ガスタービン電気機関車

2020年12月09日

続 veranda GTEL を作る

 スパン・ボルスタを持つ車輛は比較的少なく、その構造をじっくりと考えるチャンスは、今までほとんどなかった。今回はアジン製のGTEL を観察して、その問題点を洗い出した。衝突時に力がどのように掛かるかを考えると、弱いところは2箇所のセンタピン周りである。台車にはほとんど力は掛からない。

 連結部からの衝撃力は2箇所のセンタピンを剪断するように掛かる。センタピン周りの構造体は折り曲げられるだろう。祖父江氏はそこに角材を貼り付け、補強していた。しかしセンタピンだけは細いままだったので、
「ぶっつかったらさー、センタピンが切れっちまうからね。」
と言っていた。筆者はそのセンタピンをスティール製に替えた。しかし、その周りが弱いので、どうなるかは不明だ。

 速度を出すつもりは全くないが、なにかの間違いで追突することは、考えておかねばならない。長大編成での連結器切れは起こりうる。一編成45 kgほどあるので、置き去りにされた貨車にぶつかるとかなりの被害が出る筈だ。貨車は壊れても機関車は温存したい。

lap joint 主台枠中心にはチェインを通すので、角穴が開いている。だから、そこが弱くなる。その部分は 3 mmの厚板を用い、縦の部材を追加している。一方、前後の床板は薄い1 mmを使っている。3 mmの板と1 mm板は、祖父江氏の手法で欠き取って重ね継ぎをしている。ハンダが廻ると、最初から一枚板だったような剛性がある。

 今回設計の主台枠とスパン・ボルスタ2本の質量は、約 1 kgである。ジグを作って押し込み、ガスバーナで焙ってハンダ付けした。そう簡単には壊れないものが出来たが、やや過剰品質ではある。  

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2020年12月07日

veranda GTEL を作る

 長年放置してあったヴェランダ・タービンを完成させるべく、とりかかった。台車は30年以上前にAjinで調達したものだった。
 どうしようもない部分もあるが、台車の側面のディテールだけは秀逸で、 手を入れれば十分使えた。問題は、彼らが実物の図面からそのまま作っていたことだ。ペデスタル部には必要以上の凹凸がある。実物通りに作ったのだ。上下の滑りを確保しつつ軸受の距離(枕木方向)を保つのは良いが、台車ボルスタがへなへなで何の意味もない。ボルスタを補強し、重い本体が載ったときにもへたらないように、せねばならない。強度が不足しているし、また模型として作りやすい構造にすべきである。

 久し振りに鋳物に細孔を開けた。下穴ドリルを折り込んでしまい、ステンレス塩水漬けで3日待った。うまく錆びてくれたので取り出し、ネジを切った。ネジはあまり使わないM1.7で、タップの予備が無いのでヒヤヒヤであった。

 スパン・ボルスタは衝突に耐えるようにした。祖父江氏がAjin製GTELの剛性のなさを指摘していたので、材料置き場をひっくり返し、厚さ4.2 mmのnaval brass (ネーバル黄銅)の大きな板から切り出した。この長さを糸鋸で切るのはとても自信が無いので、ジグソウに金工用刃を付け、時間をかけて切り出した。自宅のフライス盤で直方体に仕上げ、台車の嵌まる部分を少し彫り込み、前後端のバッファを削り出した。
 ネーバルは海水に耐える材料である。廃金属商で入手したものだが、粘りがあって加工は大変だ。フライス刃は喰い込みやすく、難削材用の刃を用いる必要がある。さらに、切削油をたくさん使って削らねばならない。また、ネジを立てるのは一苦労であるが、とても丈夫である。

GTEL span bolster スパンボルスタの中央部はさらに1 mmと2 mm の板を貼り重ね、全面ハンダ付けをした。ここの部分には孔が開いているので弱く、本物も丈夫に作ってあるのだ。

 本体の骨組みは9.5 mm角のアングルで3 mmの板をはさみ込み、スパン・ボルスタのセンタピンはΦ8である。ここが弱いと衝突時に剪断されてしまう。 
 中心部は高さを稼いで撓みを防ぐ。トラス橋と同じである。


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2020年11月21日

3-unit GTEL の駆動方式

 第三世代のGTELの駆動はやや難しい。C-Cだから簡単そうであるが、それはA-unitの話である。B-unitは面倒な点がある。

 B-unit の床下には何もない。B-unitは鉄橋のような台枠の上にガスタービンを載せ、床下機器は一切ない。 すなわち、透けて向こうが見える。だから、普通の駆動方式では下にぶら下がってしまって、おかしなことになる。Ajinの初期製品では、床下にギヤタワァの下半分が見えないように、円筒を半分に切った形のもので隠している。オムツを当てているように見えるのだ。 これは極めてまずい。

 それで、その次のロットではB-unitの動力化を諦めてA-unitだけで走るようにしてしまった。これは、牽引力が無くて評判が悪かった。のちに室内で駆動する方式に改めたが、排気ダクトが邪魔であるから、切り詰めて極めて底の浅い排気ダクトになった。ガスタービンは、排気ダクトから中が見えるところが面白いのに、それが塞がれていると気分が悪い。

How to drive 3-unit GTEL この図は筆者の方式である。排気ダクトを温存するために、駆動装置を前後非対称にした。 6軸が連動するから、牽引力は大きい。3軸台車は、バネを利かせて可動軸にすると、3軸目の駆動は工夫が要る。ジョイントが必要である。

 かなり面倒な方式である。何回か作り直している。

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2020年11月17日

GTEL用サウンド・デコーダ

 30年以上もこの機関車が完成できなかったのは、ガスタービン用のDCC decorderが発売されていなかったからである。うかつにも調査を怠っていて、非常に高性能のものが数年前から売り出されていることを知らなかった。
 一つのデコーダの中にいくつかの音源があり、第一世代から第三世代まですべてに対応し、なおかつスピーカは2つ(A,Bユニット)というのもある。価格もそれほど高くない。
 まだ買っていないから何とも言えないが、補助ディーゼル・エンジンの音も出すために、スピーカが2つに分かれていれば効果はあるだろう。タービン排気管にスピーカ・ボックスを付けると面白そうだ。

