蒸気機関車

2016年03月02日

Harmon の死去

 Harmon が死去したと、先ほど奥さんから連絡があった。

 実は昨日彼からのメイルで、「シカゴのショウに来るかい?またうちに遊びに来ないか。」という連絡があったばかりなのだ。すぐに返事を出して、
「いま博物館の建設で忙しいから今年は行けない。夏までには片付くから行きたいもんだ。ところでそちらはどうなんだ、奥さんと一緒に遊びに来ないか?」
と送ったばかりだった。

 先ほどメイルボックスを開けたら、奥さんから来ていた。
「大変なことになった。ハーマン が今朝3時に脳卒中で死んでしまった。とても残念だ。友達でいてくれてありがとう。」
 本当に残念だ。昨年のショウで賞を取って、満足だったようだ。その後、モータを換装するから、コアレスモータの良いのを紹介してくれ。」という打診があった。

 彼は筆者の3条ウォーム、Low-D車輪に興味があり、導入するつもりであった。地下には大きなスペイスがあり、そこにレイアウトを作るつもりで、図面を見せてくれたのだ。それはイリノイの田舎の実にのどかな風景であった。

 今度行くときには飛行機に乗せてもらう予定であったのに、それも叶わなくなった。

2016年02月27日

貨車の移籍

 貨車の自宅からの移籍が進んでいる。不良な貨車を修理に回して排除しつつ、新たに移した貨車を試運転している。輌数は徐々に増え、123輌編成が走っている。この辺りが当鉄道の事実上の限界だ。引張力が最大級のAC9が少しスリップするのだから、もうこれで十分だ。
 坂の途中で止まってから再起動するのは、なかなかの見物である。難しくはない。スロットルを加減して、サウンド装置を調節すると、本物と同じ音がする。友人が来た時にやって見せると喜ぶ。

alignment by laserred laser まだ取り掛かっていないが、次は1970年代の貨車を100輌ほど持ってくる。長い89 ftのT/T(トレーラ・トレイン)がたくさんあるので、意外な長さになるだろうと思う。それが始まる前に、側線を付けねばならない。
 レーザを使ってアラインメントを出す。正確に作っておかないと、後で後悔することになる。分岐は10年ほど前につくったのだが、保存中に曲がってしまったものもあって、修正に手間が掛かる。
 7本の分岐がつながっているので、真っ直ぐ見通せる。直線側がそろっていると気分が良い。

 この側線には40-ft車が都合100輌入ることになっている。とても足らない。客車ヤードは10輌編成が5本置けるはずである。やはり、隠しヤードの建設を急がねばならない。
 フレクシブル線路の数が足らなくなってきた。場合によっては自作する必要がある。
 ガラスエポキシ板は超硬の丸鋸でいくらでも切れるし、急いでいるときは金属板を切るシァでも切れる。また、ヤードの奥まで、動力車が行くことは稀であるし、電池動力で無線操縦の入替用機関車を使えば、何の問題もないだろう。

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2016年02月25日

Free to Roll Mechanism

 この名前は、筆者が3条ウォームギヤを開発した時に名付けた。それにKTMなどが名前を勝手につけている。コースティング・ギヤなどと言っているが、正しい名前ではない。それはもっと古い時代に別のメカニズムに対して付けられた名前である。

 ギヤ比が小さいから低速性能が云々、と書いているウェブサイトがあるが、とんでもない間違いである。自分で工作もせず、持ってもいないものを、いかにも知り尽くしているかのような書き方をするのは、失礼千万で迷惑そのものだ。
 筆者の機関車は、どれも低速性能がずば抜けて良い。効率が良いから、極めて低速でも、決して躓くことが無いのだ。何も考えずに、モータを買うわけではない。優秀なモータを選んである。特性曲線を調べ、要求されるトルクを持つモータを採用している。この辺りのことは、吉岡精一氏の研究で、完璧に押えてある。

 117輌を牽くビデオでもゆっくり走っているが、動輪はスリップしている。音を聞いていると、前後の排気音が徐々にずれてくるのがわかる。モータは2台入っている。トルクが余っているからこそ滑るのだ。 発進時にも、ゆっくり滑る。ここが大事なのである。高電圧を掛けて、ビューと滑らせるのではない。ほんの僅か、トルクが過剰だから前後のうち、どちらかが滑る。この場面をアメリカの友人に見せたら、「素晴らしい。本物と同じだ。」と言った。
「ゆっくり滑るのが正しい。機関士だって分かっているから、無茶な空転は少ないよ。」 

 10輌のプルマンをチャレンジャに牽かせた。このような編成もあった。坂を登らせると、やはり、排気音がずれていく。いつも少しずつ滑っているのだ。
 チャレンジャのテンダ、従台車の車輪をLow-Dに取換えた。明らかに音が静かになった。 土屋氏から来た機関車のほとんどの車輪を取替え終わった。不要な車輪がかなり溜まった。使えそうな気がするが、多少振れているのもあり、捨てざるを得ない。

2016年01月18日

クランクピンの潤滑

 模型蒸気機関車の中で、一番潤滑に気を使うのはクランクピンである。力が掛かるし、保油装置が無いから、すぐ油切れを起こす。
 ロッドはブラスのドロップ打ち抜きで、厚さはせいぜい2.5 mmである。ピンの太さは4mmが多い。車輪より半径が小さく、テコ比で力が倍増している。普通の潤滑油では効かない。

 筆者はロッドにボールベアリングを入れるようになる前は、スリーブを入れた。接触面積を大きくし、面圧を下げる。少しでも油がたまりやすくした。潤滑油はモリブデングリスだ。このような、圧力が大きな部分では、極圧剤が入っていないと意味がない。モリブデンは有効である。

 最近、K氏から「ベルハンマー」という潤滑油を戴いた。巷では人気なのだそうだ。極圧剤が入っているようで、ロッドに注すと、起動電流が10%以上低下する。しかし、連続3時間以上運転すると、電流が急上昇する。 そのままではモータが焼けるし、電源もシャットダウンされてしまう。ロッドに指を触れると、少し温かさを感じる。
 機関車を重ねたタオルの上に倒し、ロッド廻りを溶剤スプレィで洗う。溶剤は黒い粉とともに下に落ちる。白い紙を敷いて置くと、どれぐらい出たかよくわかる。ガーゼで溶剤を拭き取り、ヘアドライヤで乾かす。自然乾燥すると、気化熱で水滴が付くからである。
 ベルハンマーを細い棒に付け、クランクピンの隙間に吸収させる。3条ウォームのおかげで手で動輪を廻せるから、こういう時は楽だ。すべてのピンに注油し、スライドするピストンロッドや弁棒にも潤滑油を注す。 

 これで完了である。走らせると、電流値は激減する。8Vで平坦線を巡航させると、軽負荷であるから0.3A程度になる。以前は0.5Aほども喰ったのにである。効果はあるが寿命が短いのには困ったものだ。
 この調子では博物館の開館後は、毎日2回ないし3回の洗浄、注油が必要である。 

2016年01月16日

続 installing ball bearings

 コメントやメイルを数多く戴いたので、予定を変更して、この話を続けたい。ほとんどのことはコメントで言い尽くされているが、少しばかり追加をさせて戴く。

 軸箱の内側にフランジ付きボールベアリングを入れると、荷重中心と、ベアリングの球の中心がずれているので、インナレースにねじ曲げる力が働く。
 たとえば、壁にボールベアリングが嵌まる穴が開いて居て、そのべアリングに軸を通し、その軸にぶら下がることを考える。ぶら下がりながら軸を廻すとどうなるだろう。壁の穴が精密にできていれば良いが、少し大きめであると、アウタレースが変形する。そのうち球が飛び出しておしまいである。また、廻すとゴロゴロする。球はいくつかしか入っていないので、その球が廻ってきたときは少し持ち上がるのを感じるだろう。

 今野氏はフランジ付きを入れられたことがあるのだろうと推測する。HOのロコで軸が非可動なら、なんの問題もない。軸が台枠に対して垂直を保っているからだ。可動軸箱ではまずい。二つずつ入れるべきだ。フランジ付きがいけないとは言っていない。ボールベアリングの位置がおかしいのに、「それでよい」と開き直ることは感心しないと言っているのだ。

 筆者の機関車や祖父江氏による改造を受けた機関車は、動軸が左右つながった軸箱を持つ。軸箱には二つ入れるのが原則だ。しかし、輪重が1N程度のテンダ台車は、一つずつしか入れていない。しかし、それらは、荷重中心に置いてある。これこそが、「模型的には」正しい方法だ。軸重の大きい従台車や、ディーゼル機関車には二つずつ入れてある。

 実は先回の文中、「模型的には」の部分を、正確に書いておいた。その言葉を聞いた瞬間にこれは面白いと感じたからだ。コメントを読むと、読解力の良い方がいらしてそれを感じ取られたことが分かった。
 筆者は重負荷で長時間の運転をすることを念頭に置いている。趣味であっても、である。たまにある運転会で、エンドレスを一巡りしておしまい、の人にはご理解戴けない部分なのであろう。
 せっかく精魂込めて作るのであるから、大した手間でもないので、少し工夫をされてはどうかと思うのである。以前見たものは、軸がベアリングの中をするすると左右に動き、軸端が軸箱に擦るようだった。これはまずい。
 軸は段付きにして、左右に動かないようにしたい。特に先輪は復元が効くように、ガタを最小限にしたい。

2016年01月14日

installing ball bearings

ball bearings on crankpins ロッドにボ−ルベアリングを取り付けるには、大きさが限られているので、クランクピンを細くせねばならない。それともう一つ気を付けねばならないところがある。
 近代機(UP4-8-4 や ナイアガラ等)はロッドに関節がなく、クランクピンのところで、二本が重なっている。ここにボールベアリングを入れるには複列にせねばならない。すなわち、ベアリングを中空軸でつないで、その中空軸の外で折れるようにするのである。

 この中空軸は、当初ブラスのパイプで作るつもりであった。祖父江氏にそれを伝えると、
「パイプは快削じゃねえから、リーマが通らないぜ。」と言われてしまった。
 確かにその通りで、仕方なく、快削鋼を削って作った。内側にshoulder(堰)をつけて、ベアリングが離れているようにした。後から考えてみれば、パイプの輪切りを入れれば済んだかもしれない。
 その中空軸は片方のロッドにはハンダ付けされ、他方はかぶせてあるだけである。動軸の動きで生じる多少の捻れを吸収できるようにしている。 末端は一つだけだが、力の掛かる中心を外さないようにしている。

 効果は抜群で、素晴らしい走りを示した。効率が重負荷でも下がらないのが良い。もっとも、そんな重負荷を楽しんでいる人など、世界中で一人なのかもしれないが。

 中空軸の外側の端には、フランジ付きを使うともっと簡単だったろう。フランジ付きはあまり買ったことがない。軸上に荷重が掛かる時にベアリング上に掛からねばならないので、奥のほうに入れる必要があるからだ。

ball bearing with flange 最近、某XXゲージの人たちから、「フランジ付きのベアリングを分けてくれないか。」という問い合わせがあった。持っていないので要請に応えることはできなかったが、何に使うのか聞いてみると、軸箱に使うのだそうだ。
「そんな使い方は間違っていますよ。」
と言うと、
「模型的にはこれでよい。」と言う。

