鉄道模型

2019年03月03日

続 質疑応答 

(Q1) S-1.2には、
4. On30 uses HO scale wheel and track geometries, as specified in S-3.2 and S-4.2.

と記載されており、「On30Oナローの19 mmゲージを、HOスケールの線路を使用することで生まれたスケールです。」のことだと思いますが、何故、これは、HOと呼ばずにOn30と呼ぶのでしょうか。

(A1)Oナローだからです。車両限界がHOスケールではありません。

 

(Q2) S-3.2には、Scale Ratioとして、HOの場合は、1:87.1と記載されていますが、どのような理由で、「NMRA規格では縮尺に関する規格はなく」「Scale Ratioの表記は車両限界と思います。」ということに

なるのでしょうか。

(A2)規格はすべて公差付きの数値であらわされており、1/87の縮尺通りではありません。1/87がすべてならば規格は不要です。

 

(Q3) S-3.2によれば、TTn42Nは同じ線路規格(S-1.2でも6. TTn42 uses N scale wheel and track geometries, as specified in S-3.2 and S-4.2.と記載)ですが、何故別のスケールとして分けられているのでしょうか。 

(A3) 車両限界が違うからです。繰り返しになりますが、線路、車輪、車両限界がそろって初めて一つの規格になります。




 しばらく、日本を離れている。
 休載させて戴くので、コメント等の掲載が、ある程度遅れることがあることを、お許し願いたい。

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2019年03月01日

質疑応答

Q
 Empirebuilder様のお話に関して、理解できないところがあります。極めて基本的なこととは思いますが、私のような海外事情にも疎い初学者のために改めてご教示頂ければ、ありがたく存じます。 

・"最新のNMRA規格を元にしている" と書かれていますが、これは,S-3.2やS-4.2を指しておられるのでしょうか? 
・それらには,HO Scaleの "Scale Ratio" は,"1:87.1" と記されています。Empirebuilder様の "縮尺にこだわらない" ことは,どこを見れば分かるのでしょうか? 
・"scale"については、辞書には”(模型などの)実物に対する大きさの比率(proportion)”(ランダムハウス大英和)と書かれていますが、この解釈で良いのでしょうか? 

A

 S-2,S-3にはScale Ratioは示されていますが、規格ではありません。規格はその横に示されている数値です。数値は Scale Ratio どおりではありません。LSスケールにはVariedになっており、数種のRatioが書かれています。
 もし日本型HONMRA規格に採用されるとすると、Scale Ratio1/871/80が示されるでしょう。以前は日本型HOの規格がどこに当てはまるか見つかりませんでしたが、今回の改定で1/80を加えるだけとなりました。いずれにせよ縮尺が規格にならないことは、規格の数値が縮尺通りでないことより明らかです。
 

 ScaleHOについての規格のくくりのような意味になっていると思います。車輪、線路、車両限界に、その他の規格を加えた集合でしょうか。私はレイアウトを作っていますが、その時に線路をハンドスパイクしましたので、感覚的に理解できますが、車両のみを工作される方にはわかりにくいかもしれません。NMRA用語と言えると思います。     次号にも質疑応答あり。



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2019年02月27日

続々 ゲージ論は終焉を迎えるか

  気になるのは、このように互換性のない規格を、「1/80はHOではありません」と言って、Jスケールなどと語り、HOとJとの違いをはっきりさせていないことです。いつの間にかHOではない製品を作り、今までのHO規格に合った製品を「HOではない」などと言うのは、暴論と言わずに何と言えばよいのでしょうか。

 Jは元々規格がありませんが、可能性としてはメーカー主導になり、その都合で先が読めなくなります。今までも特に電気関係で突然生産が中止され、互換性のない規格で使い物にならない製品がありました。また、メーカーごとに独自の規格が作られる可能性があります。いずれにせよ注意が必要です。 

 さらにLow-Dを例として説明しましたが、薄い車輪は走行性能を犠牲にして、部分的に縮尺を追及しています。NMRAにはProto規格がありますが、いわゆる量産化した製品が見当たりません。少なくとも線路を見たこともありません。「J用の専用線路が必要」と書きましたが、まだ見たことがありません。Jは高価ですので走行は考えないのでしょうか。 

 ゲージ論については規格に至る前の話と考えています。いろいろ議論され縮尺、ゲージが決まったら規格の出番です。規格作りにはゲージ論の経緯など無用です。したがって、ゲージ論を規格に持ち込むのは不可能と考えます。今までの反論にはゲージ論を根拠に、規格を論じるなど混同している場合がありました。規格はすでに存在しますので、その規格を前提に議論する必要があります。 

 12 mmはHO3½ではなく、無理やり独自に規格を作ろうとして妙なことになっている気がします。12 mmはNMRA規格外ですので、独自の規格を静かに目指してほしいものです。名称にHOと入れることは、混乱のもとになりますのでやめるべきです。

  私はHO規格以外の製品は買いませんので問題はありませんが、規格外れの製品を買っている方は、問題にはならないのでしょうか?メーカーも「1/80、16.5 mm」などという、あやふやな表記でなくHO規格に合っているならばHO、より薄い車輪を使っているならばJなどと、はっきり分けるべきです。最近のメーカーの人は規格を知らないのでしょうか?それとも知っていて、意識的にそうしているのでしょうか。    
        「終わり」(次号に質疑応答あり)



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2019年02月25日

続 ゲージ論は終焉を迎えるか

 「1/80はHOではありません」は、NMRA規格から読み解くと、別の見方ができます。「車輪厚が小さい車輪を使用した日本型1/80は、HOではありません」と、なります。明らかにHO規格と異なる薄い車輪は、これまでのコメントにもありましたが、脱線しやすいなど問題があるようです。規格外ですので当然です。このタイプはNMRA規格にも見当たりませんので新規格となります。ですから、これをJスケールと呼ぼうが、何と呼ぼうが勝手です。ただしNMRA規格を連想させる表記は、使ってもらいたくありません。 

 HOと表記されている鉄道模型は、NMRA規格に合っていますので、問題なく走らせることができます。もし問題があればクレーム対象です。 

 現在は、HO規格外れの薄い車輪を使用した製品の名称はありません。その意味では、誤解を防ぐためJスケールでも良いと思います。この場合、1/80、16.5 mm日本型にはHOとJが存在することになります。即ち、同じ1/80、16.5 mmではあるが、互換性のない2種類の模型があることになります。1/80、16.5 mm表記では、メルクリンが以前発売したキハ58も含まれてしまいます。現状では安価なプラ製と高価な真鍮製の、互換性のない2種類でしょうか。 

 将来Jスケールには、専用の線路が必要になる可能性があると思います。「車輪だけ薄くなったが線路がない」とは、数十年前のMRスタッフの言葉ですが今も変わりませんね。コメントに、13 mmが同じ経緯で薄い車輪用の線路を作り、HO規格に沿った車輪を使った車両の走行をあきらめるとの話がありました。そうなると、当然同じ理屈で、HOでも同じ経緯をたどるでしょう。 

 HOとJとの大きな違いは、HOはグローバルスタンダードであり、Jは日本のみのガラパゴス規格となることです。当然価格には大きな違いが出てきます。シノハラ亡き後、Jはどのような線路を使うのでしょうか。余計な心配をしています。
                    
(続く)



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2019年02月23日

ゲージ論は終焉を迎えるか

  ゲージ論のコメントは、静寂の状態が続いている。どなたからも反論がない。非常に主観的で、国粋主義的とも取れる情緒的なご意見は戴いたが、それらは掲載を控えている。

 Empirebuilder氏から、最終的と思われる意見が届いたので、3回に分けて紹介する。先のコメントに大幅加筆されたものである。

 いろいろなコメントを読ませていただきました。もう一度整理をしてみましょう。

 私の考えは最新の線路、車輪のNMRA規格を元にしています。米国の規格ですが、これはグローバル・スタンダードであると言えます。

 まず用語ですが、NMRAHO scale standardを、「HO規格」と書きます。HO guageHO規格に含まれますので使いません。注意していただきたいのは、scaleは縮尺ではありません。正しい訳は難しいですが規格かもしれません。縮尺はproportionです。繰り返しますが、HOゲージとHOスケールの違いなど議論する必要はありません。 

 NMRA規格は2010年ごろ改定されましたが、かなりドラスティックな改定でした。ある意味、現状追認型とも言えます。個人的にはLSスケール(NMRAGスケールをLSスケールと呼んでいますが定着していませんね)、On30の登場が影響したと思っています。この改定はそれ以前の縮尺、ゲージの考え方とは一線を画する内容です。今までのコメントでは、どなたもこの理解をされていないように感じました。 

 LSスケールでは現状追認の形で、一つのゲージに複数の縮尺を認めています。線路と車輪、車両限界をを共有することで、ナローから本線機関車まで同じ線路上を走っています。On30Oナローの19 mmゲージを、HOスケールの線路を使用することで生まれたスケールです。On3の線路の代わりに、全く縮尺の違う線路を使うこのアイデアは、市場に受け入れられ、本家のOn3を凌駕する勢いです。 

 このようにNMRA規格はゲージ、縮尺にこだわらない、模型的な発想の規格を容認する形に変貌しました。これを見れば、線路を共有することがいかに有効な戦略であるか、お分かりと思います。市販線路のないFine規格が伸び悩んでいるのとは、対照的です。 

 NMRA規格では縮尺に関する規格はなく、寸法で表されています。目標値、±公差が書かれています。公差はありますが、なるべく目標値に合わせて、と書いてあります。Scale Ratioの表記は車両限界と思います。 

 最初に線路と車輪の関係について書かれています。主にポイント通過時のレイルと車輪の位置関係が図示されています。この図を数値化したものがHO規格です。フログの欠線部に落ちる前に、ウィングレイルに車輪が乗り移ることが基本です。すなわち、フログ部分で車輪が落ち込まないようにするには、車輪の厚みが重要になります。以前のこのブログの記事に、NWSL ATLASと、Low-D を並べた写真がありましたが、明らかにLow-Dの車輪が一番厚いのがわかると思います。スケール感より、走行性能を重視しているからです。

 他にも規格がありますが、この線路と車輪の規格が今回の主題です。私はこの規格をもとに日本型、米国型が並んで走るレイアウトを製作中です。ともに問題なく同じ線路上を走っています。同じ規格でできた線路上を、米国型とともに走る日本型もHO規格です。NMRA規格上は、これらは同じHO規格です。縮尺はもともとNMRA規格にはありません。線路、車輪自体も縮尺通りではありません。

 それがHO規格なのです。これが準拠の理由です。もともとゲージを変え、縮尺を変えてHO規格に合わせたのですから当たり前なのですが。 

 もし私の考えに反論される場合は、NMRA規格のどの部分か指摘していただけると助かります。歴史的経緯は意味がありません。NMRA規格自体を否定される場合は、しかたがありませんね。(続く)



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2019年02月21日

3Dプリンタ

 3Dプリンタでいろいろなものを作っている。S氏の協力は有難い。
sofas まず最初は室内の椅子であった。正直なところ、どんなものか見当もつかないので、強度に関係がない椅子を作ってみた。極めて素晴らしいものができた。塗装も全く問題なくでき、剥がれない。接着もスーパーXでよく付く。日光に当てる試験、油に漬ける試験もやっている。ソファの脚はT氏にレーザで切ってもらった。 
 問題が無ければ、三条ウォーム用ギヤボックスを作れる。モータ型に作れば、造形上もとても良い。

truck 次に作るのは台車である。この台車は、韓国製のロストワックス製台車があるが、話にならない作りで、見たくもない。ボルスタアンカの意味が分からない人が原型を作ったので、この金属棒が台車枠とは平行にはできていない。いや、あらぬ方向を向いている。真横からの写真を見て、原型を作ったのだ。ひどい商品を売るものだ。そんなものを付けたら、見た人に馬鹿にされそうだと思う。

 どうしても、良い台車が欲しかった。そこに3Dプリンタの話が来て、すぐ乗った。様々な工夫をして、Low-Dをはめ込む。イコライザは可動になる予定だ。これはインジェクションでは絶対に作れない構造をしている。重ね板バネも同時に作り込む。この図は初期の構想である。それからかなり進歩した。

