2021年07月07日

続々 合葉博治氏の記事

 合葉氏はOゲージを再興するつもりだった。その呼び水に筆者のメカニズムを使うことにしたようだ。二回目にお会いした時は、京王プラザホテルの会議室に呼び出され、ご馳走になりながら、その構想を聞かされた。その時、開発中のステンレス製 Low-D車輪、高性能な動力台車の見本などを渡した。合葉氏は一つ一つ確認して、たいへん驚いた。その時、慣性増大装置についても話した。
「貴方はすごい。どこまで先の事を考えているんだ。すぐには実現できなくても、その構想を書くだけでも、模型界は進歩する。」
と言われたが、実現するまで30年以上掛かった。

「10年前に出会っていれば、世の中は大きく変わっただろうね。でも今からでも遅くない。やってみよう。」
と言う。
「京王百貨店の中の特設会場で、60輛編成の列車がゆっくり動いて止まる、ということを見せれば、分かる人は分かる。山崎氏に見せつけてやるんだ。」
と言った。合葉氏は山崎氏に、「Oゲージの時代は終わった」と言われて癪にさわったようだ。
「精密機械としてのOゲージを見せれば、彼はきっと動く。」と言って、ニヤリとした。 

 その後、筆者は再度渡米し、滞米中何度か手紙を差し上げたが、返事が全く無く、帰国後大変な病気であることを知った。ご本人にもお会いしたが、大変お気の毒な状態だった。

 今回は、合葉氏の”New O gauge”という記事に触発されて、30年以上前の事を思い出した。当時の合葉氏の記事には正しいことが書いてある。他の外見だけの模型とは、一線を画した記事ばかりである。
「模型と工作」という雑誌にもたくさん図解入りの記事を書かれている。子供向けだが、真理を書いているのはすごい、と今でも思う。
 伊藤剛氏と双璧をなしていた。この二人が居なかったら、かなりあやしい状態になっていたのではないかとも思う。 

コメント一覧

1. Posted by このブログ初期から読んでいます   2021年07月07日 17:02
合葉氏はTMSの山崎氏にはそれほど良い感情を持っていなかったのですね。
機構学的な知識を持たない山崎氏が、間違った原稿をそのまま載せてしまうことに不満があったのでしょうか。古いTMSを引っ張り出して、合葉氏の記事を再読しています。確かに他の人の記事とは違います。
50代で発病されたのですね。もったいないことでした。もう少し、元気でいて下されば、少しはTMSが変わったのかと思うと、残念です。
2. Posted by モハメイドペーパー   2021年07月07日 23:17
 合葉さんは狭い場所でも楽しめるOゲージを考えていて、退職して時間ができたら実行に移すつもりだったようです。定年直前に発病し、ついに回復されなかったのは本当に残念です。

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