鉄道模型

2021年07月31日

吊掛け駆動

吊掛け駆動 非常に明快な、吊掛け駆動のさし絵があった。TMSの100号の記事に8号の絵が再録されていた。これは素晴しい絵だ。モータは自作なのだろう。軸を伸ばして、先にも軸受があれば、言うことはない。いわゆる棒型モータの原型だ。
 8号はあるが、紙が劣化しているので、あまり開きたくない。 早くデジタル化せねばならない。
 
 吊掛け駆動、トルクアーム、トルクチューブの区別が難しいという話を聞くので、新刊にその解説をすることにした。
 要するに、吊掛け式ではモータの重さの一部が車軸に掛かっている。後の2つはいわゆるカルダン駆動である。カルダン駆動では、モータは車体に固定され、ギヤボックスは自由に動く。カルダン軸は、ユニヴァーサル・ジョイントによるトルク伝達軸である。ギヤボックスに発生する反トルクは、いろいろな方法で押さえ込まれて、その結果として牽引力を生み出す。 

チューブはよじれる ゴムチューブによる接続はよく用いられているが、正しいところがない。ギヤボックスの反トルクを、ゴムチューブで承けることは出来ないから、妙なよじれ方をして、効率は下がる。前後進で調子が異なるものが大半だ。雑誌にはこの方法がいまだに載っている。全く進歩していない。

閑林式吊掛けモータ 30年ほど前、閑林氏は面白い吊掛け法を開発した。それはモータ軸を延長して、それをそのまま吊掛けの支持装置にしてしまう方法だった。すなわち、モータ軸を反トルクの伝達に使うわけだ。
 モータ軸にピッタリ嵌まるパイプを用意し、ギヤボックスから生えている駆動軸に挿し込んで、5分間型エポキシ接着剤を流し込む。モータを回転させながらエポキシ樹脂が硬化するのを待つと、心が出たまま固まる。ギヤボックスを台枠に嵌めて、動軸をセットし、軸箱の底蓋を留める。モータの後ろを台枠に半固定すると完成である。シリコーン・シーラントなどを使うと良いらしい。

 この方法には弱点がある。衝撃に弱いのだ。長くて細いものに、折る方向の力が掛かる。

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2021年07月13日

M10000の座席

3D print M10000の座席をアルミニウム板と木片から作り始めたが、形が揃いにくく、たくさん作ってそれから選る必要があった。その準備を始めたが、しばらく放置されていた。
 3Dの師のS氏から連絡があって、お願いすべきものを頼んだ。座席の話を出すと、空きスペースがあるからそこに突っ込めば安上がりだと教えてもらった。

 早速、簡単な図面と写真を送ったところ、たちまち図面が到来し、承認した次の日には造形が始まったようだ。あっという間に届いて、床板に付けられた。実は貼り足したアルミ板の厚さの分だけ高さを減らすのを忘れて、底面をベルトサンダで擦り落としている。

M10000 スーパーXで貼り付けて、塗装した。すぐ出来上がり、人形をごく適当に乗せた。例によって人形の足は切断したり、背中や尻を削ったりしているので、車内を覗き込まれると、具合が悪い。この種のあまり見えない造作は、3Dプリントで十分だ。簡単で、安価である。S氏には感謝する。

  例の「はと」編成の座席を作らねばならない。3Dプリントで作るに限る。参考になる図面を探している。  

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2021年07月05日

続 合葉博治氏の記事

 筆者は、自分の経験を話した。5歳のときから、3線式Oゲージを楽しんだが、中学生の頃、こんなのでは駄目だと思った。車輪の形、線路の構成、バネが利かないこと、モータの設計がおかしいこと、軸受の構成が間違っていることなどである。
 品揃えの良い模型屋に行ってバネ付き台車を手に入れたが、軸受はどうしようもないほどひどかった。全部自作する以外ない、と覚悟を決め、旋盤を買った。と筆者の模型歴をかいつまんで話した。

 父親から聞いたことを基に少しずつ実現していったが、それは決して平坦な道ではなかった。70年代初頭にアメリカの模型を見て、日本との違いを考えたのが大きな転機になった。車輪が鋼製の物が多かった。黒染めし、塗装してあるので錆は少ない。形が良かった。また踏面の錆は走らせれば落ちる。軸は鋼製で細かった。日本の半分の太さだ。 
 動力は、All-nationのは秀逸だが、その他はあまり感心しなかった。日本製の輸出品はよく出来ているが、走りは今ひとつだった。「モータが良くない」と、アメリカ製のモータに取り替える人が多く、歯車装置ごと取り替える人も居た。それらはとても良く走った。
 帰国後、祖父江氏と知り合って、動力改造で協力することが出来た。アイデアが形になるのは楽しく、様々な工夫を実現したが、3条ウォームに敵うものは無かった。Model Railroaderに発表したら、世界中から問い合わせが来た、という話をしたら、
「そりゃ当然だ。大発明だからね。しかも、貴方のには反トルク承けが簡単な方法で付けてあるが、こういうものも付けてない模型が大半なのだよ。有名な模型人が作ったものでも、合格点が与えられないんだ。力学の基礎なんだが、模型には関係ないと思っているのだろうね。そんな模型を雑誌に載せてしまうというのが、根本的に間違っている正しい鉄道模型というものを広めるべきだったのだよ。」
と述べた。

 モータを開放するクラッチの話題も出た。
「あれは駄目。1輛しかなくて、手で押すなら良いけどね。編成では事故の元以外の何物でもない。だいたいね、下り坂でどうするの?レイアウトで走らせたことのない人の発想だね。」
ということだった。当時は軸受にボールベアリングを入れる人は居ず、摩擦が多い時代だったが、さすがは電鉄会社の技術屋であって、見抜いていた。
「3条ウォームは押せばモータが廻るし、それで発電してもう1輛が動くところが素晴らしい。」
と、奥さんを呼びに行って見せていた。 

 筆者の電流制御のコントローラも持って行ったので、それを使った運転は、合葉氏の知的好奇心をいたく刺激したようだ。
「貴方の発想は素晴しい。鉄道模型界のノーベル賞だ。」と激賞された。 

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2021年06月11日

TMSの発音表記

 taper-wound の発音調査にはかなり時間がかかったが、一応見るべきものは見た。山崎氏の最初の表記 "ウーンド” は明らかな間違いで、その後の "ワゥーンド"は、誰かに注意されて直したのだろうが、まだ駄目ということだったのだろう。その注意した人とは、翻訳家の日吉菊雄氏に違いない。しかしそれを聞いているのに、再現が不完全だ。

 このミキストの記事は高校生の時に読んだ。ウーンドでは”負傷”という言葉であり、文法的にも成り立たないと気づいた。その後NMRAの会報を読んで、なーんだということになった。TMSの102から106号は読むチャンスがなかったので、今回お知らせ戴くまで気が付かなかった。
 この件に関して、ドイツ語に堪能な方から興味深い連絡を戴いている。

 今回のレオスタットに関する記事を興味深く拝読しました。TMSは昔から外国語のカタカナ表記におかしなところがあるのですね。コアレスモーターのメーカーであるFaulhaberを、ずっと「フルハーベル」と表記しています。日本のドイツ学園でハノーファー標準音による教育を受けた友人やミュンヘンとサルツブルク(ザルツブルク)の模型屋で確認したことがあるのですが、いずれもカタカナ表記にすると「ファウルハーバー」になる音でした。大学の一般教養のドイツ語で習う簡単な規則通りです。そもそも新光電子や光進電気といったFaulhaberの代理店も「ファウルハーバー」と表記しています。
 一般的にも数学の「ファウルハーバーの公式」とか日本でのFaulhaberのカタカナ表記として、「ファウルハーバー」は慣用化しているので「フルハーベル」という表記は不可解ですが、ある有名ブログでも先日「フルハーベル」が使用されていたので当惑しているところです。 


 出版人は教養を持たねばならないという話を書いた。日本には鉄道模型誌は3誌あるがどれも怪しい。アメリカ情報を垂れ流していた某誌の記事は、眉唾ものが多かった。推測と妄想が多い。結局のところは語学力に欠けるというところなのだ。語学が出来なければいけないと言う意味ではない。語学のできる人が親しい友人に居て、その人から正しい情報が来たら受け入れれば良いだけのことである。妙なプライドがあって、自分の力でやろうとするからこういうことになるのだと思う。「客観的に正しいのは何か」ということを考える力がないと間違いを繰り返すことになる。

(日本ではアメリカ映画”Sound of Music”の影響でザルツブルクという音が定着しているが、現地ではサルツブルクと言っている。筆者註) 

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2021年06月05日

続 昭和20年代初頭の同人誌

 他の同人誌を見ていこう。

Osaka これは大阪鉄道同好会が発行していた「快速度」である。編集者は佐々 武氏であったり、前田一夫氏であったりする。汽車会社の寮が住所になっていたことがある。新しく作られたC62の情報が、異常に詳しく載っている。どのD52から作られたかなど、普通には分かりにくいことを詳報している。


Tsujisaka 辻阪信一郎氏のComet Roadである。これはどちらかと言うと模型を中心にしている。辻阪氏は当時三重県津市に住んでいたようだ。Sゲージを始めている。当初から、椙山氏とは親交があり、椙山氏の祝辞を兼ねたかなりの長文が掲載されている。
 辻阪氏は後に、筆者の仮住まいのすぐ近くに住まれたので、親しくお付き合いしていたが、こんな同人誌を発行していたとは知らなかった。腕の立つ鉄道模型人であった。

Kita 富山の北氏が松本正二氏を訪ねたときの様子が書かれている。この時代はまだ 35 mmゲージがあったのだ。  

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2021年06月03日

昭和20年代初頭の同人誌

 椙山氏の書庫の整理をK氏と行った。

 古い海外の雑誌を約100 kg運び出した。それらの大半はすでにあるので、保存状態の良い方を博物館で並べ、良くない方は書庫に収めた。日本の雑誌の大半はすでにあり、残りは防カビ処理をして気密箱に入れた。
 
 ボロボロのファイルが見つかった。その場では判読が難しいものばかりだったが、自宅に持ち帰って明るい光の下で拡大鏡で見ると、昭和21年あたりからの、全国各地の同人誌であった。TMSの発刊前の時代に、実物、鉄道模型に関する同人誌が、全国各地でこんなにたくさんあったことなど、現代の誰も知らないことであろう。

ShiraiToyama 発行者は著名人が多く、名鉄出身で大井川鐵道副社長だった白井 昭氏、富山の北龍一氏らが、それぞれ自ら編集して発送している事がわかった。白井氏、北氏には直接お目にかかった事もあったが、このようなことは一切お話にならなかった。白井氏は、最近このブログによく登場する伊藤禮太郎氏(国鉄)とは同級生であり、伊藤氏は印刷を担当したとある。また、白井氏は伊藤剛氏の後輩で、親しかった。東京モノレールは白井氏が中心になって作られた。

Shirai2 貴重な原稿がたくさんあり、これを保存し、部分的には公開したいが、紙、インクの劣化が甚だしく、かなり難儀しそうだ。白井氏はご存命であるので、許可を得ることも可能だろう。また、このアーカイブに入れて戴くことも考えている。 

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2021年05月14日

続 稲葉氏の言葉

 稲葉氏は、HOには手を染めなかったらしい。Oゲージの時代が過ぎると、模型はやめてしまわれたようだ。筆者が初めて会ったのは1960年代後半で、筆者の作ったOゲージのコンソリをご覧になって、細かい批評を激励と共に戴いた。

 そのコンソリは手に入れた動輪径から計算して図面を描いて作った自由形でアメリカ型であった。椙山氏のところで見せて戴いた本の写真と図面から作った。動輪は3点支持のイコライザ懸架で先輪は復元を利かせていた。九割方出来たところで放置されていたが、引越しの際に派手に壊してしまい、処分した。板が薄くて、剛性がなかったからだ。その後の筆者が作る模型は、厚い板で構成し、十分な剛性を持たせるようになった。探せば動輪だけは見つかるはずだ。動輪やロッドは銀メッキをしたので、後には真っ黒になってしまった。銀は錆びやすいのだ。

 その時稲葉氏は、
「おや、まだOゲージの新作を見ることができるとは思わなかったな。これはいい形をしているね。椙山先生に見せたかい?彼の好きな形だ。」
と褒めてくれ、さらにこう述べた。 
「Oゲージは、模型として正しい大きさだと思う。大きさ、重さが良いのだ。Oゲージが斜陽化したのはメーカの努力が足りなかったからだ。良い製品、パーツを出してくれれば、我々も作リ続けたのだ。最近はHOが盛んになっているが、それは部屋が狭いからという制約だけから来ている。その大きさが素晴らしいというわけではないんだ。大きな部屋があれば問題はない。田舎なら土地はふんだんにある。君たちが頑張って、いつの日か再興してほしい。」

 それについては、椙山氏も同じことをおっしゃった。
「Oゲージはすばらしい模型の大きさなのですけど、今や子供の玩具(三線式)に成り下がってしまいましたね。Oゲージでスケールの車輛を作ろう、走らせようとしても、キットや部品がなくなってしまったのです。もっと素晴らしいものを提供してくれれば、我々はOゲージのままでいただろうと思いますよ。」