 効能書きを見ると、fire-ballが出る時の音も再現するとある。怪しい話だが愉快だ。

 昔は、1輌の機関車に2台のデコーダを積むのが当鉄道の方針であった。モータ制御電流の許容値が小さかったことと、BEMFが掛かるのでモータから嫌な音がするので避けたのだ。BEMFを最小限にしてもゼロにはならず、それは許しがたかった。Nagasue さんのところから完全直流型を出してもらったので、モータ電流はそれを使い、音の方は独立のデコーダを使っていた。時代が進んだので、今回はサウンドDCCのモータ出力で動かしてみよう。モータ・ドライヴァが焼けたら、音だけ使って、主電流はNagasue さんのを使ってみるつもりだ。大きなコアレスモータを使うと、完全直流型でないとかなり大きな音が出ることがある。

 最近は、デコーダの許容モータ電流は1.5 A 程度になった。機関車はフルスリップでもせいぜい 0.5 A強だから、焼けることはないだろう。


 考えてみればこの10年ほど新しいデコーダを買っていなかった。買い溜めしたものを少しずつ使っていたので、新しいものを調査するのを怠っていたのだ。先日、アメリカで放出品があったので買い占めた。

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2020年11月09日

続々々々々々々 ガスタービン機関車の運転 

 タービンの止め方についての説明が長い。

 スロットルをアイドリングに戻し、セレクタをOffにする。タービン・スタート・ボタンを押すと、タービン・コントローラ作動燈が点く。これは、ガスタービンに行く燃料管の中の重油をディーゼル・オイルに置換えるのを示す。タービンは回転が遅くなり、運転台のCooldown(徐冷)燈が点く。その間、機関車をゆっくり動かして良い(補助のディーゼルエンジンで動かす)
 ディーゼル・オイル、スタータ・オイル、補助燃料などの言い方をしているが、すべて同じ油を意味している。  

 緊急停止の記事もある。
 Emergency Shutdown Switchは、機関士席に保護カヴァ付きで一つ、タービン操作盤の左に保護カヴァを被せて一つ、もう一つはタービンの速度調節機の下にある。これを操作すると、燃料パイプを空にせずに止めることになる。(起動時に重油が出る)
 緊急停止装置を作動させてすぐ再起動する時は、cooldownは起こらない。
 タービンを冷やしている最中に作動させたときは、タービンはそのまま廻り続けて、止まる。この時は通常時のようなcooldown crankingではない。 

 緊急停止スウィッチは、タービンを起動する前にすべて元に戻さねばならない。


 通常時の止め方は単純である。
 タービン停止ボタンを押すと、ディーゼルエンジンは廻っているが、タービンは徐冷モードに入る。ブレーキを確認し、所定の手順に従って機関車から降りる。

 テンダの重油はタービンが作動している時に加熱される。
 -50°F(-45℃)以下の極端に寒い時は、凍結防止スウィッチを入れる。
 
これはディーゼルエンジンの発電機出力で加熱するものである。
    重油ヒータはタンク全体を加熱するものと、取出し口の辺りを加熱するものと二系統あるようだ。そうでなければすぐには出発できそうもない。テンダと機関車を結ぶパイプも、電熱線が通っているのだろう。 

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2020年11月07日

続々々々々々 ガスタービン機関車の運転 

 ガスタービンの中で燃料が順調に燃えているかどうかを調べる装置(flame detector)がある。その原理は、炎の中はプラズマ状態で電気が通るので、通電を調べているものと思われる。

 この装置はガスタービンには二つ付いている。この片方が故障すると運転台パネルに警報ランプが点く。(起動時、あるいは停止時に 2,3秒点くのは問題ない。)
 故障として報告せよ。もし放置すると、停止してしまうこともありうるし、起動時に点火できなくなる。

 ガスタービンを機関車に積むということはかなり大変なことであることが分かる。ガスタービンは、かなりデリケートなエンジンである。だからこそGEは、下手に触られないように、シーケンスによる起動、停止を採り入れたのだろう。故障率は低くなかったようである。dead engine(動かなくなった機関車)を回送する手順が、マニュアルに細かく書いてある。
 重連弁を閉じて、ブレーキハンドルを2本とも外す。dead engine cockを開く。砂撒き管、信号管、ベル、汽笛、ワイパへの給気弁を閉じる。この弁は先頭部にある。制御盤の二つのシールを破り、弁を二つとも閉じる。主空気ダメの排水をし、圧を抜く。次いでB-ユニットも同じ操作をする。注意:B-ユニットを先に操作するとAから空気が送られてしまう。   

 
その他、B-ユニットだけを切り離して回送する時やテンダだけの場合も書いてあるが割愛する。



 水没した線路を走るときは、冠水4インチ(約10cm)までとある。ブロワが廻っていれば浸水する可能性はない。
 トンネルを抜けるときはガスタービンの回転を最高に上げよ、とも書いてある。酸欠になる前に抜けてしまえということなのだろうか。
 クロッシングを渡るときはスロットルを10ノッチ以下にしておく、とある。30マイル/時以下の時はこの限りにあらずともある。レイルの欠損部での摩擦不足でスリップすることへの懸念だろう。意外に細かく注意がなされている。

 シャイアンとグリーンリヴァの機関区には、GEから派遣された技術者が常駐して、メンテナンスに当たっていたそうだ。燃料費が安くても、メンテナンス・コストはかなり高かったと思われる。燃料が高くなれば、直ちに廃車になったのは当然である。 それと相前後して、新世代の高性能ディーゼル電気機関車群が登場したのも大きなファクタだ。


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2020年11月05日

続々々々々 ガスタービン機関車の運転 

 潤滑についてはかなりの説明がある。

 タービンの軸の潤滑油ポンプは、タービンが止まるまで動かしていなければならない。先にディーゼルエンジンが止まると、焼き付いてしまう。
 また、タービンを起動するときディーゼルエンジンが何かの理由で止まると、タービンの潤滑油圧力もなくなるので、タービンの起動は出来なくなる。タービン軸潤滑油ポンプが異常を起こすと、運転台パネルに赤ランプが点くと同時にベルが鳴る。タービンをshutdownする手順が許す限り、速やかに停止させよ。これは、油圧が35 psi(約2.4気圧)以下であると、検知される。  

 タービン潤滑油の oil cooler からの戻り水が熱くなり過ぎると、ディーゼルエンジンの冷却水も熱くなる。タービンの異常を疑え。列車を止め、停止手順に従ってタービンを停止させる。

 また、燃料詰まりについても書いてある。
 燃圧計の読みが小さくなった時はフィルタが詰まっている可能性が高い。タービンを止め、Bユニットの後方にある燃料フィルタを切り替える。フィルタは2つあるので未使用の方を選択する。