 指導的な立場にある人がそんなことを言うので、とても驚いた。短時間なら壊れるまでは行かないが、長時間負荷をかけて走らせると確実に壊れる。走らせた距離が短くて、壊したことがないのだろう。
 本物の構造はどうだ、こうだと言っている人たちなのに、こういうことには無頓着なのだ。

2016年01月12日

効率

 レイアウトで走行中の列車を見て、その電流の少なさに驚いた友人がいる。「常識では考えられない値だ。」と言う。筆者はそれが当たり前の状態を30年も続けてきたので当然だと思っていたが、彼はとても驚いていた。
「いったいどれくらいの効率なのだろう。」
「普通の市販の機関車は5%から10%くらいのものらしいよ。」
「それじゃこれは?」
「3、40%くらいじゃないだろうか。」
「すごいね。測ってみたいな。」

 模型蒸気機関車の効率はどれくらいなのだろう。dynamometer carをまだ作っていないので、いくつかの次元を測定せねばならない。線路が目の高さだから、ついて歩いて調べる。

114_4407 バネ秤で引張力を測定しつつ、速度を計測するという面倒なことをせねばならない。しかし、走行が非常に安定しているので、引張力と速度は別々に測定しても変わりがない。
 AC9単機での平坦線での最大引張力は8.5 Nであった。1.56%上り勾配上ではやや減って、7.8 Nほどであった。
 その坂で103輌引張る時の引張力は5.5 Nほどである。写真は止まっている時のもので、走っているときはもう少し大きい。速度を掛ければ、テンダ後端での出力が計算できる。実物は、drawbar pullという言葉のように、テンダなしでの値を調べる。テンダは死重だ。 

 供給電力を求めて、それで出力を割ると効率が出る。AC9は18%、Q2は25%ほどであった。もちろん、このデータには機関車そのものを持ち上げるのに必要な出力が入っていないので、平坦線で測り直さねばならない。おそらく、AC9で24%ほど、Q2では32%ほどになるのだろう。意外と低い。

 重負荷下での測定であるから、摩擦が多い可能性がある。特にロッド廻りの摩擦が無視できない。潤滑が大切である。これらの機関車にはクランクピンにボールベアリングが入っていない。最近はやりのベルハンマという潤滑剤を、K氏から紹介されて使っているが、かなり優秀である。普通のエンジンオイルによる潤滑時より、電流値は1割下がる。しかし、摩擦はまだまだある。軽負荷時の測定であれば、この部分の摩擦が小さいので、良い値が出やすい。
 筆者のUP4-8-4にはロッドにもボールベアリングが入っているので、重負荷でも効率が常に50%を切らない。モータも優秀である。出力11.5 Wのモータの3割以下の出力で走るので、モータ自身の効率も良いということもある。

追記
 Q2は42%と算出された。客車の室内燈の消費電流を計算するのを忘れたことが判明した。


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2015年11月11日

C62の牽く列車

 K氏のお宅で、I氏の列車を見た。I氏はお祖父さんが教科書に載るくらい有名な家に生まれた方で、椙山氏とは中学以来の友人であった。カツミの近くの学校に行っていたので、頼まれてたくさんのカツミ製品を、帰省のたびに持って帰ったそうである。数年前に亡くなった。

Mr.I's train この写真はI氏の作品である。昭和26年ころの東海道本線を走っていた、C62の牽く客車群である。素晴らしい仕上がりであるが、すでに接着剤が劣化して、下手に触るとばらばらになりそうである。
 K氏の説明によると、客車の転がりが良くなく、ほとんど惰性がなかったそうである。それを牽くために機関車はあらん限りの補重をして、摩擦力を稼いでいる。ところがその重さで機関車の軸受けが磨滅して、がたがたになったということである。ブラスの軸とブラスの軸受では持たない。せめて軸を鋼製にしておけば、磨り減ることもなかっただろう。

 良い車輪、良い軸受けがなかった時代で、致し方ないが、残念である。機関車は細かく細工が施してあり、実感的である。

 K氏は、「いずれ、これらも全てお宅の博物館に行くように手筈を整える」とおっしゃった。大変なことになった。まずこれらを収納するガラス棚を増やさねばならない。また、走るように改装もせねばならないだろう。機関車のフレームは、厚板をフライス盤で加工して加工せねばならない。軸をボールベアリングで受ければ、とても軽くなるだろう。モータは「スーパー20」と称する直捲モータである。コアレスモータに取り換えねばならない。
 最近オークションでそれを標榜するマグネット・モータが高価で出品されているが、完全な誤りである。客車もいったん分解して、接着剤の浮いているところは外し、優秀な接着剤で留め直す必要があるだろう。

 筆者が高校生の時、I氏にはよくお目に掛かり、親しく声を掛けて戴いた。尊敬すべき大先輩であった。
 

2015年10月18日

牽引力

 最近、牽引力を測定する場面に遭遇した。車輪の回転により、スリップする瞬間の摩擦力を測定する。それで良さそうに見えるが、ここには大きな問題がある。牽引力は平坦線で問題になることは少ない。勾配での牽引力こそが問題になるのである。

 高校の物理で習った通り、動輪上の重量と摩擦係数との積が牽引力だ。しかし勾配では、機関車自身を持ち上げなければならないから、やたらに補重すると牽引力が損なわれる。 

 要はたくさんの貨車客車を牽きたいのだから、牽かれるものを整備するのが先決だ。台車をばらして軸受を洗い、良質の油脂を満たす。ジャーナル部はできる限り細かい研磨紙で磨き、ぴかっと光らせる。良く洗って砥粒を除き、再組立てすると、驚くほど良くなる。
 軸受から音がしているような状態で走らせる人がいるが、それでは無意味だ。

 機関車はスリップする程度に補重するのが望ましい。スリップしないとモータが焼けてしまう。動軸、先従輪の軸受には十分注油する。それだけでも性能は大きく変わる。
 日本で生活していると、注油と云う操作を忘れてしまう。アメリカ人は、日本人よりはるかに注油の重要性に気が付いている。いたるところに潤滑油の容器が置いてあって、それを注す。車庫の扉は大きく重い。それに注油するのをサボると、モータが焼ける可能性があるのだ。

 翻って日本の実情だが、駅に乗り着けて置いてある自転車のチエンを見ると、油が切れているものが大半だ。どうして油を注さないのだろう。すぐ磨り減るし、音がして気持ちが悪い。重くて疲れるだけである。これが日本の模型の状態を象徴しているように見えてならない。
 
 牽引力を調べるには、実際の勾配上で、ダイナモメータで測るのが良い。もちろんテレメータ(遠隔計測)にすべきだ。現在の日本には、これに必要なものは全て市販されている。HOサイズであっても収まるはずだ。
 

2015年09月04日

machine shop

machine shopmachine shop 2 もう一つの大きな建物が machine shop である。ここでは機関車の動輪を抜いて嵌め替える作業をしていた。背の高い部分は走行クレインが取り付けられた部分である。その他の部分には車輪旋盤などが据え付けられていたはずだ。
 入り口にはEvanston Machine Shopと書いてある.
machine shop 3 内部を見てみよう。この写真の扉を開くと、扇形庫を経て、ターンテイブルに至る。引き込まれた機関車は1軸ずつピットで動輪を下に抜き取られて、横に移動させ、輪軸を解体する。 天井走行クレインのレイルが見える。

machine shop 4 反対側を見ると、手動ホイストが残っている。この扉を開けて、反対側にも出られるようになっている。こちらに出ると操車場につながっている。

 この建物は、訪問当日、何かの演奏会場になるようだった。中にいた人は突然日本語で話しかけてきて驚いた。横須賀に10年もいたそうだ。ユル・ブリナに似ている人で、それを言うと、Magnificient 7(荒野の7人)の話から三船敏郎の用心棒の話になり、盛り上がった。日本映画をたくさん見ている。
「エヴァンストンは初めてか?」と聞くので40年前に来たことがあると言うと、とても驚いた。「その頃はこの地方には日本人はほとんどいなかった。ましてや学生なんて・・・」




2015年09月02日

power house

roundhouse01roundhouse02 扇形庫の裏に廻ってみた。これが完全に修復されるのには、かなりの資金が必要だ。10年後に来てみようと思った。


power house 2
 扇形庫から、power house (発電所)を見ている。 この発電所は蒸気エンジンで発電していたらしい。のちにディーゼル発電機になったのだろうが、いずれにせよ、外部からの電力供給がなされた後は用済みとなった。
 格調高い建物である。その昔には高い煙突があったのだろう。蒸気機関車の時代にはボイラで蒸気を作り、機関車のブロワを効かせていた。着火時とか、煙室の掃除の時には蒸気が必要なのである。
power housemachine shop 5 側面から見るとこのような具合である。中身が空っぽなので面白くないが、いずれ何らかの施設になるのだろう。
 途中にこのような鉄骨があった。ホイストを取り付けて、何かの重量物を持ち上げたのだろう。詳しいことはわからない。






2015年08月31日

turntable

turntable ターンテイブルは整備されたばかりだ。 手すりが付いているということは、観客を乗せて廻ることがあるのだろうか。



turntable 3turntable 4 動力は電動油圧モータである。三相電動機でポンプを動かし、油圧モータを作動させている。回転方向制御、速度調節が容易で、起動トルクが大きいからであろう。
 駆動輪に掛かる荷重を大きくするために、コンクリート製の錘を載せている。
turntable 2turntable 5turntable 6 これが全体像である。塗装が綺麗で驚いた。中央部は剛構造であるが、上に引張りを受け持つリンクがある。
 ということは、センタで荷重を受けるということである。 

 短いが、これでチャレンジャを廻すことができる。もちろん、テンダの一部をはみ出させ、後ろ2軸を楔で持ち上げるという離れ業である。センティピード台車はイコライザ可動範囲外で底突きするので、このようなインチキができることがわかったのだ。いわゆる現場知というもので、最初からそれを狙って設計したのではない。

2015年04月30日

続 Harmon の入賞

 何人かの方からもお知らせを戴いた。
 Harmonの作品の大きな写真が The O Scale Resource という雑誌に載っている。

 この雑誌はWeb上でのみ読めるもので、無料である。広告料だけで運営されている。筆者の考える最終的な雑誌の形である。写真もきれいで、60ページ以上もある。中身も濃い。Resourceという言葉はふつう、資源と訳されるが、そう意味ではない。必要な時に役に立つ助力 a source of aid or support that may be drawn upon when needed という意味だ。