 その後も稲葉氏とは、椙山邸で何度もお会いしているが、模型は作っていないとのことだった。   
 その後、数十年が経った。稲葉氏の作品が走る日が近づいてきた。


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2021年04月06日

KTM 10周年記念品

KTM's 10th Anniversary Memento これは1957年に、カツミ模型店が関係者に配ったものである。ペン置きとインク壺のセットである。どういうわけか、筆者のところには数台あった。長い間に、いろいろな方から寄贈されたものである。当時は立派で見栄えがしたものであるが、文房具の進化により、使われることが無くなったからだ。

 タンクの上の蓋を開けると、インクを入れられるようになっている。ブルーブラックを入れるのだ。インク壺はプラスティック製である。この部品は取ってあるが使い途が無い。
 元関係者の方から、「君はOゲージをやっているから、差し上げるよ。」と、次々と戴いたのである。台の大理石は砕いて、近所の小中学校に二酸化炭素発生用に寄付した。台車はフランジを削って貨車の積み荷にした。
 ボディは改良した。連結器、台車を取り替えてLow-D化すれば、稼働する貨車となる。筆者の博物館の線路上にある2ドームのタンク車は、ほとんどこれである。

 最近ヤフー・オークションに40万円で出ていたそうだが、とてもとても、そんな価値はない。その100分の1程度である。あまりにも数が多いのだ。全く応札が無かったそうで、そのオークションは流れたようだ。
 安達庄之助氏から来たジャンクの中には、このタンクドームの蓋(鋳物製)がたくさんあった。大半は地金で処分したが、まだいくつか残っている。蓋の蝶番が外(向こう側)に出ているので、それを切り落として体裁を整える必要がある。

 カツミ模型店はOゲージ、OJゲージから手を引き、昔の姿とは異なる形になってしまった。当時は世界有数の生産額を誇っていたらしい。 

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2020年12月29日

双方向クラッチ

 双方向クラッチのことを書いたところ、何人かの方から連絡を戴いた。モータと動輪を切り離す機構の存在価値について、全員が疑問を投げかけている。
 切り離すと手で押せるというのは面白いが、ボールベアリングで摩擦を減らした機関車では、わずかな傾斜でも動き出して卓上からの落下の心配があるという指摘を受けた。全くその通りで、筆者もあわや、という経験がある。

 祖父江氏から最初の1輌を受け取った時に、父に見せた。陸軍の…という話はその時のものだが、筆者が、
「中はどうなっていると思うか。」
と問うと、さらさらとスケッチを描いて、
「こうなっているんだろうな。外と中の速度差があれば、摩擦で爪が動いてひっかかるだけのことだろう?」
 
 驚いたことに、その図は祖父江氏の試作品と全く同一であった。
「手で廻すなら良いが、モータで廻すと寿命は短いだろうね。」とも言った。

 実際に80坪の仮設レイアウトで長大編成を牽かせてみると、シャフトに彫った、爪がひっかかる溝は徐々に拡大し、爪のピンの入る穴もガタつくようになってきた。その後、その種の機関車はほとんど稼動させていない。ガラス棚に飾るときも、前後に車止めを挟み、注意書きも置いてある。

 ”押して動く”件は、考え得るすべてのパターンを祖父江氏と共同して試作したが、蒸気機関車に関しては3条ウォームが最適解であることが分かった。

 ちなみに、その英語訳は"Free to Roll"としたい。”Free Rolling"では勝手に転がることを意味する。前者は「押せば動く」ということで、このメカニズムの意味をよく表している。これは native の英語を話す人に聞いたことで、間違いはないだろう。


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2020年12月01日

カビのこと

 木製キットを組んで塗装したものが、カビ始めた。不思議なことにガラスケースに入っているものがひどい。

 当博物館は24時間空調をかけているので、湿度は60%以下を保っている。かなり乾いているはずだ。それなのに、一部の車輌がカビだらけになった。分析すると、次のようなことになる。

1. Quality Craftのようなバスウッド(シナノキの亜種)に細い溝を切ったものの、溝の中からカビ始める。それは木造貨車を再現する縦溝が細かく切られたものが多い。

2. 滑面の塗装は大丈夫である。塗膜が薄く、木材に薄く浸み込んだだけの部分はカビ易い。

3. オイルステインを浸み込ませて固めたものは、その上に塗膜が無くても、全く大丈夫である。

 レイアウトの線路上を走っているものは全くカビていない。どうやら空気が循環していると良いらしい。空気清浄機が設置してあり、カビ防止に寄与するオゾンを発生するからかもしれない。

 対策としては殺菌剤の次亜塩素酸ナトリウム(キッチンハイターの類)を含む洗剤液を噴霧して、歯ブラシでこすり落とす。次は、よく水洗して乾かす。エアコンが効いているので、扇風機で良く乾く。カビは塗膜を明らかに侵す。一部はタッチアップが必要だった。組立の接着剤はエポキシが多いので、水で洗っても問題ない。
 外に持って行って、カビ止めスプレイを噴霧する。アルコールベースの薬剤であるから、濡れているうちに触ると塗料が傷む可能性があるので気を付ける。乾くとわずかに風合いが変化した。微妙に艶が増したような気がする。

 以前気が付いたオイルステインは、大変効果がある。中まで浸み込んで固まっているので、カビの胞子が取り付く場所がないのだろう。現在組立て中のものはすべてオイルステイン漬けにした。どうせ塗るのだから、下地に色がついていても何ら問題ない。

 ガラスケースの中も、何らかの対策が必要だろう。それまではガラス戸を開放しておかねばならない。置いておくだけでカビ止めになる薬剤があれば試してみたい。昔は臭素を含む薬剤があったが、最近はある理由で売っていない。

<追記>
 Bass Woodはアメリカの東部、中西部にいくらでも生えている木で、日本では榀(シナ)と呼ばれる。ヨーロッパではリンデンバウム(菩提樹)である。
 軟かく木目のほとんどない材が採れる。木彫り、家具その他の安価な工作材として使われる。模型材料としての適性があり、床板、屋根板などに使われている。
                          Dec.3, 2020

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2020年09月26日

Marnold Throttle

 しばらく前に話題になったMarnoldの広告を見てみよう。

Marnopower 1954年1月号のModel Railroaderの広告である。この時期には頻繁に広告を出していて、いろいろなタイプがある。同時期の他社のパワーパックは貧弱で見劣りがする。もちろん外観の話である。このレヴァ方式のレオスタットは、かなり訴求力があったようだ。
 握って動かすと、ざらざらした感触であまり高級感はないが、他社のツマミを廻す方式に比べるとなかなか良い。


Marnold PowerMarnoldcabinetMarnostat こちらはWalthersのカタログである。様々なコンポ−ネントを組合せて、好きな形に出来る。配線は自分でやることになっているが、誰でもできたわけでもないだろう。おそらく、組立・配線も受注していたはずだ。あるいはその種の仕事を請け負う人もあちこちに居ただろう。このページのパネルの絵を切り抜いてどんなパネルにするか決めると書いてあるのだ。当時は既にゼロックスのコピィが普及していたので、本当に切り抜いた人は少ないと思う。

 1970年代にはいくつかのレイアウトでこれを見たが、そのうちに急速に淘汰されてしまった。既に90年代には、筆者は見たことがない。動力のモータが低電流になると、レオスタットでは制御不能になってしまったからだろう。その後DCC が台頭して来ると、誰もがその存在を忘れてしまった。今ではその形以外、存在価値はなくなった。
 しかし、このレヴァ式のスロットルはDCCの時代になってもやりたい人がいる。ディーゼル機関車のスロットルの形に似せてあるからだ。  

transistor throttle トランジスタ・スロットルも発売していたようだが、価格は書いていない。見たところ、非常に簡単な回路のようだ。ブレーキの段数は少なく、無段階ではない。

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2020年09月24日

修理・修復・復元・改修

 最近戴いたコメントについて考えた。

 伊藤 剛氏の長浦軌道は新しいメカニズム・電気方式で改修されるだろうという予測を書いたところ、そういうのは修復ではないのではないか、というご意見であった。

 これについては以前、亡くなられた吉岡利隆氏とは、ある程度の合意ができていた。氏は4人が働く線路工夫のカラクリを大変高く評価して、是非とも修復を任せてほしいと名乗りを上げられた。伊藤 剛氏が存命中のことで、その内容については、剛氏自身がそれしかないと認めたものであった。

 剛氏の作られたメカニズムとリレー、フォト・トランジスタ、タイマを組合せたものは、再現性が悪く、剛氏自身の調整後でも、3時間ほどしかまともには動かなかった。あちこち調整しながら見せてくれたが、やはり不具合が多かった。
 吉岡氏がお得意の、”シーケンスで動かし、メカ部分は半分程度は作り直す”ということで、”確実に20年間は間違いなく作動するものを作ろう”ということになった。その打ち合わせの最中に、吉岡氏が急死された。剛氏は電話を掛けてきて、「吉岡さん死んでしまいましたねぇ。もうこれで動かす方法が無くなってしまいましたよ。」とつぶやいた。

 剛氏のメカニズムの真髄であるイコライザを使用したツルハシ持ち上げ機構とその振り下ろしタイミング装置はオリジナルを使用し、全体を制御するのは、マイコン化することになっていた。形状記憶合金で出来たレイルを通電で元に戻すというアイデアも、研究課題に入れることにしていた。


 それから7年、剛氏の長浦軌道が見つかり、復元作業が始まった。
 当事者のNG氏からは、「あくまでも剛氏のオリジナルを後世に伝えるべきであると考えます。剛氏の作品を勝手に改造するのは”冒涜”と考えています。」と連絡があった。この点においては、コメントを戴いた方の懸念は払拭されたことになるが、調子よく動かそうと思うと、困難な点がいくつか出て来ると思う。


 話は変わって、筆者のコレクションは自作を除き、様々な人の作品である。大半はカツミ製(祖父江製)であったり、アメリカ人の作ったものである。そのすべての下廻りは新製に近い程度まで作り替えられている。祖父江氏自身が改造したものもあるが、筆者自身が作ったものもある。筆者は機能を第一に考えるからである。まともに走りもしないものを鉄道模型と言うことはできない。実物と同程度の走りを見せるように作り替えることに対しては、コレクション蒐集の何倍かの金を掛けている。これはスクラッチ・ビルディングの材料として完成品を利用しただけであるという解釈もできる。自前のメカニズムを搭載するための機材を購入していると考えるのである。そうなると見かけは似ているが、中身は完全な別物である。
 こういう楽しみ方をする人は少ない。コレクタの人たちは、買ったままで、箱の中の詰め物まで元のままに保存するそうだ。筆者のようなやり方は「とんでもない話だ」と攻撃を受けているくらいである。

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2020年08月31日

社長専用車

荒井友光氏の社長専用車 (1)荒井友光氏の社長専用車 (3) 椙山 満氏のレイアウト移設が完了したが、その引越しの最中に、戸棚の奥から懐かしいものを見つけたので、預かってきた。

 それは名古屋模型鉄道クラブの会長であった荒井友光氏が、椙山氏の新レイアウト完成を祝って作った社長専用車であった。実はその贈呈式の現場に、筆者も居合わせたのだ。だから、一目でそれと分かった。
「椙山クン、これを作ったから、列車の最後尾につないでね。」
 1971年8月だから、49年前である。現在の外装は塗料にヒビが入り、少々見苦しくなってしまったので、写真は割愛するが、内装は刮目するものがある。

 荒井氏はスケールモデルを作らない人であった。すべて自由形であったが、国鉄型を主題としている。EH10が出るとすぐにそれを片方だけ伸ばしてSG搭載とした。”EH50”として客車列車を牽かせることにしたなど、面白い発想で楽しんでいた方だ。
 この社長専用車はマイテを個室寝台付きにしたようなもので、食堂がある。裏に貼られた紙には”T.G.Ry”とある。

荒井友光氏の社長専用車 (2) これを見てその綴りを言える人は、もうほとんど居なくなった。
 "Trans Galaxy Railway" である。荒井氏はそれを「僕の鉄道は誰にも負けないほど大きい。」と無邪気な笑顔で話された。世界で(いや宇宙で)一番大きな鉄道であろう。
 もちろんB.S.P.Ryは、Blue Star Pacific Railwayである。Railroadにしなかったのは荒井氏らしい。6輪台車を付けて、荒井氏来訪の折には、列車の最後尾に付けて走らせていた。

 室内は完全に出来ているが、屋根が固着してなかったので、椙山氏は接着剤で仮留めしたようだ。先日の名古屋模型鉄道クラブの例会で披露したら、会員が、
「これを僕に任せてくれ、電装するよ。」
と申し出てくれたのでお渡しした。人形を入れて照明が付けば、なかなか良いと思う。名古屋模型鉄道クラブの記念物として保存されるだろう。

 この車輌の縮尺を聞いたことがある。その時の答えがふるっていた。
「1/87の人形を入れれば1/87になる。1/80なら1/80さ。」
 御名答。

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2020年08月13日

Tenshodo のカタログ

Tenshodo 1960 友人のN氏が天賞堂のカタログを送ってくれた。このパワーパックは1950年代の末から売られているようだが、当初の英文カタログでは同じ機番でもレオスタットが異なる。これはアメリカでは "Marn-o-Stat" と呼ばれた部品である。輸出用にはこれを用いたのだろうが、国内向けには回転式を採用している。1959年の価格は16,000円。15 V  6 Aとある。

 Marnold という人が作って売っていたことから、この名前がある。Marn-o-Statを触ったことがあるが、いかにもアメリカ製という武骨なもので、作動させるとニクロム線をシュウが擦るのを、ジョリジョリと感じた。ニクロム線の本数が数えられるような感じであった。日本製のレオスタットの回転は滑らかで素晴らしい。