 これについては、Tom Harveyから何回か聞かされた。それはタービン排気管の下にあって、かなり狭くて暑いのだそうだ。 


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2020年11月03日

続々々々 ガスタービン機関車の運転 

 ディーゼル燃料(軽油)についての注意が書いてある。

A-B unit Aユニットの床下タンクには、燃料計が5つ付いている。4つは燃料タンクの四隅に、1つはFireman(機関助士)の前にあるメータである。補助エンジンの燃料残量を示す。2500ガロンから500ガロン(約9.5 kLから1.9 kL)の示度であれば、補助エンジンとタービン始動用の両方に使うことができる。500ガロン以下は二つに分かれている。360ガロン(約1.4 kL) はディーゼル・エンジン用に、140ガロン(約530 L) はタービンの始動用に確保されている。燃料タンクの後側に付いている燃料計は、タービンの始動用燃料の残量を示している。

Dip Gage 主燃料(重油)の燃料は、テンダの天井面にある点検棒を抜いて確かめる。棒には燃料残量が記されている。




 第三世代のタービン電気機関車は、1時間に800ガロン(約3 kL)の重油を燃やすそうである。最大出力は 12 mph(約19 km/時)の時に得られる。そうすると、概算で 1 Lあたり 6 m走ることになる。 

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2020年11月01日

続々々 ガスタービン機関車の運転 

 燃料に関する注意もある。

tender connection 始動時にはディーゼル油(軽油)を使うが、後に重油に切り替わることになっている。しかしテンダの重油の温度が低すぎる場合は、軽油のままで燃焼を続ける。その時は出来る限り機関車を動かすべきではない。セレクタ・ハンドルをM2にして、主燃料(重油のこと)が十分に加熱されて自動的に切り替わるのを待つ。主燃料の燃圧計を注視せよ。そしてスロットルをアイドリングに戻せ。
 切り替わらない時は、テンダからの燃料パイプを調べ、ヴァルヴが開いているか確認せよ。


temperature gage 第二世代の重油の加熱は水蒸気を吹き込む方式だったが、第三世代のテンダの加熱は電熱である。テンダへの配管以外に電線が渡っているが、テンダの油温は現場に行って見なければならない。テンダの両方の妻面下方にある丸い装置である。当時はテレメータが困難な時代だったのだ。温度は110℉から200℉(43℃から93℃)であれば良い。「触われるが、長く触わっていられないような温度であれば良いのだ。」と、Tomは言っていた。 

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2020年10月30日

続々 ガスタービン機関車の運転 

 警報に対処する部分を読んで、タービン独特の部分を抜き書きする。

 タービンのOverspeed(異常高速回転)により、ベルが鳴る。ただちにシャットダウン・スウィッチを押せ。これは重油を燃焼している時も、軽油の時も起こりうる。
 Bユニットに行って、過回転検出機をリセットする。運転室に戻り始動ボタンを押す(一回では始動しないことがあるから数回繰り返せ)。過回転がよく起きるときは、セレクタ・ハンドルをM1にせよ。


 動輪の空転についてはかなりの紙幅を割いている。
 まず、空転が起こり始めたらブザが鳴るから、砂を撒くと同時にスロットルを戻す。空転が15秒以上起こるときには、励磁機に異常を来たしている可能性がある。一度スロットルを戻して空転検出ランプを注視せよ。
 空転を繰返す時は、制御盤を開けて、元スウィッチを切り、EMERG
(緊急モード)に切り替える。パネルのランプが点いたままならば、故障であるから申告せよ。EMERG では空転検出は行われないから、気を付けること。  

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2020年10月28日

続 ガスタービン機関車の運転

GTEL Engineer's Panel Engineer’s Panel 運転台のメータ類、スウィッチ類を見て行こう。意外にすっきりしている。

 ガスタービン起動スウィッチは下段中央の黒いボタンである。これを押せば起動する。シーケンスは全自動である。切るときはこれをもう一度押すだけである。
 左下の2つのメータは負荷と進段の目安のメータである。

 右上のVibration Reset というのはガスタービン機関車独特の装置である。ガスタービンの羽根が異常を来し、振動が大きくなったのを検知して知らせるランプが三つのランプの一番上にある。これが点くと、直ちにある動作をするようにマニュアルに書いてある。点灯時にはベルも鳴るとある。

 これは、タービンが異常な振動により自動的に停止したことを示すものである。B-unitに行って、再始動の手順を踏む。
 もしこの警報装置が再度作動するなら、15分間のクールダウン・クランキング
(羽根を均一に冷やす電動低速回転)をする。これは機関区で行う徐冷と同じ手順である。そして再度冷間から起動を試みる。もし、3、4度の再起動によってもガスタービンが廻り出さない時は、故障である。機関区に連絡せよ。 

 これを読むと、「警報装置の異常ということも疑ってみよ」ということであると納得した。 

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2020年10月26日

ガスタービン機関車の運転

 電気車の専門家にこのマニュアルを見せて、感想を聞いた。一言で言うと、「大したものだ」であった。1950年ごろにこのような機関車を全自動で起動し、加速も自動進段させ、なおかつ空転検知をしているのは凄いとしか言いようがない、とのことだ。

GTEL Master Control ダイナミック・ブレーキ(発電ブレーキ)はセレクタで切り替えて掛ける。このセレクタのポジションは、M1, M2, OFFとブレーキになっている。
 M1 はガスタービンがアイドリングしていて、補助エンジンが廻っている時に、選べる。
 M2 を選ぶと、ガスタービンが最高速で廻り、補助エンジンが843 rpmで廻る。
 その状態でスロットルを動かすわけである。ノッチは20段あると書いてあるが、Tomは14段しか使わなかったと言う。しかも途中の細かいノッチはほとんど意味がないそうだ。機械に任せておけば自動で進むからである。

 下にあるのは前後進の逆転ハンドルである。セレクタ・ハンドル、逆転ハンドルはスロットルがアイドリングの状態しか動かせないようになっている。これらは機械的にインタ・ロッキングされている。走行中に逆転すると大事故が起こるからである。

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2020年10月24日

ガスタービンの記事

 GTELの記事を連載したが、この種の記事は初めてということで、「興味深い」という連絡を多数戴いた。

 アメリカでも本は数冊出ているが、その内容に問題があったり、さらにその本からの引用によって、問題点がますます大きくなっている。人里離れたところを走っていた鉄道なので、関係者以外はその本質を知ることが少ないからである。

 筆者は偶然にも機関士Tom Harveyと長い付き合いがあったので、様々な情報を直接得ることができた。機関車の運転マニュアルを読んだ人は稀であろうから、そういう意味でも得難い情報を得たわけだ。
 この機関車は、発電所を積んでいる電気機関車である。マニュアルには意外なことが書いてあった。
 Traction motors are permanently connected in parallel. すなわち、主電動機には、発電機の出力が並列につないであるとある。界磁電流は牽引力に応じて自動で変化するとある。励磁機を調節して、その回転数で許される最大電流で廻すわけだ。しかし、ブラシの消耗は大きく、メンテナンスは大変であったろうと思う。このような情報は、あまり公表されていない。