 筆者の3条ウォームギヤとかLow-D車輪の原稿を頼まれているのだが、博物館が忙しくてなかなか書けない。
 Harmon は最近のシカゴのショウで入賞し、なおかつBest in Showという最高賞まで与えられた。どうして一等にならなかったかが不思議だが、おそらく塗装がきれいだったのだろう。投票結果は接戦だったようだ。筆者も行って投票すれば良かったと思う。
 45ページの解説に、ハーマンは成功している農家で、夏の間は忙しい。製作は冬の期間に限られる。製作期間は15年以上とある。今度会ったら何と言ってあげようかと思っている。

 この雑誌の先号に電池動力のラジコン機関車の話がある。23ページである。少々ややこしいが、面白い方法である。筆者がやるならもう少し簡単にしたい。

2015年03月21日

Harmonの入賞

 Harmonの作品がシカゴのコンテストで一等になったそうだ。当然であろう。ここしばらく会っていなかったので、進捗状況を掴んでいなかった。素晴らしい出来である。

Harmon Monk’s EngineBest of Show 写真は1枚しか公表されていないので、細部はわからない。テンダが美しい。 いずれ、他の写真も発表されるはずだ。



 テンダの車輪にはLow-D車輪が使われているはずだ。詳しいことは分からないので本人からの連絡を待っているところだ。

2015年01月31日

PRR T1

PRR T-1 Konno氏が目ざとく見つけられたPRR(ペンシルヴェイニア鉄道)のDuplex(双子という意味)である。ショウケース内の位置を変える時に外に出したので、写真を撮ってみた。
  素晴らしい機関車である。日本製であるから、ハンダ付けが確実で外れないのが良い。当初、この機関車の動力装置はアメリカ製で、アルミブロックをフライスで切り出したボールベアリング入りのギヤボックスが付いていた。動きはいま一つだった。どういうわけか、固いのだ。多分グリスが粘いのである。モータの出力の半分が失われてしまう。祖父江氏に2モータ、三条ウォームに改造してもらったのだ。押すと電灯が点く。

Tsuchiya  遠くに土屋氏の写真が置いてある。土屋氏のお気に入りの機関車であった。
 図面等はアメリカから提供されているので、正確であるが、メカニズムには理解できない点がある。どういうわけか、テンダ台車は2軸ずつイコライズされていて、バネがない。4点支持なのである。機関車も動軸2軸づつがイコライズされているが、バネが入っている。それはよいが、先台車、従台車はバネで軽く押さえてあるだけで、先輪としての役割を果たしているかは疑問である。

 筆者がアメリカに居たときに、購入して日本に送った。日本製の刻印が打ってあるのに、税関で高い税率を掛けられた事を思い出す。結局は安くなったが、その時のやり取りが面倒で、思い出すと気分が悪くなる。

 思えばたくさん購入して送ったものだ。当時はアメリカが不況で、このような嗜好品の価格は相対的に安かった。調子に乗ってたくさん購入して送ったら、「アメリカの中古市場の相場が上がった」と、ある友人から文句が来た。値切らずに買ったので、「日本人は物の買い方を知らない。迷惑がかかるから値段交渉をせよ。」と言って来たのだ。
 バブルの絶頂期のことである。


2014年12月13日

San Francisco Overland

SFO Overland Ltd この絵は30年ほど前、K君が描いてくれたものだ。当時、80坪の部屋を格安で借りていたことがあり、Oゲージの運転会をした。彼は筆者の重連を見て、描きたくなったのだ。資料として、”Sherman Hill” という本を渡し、その中の写真を元に構成してくれたものである。

 博物館建設を機会に新しい額に入れて、キャプションも更新して、飾った。照明の関係で、色再現が良くないが、実物はすばらしい。

 1946年当時、ヘヴィ・ウェイトの客車を中心に構成された特急で、重いので重連で牽いていた。すばらしい光景であったろう。Tom Harveyのお父さんが機関士をしていたはずである。
 この列車は、27列車と言う番号が振られている。1-27というのは、その第一セクションである。すなわち、続行運転をしていた。2-27とか、たまには3-27もあったらしい。列車間隔は30分程度だと聞いたが、詳しいことはわからない。
 当時は対日戦争が終了したばかりで、西海岸までの旅客需要が非常に多かったので、このような運転形態を取った。 

 キャブの側壁最後端にはスモーク・シールドが付いている。Smoke Shieldとは、煙突から飛び出す不完全燃焼の石炭ガラがキャブ内に巻き込まれるのを防ぐために取り付けられた板である。キャブの天井には三重に付けてある。
 筆者の機関車にも付いている。展開図は扇形の一部で、正確に切り出して作るのは、むずかしい。筆者は帯板を丹念に叩いて片方だけ伸ばし、屋根にぴたりと合うように円弧を作った。
 加工硬化しているので、重い機関車を天地逆に置いても、シールドが曲がることが無くて、好都合だ。もちろん、屋根の孤に合わせて、隙間なくハンダ付けしてある。

 1948年ころにはかなりの機関車から、シールドが外されている。炭鉱ストで重油焚きに改造されたからだ。重油を燃やす時にはシンダが発生しない。



2014年07月12日

続 転車台

 現在製作中のものは35mmステンレスシャフトの下に300枚歯の特大平歯車を付けてある。それを駆動するピニオンのガタが許せないので、バックラッシを消す工夫(トヨタのエンジンのDOHC駆動メカニズムに似ている)を付けるつもりで図面も描いてある。本当はそれを使って、
16348分割のロータリィ・エンコーダで位相検出をするはずであった。いくつかの特殊部品は友人に貰ったものである。

 ところが、DCCのレイアウトをいくつか見るうちに、自動停止とか、目的のところまでの自動運転に興味が失せてしまって、そのまま何年も放置してある。

 現在の目標は、目的の位置まで行ったら、レイルの内側にぴったり嵌る板をキィとしてロックすることである。前後の板が出入りするようにする。バネで保持すると、目的地に近づいたときに少し出せば、パチンとロックされる。クラッチ付き動力で弱く結合しないと、めりめりと壊れそうである。
 その板は絶縁材料で作らないと短絡してしまう。エポキシ基盤の銅を一部剥がしたものを使う予定である。

 先日のレイアウト・ツアで同行のK氏が、アメリカでのターンテイブルの作り方を話された。ヘッドホン・ジャックを使う話である。これはMRなどでは何回も紹介されている話であるが、日本では知っている人は少ない。回転しても導通は保たれるし、接点も自然に3本付いているから便利だ。

 さて、次に作る転車台はどのような構造にするか、全く決めかねている。出来れば、イコライズしてある4輪台車2組を再現したい。しかも本物のようにそのうちの一部を駆動輪としたいのだが、実際には無理だろうと思う。摩擦がとても足らない。
 実物は橋自身の重さで撓んで接触が保たれるが、模型では剛性が強過ぎる。思い切って折れる構造にするという手もある。


2014年03月25日

機関士人生

 川端氏から2枚のCDを送って戴いた。
 1枚目は名古屋機関区のお召し列車の機関士であった伊藤 実氏を椙山 満氏が招いて、談話会を開いた時の録音である。C52が関ヶ原で、中央シリンダのコッタ・ピン脱落で脱線事故を起こした話とか、グレスリィ弁の水平クランクの中心のボールベアリングから玉がこぼれる話など、信じられないほど面白い話があった。
 C52は、名古屋機関区に集中的に配置され、そののちはC53の初期ナンバー機が大量に居たということだ。新型機の実験場のような雰囲気で、日本で最も先進的であったという。「いや、東洋一の…」という言葉が出るところが当時の人たちの意識だったのだろう。
 C53のテンダの水が少なかったので、容量が増えたものも作られたようだ。その3トンの違いが、大きな違いをもたらしたと言う。
 名古屋から沼津まで240 kmを早くて3時間強、遅い列車は4時間半乗務して、2時間半の休み時間でまた折り返して帰るのだそうだ。同じ機関車に同じ乗務員が乗るようにしていたらしい。その休み時間に飯を食い、機関車の点検をするので、実質の休みは1時間ほどしかなかった。

 もう1枚は、NHKラジオのラジオ深夜便という番組で、ディレクタの質問に答える形で川端氏が語っている。あらすじは先回紹介した。機関士と機関助士は強い絆で結ばれ、親子、兄弟、夫婦のようなものであったという。
 機関士の娘は機関助士と結婚する例が大変多かったそうである。いつも一緒に居ると人格が全部見えてしまうので、「こいつならいい。」と家に呼んで御馳走し、それが見合いになっているという話だ。川端氏は「私はそうではなかった。」と念を押していらした。

 筆者はアメリカの機関士を何人か知っているので、彼らの話と照らし合わせると、共通するところも多々ある。しかし、狭軌の機関車を少ない石炭で効率よく走らせる技量というのは、アメリカ人にはとても理解できないだろう。


2014年03月23日

川端新二氏との再会

川端新二氏 そのお別れ会で思わぬ方と再会した。
 川端新二氏にお会いしたのは35年ぶりである。椙山満氏の御紹介で2度お会いしている。

 吉岡利隆氏は学生時代に川端氏と知り合い、お宅に泊めて戴くことが何回かあったらしい。川端氏のお子さんとのやり取りの話を聞かせて戴いた。
 吉岡氏が拙宅に逗留されたとき、「元機関士の方に会いたいので、行きたい。」と仰った。「その人はひょっとして川端さんじゃないか?」と聞くと、「えっ、どうして分かったの。」と驚かれた。
「この近くで有名な機関士は川端さんだからね。」と言うと、ますます驚いて、「よし今度一緒に行こう。」と約束した。それも叶わなかったが、こうしてお別れ会でお会いすることが出来た。


 川端氏は昭和40年頃「暮らしの手帖」誌に機関士の人生について複数回投稿していらした。高校生の時、母が「ほら、機関士の人の話が出ている。」と記事を見せてくれたので、お名前をよく覚えていた。
 
 川端氏が機関士としての職務、エピソードを語るのを、末席で聞かせて戴いた。すばらしい記憶力の持ち主で、当時のことを極めて正確にお話しになった。いずれ御本を書かれるのだろうと思った。

 最近出版された本では、「ある機関士の回想(イカロス出版)、「15歳の機関助士(交通新聞社)がある。どちらも素晴らしい本で、当時の躍動感が伝わって来る。まだお読みでない方は、お勧めする。特に後者は電車の中で読むと、内容に没入して目的の駅を乗り過ごしてしまうタイプの本である。このような本は珍しい。

 井上豊氏は川端氏のお師匠さんであったそうだ。川端氏によれば、井上氏は見かけの豪胆さとは違って、極めて慎重な人であったそうだ。給油機に油を注ぎ、油面を点検して機関区の詰め所に戻る。川端さんに「帰ってよし」と言ってから、再度機関車に戻って油面を確かめる様な人であったという。これは意外な一面であった。