Tenshodo 1969 これは1969年のカタログで、価格は19,500円だ。Tマークがあるかどうかはわからない。
 1964年の価格表では19,000円となっていて、価格は意外と安定している。


Tenshodo 1972 そしてこれが1972年のカタログである。価格は21,000円である。この後はPFM方式が載っている。この頃になると、Tマークが無いと売りにくい時代であろう。


Tenshodo 1964 トランジスタコントローラが発売されているのは1964年である。この実物は1回しか見たことがない。売れたのは何台だろう。その価格は15,500円であった。この価格は決して高くない。1967年に自分で作ったが、7,000円ほど掛かった。

 これらを見ると、電源の価格は総じて高い。自分で作れる人の数が少なかったのだろうか。

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2020年08月09日

続々 最高級のパワーパックを検分する

Tenshodo Power Pack (3) お送り戴いた内部の写真は興味深い。これにもセレン整流器が使われている。その大きさは当方が保管しているものと大差ない。ちょうど能力が半分であると思われる。
 ポイントマシン用の電源は走行用電源のトランスであるから、これでは作動時に速度が一瞬下がる可能性が高い。ポイントマシンの作動電流が大きいので、電圧降下が起こるからだ。

Tenshodo Power Pack (2) 認定番号は付いている。1970年頃のものだそうだ。01175氏によると、Tマークが付いていないものを製造販売できなくなったのは、1968年からということだ。 


 若い方はセレン整流器など見たこともないだろう。耐圧が低く、せいぜい16 V(正弦波実効値)ほどしかない。直流では 25 V くらいだ。電圧降下は 2 V 程度(もちろん電流によって変化する)で、当時の他の整流器に比べて優秀であった。
 鉄板に金属セレンを貼り重ね、カドミウムとスズの低融合金を塗り付けてある。それを通風を良くするために隙間を空けて、ネジで締めたものだ。鉄板は単なる基板であって、整流効果には寄与していない。
 当時は自動車部品として大量に作られていた。自動車整備工場の充電器には、10 cm ✖ 20 cm ほどもある巨大なセレン整流器が付いていた。高温になると壊れるので、扇風機で風を送っているのを見たことがある。


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2020年08月07日

続 最高級のパワーパックを検分する

inside 中はトランス2台と、セレン整流器2基、レオスタット2基だけしか入っていないが、結線数が多いので電線は賑やかである。しかし回路構成は単純明快である。

 最大電流は、セレン整流器の大きさから推測すると、合計5 A程度 6 Aである。セレン整流器を見るのは久しぶりだ。どういうわけか、2つのセレン整流器が並列につないである。不思議な結線である。こうするとどちらかに電流が偏って焼けやすくなるのが常識的な考え方だが、セレン整流器は、電流が増えると抵抗が増えて他方に電流が廻るのだろうか。

 セレン整流器は、過電流で焼けても、その膨らんだ部分をつついて外し、順方向にしばらく通電すると直った。低融点の接合金属が融けただけだからだ。もちろん許容電流は減った。セレン整流器は耐圧が低く、もう使う人も居ないが、多少の高周波まで使える。特性はショットキーバリア・ダイオードに似ているはずだ。
 驚いたことに、今でもセレン整流器は骨とう品としてヤフー・オークションで売っているが、買うべきではない。漏れ電流はシリコンダイオードとは比べ物にならないほど大きく、効率も低い。価格はべらぼうな水準で、失笑してしまう。 シリコンのブリッジで簡単に代用できる。 

 それにしてもスウィッチ類は、現代の感覚では操作しにくい。昔はジーメンスのキィ・スウィッチの操作は気持ち良いと感じたが、今ではやや違和感を感じる。
 操作盤上の番号とポイントマシンとの対応は、分かりにくい。ポイントに立札を立てて、番号を書いておかねばならないし、正位、反位をどう決めるかは問題だ。発売当時のカタログにはどう書いてあったのだろうか。

 DCCの時代に60年前の製品が持ち込まれたのである。何とかして有効利用して差し上げたいが、かなりの工夫が必要だろう。何か良い用途はないだろうか。

Tenshodo Power Pack (1) Litte Yoshi氏から、所有されている同系統廉価版のパワーパックの写真をお送り戴いた。




追記 
 セレン整流器を並列につなぐのは、ごく普通に行われていたようだ。電流が増えると抵抗が増すので、電流は平均化される。昭和30年台のTMSに接続図が載っている。理屈は書いてない。


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2020年08月05日

最高級のパワーパックを検分する

Tenshodo Powerpac (1)Tenshodo Powerpac (2) 先日持ち込まれたのは、これである。天賞堂が1960年頃発売していた最高級のパワーパックだ。未使用とのことで、驚いている。当時の価格を調査中であるが、確か2万円前後であったと思う。大卒初任給が1万円程度の時代であるから、とんでもない製品である。不思議なことに、「天賞堂」の表示は無い。通産省の認定品であることを示す甲種電気用品形式承認のいわゆる " Tマーク " もない。当時はモグリの商品が普通にあったのだろうか。のちにカツミが売り出したものには、その認定番号が表示されたことを覚えている。当時、父にその話をしたが、「当然だ」とのことであった。
 
 2系統6回路でポイントマシンは12台が操作できる。もちろんソレノイド型である。ポイントの制御は別のトランス(50 VA程度の大きさ)で行う。ポイントマシンの電源が共通のトランスであると、走行中の切替え操作で速度が変化した。それを防ぐためで、高級機ならではの仕様である。スウィッチは、倒した瞬間だけ導通するタイプである。補助接点が付いているので、同時に信号機の点滅も可能であったろうが、その出力線を取り出す穴はない。

 車輛の制御はレオスタット方式であるから、電流制御であって、現代の小電流で走る車輛のコントロールは難しいだろう。この部分だけは電圧制御方式に改造せねばならない。メータには電圧・電流が表示されるが、2系統の合計を示している。切替えスイッチを付けて、2系統のそれぞれを見られるようにすべきであったと思う。今なら電圧・電流計は安いのでそれぞれに独立させるであろう。
 ちなみにレオスタットはホィートストンによって導入された言葉である。流れ(rheo)を固定するという意味だ。即ち可変抵抗器である。

 ヤフー・オークションにこのようなものが出ている。同系統の廉価版であるが、基本構成は同じである。興味深いのは「DC16 Vが一定で、変化しない」との説明があることだ。壊れていると思ったのだ。
 可変抵抗による電流制御の意味を知らない世代に入ったわけだ。適正な負荷をつなげば、その負荷に掛かる電圧を変えられるが、思い付かないのだ。これには "Tenshodo" の銘版が付いているが、Tマークがあるかは、分からない。


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2020年07月02日

椙山 満氏のレイアウトの移設

レイアウト移設 かねてより告知していた椙山氏のレイアウトが移設されることになった。K氏と共に、引き受けて下さる方に会った。その方は四日市市内の方であった。
 1日昼頃に現場で落ち合い、打ち合わせをした。レイアウトには10年前の断層あとがある。それは活断層で、今回もそこから切り離す予定だ。
 事前に、電源やいくつかの車輛も付属品としてお渡しした。今後大切に使われるはずだ。


 K氏は椙山氏より8歳若く、戦後すぐからの椙山氏の片腕であった。知り合ったきっかけは、電柱に貼ってあった一枚の紙切れの広告であった。椙山氏の字で、「鉄道模型の運転を楽しみましょう」とあったそうだ。それを見て会場に行って知り合ったのが始まりであったそうだ。
 椙山氏は中学生のK氏を、付きまとうチンピラどもから、身を挺して守ってくれこともあったそうで、「椙山先生がいなければ、自分はどうなっていたかわからない」と述懐する。
 鉄道趣味、8mm映画、シトロエンを共通の趣味としていた。古いTMSを探すとK氏の近鉄2200の紹介記事が見つかるだろう。シトロエンは走行可能なDSをお持ちであり、いろいろなところから声が掛かるそうで、貸し出している。
 工作はとてもお上手である。今でもその2200は走行可能である。この動画の2分23秒あたりには、若き日の椙山 満氏も写っている。

  思えばちょうど50年前、椙山氏が駐車場の上に、看護婦の寮を建てるのがきっかけだった。ついでに3階を載せてしまえばレイアウト室になると思い付いたのだ。設計は椙山氏だが、当時国鉄に勤めていた電気技師のH氏が製作を陣頭指揮し、筆者もお手伝いした。完成時には慰労会を開いて戴いた。
 このレイアウトにはPECOのフレクシブル線路が全面的に採用されている。事前のテストで各種の線路を直列につなぎ、高速で長時間の試運転をしたのだ。一月ほど連続で走らせると、PECO以外はレイルヘッドが磨滅して脱線するようになったのだ。

 耐久性について筆者の目を開かせてくれたのは、椙山氏である。以来筆者は”Ready to Run”でなければならない、”Durabilitiy"を持たないものは模型ではない、という信念を持つに至った。
 塗装済みであること、窓ガラスが入っていること、ディカールが貼ってあることは大切な要素である。これも椙山氏の教えである。

 椙山氏のレイアウトは運転本位で平面上に作られているが、一箇所5%の急勾配があり、本線を乗り越している。これは勾配がなければ性能が分からないということと、内側から最も外の線に移行できるようにして、各種ポイントをくねくねと渡る長距離の走行試験ができるようにしたものである。外部の人が得意げに持って来た車輛を走らせると9割以上はどこかで引っ掛かる。一発で無事故で周回したのは井上豊氏の機関車くらいのものである
 若かった筆者はそれを見て、よく走る機関車製作を目標とすべしと心に誓ったのであった。

 その後Model Railroader への投稿をすることになり、筆者もお手伝いした。 

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2020年06月28日

続 ”ある鉄道模型人”

 この第2弾の取材は、転車台の動きを見せてくれ、と頼まれて始まった。機構部分の動きはアメリカで発表して、その動画をまだ日本では発表していなかったので、良いチャンスであった。高性能なカメラでの撮影は意味があると思ったからだ。

 全体を俯瞰する動画は、早回しで再現している。これは面白い。カメラを機関車で押す貨車に載せている場面も、説明図を付けてもらったのでわかりやすくなった。

 K氏宅のビデオ鑑賞室(田舎の映画館ほどの大きさ)で、編集するのに立ち会ったが、まだ一つ直っていなかったところがあった。5分30秒あたりの「差動」装置は、「鎖錠」装置が正しい。
 アメリカで評判の良かった場面も入れてもらったが、その部分は筆者の撮影なので画質が低い。1分45秒辺りからの押して動く機関車の場面である。この部分はアメリカの発表では観客が立ち上がって拍手してくれた。K氏も「これはすごい。誰も信じられないだろうな。」と言った。

 K氏はこの地方では有名なビデオ作家であり、撮影の角度選びはなるほどと思わせるものがある。普段自分では見ていない視点からの動画は面白い。中で登場するI氏は凄腕シリーズの1回目の人であった。彼も、無断放映で驚いたと言っていた。

 第1弾をUPした人(テレビ会社の人らしい)と同一人物がUPしたのだが、その文字が変わっていたので、全然気が付かなかった。発表されて2月以上経つのに、見に来た人は50人だ。

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2020年06月26日

”ある鉄道模型人”

 またも知らないうちに動画がUPされていた。と言っても、今回はある程度は予測していた。

 前回は「凄腕」という題で発表されたもので、これは完全な無断放映であった。事実と異なる説明があったので文句を言ったが、それなりによく出来た動画で、もういいかという感じである。
 この撮影時は、旧知のK氏が見せてくれというので案内した。この地方では有名な ビデオ作家である。現在86歳であるが、極めてお元気な方である。経営している会社の仕事もされている。かれこれ50年のお付き合いのある鉄道趣味人だ。遠方まで取材に行くのに、交代運転手として乗って行ったこともある。

 ビデオ仲間での発表に使うのだと承知していたが、突然、ケーブルテレビで放映されていると高校時代の友人から電話があった。当家にはテレビが無いので確認する術がなかった。ちょっとひどい話である。
 後でそのDVDを貰った。間違いはたくさんあるが、すぐに消えてしまうものなので良いかと思っていた。ところが忘れた頃に、「Youtubeで放映されている」と、また友人から連絡があった。 さすがにこれには驚いたが、画像が良いので、それはそれでよいかと思っていた。見る人も居ないだろうと高をくくっていたが、随分見に来ていて驚いた。


 新しい動画がupされていた。と言っても、これはありうると思っていた。2回目の取材の折には、編集に立ち会うのを条件としたからだ。編集には2回参加し、間違いがないようにした。こちらから持って行った動画も挿入した。ケーブルテレビの放映があったが、これも当家では見ることができなかった。その後のYoutubeへのupもなさそうだと安心していたのだが、別の名前でupされていることに気が付いたのは、先々週である。


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2020年06月18日

今野氏の記事

 6月11日の今野氏の記事を読んで、感じるところがある。HOは運転を楽しむべきで、”細密化が目的ではない”というところである。

 現実はその逆を行っているのではないか、という問いかけであると解釈した。どこに行っても細密化を実践した模型を見せられる。たいていは未塗装で、磨き上げたブラスの面が出ている。ハンダは見えない場合が大半だ。意地悪な目で見れば、部品をピンセットでつまんで持ち上げ、本体から外れなければ良し、であるが、そんなことをしたら叱られてしまう。
 最近の今野氏の記事にはハンダが見えるのが正しいと書いてある。その通りなのだが、現実にはそういう人は少ない。

