2021年01月02日

scientific であるということ (1)

 先日のコメントでサイエンティフィックという言葉を出したら、反応した方が何人かいらした。どなたも肯定的で、もっと詳しく書いたらどうかということであった。(太字を強く発音する)

 筆者は、サイエンティストのはしくれである。客観性のあるもののみを追求してきた。世の中にはいろいろな人が居て、主観的なことをゴリ押しして恥じない人が居る。また歴史を無視して捏造したり、自称専門家でも、サイエンスを無視する人が居る。


 例えばこういう例を考える。ある人がAを見て、それに対する評価がXであったとする。その人がAをもう一度見せられた時に、Yという評価をするならば、そういう人とはお付き合いしかねる。その2回のチャンスに大きな時間的距離があった場合は、持っている知識の理解度が変化しているからそういうことはありうるが、1週間で評価が変わるのは理解しがたい。その変化の説明を求めると、たいての場合、支離滅裂だ。
 何回でも同じ評価をする人が、サイエンティストだ。しかも他のサイエンティストに聞いてみても、同じ答えが返って来る。同じでなければならないのだ。
 実験をしても、その結果はいつも同一でなければならない。再現性の無い実験では意味がない。


 筆者は低抵抗車輪の開発に数年掛けている。その間、様々な仮説を立てて実験し、どの方法が最も良い結果を生むかを調べた。各国の車輪、規格を調べて表を作り、現物を入手して全く同じ軸受で試験した。車輪は快削材で出来ているので、フランジ形状の変更は簡単だ。摩擦係数もいろいろな組み合わせで調べた。レイルとの当たり具合を望遠鏡で覗き、フランジが当らないフランジ角を、曲線半径ごとに確認した。

 旋盤屋をなだめすかして仕事をさせ、300軸作ったのが最初のロットである。それを使って走行試験をして、吉岡精一氏、魚田真一郎氏らに配り、使用感を聞いた。結果は「極めて優秀」であった。その後、何度か再生産され現在までに4万軸程出ていった。利潤は無い。工場は3箇所目である。工場は相次いで倒産して蓄積されたノウハウが失われたが、工作機械の進歩で、より素晴らしい仕上がりのものが得られるようになった。同じ図面を持って行くと同じものが出来るのは、サイエンティフィックである。昔はそうでもなかった。”腕”が必要な仕事であったのだ。


コメント一覧

1. Posted by ゆうえんこうじ   2021年01月02日 09:11
サイエンティフィックであることは、再現性があることの他にその原理・メカニズムが説明できるということだと思います。
イコライザーでは、ロンビックイコライザーのメカニズムが数学(幾何)的に証明できたということは大きなエポックだったと思います。またそれを契機にフカひれイコライザーなど等角逆捻りイコライザーとの比較検討が進んだと思っています。
インターネット時代では過去の常識も、その誤謬が暴かれていきますが、一見サイエンティフィックなエセ情報も多く流れているので注意が必要だと思っています。
2. Posted by dda40x   2021年01月13日 08:18
 原理を説明するには、多次元の解析は難しいので、いくつかの次元に分けての実験が必要です。
 高梨氏はフィレット半径、フランジ角を個別に変化させて調べています。 
 ところがいくつかの次元を同時に変化させた物を作ってどうだ、という人も居ます。サイエンスの方法を理解していないので、答える方法が無いのです。
3. Posted by northerns484   2021年05月04日 21:04
大分前の記事へのコメントで恐縮です。
私がコメントしあぐねていたことを的確にまとめた記事を見つけたので、引用してみます。

https://forbesjapan.com/articles/detail/40844

> 客観的に自然の現象を観測、観察して、まずはありのままを
> 見るということが非常に大切です。しかし、作業をしているうちに、
> だんだんと自分の考えやバイアスが入ってきてしまう。
> だから、まずありのままがしっかり見れているかというのは、
> すごく重要なことなんです。

ここに記されている「ありのままを見る」というのがサイエンティフィックであることの基本だと考えています。また、サイエンティフィック=理系の話ととらえられがちのような気がしますが、「ありのままを見る」ことの重要性は、理系・文系を問わないと思っています。

このことは簡単なようで実は出来ていない場面に出くわす事が多々あったと思います(自分も含めてでしが)。

そう考えると、「ありのままを見」ようとする謙虚な姿勢を持ち続け、場合によっては自分の価値観や判断基準を否定する勇気を持てることが重要、と言ったほうが適切なのかもしれません。

4. Posted by dda40x   2021年05月05日 11:16
 客観性に欠ける人はある確率で存在します。誰が見ても明白なことを否定してはばからないような人は、自然に相手にされなくなります。
 自分が見たごく少数の例を全体に通用すると言い張る人もいます。間違っていると指摘されても、間違えるのが当然だと言う人もいますから、不思議なものです。多分幼少期の教育に問題があったのでしょう。たとえそうであっても、大人になると、自分の知識、能力がどの程度のものかは徐々にわかってきます。いわゆる自己相対化です。その部分が欠けていると社会生活ができなくなるのが普通です。
 何が正しいのかを知ることはサイエンスの根本です。おっしゃるように、「謙虚な姿勢を持ち続け、場合によっては自分の価値観や判断基準を否定する勇気を持てることが重要」というのは、その通りだと思います。
 最近非常に主観的な(誤っていることが多い)コメントがかなり来ます。すべて不採用にしていますが、恐らくこういう事に気が付けない人なのでしょう。
5. Posted by 岡目八目   2021年05月10日 23:26
その種の人は、自分には能力があり、正しいと信じていますから、このようなことを読んでも自分のことではないと、無視します。だから、何度も人の迷惑にも気付かず書いてきます。
dda40xさんは人が良いのでしょうね。普通ならアク禁にしますよ。

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