「15歳・・・」の本に出てくる数学を教えてくれた先輩機関士とは、井上豊氏のことであった。


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2014年03月21日

吉岡利隆氏の作品

故吉岡利隆氏2 吉岡氏とは親しくなってから色々な話をしているし、写真もブログ等で見ているので、すでに現物を見ているような気になっていた。しかし、今回がその現物を見る最初の機会であった。本来なら、この夏にシドニィで見せてもらうはずだった。



故吉岡利隆氏5 どの作品も美しい。実に細やかな仕上げがしてあって、工芸品の水準である。機関車は押すと弁装置が働いて、ボイラに空気が貯めこまれる。手を放すと逆回転して戻る。素晴らしい精度である。

 ディーゼル機関車も実によく出来ている。筆者はナロゥゲージにはあまり詳しくないが、実感がある模型である。動くところが見たかった。

 故吉岡利隆氏3故吉岡利隆氏4
 客車の車内が実に良く出来ている。客の表情も面白い。
 鹿ケ谷(ししがたに)という名前の由来だが、たまたま作った「ししおどし」から来たものだそうだ。
 歴史上有名な地名なので、初めは京都出身の方だと思っていたが、東京生まれだった。

 吉岡利隆氏工作室1吉岡利隆氏工作室2 
 工作室の写真も公開されていた。現場を拝見したかった。





 一部、彼のブログで紹介されていたが、伊藤剛氏宅で保管されていたライヴ・スティームの仕掛かり品を再構築する作業は、半分ほど進んでいたようで、その完成が待たれていた。筆者がオーストラリアへの移動をお手伝いしたので、残念であった。 

2014年03月13日

続 Steam Crane 

 あるいはひょっとして、小さなクレインであるから、細かい動作を考えないのかもしれない。 圧力は0.5MPa(5気圧)くらいであろうから、途中で止めることを一切考えずに、上端下端の往復だけの可能性もある。
 動きはかなりギクシャクするが、負荷が数百kg程度なら、それでも良いのかもしれない。鈎が跳ね上がる可能があるので危険ではある。
  
 また、シリンダの径が小さいのが気になる。概算では気体(蒸気のみ)と考えると、負荷が掛かったときに急速に凝縮することが考えられる。というのは飽和蒸気であるから、やや冷え気味の部分があれば圧が掛かればすぐ凝縮する。
 締め切り弁があってもなくてもどこかで凝縮する。少しでも温度が低い部分があれば、そこに集中して凝縮が起こるのはヒートパイプの理論でお分かりだろう。
 シリンダ上部へのパイプに細いものを使うと、液体の粘性で出入りに時間が掛かるということを狙っているのかもしれない。それが動きをダンピングをしているということはありうる。

 やはり、あらかじめ、シリンダの上は水が入っていると考えたほうが気楽だ。もう少し詳しい図面が手に入るか、操作マニュアルがあれば解決する。

 ちなみにブーム後方の丸いものはカウンタバランスである。旋回用には小さい2気筒のエンジンが付いている。

 作動する様子を想像するだけで楽しくなるような小さなクレイン車である。



 先回の「推論」中、締切弁の下のパイプは長いのが当然だろうというご意見を戴いている。しかしそれでは、初期状態で入った空気が逃げにくい。
 短くしておけば凝縮によって自然に排気されるというのを、書き忘れた。

2014年03月11日

Steam Crane

 しばらく蒸気圧の話をしてきたが、ここからが本題である。

photophoto_2 蒸気クレインというものがある。写真等を見ることはあったが、図面を見るのは初めてだ。最近あるウェブサイトで話題になっていた。このような図面を良く探し出されたものだ。いわゆる蒸気エンジンで回転運動を作り出して巻き取ったりするのではなく、蒸気の圧力を利用して、ブーム(腕)を上下する。

 その動きの解説で腑に落ちないところがあるので、再度考えてみたい。
 リンク機構は疑似直線運動である。ピストンロッドが細いので多少撓むはずだ。


 ブームを上げ下げするときに、蒸気の圧力を使っている。ほとんどの人は蒸気の出入りで、上下すると思ってしまうのだが、ピストンの上の部分は水である。と言うより、熱水である。
 気体ではブームを固定できないし、負荷が突然外れた時など、跳ね上がって大事故になる。水が詰まっていればこそ、ブームは安定し実用になる。
 シリンダの上部は保温していないので、熱は逃げやすい。ヒートパイプと同じで、シリンダ上部は水が詰まっている。この図面をいくら見ても弁が見つからないのだが、どこかに締切弁があると、筆者はみている。無いとブームは固定できない。 その弁を締め切っていると、水を圧縮できないのでブームは動かない。クレインは踏ん張りが効かないと意味がない。締切弁があれば踏ん張りが効く。


 ここから先は筆者の推論である。

Steam Crane ブームを下げるときはシリンダの下をボイラ圧力と同じにし、締切弁を開放する。するとブームは自重で下がるはずだ。熱水はボイラに戻る。動作が終わったら締め切り弁は締めておく。
 ブームを上げるときは三方弁でシリンダの下の圧力を抜いて、締切弁を開ける。ボイラから蒸気が入り、その蒸気は直ちに冷えて凝縮し、液体になる。必要量の上昇で、開放弁を閉じる。

 蒸気クレインが稼働状態で、ボイラ、ブーム駆動シリンダ温度が定常状態(供給される熱と、逃げて行く熱が釣り合って、温度が変わらない状態)になれば、凝縮時間はほんの一瞬である。
 あるいは締切弁から下がっているパイプを延長して液面以下にすれば、凝縮の必要が無くなる。この図では凝縮を強調するために短くしている。

 いかがであろうか。

2014年03月09日

Heat Pipe

 このLow Water Alarmの垂直パイプがボイラ水面を離れた時、 水は流れ落ち、中に蒸気が満たされる。この瞬間、パイプはHeat Pipeになる。

 ヒートパイプは70年代にオーディオメーカが宣伝していたが、効果があったのだろうか。曰く、「音速より熱を速く伝える」とあった。計算すると温度と内部の液体の分子量によってはそういうこともありうる。

Heat Pipe さて、この図をご覧戴きたい。重力場の中での使用を考えたタイプである。熱い液体に浸かったヒートパイプ内では、液体が蒸発しようとする。パイプ内はその液体の分子以外何もない状態である。すなわちその液体とその気体とだけが入っている。

 温度差があると、熱い方では熱を吸収して液体が蒸発し、冷たい方では直ちに気体が凝縮して熱が発生し、液体は流れ落ちる。つまり、熱は熱い方から、冷たい方に猛烈な勢いで流れる。その速度は真空中を分子が拡散する速度であり、十分に常温常圧の空気中の音速程度に達しうる。

 無重力状態では液体が重さで落ちて行かないから、別の方法を考える。パイプの中に、その液体で濡れやすい(なじみの良い)多孔質のコーティングをすると、液体が滲み込んで拡散する。移動速度は多少遅くても構わない。

 ヒートパイプの原理は1940年代に見つかっているが、実用化されたのは60年代で、NASAが用いたらしい。現在はパソコンのCPU冷却に使っているはすだ。太陽熱温水器の中にはこれが使ってあるのがあって、集熱して熱水を作る方式がある。先日捨ててあるのを見つけてサンプルを採取した。

 さて、Low Water Alarm のパイプの中の水が落ちて空っぽになると、瞬時に気体が凝縮を始める。そして先端まで均一に熱くなる。したがって、警報の気笛は直ちに鳴り始めるはずだ。
 水が足されると、蒸気は凝縮するのみで供給されず、急速に先端まで水が詰まり、そして冷えてゆく。

 ボイラ点火時には上部空間には空気が残っているので、パイプ先端に弁を開いて空気を追い出す必要があるだろう。


2014年02月26日

Low Water Alarm

Nathan Low Water Alarm 2 アメリカの機関車には、Low Water Alarmが付いているものが多い。うっかりしていて水面が下がったことにより、Crown Sheet(火室天板)が過熱して爆発するのを未然に防ぐ装置だ。人的要因による事故を防ぐ装置である。日本にはなかったようだ。

 色々な方式があるが、筆者としてはこの方式の賢さには敬服している。2本の棒があるが、太い方は先端を閉じたパイプである。それはボイラー内に挿さっていて、その下端の高さは、許されていない低水面である。すなわち、下端がその水面から露出した瞬間、警報が鳴るのだ。
 さてどういう仕組みになっているのだろう。

 ボイラはジャケットを被っている。熱が逃げにくいように布団を被っているが、このパイプは露出している。つまり、ボイラと同じ温度になろうとしても、熱が逃げて、多少は冷えてしまう。それでも触れば火傷を負う温度である。熱が逃げるのはもったいないと言っても、安全弁だって露出しているのだから同じだ。
 露出したパイプの先端が150℃であるとする。ボイラの中は210℃ほどもあるので、空のパイプに水蒸気が上がって来ると、ここで冷えて液化する。すなわち、パイプ内には常に水(と言っても熱水)が詰まっている。その温度でのパイプの長さは大体一定である。要するに、パイプの中には温度勾配があって、定常状態を保っているということである。

Nahan Low Water Alarm 何かの間違いで水面が下がり、中の水が落ちるとどうなるだろう。熱い蒸気が直ちに入り込み、パイプは熱膨張する。冷えるから水滴が生じるが、水滴は直ちに流れ落ち、内部が水で満たされることがない。水蒸気が凝縮するとき熱を放出するから、パイプは均一に加熱されて210℃になるのだ。
 熱膨張を検知する装置がある。細い方の棒は大気に触れているから、あまり熱くない。しかもパイプの下にあるから熱があまり伝わって来ない。また、パイプの中味が熱水から水蒸気に変わっても、この棒の長さはほとんど変わらないだろう。

 棒よりパイプが長くなると、それをリンクFで増幅し、キャブ内の気笛を吹鳴させるわけだ。この汽笛が鳴ったら地獄への入り口にさしかかったことになる。
 汽笛を聞いてあわてて給水すると水面が上がり、パイプ内部の水蒸気は冷えて水になるので水面は間もなく上昇し、パイプ内は再び水で満たされる。しかし気笛は、しばらくは鳴り続けるだろう。


2014年02月22日

舞台のスモーク

 舞台やスタジオで用いられるドライアイスによる霧の発生のメカニズムを考えてみよう。

 コツはぬるま湯を用いることである。ドライアイスは水よりずっと重いので、下に沈む。ぬるま湯から熱を吸収し、盛んに二酸化炭素の気体を発生する。ぬるま湯からは、その温度での飽和水蒸気圧が発生し、それがドライアイスによって急速に冷やされる。これが冷水だと、蒸気圧が小さく、水滴となるべき水蒸気の供給量が少ないから、うまくいかない。

 この方法はプロセスは全く異なるが、断熱膨張と同じ結果をもたらす。すなわち、微細な水滴が気体中に浮いている状態を作るのである。要するに、温かい水から発生した大量の水蒸気が冷やされて、水滴になったのである。