 走りについては、よくわからない。エンドレスを無負荷で周回させておしまいだ。勾配線を持つクラブレイアウトは稀だから、重負荷での挙動は誰も分かりはしない。
 勾配線のあるレイアウトで、長い列車を牽いてポイントを渡る試験をするべきだ。あるいは1輌で貨車20輌分ほどの抵抗を作り出すブレーキ車を作るべきだ。どなたか、やらないだろうか。それほど難しい話ではない。
 また、長い列車を推進運転する時の性能向上も大きな課題であろう。

 今野氏のおっしゃる走行中心の模型は、いまやNゲージになったのだろうか。筆者はNゲージについての知識が皆無なので、見当もつかない。レイアウトを作っている人は、確かにHOよりずっと多いだろう。

 KKCの工作本の続編をどうするかは未定であるが、おそらく走行性能向上の話題が取り扱われるとみている。

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2020年03月20日

実感を与える

UP FEF3 久し振りにFEF3が本線上を走った。ここ3年はChallengerの牽くプルマン特急しか走っていなかった。Challengerにはminor problemが発生し、工場入りしている。マイナ・プロブレムというのは大したことのない故障であって、ごまかして使えないこともない程度であるが、完璧を期すために修理している。
 draw bar が外れやすいのである。坂の途中で外れると電気配線のソケットを引き抜いて、機関車だけがどんどん走っていく。当鉄道では機関車だけで両側集電しているから単独走行が可能であるからだ。ボールベアリングを装備しているので、タイヤからの集電ブラシを付けないと走らない。それを2組付けているのだ。サウンドは途切れてしまうから、切れたことはすぐわかる。

 テンダは機関車と同一極性にしてある。こうすれば、機炭間の無用なショートから逃れられる。10年ほど前、それをHOの友人に話したら大変驚いていたが、下らない昔の考えに捉われる必要などないのだ。
 ドロゥ・バァには斜めに切り込みが入れてあって、ワンタッチで連結できるが、その押さえのラッチ・バネが弱いのだ。すぐ直るが、あちこちついでに見ておこうと、休車扱いにした。すべての先輪、従輪、テンダ車輪は、既にLow-Dに替えてある。




 このFEF3は1985年にロールアウトして、おそらく1000キロメートルは走っている。日本で、いや世界で一番長距離を走った模型機関車かもしれない。自宅のレイアウトで、20年ほど、80輌牽かせて毎日1時間くらい走らせていた。山の手線と同じで、同一方向に走らせるとフランジが片減りするので、毎月初めに回転方向を逆にしていた。
 ひっくり返して見ると、従台車、テンダ―の車輪がかなり摩耗している。めっきがはげてブラスが見えている。フランジも形が良くない。直立に近づいている。これらはオリジナルのカツミ仕様であった。Low-Dに取り換える。動輪は一度も交換していないが、十分に持っている。鋼のタイヤだからだ。ボールベアリングはNMB製である。さすが日本製の高級品で、十分性能を保っている。ギヤボックスを開けて見たが、なんの問題もない。二硫化モリブデングリスは健在で、歯形も良い。

signals (5) この機関車を作るにあたって、本物を丹念に観察した。気が付いたのはキャブの下がり方と、除煙板の波うちである。前者についてはしばらく前に触れた。波うちは金床の上で木槌で丹念に打って再現し、内側には骨を付けた。配管も少し歪ませた。
 祖父江氏は、目ざとくそれに気が付いた。「でもねぇ、商品が歪んでいると、お客さんは買ってくんねぇよ。」
 実感的な歪みというものに、かなり興味を持ったようだが、実現には時間が掛かった。例のビッグボーイの配管は、実物の観察から、僅かの歪みを与えている。
「歪ませましたね。」と言うと「わかるかい。たいていの人は気がつかないと思うよ。その程度にしといたよ。」とのことであった。  

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2019年12月11日

inspection car

 インスペクション・カー(巡察車と訳すことになっているらしい)の話題が出たので、いくつかの写真を見た。F氏が送ってくれた写真を見よう。

Inspection car この写真は東欧のハンガリィで写したものらしい。元車はアメリカ製だ。車種は、今一つ正確には分からない。排障器が目立つが、接地ブラシはついていない。

 アメリカでこの種の車を見ることがたまにあるが、非常に大きな接地ブラシが付いている。たいていは前後左右に4箇所ある。それは信号装置による検知を確実にするためだ。左右のレイルを跨いで鉄車輪が載っているが、軽いし、多少錆びているから、電気の導通が良くないかもしれない。だから、銅の太い網線で作ったブラシをネジとバネで押えている。

 Inspection を巡察としたのは、初期のTMSである。日本の鉄道模型界では巡察車で通っている。どうして巡という文字が入ったのかはわからない。視察とか検査と訳すのが普通だと思う。巡察を英語にするとpatrol であろう。
 
 昔見たのは、UP色の黄色であった。屋根上に赤の大きな警告灯とサーチライトがついていた。作ってみたい。小さな車輪を挽かねばならない。径を揃えるのは大変である。1/100に拘らなければ簡単かもしれない。サーチライトと人形の首が連動して動くようにしたい。やりたいアイデアはいろいろある。   

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2019年12月03日

天賞堂のキャンペーン

 どうして当選したのか、はっきり覚えていない。Youtubeにいくつか動画を載せているので、それを見て勘違いして連絡が来たのだと思う。正直にOゲージであると返答しておいたのだけど、当選したと言ってきた。何かの怪しい勧誘メイルかと思ったが、調べるとそうでもないらしい。住所を知らせると送って来た。

 箱を開けると、パンタグラフや車輪はプラスティックのようで、ソリッドモデルかと思ったが、中の小箱にパワートラックが入っていた。コアレスモータ使用らしい。これを完成させて感想を知らせよ、ということなのだ。
 3か月以内にSNSで発信してくれたら、品物は差し上げる。オークションに出したら直ちに訴えて取り下げさせる、とある。
 車体キットにウェイトが入っていたのには驚いた。モータライズ・キットに付けるべきもののような気がする。ソリッドモデルには要らないものだ。

Tenshodo 要するに、ある程度のレヴェルの客に商品を配って、感想を述べさせ、宣伝に使おうというわけだ。困ったことに、こちらはHO国鉄型の知識はあまりない。組んだこともないので、どうしようかと悩んだ。天賞堂の趣意書を読むとコアレスモータを使ったところが売りで、これだけを使ったものの動画でも良いらしい。

Inspection car しばらく前に鋳造した inspection car を、これを使って動力化してみようとも思ったが、今忙しいのでそんなこともしていられないし、動力装置を完全自作する方がよほど楽である。


completed 迷っていたが、クラブの会員が集まった時にその話をした。M氏が「僕が組んでみる」と言ってくれたので、お渡しした。彼のレイアウトでの走行の様子の動画を撮ってくれるそうなので、助かる。撮影後は彼の鉄道に移籍する。博物館には置かない。

Campaign 昨日それを持って来て、見せてくれた。パンタグラフは金属製に取り換えてあった。手際よく組んであって、走らせたときの感想も聞いた。牽引力は少ないそうである。電車であるからそれは当然だ。動画が楽しみである。


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2019年09月19日

続 HOm

 国鉄のゲージ 3 ft 6 in の1/87.1の模型をHOmと呼んでも、何ら問題ないと先回書いたところ、親しい友人が、
「それを言っちゃぁ、おしめぇよ。」
と電話を掛けて来た。
「ナロゥとは認めない人が大半なんだから、あんなことを書くとますます反発が大きくなるよ。」と言う。
 しかしながら、客観的に見れば明らかにナロゥなのである。


 別の友人から、お知らせ戴いた興味深い情報を、紹介する。SAR(南アフリカ鉄道)のRed Devilという機関車のHOスケールの機関車が市販されている。
 その表示はHOmである。国鉄型よりもはるかに大きな機関車である。それをHOmとしているのだから、国鉄型をHOmとは呼べないとは言えないだろう。

 そのゲージは1067mmだと信じていたが、1065 mm(3 ft 5-5/16 in)だそうだ。この広告では残念ながら fine scale とある。カナダの模型屋だそうだが、この点はかなり遅れている。

 ニュージーランドなどではHOn3-1/2と書いてあるようだ。いずれにせよナロゥという認識だ。
 

 しばらく見ていなかったが、友人たちから、イモンのあのページの表現が大幅に変わっているというお知らせを戴いた。だんだん短くなっている。
 かなり改善されたが、まだまだである。読むとめまいを感じる。いまだに山崎神話から抜け出せない。彼のミスリードの罪は、小さくない。1/80は HO gaugeの線路を走っている


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2019年09月17日

ゲージが先か…

newer scales いまだに罵詈雑言の続きが来る。HOはスケールが先だと信じているらしい。
 先日の本の核心部分は既に公表したが、さらに決定的な文があるから紹介する。これで罵詈雑言からは縁を切れそうだ。それでも送って来た場合は、IPアドレスを公開するかもしれない。

 HOの説明の後、p.85にはこう書いてある。
 The next three scales to be described are much 'purer' - that is, more exactly truthful - than the oldest established ratios, in which the gauges were first selected quite arbitrarily in neat fractions of an inch , the linear scales being afterwards chosen to agree with them in a very approximate way.
 とあって、その後に、gauge S, gauge TT, gauge N という順で書いてある。"arbitrarily"という語は時々目に掛かるが、イギリス語とアメリカ語で発音が異なる。ここではもちろんイギリス風に発音するのだろう。”任意に”と訳すと意味が通じる。 

 それに対する日本語訳は、
 次に述べる3つのスケールは、古くから決められていたスケールよりも純粋、つまりより厳密な正確さを持っている。古いスケールでは、初めにゲージは何 mmと決められ、線分比はそのあとで大まかにゲージに合うように選ばれたのである。
とある。何mmとは書いて無かったが、まずまずの訳である。 
 
 すなわち、HOはゲージが先に決まっていて、スケールをあとで決めたと書いてあるのだ。ここで言う古くから(戦前から)あったゲージとは、HO、O、1のことであり、スケールはさまざまであった。
 そして戦後確立されたゲージは、スケールとゲージを一致させるようにしたのだ。もちろん標準軌の場合である。
 
 HOの成立初期から1/87.1と決まっていたと、大上段にかぶって言う人達は、そのころのHO模型を見たことがあるのだろうか。ひいき目に見ても模型とは言い難い。正直なところ、おもちゃであって、サイズはモータの入る大きさに作られただけである。ある方は、「昭和30年頃のEB電関みたいなものだ。」と言う。非常に当たっている表現だ。
 1/87が当たり前になってきたのは、アメリカでも戦後しばらくして、である。50年代になっても、柄の大きなHOはアメリカでもいくつかあった。カワイのリオ・グランデの機関車なども、サイズが大きな良い例である。

 その3つのゲージについて、要約を書くことにする。多少、筆者が加筆している。
 Sゲージは、1番ゲージの半分であるから、HIゲージと呼ばれていたこともある。ゲージは7/8(seven eighth)インチで、サイズが 1/64(one sixty-fourth)、スケールが3/16(three sixteen)インチで、3つのSが付くことから名付けられた。
 線路幅は標準軌の縮尺通りに極めて近い。(1番ゲージの1/32と同じこと)

 TTゲージは120分の1で12 mmゲージである。これも標準軌の縮尺通りと言ってよい。しかし、後にヨーロッパでは 3mmスケール(1/101)も出現した。

 Nゲージは、イギリスで 2 mmスケール(1/152)でスタートした。これはOOO トリプルO から発展した。多少の混乱の後に、現在のNゲージはアーノルトが1/160を採用して、標準軌の縮尺通りに近くなった。


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2019年09月11日

HOm

 鉄道模型が他の模型と根本的に違うのは、決められた線路の上を走ることである。それならば、縮尺よりもゲージが、その製作に当たって最優先に考慮される、ということは明らかなことであろう。HOゲージは線路幅が先に決まって、スケールは後に付いてきた概念である。相も変わらず意図的なウソにしがみついている人もいるようだが、勝ち目はない。飛行機や船は縮尺を決めて作られる。それらとは違うのだ。

 書き忘れたが、先日の本はイギリスの本である。執筆陣はかなりの有名どころを揃えている。TMSの1970、71、72年のミキストを調べたが、この本に関する記述は見つからなかった。読者の皆さんの中で、気が付かれた方はお知らせ願いたい。当然献本があっただろうが、都合が悪いから黙殺したのかもしれない。

 山崎神話は、無意識のウソ(無知から来たもの)であったが、あとでそれを持ち上げ、これが正しいと言って来た人たちは責任を感じないのだろうか。1970年代以降、外国からの情報はいくらでも手に入るようになっている。それなのにろくな調査もせず、間違った情報をばらまいてきた雑誌には、大いに責任がある。先日の不発弾では、「古い戦前のModel Railroaderを買い集めたり」などと得意そうに書いてあるが、それを熟読分析したわけではなさそうだ。眺めているだけではだめなのである。

 先日、1970年頃祖師谷のTMSを訪ねてゲージが先に決まったのでしょう、と山崎氏に質問した人の証言を得ている。
「これ以上俺にゲージとスケールの話をするな!」と怒鳴り付けられたそうである。客観的な人であれば修正するだろうが、彼はそうすることができなかった人である。それがここまで問題を長引かせているとは情けない限りだ。彼は外国の情報を遮断していたとしか思えない。

 今、少しずつであるが、NMRAのBulletin(会報)を通読している。NMRA結成当時の資料を大量に再掲載している部分がある。これを分析すると、もっといろいろなことが分かると思う。

 スケールを統一することを理念として挙げるなら、異なるゲージの車輛すべてを模型化して市販しなければならない。京王の車輛が出て来ないのはどういう訳だろう。線路(特に分岐)車輪の規格を全て決めて公表して市販し、ストラクチュアなどを大量に市販する用意ができてから言うべきであろう。

 本物のゲージごとの模型化をするということはあまりにも多岐にわたってしまい、とてもできないから、Bemo はメータゲージ(1/87.1にすると11.5 mm)をHOm(12 mm)として売っているわけだ。そう考えると、日本の12 mmゲージをHOmと言ってはいけない理由があるとは思えない。我が国での成立の過程を見ると、根は同じなのである。 

 10年後にはどうなっているのだろう。

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2019年09月09日

日本のHO

HO その本の英語版 p.80 には、
 
 All HO models are intended to run on track that has a gauge of 16.5 millimetres(0.65 inch), but the earlier manufacutures of the earliest HO models were not so sure about the best linear scale to use on track of the width - the scale ratios 72:1, 76:1, 80:1, 82:1, and 90:1 were all tried. One can still find a few commercial HO models on sale in these unusual scale, but most American, Europian and Japanese manufacturers now stick consistently to scale of 3.5 millimetres (0.14 inch) of model to 1 foot of prototype - that is, a scale ratio of 87:1 - which is the correct scale for the gauge. In America, France, Germany, Japan and several other countries HO has become by far the most popular modelling gauge.

