チャレンジャ

2011年07月09日

続 仕掛品の始末

1625 もう一つ、工作台の上の邪魔なものは例のUS HobbiesのChallenger である。購入して以来、定盤の上に鎮座して動かない。購入動機がやや不純で、Lobaughのボイラ形状とどこが違うかを見たかっただけである。形としてはLobaugh の方が正しい。当時のKTM設計陣が何を考えて作ったのかを知りたかったのである。

 ボイラ後半はKTMのBig Boy(祖父江氏製造)と全く同じである。ということは、ターレット、砂箱の底面の曲率がビッグボーイと同じであり、ロボゥの部品が使えない。それが心配でばらしてみるまで気が気でなかった。

 ガストーチであぶって砂箱等を外すと、そこにはとんでもないことが起きていた。砂箱の全周をハンダ付けしたため、内部に水が入る余地がなかった。すなわち、フラックスの塩酸が洗い出せない。それが内部に閉じ込められたまま40年経ったので、内部はガタガタに錆びていた。放置すると、錆びで部品が浮き上がってしまう。
 ボイラには洗うための孔が空けてなかった。祖父江氏の製品は、全ての大きな部品の下は水が入るように大きな穴が空けてある。仕方がないのでモトツールで切り込んで、大きな穴を空けた。

 砂箱はLobaughのロストワックス部品を調達してあったので、その底面を大きな丸やすりで少しずつ削って合わせる。場合によっては、軽く木ハンマで叩いて曲率の修正をする。
 
 砂箱をハンダ付けした。この手の大きな部品を付けるには、炭素棒を使うのが早い。太さ1/4インチのカーボン・ロッドを使い、6Vでハンダ付けする。電流は40Aくらいだ。先端がオレンジ色になるが、部品が厚いので融けることはない。この条件ではかなりの一酸化炭素が発生するので、屋外で行う。出力が大きく、かつ集中するのでハンダ付けは30秒も掛からない。全周囲にハンダが滲み出す、最高の仕上がりである。

 砂箱を取り替えるとビッグボーイの幻影は消え、チャレンジャになった。問題はターレットである。どう削ってもはまりそうもない。仕方ないのでUSHの部品を唐竹割りして付け直した。要するに細くしたわけである。

2011年06月19日

続々 Layout Tour in Chicago 

0985 ライダ氏は チャレンジャが好きである。子供のころ、停車中ではあるが運転台に乗せてもらい、汽笛を鳴らしたことがあるという。このレイアウトでも主力機であって、新旧の重連が走っていた。


09780977 このUP844はスクラッチ・ビルトである。USHのいくつかの分売パーツを使って素晴らしい機関車に仕立てた。テンダはBig Boyのものを使っている。その理由はやはり、「テンダなどどうでもよい」ということであった。機関車を作ることに価値があるのだ。

0991 支線にはこのようなコンバイン(荷物合造車)が走っていたそうだ。主要駅で特急列車に乗り継ぐ客のために運行されていた。


0994 このレイアウトの特徴は線路が少ないことである。かなり広い地下室(40坪ほど)であるが、線路は周回しているだけで、中心部にはこのような広いスペースが残っている。大きなソファがいくつかあって、寛ぐ事ができる。これはうらやましい限りである。
 つい広い場所があると線路を敷いてしまいがちであるが、ライダ氏はそこを我慢したのである。

2010年12月26日

続々 慣性を増大させる装置

Lifting 2 Axles of a Challenger's Tender Challengerが就役した当時は、各地に大きなターンテイブルが用意されていたわけではなかった。しかし、これは使い勝手の良い機関車で本線上のみならず、支線にまで入っていく。デルタ線で廻すのだが、どうしても機関庫に入れたいこともある。その時にはテンダの後ろ2軸をはみ出させる位置に停車させ、少し前進し、後部5軸の中央に楔状のものを噛ませる。そしてバックするのだ。するとイコライザの可動範囲を超えると動かなくなるので、そこで無理に持ち上げることになる。ゆっくりだから壊れない。こうすると、後ろ2軸は宙に浮く。そこでターンテイブルを廻す。この写真はLou Schmitz著 "Union Pacific Trackside" の p.13からお借りしている。原本は天然色である。UPの機関士Tom Harveyは「インチキな方法」と言っていたが、極めてゆっくり行うのだから壊れることはない。
 Big Boyは専用区間以外、出なかったので、このようなことはしていないはずである。

inertia tender さて筆者の模型は7軸中6軸、しかも軸重を考えると6/6.5で動力採集し、それを増速して慣性モーメントとして蓄える。
 ラフな計算であるが、質量が20倍以上増えたのと同じ効果を作り出すことが出来ることになる。摩擦力がほとんど変化せずに慣性が増えるので、実物の1/2位は楕行出来るはずだ。

