2022年10月25日

続「私たちの立ち位置」

 非常に多くのご意見を頂戴している。

 ほとんどの方の意見は一致していて、まとめて言えば”主体性の有無”である。これについては過去の記事で扱っている。


 例のコンテスト以降、鉄道模型のあり方について考えることが多い。コンテストの是非は別として、「入賞したいという意欲」が、昨今の問題の原点にあるような気がする。他人は他人なのだが、コンテストで入賞するためには、ある概念の中での出来不出来を競うわけだ。そうなると、見かけ上良くできている、ということは極めて重要になってくる
 筆者は何十年もコンテストを無視してきた。その入賞作品を見て、感動することもほとんどなかった。「ご苦労様」という言葉しか、感想として出てこなかったというのが正直なところである。中身についての工夫はほとんどなかったからだ。 

 筆者は、「世界で一番良く走り、耐久性のある模型」を作りたかった。祖父江氏も全く同じことを考えていたので、35年に亘る親交を結べた。懸架装置、歯車を含む駆動装置、耐衝撃性、耐摩耗性、静粛性の点で傑出するものを作ることだけを考えてきた。被牽引車は低摩擦であるべきで、緩和曲線を備えた線路を精密に作り、長大編成を牽かせることを目標にした。

 その目的達成以外、何も考えていなかったので、他の人からの雑音は耳に入らなかった。ある程度の完成形が見えてくると、車輪、歯車等を欲しがる人が出てきたので、原価で提供した。その購入者が筆者と同じことを考えていたかは不明ではあるが、さらにそれを見て、「僕も欲しい」と言う人が現れるのは嬉しかった。原価で頒布してきたのは、それを工場に注文するにはある程度の数を揃える必要があり、その協力者への謝礼という気持ちもあった。100個しか注文しないのと、3000個の注文では単価は数倍以上違う。

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