 この方法でも湯気は出来るが、如何せん、二酸化炭素は空気より重いので、蒸気機関車の白い煙を再現することはとてもできない。

 残るは超音波霧化器である。これは技術が確立されているし、特許もすでに切れているので、いくらでも応用できる。発煙材が水なので、全く問題ない。
 しかし、鉄道模型分野ではあまり見ない。オモチャの分野では時々見る。おそらく、鉄道模型での主戦場となるHO、Nでは体積が確保できないのであろう。

 霧化器の心臓部を見ると、水面に下から超音波を当て、水面を振動させる。すると水が揺すぶられて、水滴を発生する。この部分に指を突っ込むと熱く感じる。実際には熱くないのだが、神経を刺激して熱く感じさせるのだろう。健康には良いとは言えないので、そういうことはしないほうが良い。
 この部分が高さ3cmは必要で、HO以下には入りそうもないのだ。


2014年02月20日

続 水蒸気と湯気

 蒸気機関車のボイラー内の圧力は高い。温度は200 ℃を上回る。さらに加熱されるが、それはこの問題とはあまり関係がない。シリンダ内で仕事をしたのち、やや圧力、温度が下がった水蒸気は煙室内のノズルから煙突へと噴き出す。この時、煙室内の空気が蒸気の噴出によって吸い出され、火室の通風が良くなって燃焼を助ける。

 日本型蒸気機関車には排気膨張箱という不思議な箱があって、排気の脈動を抑えるという言い伝えがあったそうだが、実際には役に立たなかった。諸外国の機関車でそのようなものを付けている例はまず見ない。排気音が、小気味よく弾けるように聞こえるのはそれが無いからである。
「背圧が少ない方が、仕事量が大きくなって効率は上がる」
というのが物理学的な思考である。一部の古い国鉄の機関車はこの膨張箱を付けていなかったので、明らかに排気音が異なった。走りだすとき、パッ、パッ、パッという音がした。

凝結開始 さて、蒸気機関車の排気はどうして白く見えるのであろうか。
 排気はおそらく大気圧の1.5倍ほどの圧力をもっているはずだ。温度は120℃ほどだろう。それが大気の中に放出される。すると、水蒸気は急速に膨張し、大気を押し退ける。その時仕事をしてしまうので、温度が下がる。
 すると、その下がった温度で許される飽和水蒸気圧は小さく、たくさん存在する(濃度の高い)水蒸気の大半は、凝縮して水滴にならざるを得ない。すなわち断熱膨張が起きた結果、水蒸気の濃度が高いまま、温度が下がったのである。

 グラフの右の部分から、左へと行くわけだ。実際には排気は空気と混じって薄められるので、やや下の方に行く。また、このような過渡現象は直線上ではなく、複雑な曲線上にあるはずだが、そのことはここでは無視する。

 「断熱膨張」がキィワードである。この言葉が無いと、説明が出来ない。
 
 結論を言うと、ボイラを持たない模型からは湯気は発生させられない。先回に書いたボイラもどきの蒸気発生器は、大気圧下でやっている限り、湯気は見えない。2,3気圧のボイラがあれば、盛大に湯気を上げて走る模型になるだろうが、怖くてそんなことはできない。

 昨年、伊藤剛氏にお会いした時、氏も同じ質問を受けたことがあると仰っていた。その時、断熱膨張という言葉が出たので、さすがだと思った。

2014年02月18日

水蒸気と湯気 

 最近の大雪でこの種のニュースは見かけないが、毎年寒さが厳しくなると、新聞に必ず載る写真とその不可解な説明がある。
 たいていは子供たちが口から白い湯気を出して、「蒸気機関車みたいだ!」と喜んでいる場面だ。その解説には必ず、「白い水蒸気を口から出して…」とある。新聞記者は理科の勉強が足らないのが露呈している。

蒸気圧曲線

 水蒸気は見えない見えるのは湯気(水滴)である。我々は常に口や鼻から水蒸気を出しているが、室内でそれらが見えることはない。室温で許される最大の蒸気の圧力(濃度)はかなり大きく、口から出る水蒸気はすぐに空気と混じりあって薄められ、体温から室温まで下がっても凝縮するには至らない。

 寒い風呂場で湯船の蓋を開けた瞬間には、湯気(水滴)が見られる。湯船の上の空間の温度は高く、そこで許される水蒸気の濃度は大きいので、冷たい空気に触れると、その気温で許される水蒸気の濃度以上の水蒸気は凝縮しざるをえないからだ。
 そのうちに風呂場の気温が上がって来ると、湯気は生じなくなる。その気温ではたくさんの蒸気の存在が許されるからだ。

 20年ほど前、友人から相談があった。
「蒸気機関車の煙室内に、小さな電気湯沸かし器のようなものを作って入れてみたのだけども、ちっとも白い湯気が出ない。」と言うのだ。
 この種の間違いは複数回見た。
「真冬の凍える室内なら見えるだろうが、20〜25 ℃の空調の効いた部屋では、望み薄だね。」
と言うと、随分がっかりされたようだ。

 蒸気機関車の排気はどうして白く見えるのであろうか。真夏でも煙突から多少は白く見える煙を出すし、ドレインを吐き出している時は、かなりの距離まで湯気が噴出する。

 グラフは水蒸気圧曲線である。このウェブサイトからお借りした。

2014年02月01日

Centipede Tender

 Big Boy、 Challenger、 Mighty 800についているテンダは、いわゆるセンティピード・テンダである。4-10-0の車軸配置で、後5軸の軸は固定であるが、バネは効いている。
 このテンダをつけた機関車を後退させるのは、難しい点がある。最後軸が極めて脱線し易いのである。ウェイトを余分に積んだり、左右動を効かせてみたり、出来る工夫は全てした。しかし後退時にポイントで脱線し易かった。だから、後退でなるべくポイントを通らずに機関区に行けるように、線路配置を工夫したこともある。

 Low-Dが開発されて、33 in.(17.5mm)、36 in.(19.0mm)の車輪が行き渡ったころに40 in.(21mm)の車輪を作った。大半はディーゼル電気機関車の非動軸用のものであった。当初は機関車を全て動力化する予定であったが、Low-Dの実用化で、機関車1台で100輌以上の貨車が牽き出せることが分かった。勾配があっても50輌は牽けるので、動力車の数が半減してしまい、かなりの機関車がダミィとなったからである。
 余分の21mm車輪をセンティピード・テンダに取り付けたところ、後退時の脱線が皆無になった。今までの苦労がウソの様に、脱線しなくなった。

 比較してみると、同じ軸重でも、フランジがポイントの尖端軌条に辷り上がらないのである。明らかに摩擦係数が小さいことが寄与している。軸が左右に振れるようにもしていないのだが、すんなりと転向する。1kg以上ある重いテンダーだが、ボールベアリングのおかげで非常に軽く動く。
   
 芦屋の御大もBig Boyのテンダが脱線することで悩んでいた。
「考えられることは全てやりましたよ。でも脱線するのです。バックさせないようにしてます。」
と仰ったことを覚えている。

 やはり摩擦係数が小さいことは、非常に大きなファクタであることは間違いない。模型と本物は違うのである

2013年10月23日

続々々々々々々々々々 Ron を訪ねて

 このパシフィックには少なからぬ因縁がある。この機関車の上廻りとテンダは筆者が持っている。共通の友人Bobから買ってくれと頼まれたのだ。
 その煙室部分を作り変えるとミカドになることが分かったので、筆者の持つLobaughのミカドの下回りと組み合わせることにした。まだ完成していないが、いずれお目に掛ける。煙突はSweeny stack(ラッパ状に開いた煙突)である。この写真の機関車になる予定だ。

 そのパシフィックの下廻りを活かしてAlcoの機関車を作るとは聞いていたが、急に気が変わってRonに任せたらしい。テンダは自作だ。

 Ajinの下廻りは従台車辺りがでたらめである。イコライザが曲がって途中で切れている。従台車はリヤカーを引っ張っている感じだ。せっかくのスクラッチビルトなのだから、ちゃんと作り直すべきだと伝えた。

 次にChallengerが出てきた。Sunsetの製品で、十分に細かく出来ていて、価格の割には良い商品だ。問題の砂箱も正しい形になっている。
 しかし、フレーム形状は馬脚を現わしている。幅が一定の角棒を削っただけで、横から見えているではないか。これではオモチャである。
Ron Mitchel ChallengerRon Mitchel Challenger 2Ron Mitchel Challenger 3 僅かの注意を払えば、とても日本製が叶わないレベルの製品になるのに、と思った。
 塗装は美しい。火室の下に赤い電線があるのは興ざめだ。従台車の軸箱の形は良くない。

 テンダの出来は良いとは言えない。特に台車がいけない。実物を観察していないのが明白だ。安く買って、テンダは日本製に振り替えて従台車をいじれば素晴らしいモデルになるだろうと思った。

2013年10月21日

続々々々々々々々々 Ron を訪ねて

Ron Mitchel 0-6-0 2Ron Mitchel 0-6-0 tender 2Ron Mitchel 0-6-0Ron Mitchel 0-6-0 tender
                                 


 

 Lobaugh の0-6-0である。火室下のフレイム、灰箱など新製している。 オリジナルはモータがキャブ内にあったが、それはうまく隠されている。筆者も持っているが、それは祖父江氏のアイデアで、ボイラー内にモータを押しこんだ。動輪の砂鋳物はよくヤスリが掛けられ、スポークがきちんと出ている。

 機関車はキットを改造して組んだものだが、テンダーはスクラッチ・ビルトである。素晴らしい出来だ。鏡板をどのように作ったかを聞き洩らしたが、よく出来ている。板バネの作りを見ると、ベッテンドルフ台車はKTM製品らしい。軸箱下に補強板らしきものが見えるのが興味深い。

 draw barは妙な位置にある。これは、アメリカの模型人全般に言えることだが、無関心な人が多い。

Ron Mitchel Pacific 2Ron Mitchel PacificRon Mitchel Pacific 3Ron Mitchel Pacific 4




 スクラッチビルドのものを見せると言って持ってきたのがこのパシフィックである。下回りはAjinの製品である。上回りは板から作ったと言う。煙室のリベットの打出しには唸った。素晴らしい。どうやったのか聞くと、
「なーに、薄い銅板にリベットを売って巻いただけだ。」と言う。一手間かけるだけでこんなに素晴らしくなるのか、と感心した。この機種に近い。Ajin のdraw bar はどういうわけか、曲がっている。困ったものだ。


2013年09月11日

続 N gauge C62

 スティーム・ヴァルヴとシリンダの潤滑については問題は起こらないと思っている。もう40年以上昔になるが、井上 豊氏にその話を聞いたことがある。
「蒸気を使うから、潤滑油が流れてしまうのさ。圧搾空気なら給油機は要らないよ。排気管から油を差して、手で押して逆転させれば、良いんだ。作った機関車をエアコンプレッサで廻したことがあるが、10分くらいなら平気さ。」
とのことであった。最近の低粘度のエンジンオイルあたりが良さそうだ。その後潤滑油はかなり進歩している。
 余談であるが、精度高く作られた機関車は、前進位置でバックさせるとボイラに空気が溜まり、手を放すと前に走るそうだ。