 他にカブース用の重ね板バネ付きベッテンドルフも作る。


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2019年02月05日

続々 ゲージ論始まる

車輪厚の薄いHO車輪については、思っていた通り、問題が多いようです。Fine規格ではなくStandard規格の線路用車輪となっています。しかし、規格通りの市販線路がありません。売る方も売る方ですが、買う方も買う方です。このような特殊な製品を使いこなすには経験と技術が必要と注意書きを添えるべきです。使う方も「線路を自作するなど当たり前と思って使うべきです。12 mm13 mmも同様です。非常に特殊な製品と理解し、誤解を招かないようにしたいものです。ほとんどの場合、既成線路を利用しているようですね。ゼロから作る意思がない方が多いようで、既製品を流用しているように思われます。実際にポイントを作って走行させると、すぐにわかると思います。メーカーの個々の都合に左右される状態のようです。これらは、メルクリンのように互換性のなく、自己完結の、ごく一部の人がマニアックに楽しむ特殊カテゴリーと認識すべき製品です。鉄道模型の規格外で、規格とは無縁の製品です。 

線路規格ゲージの名は、NMRA Standard gaugeが正しいようですが、普通NMRAゲージと呼んでいます。ハンドスパイクをしながらレイアウトを作っている私には、最も重要なツールです。店で見かけるとうれしくなってすぐ購入し、すでに数枚持っています。あると便利ではなく、無ければ何もできないレベルです。レイアウト、車両制作に必要な秘密?が詰まっています。これなしに規格を論ずるな、と言いたいぐらいです。日本の模型店にほとんど見かけないのは恥ずべきことです。ご自分の車両をこれでチェックしてみてください。これで調べて問題がなければHOスケールです。縮尺についてはこのゲージには何も書いてありません。

dda40x氏のおっしゃる通りです。12mm13mmの方は、線路規格ゲージを作って頒布してから、発言してほしいと思います。
                                                                                             (おわり)



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2019年02月03日

続 ゲージ論始まる

KATOはさすがに輸出メーカーで、日本型にもHOと書かれています。「HOスケールで作られたレイアウト上を問題なく走行します」というしるしです。一方で「1/80 16.5 mmゲージと書け」という意見もあるようですが、これだけではどんな規格の線路、車両限界内を走行できるのか不明です。それは、国内でしか売ることを考えないガラパゴスです。商品ならば、HOと書くべきですから、これは正しいのです。もう一言付け加えるのであるならば、線路の規格に縮尺は不要です。縮尺ではなく、16.5 mmゲージの鉄道用線路を作るのです。その上を走る車両はそれぞれのスケールに合わせた車両限界が設定されます。線路に実物の寸法は関係ありません。実物と同じ理論が必要です。Fine規格はここに縮尺を持ち込み泥沼化しているようです。 

規格を理解していただければ、「1/80HOではありません。」などという勘違いは起こりません。確かその文章ではNMRA規格にも言及されていましたが、その後書き換えられ禅問答のような内容になっています。趣味の世界で重要なのは、メーカーの宣伝文句に騙されないことです。NMRAはメーカーも参加しますが、あくまでもオブザーバーです。決定権はありません。メーカー名が付いた○○規格などはあってはなりません。メーカーが言うことは自社PRとして受け取るべきであり、メーカーは自社PRのために規格を悪用してはいけません。面白い事例としてはカプラーがあります。NMRAとしてはいろいろカプラーの研究をしていたようですが、規格としてはできませんでした。ご存知の通りKadeeが絶対的な標準になっていますが、NMRAには規格としてありません。Kadeeが断ったと聞いています。
                                        (続く)



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2019年02月01日

ゲージ論始まる

 筆者はゲージ論には興味があるが、深く立ち入ることは避けて来た。自分自身がOゲージャであり、HOについてはほとんど知識がないからだ。

 先日来話題を提供して下さっている Empirebuilder氏が、長文のゲージ論に関する手紙を寄せられた。興味深い内容なので、紹介したい。長いので3回に分けて掲載する。コメント等はすべてが終了してからお願いしたい。
 Empirebuilder氏は長いアメリカ在住経験のある方で、かの地の模型事情にも詳しい。(本物にはもっと詳しい。)

私はHOHOn3だけを楽しんで来ました。12 mm13 mmについては門外漢で、細かいことはわかりませんでしたが、いくつかのコメントを読ませていただき、勉強になりました。他ゲージのことにはほとんど興味がありませんが、HOゲージャーとしては最近勝手に新しいゲージ名が作られ、鉄道模型の規格についての知識不足と相まって、無用な議論がされてきたように思えます。HOそのものについても基本的な理解不足が目立ちます。 

日本型HOについては規格がないという人もいますが、NMRAの規格に準拠することが前提です。日本型のために必要な規格はありません。dda40x氏の記事中の1/481/45と同じです。簡単に言えば、日本型をNMRA規格のHOスケールに乗り入れするために16.5mmゲージを採用し、車体も1/87では小さすぎ、それこそ蟹股になることもあり1/80とされています。ナローではなくなりますが、標準ゲージとしてはバランスが取れています。私には蟹股に見えません。正面から見た時の軌間と車体のバランスは良いと思います。蟹股という方のデザインセンスがわかりません。標準ゲージの採用を前提として製作されてきた国鉄型ですので、当たり前ですが。

実際にはそれでもアメリカ型より小さめですが、同じ線路上を走行させても違和感がなく、その証拠に今でも多数の方が採用しています。NMRA規格では1/8716.5 mmゲージが採用されましたが、鉄道模型はすべて縮尺通りには製作できません。そのために規格が必要となり、設定されています。簡単に言うとNMRA規格のほとんどは当然ながら、1/87の縮尺通りではありません。線路があって、その上を走行する車輪があり、さらに車両限界が設定されています。この規格内で走行する車両すべてがHOスケールなどと呼ばれます。実物の乗り入れと同じです。(ただし実物の乗り入れ時のような共通化のためのドアの数、位置などの決めごとはありません。)できるだけ広く、多くの車両が乗り入れできるようになっています。HOスケールは線路、車輪、車両限界が規格内であることが、必要十分条件です。最近は行き過ぎたスケール重視から、日本型の1/80をJスケールとするなどとの暴言が聞こえてきますが、上記の通りHOスケール規格自体ほとんどが縮尺通りではありません。さらに古典機などは1/75などの縮尺で作られています。JスケールではなくKスケールでしょうか?自由形は何スケールですか?同じレイアウトを走行する車両にいろいろなゲージ名をつけてどうするつもりでしょうか。規格はすべてを規定するものではなく、できるだけ決める範囲を狭くして、自由度を増すものと思います。縮尺をどうするかは、車両限界内であれば設計者に任せるべきです。そのセンスが模型に表されます。古典機の設計は個性が出て楽しいものです。このセンスに縛りをかけるような、野暮なことはやめたいと思います。

                                         (続く)



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2019年01月28日

よく走るためには

 たびたびこのブログで書いたことだが、走らなければ意味がない。みかけが多少良くできていても、脱線するようでは零点だ。 
 ポイントを滑らかに渡り、直線はまっすぐ走るだろうか。曲線を出て直線になっても首を振ったまま、斜めに走る機関車がたまにある。

 正しい規格に基づいて作られた線路であるなら、脱線は起こらない。もちろん、車輪も正しく作られているべきだ。
 
 こんな事は当たり前なのだが、実際に車輛を見るとそうでもないことが多い。先輪の厚みを見ればよく分かる。薄くする人の気が知れない。車輪のフランジが薄ければ、それは脱線機であって、脱線しないほうがおかしい。

 高性能な車輪を作ろうと思って、線路規格を読み込み、ある程度の試作品ができたので、吉岡精一氏のところに見せに行った。彼はこわい顔をして、
「新しい車輪を作るときは覚悟がいるぞ。万単位の車輪を作る自信があるか?そういう製造所はあるか?」
と問うた。
「あります。懇意の量産旋盤屋がやってくれます。」
と答えると、
「金が掛かるぞ。高級車が買えるほどの金を投資しなければならない。しかもそれをみんなが買ってくれなければ、何の意味もない。一挙にマジョリティになるしか方法はないのだ。」
「そのつもりです。私自身1千軸必要です。とりあえず3千軸の買い手はあります。アメリカにも2千軸ほど売れますし。」
と言うと、
「それなら良し。俺も500軸買おう。」
ということになった。

 それから、10年ほど経ち、
「2万軸を超えました。」と報告したところ、吉岡氏は満面の笑顔で、
「よくやった」
と褒めてくれた。既に日本ではde facto standard になったのだ。デファクトスタンダード(事実上の規格)になれたのはJORCのクラブ員が大量に買ってくれたからである。価格は安く、利益など無いも同然だ。その価格では模型店が手を出したくないからである。その後市場はほぼ飽和し、売れ行きは落ちたが、時々注文がある。アメリカからは「2000軸欲しい」などと言ってくる。
 祖父江氏の機関車にはこれが採用されている。

 その後売れ続けて3万軸を超えた。このLow-Dは新規格ではない既存の規格の中で、必要な条件を完全に満たす車輪だ。最高の性能を出すことができる。

 相も変わらず能天気な人たちは、筆者にProto48の車輪を作ってくれとか、タイヤの薄い車輪が欲しいと言ってくる。救いがたい人たちだ。

 新しい規格を話題にする方は、上記のことを思い出して戴きたい。覚悟が要るのである。たくさんの人が買わねばならない。


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2019年01月26日

続 日本の”ファインスケール”という言葉

 たくさんの方からメイル、コメントを戴く。掲載不可とあるので、一部しか紹介できないのは残念だ。
 
 「それなら、軌間が縮尺通りというのを英語で何と言うか?」という質問が多い。それは、名詞なら ”correct gauge" 、文章なら "The gauge is true to protptype." であって、”fine” という言葉とは全く無縁である。

 各ゲージに規格は一つというのは賛否両論だ。先回の話は少々説明不足であったことは認めるが、全く筋違いの反論もあった。正直なところ、筆者はHOについての知識は少ない。しかし、O の1/48と1/45の違いがない話から、推測は出来る筈である。よく走る模型を作ろうと思えば、既存の規格を尊重すべきである。規格はmajority(大部分の利用者)が尊重しているものである。よりfineな規格を作ろうとしている人たちは、それがマジョリティではないし、多分マジョリティにはなりえないことを知っているにも拘わらず、こうあるべきだと説く。それはマジョリティの人から見れば、面倒なことをやっているとしか思われない。しかも車輪には熱心だが、線路を改良する人が少ない。線路をいじると、手持ちの車輛が走らなくなるからと言う。
 Low-Dは、既存の規格線路に完全に適合する最適値を導き出している。


 Empirebuilder氏が、「コメントの方は、何とかして日本向け規格を作りたいという意志が透けて見えます。非現実的な模型の話を持ち出しても仕方がありません。NEM規格も持ち出す必要はありません。無用な知識開示でしょう。」と書いてきた。

 
 さらに続く。

 日本のHOの車輪のことは、NMRA規格に準拠する規約がないことが問題ではなく、そういうつまらない車輪を流通させて、黙って見ている雑誌に大きな責任があると思います。製品を提供してもらって提灯紹介記事でやっている出版社に期待はできません。メーカーは客が欲しがる製品を作っているだけと思います。
 「
NMRA Standardに準拠したHOの線路とは規格が合わないので」とありますが、NMRA Standardに準拠したHOの線路がないことを知らないことにはびっくりします。TTのポイントが規格外とは気づいているようですが。 

 日本型12mmの経緯は知りませんが、TTの線路を使おうとしたことが、そもそもの間違いのもとのようです。羊頭狗肉のゲージですね。12mmゲージャーは、まんまと騙されているように思います。

 結論として筆者は、新しい規格を出される方は、車輪、線路を同時に、しかも大量に供給できるという前提で話を持ち出すべきであると思っている。そうでないと、線香花火のように消えて行ってしまう。
 