 テンダの設計質量は約4.5kgで機関車と同等以上である。おそらく、巡航速度で走っている状態で電源をOffにしても、筆者のレイアウトを1周以上するだろうと推測する。機関区での単機のスリップも見事に再現できるだろう。 
 機関車は不整な線路上をある程度の速度で走り、カーヴを曲がり、脱線や軽度の衝突もする可能性がある。そのときにこの巨大なフライホイールが壊れないような設計が必要だ。
 前回ディーゼル機関車に取り付けたときは、少々大きめのスラスト・ベアリングを用いて、衝突に耐えるようにした。実は、当初ラジアルベアリングだけで作ったところ、連結時のショックで玉が抜けてしまったことがある。
 その後スラストベアリングをつけた。普段は力が掛かっていないので、無くても良いように感じるが、非常時には確実に働いている。

 問題はもうひとつあって、この程度の速度ではジャイロ効果が出てくるので、単一回転体ではカーヴを曲がりきれない可能性もある。同程度の慣性モーメントを持つ二つのフライホイールを反転させることも必要かもしれない。上記の図ではその概念を示しているが、反転装置を作るかどうかは後半を作ってみての判断となる。また、反転装置は遊星ギヤ装置でもできるのでそれにするかもしれない。
 テンダの中身はブラスの円筒でぎっしりだ。この種の材料は非鉄金属回収業者(クズ屋)で調達する。行きつけの業者はこちらの好みを知っているので、使いそうなものを脇に除けて置いてくれるので助かる。

2009年11月25日

US Hobbies Challenger その9

ハンダ外れハンダ外れ2






 車輪を替えた時、連結器座を新製しなければならないので、最後部のネジを外して一部の部品を外す。その時、エンドビームが外れてきた。こんなことは初めてだ。

 落としたわけでもなく、何もしていない。見るとハンダの流れ方が足らない。床板は1mmだから、大きなコテで完全に付けるべきなのに、板厚の半分までしかハンダがしみ込んでいない。職人のスキルがよくなかったことを露呈している。
 仕方がないのでハンダを十分に流して固着させた。

 このようなときのハンダ付けは、カーボンロッド方式に限る。熱が逃げないので、周りの部品が落ちたりしない。出力を上げてオレンジ色になるまで熱を加えた。
 2 mmのエンドビーム板を通して熱が伝わり、裏側でハンダが融けた。押さえたまま電源を切れば、そのまま固まる。15秒の仕事である。省エネルギでもある。

 これをコテで付けようと思うと、かなりの大きさのコテが要る。焼きゴテを使うことになるだろう。わが国ではカーボンロッドの使用者はとても少ない。どうしてだろう。

2009年11月19日

続 Centipede Tender

 現在、下回りをスクラッチビルドしている3台のチャレンジャのためにテンダは買い集めてある。KTM製のものである。

 1台は、Lobaughのオリジナル・キットを持っているので、それからスタートである。これがとんでもない代物で、板から作った方が具合がよさそうであるが、我慢して仕上げている。床板、5軸台車は砲金の鋳物でそれだけでも800gもある。当時の製品にはスプリングはなく、全軸イコライズでの作り直しだ。
 
 外側の軸箱を動かすと、その美しい鋳物が台無しになるので、内側台車を作ってボールベアリングで受けたイコライザを入れる。このテンダには、はずみ車を入れる。その効果については以前述べた。おそらく質量は3kgを超えるだろう。機関車以上に複雑なメカニズムを満載したテンダになる予定だ。それが完成すれば、チャレンジャが、「単機でもスリップして発進する」のを見て楽しめるはずだ。
 
 ここまで重いと、脱線すると壊れる可能性がある。これは本当の話で、重い機関車が脱線するとポイントが壊れる。機関車自身も壊れるだろう。この重いテンダの懸架装置はかなり丈夫に作らねばならない。イコライザを長くすると撓みが生じ、固有振動数が走行時の振動にシンクロすると、ぶんぶんと共振する可能性もある。その対策も講じる。

 筆者の機関車はそれほど重いものはない。一番重いものでも4kg台である。デトロイトの友人で、「Big Boyに鉛を詰めたら23ポンド(約11kg)になった。」と見せてくれた人がいる。電流は5Aくらい食う効率の悪い機関車だ。彼が友達のレイアウトで走らせたら、橋が落ちたとも言っていた。

 このような重い機関車を作るよりも、軽く走る貨車を作る方が賢明であることは間違いない。

2009年11月17日

Centipede Tender

Challenger tenders 新しく納品されたLow-D車輪を、貨車の未改造のものに装着した。約50両の改装が完了した。これでレイアウト上に載っている被牽引車輌はすべてLow-D車輪になった。

 問題はテンダである。テンダは死重であるが、軽くはできない。80輌の推進運転をすることがあるのだ。実物の機関車と貨車の質量比と同じにしてある。もちろん満載時の数値を使っている。これがボールベアリングでないと、かなりの摩擦があり、貨車20両分くらいの損失だ。従台車の車輪も替えた。牽引力の損失を小さくすることが出来る。

installing ballbearing 先日作った座グリカッタを用いて軸箱の穴を広げてボールベアリングを入れる。ボールベアリングの中心が、バネの中心に来るように深さを考慮することが必要だ。
 これが外れていると、常にひねられるような荷重が掛かり、いずれ壊れる。