 今回の N gauge C62 もほとんど注油していないようだ。CRCあたりを吹いているように見えた。コーティング技術もかなり進歩しているし、潤滑油については、あまり考慮しなくてもよいかもしれない。

 UP FEF-3が何台もあるので、そのうちの一台を振り向ける予定である。シリンダブロックはワイヤカットで抜いてリーマを通せば出来そうである。フライスと旋盤でも加工するのは難しくは無い。楽な方法でやるつもりである。砲金の塊は手当てしてある。一番難しいのはグランド部分だ。摩擦が少なく、なおかつ、漏れを最小にせねばならない。出力に余裕がないから、軽く動く必要がある。

 コントロールはRadio Controlが一番楽であろう。プロポーショナル(比例制御)だからだ。DCCでは完璧な操作は難しそうだ。
 カットオフは最初は考えないことにするつもりだ。井上氏の意見は、
「素人はすぐそれを持ち出す。あれは 過熱水蒸気だからうまく行くんだ。飽和水蒸気だと水滴が出来て、ろくなことは無い。煙突から水が出るよ。しかも、精度の高くない模型でカットオフなんて考えると走らないよ。トルクも減るし、変動も多いから、走りにくくて結局はフルギヤで走る。それでいいんだ。完璧に走ったら、次を考えても良いけどね。」
である。
 今回は水滴のことは考えなくても良いが、精度のことを言われると考えてしまう。エクスパンション・リンクあたりは、ワイヤカットを頼んだ方が良いかもしれない。
 煙突から潤滑油が飛ぶのを防ぐよう、ボイラの中に迷路を作って、油をトラップするつもりだ。

2013年09月09日

N gauge C62

N gauge C62 livesteam 3N gauge C62 livesteamN gauge C62 livesteam 2 先日のJAMで目を奪われる展示があった。Nゲージの圧搾空気を動力とするライヴ・エンジンである。
 ライヴスティームとは言えないところが辛い。


 素晴らしい着想と実行力である。アマチュアとして活動されているようだが、商品化すれば世界中に売れるであろう。時計の部品を作る機械で作っているという話だ。ガタの無い構成が必要である。そう簡単には出来ない。

 いつかはやりたいと思っていることがそこにあった。しかも超小型模型である。室内で楽しみたいので、火を焚く本物の蒸気機関車は避けたい。外でやるにせよ、小型になると炎の大きさが縮まないので難しくなる。ガスを燃料とするときは、酸素を足して燃焼速度を大きくしないと狭い火室の中では燃やしきれない
 そういうわけで、ライヴスティームは半分諦めている。

 金魚の水槽に空気を送っているダイヤフラム型コンプレッサの仕事率で、Oスケールの機関車が走ることは計算上明らかだ。小さい車載型コンプレッサを探して何年か経つ。家庭用血圧計のコンプレッサは、小さいが出力が足らない。たくさん並列にする必要がある。
 それなら、タンク車を圧力容器にして数輌つなげば、エンドレスを何周かは廻るだろうと見当を付けている。

 当分先の話だが、ぜひやってみたい。ライヴは、まさに機構学の世界で、理屈どおりにしないと動かない。楽しみである。

 奇しくも昨日のコメントでその話が出て、ネタを明らかにしてしまった。

2013年08月14日

続々 Heber Creeper

Heber Creepers machine shop 2 Machine Shopの中を案内してもらった。大体8割以上進んでいると思えた。火室を組み立てればボイラはすぐ載せられる状態だ。軸箱は完全に新製して砲金のライナが鋳込まれている。それを研削していた。


 
Heber Creepers machine shopHeber Creepers machine shop 3 この機械は横フライスである。フルバックの刃物を使う巨大な機械で、フレイムの切削をする。ここではちょうど動輪の軸箱の加工をしていた。
 刃物は大きい。これで削る所を見たかった。赤く焼けた切り粉がびゅんびゅん飛ぶのだろう。以前別のところで見た時は、切削油を流しながらの作業だが、油の霧を吹きながら飛び出す切り粉が壮観だった。

Heber Creepers machine shop 4 動輪は新しい軸とタイヤとが嵌められ、保護用の木片が当ててある。スティーヴンソン式のヴァルブ・ギヤだ。保存されている0-6-0では比較的珍しい。
 この動輪もこの工場で作ったのだ。


Heber Creepers machine shop 5 この曲がった板はテンダーの側板である。3/8インチの板で、すぐ組み立てられるようになっている。テンダのフレイムは組み立て式で、底板が必要である。鋳鋼製なら不要である。



Heber Creepers machine shop 6 キャブは完成し、塗装のために外に置いてあった。完全な新製品である。





2013年08月12日

続 Heber Creeper

Heber Creepers s2Heber Creepers s1Heber Creepers s3Heber Creepers s4




 この蒸気機関車がここ数年走っていたものだ。
 いかにもBaldwin風である。州内のどこかの公園にあったディスプレィの機関車を運んで来て、修復したのである。ところがこれも使い過ぎてボイラの厚さが減ってしまった。爆発するといけないので、ボイラを載せ換えることにした。ところが工場の中には、現在修復中の0-6-0がある。それを完成させないことには、場所がない。

 
Heber Creepers s5Heber Creepers s6 この0-6-0は、製鋼会社から持ってきたと言っていた。フレイムと輪心、シリンダブロック、ロッド類だけを残して全て新製になる。ボイラを作っているのだ。ボイラのステイ・ボルトは全て新製してある。先端が丸いFlexible Boltであるから、自由度が大きく、長持ちする。
 長さ別に整理され、ボール部は保護されている。

 ボイラを本当に作っているのには驚いた。職人を二人持っているそうだ。ここまで来ればもう後は早いはずだ。この工場の中には鋼板を曲げるローラや、車輪を削る縦旋盤がある。

2013年08月10日

Heber Creeper

Heber Creepers 1 ソルトレーク市の南東、直線距離で約30マイルの山の陰にHeber Cityがある。ProvoからのDRG&Wの30マイルの支線があって、旅客や貨物を運んでいたが60年代に廃止になった。70年頃、蒸気機関車による観光鉄道として人気を集め、Heber Creeperとして有名になった。Creeper とは、這うことを意味し、機関車が列車を牽いて喘ぐように登ったからそう言ったのである。しかし、観光鉄道の区間には急勾配はない。

 70年代にはここに連れてきてもらって、ピクニックを楽しみ、汽車の煙を吸った。当時は0-6-0とか2‐8‐0などがいた。客車は木造で、貨車はリヴェットが一杯のものが多かった。

 80年代に再訪したが、景気は悪そうであった。客が減ってきたのである。ところが2002年のオリンピックで息を吹き返した。観光客がこれに乗りたがったので、かなりの高密度運転をしたようだ。
 その後、機関車の酷使と景気の後退で、事実上の休止状態に陥り、破産したようだ。現在の経営母体は以前のような個人経営ではなく、州政府が土地と蒸気機関車を提供し、ヴォランティアを中心に動いているようだ。経営を任されているのは、企業の経営者だった人で、ヴォランティアで来ている。なかなかの人物で、きっとうまくいくであろうと思った。
 機関車はユタ州のどこかの公園にでも放置されていたものであろう。それをここに持ってきて、完全にリビルトする。「ここの工場は全米で5本の指に入る蒸気機関車再生工場である。」と誇らしげに語った。 確かにそうだろう。どう考えても、そのような工場がたくさんあるわけではない。
 以前の機関車は倒産時に売り払われ、オレゴン州の方に行ったそうである。

 蒸気機関車の運転をしていると思って行ってみたところ、ディーゼル電気機関車であった。客車をつないで、全行程3時間の往復運転をする。実質的に走っているのは1時間強である。

2013年07月09日

続々 Bob Longnecker氏のこと

 内野日出男氏はアマチュアではあったが、その抜きんでた腕を生かして、模型店のパイロットモデルの製作のアルバイトをしていた。
 PFM‐KodamaのK-27の試作時に、内野氏は温めたアイデアを全て詰め込んだのだそうだ。それを見て驚嘆したのが、PFMの技術顧問をしていたボブであった。あわてて日本にやって来て、作者の内野氏と会ったと言う。それ以来、極めて親密な関係を保っていた。

 内野氏は建築士であるから、その作品には機構的に怪しいところはない。そこがボブの眼に叶ったのである。TMSの旧号にはいくつかの作品が載っている。TMSの山崎氏は作品を見て、かなりショックを受けたらしい。どれもアマチュアの作品ではないレベルだったからだ。
 OJの作品が多い。軌道楽会では主力メンバーであった。個別の機種を挙げるのは控えたいが、模型店のパイロットモデル製作は非常に多い。 

 ボブは当時開発されたばかりのコアレス・モータを日本に初めて持ち込んだ。それを内野氏に渡して、機関車に搭載した。内野氏は、二つのモータの線を結んで廻した。するとあたかも軸がつながっているように、片方廻すともう一方が回転するのを見て、驚いた。
 筆者が内野氏との知遇を得たのは1980年頃だと思う。東京駅の地下で吉岡精一氏に紹介された。お勤めの都庁から近いのでそこを選んだのだ。ビールを飲みながら楽しくお話を聞かせて戴いた。その時もボブの話が出た。

「シアトルに行きたいから、その時は頼むよ。」ということであったが、互いに多忙で、それが実現したのは20年後であった。

 しばらく休載する。実は避けられない用事があってアメリカに来ている。10日ほどで帰る予定である。


2013年07月07日

続 Bob Longnecker氏のこと

 Bob Longnecker氏(1934-2004)はPFM のサウンド装置の開発者である。発明者ではない。
 高周波がリアクタンスの大きい走行用モータを通過しにくいことを利用し、動輪の接点で高周波のみを接地し、その電圧降下を検知して、音声電流のタイミングを動輪の回転に同調させる工夫である。
 シアトル近辺の模型クラブで試作したのを聞きつけ、電話したのが始まりとのことである。もちろん完成度を高めたのは彼である。その後ヴァージョン・アップされて、アナログ伝送方式での極致を究めている。
「DCCには敵わないが、アナログでここまでは出来たということを誇りにしている。」と仰っていた。

 Longnecker氏こそは正真正銘の技術者であり、模型に必要な全分野の知識を備えられた方であった。そしてその知識を生かす工作力をもちあわせた方で、比較的大型の工作機械を万全の整備で稼動させ、種々の試作をされていた。工作室には旋盤、縦および横フライス盤、研削盤、油圧プレスなどを完備し、ちょっとした鉄工所の様相を示していた。
 片隅には電子工学機器が並び、PFM方式の性能をさらに向上させる工夫をしていた。今やDCC全盛で、PFM方式を楽しむ人はかなり減った。