 様々な意見が飛び交っているが、稲葉氏が沈黙を保っているのは不思議である。



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2019年01月22日

続 長文のコメント到来

 ファイン化について、HOの世界でも同じようなことが起こっています。車輪の厚さがだんだん薄くなり、ファイン規格よりファイン化してきました。あるメーカーの人に、HO規格から外れた車輪をどうして作るのか聞いたことがありますが、
「問題があるのは承知しているが、客の要望なので仕方がない。」
と言っていました。
 私はNMRA規格の車輪をできるだけ選んで使用しています。規格外れの車輪で問題がないのか気になっていましたが、やはり問題になっているようです。問題は車輪がファイン化しているにもかかわらず、線路は旧態依然していることです。フレキシブルレールが16.5 mmではなく17 mmであることは何とかなっても、ポイントはNMRA規格外(ファインと逆方向)です。あるブログのコメントに、車輌と線路の相性があり脱線する場合がある、と書いてありましたが、線路と車輪の物理的関係に相性があるとは笑止千万です。現在発売されているファイン形状に似た車輪は、バックゲージが変わっていないことを付け加えておきます。

 フログの欠線部については、NMRAの線路の規格でも”キモ”と言える部分で、結果としてハンドスパイク以外に対策はないと感じたところです。HOにおいても問題は同じで、既製品のポイント通過時は落ち込み、音がします。脱線の原因となることも多々あります。自作してフログを規格通りにすると、落ち込みもほどんどなく滑らかに走行します。OもHOも同じですね。ただ広いフランジウェイが当たり前になっているためか、バックゲージが狭い車輪が見かけられ、ガードレールにぶつかることがあります。入線前の車輪チェックは必須です。薄い車輪を何とか通過させるために、既製品はフランジウェイを埋めています。何十万円もする超精密機関車がフランジの先端で走行するわけです。プラレールと同じです。私にはまったく妥協できないところです。脱線にもつながります。私のレイアウトでは、ハンドスパイクのポイントでの脱線はほぼゼロになりました。既製品のポイントも使っていますが、いいろいろ調整しても安心できません。余談ですが、自作のポイントをヨーロッパのハイフランジが問題なく通過したのには、驚きました。フランジウェイを埋めていない成果?です。 

 貴ブログは、私の知っている限りでは、唯一、線路と車輪の関係を正しく理解して書かれていると思います。実際にやってみて得た私なりの結論が、こちらで理論的に証明されています。車輌偏重の日本の鉄道模型の弊害が、線路についての無理解となっているようです。
 ”フランジウェイを狭くすると、走行性能に犠牲云々”とウィキペディアにありますが、私の場合狭くしたので問題がなくなりました。

               <おわり>  



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2019年01月20日

長文のコメント到来

 時々コメントを戴くEmpirebuilder氏から、長文のコメントを4つに分けて戴いた。それを、二回に分けて掲載する。ハイライト部は筆者(dda40x)による。 


 正縮尺だ、ファインスケールだ、と唱えられる方の多くは、縮尺や軌間といった判りやすい数字だけをうんぬんされていて、車輪の厚さやバックゲージといった走らせるための基本に無頓着なのは残念です。一度でも自分でポイントをスパイクしてみれば判る事なのですが…。
 HOn3のレイアウトを全線ハンドスパイクで作ったことがありますが、線路と車輪をNMRAゲージに合わせて作れば脱線皆無で、なるほど模型を走らせている国の規格だな、と感心しました。それに比べるとHOn2-1/2は、Nゲージの車輪寸法がメーカー毎にバラバラなので苦労します。車体寸法の1/80と1/87の差以前に車輪寸法の差が大問題なのですがね。
 
 私はHOゲージャーですが、ファインスケールをNMRA規格で知りました。よりスケールに近く、スタンダードと比べると実物に近く見えました。ただあまりに繊細で、見かけはいいのですが、採用を躊躇しました。その後、proto がさらにスケールを意識して出てきましたが、ファインを採用した模型を見かけることがない状態で、proto は鉄道模型としては居直りのように感じました。もはや鉄道模型ではなく博物館模型ですね。モーターを搭載してますけど。
 そのためか、写真で見ると実物と間違えます。またいずれの作例も、ディテール付きの線路上に車輌が置いてありました。したがって、私の理解ではファインは「縮尺に近い」という意味です。 

 12 mmが出てきたときファインスケールを名乗っていましたが、ファインスケールと名乗っていながら、レールはメーターゲージ、TT用を流用すると書かれており、NMRA規格のファインスケールの定義からすると、”新幹線車輌を作ってとりあえず京急の線路上を走らせること”と同じレベルと思いました。ただ1/87 だからファインと名乗ったようですね。NMRAの規格を知らなかったのでしょうか。同じ用語を違う意味で使われると混乱します。レールメーカーの社長が、
「『12 mmの線路を作れ』と言われるが規格が、出てこない」
と言って困惑していました。さすがにこの社長は規格を理解しているな、と感心しました。12 mmが12.5 mmにしなかった理由が線路の流用にあるとしたら、ファインをどういう意味で使ったのでしょうか。 


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2019年01月18日

Finescale Railroader

Finescale Railroader 日本では、ほとんど知られていない雑誌である。 雑誌名が
Finescale であるから、正確に縮尺された軌間の模型ばかりかと思えば、そうでもない。
 手元に40冊ほどあるので、正月にパラパラと読んでみた。”縮尺と軌間が一致しているものをfinescaleと呼ぶ”、という記述には遭遇しなかった
「お前の英語力はあてにならないから、信じられない」
とおっしゃる方には御貸しするので、丹念に解読されたい。往復の送料はご負担願う。汚したり折ったりしないよう、お願いする。

 先日RM Modelsの10年ほど前の記事を見ていたら、13 mmゲージの秀作を紹介していた。
 確かによくできているのだが、フランジ、タイヤがまだ厚い。完全な縮尺模型ではない。その記事にはファインスケールと書いてある。これは単なる無知であろう。

 あるウェブサイトでは、自分の商品を売らんがために、そういうことを書いている。これは公正取引員会の仕事を増やすことにもなりかねない。優良誤認と言われても仕方がない。さすがにそれは一回きりで、続きがない。おそらく誰かに何か言われたに違いない。
 これは教養の問題である。その言葉がどういう場所に使ってあったかをよく検証してから、日本語に入れるべきだ。

 このアメリカの雑誌は、ひたすら細かく作り、なおかつ時代考証を正確にして、躍動感のある模型を作ろうという姿勢を保っている。一番多く出てくるのは、1/20.3サイズ、45 mmゲージである。これは縮尺と軌間が完全一致だ。とにかく大きい。博物館には15輌ほどある。 

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2019年01月16日

続々 finescale とは

 ゲージは縮尺値に正確でなくても、筆者はあまり拘らない。ただ、広い場合には、蒸気機関車の設計で困ることが多い。タイヤ厚も本物より大きいので、ロッドの収まりが良くない。クロスヘッドを外に動かして、ピストンロッドの中心からわずか外に出す例が多い。そうしないと走らない。Oスケールは、実物より6%強広い。

 車輪の厚さについてこだわる人が多い。薄くなければファインではないと信じているのだろう。ポイントさえなければそれでも良いのだ。実際にはポイントがあるから、フログの欠線部のことを考えねばならない。

 Low-Dの設計では、欠線部で落ちないことが優先順序のかなり高いところにあった。だから、車輪厚さはやや厚い。既製品の中には意外と薄いものもある。それらは、ことごとくフログの欠線部にはまる。フログは削れて凹み、ますます落ち込む。それは、Oスケールでは決して無視できない。通過頻度の高い本線では深刻な問題だ。筆者のダブルスリップを滑らかに通過する動画を見て、
「ありえない静かさだ。」
と言った人は多いが、
「なぜか?」
と問うた人は少ない。

Wheelsets この写真をご覧戴きたい。NWSL や ATLASと、Low-Dとの違いである。アメリカ人は薄い車輪が好きな人が多い。それがどういう結果をもたらすか、は考えない人が多いようだ。説明してやっても、半分は上の空だ。しかし、現実にLow-Dだけの車輛群を走らせてやると、仰天する。あまりにも静かで、ポイントで動揺しないからだ。この写真を撮るとき、手前から向こうに並べたものを望遠レンズで斜めに撮っているので、上の方はより狭く見える。手前の三つは同じゲージである。

Proto48 vs HO wheel Proto48の車輪が少し見つかった。こんな感じである。右はHOの13.5 mm径車輪だ。フランジはHOより薄い。
 これが間違いなく走る線路を用意するのはなかなか大変なようだ。先日ポイントのフログは8番と書いたが、それは標準軌の場合である。狭軌ではもっと大きな番手が必要になる。作図して確かめられると良い。作図をしない人が多いらしく、この質問は多い。作図は必要最小限のことである。

 ファインスケールという言葉を持ち出す人は、自分の提唱している車輪規格を売り込みたいのだろう。それは他より優れている、と信じているのだろう。決してそうではないのだが気が付いていない。売り込みたいがゆえに、禁じ手に手を出している。ファインを考えるなら、線路規格と同時に考えねばならないのだが、そこまで頭は廻っていないとみえる。

 車輪の形状は長年の積み重ねで、このような状態に決まってきたわけだ。「よく走る」ということを考えると、ファインな車輪というのは、様々な点で問題が大きくなる。その点、大阪合運でお会いするHOJCのグループの方達は、よくやっていらっしゃると思う。筆者は、そこまではとてもできない。
 すべてをゼロから始めたからこそできるのだ。Oスケールには100年以上の歴史があり、ある程度形が決まってからの数十年の遺産があるので、それらとの共存を考えると Low-D しか方法がなかった。当博物館の線路はRP25が来ても通るようになっている。そこに Low-D を通している。非常に静かである。大きな軸重の機関車が来ると、ドスドスという音がするが、落ち込んでいるのではない。
 Proto48の連中はあまり深く考えずに、実物の完全縮尺をしたので、問題が噴出している。 

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2019年01月14日

続 finescale とは

 早速いくつかコメントとメイルを戴いている。そのすべてが筆者が予想していた方達からであった。HOスケールとは何かという計算方法を教えてくださった方もあるが、その程度のことはわきまえている。
 3.5 / 304.8=1 / 87.08 である。有効数字という概念を理解していれば、同じことであるのは自明だ。

 森井氏は非常にいいところを突いて来られた。今回書こうと思ったところだ。先回は、筆者は意図的にフランジ高について書いた。そうすれば、それについてきっとたくさん書き込みがあるだろうと思っていたのだ。
 実は、ファインか否かはフランジ高にはあまり関係がない。フランジ厚さを論じなければならないのだ。厚さを決めると高さは必然的に決まる。この事は殆どの方が気が付いていない。NMRAのおかしなフランジ形状でなければすぐ決まってしまう。

 フランジ厚さが薄くなって、フランジウェイが狭くなるとファイン化するのである。back to back バックゲージは広くなる。Low-Dの形状を決める時は、そこで吉岡氏と意見が一致した。
「そこに気付いている模型人に会ったのは、君が初めてだ。」
と言われた。
 既存の車輪との整合性を保ちつつ、よりフログを狭めることができる。非対称フランジウェイを採用すれば、もっと良くなる。タイヤの厚さは、この際あまり関係がない。

 先回の写真をご覧になった方から、
「ATLASはファインなのですか?」
と聞かれた。ファインではないのだが、横のとんでもない車輪を見ると、ファインに見えてしまう。実はその比較が大切なのだ。
 鉄道模型が進歩してきた過程の中で、コースから脱却してより実感的な車輛、線路へと舵を切ったのだ。現在ほとんどの皆さんが楽しんでいる鉄道模型は、かなりファイン化しているのである。もちろん、Low-Dはファイン化しているが、いわゆるファインではない。走行性能向上を第一目的としているので、譲れないところもあるからだ。
 十分にファインであると感じるのは、コースとの対比をしているからである。
 
 ”fine” と ”ファイン”の違いについては意外な質問を戴いた。これについて、他意はない。お気づきの方もいらっしゃるだろうが、当ブログでは、話題になる概念について最初はローマ字綴りを書き、あとはカタカナで近い発音を示している。

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2019年01月12日

finescale とは

 最近、表題の表現が気になる。何かおかしい。

 筆者はゲージ論には興味があるが、議論はしたくない。ルールを決めずに議論しても無駄だからだ。あちこちで罵り合いに近い論争を見聞きするが、不毛である。

 あるサイトで、こういう表記を見た。
「縮尺通りの軌間を持つ模型をファインスケールと呼ぶ。」
 一瞬、何を言っているかわからず、数秒経ってから、
「ああ、そういうことなのか。」
ということになった。そういうこと、というのは肯定ではない。自分の言いたいことを他に押し付けるための、洗脳の手段だということに気付いたのである。
 HOスケールの12 mmゲージについて言えば、
 1067 ÷ 87.08 = 12.25
であるからもう破綻している。この0.25 mm は実物なら、21 mm以上である。そしてフランジ高は実物の2倍弱だ。