 また、タービンの羽根の損傷が意外に多く、据置型、航空機搭載型には無い故障が続発した。鉄道車輛は衝撃が多いのである。

 先日読んだ本(Kalmbach 社発行のDiesel Spotter's Guide) には驚いた。第三世代の機関車の一部にはテンダにモータが付いていたとある。これは明らかな間違いである。

 世の中にはいろいろな人が居る。
 そうなると良いなと思うと、頭の中でそうに違いないと、話が出来上がってしまうタイプの人がある。全く客観性の無い妄想の世界に入ってしまう人だ。困ったことに、そういう人はそれを大きな声で語るので、それを信じてしまう人が増えてしまう。この種の人は、この趣味界には多いような気がしている。もちろん日本にもたくさん居るだろう。 


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2020年10月14日

消火器

 消火器の使い方にかなりの紙幅を割いている。消火器を持っていける程度の火事の場合は通常の手順通りだが、タービン搭載車輌の火事の場合の手順は全く異なる。

 火が出ている部屋の床下にある栓を開け、消火器につないだホースを差し込んで固定し、消火剤を注入する。中は消化泡で充満するのだろう。パワーユニットは、防火上の理由でいくつかの部屋に分かれているのだ。出火するところは後半部分に限られているから、そのあたりの栓の数は多い。

3-unit turbine manual  (2) 消火器は、コントロール・ユニットに1台とパワーユニットの電気室に1台ある。タービンのある後半部分にはホースを取り付ける栓がL1〜L5まである。もし足らないようなら、もう一つの消火器を使え、とまで書いてある。
 火事になったことは、幸いにしてない。 タービンの信頼性はなかなかのものである。燃料が引火しにくい重油であることが大きなファクタだろう。

 第三世代の機関車は踏切事故で脱線している。かなりひどく衝撃を受けているが、火事は起こさなかった。この時は対向列車のガスタービン機関車も突っ込んできて、かなりひどいことになったが無事だった。

Fuel 第一、第二世代の機関車の重油のタンクは、床下にぶら下がっているだけではない。床上にある。運転室部分を除くほとんどの部分の床下には2 ft(60 cm)ほどの高さまでタンクがある。タービンエンジンは小さいので、その上に載っているだけである。(先回400マイルしか走れないと書いたところ、あんな小さなタンクで走れるのかという問い合わせがあった。重油タンクは目に見えない部分にもあって7200ガロン 27 kLもある。すなわち、重油1Lあたり23 m走る計算になる。)

 運転室の床下は軽油タンクになっていて、最後尾には水タンクがある。車内に巨大なタンクがあるので、消費すると軽くなってスリップしやすくなる。テンダを付けてからはそういう心配が減った。しかしその部分に軽油を入れているので、軽くなっていくことは間違いない。

 コントロールユニットの消火器の横には、便器がある。当時の運転台付きの機関車には、そこに便器があった。のちにDDA40Xの時代になると、キャブの前に移された。筆者はFP45のトイレを使わせてもらったことがある。大小便は電熱で焼却されて灰になった。
 運転室には、飲料水の瓶もある。逆さにして据え付けてある。5ガロン19 Lの瓶だ。

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2020年10月12日

モ−タ・ブロワ

 電気機関車であるから、主電動機には冷却風を送っている。機関車のエンジンから、変速機を経てブロワを廻す。即ちエンジンの回転数が大きい時は、ブロワは早く廻る。このブロワの出力は大きく、線路の砂利さえも飛ぶほどである。したがって、その隙間にある砂などは完全に吹き飛ばされている。
 機関車が走ってくるところを前から写した動画では、機関車の側面から砂煙が上がっていることが多い。それはこのブロワによって作られているものである。

3-unit turbine manual  (3)3-unit turbine manual  (4) 第三世代のタービン機関車のコントロール・ユニットのブロワ㊴はディーゼルエンジンで駆動され、パワーユニットのブロワ㊳はタービン出力の先の発電機の内、左側の先で駆動されている。(ということは、タービンが止まるとブロワも止まるということである。補助エンジンだけで動くときは後ろには給電されないのかもしれない。この点については、マニュアルには記載がないが、そう考えざるを得ない)。

 天井にある冷却ファンもディーゼルエンジンによる駆動である。ダイナミックブレーキのファンは別系統の電動であるはずだが、その記述がない。これが壊れた時の対処は書いてあるが、重い列車を牽いて長い下り坂を下りるのは難しいだろう。

3-unit turbine manual  (1) コンプレッサはディーゼルエンジンの前後に2つある。マニュアルには故障時にそれを切り離す時の手順が写真入りで細かく書いてある。軸にかぶせてあるスリーヴをずらすと、切り離されるのだ。コンプレッサは二つあり、片方が生きていれば問題はない、とある。それほど故障率が高かったのだろうか。


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2020年10月10日

ガスタービンを始動する

4500hp gasturbine ガスタービンはどんな燃料でも、火が付けば燃やせる。重油はそう簡単には火が付かないので、燃焼室が十分に熱くなってから供給する。点火時は火の点き易いディーゼル・オイル(軽油)を用いる。

 発電機に補助エンジンで発生した電力を投入し、モータとして回転させる。それに接続されているタービンが高速回転すると、吸入した空気は前半のタービンで数分の一に圧縮されるのでかなり熱くなる。そこにスタータ・オイル(軽油の事)を噴霧すると同時に、電気火花を与えると点火する。うまく行けば数秒で規定の回転数まで上がる。燃焼室が赤熱するまでその状態を保つ。そこで燃料を切り替えれば燃焼は持続し、稼働状態になる。このプロセスはすべて全自動で行われる
 その切り替え時に火が消えることがあるので、そこだけは見ている必要がある。失敗の原因は重油の予熱が不足している時である。それと燃焼室の温度が足らない時だ。燃焼室は6個あるが、どの部屋にもギヤポンプで同じ量の燃料が供給されるようになっている。またすべての燃焼室は横につながれている。そうしないとタービンの羽根に均一に力が掛からないので、壊れることがあるからだ。点火に成功すれば、最大出力まで上げ、燃焼室を十分に熱くする。温度を確認してスロットルを絞るが、燃料はすさまじい勢いで注入される。