 ロストワックスの原型作りは、彼の得意分野で、PFMのHO機関車のロストワックスの半分以上は彼の製作であったそうだ。
 2003年にお会いしたときには、ありとあらゆる分野の模型談義をさせて戴いた。いくつかヒントを戴いたし、多少お褒めにも与った。大変光栄であった。

2013年06月15日

動輪の絶縁法

Snow White 7 この図は有名だ。色々なところに引用された。その引用記事に、剛氏の発案と書かれている場合が多いが、実際は丹羽十郎氏の発案である。NMRC会報ヤード誌1950年6月号掲載。
 TMSの元記事(TMS誌1953年5月号)にも書いてあるのだが、ほとんどの人は読み飛ばしてしまうのだろう。丹羽氏も日本車輌にお勤めであった。現在も御存命である。
 
 当時は絶縁車輪が非常に手に入りにくかった。ボス絶縁の車輪も入手困難で、この記事にもあるように、全て自作した。動輪は糸鋸で切り抜いて隙間にセメダインを詰めるというアイデアである。これを見て、実際にやったこともあるが、意外と簡単である。さすがにセメダインの代わりにエポキシ樹脂を詰めたが、良いアイデアである。爪楊枝とあるが、筆者は2mmの金属ネジを使った。薄く油を塗ってエポキシ樹脂が付きにくくしておき、硬化後抜き去る。油を洗って、再度エポキシ樹脂を流し込めば出来上がりである。裏側にテープを貼っておいて、ヘア・ドライアで温めると、流れが良くなるし、すぐ固まる。
 エポキシ樹脂は体積が減らないというのはウソで、少し縮む。

 1952年頃、剛氏はこのアイデアをNMRA会報に投稿したのだそうだ。大きな反響を呼び、爪楊枝の太さとか、竹串の入手法などの問い合わせがアメリカから沢山来たそうである。当時のアメリカにはMax Grayの製品もなく、戦前の絶縁してない製品が大半の時代だったのだ。僅かに安達製作所が作った製品が、Made in Occupied Japanとして輸入されていた程度の時代である。

 この方法は時代を超えて使われている。旋盤を使う工法であるが、薄いバイトを使って正面から切り込む。8割方切り込んだところでエポキシ樹脂を詰める。動輪を裏返して再度切り込む。金属の切削粉が出なくなったら止めて、裏から樹脂を練り込む。先日、所属クラブの例会でそれを実践された作例を拝見した。
 バイトは車輪の曲率に合わせて削製するのだ。HOでは難しいがOスケールなら可能である。切削粉をよく洗い落とすのが大切なことである。それでもショートしたものがあったそうだ。そういうときには大電流を通じてやると、細い切り粉は融けて、場合によっては蒸発してしまう。インチキな方法であるがうまく行く。筆者は何度かやっているが、自動車のバッテリを使うのが良い。内部抵抗が極めて小さいので短絡電流が大きいからだ。車のところに行って、ジャンプケーブルを使ってショートさせる。一瞬で終わる。この方法は40年前に祖父江氏に教えてもらった。

 最近はやりの大型ディスプレィ・モデルを動力化するとき、動輪を絶縁する必要があるが、使える技法である。

2013年06月13日

Snow White

Snow White 2Snow White 1Snow White 8 Disney映画の白雪姫のように顔が白い機関車である。ボイラの前面を白く塗ってある。この機関車は、ある年齢以上の人は誰でも知っていると言えるほど、超有名な車輌である。テンダの中は自動逆転機構が満載である。若い人は自動逆転機という言葉の意味を知らない可能性があるので、簡単な説明をしておこう。

 現在ではマグネットモータが全盛で、界磁が電磁石のモータ(直巻電動機)を模型に使うのはメルクリンだけになった。メルクリンも最近は違う種類のモータを使うようになったと言う噂である。直巻電動機はトルクが電流の二乗に比例して大きくなるので、起動力が大きく、また空転時の抵抗がほとんど無いから逆駆動もできる。
 色々な点で模型に適するのであるが、電流を逆にしても逆転しない。界磁も電機子も磁極が逆転するからである。それを逆転するのに、さまざまな工夫がなされている。この機関車では直流を送ると、逆転機が回転してスタンバイするようにしてある。そんなことをするぐらいなら、界磁の主電流を整流器で一定方向にすれば良い(ポラライズと言う)と思う人もいるだろうが、当時のモータの電流値は10A近くもあったので、それを整流するセレン整流器が巨大で入らなかったのだ。またそれはとても高価であった。

Snow White 3 TMSのグラヴィア・ページである。説明にキャブの天井のフューズとあるが、これは電燈である。当時フューズの管にGOWが入ったものが在ったのだ。GOWはGiants of the Westではない。grain of wheat bulb(麦球)のことである。1950年頃、剛氏はアメリカにNMRAの会費を送る方法が無く、GOWを一束友人に送って、彼に代納してもらったことがあるそうだ。すごい話である。若き日の剛氏も写っている。 (1953年5月号)

Snow White 4Snow White 5Snow White 6 この記事にはDisneyのキャラクタが登場している。剛氏の話によると、当時Walt Disney Productionsの代理人から無断使用でクレームが付いたそうだ。金を払えと裁判を起こされそうになったが、TMSの発行部数を聞いて、そのままになってしまったそうだ。費用対効果がないというわけだ。当時のTMSの発行部数はどの程度だったのだろう。

2013年05月26日

続々 コロンビア川に沿って

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 この天井の高さはどういうことなのだろう。施工する大工もおかしいと思ったに違いない。どう考えてもおかしい。天井を凹ませて機関車を収納している。
 素晴らしい形の機関車なのに、ちょっとしたミスで展示物の価値を損なっている。

4-8-2 74-8-2 24-8-2 6 このような下回りの写真をいくつか撮ったが、不満である。
 全景を見たい。



 
GN2507GN2507 2 いくつかのサイトを見るとこのような写真が見つかる。雨曝しでは壊れてしまうが、その優美な形は鑑賞できる。
 残念な話だ。屋根をジャッキで1m弱上げることができれば良いのだが、望み薄である。


追記> 奇しくも本日芦屋で行われたJORC関西の会合でこの機関車を持っていらした方があった。

IMG_8571IMG_8595 もう店を閉めてしまったTexasのPecos Riverの製品だった。実在の機関車を調査した上で商品化している。
 撮影は土橋和雄氏による。



2013年05月24日

続 コロンビア川に沿って

二股の橋 これがWishramの二股の橋である。左の方が180° 開いたYの字になっているが、この角度からでは全く見えない。対岸の山の上しかその威容を見ることができない。
 かなり有名な場所なのだが、あまり写真を見ることがないのは、撮影が難しいからだろう。飛行機からなら、完璧な写真が撮れるに違いない。

 
GN 4-8-2Wishram Wishram には Great Northern の4-8-2がある。行ってみてがっかりであった。この屋根の低さには恐れ入る。保護していることに違いはないが、写真も撮れない。設計者は鉄道趣味を全く理解していないことは間違いない。

GN 4-8-2 3GN 4-8-2 2GN 4-8-2 4GN 4-8-2 5




GN 4-8-2 6GN 4-8-2 7 何枚か写したが、非常に不満足な写真ばかりだ。
 排気インジェクタが付いている。全体が写せれば、かなり立派な機関車であろうことが分かるのに、これでは興冷めだ。
 

2013年05月18日

続々々々々々々々 Moticello 鉄道博物館

Steam Crane 10 たくさんのコメントを戴いて、少々予定を変更する。エンジンの逆転についての問題提起があった。
 蒸気機関は正逆回転が自由で、最小速度で最大トルクを出せるところが特長である。すなわちクレインの操作には最も適する。これが一方向の回転だとすると逆転機構が必要で、しかもその操作頻度が高くなる。結局壊れやすいということだ。
 鹿ケ谷氏から詳しい解説を戴いたのでご覧戴きたい。
 写真がもう一枚あるのでUPする。
 以前見た動画ではエンジンがせわしく正逆転し、猛烈な速度で穴を掘っていた。
 

0-4-0 30-4-0 20-4-00-4-0 6




 クレインが入口に近かったので、すぐ近くに置いてある看板代わりの0-4-0を見に行った。天気が悪く、あまりにも寒い日だったので、あまり熱心に撮っていないところはお許し願いたい。
 この0-4-0はインダストリアルエンジンで、工場の中で使われたのであろう。不細工な形だ。標準軌なので大きさだけは不必要に大きい。特にキャブのあたりの造作はやや無神経である。

0-4-0 40-4-0 5113_8026 サスペンションに興味があった。この種の二軸機関車は三点支持である。一番前の部分にクロスイコライザがあるので、そこで一点、後の動輪で二点である。この種のサスペンションの機関車は日本には例が少ないので、実際に採用されていたことを疑う人もあった。
 実物業界の人であった。絶対にありえない、と切り捨てた人がいた。写真を見せると、黙ってしまった。こういう種類の人は多い。思い込みが強すぎる。自分が過去に見たものが世の中のすべてだと思う人である。


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2013年04月26日

Harmon の工作

Harmon's 10 ハーマンの家に遊びに行ってしばらく居候させてもらった。今年も天気が悪く、とても飛行機が飛べる状態ではなかった。「夏に来れば飛べるよ。」とのことである。


Harmon'sHarmon's 2Harmon's 7 機関車の進行状況はこんな具合である。先台車廻りはかなり進んでいる。また、キャブ内も実によく出来ている。来年までにテンダも完成させるということだ。
 ハーマンは本物の図面のコピーをたくさん集めている。一つづつの部品を図面を見て作り出すのだ。下廻りは動輪が厚く、軌間が 2 mm 広いので納めるには苦労している。ロッド類は全てギリギリの設計だ。

Harmon's 5Harmon's 6 従台車の作りも実に美しい。洋白板を使って薄さを見せている。板バネが不揃いなのが気になっている。作り直すようだ。


Harmon's 9 写真をよく見て、現物の部品の深さに気を配っている。真横の写真では勘違いをするから、このような角度の写真をよく点検する。
 1950年代に彼の友人が、古い8×10のカメラで模型に適する角度から数百枚の写真を撮ったそうだ。機関区で電柱に上って撮った写真を見せて貰ったが、貴重なアングルのものばかりだ。歩み板の真下から見上げた写真も模型作りには最適な角度だ。その本人は亡くなってしまったそうだが、写真は全てある。そのカメラの大きさを考えただけで、大変な重労働であったことが分かる。

2013年03月12日

続 O Scale West 2013

20th Century Ltd20th Century Ltd2 このディスプレイが眼を引いた。人間との対比で大体の大きさが分かるだろう。そこそこによく出来たセクションである。ニューヨーク(シカゴ)がどうしてカリフォルニアにあるのかよくわからぬが、初めて見た展示である。