 そういうことを言うなら、アメリカの1番ゲージの方が良い。1/32 で 44.85 mmゲージだ。
 1435 ÷ 32 = 44.84 mmとなる。しかし、これをファインスケールモデルだという人には、会ったことがない。フランジは高く、2.5 mm以上あるものが多い。実物なら0.8 mm程度だ。

coarse wheel sets "fine" という言葉は "coarse" の対語である。コースは荒っぽい、図太いなどと言う意味である。ライオネルなどの車輪を見ればわかる。イギリスのコース車輪の現物があるから写真をお見せする。これはOゲージなのだが、Nゲージの車輪を4倍に拡大するよりも、タイヤが厚いような車輪である。念のために申し上げるが、これらはすべて32 mmゲージを走る。しかし、コースの車輪は博物館の線路は走れない。フランジが高過ぎて枕木の上を走る。もちろん、ポイントも通れない。ライオネルの線路ならば、かろうじて通るが、フランジが当たっている。
 
 対する "fine" は実物を模したもので、フランジが薄く、低い。タイヤ厚もはるかに薄い。NMRA推奨値の車輪は、当然のことながら、"fine"ではない。コースとファインの中間よりも少しファイン側に寄っていると感じている。

 ファインの模型でなければならない、という人はたまに居る。これは非常によく整備されたレイアウトを持っていないと走行させられない。サスペンション(懸架装置)もよく工夫されていなければならないだろう。曲線半径は実物の縮尺通りでないと難しい。筆者の友人でProto48に凝っている人もいるが、小型機しか走らせられないとぼやく。アメリカでさえ、大型機の走るレイアウトが難しいということだ。半径3 m以上、フログは8番以上が必要だからだ。

 日本で一般人が楽しんでいる模型は、ほとんどの場合、ファインではないのだ。最近のウィキぺディアには、”広すぎる軌間を縮尺に近づける作業を含む場合もある。”と書いてある。誰が書いたのかはわからないが、早々に修正されることを望む。


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2018年12月15日

将来のscratch building

 今、蒸気機関車の部品を、3Dプリンタで作成してもらっている。 ロストワックスの原型を3Dプリンタで作ったので、わけなく新しい模型ができる。小さな部品にも文字が入った製品ができる。凄い時代になったものだ。

 レーザ加工、3Dプリンタの組み合わせで上廻りは非常に楽にできる。下廻りは、やはり旋盤とフライス盤がないと出来ないだろう。

 TMSで200号くらいまでのスクラッチビルトの機関車で、素晴らしくよく走るのには、あまり遭遇しない。車輪の心が出ていない(偏心している)のだ。旋盤の無い時代のものは、それで仕方がなかった。ドリルレースという怪しい技法が今でも残っているが、動力部分に応用するのは良いとは言えまい。

 3軸のフライスを使えば、ややこしいフレームもプログラムするだけで出来てしまう。4軸の機械(x,y,z軸に沿った移動 + x軸の回転)が使えれば、超絶設計のものができるが、これはまだアマチュアには手が届かないだろう。

 こういう仕事を引き受ける人が増えてくるだろう。しかし残る問題はハンダ付けである。これには熟練が要る。正しい指導者から学べば、すぐできるようになるのだが、実際には難しいようだ。炭素棒ハンダ付けは簡単だが、その機械がまだまだ少ない。筆者が頒布したが、一体何%が稼働しているのだろう。中には買ったまま組まずに置いてあるという人までいる。この人は筆者の頒布目的を妨害している。
”組まずに取っておくと価値が出る”そうである。お気の毒な人である。

 もうあと一つは、ヤスリ掛けである。ヤスリ掛けを軽視する人が多い。プロのヤスリ掛けを見るチャンスがないからだ。姿勢も動かし方も、でたらめな人が多い。ヤスリの選び方から間違っている場合も多い。また、その準備もしていない。
 しかし、この種の仕事さえできればスクラッチビルディングができる時代になるだろう。楽に自作を楽しめる時代になるのだ。

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2018年11月25日

3D printing

Quiz1Quiz2 当鉄道に初お目見えである。友人が3Dプリンタでいろいろなものを作るから、相乗りしないかと勧めてくれた。

 考えてみれば、足らない部品とか、手で作るのはとても大変な部品がある。いずれ手に入れたら作ろうと思っていて、10年経った物も多い。これを機会に在庫一掃を図った。
 
 客車の内装はある程度の部品は揃っているが、この二人掛けのソファは無かった。ラウンジの付いている車輛には不可欠の部品で、どうやって作ろうか悩んでいた。実は先日の活字合金による鋳造を検討していたこともある。この話があったので、Car Cyclopedia 1940年版を見て、形を決めた。寸法もすぐに決まったので送ったら、3Dのスケッチを送ってくれた。それを修正して発注してもらった。コの字の形の脚を付けるとできあがりだ。座面はローズ色にする。
 ナイロンの焼結で、非常に丈夫だ。多少曲げても復元する。これほど丈夫なら、台車の製造に使える。懸案のカブースの台車はこれで作れば解決だ。

 さてもう一つの部品は何だろう。これが分かる人はまずいないはずだ。ヒントとしては計画だけで終わった機関車の部品である。4という数字が付く。
 この部品を、investment casting でブラスに置き換える。後はちょいちょいとハンダ付けして出来上がりだ。


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2018年11月19日

続 Lykens Valley のキット

LVM これは1973年版のWalthersのカタログである。ダウンタウンの模型屋を探し当て、このカタログを買った。Douglas Modelsといって、その町では断トツに大きな模型屋であった。間口は20 mほど、奥行は30 m以上もあった。田舎なので、飛行機の模型がたくさんあった。1/4サイズくらいの複葉機を作っている人が居ることもわかった。

 HOのAthearnの青箱が1000以上並んでいた。Oゲージは店主のブラス・コレクションが置いてあるだけで、スケール物はほとんど無く、ライオネルばかりだった。ここで最初に買ったのはDremel のMoto-Toolである。
 Oスケールが欲しかったが、「欲しいものはメイルオーダで買えるさ。」と気のない返事であった。当初はOゲージの友達がみつからず、寂しかったが、徐々に知り合いが増えた。 

 一つずつ買い始めた。当時の貨幣価値では10ドルは、学生には大金であった。一日2ドルくらいで生活していたのだ。
 LVMは人気商品で、品切れが多かった。最初に手に入れたのは 63 ft のMechanical Reeferであった。これは、UPの本線に本物が何十輌も連なって走っていた。蓋を開けて驚いたのは、直角には切れていない木のブロックが入っていたことであった。幸い、友人のお父さんが木工機械を持っていたので、新たに作って仕上げた。下塗りの回数を多くしてピカピカにした。デカルを貼ると、うっとりするほど素晴らしかった。その機械式冷蔵車はこのカタログには載っていない。模型は今でもあるが、事故で破損し、その修復に10年以上も掛かっている。これには作動するショックアブソーバが付いている。


 Auto Rackは3番目くらいに手に入れた。これは完成させると持ち運びできないので、下塗りして半組み状態で保存した。このキットは先回お見せしたQuality Craftのキットとは異なり、全木製であった。今は玄関に飾ってある。怖くて走らせられない。  

 二回目にアメリカに行っていた時は、あちこちの模型ショウに出かけて、見つけ次第買った。10年ほど前、たまたまオークションで一つ落としたところ、その人がたくさん持っていることが分かり、すべて買い取った。結構たくさん作ったが、人に譲ったり、交換したりして半分ほどしか残っていない。

 Lykens Valley というのはペンシルヴェイニア州ハリスバーグの北にあるリゾートである。ここは行ったことが無い。ゴルフをする人には良いところなのであろう。   


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2018年11月17日

Lykens Valley のキット

cushion coil car ライケンス・ヴァリィのキットについては過去に少し書いた。この会社は70年代に新しく出た車種を次々に出して、人気を得た。どのキットも肝心の躯体を構成する木材の直角が出ていないので、そのまま組むと破綻する。  

cushion coil car2 すべての部材をチェックし、ダメなのは捨てて、新しく切り出す。直角の出る鋸盤があるので、それは簡単に出来る。以前の100トンホッパなどは、事実上スクラッチ・ビルトである。

 このクッション・コイルカーは B&O のプロトタイプである。下廻りは図面通りに作ったから良い。問題は上の天蓋である。木板で作るように指示と材料が支給されているが、そのまま作ると強度がない。
 ブラスで作れば簡単だし、強度がある。と思ってから、20年近く経つ。さすがに放置はできないので、今回は作ることにした。天蓋は0.4 mm板を曲げて作る。簡単な作業である。

 床下には油圧式のショック・アブソーバがある。以前は作動するようにしたが、今回は採用しない。運転速度が以前ほど大きくない。長大編成をゆっくりと走らせることに価値がある。そうなるとショック・アブソ−バはあまり機能しない。むしろ機関車の「押して動く」動力装置の方が、脱線防止にははるかに効く。

 cushion coil car のクッションには二つの意味があって、薄鉄板コイルを置く場所が軟らかい材料でできているのと、連結器が緩衝性に富むのとである。この双方が同時に実現したので、どちらが正しいかを断定するのは困難である。

 キットの材料は板だけで、それを組み合せてH鋼やチャンネルを作り、さらにそれを組み合わせる。実物通りの構成で、この貨車が出来上がる。いかにも重いものを積む貨車である。
canopy opened 完全な木製で、驚くほど軽い。積み荷はいくつか用意した。ロール紙(レジなどの出力用のもの)がたくさんあるので、それを使うつもりだ。床下には最大限に補重する。写真では、見本にマスキング・テープを置いた。おおよそこの太さで、少し幅が広いものが多い。
 後ろの貨車はプラスティック製である。以前紹介した真空成型品だ。ジャンクで買ったものを再生したが、今回作成のものと較べると大味だ。構造がトイ・ライクである。

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2018年11月15日

HO scale キット

HO and O scale UP cabooses HOのキットが発掘された。おそらく35年ぶりに日の目を見たのである。筆者が組んだ唯一のHOキットで、ある方に進呈しようと思って購入したものだ。ある程度出来たところでアメリカに行ってしまい、そのまま忘れていた。その方は既に他界され、行き先がないので、博物館で大きさの対比の指標にするつもりだ。

 後ろにあるのはOスケールのカブースである。相似形だ。やはり、HOでは鋳物のざらつき、側面の板張りの様子などが、これ以上細かくできないので拡大すると良くないだろう。

 ここまで出来ていたので、少し手を入れれば完成する。問題は、色をどうするかだ。ディカルは二色入っていた。一つは黄色ボディ用、もう一つは red car 用である。この "red" が問題なのだ。上の写真で、模型の下敷きになっている説明書の写真に注目されたい。車体色が暗いので赤だと思う人も多い。

 説明書を見ると、Scalecoat の caboose red を塗れ、とある。これはおかしい。UPの red caboose は赤くないのだ。1948年以前は boxcar red いわゆる鉄錆をもとに作った茶褐色の顔料である。その辺の普通の boxcar の茶褐色である。この間違いがアメリカ中に広がり、一時期製造元のBob Weaver氏は釈明に追われた。塗り直す時にはディカルを無償提供したと聞いた。
UP red caboose この写真はAjin製のブラスである。プロトタイプは鋼製カブースである。この色は正しい。台車は未交換である。

 アメリカの鉄道界で "red car" という言葉には二通りの意味がある。いわゆる赤とこの茶褐色である。 あちこちでこの種の間違いはある。日本でも赤を塗ったUPカブースを持っている人は居る。Champ のディカルの説明書にも、"red car" とあるからだろう。罪作りな話だ。 


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2018年09月02日

崖の表現

 崖の表現は古くからの課題であった。日本にはレイアウトは少なかったが、椙山 満氏、古橋正三氏らのレイアウトを見せて戴いた時に材質を確認した。当時は金網石膏タイプが多かった。その後、紙系材質の骨組みプラスタの組合せが増えて来た。最近は金網・ポリエチレン・紙・プラスタになってきたようだ。