 今回作った車輪は、ジャーナル部の全数検査で2mmのボールベアリングが入ることが分かっているので、非常に楽しく作業をすることが出来た。
 今までの車輌をばらして車輪を捨て、新しい車輪に入れ替えるだけである。従来品には、振れがあるものもあり、気分が悪かった。また今まではフランジの形が悪く、ポイントで割り込んだり、辷りあがったりするものもあったが、それは一掃された。7台分を入れ替えた。
 
 この軸配置4-10-0のセンティピード・テンダは、積載量を大きくしてフレームの剛性を高くすると同時に、線路の不整に対応する目的で作られた。4軸台車2つの設計もあったようだが、それではねじり剛性の高いフレームでは、バネのたわみだけでは追従できなかった。イコライザを使えば、かなりのひねりにも追従できる。
 前進を旨としているので、従輪はない。延長したタイプの設計図も見たことがあるが、それには1軸の従台車が付いていた。

2009年11月01日

US Hobbies Challenger その8

#1 gauge Big Boy 1集煙装置  この写真をご覧戴きたい。1番ゲージのブラス製電動 Big Boy のカタログ写真である。煙突には集煙装置が付き、作動する。煙も出るようだ。どこのメーカかを調べたのであるが、分からなくなってしまった。何年か前にファイルしておいた写真だ。
 せっかく大きな模型をここまで作るのだったら、もう少し観察すればよいのにと思うのは筆者だけだろうか。

 何かおかしいのである。まるで小さいゲージの既製品模型をそのまま大きくしたような感じがする。小さい模型では簡略化の必要性もあるだろうし、工作の限界の問題もある。しかし、これは大きな模型である。20kgもあるような大きさなのである。
 模型の設計者が、実物の機能を何一つ理解していないことが分かる。
 
#1 gauge Big Boy 2#1 Big Boy cab 模型人のいない国で作るとこうなってしまうのである。さらに言えば、インポータの能力の問題がある。彼らは実物を見るチャンスがあるのだから、わかる人が行って、要所を押さえる必要があるのだ。

 最近はそれができないインポータが増えている。

2009年10月30日

US Hobbies Challenger その7

PSC 4-6-6-4 piping 蒸気機関車のディテールを少し増して、細密化したいと思うことが多い。一番大切なことは実物の観察である。図面を良く見て、補機類がどこに付いているかを調べ、その配管の役割を調べる。

 曲がり具合は流れる流体の種類によって異なる。蒸気管も、シリンダに向かう配管は重い気体が通るので曲がりが緩やかである。蒸気の圧力が高く、密度が大きいのでなるべく緩やかに曲がるようにしている。それに比べると、還りはごく適当に設計してある。
 発電機などの小出力の補機類への配管は、曲がりの半径も小さくて構わない。
 高圧給水関係の配管の曲がりは緩やかである。ウォータ・ハンマが起こる可能性もあるので、弱くなる継ぎ手の数を減らしている。ボイラ・チェック・ヴァルヴはボイラ・ラッギングの分だけ飛び出しているから、それらしくせねばならない。市販の模型でこのチェック・ヴァルヴの奥行が正しいものにはなかなか遭遇しない。

PSC 4-6-6-4 fireman's side 要するに、本物の構造と機能を知っていないと、正しい配管ができない。細い配管の曲がり具合も、パイプ・ベンダで曲げる時の半径が決まっているのでそれらしく曲げる必要がある。

 この写真は友人の所蔵品のPSC-KTMのChallengerである。パイピングは一級品である。実によくできている。

2009年10月26日

US Hobbies Challenger その6

PSC Challenger UPの機関車は数が少ない。Max Gray NYC が好きであった。Pennsylvania鉄道は客の数が多いのでたくさん作った。
 UPでは、売れ筋のBig Boyはたくさん作ったがChallengerはかなり少ない。実物の台数はChallengerの方がはるかに多いが、保存機が走るようになるまで人気がなかった。(この写真は1990年ころのPSCがインポータであった時のKTM製品。細かくできているが残念ながら砂箱が丸い。)

 Max Gray時代に発注があれば、祖父江氏が引き受けてもう少し良いものができたと思うが、この機関車は、あちこちに素人の工作という部分がある。
 
centering slot その最たるものが、連接部分のつなぎ方だ。前部台車に荷重を掛けるところがローラー式なのは良いが、センタリング装置が無い。これではボイラが横を向いて、斜めになって走ってしまうこともある。復元装置を付けるか、何かの工夫が必要だ。
 祖父江氏の方法は単純だ。直線を走るときにローラーが、溝にはまるようになっている。変な話だがこれで十分である。要するに直線上での見栄えを優先するのである。全体を斜面で構成すると、復元力が弱くなるし、中心での落ち着きが少なくなる。今回は「溝式 + バネ」による復元を考えている。Challengerは旅客にも使うので、高速での落ち着いた走りを期待したいからだ。
 また持ち上げた時に、前部台車が落ちないように支えが必要だ。その支えを薄い板で作ってあるので、曲がってしまう。少し工夫して箱型に作ればよかったのであるがそれもない。