Jerry Porter この人はジェリィ・ポータ氏である。以前、伯楽のことを書いた。にこにこしてやってきて、「どうだい、新しいレイアウトを作る気は無いかね。僕がデザインしてあげるよ。」と言う。
「残念ながら、最初のレイアウトがまだまだ完成しないから、とても無理ですね。」と言うと、残念そうだった。
例の「等角逆捻りの貨車とか台車を見せると、「ボーイングの技師を連れて来るから見せてやれ。」と言う。
しばらくすると来たので、「お前のせいで、僕の乗る飛行機が飛ばなかった。」と言ってやった。
「いや俺のセクションではない。でも残念だったね。」とかわされた。

UP FEF2 この売りに出ているUP FEF2が気になった。テンダはケムトロンの輸入したカツミ製である。軸箱の形で分かる。EF58用のダイキャストが付いている。
 機関車はスクラッチ・ビルトだと言う。メイン・ロッドが曲がっている。タイヤの厚みにより、シリンダ中心がロッドの中心にならないからだ。欲しくなったが、何かアンバランスなところがあって、買わなかった。

UP FEF2 2 テンダのATS装置などの雰囲気が良い。

2012年12月26日

Bridge within a bridge

812_6542-2 Seattleに向かう高速道路から降りて、Wenatcheeという町に向かった。その町の中心部には大きな橋が掛かり、そのわきの公園にはコンソリデイションが一台置いてあった。雨ざらしだから、あまり良い保存状態とは言えない。ボイラ・ジャケットは緑色でなかなか良い雰囲気である。あとで降りて撮り直そうと思ったのであるが、思わぬことで写し損ねた。唯一の写真がこれである。

 実はこの町の南側に、GNの本線がコロンビア川を跨ぐ橋があるのだが、その橋があまり例のない二重の橋なのである。元の橋は1892年に完成したのであるが、それを1925年に補強したのだ。スパンは125mほどである。
 アメリカ人のやることとしては、かなり珍しいことだ。まだ「もったいない精神」が在った頃なのだろう。

Bridge within a Bridge この写真1枚を撮るため2時間ほど走り回った。意外にも、この橋を近くから見るポイントがほとんどないのである。この対岸からは全く見えない。おそらく線路沿いにしばらく歩けば可能であろうが、BNSFのRailroad Policeに捕まると一晩は拘留されそうで、それは出来なかった。GPSを頼りに走ってようやくここまでたどり着いたが、この先は私有地で入れなかった。望遠レンズで切り取った絵がこれである。
 借りたHertzのレンタカーのGPSは情報が古く、通れない道が通れることになっていて、何度も引き返した。ひどい目に在ったのは、ダムの上を通れるとあったので、それを信じて行ってみたところ、進入禁止になっていた。戻るのに30分も走らねばならなかった。 

ColumbiaRiverBridgeColumbiaRiverBridgeApproach GNの愛好者団体のウェブサイトを探すといくつかの写真が見つかったので、お借りしている。こちらの写真の方が、ずっと分かりやすい。



 補強した橋は他にもいくつかある。カリフォルニア州のサクラメントからドナ・パス方面に向かう高速道路がくぐる橋である。古い橋を新しいトラス橋で支えているが、このような二重構造では無い。下から支えているのだ。写真をいつも撮り損ねるので、いずれきちんと撮って来たい。

2012年12月14日

続々々々 Spokane County Fair & Expo Center

812_6434-2812_6437-2812_6438-2 この鉄道公園には、
2-ftナロウゲージ鉄道がある。子供たちを乗せるために作られたものであろう。どんな車輌群があるのかは不明であるが、線路を見る限り、機関車はかなり小型であろう。
 簡単に作られた鈍端転轍器がある。その奥に見えるフログの作りはかなり荒っぽい。レイルはかなり細い。いわゆる8kgレイルであろう。アメリカでは1ヤード(約91cm)あたりのポンド数で表す。

812_6456-2812_6455-2812_6453-2812_6454-2 





 倉庫の脇に鉱山用機関車があった。Lead SDとあるので、2003年に閉鎖された南ダコタ州の金鉱かもしれない。この機関車の動力源は蒸気ではなさそうだ。無火式機関車の一例ではあるが、多分高圧空気であろう。

2012年12月06日

Spokane County Fair & Expo Center

812_6377-2 Spokaneには鉄道公園があるということは調べてあった。どんなものがあるのかは分からなかったが、少なくともUPの古いパシフィックがあるらしいということだけは分かっていた。その場所がなかなか割り出せなかったのだが、GPSを駆使してようやく分かった。そこには野球場に付帯して色々な施設のあるところのようだ。
 行ってみると鉄道の展示部分には柵があり、中には入れない。この写真は、柵のところから写したものだ。管理事務所で聞くと、「公開日は決まっていて、それ以外に開くことはないが、念のためこの電話番号に掛けてみよ。」と紙を渡された。それには鉄道保存会のヴォランティアの人の名前が書いてあった。しかし掛けても留守である。困ってあちこち見ていると、どうやら、隣に建った大きな穀物倉庫会社の方からは入れそうだ。

 そこで働いていた人に聞くと、「構わないから入れ。そこをずっと行って突きあたりを右だ。」と教えてくれた。「日本から来たんだって?どうかしてるぜ。」と言いながら、結局は自分の車で先導して、その現場まで連れて行ってくれた。

812_6379-2812_6381-2812_6382-2812_6385-2




 そこに在ったのはAlco製 Pacificであった。1904年製であるから、すでに古典期の分類である。動輪周りがいかにも古めかしい。カウキャッチャはひん曲がっている。おそらくそこにワイヤを掛け引っ張った奴が居たのだろう。残念なことだ。
 実はこの機関車の模型を持っているので、その調査に来たのである。

2012年12月04日

Spokane

 Spokaneの発音はスポケーンである。太字を強く言う。この町の名前は当初Spokanだったが”e”を付け足したらしい。町の真ん中にかなり水量の大きな滝(落差20m位)が2つある。この滝の写真はWikipediaからお借りしている。下の滝はダムになっているが、上の滝は自然のままである。写真の奥に見えるのがそれである。行ったときは渇水期でこんな立派なものではなかった。

Spokane1Spokane2Spokane3 Great Northern鉄道の拠点駅が置かれ、間もなくNorthern Pacific鉄道やSP&S(Spokane, Portland & Seattle鉄道)も来た。この地域は水力電気が豊富で、かなりの鉄道はすぐに電化されていた。複数の大陸横断鉄道がこの町を通過している。そういう意味ではこの町はアメリカ北東部の鉄道の要衝である。
 その街に来たことが無かったので、今回は思い切って足を延ばしてみたのである。町の中心部には古い煉瓦作りの建物が残っている。比較的新しいビルディングも外装に煉瓦を使っている。

Spokane4Spokane5 これらの建物は1900年頃に建てられたものが大半だ。ほとんどの古い建物は壊されたが、こうして何ブロックかは当時のまま残っている。Historical Areaとして保護されているようだ。

 昔のGreat Northern駅は時計台以外壊されてしまった。その時計台は今もモニュメントとして残っている

2012年11月04日

Snoqualmie Station

  テキサスから戻って2週間後、避けられない用事があってSeattleに行った。そのついでに周辺を見て廻った。成田からシアトルまでは7時間半ほどで到着する。季節によるが、ジェット気流が強いと追い風300 km/hという凄い後押しで、あっという間に着く。今回は最悪で、欠航により、代替便がシカゴ行きであった。長いフライトで、しかも入国審査に3時間以上も掛かり、さらにシアトルに戻る便が遅れた。当初午前中に着くはずが夜中に着き、ホテルに着いたのは2時半であった。

812_6040812_6044-2 用が済んで、シアトルの東約30kmにある
Snoqualmieに行ってみた。10年ほど前、内野日出男夫妻を案内してそこに行ったことがある。F氏のお招きがあったからだ。
 その時、シェイ、その他のギヤードロコの廃車を並べた、博物館とは言えないが、それに近いものを見たのだ。それを再訪してみた。やはり保存状態は極めて悪く、木部は腐り、鋼はぼろぼろに錆びている。雨が良く降る地域では屋外保存はできない。今後どうするつもりであろうか。
 場所はスノクォルミィ滝の南東約800mからさらに南に数百mの間の道路沿いである。午前中でないと逆光になる。多少の期待があっただけに、その保存状態を見て、かなり失望した。この十年でさらにひどくなっている。 

812_6052812_6053-2812_6054-2 スノクォルミィの町には昔のNPの駅があり、その周りに色々な機関車や客車が保存してある。これは一応博物館の体をなしている。
 そこにTank Mallet Engineがあった。いわゆるマレィはほとんどがテンダ付きだが、これはタンク機関車であった。それを改造してテンダを付けてある。 軸配置は2-6-6-2で、かなり大きな機関車である。

812_6055-2812_6058-2812_6057-2812_6056-2




 反対側の写真を撮ったが、日差しが強く影の部分は写りにくい。

2012年10月19日

続 FEF3

712_5556-2 この機関車の重さは尋常ではなかった。抜き取った鉛の錘は3.2kgもあったのだ。もともとボイラに入っていた鋳鉄の錘は半分に切ってテンダ床板にネジ留めされていた。外した錘は全てデニスに進呈した。
 デニスの説明によるとJerry White氏はLobaugh社に居た職人らしく、造形力に優れた人であった。ありとあらゆる改造を引き受け、カスタムビルドもしていた。

 1960年代はOゲージの全盛期で、牽引力コンテストというのがあったそうだ。要するに、重い機関車を作り、大きなモーターを積む。それだけの話である。そこには効率という概念は入っていない。
 Oゲージ車輌は重い。HOでは補重することを念頭に動力車を作るが、筆者のOゲージの場合は、どうすれば軽くなるかをいつも考えている。被牽引車の摩擦が少ないので、粘着力を稼ぐ必要が無いからである。筆者の4-8-4は4kg以下である。これは8kg以上あった。こんなに軸重があると、フログがすぐに潰れてしまう。
 さて、重くするにはボイラ全体に鉛を詰め込むに限る。融けた鉛を入れる場合もあるが、彼のようにボイラにきっちり入る錘を作る方法もある。シリンダの中にも入れることがある。
 慣性質量が大きいと、事故時の被害は甚大である。今回の機関車のようにパイロットは壊れ、線路も壊れる。ストラクチュアに突っ込めば、それは全損である。

ktm844_17 キャブの損傷は屋根だけである。曲がっている部分を伸ばして、シンダ巻きこみ防止のフィンを付ければ、ごまかせる範囲にあるかもしれない。新しいキャブと取り換えても、労力は知れているが。



ktm844_11 ナンバ・ボードが一つ無くなっているが、新製するとしたら、点灯する行燈式にする。ボイラ頂部に何も付いていないのはさびしいので、ラッギング・クランプを付ける積もりだ。せっかく塗装がしてあるので、それをはがさずに加工しようと思う。塗装はやや荒っぽいが、自動車用のプライマを塗ってあり、はがれにくい優秀な塗装だ。

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