 アメリカの雑誌を読んでいたら、この方法に行き当たった。ただし、全くリアルでなく、すべての層が水平に積んであるだけであった。材質はもう少し厚いホマソートであった。それでもかなり岩の感じが出ていた。

 自宅を建てたときの材料を残してあったのと、近所の工事現場で廃材置き場を丹念に見て集めておいたものを使っている。
 ナイフで切ることができるが、刃はすぐダメになる。硬い成分が含まれているからだ。折るときは、先回の写真のように半分を足で押さえて、残りを当て板をして踏む。切り口はランダムに割れ、なかなか良い。

 貼り終えて接着剤が固まったら、刷毛に水を付けて地層に沿って左右にこする。こうすると、多少丸味が付いてより実感的になる。穴は事前にかけらを突っ込んで塞いでおくのは言うまでもない。


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2018年08月07日

ロストワックス

 ケムトロンは鉄道模型に大量のロストワックスを提供した最初の会社である。社長のKemalyan氏はエッチングで車体を作り、手際よく製作できるキットを作った。
 ケマルヤン氏は、Max Grayの友人で一緒に日本によく来ていた。カツミでいろいろなものを作らせて、アメリカで売るためだ。LobaughのChallenger用のテンダーをはじめとして、様々なものを注文した。
 本業は印刷屋で、フォト・エッチングはお手のものである。彼の製品のブラス板は普通のアメリカのブラスとは異なり、さらに緑色がかっている。印刷原版を作る板は腐食しやすい配合になっていて、それを使っているからだ。

 日本では、鉄道模型社が世界で最初にエッチングを使った事になっているが、アメリカでも戦前からあったという話もある。大量か個人の楽しみかはわからない。

 ケムトロンはゴムで型を取ってロウを流し込む普通のロストワックス以外に、金型にプラスティックを注入して作る方法(investment casting)を開発し、精巧な台車等を作っていた。
 ライアン氏はそれをHOに応用したかったので、ケムトロンの主要な従業員を、ケマルヤン氏が日本に来ているうちに全て引き抜いた。別会社を作り、それをPFM製品に付けたのだ。かなり強引なことをやってのけたわけだ。このあたりのことは、またの機会に詳しく話そう。 

stratum 博物館のレイアウトは少しずつ進捗している。今、崖の部分の堆積岩を作っている。地層が傾いているのがミソである。こうすると実感的である。隙間があるが、それはあとで埋める。
 材料は何であろうか。

    実は先月末から台湾に来ている。阿里山鉄道が何年も不通だったのだが、ようやく開通したので乗りに来た。筆者の中国語は全く感心できないレヴェルなので、元台湾に来ていた技術者の方たちに、連れて来てもらっているのだ。
 その間の記事は、自動的に送り出されている。

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2018年07月30日

二人のビジネスマン

 この三成氏の生き馬の目を抜くような離れ業で、窮地に陥ったアトラス工業は息を吹き返した。看板を掛けさせてやったカツミも、その恩恵を十分に受けた。大したものである。
 ライアン氏はIMPのような作り方をするなら契約しないと言った。厚い板を使って、正確に切り、曲げ、ハンダ付けを完璧にするよう求めた。

 この二人はPFMの歴史を語る上で、最も重要な役割を果たしている。即ち、この二人がRainmaker である。
 沙漠に居る人には3つのタイプがあるだろう。一つ目は雨が降らないかなあと願う人。二つ目は雨が降る地方に引っ越す人。三つ目は雨を降らせることができる人。この2人はまさにそのタイプの人間である。
 IMPは二つ目であった。たまたまそういう時期に日本と接触しただけで、それ以上のものではない。それでは日本の職人たちはというと、まさに一つ目の人たちであった。腕はあるが仕事がない。誰か仕事を持って来てくれないかなあ、と思っていたのである。


 IMP時代のハンダ付けは、中学生がアルバイトに来てやっていたと、安達庄之助氏から聞いた。へたくそなわけだ。持つと壊れるのも当たり前だ。そういう中で、著名なクラフツマンが何人か見つかった。


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2018年07月28日

ライアン氏の来日

 三成氏はIMPの社長の日本訪問により、自社工場がないことがばれてしまい、契約を打ち切られた。
 仕方がないので、アメリカの模型店に片っ端から手紙を送った。鉄道模型の製造拠点を持っているから、輸入業者を探している旨、知らせたのだ。
 ライアン氏は興味を持ち、日本にやってくることになった。三成氏は心配した。また自社工場がないということで、契約して貰えない可能性があると思ったのだ。

Atlas Models そこで一計を案じた。看板屋に行って看板を注文したのだ。それには、
"ATLAS MODEL(S)" と書いてあった。それを持って、三成氏は大田区上池上のカツミ模型店の工場に出かけた。社長の酒井一氏に、
「今日、アメリカから客が来るから、その間だけこの看板を掛けさせてくれ。」
と頼んだ。カツミにとっては三成氏はお客さんである。今までかなりの製品を、輸出してもらっていたのだから、そう簡単には断われない。仮に取り付けることになった。

 そうしてライアン氏がやって来た。工場を自社のものであると言って案内し、その前で記念写真を撮った。その写真には三成氏、ライアン氏、酒井氏、社員数名が写っている。看板は、帰った後すぐ取り外した。当時は英語ができる人の数は限られていたから、このようなことができたのである。

 

 この図は、最近高橋淑氏に描いてもらったものだ。写真もあるはずだとのことだ。この話は祖父江氏の証言とも一致する。

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2018年07月26日

続々 一次情報 

 Drew氏、三成氏にはある程度のファンが存在し、神格化されているという話も聞く。彼らのことをありのままに書くと、まずいことになりそうだと忠告してくれた人もいる。客観的な話のみにする。
 既に本になっているもの、ウェブ上の情報、伝聞(二段階以上の伝聞)は、筆者の価値観では何の意味もない。とにかく一次情報だけを書く。現場で見た人、写真を撮った人、相手と直接話をした人を探してインタヴュした記録だ。

 ビジネスマンとして優秀だったのは創業者のBill Ryanである。彼のポリシィが続けられたから、PFMは存続できた。ライアン氏は剛腕で、必要とするものはすべて集めて、ビジネスを立ち上げた。
 彼の言葉は有名で、当時を知っている何人かの人が全く同じことを証言した。

金はいくらでも出すから、最高のものを作れ。

 ライアン氏は、IMP International Model Products の製品にはまったく不満であった。「おもちゃを作るのではない。模型を作るのだ。」と連呼したそうだ。

 祖父江氏もそれには同感で、
IMPの板は薄かった。Oゲージの模型が 0.25 mm の板なんて冗談じゃねぇよ。最低0.5 mm以上はないと持てねぇじゃないか。握ったら壊れっちまうぜ。大体ねぇ、フレームが 1 mmの板なんて駄目なんだよぉ。しかもそれがプレスで抜いてあるもんだから、伸びちまって軸距離が合わねぇんだ。その点、ロボゥは砲金の鋳物を横フライスで削ってあるから大したもんだったよ。
 ライアンの方針は嬉しかったよ。良い模型ができるってね。マックス・グレイよかぁ、モノがよく分かっていた。もっとも俺はOゲージの方だったから、あんましHOの仕事はしてねぇんだけどね。」

 ライアン氏が来なければ、日本の鉄道模型はIMP路線の延長上を走っていた可能性が高い。IMPの貨車はいくつかあるが、どれもこれもへろへろの板で、補強を入れないと走らせられない。連結しただけでも壊れてしまう。 


2018年07月24日

続 一次情報

 一次情報を集めるということは一見難しそうに思えるが、たかだか40年前のことである。生き証人はたくさんいる。
 例えば川口市周辺の新聞に折り込み広告を打てば、United に関する情報提供者は複数人集めることができるはずだ。それから芋づる式に調べられると思う。関東在住の人にとっては簡単なことであろう。本格的に調べようと思えば、それくらいのことはしてもよいはずだ。

 たまたま、この趣味を熱心にやり始めた1975年ころは、日本の模型界は最盛期であったが、1980年になるとその先が見えてしまっていた。遅かれ早かれ消えていくものであるから、何らかの形でその歴史の一部でも調べて記録しておこうと、伝手を頼って、何人かの職人、ビジネスマンに会った。今となってはなかなか得難い情報もある。
 その結果はどこにも発表していなかった。個人的には伝えたこともあるが、インターネット上には出していない。

 シカゴの連中は、筆者の情報を欲しがった。このドリュウ氏の回想録を出している
brasstrain.com の社長の Dan は、コンヴェンション会場でしつこくいろいろなことを聞いてきた。
「いずれ発表するから待て。」と伝えて数年になる。

 今は亡き Harmon がこのように連絡してきたことを思い出す。
「”Tad (筆者のこと)が詳しい”と、あるBBSに書き込んだら、”あいつはcraftsmanではあるが、ブラス製機関車の歴史のことは知らない。”と書き込んだ奴がいるぞ。それは違う。お前はよく知っている。しかも direct knowledge(primary informationと同義)を握っている。早く発表せよ。」

 その頃は自身の仕事が忙しく、それに時間を割けなかった。そのBBSの書き込みが何であったのかを詳しく聞こうと思っている矢先に、ハーマンは亡くなってしまった。結局その書き込みは見ていないが、そのおかげでその種の問い合わせが減り、時間的には助かった。その後、ブラスメーカの歴史は、意識の端の方に追いやられていたが、今回のUg氏のメイルで覚醒した。  

 ドリュウ氏には2003年に数時間会っている。食事を交えていろいろな話をしたが、正直なところ、それほど卓抜したビジネスマンではなかったと感じた。運が良かった人である。そのビジネスの、相手側の人達に会った話を少しずつ書くことにしよう。


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2018年07月22日

一次情報

 最近始まったブログ「米国型鉄道模型とモダンジャズ」は、興味深い。そのなかに、Don Drew氏の回顧録 ”Fit for a King”がある。Drew氏はPFMの経営者であった。その感想は?と問われると、やや複雑である。英語を日本語に置き換えたことに問題はない。なかなかの名訳である。問題はその回顧録である。

 4,50年ほど前、朝日新聞に連載された”マッカーサー回想録”を思い出す。それを読んで、父や叔父は、「嘘が多い」と言っていた。回顧録は、自分の都合の良い方向に書いてあるのが普通である。失敗したことは小さく、成功したことは大きく書く。相手方の話も同時に読まねばならない。しばらく前に出た瀬島龍三の本などと照らし合わせると面白いのだが、そういうことをする人は少ないようだ。 
 
 さて、筆者は日本のブラスの歴史には少なからず興味がある。たまたまその最後の時期に日本とアメリカの両方の関係者に会っているので、その時の聞き取りメモ、録音を持っている。いずれまとめようと思っていたのだが、先週、Ug氏(日本人)が連絡してきて、知っていることを発表するよう促された。とりあえずこれに関連したことだけでも、発表しよう。

 最近はインターネットの発達で、あちこちを検索して、情報を得やすい。それを並べると、いかにもそれについて研究したような気になってしまう。それは二次、三次の情報であって、いずれAIが進歩すると、瞬く間に集めてくれる程度の情報だ。殆ど価値はなく、自己満足の範囲を出ない。

 筆者は一次情報 primary information にこだわる。一次情報でなければ価値がない。Tom Harveyの記事、祖父江氏井上豊氏伊藤 剛氏伊藤英男氏の記事を書いているのも、それらが一次情報だからだ。


2018年07月20日

伊藤 剛氏の記事

pictorial 鉄道ピクトリアルの1951年11月号(4号)の30ページに伊藤 剛氏の記事があることを知った。例の1番ゲージの車輛群である。剛氏からは、生前、すべての記事に関する発表許諾を戴いているので、この記事に関しては、問題なくコピィを発表することができる。

 この時期の伊藤 剛氏は様々なメディアに登場している。模型工作雑誌に客車の作り方などを発表されている。
Go ItoGo Ito 2 この記事は、さらりと書かれた紹介記事である。如何せん、写真の鮮鋭度が低く、分かりにくい。多少加工してコントラストを上げてもこの程度である。