2009年10月24日

US Hobbies Challenger その5

走行装置裏側 Max Gray は、動軸を可動させている。軸は1/4インチ(6.35mm)で、それはアメリカの標準であった。軸箱は砲金である。このあたりの配慮は良い。不思議なのはバネによる可動を採用しなかったことだ。1mmのネオプレンゴム板を切ってはさんだ。大きくは動かないが、格段に静かになる。ゴムの内部損失が大きいことを利用している。これは Max Gray の指定であった。

Max Gray coupling このChallengerはUS Hobbies の初期の製品であるので、かなりMax Grayの手法を踏襲している。ゴム板支持方式である。モータとの連結部も、不思議な形のカプラで結んでいる。ネオプレンゴム板を介した回転伝達で、損失が大きそうだ。この方法である必要性は感じない。普通のユニヴァーサル・ジョイントで十分だ。この写真は別機種の分解時に撮っておいたものである。

 のちに、六角軸を使ったルース・カプリングを使うようになった。これはKTMの高橋淑氏が採用した。簡単にして確実、安価な方法である。これは、もともとはイギリスのアイデアだそうだ。
 
 軸は6mmとして、専用の含油合金軸受を長らく使っていたが、1985年頃から5mmにした。今までの段付きシャフトをやめてストレート軸を採用したたからだ。すると在庫の6mm用の穴が開いた含油合金の軸箱は無駄になる。当然捨てるべきだったが、それに内径5mm、外形6mmのパイプを差し込むという許されないことをした。
 WSM以降の模型はこのタイプになっている。すなわち潤滑が悪い。場合によっては焼きつく。それまでは焼結して作った多孔質の含油合金製であったのに、単なるブラスパイプが摺動するようになったわけだ。この判断が誰によってなされたのか、興味深い。

 筆者はすべてボールベアリングを入れているので、このあたりのことは改造時に気が付いているが、ほとんどどなたも気が付いていないのではないかと思う。

2009年10月22日

US Hobbies Challenger その4

積もった埃 そもそも、落札者に落札辞退を申し入れるのは、重大なルール違反である。もし筆者が辞退しないという姿勢であるのに、売らなかったときは、最悪の評価を送らなければならないし、e-bayに申し入れて除名その他の処分をするよう求めるつもりであった。

 ところが、筆者の手紙を読んで、すぐに来た返事には、 「あなたが   serious collector であることはよく理解した。この機関車を長年探し求めてきたということはコレクションの写真を見ればよくわかる。あなたのような方に買っていただけるのなら、伯父も本望であろう。弟には、あなたのお勧めの物を買うように言っておいた。」 と妙に素直に書いてきた。

 そこで、「$10払うから、ばらしてモータとウェイトを捨てて欲しい。これらが付いていると、輸送中の事故が起こりうる。13本のねじを外すだけでよいからお願いしたい。組み立てはしなくてよい。緩衝材にくるんで箱に入れて送ってくれ。多少壊れても修理できるから構わぬ。」と書いた。

 返事は、「どうしてねじの本数がわかるのだ。本当に13本だった。」とあった。頭の中で数えて、適当に書いたのだが、それが当たっていて彼は驚いたのだ。
すぐに発送してくれたが、送料は当初の見積もりより、$10以上安くなった。すると、「あなたは本当によくわかっている。素晴らしい買い手だ。」と手紙をもらった。

 到着後、箱の中を改めると、分解時に無理をしたらしく、ハンダははがれ、こじた痕があったが、簡単に修理できた。

 この模型は長年棚の上にあったらしく、埃の堆積が見られた。ロッドの上にも積もっている。めっきも変色して悲惨なものだが、簡単に修復できた。
 超音波洗浄機が必要なほど汚れた模型には久しぶりに遭遇したが、安くてよい買い物であった。
 いずれ、下回りは押して動くギヤで二個モータに改装する。

2009年10月20日

US Hobbies Challenger その3

前方より この模型はe-bayで買ったのだが、落札後、すぐに奇妙なメイルが来た。

「あなたは正当な落札者であり、この機関車の模型を購入する権利があることは重々承知しているが、折り入ってお願いがある。これは伯父の遺品であるが、その甥すなわち私の弟はそれがオークションにかけられることを知らなかった。私の弟がこれをどうしても欲しいと言っている。
 あなたが正当な権利者であることは当然であるので、このような申し出をするのは心苦しいが、私は弟を喜ばせてやりたい。実はBig Boyもあるので、そちらを選んでくれれば、価格はこれと同じでよいし、さらに送料も請求しない。
 あなたがこの機関車を欲しいということはよく理解している。しかし、ご配慮をお願いしたい。」
というものであった。 