 この種のエンジンはアイドリングでもフルスロットルの半分の燃料を喰う。また、音が大きいので、目的地に着いたら、さっさとエンジンを切る。しかし、ディーゼルエンジンは止めずに、タービンの出力軸を低速で廻して置く。こうしておかないと、軸受やタービンの羽根が傷む。どの羽根も、均一に冷えるようにするのだ。ディーゼルエンジンはいつも廻してある。

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2020年10月08日

続 第三世代のGTEL

 2輌目の機関車は、power unit と呼ばれた。この車輌は鉄橋のような頑丈な鉄骨を組んだ台枠の上にガスタービンと発電機を載せたもので、車体の板は外からクランプで締め付けてあるだけである。要するに外板を外せば裸になり、タービン全体を点検し易くなる。排気孔周辺は高温になるので、周りにほとんど何も置いてない。
 発電機は2台が並列に置いてあり、車体幅ぎりぎりである。アクセスは外の扉を開いて行う。

 始動に失敗すると、未燃焼の燃料の霧が外に飛び出し、それに引火すると大きな火の玉となる(2:21から)。これをbird burner という人も居た。見ればそうかもしれないと思う。こういうことはよくあるので、テンダ上面には重油の雨が降り、黒く汚れている場合が多い。それは側面にも流れている。

 音が大きいのには参った、とTomは語った。聴力が低下するから、労働災害だと言っていた。ロス・アンジェルスまでの運用も試したが、現地での騒音がひどく断念したそうだ。やはりワイオミングのような田舎で使うのが良い。 

 第三世代は、個別にいろいろな改良工事が施された。乗務すると、すべて個性があった。その中でもNo.30は特別に出力を大きくした実験機であった。通常型は8500 HPであったが、これは優に10000 HPを超え、それを消費するモータの数が不足した。テンダ台車にモータを付けることも考えられたが、それまでに廃車になってしまった。燃料の消費量はすさまじかったからだ。


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2020年10月06日

第三世代のGTEL

 より高出力の機関車は、動軸数が多くなければならなかった。低速での引張力を稼ぐには12軸が必要ということになったらしい。そうなると単一車体ではとても無理で、2車体連結にすることになった。30輌が作られ、3-unit turbineと呼ばれた。当時世界最大の出力を誇る機関車であって、これの採用によりBig Boyの置き換えが進んだ。

cooling & heating 1 1輌目はcontrol unit と呼ばれ、補助エンジンのディーゼルエンジン(850HP)を載せていた。これを始動すると、その冷却水で各種のヒータが温まる。運転室の暖房も賄っていた。運転室には電気ヒータもあったが、それは非常用であって、通常時の使用は禁止されていた。その電源は補助エンジンのバッテリィから取っていたので、無駄に使うと、補助エンジンのクランキング(始動)ができなくなるとマニュアルにある。

cooling & heating 2 2車体を跨ぐ、屋根上の太い曲がった断熱ホースは、この冷却水の往還である。これを省略したモデルをよく見るが、画龍点睛を欠いていると感じる。

 ディーゼルエンジンの発電機は主発電機をモータとして回転させ、タービンの起動に用いる。構内の運転にはディーゼルエンジンの出力を用いる。(スロットルのノッチは4までとする。その時出力を示すメータは作動しないとある。) 

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2020年10月04日

第二世代のGTEL 

 第一世代のGTELは箱型の車体で、機関車内の狭い通路を通らねばならなかったが、そこは死ぬほど暑く大変だった。どうせなら外を歩いて、点検ドアを開けて中を見る方が良いことになったので、その次の世代の15輌はVeranda Turbineと呼ばれた。この時代のタービン、発電機はまだ小さく、車体の横幅には余裕があったからだ。

 これも廃車になったUP9000のテンダを再利用したテンダを付けたが、そのつくりはかなり変更されている。上廻りを大半切り捨てて、新製した円筒状タンクを付けた。熱絶縁も改良され、それほど表面が熱くはならなくなった。テンダの妻の片面は球面であるが、もう片方は平面に近いものもあった。再生改装品だから、そのようなちぐはぐなところがあったのは仕方ない。加熱された重油は熱絶縁された可撓パイプを通して機関車に送られた。

 吸気孔は側面にあったが、吸気抵抗低減のために、より大面積の稼げる屋根上に移された。排気は、斜め後ろに吹き出すように、大きな四角の排気ダクトから放出された。

 これも4500HPしかなかったので、出力は不足することがあり、補機が必要になった。何台かが重連可能仕様に変更された。もちろん相手はディーゼル電気機関車である。先に述べた理由で、タービン同士は重連するべきではない。蒸気機関車とも重連したが、UP当局はそういう運用を避けた。乗務員が沢山要るからである。総括制御で、複数の機関車を同時に動かしたかったのだ。
 出力不足は如何ともしがたく、もっと大出力で引張力のある機関車の出現が待たれた。

 筆者はこの機関車を1輌持っている。下廻りはスクラッチから作っているが、これは未完成である。部品は出来ているので間もなく公表できるだろう。

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2020年10月02日

第一世代のGTEL

 GEの試作デモ機は東部の鉄道での試用を経てUPにやってきた。両運転台で、あまり良い形とは思えない。UPのような長距離を走る鉄道では、片運転台であっても何ら不都合はない。また、転向に要する場所はいくらでもある田舎である。
 UPは低燃費(低質油をタダ同然で買うことができた)に興味を示した。当時は沿線の炭鉱がストライキ中で、Big Boyをはじめとする高性能蒸気機関車群の燃費がかさむ時代であった。4-8-4、4-6-6-4は重油焚に改造したが、Big Boyだけは石炭を焚かないとボイラが歪む可能性があった。
 
 蒸気機関車と同等の引張力を持つ機関車を、次世代の機関車として確保しておきたかったUPは飛びついた。1年ほど試運転をし、片運転台の増備機を10輌発注した。これが第一世代機である。
 
 当初は、燃料タンクは車体の下にあったが、容量が少なく400マイルしか走れなかった。長距離用にテンダを付けることになった。廃車になった 9000(4-12-2)のテンダの炭庫を外してタンクを増大させたのだ。蒸気を吹き込んで加熱する。凝縮してできた水はどうなるのか聞くと、「放っておけば出て行く」と言った。
 吹き込む量は多い。その理由は単純である。タンクの熱絶縁が完全でないからである。だからテンダはかなり熱い。雨が降ると湯気が上がっているのが見えたそうだ。後に製造された分については、きちんと熱絶縁されているという。

