏の記事で紹介された。

 そこで、コアレスモータを見せてくれた。氏は「模型クラブの会合で見せてもらったから、買った」と嬉しそうに見せてくれたのだ。これぞ探していたモータだ。鉄心がないから、マグネットの吸着もない。要するにコッギング(米口語ではTeething)がない。今思えば、内野日出男氏に見せてもらったのだろうと思われる。内野氏は1971年にLongnecker氏からコアレスモータを貰ったそうだ。

 逆駆動が簡単にできる。筆者も小さいものを二つ買ってみて、そのリード線を直列につないで片方の軸を廻してみた。なんともう一つのモータの軸も回転するではないか。効率が90%近いとこういうことが起こるのかと、感心した。

 仕様書を読み解き、自分の機関車に適合するかどうかを調べた。ギヤ比は何とかなるが、出力が足らない。当時の手持ちの貨車40両を引き出すのに必要な力を測定すると、起動できることは分かったが、3%の勾配はとても登れないことが分かった。

 仕様書を見ていくともう少し大きいのが見つかった。捲き線の多い低回転モータで、12Vでの無負荷回転数が5400rpm、トルクが106mNmと大きいものである。負荷を掛けたときの回転の落ち方も少ないものであった。価格は目の玉が飛び出るほど高かったが、満足のいくものであった。これを使えば、いつか逆駆動ができるギヤができたとき、押して動く機関車ができることになる。

 コアレスモータを扱う商社で、いったいどんな顧客がいるのか聞いてみた。最大のお得意様は防衛関係だという。ミサイルの制御システムは応答が速くなければならないので、慣性モーメントの小さいコアレスモータが求められるというのだ。

 二番目のお得意様はと聞くと「それは貴方だ。」という。今まで何人か来たけど、10台以上買った客は貴方しかいないという。

 しばらくはその地位を守っていたそうだ。

 余談だが、ロールスロイスのエアコンの風向きを変えるフィンを左右に首を振らせるモータが、その会社のコアレスモータだったと教えてくれた人がある。

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