 カブースのストーヴが煙突についていることはよく分かる。

 ハドソンをハドスンと英語風の発音にしているのは、先の禿膸瓩竜事に倣っている。しかしキャブースは不思議だ。そういう発音はしない。酒井喜房氏がそう言ったのは覚えている。その影響を受けているのだろう。のちに剛氏はカブースと発音されるようになった。正しい音を確認されたのだろう。

 食堂車の回転煙突は、スナップを用いて廻るようにしてあるというのは剛氏らしいアイデアだ。車内の灰皿はやはりスナップであった。

2017年08月02日

ダイキャスト部品の膨張

 ダイキャスト部品が使われている模型は、定期的に点検をしないと具合が悪くなることがある。
 戦後すぐのダイキャストはボロボロになったものが大半だ。合金中に異種の金属が入っていると、金属の結晶隙間で腐食が起こりやすいからだ。最終的に粉になってしまう。
 そこまでひどくなくても、鋳物が膨らむことがある。1%以下の膨張であるが、篏合させてある部品が外れて、ばらばらになる。ギヤボックスが膨らめば、ギヤの噛合いが悪くなるだろう。

diecast expansion この写真をご覧戴きたい。KTMが1970年ごろ作って輸出したものであるが、台車がバラバラである。軸箱はたくさん必要であるので、ダイキャストで作った方が安いと判断したのだろう。以前はブラスの角棒から挽き出した軸箱体に、ドロップ製のベアリング・キャップをハンダ付けしていた。
 含油合金で作った軸受をダイキャスト部品の中に押し込んで作ったのだが、50年近く経つと、抜け落ちている。割れているわけではないのだが、ごそごそである。いずれ割れるのであろうか。仕方がないので、フライスで角棒を挽いて軸箱体を作る。それにロストワックスで作ったベアリング・キャップをハンダ付けした。かなりの手間である。
 長年のうちに集めたディーゼル電気機関車のうち、半数が修理不能であったが、この半年のうちに殆ど作り直した。フライス盤あればこそである。それと金属回収業の人と仲良くして、大量の材料を持っているからできることである。

 やはり亜鉛ダイキャストは信用できない。ブラスに限る。


2017年03月15日

Kimpei Sofue’s life  (8)

 祖父江氏が亡くなる前から、彼を「O scaleの殿堂」入りをさせるべく、運動を始めた。アメリカの友人たちがそれを後押ししてくれたが、5年以上の時間を要した。存命中に殿堂入りが果たせれば、祖父江氏にとって素晴らしいことだったのだが、それは実現しなかった。
 ともかく、日本人の殿堂入り(2016)は初めてであり、日本の模型人はそれを誇りに思う。

 祖父江氏の影響力は大きく、プラスティック製機関車の上にもそれが表れている。
 RivarossiのIndiana Harbor Beltという0-8-0のOスケール・モデルをご存じだろう。それは祖父江氏の作った0-8-0を元にしている。
 祖父江氏はこう言った。
「US Hobbiesの0-8-0を作った時にね、3箇所間違えちまったんだよ。それがねえ、全部リバロッシの模型にあるんだ。本当に参っちまうよ。」
また、ブラス製HO模型のいくつかは、彼のOスケールの縮小ヴァージョンである。

 祖父江氏は3条ウォーム、ボールベアリング化の改造工事を、1000輌以上の機関車に施した。私の手元には100輌近くあり、近く開館予定の博物館で展示走行する。それらは信じられないほど滑らかでパワフルである。ギヤは15ワットの出力を伝達でき、強力なコアレスモータで120輌の列車をやすやすと牽引する。

2017年03月11日

Kimpei Sofue’s life  (6)

 次に、私の友人であるUnion Pacific鉄道の機関士Tom Harveyに会いに行った。トムはBig Boy、Challengerおよび4-8-4を運転したのだ。 Cheyenneの機関庫に行って、保存機となっているそれらを見せてもらった。祖父江氏はビッグボーイに強い興味を示した。彼はすでに1000輌近く、その模型を作っていたのだが、それらをはるかに凌ぐSuper Big Boyを作ってみたかった。そこでDenverのForny Museumに行って、写真を撮った。その頃は、機関車に登って上から写真を撮ることが許されていたので、すべての蓋を開けて内部を撮ることができた。

 1987年に、あるスポンサーが現れた。その人は株を売買していた。スーパー・ビッグボーイ を発注したのだ。ところが、彼は総費用の半分を払ったところで倒産してしまったのだ。祖父江氏は経済的に多大な被害を受けたが、30輌を完成させた。

 1990年になると、アメリカの輸入業者は日本からの輸入をやめてしまった。祖父江氏は、いよいよ窮地に追い詰められた。私は彼を助けるため、日本国内の裕福な友人を紹介すると、1番ゲージのドイツの機関車の手作りをすることになった。製品はぞくぞくするほど素晴らしい出来であった。たいていは3輌、時に5輌、10輌という生産であった。しかし彼は幸せではなかった。

 彼はOゲージを作りたかった。彼曰く、「Oゲージは正しいサイズだ。1番ゲージは大き過ぎて、片手で持つには大きすぎる。 HOはメカニズムを楽しむには小さ過ぎる。」

2017年03月09日

Kimpei Sofue’s life  (5)

 そして、ミルウォーキィで開かれたNMRA(全国鉄道模型協会)のコンヴェンションに行き、我々の”押して動く機関車”を披露した。かなり劇的な展開であった。いくつかの注文を受けることができたし、あるアメリカ人は日本に来て、UPの4-8-4を輸入したいと言ってきた。それはKTMーUSAという名前で輸入された。
 その機関車はそのころまでの模型とは全く異なり、3条ウォーム・ギヤ、コアレスモータと素晴らしいディテールを持っていた。写真で、煙室内部を示した。

 それが終わると、デトロイトのDick Tomlinsonのところに泊めてもらった。彼は70年代にデトロイト模型鉄道クラブの会長であった。彼はアレゲニィを私たちに見せるために、ヘンリィ・フォード博物館に連れて行ってくれた。祖父江氏はこの機関車を300輌以上作っていた。彼は一箇所を除き、その全てを知っていた。その一箇所とは、パイロットの上の小さなステップの上面である。滑り止めのパターンがどうなっているかを知りたかった。ディックは警官で、仲の良い友達が博物館の警備主任であった。彼は警備主任に、機関車に上っても良いという、特別許可を出すよう頼んでくれたのだ。

 祖父江氏の勘は当たっていた。その面は祖父江氏に手に入るいかなる写真でも見ることができなかったのだ。ところが、10秒もしないうちに、笛を吹きながら警備員が走って来た。
「降りろ、このクソッタレ。降りろ。」
「私たちは特別許可を得ている。」と答えると、
「黙れ、降りて来い。逮捕する。」と警備員が怒鳴った。
 警備主任が、「もういい。行きたまえ。」と言ってくれたので、我々は何もされなかった。

2017年03月03日

Kimpei Sofue’s life  (2)

 祖父江氏は1922年、東京に生まれた。父親は建具職人であった。父方の伯父は日本刀の鞘を作る職人であった。祖父江氏は中学校時代からブラスの切れ端で蒸気機関車を作っていた。科学雑誌を見て知識を得、駅で本物を見てメカニズムを理解した。
 彼は本物の機関車の部品を作る工場に就職した。速度計、インジェクタ、自動逆転器、汽笛、ベル(満鉄の機関車用)などを作った。そして会社の中の学校に通う許可を得た。そこでは図面の描き方、機械工学を習った。これが彼の作る機関車が他と違う理由である。
 戦争中は軍艦の部品を作る工場で働いた。彼の技量は傑出していて、兵役を免除された。他の誰も彼の代わりができなかったのである。戦争中でさえも、彼は小さな機関車を作っていたという。(訳者注 3台作ったが、戦後の混乱期にGIに売って食べるものになったそうである。)

 戦後、日本は連合軍によって占領された。彼はKTMで工場長として働き始めた。KTMはもともとはゴム動力の飛行機模型を売っていた。たくさんの兵隊が、彼に機関車の模型を作るように頼んだ。写真を数枚と、車輪径などの諸元しか寄こさなかったが、彼は1週間に1輌!ほどの速さで作った。
 ある将校がKTMにロボゥの機関車を持ってきて、そのコピィを作ってくれと言った。ロボゥは素晴らしい模型メーカで、いくつかのアイデアはKTMによって使われた。たとえば、先台車のセンタピンは長いネジで、シリンダ・ブロックを貫通してボイラを留めた。また、KTMのモータはロボゥの形を真似ている。

 東京の立川基地の格納庫の天井裏にはなかなか良いOスケールのレイアウトがあった。祖父江氏は背が低くて見えなかったので、誰かが肩車をして、見せてくれた。それは15メートル角くらいの大きさで、素晴らしい出来だった。そこには祖父江氏の機関車が走っていた。その場所には何度か連れて行ってもらった。

2017年02月27日

祖父江欣平氏の生涯

 OSRの最新号が出たKimpei Sofue。かねてより依頼のあった祖父江氏の生涯について書いた。いつか発表するつもりで祖父江氏の生涯について書いておいたものを、投稿した。1999年にワープロで打って、ご本人に修正して戴いたものだ。直筆での添削が入っているから、今となっては貴重なものである。博物館で保存する。

 英語訳は何回も書き直した。「もしこうだったならば、このようになっていただろう。」という仮定法過去完了の表現が必要であったので、堅苦しいがお許し願いたい。ほとんど書いたとおりに出てしまった。編集者による添削を期待していたのだが、そのままでよいということになった。

 "a stag at bay" という表現があるが、「いよいよ追い詰められた」という意味である。これは、過去の人生で2回しか使ったことが無い表現だ。この表現は編集者に褒められた。

 写真を探して、表情の良いものを選んだ。工場の様子はあまり生々しいものは避け、半製品が積まれている様子を載せた。
 14,000輌もの機関車を数人で作っていたのだ。ハンダ付け、小さな旋盤仕事などはアルバイトの女工さんがしていた。祖父江氏は彼女らに組ませるキットを作っていたのだ。この14,000という数字は、聞いた人が誰しも驚く数字だ。 


 編集者は、
「とてもすばらしい。読んで、ためになる。多くの人たちがこの話を喜んで読むだろう。もしこの歴史を貴方が書いてくれなかったなら、誰も知らずに終わってしまっただろう。」
と書いてきた。

 思った以上の反応でうれしい。

2016年12月25日

等角逆捻り機構の英語訳

 the O scale Resourceの1.2月号が出た。拙稿も掲載されている。編集者と会った時に、ぜひこれを載せたいと乞われたので、原稿を送った。
 問題はその英訳である。same angle opposite twist mechanism で、SAOTでどうかという話もあったが、northerns484氏が、symmetricalという言葉を薦めて下さった。symmetrical twisting か symmetrical tilting のどちらがよいか編集者に聞いてみた。多少の時間が掛かったが、結局後者に決まった。今後これで行こうと思う。

等角逆ひねりe3 今回の投稿で最も大切な部分はこの図である。等角逆捻り機構の意味が分かるようにした。鉛筆でスケッチして northerns484氏に送り、3次元の作図をして戴いた。視点を上下して、最も効果的な角度で表した。

 ロンビックもフカヒレも結局はこの動作(あるいは疑似動作)をさせているわけで、それさえ理解できれば、細かい理屈はどうでもよくなる。

 動画が要るというので、慌てて撮った。時間がなく、一回きりの撮影である。台本も作らず、実にいい加減な動画撮影であったのは反省している。いずれ撮り直したい。
 グネグネ線路を走ってくる様子は、大変気に入ったようで、素晴らしいと言っていた。

 あといくつかのネタで編集サイドからの要望があり、いずれ発表される。 

2016年09月28日

続 関西合運

 筆者の属するJORC関西には様々なお客様がいらしたが、
「ブログをいつも拝見してますよ。」
と仰る方が多く、驚いた。

 ガーダー橋を持って行ったが、意外と人気があり、皆さんが手に持って、その重さと構成を吟味された。意外なのは支承が人気であったことだ。可動する支承は初めて見たという方が多い。
 ダイキャスト部分はかなり欠陥があり、パテで埋めなければならないことを指摘されている。塗装するので全く問題ないであろう。
 トラス橋の図面も持って行った。その規模、精緻な設計には賞賛を戴いた。レーザによる加工手段がなければ、とてもできる代物ではない。
 ブレイスが同位相あるいは逆位相の件については、構造の専門家がいらして、実例を示して話をしてくださった。災害時に橋台の半分が無くなったりした時には、逆位相のほうが落橋せず、生き残る率が高いらしい。
 ピッツバーグ市内の同位相の例の話は面白いとのことであった。