 テンダの容量は非常に大きいので、一つのテンダを挟んで2輌の機関車を背中合わせにつなぐということもやってみた。しかしこれは大いに問題があったそうだ。
 ガスタービンは多量の空気を消費するので、トンネルの中では酸欠が起こり、後続の車輛に大きな影響を与えた。酸欠よりも、排気温度が高いのが問題だったかもしれない。家畜車の動物は具合が悪くなるし、この実験では2輌目の機関車の火が消えたことがあるそうで、それは取りやめとなった。高温の空気では、酸素が足らないからだ。単独でも、もっと大出力のガスタービンが必要であった。タービンの出力は低標高、低温度で増大する。UPの本線のように標高2000 m以上で、なおかつトンネル中のような高温では具合が悪くなるのは当然だ。

 一度火が消えると再着火するには、かなりの手間がかかる。テンダを越えて後ろの機関車まで歩いて行かねばならない。しかも未燃焼の重油が屋根から吹き出してそのあたり一面がべとべとであった。

 この第一世代のGTEL の模型は2輌持っている。一台はLPG専焼だ。塗装するばかりになっている。

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2020年09月30日

GTEL

 GTELとはGas Turbine Electric Locomotiveである。ヂーテルと発音する。アメリカ中探しても、UP以外の大量採用例はない。 

 どうしてGTELが登場したのかという理由は、燃料の安さということに行きつく。ガスタービンというものは連続燃焼であり、燃えるものなら何でもエネルギィに変えることができる。天然ガスだろうが、石炭ガスだろうが、重油だろうが構わない。ただし効率はそれほど高くないから、燃料が安いということが条件となる。
 戦後のアメリカでは低品質の重油がとても安かった。Bunker Cというグレードのものが極端に安かったらしい。これは石油を蒸留して順にガソリン、灯油、軽油、軽重油を取った残りで、常温では流動しにくいが、温度を上げれば流動するというものであった。1950年頃は原油の15%ほどがこの残渣油であり、船で燃やす以外の用途があまり無かった。その中でも最低級のものは極めて安価だったらしい。
 これを使えれば、大きな経費節減となる。一方、当時のディーゼル・エンジンはそれほど高性能ではなく、また故障も多かった。そういう時代に、次世代のエンジンとしてガスタービンは華々しく登場したのだ。
 もう一つのファクタとして、UP本線の沿線には海がないことである。潮風に含まれているナトリウムイオンは、重油の中のバナジウムと結合し、タービンブレード上にガラス状のバナジン酸ナトリウムとなって析出する。UPでは、その種の心配がなかったからだ。ガスタービン動力の船はその問題をクリアするのに、苦労している。

 その後、石油化学が進歩すると同時に、プラスティックが大量消費される時代が来た。プラスティックの原料はエチレンである。エチレンは、その重油を高温で触媒に接触させて分解する(steam cracking)と、容易に得られるようになった。するとタダ同然だった重油が価値を持ち始め、燃料費を節約することができなくなってしまった。
 また、安い重油を燃やすと燃え残りもあり、それがタービンの羽根に付着することもあって、意外と保守費も掛かるものであった。

 燃料費の高騰につれディーゼルエンジンの価値が増し、高性能エンジンの開発と高効率で保守不要のオルタネータ、シリコン整流器の採用により、1960年代末にはGTELの時代は終わった。


 筆者はその機関士であったTom Harvey に、運転状況等を詳しくインタヴュウしているので、紹介していこう。ガスタービン機関車の運転に関する記事は世界中見ても稀なことであるから、徐々に進めていきたい。

8500HP GTEL まず、運転マニュアルを見てみよう。これは意外にページ数が少ない。言い換えると、運転に際してはあまり難しいことがなかったようだ。


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2012年05月27日

Illinois 鉄道博物館 再訪

 シカゴに戻って、最初にイリノイ鉄道博物館に行った。2年前にも行っているが、その時写真を写し損ねたものがあったので、それを撮りに行ったのだ。
 
COM_4181-2COM_4190-2COM_4196-2 それは8500hp タービン電気機関車である。この模型を作り始めて、かれこれ20年以上になる。
 分からないところがいっぱいあって、色々な本を買い集めたが、現物を見ないとどうしようもない。たとえ現物を見られても、上に登れないと面白くない。模型は屋根まで作らねばならないからだ。

COM_4200-2COM_4294-2COM_4199-2 この排気口の内部の写真は、まず公表されていない。今回はひょんなことから、その撮影ができた。Chicago O scale Meet の行事のひとつとして、この博物館の特別観覧があった。冬季閉鎖中の博物館に入れてくれるのである。
 行ってみたら、筆者が最初の訪問者で、あと10名ほどしかいなかった。主催者は「全ての扉を開放するから勝手に見てくれ(Self Guided Tour)。」と言う。
 これはチャンスである。「自己責任 (At your own risk) で上に登っても構わぬ。」というので、テンダから登って排気口を覗き込んだ。見ていた他の連中も、いろんな車輌に登って屋根の写真を撮り始めた。 

2010年11月22日

Coal Steam Turbine by MTH

C&O M-1 C&O鉄道はアメリカで最大の石炭運搬量を誇っていた。その石炭を燃やして走る蒸気タービン電気機関車M-1 を作ろうとしたのは、当然であろう。

 M-1 の車軸配置は例がないものであった。4-8-0+4-8-4という構成で前部に28トンの石炭、後部にボイラと発電機を搭載した。水はテンダに100トン積む。 1946年、この機関車はオハイオ州シンシナティ市から、ワシントンDCまでの1000キロを12時間で結ぶ特急列車のために計画された。この道は曲線と勾配が多く、蒸気機関車では困難な経路であった。ディーゼル機関車には石油を購入しなければならないが、蒸気タービンは石炭を燃やす。彼らはどうしてもこれを実現したかったようだ。

M-1 Coal bunkerM-1 roof 1947年に納車されたが、残念ながら、結果は思わしいものではなかった。石炭クズは動力台車のモータをショートさせることがあったし、ボイラが後ろ向きなので運転中に常に後を見る必要があった。コンピュータのない時代なので、それは大変なことであったと思われる。
 結局のところ採算が全く合わず、C&Oは1年でこの計画を放棄する羽目になる。1949年には解体されてしまった。  

M-1 rearM-1 front まさかその機関車が商品化されるとは思わなかった。MTHは2008年にこれを売り出した。先日千葉の川島教昭氏のお宅に伺った時に、写真を撮らせて戴いた。
 氏の方針で、全ての軸箱は可動式に作り替えられている。動力は全て新製である。三線式の模型を手に入れて改装されたそうで、改造には大変な手間を掛けられたようである。
 後テンダの高さを調整すれば出来上がりというところまで出来ている。テンダは肉厚のダイカストで、重くて仕方が無いので内側をフライスで肉抜きしたとおっしゃっていた。
 このような機関車を作って完売するMTHのマーケティングには感心する。ちなみに価格は1000ドルを少し切る。
 