 どちらかと言うと、この手のメイルは、詐欺の疑いがある。というのはオークション以外の物のやり取りは、事故の場合、e-bayの保護の対象外になる。うかつに乗ると大変なことになるかもしれない。
 
 しかし、それよりも、筆者はこの機関車がどうしても欲しかった。丁寧な断り状を書き、筆者のコレクションとレイアウトの動画をいくつか送ってやった。
「私は、まさにこの機関車を探し求めてきた蒐集者であり、これを逃すと同じ型のものは手に入るかどうかわからない。
 話を聞けばあなたの弟はChallengerであればよいと言っているので、韓国製のものをお勧めする。価格もこれより多少は安いし、第一、出来が数等よい。販売店を紹介するから聞いてみてくれ。
 私はこの機関車の出来がそれほど良くないことを知っている。歴史的に、ある過渡期の製品であって、他との比較のためにそれを確認したいから購入するのである。どれでもよいというわけではないのだ。私は長年これを探し求めていた"serious collector"であり、ようやく落札に成功したことを理解してほしい。」と書いてやった。

2009年10月18日

US Hobbies Challenger その2

USH UP4-6-6-4 fireman's sideUSH UP4-6-6-4 engineer's side US Hobbies の時代は、Max Grayと何が違うのか。

 この機種はその過渡期にあるので、興味深い。祖父江欣平氏によると、その違いは車軸の太さであるという。MGは 1/4 inchでUSHは 6 mm軸であるという。フランジの高さはあまり違いがあるとは言えないそうだ。この軸は6 个任△辰拭また、ダイキャスト製ギヤボックスが取り付けられていた。 
 すなわち、Kemalyan氏の意向で、量産体制に転換したことがわかる最初の模型である。 

 さて、このChallengerの板は薄い。ボイラーも0.6 mm厚しかない。ハンダ付けは楽なはずだが、あまり上等ではない。100%流れていない。

 安全弁の数が多い。本物は5本だが、左右対称だと思って6本にしたのだろう。これはインポータが確認すべきことでKTMの責任ではないだろう。

 保護塗装がしてないので、表面はこれ以上錆びない位、錆びていた。酸で洗うと新品ではないかと思うくらいきれいになった。

USH UP4-6-6-4 front パイロットのステップが折れている。作って直さねばならない。下回りは油脂が固まっていたので、ギヤボックスをばらして溶剤で洗い、走り装置はマジックリンに漬けて超音波洗浄機で洗った。泥がスプーン二杯くらい落ちた。

2009年10月16日

US Hobbies Challenger その1

USH 4-6-6-4 最近、UP Challengere-bay で落札した。すでにコレクションは終わっていると宣言しながらも、購入したのには理由がある。

 1964年、インポータの先駆者Max Grayの死去により、製造元のKTMは輸出先を失った。そのあとを継いだのが、Max Grayにロストワックス・パーツを卸していたKemalyan氏であった。Kemtronの社長である。
 MG時代に沢山売れたBig Boyを短くしてChallengerができないかという発想は、それほど間違っていない。しかし、それをごく適当にやってしまったのはまずかった。実物では、Challengerを大きくして Big Boy を作ったのであり、Big Boy を縮めて Challenger にしたのではないからだ。 

 その問題点を実際に確認し、徹底的に改装して直すとどうなるかという確認をしたかったのだ。もうすでに、4-8-4、4-6-6-4、4-8-8-4は、扇型庫に入りきらない位あるのだが、どうしても現物がほしかったので購入してしまった。安値であったことと、急激な円高で買い易かったこともある。

 Big Boyは、祖父江氏の設計製造で、間違いが少ない。ChallengerはKTMの内部でごく適当に設計をしたという。その結果多くの間違いが生じた。外形は全長が多少長いという点を除けば問題がないが、砂箱の形、火室の形はよろしくない。

Front Sand BoxRear Sand Box Challengerの砂箱は角型である。八角形であって丸みが少ない。Big Boyは丸い砂箱である。KTMでは、間違ってBig Boyの砂箱を流用してしまった。しかもinjectorのcheck valve coverの位置があらぬところにある。構造を知らない人が設計したのは、明白である。祖父江氏は当初から気が付き、直すように言ったらしいが、結局KTMは最終生産品まで直さずに生産した。
<手で持っているのは、購入してあったLobaughの砂箱>

2007年06月28日

続 1941 

 私の最初のStudent Trip(職業訓練のための体験乗務)は、ただ好奇心によるものであった。しかし、父Richardが、スロットルを開けた瞬間、ハマってしまったのである。
 
 その日のことは、今でも昨日のことのように思い出せる。私は父のことがとても自慢であった。家に居るときは、ただうろうろと歩き回ったり、ゴミを捨てに行けというだけの人であったのに、機関士の席に座った瞬間、その小男が列車のすべてをコントロールする。私はそれに感銘を受けたのである。