 持って行った貨車は少なかったが、手で押すと、するするとどこまでも滑走するのが面白く、何度も実演した。
「今までの鉄道模型の概念を崩しましたね。」と言われた方があった。
「いやそうではなくて、鉄道というものは、もともとそういうものなのです。模型がその特性を再現するように方向づけられなかったのが間違っていたと思います。」
と答えると、
「全くその通りですね。潤滑というものすら抜けている車輛がありますからね。」

 軸受からキーキーと音を出して走る車輛は少なくない。

2016年09月02日

祖父江欣平氏の殿堂入り

 祖父江欣平氏を、O Scale Hall of Fameに入れようと、過去5年ほど動いてきた。その前の段階から考えると、もう10年もやって来たことになる。

 DavidはワシントンDCの弁護士で、この運動に力を入れてくれていた。今まで殿堂入りした人は、すべてアメリカ人だ。その点も難しいところであった。
 筆者は各地で何回か、祖父江氏に関するクリニック、”The man who built engines for Max Gray" を講演した。参加者はすべて、祖父江氏のファンになり、運動を後押ししてくれた。O Scaleのコンヴェンションをまとめる評議会で何度も話題になったらしいが、すでにその年の人選が終わっていて、難しかったようだ。
 ようやく、今年になって可能性があるという知らせをもらったが、決定を知らされたのは最近だ。日本人が、アメリカの殿堂入りをするということは、画期的なことであり、日本の模型界のみならず、世界に影響を与えた模型人という意味でも、我々模型ファンは深く心に刻むべきことであろう。
 写真を送らねばならない。良い表情のものを探している。
  
 これは、もちろん日本の模型雑誌でも発表すべきことである。さて、どんな扱いになるだろうか。雑誌社にコンタクトしたいが、先年コンピュータが2台ともクラッシュして、アドレスが行くえ不明になってしまった。 

2016年07月09日

Walker氏のこと その9

 Walker氏の模型は、すべて完成後、大同製鋼の集会室で運転をしたのだそうだ。戦災で焼け残った大きな建物は少なかったようだ。おそらく旅客列車が写っている場面がそれなのだろう。
 詳しくはわからないが、中央三線式交流18 V 程度であったろう。HOが12 V になったのは比較的古いが、大規模なOゲージ、1番ゲージは電圧を高くしておく必要があったと思われる。

 ウォーカー氏は帰国時に、
「これらは日本の模型人のレベルの高さをアメリカに知らせる良い見本だ。アメリカ中でこれを見せるツアをする。」と言ったそうだが、それをしたという話はどこからも聞こえてこなかった。彼自身もこれが賄賂性があることを認識していたはずだから、そんなことはできなかっただろう。

 1980年代の終わり頃、名古屋模型鉄道クラブに一通の手紙が舞い込んだ。それはウォーカー氏の子息からのもので、
「里帰りさせたい。」
とあったが、よく読むと、要するに買い取ってくれないか、というものだったそうだ。
 当時筆者はアメリカに居たので、間接的にしか知らないが、乗用車1台分くらいの価格であったそうだ。

 後で土屋氏にその話をすると、
「買っていたかも知れんな。」
と仰った。

 その後、その話は全く消えてしまったので、どうなったのかは分からない。一度見てみたいものだが、手掛かりを探すだけでもかなり時間が掛かりそうだ。

2016年07月03日

Walker氏のこと その6

baggage Walker氏はライオネルをたくさん持っていたらしい。剛氏たちはそれを見せて貰って、内部を考察し、TMSなどに解説記事をたくさん書いている。 
 井上豊氏は汽笛の構造に興味を持ち、その中に針金を突っ込んで内部の様子を調べ、その通りに再現したものを作った。ちゃんと本物と同様の音がしたそうだ。そのあたりの様子は、「高級モデルノート」などに再録記事が載っている。

coachcoach interior いかんせん、ライオネルはおもちゃであり、模型ではない。伊藤 剛氏率いる名古屋模型鉄道クラブは模型を作っていた。より精密で、実感的なものだ。
 その点、Walker氏も同様で、スケールモデルの美しさには敵わないことを認めていた。だからこそ、このプロジェクトで鉄道模型が賄賂として機能したのだ。

 伊藤 剛氏からこのアルバムを譲られたとき、
「あなたのブログで紹介して下さい。ただし私たちがみんなこの世に居なくなってからにしてくださいよ。なんと言っても賄賂であることは否定できないですからね。私たちは胸を張ってこれを見せられるかと言うと、決してそうではないのですよ。」
と仰った。

 賄賂としての鉄道模型は絶大なる効果を発揮し、それらを作ってくれる人たちがいる工場には、決して無理難題を言わなかったそうだ。

 その製作に関して得た知識は、その後模型製作に大いに貢献した。私たちもその恩恵を受けていることになる。

2016年07月01日

Walker氏のこと その5

40-ft Reafer and hopper car この写真の裏にはこのような文章が書きこまれている。(原文ママ

 砂利を敷いた線路の上の七両の貨車は、内部も本物そっくり、
 トビラを開けば、電燈もともり、左は冷蔵庫、右は小麦、セメントなど積み込む貨車で、底が開くようになっている 製作費十万円


 その通りなのであろうが、この金額は7輌分なのであろうか。昭和24年当時の10万円は大金である。今の200万円くらいに相当するかもしれない。

 caboosecaboose interior このカブースの内部の写真をご覧戴きたい。室内灯が点き、ストーヴがある。煙突にストーヴ本体が付いているのが面白い。煙突部分でつなぐというのは素人の発想なのだろうか。

 貨車のブレーキハンドルは鋳鋼製であったそうだ。伊藤剛氏はこれからは鋳鋼の時代だと思って、どの程度薄くできるかの試験をしたそうだ。結果は0.5 mmだそうだ。したがってこれらにはその技術を使われていて、鋳鋼でできている。もちろん台車枠も鋳鋼だ。

 本物の動くところはすべて動くようにした。ハンドルを廻すと、鎖が巻上げられてブレーキが掛かったそうだ。これらの鋳物は大同製鋼で作らせた。

2016年05月22日

吸音材

 ゴムは重い。5 mm厚の1 m幅の1 m当たりの質量は8 kg以上である。10 mあったので、80 kg以上あったことになる。道床下張りにはそれを80 mm幅に切って使った。それだけでも 1 m当たり 640 gほどもあるのだ。

 天然ゴムは水の密度よりわずかに軽い程度だが、この黒ゴムは重い。充填剤がかなり入っているのだろう。

 隠しヤードの先端部分 5 mは、低発泡ポリ塩化ビニルのシートである。工業用のシートで、工場の棚に敷くものだそうだ。大切な工具を置くとき、傷まないようにするのだろう。かなりの面積を戴いたので、それを重ねて貼る。表面が緑で、裏は黒だ。これも重いものである。

 ポリ塩化ビニルは黒ゴムの密度と同程度だろう。いずれにせよ、厚いものを使うと効果があるので、重くなる。

 コルクは全く機能しないことを書いたが、相変わらず吸音性があると称して売っている。驚いたことに、ウィキペディアに、”コルク道床”という項目まである。Google で調べると、無数の写真がある。どなたも効果があると信じていらっしゃるのだろう。ゴムを試すべきだ。吸音能力の大きさにあまりにも大きな差があって、驚くだろう。
 ウィキペディアの間違いは多い。信じがたいほど派手に間違っている。ロンビック・イコライザの項は相変わらず、めちゃくちゃだ。どなたか書き直して戴きたい。 

 ゴム道床を試してみれば良いのに、と思う。走らせて楽しむのだから、より良い方法へと模索するのが正しい姿だ。本に書いてあるからとか、先輩が使っているからと言って採用するのは、賢明とは思えない。
 ゴムは相対的には安いものだ。よく切れるオルファ・カッタがあれば、切断も簡単だ。接着も完璧に付ける必要はないので、気楽にやればよい。HOなら 2 mm厚を使えば十分だろう。

 毎日、ゴムを1mずつ貼っている。今、面積の大きな部分なので、下準備、施工とも大変な作業である。重いのには本当に参る。

2015年10月16日

保油機構

倉石榮夫氏 先日行われた関西合運で倉石榮夫氏の市電を拝見した。昨年は体調が良くなく欠席されたそうだが、今年はお元気そうで、新作を披露された。

 久しぶりであったので、いろいろな機構についてお話しさせて戴いた。倉石氏は農業機械の設計をされていた技術者で、機構学の要諦はすべて押さえていらっしゃる。しかも実践に基づいた知識の持ち主で、理論だけの方とは違う。

oil level 電車のギヤは、しばらく前に提供させて戴いた。ギヤボックス完備で油を撒き散らさない。
「保油機構は大したことありません。」
とおっしゃるが、素晴らしい。聞けばシャフトは鋼製で、研磨してあるそうだ。ギヤボックスは図のような構造で、油が入っている。
 ひっくり返して注油すれば、1年以上は持つそうだ。この曲がったパイプがみそである。取付け位置は歯車の中心から外してあるから、歯車によって撒き散らされない。
 倉石氏の模型は小さな機械として、輝いていた。

 日本の模型は長らくブラス軸にブラス軸受で保油機構なしというのが普通だった。
「あんなもの、ダメですよ。」
とのことである。それはそうであろう。筆者もすぐ磨り減る歯車と軸受で迷惑した。専門家の目がどこにも行き届いていなかった。当時のモータは軸受が鉄板についていて、界磁の磁界がバイパスされて、最初から弱め界磁になっている。これには参った。当時、伊藤剛氏はその状態を憂えていた。

 結局、全てを捨てて始めたのが現在につながった。昭和20、30年代の日本の模型界をリードした人たちの不作為の罪は無視できない。

2015年04月28日

多くのコメントに感謝

 最近読者数がかなり増えて、多数のコメントを戴くようになった。大半は知人からで、私信であるから公表できない。初めての方はお若い方が多いらしく、昔のことを御存じないようで、少々的外れのこともある。今回は予定を変更して、コメントの内容を紹介したい。

「キットを組めるのはスクラッチ・ビルドを出来る人」と書いたところ、何人かの人からは「その通り」という御意見を頂戴しているが、そんなのおかしい、というコメントも戴いている。
 最近のキットは優秀らしい。昔のキットはひどいものが多かった。本物の形を知らないと、まずできない。曲げや絞りがいい加減で、縦裂きにして縮めないと合わない。窓の間隔がすこしずれているので、1枚物を貼り重ねて側板にすることが出来ない。仕方がないから、窓枠の板は細かく切って順番に貼りつける。
 キットのままでは、荷重がかかると台車枠が開いてしまい、車軸が外れる。など枚挙にいとまがない。それをキットと呼んでいた時期があるのだ。

 筆者も初めは一所懸命に修正を施して組んだが、ある時、合わないものは捨てたら良いということに気が付いた。ゴミ箱を横に用意して、どんどん捨てながら組む。捨てた部品はその場で作る。横にブラス板、ブロック、丸棒を置いておくと都合がよい。糸鋸をバリバリ折りながら猛烈な速度で作る。スクラッチビルドとさほど変わらないが、一から作るよりははるかに早い。
 最近のキットがどの程度の出来なのかは知らない。多少は良くなったのだろう。

 匿名の方から、非常に面白いコメントを戴いたので、紹介させて戴く。

>……という頼みはよくある。そんなものすぐできるからやってあげるよ。すごく喜んでいる。……
というお話は、助けを求められないというよりは、求め方を知らない、または求めてみたけれど助けてくれない場合も結構ある、ということが影響しているのでは、と考えられるのではないでしょうか。