2010年05月26日

Illinois Railway Museum その10

UP GTEL TruckUP GTEL Truck 2UP GTEL





UP GTEL Power Unit EndUP GTEL Tender EndUP GTEL Tender











 UPの3ユニット・タービン電気機関車を作っているので、詳細が分かる写真を撮った。尤も、このタイプのタービン機関車は30台あるが、全て外観が異なるから、特定番号機を作るときにしか役に立たない。
 今思えば、巨大な排気孔の中を、はしごをよじ登って写すべきであった。内部の写真は2枚しか公表されていないから、貴重なものになったはずだ。

 側面のはしごの出具合などの参考になる。台車も以前見たタイプといろいろなところが微妙に違う。


2007年08月24日

Prime Mover

 プライム・ムーヴァとは何かという質問を受けた。Primeとはラテン語の「No.1」という意味である。Moverは動かすものであり、現代語訳としては「原動機」ということになる。

 蒸気機関車には使わない。それ自身が原動機だからだ。製材工場内の据え置き式蒸気機関には使う。ディーゼル電気機関車、タービン電気機関車では、それぞれディーゼル・エンジン、ガス・タービン・エンジンを指す。

 アメリカやイギリスの本を見ていると、よく出てくる表現である。

精神的な原動力となる人物にも使う表現である。ある集団で中心になる人をPrime Moverというが、最近はあまり聞かなくなった。1970年代のアメリカではよく使われた。元々はこの世を創った「神」という意味であった。

 機関車の内容説明の文書には必ず出てくる。エンジンと言えば済むことなのに、どうしてこのような長い言葉を使うのだろうか。

エンジンにはさまざまな補機類が付いている、冷却水ポンプ、過給機、潤滑油ポンプ、燃料噴射ポンプ、これらはSecondary Moverと呼ばれる。

 それでは発電機(Generator, Alternator)、駆動用モータ(Traction Motor)は何に属するかというと、これらは動力伝達装置である。

タービン電気機関車の場合、補助動力用に小さい(といっても850馬力)のディーゼル・エンジンが載っている。これは補機類の駆動用と、機関区構内での低速移動用だそうだからSecondary Moverなのだろう。

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2007年08月21日

ダイナミック・ブレーキを掛ける

 Steffes氏の本の中に、ダイナミック・ブレーキの効かせ方についての記述があった。Tom Harveyからも聞いていたことなので、極めて普遍的な話であろう。

 長大な貨物列車を牽いて、坂を越えていく。峠を越えると、そのまま下っていくが、この時各車輌間の連結器には力が掛かっていない。隙間が空いている。

 そこで機関車だけに少しブレーキを掛ける。すると、貨車は前からズンズンと連結器の隙間を詰めていく。その衝撃はとても弱いものだが、体で感じることが出来るものらしい。

 全部の連結器が詰まった状態になったのを確認して、ダイナミック・ブレーキを効かせるのだそうだ。効かせ方は、当然最初は緩く、徐々に強くしていく。後ろから貨物列車がすごい勢いで押してくるのが分かるそうだ。

 ブレーキ・グリッドは赤熱し、放熱ファンは最高速で廻る。その音を聞いていなければならない。何かの故障でファンが止まれば、それはとんでもない事故の前兆だ。

 機関車のエンジンルームの上にはダイナミック・ブレーキ装置が載っている。そのファンも廻すようにした模型を作った日本のメーカがあった。さすがにアメリカの雑誌では酷評されていた。巡航時には動くはずは無い。さりとて、ブレーキを掛けたときだけ動かそうと思うと大変だ。

 筆者のDDA40Xの一台にはダイナミック・ブレーキが搭載されている。ブレーキを効かせたときは、サウンド装置のダイナミック・ブレーキ音が同期するようになっている。つまらぬ装置だが簡単に出来て楽しみを増加させる。いずれ、ファンも廻すように出来るだろうか。
 

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2007年04月06日

続 3-unit Turbine 

UP14  この写真は24mmレンズで撮ってある。f11まで絞ってあるので、周辺光量も十分だ。隅々まで高い解像度を持つすばらしいレンズであった。

 露出計は入射光型を使うので、このような近距離の被写体では完璧な露出ができる。筆者はTTL(レンズを通った光を測定する方式、現在は全てこの方式である)露出計に対して妙な嫌悪感を持ち、未だに信用していない。NikonF4あたりからTTLの精度は確実に上がったが、それに入射光型の方のデータを加味して撮影する。

 もっとも、最近のフィルムはラチチュード(露出の過多、過少に対する許容度)が大きくなったので、TTL プラス モータドライヴで適当に撮っても何とかなるようだ。

 コダクロームの時代は1/3絞りの過多で全く駄目になったものだ。1970年頃、終戦直後にアメリカ軍の将校が撮ったコダクロームを見て、その鮮やかさに驚いたものだ。ネガフィルムはほとんど退色していくが、陽画はほとんどそのまま残すことができる。

 それ以来、重要な写真は全てコダクロームのスライドにしてある。

B unit Ladder さて、これは現在のオグデンの博物館のUP26である。B-unitのハシゴの内1本は台車の回転の邪魔にならぬよう、かなり外にぶら下げてある。模型化するとき、ここの処理が重要なポイントになる。ほとんどの模型は、ハシゴを車体と同一面に取り付けているので、台車の回転を妨げている。           

2007年04月05日

3-unit Turbine

3-unit Turbine Engine この写真は本邦初公開である。1977年の8月、ソルトレーク市の機関区のはずれで撮ったものである。これもコダクロームである。

 友人のフランクが、突然やってきて、「タービンがいる!」と言うのである。廃車になって10年以上経つから、ありえない話だと思ったが、彼の車に飛び乗って駆けつけた。

 確かに居た。どう考えても理屈に合わない。どこかから回送されて来て、たまたまそこに居たのだろうか。一週間後には消えていた。

 その前につながっているのはGP-9やSD-7である。あちこちの機関区から廃車予定の機関車を集めていたのであろう。このとき以来GP-9は見かけない。

 Aユニットだけが2台つながれていた。これは厳密にはタービン機関車ではない。正確にはコントロール・ユニットと呼ばれて、補助機関の850馬力ディーゼルエンジンを積んでいる。これでブレーキ用の空気圧縮、励磁などを行う。