とある。3.5 mmは0.138インチ弱であるが1/100インチの桁までしか書いてない。また、HOはゲージだと書いてある。

 日本語版の記述は、下記の通りである。

 現在、HOの模型はすべて、16.5mmの軌道を走るように設計されているが、初期のHO模型の製造業者は、この幅の軌道を使うためにどんな縮尺が最もよいか、確証が持てなかった。縮尺比72:1、76:1、80:1、82:1 それに 90:1 などが試みられた。今もって、この異常なスケールのHO模型はいくらか市販されている。しかし、現在ではアメリカ、ヨーロッパなどの製造業者は、たいてい実物30cmに対して模型3.5mm ― すなわち87:1 ― のスケールに決めてしまっている。そしてこれがHOゲージの正確なスケールということになっている(日本のHOは、80:1である)。
 アメリカ、フランス、ドイツ、日本およびその他の諸国では、HOゲージがこれまでのところ最も一般的になっている。 

 
こちらでは、1 footを30.48 cmとせずに30 cmとしている。また、縮尺比 (scale ratio) の一部の訳にスケールという言葉を使っているが、良くない。stick to 〜という言葉の訳は良い。これはしがみついているとか、離れようとしないという意味の米語である。イギリスではあまり使わないように思う。ここはWestcott氏が書いた部分であろう、と推察する。

 この訳者は、日本の製造業者というところを外して、わざわざ、日本のHOは80:1と書いている。当時の製造業者の生産額の大半はアメリカ向けであって、国内向けより一桁多かったのであるから、原本のとおりの訳の方が良かったのである。当時僅かに東海道新幹線のみは1/87であったが、それのことだとは思えない。

 HOは、ゲージとして紹介されていることに、注目したい。決して縮尺比率を表しているわけではないことが分かる。
 ともかく、これからも判るように、HOが当初から 87分の1 であったというのは、明らかなウソである。山崎氏の主張とは異なるわけだが、ウェストコット氏は山崎氏が師と仰ぐ人であったから、黙殺するわけにもいかなかっただろう。英語版を手に入れて読んでいれば、その後の彼の言動に影響を与えているはずだ。
 そのころのTMSのミキストには何が書いてあったのかは、調査中である。


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2019年09月07日

Fine Scale という言葉

 ようやく右手のリハビリに入った。動かせない期間、博物館の本を順番に読んで、整理をしていた。その中に、Guy Williams編、The World of Model Train(1970年刊)という本があった。これは全く目を通してなかった。

619_1154 素人向けに、非常に広く浅く書かれた本であるが、編集者の中に Linn Westcott 氏(Model Railroaderの編集長)もいるからには、変なことは書いてないはずだ。どういうわけか、日本語版も出ている。模型機関車/この魅力の世界 秋野忠弘訳(実業之日本社1970年刊)である。この秋野氏がどういう方なのかは、見当が付かない。検索しても、この本以外の訳書は見つからない。

 この2冊を並べて読んでみると、訳がかなりまずいところが見つかる。ゲージ関係の説明はよろしくない。それは後述するが、Fine Scaleという言葉の説明があったのは驚いた。英語の説明は良い。対する日本語は、言葉の選び方が良くはないが、ウソはない。p.80から引用する。

 The idea of modelling to exact proportions in every possible respect, and most especially in respect of the track and wheel contours, originated in great Britain, where new approach is called Fine Scale. The term is misnomer, since the scale is not actually changed. In America, the words fine standard or exact standards are usually preffered and give a more accurate idea of the purist modeller's intention.

 この部分の日本語は、

 できるだけ多くの点で、特に軌道と車輪の外形で、正確な比率の模型を作ろうとする考えは、イギリスで起こった。イギリスではこの試みを ”精密スケール” と呼んでいたが、実際にはスケールは変わらないのであるから、この用語は誤称といえる。アメリカでは ”精密基準” あるいは ”正確基準” という言葉の方が好まれており、この方が潔癖な模型製作者の意図にかなっている。

とある。英語を母国語とする人もおかしいと言っているのだ。

 この言葉を日本に持ち込んだのは、とれいん誌である。1970年代に否定された言葉を80年代中頃に持ち込んだような気がする。その細かい年代は、まだ調べていない。そこには、意図的なものを感じる。あるいは完全な無知から来るものである。

 井門氏の文章から、最近はファインスケールという言葉を探し出せなくなったのは、喜ばしいことだ。間違った言葉であることは明白だからだ。
 気が付かないうちに少しずつ変化している。もう少し待てば良くなるだろうか。 

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2019年08月09日

古いNMRAの会報

 NMRAに加入当時の冊子を、自分で合本にしたものがある。それをめくると、アナログ時代のありとあらゆる挑戦の記事が並んでいる。よくもまあ、こんなものを作るものだ、というのが目白押しだ。そういう意味ではTMSなどより、はるかに面白かった。当時これに夢中になり、いろいろなものを試作した。今でも作動する踏切警報器も載っている。それについては作者にいろいろなことを質問した。
 NMRAの本部はすぐに転送してくれて、返事が直接来た。さらに改良して、良い音が出るようにした。TMSが転送を拒絶したことは、今でも腹が立つ。吉岡氏の記事を見て、直接聞いてみたいことがあったのだ。のちに吉岡氏も、それを知ってかなり怒っていた。だから、NMRAが手紙を転送してくれたのは、本当に嬉しかった。

 Paul Shimada氏と会ったとき、その話をした。
「Mr.Yamazaki はすべての情報を自分で握っていたい人なんだね。そういう人に日本支部を預けるわけには行かない。情報は自由闊達に伝えられなければならないというのが、NMRAの精神だ。」
と言った。以前にも書いたが、Model Railroderも、Rairoad Model Craftsmanも、手紙を転送してくれた。TMSだけがおかしかったのだ。現在のTMSはどうなのだろう。

What is this? さて、この板は何だろうか。寸法を写し取って、5.5 mmのシナ合板を切り抜いたものだ。これに何か簡単なものを付け足して、天井に相当するものを載せると、完成である。
 これを作ろうと思ってから、早くも40年以上も経つ。材料はプラスティックでも、木材でも良いし、金属板でもよい。今年こそ完成させて楽しもうと思う。

 さて、何であろうか。


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2019年08月03日

OOについて

 OOの件で、ここで述べた意見に納得できない人も居る。下記の調査結果をイギリスの事情に詳しい方にお送り戴いたので、紹介する。筆者はアメリカの模型屋でOOがHOと並べて売られているのをよく見た。当然であるが、線路は共通であった。

BL000BL067BL069BL085 OO4mmスケールということについて述べます。1956年のバセットロークのカタログでは、イギリス製のOO以外に欧州製のHOも掲載されていますが、それはOO3.5 mmスケールと表示されています。商売上のことを考えると、同じ16.5 mmの線路上を走れて、それほど大きさに差もないのだから、OOと表示しておいたほうが、消費者の混乱が少ないとの配慮としたのでしょう。(4 mmと3.5 mmの違いが気になるような人は、表示を見て自己判断できるでしょうから)。
 これは、日本でHOゲージが1/80の日本型も含めていたのと同様のことで、消費者にとってはむしろ親切なことと思います。

 写真説明
1枚目 1956年10月1日発行のシールが貼られている。
2枚目 ドイツ、トリックスの製品紹介 頭のところに、OO Gauge  3.5mmscale と記載
3枚目 同じくカタログ中 イギリス型もあり、3.5 mm scaleである。
4枚目 ホーンビィの製品紹介 解説文左上に、 4 mm scale1/76の記載がある。



 また、Empirebuilder氏からは次の意見をお送り戴いている。

 OOについての言及が多々ありました。16.5 mmゲージでありますが、OO1/76なのでHOではない、だから1/80HOではない、という理屈です。OOについて改めて調べてみると、英国向けの特殊な規格であり、HOと同じ縮尺では、車体が欧州大陸の規格より小さい英国型に、同じ動力メカニズムが搭載できないため、車体を1/76とした規格でした。ゲージは16.5 mmのままです。この規格のために、DOGAという組織まで作っています。Brexitでしょうか。NMRANEM?にはOOは定義されていません。この1/76という縮尺が採用された理由からわかりますが、同じメカニズムを使っているのであれば、実質的に大陸型と同じHO規格内に収まる、ということです。ただ、4 mm scaleと主張するためだけに、独自の組織を作ったとも言えます。

 NMRAでは、このOOについては脚注でDOGAを参照するように、と書いてあります。NEMも 4 mmに言及しているようです。要するにDOGANMRA, NEMはその基準が異なっていると考えられます。NMRAの最新規格で考えると、OOは完全にHO規格内です。ただ、別組織が管理しているためか、OOは採用していません。このことからOOHOは別の組織による規格で、基準が違うため、その関係を定義、比較することは無意味であることがわかります。OOHOの線路を使います。そのため近年は箱にOO/HOと書かれています。独立してOOと名乗っているのにHOと箱に書くな、と言われていますが、実際にHOの線路を使うため容認されているようです。ストラクチャーもOO/HOと書かれているものが多く、縮尺もかなりいい加減のようです。初期の16番にはOOも含められています。そのOOが、英国型を意味するのであれば、16番は、HO規格から逸脱していない、と言えます。HO16番は、HO規格をはさんで同じ意味となります。個人的には、最新のNMRA規格は16番の概念を取り入れたかのように見えます。

 
ここで大切なのは、理念ではなく消費者と製造業者の関係である。商品としてどう扱うか、という視点が欠けた論争は意味がないし、論点がはぐらかされてしまう。少数の人が、ここに書いてあることとは異なる縮尺、ゲージを採用しているが、それは個人の自由であって、本件とは関係が薄い。



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2019年08月01日

続 矜持

 M氏は、ゲージ論は感情論だと言っている。彼の読解力には、おおいに問題がありそうだ。ここで展開されているのはビジネスのあり方である。個人的に楽しむ模型であれば、どんなサイズでも、いかなるゲージでも、どんなフランジ形状でも問題はない。彼の文書に名前を使われたOJの三木氏は、まさにこの路線を行っている。全く関係ないところに引張り出されて、迷惑しているはずだ。しかし、商業目的の文書の捏造部分については公正取引委員会のお世話になる。

 また、HOと表記されたものを買ったのに16.5 mmゲージでないということになれば、訴訟にもなりかねない。しかも、会社が公表している「1/80はHOではありません」の記事の一節に12mmがHOだとあったとすれば、客をだまそうとしている立派な証拠にもなりうる。アメリカで、友人の弁護士に近々会うので、話しておこう。現実に、間違って買ったという人の報告は聞いている。これは日本の話であるが、国境を跨いだ問題が発生するのは時間の問題である。オリンピックはあと1年後だ。

「HOという文字列は 縮尺のみを指す」という証明は極めて困難である。HOは軌間を表す例が過去にも現在にも無数にある。それを大昔から1/87.1縮尺のみを表すことに決まっていたと、商売上の宣伝の文言に使って、他社製品をニセモノと誹謗するのは明らかに商業上のルールに反する。もし公正取引委員会に申し立てられたら、勝ち目はないだろう。他社はどうしてこれを訴えないのかが、不思議である。有効な証拠はたくさん用意してあるから、要望があれば提供できる。

 だれしも、楽しく鉄道模型を楽しみたいはずだ。静かに楽しむことはできないのだろうか。
 趣味の世界で、自分達以外は間違っているということは、言うべきではない。「こっちのみーずはあーまいぞ」は良いのだが、「そっちのみーずはにーがいぞ」を言ってはいけないのだ。それどころか、「そっちは毒入りだぞ。」とまで言っているような気がするが、皆さんはどう感じられるだろうか。しかもそれは、一個人の趣味者が言うのではなく、商業上の文書として流布されているのである。