 前にも触れたが、その時代の機関士というものは傑出した人ばかりであった。ただ、機関車の右側に座っているだけの人ではない。罐焚きも制動手も敬意を持って接していた。

 機関車を走らせながら、父は罐の焚き方についてのたくさんのアドヴァイスをしてくれた。そのとき習ったことには、間違いは一つもなかった。彼は私に自信を与えてくれたのだ。彼の仕事に対する姿勢は素晴らしかった。

「畏れるな、侮るな。いつも先手必勝だ。正しい方法で機関車に石炭をくべろ。」である。彼の石炭のくべ方のこつは、単純である。ストーカの個別のスティーム・ジェットを触ってはいけない。メイン・ジェットだけを調節せよというものであった。下手な罐焚きは、あちこち触って駄目にする。その通りだ。

 「煙突を見よ。その煙の色がよくなるようにメイン・ジェットを調節するのだ。」全くその通りで、私は罐焚きで失敗したことはほとんどない。



2007年06月27日

1941

久しぶりにTom Harveyの手記に戻りたい。

 1940年代はHarvey家にとって激動の日々であった。1941年、兄のRichard2世は、ワイオミング大学に行き、弟のTomは高校生であった。 父はいくつかの団体に属し、忙しい日々を送っていた。労働組合の仕事や退役軍人会の仕事があった。

 父は糖尿病と診断されていた。これは、当時、機関士の職業病と言われていた。罐焚きの重労働で、代謝量が増え、機関士になっても食べる量が減らせないのと、勤務が不規則で食事の時間帯が一定しないことに原因があると思う。
  
 その点を除けば、まずまずの健康状態であり、Rawlinsの近くの川によく釣りに行った。アメリカは大恐慌から逃れてようやく立ち直ったところである。1941年はアメリカにとって最もよい時代であったろう。その年にTom HarveyはUnion Pacific鉄道の罐焚きになったのだ。

 Tomが罐焚きになる決心をしたとき、彼はまだ高校に行っていた。週末にはStudent Tripを始めた。鉄道の乗務規則試験に通り、1941年6月21日に最初の乗務をしたのである。
 
 午後1蒔10分に点呼を受け、Soren Kolsen機関士と共にチャレンジャ3914に乗り込んだ。そのとき私はまだ17歳であった。そんな若い罐焚きは居なかった。それから何年も機関士をしているが、17歳などという罐焚きなど会ったことがない。

 何が私を鉄道に就職する決心させたか。私はその仕事をしたいと、小さい時から思っていたことは事実だ。 

2007年02月13日

遠心給水ポンプ

 Challenger, Big Boyには排気インジェクタが取り付けられているが、どちらも罐焚き側の床下には付ける場所が無い。やむを得ず、左のラニング・ボードの先端に設置してある。その場所はかなり高い場所で、炭水車の最低水位より高くなる。

 そのインジェクタに届くように水を送るために遠心ポンプが取り付けられている。罐焚き席の真下にある円筒形のポンプがそれだ。排気インジェクタを作動させる前に、その遠心ポンプを作動させる。

 給水される温水は、ボイラの真上前方にあるcheck valve(逆止弁)からボイラに入る。どうしてここなのかと言うと、この部分の温度が一番低いからである。一番温度が高いのは、火室上部である。

 ボイラを作っている鋼板といえども、熱的ショックには弱い。繰り返して熱い蒸気と水が交互に触ると、割れが生じる。それを防ぐために一番温度が低いところを探し出したのだ。

 インジェクタからの給水管は必ず迂回させて取り付けてある。それは熱いものが通ったり、冷えたりするので、熱膨張で長さが変わるからである。おそらく、まっ直ぐでは折れてしまうのではないだろうか。
 
1940年頃に作られた4-8-4,4-6-6-4,4-8-8-4はどれも共通の部品が使ってあり、、機関車のクセもよく似ていた。どれもよく走った。しかも、熟練していない乗務員でさえも、所定の能力を発揮できたのは設計が良かった証拠であろう。これらはJabelmanという人が技師長だったとき、導入されたものである。

 4-6-6-4のChallengerだけが280ポンドとやや低い圧力であったが、これが300ポンドでも何の不都合もなかったであろう。

2007年01月05日

続 チャレンジャとビッグボーイ

View from Big Boy's Cab ビッグボーイのボイラは長い。走行中にヘッドライトが切れると、取替に行かねばならない。

 罐焚き(機関助士)はスペアの電球を口にくわえ、機関士側のラニングボードを手すりを伝って行く。落ちた時、助けに行かねばならないからだ。もっとも、落ちたらただでは済まないとは思われるが…。電球の直径は10cm位もあったそうだ。