例えばKKC会員の方達なら喜んで助けてくださるでしょうが、鉄道模型工作を趣味とする方々は、特に職人的な雰囲気があってなかなか近付き難いものです。昔の経験ですが、技術的な事で丁寧に教えを乞うたら何故かはぐらかされてしまったり(ポイントマシンを操作する回路に関して。)、持っておられる機械での加工をお願いした時には言を左右して断られたり(卓上サーキュラー・ソーでの枕木用角材の正確なカット。機械を使えば数分で済む作業でしたが、これは結局マイターボックスを使ってレザーソーで気長にこなしました。苦笑。)しました。また、引き受けてもらえはしたもののあまりいい顔をされずしぶしぶながら協力していただいた(マイクロドライプリンターでのデカール印刷。気遣いとお礼が大変でした。)などという例もあり、秘伝の技術や知識(それほど大層なものでもないと思われるのですが)を教えたくない、自分の機械を使わせたくない、という方々もかなり居られるのではないかと想像します。

逆に、見ず知らずの方からいきなり「私は今レイアウトを作っているが、ネットであなたが作った樹木を見て大変気に入った。模型店で売っている樹木は高くて買えないから、50本ほど作ってプレゼントしてくれ」とメールが来て、「作るのには相当の手間と時間、それに材料費がかかるし、まったく面識のない方からいきなりプレゼントしてくれと言われても困る。作り方は下記urlのHPに掲載されているからそれを参考に自分で作ってください」と返信したら、一言「ケチ!」という返信が来たという経験もあります。この場合は、頼み方を知らない以前に常識がないという部類でしょう。まあ、この世界、変な人が多いのも確かですので、そんなものかなという感覚でした。

最近はネット環境が発達し、検索すれば相当特殊なことでもない限り、それなりに知識技術も見つける事が出来ますし、ホームセンターなどが設置している工作室では、ある程度の工作機械も利用可能です。デカールやインレタもネットでオーダー出来ますし、良い時代になったものだと思います。相変わらず一部妙な方々が跋扈してはいますが、時代が進み、世代が入れ替わるに従ってかなり良くなってきているのではないかと感じます。

このあたりの事情に関しては、プラモデル趣味の方々は、最初からそういう世界に住んでいるであろうし、ネットでも書籍でも非常に豊富に詳細にテクニックが公開されていたり、模型クラブ活動も盛んであったりするのが、鉄道模型界隈とは異なるところではないかと邪推(苦笑)しておりますが、いや、最近は鉄道模型でも、若い方々が多いNゲージの世界ではプラモデル趣味の世界に近いのではないか、とRM Modelsなどの雑誌をみて感じております。いかがなものでしょう。

TMSなど伝統ある純粋鉄道模型雑誌にも、製作者による作品紹介や製品紹介記事ばかりではなく、プラモデル関係の雑誌に見られるように、もっとプロorセミプロ作家や編集部による製作テクニックの解説記事などが掲載されたり、工具の入手、使用のような記事が増えると状況は随分と変わってくるように思います。期待したいものです。



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2015年04月12日

電子工学の専門家

 せっかく専門家に来てもらったので、手元にあるいろいろな車輛を見せ、工夫したところを説明した。

 速度計内蔵の車輛にはとても驚いていた。速度は一定区間を通過する時間で測定するものだ、という固定観念が、その方たちには あったようだ。それよりも車内の大きなディスプレィに現在の速度が表示される方が面白い。
 車輪にスリットを入れ通過する光の時間当たりのパルスを数えて、演算する。すなわち表示は3秒に一回更新される。この速度計のついた貨車は、30年も前に作ったものだ。今なら PIC を使って簡単に作れるが、当時は大袈裟な回路で、不調も多かった。 

「それよりも、パルスの間隔の時間を測って、リアルタイムの表示の方が面白い。」と言うのだが、スリットは自作なので、それほどの精度がない。すなわち一定速度で走っていても、速度が一定にならない可能性が高い。

 現在作っているダイナモメータ・カァの構想を話した。どのような構造にすべきか、いろいろなアイデアが出た。
 構造計算の専門家も同席していたので、力が掛かった時の車体の歪みの解析をすると面白いということだった。もちろん模型の歪みは少ないから測定は難しいのだが、等角逆捻り機構の付いた車輛を使えば、線路の不整を調べることが出来るというアイデアには恐れ入った。前後の台車の捻りを測定すると、軌道試験車になるというものだ。これはやってみる価値がある。測定の精度を上げる工夫はしなければならない。
 彼らは等角逆捻りの車輛をひねくり回し、例の不整線路を走らせて、「実に面白い」と評価してくれた。

 この二人の客人は様々なアイデアを出してくれ、それを筆者が聞いて、実現の可能性を探った。すぐにも出来そうなアイデアもあったし、とても無理なものも多かった。
 しかし、どの話もテレメータにするという前提があったのは、時代を反映している。

 Oスケール程度の大きさになると、たいていのものは詰め込むことが出来る。Gセンサを3つ付けて、一周すると、レイアウト全体の図を描くことが出来るというのは、既に夢ではない時代になったそうだ。ジャンボ・ジェットが出来たころ、慣性航法装置と云って最先端の技術だったが、今はカーナビにも付いているのだそうだ。

2014年09月13日

続々々々々 土屋 巌氏の死去

 土屋氏は単なるコレクタではない。自ら工作をされる方であった。しかもそれが実にお上手である。会社の社長室は工作室であって、ありとあらゆる素材が用意されていた。
 大物は会社の設備を使って加工するので、精度が出る。筆者もジグの部品をいくつか作って戴いたことがある。

 土屋氏は遠州鉄道のナロゥ・ゲージがお好きであった。かなりの作品を残されている。実物を見て写真をたくさん撮られている。藝大で同級生だった田宮督夫氏を訪ねて、静岡に遊びに行ったことがあるのだ。督夫氏は田宮模型の社長俊作氏の弟である。
 面白い小さな鉄道があるというので駿遠線を見に行き、全線に乗車したそうだ。

 10年ほど前から、土屋氏はナロゥ・ゲージに力を入れ始め、バックマンのGゲージを楽しんで来られた。1/20.7サイズの模型をたくさん集められたが、やはり日本の模型も欲しいということになり、駿遠線のモデルを作り始めた。
 762 mmを1/24にすると31.75 mmになるから、Oゲージの線路と車輪が使えるということに気が付き、車輪をLow-Dで作った。下廻りはブラスで、車体はプラスティック板から作られた。実に写実的で美しい模型であった。塗装は御専門であるから、素晴らしい仕上がりだ。全部で10台ほど作られたと記憶している。

 10年ほど前のJAMでGゲージの大きなレイアウトを出展されていたことをご記憶の人もいるだろう。巨大なTimber Trestleの上をサウンド装置付きの機関車が大きな音を立てて走っていた。あのレイアウトも土屋氏の自作である。色調が独特で、実に渋い。実物の色調をよく見ていらしたからだ。

 海外に御一緒すると、土屋氏は街の色、自然の色を丹念に観察されていた。次にデザインする車をそこに置いたとき、どのように見えるかを考えていたのだ。
 ホームセンタに行くと、ペンキ売り場で色見本をたくさん手に入れ、大事に持って帰った。
「日本にない色もあるからね。」


2014年08月08日

続 吉岡精一氏の死去

 吉岡氏は受け継いだトウガラシ畑からの一次産品を処理するだけでなく、中国での栽培も手掛けた。中国でのビジネスの厳しさを何度となく聞かせて戴いた。日本のトウガラシを持って行って栽培しても辛味が薄くなるという話もあった。
 家内工業から近代的な工場へと脱皮させ、大きく成長させた。工場を見学させて戴くと、吉岡氏らしい様々な工夫があることが分かる。

 吉岡氏の住宅も御自身の手による設計である。最初のお家も御自身の設計のすばらしいものであった。建築雑誌に載るほど洗練されたデザインであったのだ。ところが隣の病院の拡張により立ち退きを迫られ、代替地に選ばれたのは廃止された鉄道の駅の脇であった。
 庭は公園と間違えて入って来る人があるほど広く、素晴らしい。

 吉岡氏は東京生まれで、ちゃきちゃきの江戸っ子である。祖父江欣平氏の言葉を聞いて、「ああいう巻き舌の江戸言葉は久し振りに聞いたよ。」とおっしゃったのが印象的であった。お手持ちの全ての機関車の動力機構は、祖父江氏のところで三条ウォームに改装された。その時、祖父江氏は、「素晴らしい能力のある方だねぇ。あんな人が〇〇〇の社長だったら、日本の鉄道模型はこんな状態にはならなかっただろうよ。」と仰った。

 どの順番に繋いでもよい、互換性のある組立て式線路を設計され、筆者、魚田真一郎氏と土屋氏、そして吉岡氏で半径2900mmの複線を発注した。Oゲージだけでも合計3セットである。他にOJ用もあった。合わせると結構な金額になり、受注した木工所は張り切って作ってくれた。神戸の震災で潰れたものを除いて2セットが、今度の博物館の線路として利用される。
 この線路は、饋電線を内蔵したホゾ継ぎの高級仕様である。カントも付いていて素晴らしい出来である。ゴムを制震材として採用しているので、走行音が実に良く、実感的である。この音響効果については吉岡氏が10年以上かけて研究されたものである。

 イコライジングは理論だけでなく、様々な試みを実現したモデルを作られ、実際に走らせて挙動をテストされた。理論だけで終わらない実践家としての主張は、傾聴すべきところが多かった。

 ご自宅に伺うと、物理実験に使うような精密電流計、可変抵抗器、定電圧電源を並べて機関車の性能試験をされていたことが多い。旧来のモータ、ギヤでは効率が10%台であったのに、筆者の三条ウォームとコアレス・モータを採用すると50%以上もあることに、とても驚かれた。

 そこで「モータ調書」という論文をものにされた。コアレスモータの特性を順次測定され、目的別のギヤ比の策定をし、負荷が掛かった時の回転数の落ち具合を調べられたのだ。
 すなわち、重連をしても問題の無い組合せを探し出されたのである。現在はDCCであって個別調整が効くから意味が無くなってしまったが、DC二線式の時代には重要な意味のある論文であった。

 吉岡氏の口癖は、「客観的なデータを出せ。」である。それは筆者の仕事と重なるところも多く、様々な測定値を送ると、測定時の条件を必ず問い質された。

2014年07月08日

レイアウトの高さ

 先日、ある素晴らしいレイアウトを拝見させて戴いたので、その話がしたい。Oスケールではなく、1/80である。全てhand-laidの線路である。全ブラス製の扇形庫、給炭クレーン、照明燈など、うっとりする出来のレイアウトだ。

 しかしご本人は不満足で、取り壊して作り替えることになった。その最後のチャンスで、見せて戴けることになった。現状は線路高さが 900 mm である。

 新レイアウトの線路面は1200 mmになるそうだ。非常に喜ばしい。それから勾配を上がって、最高標高は1500 mm 近くになり、下ると1000 mm強になるようだ。

 現状では上から見下ろす形であり、ストラクチュアの中まで見えないのがご不満ということだ。駅の中にはベンチがあり、乗客が待っている。時刻表も張ってあるのだが、それが見えないのだ。
 また、現状では遠くで機関車が立ち往生すると、台枠の下を潜って行かねばならないのが面倒である。歳をとるとますます面倒になる。
 
 高さを上げて、くぐり易くするのだそうだ。中に入れば、その全周がレイアウトである。ウォーク・アラウンドでもあるし、椅子に座れば目の高さである。

 日本のレイアウトの高さの標準が1200 mmになる日は近いと確信する。

2014年06月30日

続 伊藤剛氏の死去

 伊藤剛氏は名古屋模型鉄道クラブ NMRC の創設者である。以来、67年間、クラブを牽引し、新しい試みを次々と発表されてきた。その功績たるや、日本の鉄道模型史そのものであると言っても過言ではない。

 拙ブログでは、氏の功績を順次再録してきた。若い方も、剛氏のアイデアを再認識されたと思う。剛氏はアイデアを出すだけでなく、それが模型界に浸透する様に、様々な努力をされた。また、筆者に部品を売るように強く勧められた。おかげさまで、Low-D 車輪は 3万軸弱が市場に出ていった。
 今回の博物館には剛氏の業績を伝える展示も用意するところであった。

 剛氏は階段で足を滑らせたのが原因で亡くなった、とお聞きした。杖をつくのを嫌がられたのだそうだ。もう少し長生きして戴きたかった。
 86歳を記念して8620が牽く列車を完成されたので、96歳では9600を、101歳では101系をという冗談もあった。決して不可能ではない範囲にあったと思う。とても残念だ。

 

 

  


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