 ところで、M氏は自宅のレイアウトで日本型1/80も走らせるようだが、その時、ストラクチュアは1/80に取り換えるのだろうか。 

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2019年07月30日

矜持

 M氏は、どうしても筆者を黙らせたいようだ。人格攻撃まで書いている。筆者を異常性格者として葬り去りたいらしい。これはナチスが使った手口である。正当な意見を言う者を精神異常として拘留し、殺害した。
 しかし、この件については、異常な人に異常と言われると、ひょっとしてまともかも知れないから、少し安心している。このブログに書いてあることなど、無視すればよいのに掴みかかって来るというのは、ひょっとして、このブログは大きな力を持っていると勘違いしたのかもしれない。無視されるが良い。

 ”貧すれば鈍す”という言葉がある。筆者の人生の中では、どういう時に使うのかが分からない言い廻しだったが、好例を見つけた気がする。井門氏は金があるから、逆らっても無駄だと書いているのだ。まさか、そういうことを言う人だとは思わなかった。彼は矜持を捨て去ったようだ。

 残念ながら、当方はそんなことには全く利害関係がない位置に居るということが分からないようだ。HOを楽しむ友人がたくさんいて、皆迷惑しているのは最近知った。ウソの入った情報をばらまき、国鉄型は1/87、 12 mmゲージが正しく、1/80はガニ股で見るに堪えないと攻撃する。そんなことを許しておくわけには行かない。

 誰かが言ったが、それは義侠心なのだそうだ。強きをくじき・・・、何とか、ということを言うつもりはないが、間違っていることに対して、間違っていると言うのは正当な権利である。とやかく言われる筋合いはない。
 筆者は昔から、誰に対しても同じようにものを言うので、摩擦が起きることがあった。しかし結果として、すべて良い方向に行っている。負けたことはまずない。客観的なことは覆せないから、勝ってしまう。
 私たちはこのように解釈している、などと言う連中は、最初から負けを認めているのと同然だ。

 このブログは、広告の無い無料新聞である。圧力に影響されるわけがない。日本に確かな鉄道趣味雑誌がないから、始めたブログだ。読んで、なるほどと思う人が居れば、それで目的を達している。抑圧された雑誌とどちらが価値があるかは、読者の判断である。      


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2019年07月28日

HOの起源

 M氏は4日も掛けて書いた文章だとは言うが、全く客観性のないお粗末な文章である。自分に都合の良い発言だけをなぞって、権威付けに利用している。
 まともな人はこういう文章を読むと、めまいを感じる筈だ。逆に、何も知らない人が読むとそうなのか、と納得する人もいるだろう。そういう意味では、そこそこに優秀なアジテータではある。
 理系の論文にも、こういうのがたまにある。いわゆる御用学者が書いたものだ。

 さて、井門氏(M氏も含まれるかもしれない)が拠り処としている山崎氏の1949年の文章には、正しくない部分がある。

 山崎氏はイギリスとアメリカにはある程度詳しかったようだが、欧州の事情に関しては全く不勉強であったことが分かる。
 先回もお伝えしたように、HO=1/87は1953年のNEM発足後の規格であるから、山崎氏の文章の時点では、決まっていなかった。山崎氏は欧州の情報を知らなかったのだ。欧州=メルクリンと思っている人が多いようだが、メルクリンは交流三線式の独自の世界であって、それをスタンダードと言うのは無理がある。山崎氏はメルクリンはよく出来た玩具と言っているから、模型の範疇には入れていなかった。

 また、HOがアメリカ発祥のスケール規格という話は、明らかな間違いである。3.5 mmというアメリカとは全く関係の無い数字を見て、何も感じないのだろうか。今も昔も、アメリカではメートル法は定着していないことを知らない人の文章である。 
 HOはゲージ規格として、Oの半分で、欧州から始まっているその後、アメリカでは早い時期に、HOスケールとして定着したのは事実であるが、欧州ではHOゲージ=16.5mmとして発展してきた。

 山崎氏が16番を広めようとしていたのはわかるが、氏の権威が強くなったのは1960年代のことである。したがって、1949年の山崎氏の発言を拠り処にして議論を展開するのは無理がある。当時は複数の模型雑誌が乱立し、その一つの若い尖った編集者が、言ってみただけのことなのだ。やはり、昔から言うように「四十にして惑わず」である。それぐらいの歳になるまで、編集者などできるわけがないのだ。
 1970年代になると、山崎氏は過去の失敗に気が付いている気配がある。それが書かれたのは、先日の記事である。「五十にして天命を知る」だろうか。その後は違う方向に行っているが、そんなことはどうでも良い。

 イモンの新しい「1/80はHOではありません。」の文章も、保存しておくべきだ。10年後に読み返してみよう。



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2019年07月26日

NMRA Life membership

 M氏はNMRAの life membership 終生会員権を保持していることが自慢らしい。手元の1972年の全会員のリストを見ると載っていないから、それ以降の加入なのだろう。72年の日本の会員を見ると、山崎喜陽氏も載っていない。そこには、日吉菊雄氏や伊藤剛氏、他に製造業者約10人の名前がある。筆者が入ったのは1976年で、その当時のリストには載っている。筆者もライフメンバになろうと思ったこともあるが、その頃に「ライフメンバはお荷物」と称する記事が会報に載り、
「財政的には全く貢献していない。少ない金額で、多年の恩恵を受けられる制度はやめるべきだ。」
と主張していた。なるほどと思い、普通会員のまま、35年ほど入っていた。計算すると、ライフメンバになるための金額の二倍以上払っている。その間何度となく、様々な記事の執筆者に手紙を書き、意見を送ったりした。そのうちの何人かとは、後に会うことができた。

 これは、会員であれば当然のことである。活動を活発化するには、意見交換が大切だからだ。会員証を御札のごとく飾っていても、全く意味がない。そのうちに筆者はアメリカに引越したので、地域の催しには積極的に出て、本部との意見交換もしたし、なにがしかの寄付もした。チャタヌーガにある本部の建物のどこかに、筆者の名前の入った煉瓦がはめ込まれているはずである。
 そうこうするうちに、Paul Shimadaという人から電話があった。
「今度の年次総会に出ますか?会いたいのだが・・・。」
と言う。誰なのか判らなかったが、電話を切ってからNMRAの会長であることに気付いた。滑らかな英語を話す(2世だから当然か)、教養のある人だと感じた。すぐに電話を掛け直したら、今度は日本語で話し始めた。その日本語は分かりにくく、困った。

 年次総会に行くと待ち構えていた。筆者のことは日本に居る時から知っていたらしい。時々興味深い問い合わせがあって、記憶に残っていたと言う。日本に帰るのか、こちらに住むのかと聞かれた。「帰るのなら、NMRAの日本支部を開いて支部長になってくれ。」と言われた。
 まだこちらも若く、将来のことは決めかねていたので、とりあえずはお断りした。もしそうなっていたら、どんなことになっただろう。山崎氏が何か言ってきたかもしれない。
 その後、サクラメントに行ったときには、連絡してお宅に伺い、家族でご馳走になった。15年ほど前に亡くなったが、能力に満ち溢れた素晴らしい方であった。

 2000年代になってからはNMRAは徐々に変質し、HOの意見が強くなると同時にFスケールが台頭し、Oスケールの人たちは離れ始めた。2008年にRP25のありえない数字についての質問をしたのが、筆者の会員としての最後の活動だ。答えられる能力のある人はいなかった。出まかせのおかしな答を送って来て、それは間違っていると言っているにもかかわらず、勝手に規格表に追加した。それで筆者はNMRAとは決別した。その後時間が経ったから、規格委員は入れ替わっているだろう。当時、NMRAに意見を言ったとK氏に伝えたところ、「NMRAに意見するなんて・・・」と絶句していた。するべきなのである。しなければならない。

 ともかく、NMRAに入っていると嬉しそうに言う前に、会員としての活動をされるが良い。そうでない人は入っていても意味がない。規格その他はインターネットでも手に入るのだから。


 今回の「1/80はHO」の意見も、言うべきなのである。KATOの加藤 浩社長が言えば、採用される可能性がある。KATOはDCCの普及にも貢献し、アメリカでの評判はすこぶる高い。言えば必ず反響があるはずだ。M氏の言う、「相手にされません」というのは根本的に間違っている。
 今回の規格の改訂についても、M氏は一般人より触れる機会が格段に多いにも拘わらず、何も気が付かないというのは、鈍感以外言葉が見つからない。眺めていただけではないだろうか。


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2019年07月24日

HO gaugeは和製英語 ?! が消えた

 右手の手術が終わって二週間になる。抜糸後、再固定された。ギプスが、がんじがらめに巻いてあって、全く動かせない。右手が使えないと出来ないことは無数にあり、模型工作はすべてお休みである。ネジが締められない、糸鋸が使えない、ヤスリが掛けられない、金槌が打てない、ハサミが使えない。それとマウスが使えないので、ブログは当分の休みを戴いている。バックボタンが押せないというのは、本当に困る。音声入力というものもあるが、話にならない。

 メイルを確認していたら、イモンのサイト内の表題の文章が消えていると連絡を受けた。多くの方からお知らせを戴いたが、情報を総合すると、7月14日から新しい文章になったようだ。更新後の文を読んだが、歴史にはかなり怪しいところがある。以前の文章は皆さんで保存されているはずなので、比べてお読みになると良い。
 井門氏はブレインを持っていないのだろうか。外国の文献を細かく当たれば、捏造部分があることぐらいすぐわかるはずだ。山崎喜陽氏が昭和24年に書いた文章を全ての原点としているが、これは正しいとは言えない部分を持つ。

TMS #41916.5mm=HO 当時20代の若者が知ったかぶりをして書いた文章が、どうして原点になれよう。その後の彼の文章は、右に行ったり左に行ったりして、あとで気が付いたことを言い出せずに終わっている。TMS419号のミキストをお読みになれば、HOゲージという言葉を認めている記述にも遭遇する。山崎氏を中心とする歴史には意味がないのである。

 困ったものだと、この文章を書き始めたのは先週なのだが、片手では時間が掛かってしょうがない。そうこうするうちに、数人の友人から「爆弾だよ」とM氏の文章を転送された。そのうちのお二人からは、「不発弾だけどね。」と注釈が入れてあった。


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2019年06月26日

続々々 F scale

 45 mmゲージでは、一つのゲージに数多くの縮尺があることが、当たり前になった。これがNMRAの考え方を変える(縮尺からゲージへの転換)原動力になった。45 mmである限り、どの縮尺模型も同じ車輪規格を使うことになっている。即ち、2 ftのモデルを作ると、フランジは相対的に低くなる、ということだ。。
 しかし、そうであっても彼らは、finescale などとは言わない。この言葉は1980年代にイギリスでよく使われたようだ。すでに鉄道模型ではあまり見ない言葉になった。日本では、勘違いで時々使われているが、全く感心しない。 


 大きなものを作るのは初めてだったが、なかなか楽しかった。土屋氏がこれにハマったのも理解できた。
 リハビリのための工作はこの2輌で終了して、レイアウトの作業に戻った。ギプスには塗料、金属粉がこびりつき、病院で外す時に質問された。

 片付けものをしていたら、このクレーン車 Billmeyer & Smalls Four-Wheel DerrikDerrick の残骸が出て来た。上廻りがばらばらで悲惨な状態であった。幸い図面が見つかったので、修復した。1日で直ったので良しとする。人力クレーンである。なかなか渋い色である。

 興味深いのは、手廻しクランクは左右両方にあって、その位相が90度ずれていることだ。二人で廻す時には、そのほうが力が入りやすいのかもしれない。捲き上げてラチェットが掛かるようになっているが、降ろす時は危ない構造だ。あまり重いものは、持ち上げないほうが良いだろう。圧縮の掛かる部分の鉄骨が強くない。座屈しそうだ。クレーン本体が木製で、しかも曲げの力が掛かるので感心しない設計だ。むしろ、本体を鋼材で補強し、圧縮部分を木製にすべきであった。

 尖端にぶら下がった鎖は3本に見える。中学校でやった滑車の問題である。力が何倍になるか考えてみよう。あまり見かけない方式ではある。

 後ろ側には鎖があって、移動時の安定を図っているようだ。ブレーキもある。作業時にはこれを締めるのだろう。


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2019年06月24日

続々 F scale

 同じ45mmの線路を走るものでも、各種のサイズがある。標準軌車輛を走らせる人(1/32 サイズを採用)、ナロゥを走らせる人、それもメータ・ゲージ、3 ft、2 ftなどがあってややこしい。(2 ftの場合は縮尺に 1/13.5 を採用することになるが、利用者は非常に少ない。)

 その中でもこの 1/20.3 が一番盛んだ。最近驚いたのは、これがかなりのファンを獲得して主流になったので、その標準軌を 70.7 mmゲージで作る人が出てきたことだ。Oゲージの2倍強である。この1/20.3の場合、2 ftナロゥは 32 mmゲージ(厳密には、31.75 mmゲージ)に載せる(うるさい人は30 mmゲージを始めたが、殆ど誰もついて行かなかった)。
 つまり、F scale 1/20.3は、この30年で、アメリカでは、かなり認知された縮尺になったということだ。だからこそ、NMRAの規格に載ったのだ。確かに、アメリカのどの模型屋にも、 1/20.3 の模型が置いてある。よく売れているのだ。
 F scaleの 3 ft ナロゥの巨大レイアウトもある。これは凄い。