 とにかく最先端まで行って、球を取り替えるとそれは投げ捨てる。帰りはスキップして帰って来るのだそうだ。夏は暑いし、冬の吹雪の中での作業は命懸けだ。

 一番調子の良い4005号機は、保線作業中のポイント切り替え間違い事故で横転している。そのときTomの友人のEdが、機関士と共に亡くなっている。事故後4005号機は修復されたが、テンダは他の機関車のものを流用しているそうだ。この事故では、過って側線方向に開いたポイントに高速で突っ込んだのだ。テンダが運転室にめり込んだ。二人が即死し、一人は助け出されたが二日後に死んだ。

 
 彼らにとって、テンダ(炭水車)は単なる付属物でほとんど意識の外にある。"Hog(豚)"という言葉を使って、かなり馬鹿にしたものの言い方をする。テンダは取り替えるものという意識である。水漏れその他の故障が起こると、他機種のものであっても直ちに付け替える。

 "Locomotive and Tender"という言葉がある。HOのプラスチック製の機関車の箱にそのように表示されている。機関車という言葉は、まさに機関車そのものであってテンダは含まれないのだ。

 筆者がFEF-2をワイオミングまで持っていって見せた時のことである。「こいつを友達に見せるから持って行こう。」と出かける時、テンダを持ったら、「そんなもの、置いていけ。」と言った。「テンダなんか、見たい奴はいない。」とまで言い切った。

2007年01月04日

チャレンジャとビッグボーイ

blowdown valve on Challenger fire box チャレンジャは、関節式機関車だ。動輪はやや小さく69インチ(1752ミリ)である。走り装置のバランスがよく、高速運転に耐える。100マイル/時くらいが力行時の最大速度であったが、下り坂で120マイル出したことがあったそうだ。さすがにそのときは「壊れる」気配があったそうで、恐ろしい思い出の一つだそうだ。

 チャレンジャは旧型も新型もよく走る機械で、当たり外れがなかったそうだ。一方ビッグボーイは当たりはずれがあり、4005号機以外は良くないと言い切った。

 4005に当たったときは、「今日はキャディラックだ!」と叫んだそうだ。4005号機はほとんど"Automatic"だったそうだ。ストーカ(自動給炭機)を動かし、排気インジェクタを作動させておけば、時々水面計を見るだけで機関助士は何もすることがなかったそうである。外れに当たると死に物狂いで給炭し、機関士側のインジェクタを作動させて水を足さねばならないのだそうだ。

 機関車を受け取ると、全ての動輪のタイヤ(踏面)を素手でなで、減り具合を確かめる。磨り減ったタイヤの機関車は、注意して走らせないと脱線転覆事故を起こすという。

 西部の砂漠地帯を走る機関車に入れる水は、全て炭酸ナトリウム等で処理してある。これはカルシウム塩が缶内に析出するのを防ぐためである。ナトリウム塩は水によく溶けるので問題ないが、調子に乗って入れすぎると、ボイラ内の塩濃度が上昇し、プライミングが起こりやすくなる。"Priming"とは水面で魚が跳ねることから来た言葉で、水がシリンダの中に入るとシリンダの底抜けや、ピストン抜けが起こる。

 これを防ぐには、注入した水の1%弱は常に抜かねばならない。これが"Continuous Blowdown”である。これは火室の下から抜いて線路に向けて噴き出させる。このあたりの蒸発量が一番多く、濃縮されやすいためである。また給水はボイラの前の方の比較的温度の低いところからなされる。温度差が小さく、ボイラの鋼板に熱的ショックを与えないための工夫である。

2007年01月02日

機関士のTom

Tom Harvey and the Circus Train 1976年夏、筆者は友人を訪ねて、Wyoming州、Rock Springsという町に滞在していた。するとラジオが「サーカス列車がやって来る!」と興奮した声で伝え始めた。

 友人が見に行こうと言うので隣の町のGreen Riverの駅まで行ってみて驚いた。近在の人たちがたくさん集まっている。予定時刻よりやや遅れて列車がやってきた。DDA40Xを先頭にした約30両編成のRingling Brothersの貨客混合列車であった。最初の10輌くらいの客車は人間が、次の10輌くらいの貨車には動物たちが、そのあとにはテントその他の機材が積まれていた。昔見たダンボの映画そのままの列車であった。筆者もいささか興奮してあっちこっち写真を撮っていると、長身の機関士が、「Newspaperman(新聞記者)か?俺を撮れ。俺が機関士だ。」と言う。

 話を聞いてみるとUPで1941年から働いているという。現役で3番目に古い機関士であると胸を張る。「Big Boy を知っているか。」と聞く。「チャレンジャも800も俺が運転した。俺はUPで一番速く列車を運転したのだ。」と自慢する。横にいた機関助士は「またかよー。」 という顔をした。

 「こんなクソ・ディーゼルなんか、俺に運転させやがって、」と悪態をつき始めた。「蒸気機関車の運転にかけては俺様が一番だ。いや、俺の親父は俺より速かったかな。ディーゼルは誰でも運転できる。お前でもできるぞ。」と言う。  

