2020年10月02日

第一世代のGTEL

 GEの試作デモ機は東部の鉄道での試用を経てUPにやってきた。両運転台で、あまり良い形とは思えない。UPのような長距離を走る鉄道では、片運転台であっても何ら不都合はない。また、転向に要する場所はいくらでもある田舎である。
 UPは低燃費(低質油をタダ同然で買うことができた)に興味を示した。当時は沿線の炭鉱がストライキ中で、Big Boyをはじめとする高性能蒸気機関車群の燃費がかさむ時代であった。4-8-4、4-6-6-4は重油焚に改造したが、Big Boyだけは石炭を焚かないとボイラが歪む可能性があった。
 
 蒸気機関車と同等の引張力を持つ機関車を、次世代の機関車として確保しておきたかったUPは飛びついた。1年ほど試運転をし、片運転台の増備機を10輌発注した。これが第一世代機である。
 
 当初は、燃料タンクは車体の下にあったが、容量が少なく400マイルしか走れなかった。長距離用にテンダを付けることになった。廃車になった 9000(4-12-2)のテンダの炭庫を外してタンクを増大させたのだ。蒸気を吹き込んで加熱する。凝縮してできた水はどうなるのか聞くと、「放っておけば出て行く」と言った。
 吹き込む量は多い。その理由は単純である。タンクの熱絶縁が完全でないからである。だからテンダはかなり熱い。雨が降ると湯気が上がっているのが見えたそうだ。後に製造された分については、きちんと熱絶縁されているという。

 テンダの容量は非常に大きいので、一つのテンダを挟んで2輌の機関車を背中合わせにつなぐということもやってみた。しかしこれは大いに問題があったそうだ。
 ガスタービンは多量の空気を消費するので、トンネルの中では酸欠が起こり、後続の車輛に大きな影響を与えた。酸欠よりも、排気温度が高いのが問題だったかもしれない。家畜車の動物は具合が悪くなるし、この実験では2輌目の機関車の火が消えたことがあるそうで、それは取りやめとなった。高温の空気では、酸素が足らないからだ。単独でも、もっと大出力のガスタービンが必要であった。タービンの出力は低標高、低温度で増大する。UPの本線のように標高2000 m以上で、なおかつトンネル中のような高温では具合が悪くなるのは当然だ。

 一度火が消えると再着火するには、かなりの手間がかかる。テンダを越えて後ろの機関車まで歩いて行かねばならない。しかも未燃焼の重油が屋根から吹き出してそのあたり一面がべとべとであった。

 この第一世代のGTEL の模型は2輌持っている。一台はLPG専焼だ。塗装するばかりになっている。

コメント一覧

1. Posted by 妙高電鉄   2020年10月03日 11:48
タービン機関車で思い出し、小学館の「交通の図鑑」(昭和36年改訂版)を引っ張り出した。36頁「原子力機関車」。1両の長さが普通の機関車の2倍くらいある。絵には1両分しか描かれていないが2両で1組らしい。今見ると2両の間は連接式になっている。
機関車内に原子炉、蒸気タービンなどが描かれていて、(ライルホースト氏設計X号)とある。子供の頃、「タービン」がどんな物かわからなかった。
4〜5年前、この手の原子力と名の付くものが核兵器を肯定する為の米国のプロパガンダであった事を知った。
後半の「新しい機関車」という写真付きの項目に「ユニオンパシフィック鉄道の7000型 電気式ガスタービン機関車」があり、その車体には「2」の番号が。これが第一世代機ですかね?
同じ項目にDF50やED71が掲載されてますから同時代の機関車なのですね。
2. Posted by dda40x   2020年10月04日 10:00
 コメントありがとうございます。その図版はウェブ上でも見られました。
http://hiroshi2017.com/koutuno-zukan/

 この図は機関車全体の2/3しか描いていませんね。構想では前半がC-Cで後半もC-Cの連接で全体で12軸です。テンダは放熱器が積んであり、前半分は機関車の後半の台車とスパンボルスタで組み合わせています。テンダの後半は2軸台車に載っています。

 原子炉は遮蔽が最も大切で、この大きさではとても無理です。また沸騰水型ですから効率はかなり低くなります。不思議なのは国鉄も一応これを参考に絵を描いていたのです。

 UPの7000型というのはどこから来たのでしょうね。色々調べたのですが見つかりません。
 また、ペンシィのT-1の説明に蒸気タービンとあったのには、苦笑しました。

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