 既存ゲージは強いという、一つの証拠だ。45 mmゲージのインフラはLGBに依って拓かれた。すでに十分にあるので、それを生かした模型作りに成功した例である。

 実は、筆者は初めは成功しないと見ていた。1/20.3 という縮尺は実生活にはない数字だから難しいだろうと思ったのだ。
 その昔 17/64 インチスケール(1/45.2 サイズ)のOゲージがあったが、線路幅から逆算される縮尺に拘り過ぎて、自滅した。素晴らしい商品群があったのだが、最早誰も見向きもしない。17/64というスケールがこの世に普遍的に存在しなかったのが、失敗した原因だ。住宅図面などは1/4インチスケールを使っている。MRはそれを見抜いて、1/4インチスケールの図面を提供した。これが効いたという説もある。
 その後の O scaleは少し小さい1/4 インチスケール(1/48 サイズ)になり、十分に発展した。これはゲージ幅が6%強広いことを無視している。

 F scaleの 場合はこのOゲージの失敗例を覆して、ゲージを縮尺に合わせて成功させたことになる。それはふんだんにある45mmのインフラを最大に活用することにより、奇妙なサイズだが、それを乗り越えて得られる果実が大きかったからだ。室内まで作って楽しむという、新しいジャンルを切り開いたのだ。ドールハウス遊びに似ている。
 しかし日本でのファンはあまりいない。少々大きいが、庭で遊ぶ分にはそれほど問題ではないと思う。木製が多く、価格もそれほど高くない。エポキシ接着剤で組まないと壊れやすい。即ち時間が掛るキットである。

 鉄道模型の歴史を見ると、まさにマーケティングのケース・スタディをしていることになる。根底にあるものは何か、を感じる。


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2019年06月22日

続 F scale

hopper car この木造ホッパ車は、部品数200以上のかなり面倒なキットを組んだものだ。鋳物部品もあるが、それらは精度の高い硬い鋳物である。活字合金のような気がする。ヤスリが良くかかるので具合が良い。すべての木材は正確に切り出されている。削らなくても必ず合うのが良い。斜めのかすがいも、ぴたりと納まるのには驚いた。
 こんな正確なキットを作る人が居るのだ。飛び出したハンドレイルも、手が当たりやすいところだけは、ブラスの鋳物である。よく気が付く人が作ったことが分かる。ブレーキ・リギングは活字金製のようだが、あまり実感的でないので、ブラスで作り替えることにした。その部分だけを除いて完成だ。これも金属部品だけを塗装して、全体にウェザリングを施すとできあがりだ。

 ニューメキシコの Hartford という模型屋であった。2001年に土屋氏とシカゴに行ったときに、この模型屋に行きたいとのことで、地平線の見えるサンタ・フェ街道を 3日もかけて車で行った。遠かったけれども、楽しいドライヴであった。その時はRaton峠は通らなかった。そこでたくさん購入した物の一つである。この店は今は買い取られて、ユタ州に引っ越したようだ。
cabooseinterior 他にも flat car、gondola、caboose などがある。大きなものなので、耐衝撃を考えた作り方をしないと、連結時に壊れてしまう。カブースは車内まで作る部品があった。資料がないから大変である。博物館の蔵書を調べてそれらしく作るしかない。これは土屋氏の製作だ。塗装は非常に実感的である。内装は筆者が作っている。


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2019年06月20日

F scale

 最近話題になっていることであるが、45mmゲージを利用するいくつかの縮尺模型がある。1/32、1/29、1/24、1/22.5、1/20.3 などである。他にもあるらしい。最後の1/20.3は1990年代に登場した。Bachmanの巨大なShayで火が付いた。3 ft 軌間を45mmにしようとすると、1/20.3となるというものだ。これをF scaleという。アメリカではこれがかなりの人気だ。
 finescaleと言いたいところだろうが、彼らは大人であって、そんなことは言わない。ちゃんと「フランジが高いのでブレーキ・リギングに当たるから、思い切って曲げるとか、小さい車輪を使うべし」と書いてあるキット組立説明書もある。

side dump car 土屋 巖氏が遺されたかなりの量のキットがある。左手のリハビリ用に組んでみた。これはPSC社のキットだが、説明図と中身が合っていない。しょうがないから、様々な文献を見て、それらしく作った。Greggという会社の1918年版カタログを参考にした。standard square box dump carというらしい。
  リンク類は現物に合うように作り直したものもある。このような二軸車は車軸が左右に振れると(要するに軸箱の中の左右動がある状態)推進時に回頭しやすくなり、連結面で座屈する。その前にフランジの先が当たって(アタック角の問題)レイルの継ぎ目で脱線する。

 車軸を削ってボールベアリングを仕込み、台車の軸箱中を座繰って、ベアリングハウジングを形成した。予圧を掛けて組んだので完璧だ。錘を積んでも抵抗が極めて少ない。

side dump car2side dump car3 このサイド・ダンプは、正立時は写真に描き加えたように鎖を引っ掛ける。目的地に着くと鎖を外して押すわけだ。ガチャンと向こうに倒れて、同時にサイドの板が持ち上がる。仰々しい構造である。もう少し、うまいリンク機構ができるような気もしないわけでもない。手にギプスが半分付いた状態で作ったので、3日も掛かった。
 木材にはステインを浸み込ませてある。全体を汚く仕上げればできあがりだ。鎖はどうやってつけるか思案中だ。本物通りに作ると壊れやすい。ネオジム磁石で吸い付けておくのが、一番楽かもしれない。


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2019年06月18日

罵詈雑言

 予想したことではあったが、その種のコメントがかなり来た。一番多かったのは、Big Boy と C62を並べてみたい人も居ることを書いた回である。

 趣味にケチを付けるな、とか、人をバカにしているとか書いてきた。揶揄していると思ったのだろう。そういう問題ではないのだ。これも客観的な話である。
 この話は30年以上前に松本謙一氏に直接話したのだが、彼はもう覚えていないだろう。当時は他国製のモデルは無く、日本製であった。

 そのBig Boyは天賞堂製だ。Tenshodo のBig Boyは大きいのである。 その比較は意味がない。だからこそ図面で比較するべきなのだ。ちなみに、のちに売り出されたTrixのBig Boy はかなり正確らしい。これらの長さは20 mmほども違うそうだ。

 今回、1986年製のTenshodo Big Boyの測定結果をお知らせ戴いた。縮尺は1/83程度だということである。「HOは縮尺を表し、1/87.1である」と仰るのは自由だが、実測してみれば、縮尺はかなり怪しいものがかなりあるのが現実だ。お手持ちの車輛を図面と比較されると、意外なことが分かるだろう。日本型と並べて悦に入るのは、それからにすべきだ。

 最近の製品は、モータが小さくなったこともあって、かなりスケールに近いらしい。拠り処とされている縮尺に拘るのは結構だが、測定してみるということは、大事なことだ。お題目を唱えるだけでは済まない現実が、そこにある。

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2019年06月14日

続 筆者を取り巻く環境

 紹介した提言はお読み戴いただろうか。つないだ線路の上を、どの車輛も走ることができるということが大切だ、誰も意識していないけどそこには「規格」がある。
と述べている。それは大昔に山崎氏が紹介した16番なのかもしれないし、それが当時のNMRAの焼き直しかもしれない。ともかく「何か」がある。

 鉄道模型は買う人も居るし、作る人も居る。その「何か」に適合していれば良し、である。筆者の博物館の線路はその点かなり細かく検証しながら敷設した。曲線での複線間隔などは文献値を見ながら、実測と照らし合わせた。複線橋梁はその点、一番難しいところだ。複線の内外を同時に考えねばならない。northerns484氏の計算により、ぎりぎり+僅かの余裕を狙った。満足できる結果で、彼も筆者も胸をなでおろした。幅が広そうで、実際に通すとそうでもないというところが面白い。

 転車台の駆動装置のプログラムもH氏のおかげで完成し、メカニズムは自由に動かせる。目で見て目標を合わせて、機械でアラインメントを保証する方式だ。よくある玩具っぽい動きとは異なる。DCCが導入された時、運転台に1/48に縮小されて座っている感じということを書いたが、転車台もその運転台で動かす気分になれる。慣性のある動きをする。

 信号橋の工作も少しずつ進んでいる。設置工事の準備はある程度進んでいる。設計者のNS氏が自ら配線工事を手伝って戴けるそうで、電線を路盤の下に這わせている。
 一周90 mほどあるが、それを4つのセクションにした自動信号である。

 この複線レイアウトは左側通行である。おかしいという指摘はあるが、そうでもない。UPの本線はあちこちで左側通行になっている。他の会社にもたくさんあるのだ。これは歴史的なことと、地形の問題とがある。初めに敷いた単線のどちら側に新線を追加するかは場合による。当レイアウトは地形的な制約が大きく働いて、左側通行になった。

 10日以降コメント数が非常に減った。無数に来ていた攻撃的な文章が、ぱたりと来なくなったのだ。それらは、どちらかというと本筋を掴めていない、非常に些末なことを指摘してくるものばかりだった。それに慣れていたので、妙な感じである。

 左手の修理は終わり、今試運転中だ。掌と甲を貫いていたワイヤも引き抜かれて、風呂の湯に浸せる。次は右手の修理だ。実は、右手も同時に脱臼したのだ。


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2019年06月12日

筆者を取り巻く環境

 多くの友人、知人から、忠告、諫言を戴いている。
 どうしてこんな論争を始めるのか、いい加減にしないとブログの読者が減るぞとか、博物館の来訪者が減るぞ、というようなものが多い。

 このブログにはアフィリエイト広告は付けていない。読者が減っても全く構わないのだ。むしろ、こういう論争で読まなくなる方は、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという客観性のない方だろうから、構わない。他所にない記事なら、読み続ける。評価が下がるぞ、とも言われたが、このブログはそういう評価とは無縁のところにあるはずだ。むしろアクセス数は以前より3倍ほどに増えているのが、興味深い。

 博物館についても、様々なご心配を戴いている。ただでさえ、手の故障で遅れていて、金利がかさむだろうなどと言われているが、建物、底地は現金で購入したから、僅かな固定資産税と電気代を払えば、運営できる。最近のLED化と高性能エアコンで、維持費は極端に安い。エアコンは除湿目的で24時間稼働だが、建物の断熱性が高いので助かる。当博物館は営利目的でないので、たとえ入場者ゼロでも問題ない。
 仕事はやめても、所得税を少し払うくらいの収入はあるので、もし赤字になれば納税額が減るだけのことだ。もともと国内の見学者は、あまりあてにしていない。アメリカからの見学希望者は多い。彼らを連れて、国内ツアを企画せねばならない。

 さて、筆者の方針として、「旗幟(きし)を鮮明にする」というのがある。ほとんどの日本人が不得意とするところだろう。筆者にとってはどうでも良いHO関連のゲージ論に顔を突っ込んだのは、黙っていられないところがあったからだ。
 この趣味を健全なものにしたい。不当な宣伝活動によって、物を知らない若年者層が洗脳されるのを防ぎたいという気持ちの表れだ。そうしないと、ただでさえ先細りなのに、ますます衰退してしまう。
 よくぞ言ってくれた、という激励をたくさん戴いている。筆者は知らなかったが、例の文はかねてより腹に据えかねた、という人が多かったらしい。

 2月にこのブログで規格に関する記事が始まってから、アクセスが極端に増えた。皆さんの興味が高まったのだ。
 規格制定についてのチャンスかも知れない。これについて、あるブログで重要な提言があった。お読みになると良い。

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2019年06月10日

HO gaugeは和製英語 ?!


 この騒動が始まってから、井門氏の文章がUPされているのを知った。読んでみて、びっくりである。このページは保存しておく価値がある。10年後に読み返してみよう。

 HO gauge は和製英語であるそうだ。不可思議な文章である。Model Railroaderやその他の古い雑誌をひっくり返してみれば、いくらでも転がっている単語列だ。ヨーロッパでは今でも使われている。現代ドイツ語のspur H0(これはオウではなくゼロ)は英語に置き換えれば、HO gaugeである。日本から輸出したのはいつ頃なのだろう。それが知りたい。

 Empirebuilder氏の解説にもあった7mmスケールの半分説は、バセットロークの話で、ヨーロッパ全体でHOが1/87と規格化されたのは1953年のNEM規格からである。それ以前は、各メーカが独自の縮尺で、線路幅16.5 mmのものをHOと呼んでいたのだ。フランスのJOUEFは1/86、ドイツのトリックスは1/90、スイスのHAGは1/80を採用し不統一であった(先日の3.8 mmスケールは、これを指すと思われる)。それで統一化が図られ、1/87が規格化されたのである。
 しかし、旧規格のものも併存し、フランスの模型雑誌 Loco-Revue が HO=1/87と表記したのは1965年からだが、HAGは1980年代まで1/80で製造していた。

 スイスでは標準軌とメータ・ゲージが併存していたので、HOmが登場するまで、どちらも1/80の16.5 mmゲージで作ることは一般的で、その製品はHOとして売られていたのだ。こういうことを無視して、HOは最初から1/87の標準縮尺だと言い張るのは、事実の歪曲である。
 この辺りの調査結果は、ヨーロッパの模型の歴史に極めて詳しい方から、資料を提供戴いたもので、写真も拝見した。彼は単一形式で各サイズの模型の現物も、証拠としてお持ちである。


 これが個人のブログ等であれば筆者は何も言わない。世の中には間違ったことを垂れ流しているウェブサイトは、無数にある。しかし、商売のネタとして、自分に都合の良い話を捏造しているとなると、これは公正取引委員会の仕事を増やすことにも、なりかねない。
 我田引水はやめるべきだ。



【追記】
 表題の文書は2019年7月13日には削除され、7月14日から新しい文書に差し替えられた。新文書からは、"HO gaugeは和製英語” が消えているが、歴史認識には間違いが放置されている。この件については7月24日の記事を参照されたい。
                   (2019年7月24日)