 「俺の家に来い。何でもあるぞ。蒸気機関車の部品なら山のようにある。」というので、後で遊びに行くことにした。

 これが、機関士Tom Harveyとの出会いであった。自信家で、実際に能力もあった。後で遊びに行くと近所の老機関助士を呼んで酒を飲みながらの昔話に付き合わされた。この機関助士は機関士に昇進せずに退職した人であった。機関士になるのはそれなりに大変なことであったようだ。

 日本に帰ってからも、大量の手紙を送って寄越し、写真のネガも貸してもらえたので一部は日本で出版された。

2006年12月03日

続 関節式機関車の駆動

Jabelman Challenger ディファレンシャル・ギア(差動歯車)の話を続けたい。自動車の左右車輪の回転の和が動力から伝わるようになっている。片方がぬかるみでスリップすると、反対側の車輪の駆動力は殆どなくなる。

 関節式蒸気機関車ではボイラーからの蒸気はレギュレータを通り、前後のエンジンに分配される。片方のエンジンがスリップして蒸気の消費量が多くなると、レギュレータで絞られているのでもう片方への蒸気供給圧力は格段に減る。というわけで、実物の引き出し時のスリップは重い列車を牽き出せないことに結びつく。

 差動歯車の作動は、まさにこの関節式機関車の前後のエンジンへの蒸気分配状況を再現するのに最適なはずであった。

 R/C用の差動歯車を買って、ボイラーの底を切り裂き、無理やり載せた。成功ではあったが、ボイラーの底をかなり切ったので横から見ると透けて見えて不細工であった。仕方が無いので、ボイラーの下半分を作ってフレーム側に付け、透けて見えないようにした。当時のR/C用差動装置は金属製で、スリップ時にガラガラと音が出る代物で気分を害したのは事実である。

 メカニカルな方法は制作意欲をかき立てるが、電気式解決法にはいろんな点で負けてしまう。やはりDCCが一番のようだ。

 永末さんの DE5 8Fx DUAL DC DECODERは、出力を前後で変える事が出来、しかも完全無音で、ブラスの機関車のビビリ音は完全に解消している。このデコーダはBEMF(逆起電力)検出によるフィードバックはついていない。なぜかというと、効率がよいメカニズムなのでどの回転域でも滑らかに回り、あえて定速にする必要がないからである。BEMFは低速で躓く可能性のある機関車には有効であろう。
 

2006年12月02日

関節式機関車の駆動

early Challenger mechamism 古いチャレンジャを廉価で3台入手した。e-bayのおかげである。動力機構は、例によって二つのギヤボックスをゴム・チューブで繋いだ野蛮な構造で2条ウォームを用いてボールベアリングで支えてあった。しかし、駆動軸を支える軸受けもあり、トルクチューブのチューブのない構造であった。
 なぜ3台かというと、どうせ作るなら1台も3台もさほど手間は変わらないからである。考えている時間の方がよほど長いからだ。部品を外注するのにも数が多いほど安くつくことになる。昨日のトルクチューブの写真はそれである。

 実は完成させたものを、もう2台持っている。これはアメリカにいたとき買ったもので、友人が手放したものである。これらの伝導方式はベベルギヤでボイラの中央に巨大な穴をあけてモータを収めてある。もちろん、モータの下側にはその切り欠きをふさぐボイラーの一部が用意されているので、穴は全く見えなくなる。以上の話は前部エンジンの駆動の話で、後部エンジンは通常どおり、火室にモータを入れている。
写真はそのうちの一台で前期型である。今、一部手直し中でデコーダも外してある。

 二個モータにすると重負荷時の起動で、本物のように、片方だけスリップするようになる。現役時の映画を見ていると前部エンジンだけが、するするとスリップする。機関士がスロットルを少し閉めると再粘着して走り出す場面がある。これを何度も見た。どうしてもやりたかった。

 故井上豊氏が、生前「俺がやり残したこと」として、単式関節機(simple expansion articulated steam engine)の前後エンジンを自動車用の差動装置で結ぶ方式について、いろいろな案を示された。「君がやれ。」と言われたのでR/C用の差動装置を買ってきて試してみたが、その差動装置が優秀でなく、ガラガラと音を立てたので、諦めた。

 二個モータにすると簡単であったが、なかなか思うようにスリップしてくれない。そんな時、永末さんとお知り合いになれた。筆者のレイアウトでチャレンジャの走行を見て、「これはいけますよ。」と専用DCCデコーダを作ってくださった。簡単そうに思えたが、何度も試作を重ねて、実証試験を数十時間行った。途中で煙を吹いたりする事故もあったが、すばらしいデコーダが完成した。

 要するに、2台のデコーダが同時にコントロールされるが、起動時、前部エンジンへの供給電力をあらかじめわずかに増やしておくのである。スリップしたら、スロットルをわずかに戻すと前後が同一出力になる。極めて自然な起動状況で、説明しなければ誰もその仕組みについて疑問を持たないほどの出来である。大型のHOテンダの中になら、入る大きさである。

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