 タービンの発音であるが、最近"ターバイン"という人をよく見かける。"タービン"と発音しないと、野卑な感じがする。

 携帯電話でインターネットなどをするとき"モーバイル"というのも、筆者にはとても気になる。教養ある人はモービルと言う。

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2007年03月30日

Ogden Union Station

Ogden Union Station これも70年代の写真である。オグデンはソルトレークの北約60キロにあり、SP,UPの接続駅であった。70年代にはもう旅客列車は少なかったが、どうしても乗りたくなって、ネバダ州Rinoまで行くことになった。 
  
 切符を買って所定の時間に駅に行ったが、汽車(AMTRAK)は来ない。駅員は「今日は貨物列車が脱線したから、カンザスシティー経由でしか来られない。8時間遅れだ。」と言う。仕方が無いから、市内の友達の家で泊めてもらい、早朝に駅に行った。

 駅員は「お前は日本人か?日本にはシンカンセンという列車があるそうだな。どれくらい速いか。」と聞く。「最高速は140マイル位かな。」と答えると、「な−んだ、その程度か。この国でもそれくらいの最高速を出せる機関車はある。」と言う。

 「でも、それが15分おきに走っている」というと、目を丸くして驚いた。「本当か?列車の間隔がそんなに狭くて追突はしないのか。」と聞く。「旅客列車にそんなに人が乗るのかね。こちらの旅客列車は週2便だけどな。」

 これは30年前の話だが、今でも旅客列車はとても少ない。新幹線が5分おきに走っていることをアメリカの人たちは理解できないだろう。

UP822 FEF2 at Ogden さて、今回は久しぶりにオグデンの博物館を訪ねた。Union Stationが博物館になっている。中にはソルトレークを 渡っていた木橋の実物も展示してあった。屋外にはFEF2の833号機、DDA40X、3-unitタービン電気機関車などが展示してある。以前は柵の中には立ち入り禁止であったのに、どういうわけか中に入れた。

UP26 at Ogden RR Museum 展示物の下にもぐりこむ事も可能であったので、タービン機関車の床下の写真をたくさん撮ってきた。
 

2007年03月28日

Echo Canyon

Echo Canyon エコー・キャニヨンは、グリーンリヴァーとソルトレークシティーの中間にある。

 細い谷ではあるが勾配が小さく、鉄道を敷くには適した場所である。ここは筆者がもっとも好きな鉄道風景である。

 古い映画を見ると、この谷を汽笛を響かせながらBig Boyやタービン電気機関車が100輌もの貨車を引いて走る様子がよく出てくる。

 実際にこの谷に立って。音を聞くと遠くの方から機関車の音が響いてくる。最近は高速道路のトラックのエンジン音が邪魔をするが、それでもよく聞こえる。

 手を振って汽笛を鳴らしてもらうと、音がこだまするのがよく聞こえる。

 すばらしい写真が紹介されているのでご覧戴きたい。

 この写真は、エコー・キャニヨンの東の出口から望遠レンズで撮ったものである。このまましばらく東に向かうとUPの本線は上下二段になり、崖にへばりついて走る。その写真は80年ころの雑誌に発表したことがある。

 筆者のレイアウトの半分はその情景を再現している。

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2006年09月29日

Janのエッチングキット

c4b61f1d.jpg この写真の右手にボディ側面の傾斜が始まる部分がある。その線で車体が接続されている。窓枠もその線の延長上で接続される。こんな細いところでつながなくてもとも思うが、これがなかなかよいアイデアで車体の曲げ加工が簡単にできるようになっている。このGTELはヴェランダ・タービンと呼ばれている。回廊部屋根のひさし高さで全周を継いであるのだ。

 こうすることによって、エッチング板の構成が非常に簡単になり、価格を低く抑えている。
 
 細い窓枠の裏にはブラスの線を貼り付けておけば外れることはない。外側に見える継ぎ目は、やすり落としてしまえばよい。
 
 初め、このキットを見たとき、「こんなもの、できるものか」と思ったが組み立ては容易で、驚いた。
このような発想のキットは他に例を見ない。

 Janのキットにはホワイトメタルが多用される。先日のEMDE-8もそうである。出来がよければいいのだが、たいてい何かおかしい。

 「ここのキットを元に作りました」という作品のうち、素晴らしい出来のものは、エッチング板以外はすべて作り直したものが殆どだ。

 Janは数年前に亡くなった。

2006年09月10日

3-unit GTEL

3492a22d.jpg GTELとはGas Turbine Electric Locomotiveのことである。ディーゼル機関ではなくガスタービンで発電機を動かし、それを各軸のモータに分配して列車を牽く機関車を言う。
 日本のこれまでのディーゼル機関車には電気式のものは少ない。最近久しぶりに電気式が現れた程度であるが、アメリカはその逆で殆どが電気式である。大出力ではトルクコンバータ内のクラッチが持たないからである。
 
 Union Pacific鉄道は世界の鉄道の中で、その種の機関車を最も多く保有し、稼動させた鉄道である。初期のものは4500馬力程度であったが、何度かの改良により最終的に8500馬力の機関車を30輌稼動させた。この写真の機関車はその中で最終機番であり、意欲的な改造実験により11,000馬力を叩き出したモデルである。
 
 8500馬力級の機関車は3ユニットに分かれ、1輌目はコントロール・ユニット、2輌目はパワ・ユニット、3輌目はテンダ(炭水車)である。もっとも石炭ではなく重油を積んでいる。重油は粘いので、ヒータで予熱して圧送する。水は積んでいない。

1輌目には補助ディーゼル機関(それでも850馬力ある)と空気圧縮機などの補機類を積み、2輌目にはガスタービンが積まれている。排ガスは2輌目の最後尾から、炭水車の上をかすめて斜め後ろに噴き出す。その音はまさにジェット機の離陸時の轟音であり、UPのように田舎を走る鉄道にしか許されない凄まじさであった。

 そもそもどうしてこのようなタービン機関車が導入されたのかというと、燃料費の高騰に端を発している。ディーゼル用の軽油の値段に比べ4分の1のC重油を使うにはもっとも簡単な方法であったそうだ。ただし、距離あたりの消費量は軽油の2倍ほども喰い、決して良くなかった。機関車自体の保守費用を考えると、高性能なディーゼル機関車が出現すれば、負けそうな範囲にあったという。
 しかも、アイドリング時でもフルパワァの半分もの燃料を無駄喰いしたのである。

 事実5000馬力のDD35、6600馬力クラスのDDA40Xが出現すると、たちまち廃車になってしまった。しかしこの機関車は、UPの飽くなきハイパワへの挑戦を象徴している。そしていつの世の鉄道ファンも、これを特別な機関車として敬愛の目で見つめるのである。 

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