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2019年06月08日

3種のゲージ論

 この論争が始まる前、ゲージ論を採り上げるべきか否かを、友人に相談した。すると彼は、ゲージ論には3種ある、と即座に答えた。その分類とは、

1.  ゲージの優劣を論じるもの

    戦前の0番と35 mmの論争や、戦後間もないころのSゲージの論争がこれに相当。模型メーカーが少ない時代は、自己のゲージの存亡を懸けた議論がされていた。

2. あるゲージについての規格の是非の論争

 1/8013 mmが登場した1960年代からは、これが増えてきた。ファインスケールもこの類だ。

3. 呼称に関する論争

 1/8016.5 mmに対するもので、1/8712 mmが登場したことによって、HOという言葉の定義での論争である。

 

 2.以外のゲージ論は不毛だから、昨今の3.の議論に参加する気はない、と通告された。筆者もおおむねそれに賛成したが、外国からの視点も含めて調査の結果、3.についても大いに論議する必要があると悟ったのである。

 何度も言うが、アクティヴな模型人(レイアウトを作る人)はサイズの違いなどほとんど気にしない。ストラクチュアのサイズは混在しているのが普通である。ゲージについても走れば良しで、同様である。
 ただ、その走行性能の向上には、拘る人が多い。そうでない人はその逆の方向に極端に拘る。だから話はかみ合わない。

 しかし、経済活動の一つであると考えると、「表記」というものは正確であるべきだ。昨日の例で指摘したが、外国から見ても問題が生じないようにしておくべきだろう。

 1. については論外だと思っていた。しかし最近の様子を見ると、これが大きなファクタだと思っている人が多いのではないかと、気が付いた。攻撃まがいの投稿をしてくる方は、存亡を懸けた闘いだ、と勘違いしているような気がする。
 そういう問題ではなく、我々はビジネスのありかたについて、問題意識を持っているのである。これは、無広告で、中立なブログだからできることなのである。これはスポンサがある雑誌では採り上げられることは無い。また、筆者がHO関係者であれば、偏っていると思われる可能性もある。



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2019年06月06日

孫の買い物

 偶然とは面白いもので、筆者が孫への買い物の記事を書いて、親しい友人に感想を求めたら、同時に彼も買い物の創作記事を書いて送ってくれていた。お互いに全く独立で、影響は受けていない。受信箱を開けて、双方とも非常に驚いた。
 ただし、方向だけが違っていた。紹介する。筆者が気にしている外国からの視点である。

孫「トウキョウ・オリンピックを見に日本へ行くんだ。おじいちゃん、御土産に日本の鉄道模型を買ってきてあげよう」

(筆者注:この段階で話のオチは見えてしまうのだが…)


祖父「それは楽しみだ! ワシのはHOだぞ(両手の指をコの字にして)これ位のだ。日本ではまだまだ高級なブラス製がある。それと日本はNが多いから間違えないでくれ」

――そして来日した孫はオリンピック観戦を終え、御土産を買いに鉄道模型店に立ち寄りました。TenshodoやKATOに行けば、何ら問題は無かったのですが…。

孫「Brass製の日本のsteam locomotiveが欲しい、HOだ」

店員「ここに並んでいるのが、日本型のSLでどれも真鍮製です。線路の幅は判りますか?」

孫「さぁ、知らないな。でも(両手の指をコの字にして)大体これ位の大きさだった。Nじゃない、HOだって言ってた」

店員(?外国の方がHOと言うのは、16.5 mmのことか?それとも縮尺がHOなのか?)

孫「あ、ここにHOって書いてある。うん、大体同じ大きさだ。…隣の“J”って何だ?どれも真っ黒で大きさも似てるけど…。でもHOなら間違いないな」

――孫はブラス製の機関車を手に、おじいちゃんの喜ぶ顔を思い浮かべながら帰国しました。

孫「おじいちゃん帰ったよ。見てよほら、日本の蒸気機関車だよ、ちゃんとHOを買ってきたよ。驚いたよ、2千ドルもしたんだ」

祖父「それは嬉しい。これこれ、このブラスのズッシリとした・・・何だか小さくないか?」

孫「Nじゃないよ、ほら箱にもHOって書いてあるよ」

祖父「車輪が狭くてレールから落ちるぞ、わしのHOレイアウトを走らないじゃないか!!」

――その後はご想像どおり、訴訟へと発展していきましたとさ。

――車体の裏に“Made in China”と彫られていなかっただけ、東アジア情勢を悪化させずに済んだのが幸いでした。




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2019年06月04日

規格

3.8mm scale 規格は何のためにあるのだろう。
 
 いろいろな人が、ありとあらゆることを書いてくる。最近は少し減ったが、コメントに様々な書き込みがある。最初から「私見」などと書いてくる人が増えた。どれも「信仰」に近い。教義に忠実に生きようというのは結構だが、他を攻撃し、自己の優位性をとうとうと語るのには、辟易している。自分たちが攻撃されていると勘違いしている人も多い。そういう人は脅しにもとれる文言を書いてくる。
 言うことを聞かない者は、教祖の指示で、ポアされるかもしれない。

 
 今回のゲージ論は今までのゲージ論とは異なる。感情を排除して客観的に眺めようというのが趣旨である。筆者はHOにはまったく縁のない人間であるから、利害関係がなく、そういう意味では適当かもしれない。

 首記の件であるが、目的は互換性である。製品に関して必要な概念である。手作り品はそれに合わせて作ってあればよい。

 さて、こういうことを考えてみよう。
 模型店に行く。「HO」と書いてある機関車と客貨車を買う。次に「HO」と書いてある線路を買う。「HO用の電源」があるかどうかは知らないが、DCCでなければDC12 V の電源を買ってつなげば走るというのが、HO規格製品である。これについては、どなたも異論はないだろう。
 もし線路幅の違うものを「HO」として売り付けられたら困るはずだ。そんな間違いをするはずがない、と言う人は多いだろうが、起こりうる話である。おじいちゃんが孫のために買ってやったものなのに、走らなければおじいちゃんの権威は失墜し、大迷惑だ。

 今回の議論では、この部分が欠落している。我々は消費者であることを忘れてはいけない。この点ではKATOはぬかりが無いように見える。

<追記>
 探していた本がようやく見つかった。当該ページをUPする。大したことは書いてないが、何かの参考にはなりそうだ。 スキャナのご機嫌が悪く、解像度がないことはお詫びする。
 Color Treasury of MODEL TRAINS, Crescent Books刊 70年代にアメリカで買ったものだ。



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2019年06月02日

HOとは

 アメリカで(これを書くと拒否反応を示す人がいるが、客観的な話である)、”HO”の軌間を数字で言える人はとても少ない。インチでも、mmでも良いから言ってみてくれと頼んでも、言えない人が大半である。half O だから、1-1/4 inch の半分で5/8 inch かな?と言う人も多いが、間違いだ。
 ほとんどの人は、”HO is HO.” でおしまいである。即ち、「HOはあの線路を走る模型」と頭の中で固定されているように見える。即ち線路軌間を指している。しかし、その上を走ればすべてHOと言うかと思えば、そうではない。

 On30は巨大である。小さなトンネルをくぐれるわけがない。この大きさという概念が、その線路の上を走る模型の”集合”を小さくする。その線路を走り、なおかつ大きさの制約(場合によっては建築限界)を満たすものはHOと呼ばれるはずだ。1/80の16番、1/76のOO、1/87のいわゆるHOスケールの標準軌車輛、山崎氏の言う1/90の満鉄、鮮鉄車輛は、すべてHOであると言っても何ら問題ないはずだ。
  現在の日本では"HO"という言葉が縮尺、軌間両方の意味を包含して使われており、"HO"という表記のある模型車輌(特にプラ製品)は"HO"と呼ばれる線路の上をHOの外国車輌と一緒に走ることができる。これは16.5mmゲージ向けの"HO規格"に準じて作られていることに他ならない。それゆえ、規格について論じてきた"HO"という言葉を、縮尺1/87、3.5mmスケールのみを示す言葉として狭義化し、HO規格を無視する主張には同意できない。

 「HOという語は1/87以外を指さない」という証明は、極めて困難だ。
 ここまでのことをまとめると、初めは線路ありきである。線路を走るようにした模型の一群を考える。それがいわゆるHOというカテゴリである。縮尺はいろいろあるが、走る大きさなら、良しである。


 後に世の中が豊かになり、同じ縮尺で並べたいという人たちが現れた。それは結構だが、そういう人は、数は多くない。C62とBig Boyを並べることに、どういう意味があるのかはわからないが、やりたい人がいる。図面を見ればおしまいであるのに。

 縮尺を優先すると、ゲージは多数出現する。それに拘る人は拘る。その結果が、現在である。しかし将来も、この状態が続くとは、なかなか思えない。そのゲージを引張る"prime mover" がいなくなれば難しくなるだろう。 殆どの人にとって、線路、輪軸の調達は難しいことなのだ。いつでもどこでも手に入るということは極めて大切なことである。少数の尖った人が、大多数に対して挑戦的に、「1/80はHOではありません」ということが正しいかどうかは、ある程度の年月が経てば自然に証明されることではある。


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2019年05月31日

雑誌の存在価値

 Empirebuilder氏が一体誰なのかを知らせよ、ということも、複数の人から問い合わせがある。そんなことを聞くのは、非常識極まりない。
「素性のわからない人の意見は信用できないから」と書いてくるのである。信用できなければ応答する必要もなかろう。全く以って、理解不能だ。新聞社に電話したら、ニュースソースを教えてくれると思っているのだろうか。

 日本には確かな鉄道模型雑誌がない。何かの解決法になればと思って、このブログを始めた。初めは外国と提携して翻訳記事を載せようと思っていたが、独自記事だけでやってきた。
 なぜ既存の雑誌が面白くないかというと、スポンサがあるからだ。結局は提灯記事を書くことになる。”暮らしの手帖”誌は、その点よく頑張ってきたから、応援している。雑誌社には、やせ我慢の反骨精神が必要な筈だ。
 出版社がものを売るというのは禁じ手である。その雑誌そのものが、広告になる。読者が有料で広告を買うというのは、客観的に見れば滑稽だ。

 また、編集部の能力も透けて見えている。ある部分がすっぽり抜けた状態で、何十年もやっている。雑誌を手に取って開いて、脱力するような記事は多い。「工学」が全く抜けているのである。ありえない設計を見せつけられると、投げ捨てたくなる。このブログでは、雑誌の記事では見かけない部分に力を入れて来た。年少者のために、正しいことを多少の摩擦を覚悟で書いてきたのだ。

 雑誌では、走るかどうか怪しい、外見だけは極めて美しい車輛記事が多い。せめて、カーヴで建築限界に当らないとか、スケールスピードが確保されているかとか、スリップする時の引張力、その時の電圧・電流くらいは載せても罰は当たるまい。スリップしない機関車はそのままボツにすべきである。


 今回井門氏は、TMSの存続に、「金は出すけど口は出さない」とおっしゃっている。素晴らしい見識だ。この言葉を覚えておきたい。しかし、社長がそのつもりでも、社員は社長に対して忖度するだろう。「忖度を禁止しています」という言葉も欲しい。

 井門氏からコメントが入ったが、説明が全くないので困っている。当初、なりすましを疑ったが、先日の会話内容が含まれているので、間違いないと判断して掲載した。
 そのまま載せるので、是非とも詳しい理由をお聞かせ願いたいものだ。2千字以内でまとめて戴けると嬉しい。他人の言葉を引用する時は、そのご本人からの確認を再度お願いしたい。


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2019年05月29日

読解力

 先日来の記事は、かなり多方面に反響を巻き起こしているという話だ。
 筆者は当事者ではないから、立ち入るべきではなかったのかもしれないが、
「1/80はHOではありません」
という文言には、許せない部分があると感じた。ものを知らない年少者に対して先入観を与え、正しい方向に進めなくする可能性があるのだ。

 コメントはいくつか戴いているが、どれも事の本筋を見誤っている。相も変わらず、「山崎氏は・・・」、などと書いてくる人は多い。また自分がやってきたことを宣伝する文章であったり、随筆風に書いてあって、内容は散漫で何が言いたいのかよくわからないものもあった。共通しているのは、「アメリカの話を日本に持ち込むな」である。これはおかしい。それではHOの存在も否定してしまう。

 連絡先が分かっていたので、このままでは載せられないと伝えると、書き直して来た方が複数あったが、その内容に自己矛盾がある旨伝えると、ご立腹で、
「他の掲示板か、自分のブログに載せる」とのことであった。
 その後のことは知らないが、某掲示板に載せるということは自殺行為も同然であろうから、感心したことではない。御自分のウェブサイトで展開すべきことであろう。

 コメントは、自己宣伝の場ではないということを、過去に何度も書いているのだが、お分かりにならない方は居るのだ。

 このブログで展開されていることは、”いわゆるゲージ論”ではない、と気付かれた方もいる。読解力のある方だ。
”いわゆるゲージ論”は宗教論争と同様で、結論は出ない。今回のこの問題提起に関しては、結論は出る筈だ。

 何度も繰り返すが、Empirebuilder氏の言いたいことは、

・「1/80はHOではありません」は間違っている。
・ カタカナの「ファインスケール」はおかしい。

である。それに対する意見でなければ、コメントは掲載できない。

 先日某所で、偶然に井門氏に会ったので、「ブログを読んでくださいね。」と伝えたが、その後どうなったかは、分からない。いずれ回答があるだろう。 

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