2019年09月11日

HOm

 鉄道模型が他の模型と根本的に違うのは、決められた線路の上を走ることである。それならば、縮尺よりもゲージが、その製作に当たって最優先に考慮される、ということは明らかなことであろう。HOゲージは線路幅が先に決まって、スケールは後に付いてきた概念である。相も変わらず意図的なウソにしがみついている人もいるようだが、勝ち目はない。飛行機や船は縮尺を決めて作られる。それらとは違うのだ。

 書き忘れたが、先日の本はイギリスの本である。執筆陣はかなりの有名どころを揃えている。TMSの1970、71、72年のミキストを調べたが、この本に関する記述は見つからなかった。読者の皆さんの中で、気が付かれた方はお知らせ願いたい。当然献本があっただろうが、都合が悪いから黙殺したのかもしれない。

 山崎神話は、無意識のウソ(無知から来たもの)であったが、あとでそれを持ち上げ、これが正しいと言って来た人たちは責任を感じないのだろうか。1970年代以降、外国からの情報はいくらでも手に入るようになっている。それなのにろくな調査もせず、間違った情報をばらまいてきた雑誌には、大いに責任がある。先日の不発弾では、「古い戦前のModel Railroaderを買い集めたり」などと得意そうに書いてあるが、それを熟読分析したわけではなさそうだ。眺めているだけではだめなのである。

 先日、1970年頃祖師谷のTMSを訪ねてゲージが先に決まったのでしょう、と山崎氏に質問した人の証言を得ている。
「これ以上俺にゲージとスケールの話をするな!」と怒鳴り付けられたそうである。客観的な人であれば修正するだろうが、彼はそうすることができなかった人である。それがここまで問題を長引かせているとは情けない限りだ。彼は外国の情報を遮断していたとしか思えない。

 今、少しずつであるが、NMRAのBulletin(会報)を通読している。NMRA結成当時の資料を大量に再掲載している部分がある。これを分析すると、もっといろいろなことが分かると思う。

 スケールを統一することを理念として挙げるなら、異なるゲージの車輛すべてを模型化して市販しなければならない。京王の車輛が出て来ないのはどういう訳だろう。線路(特に分岐)車輪の規格を全て決めて公表して市販し、ストラクチュアなどを大量に市販する用意ができてから言うべきであろう。

 本物のゲージごとの模型化をするということはあまりにも多岐にわたってしまい、とてもできないから、Bemo はメータゲージ(1/87.1にすると11.5 mm)をHOm(12 mm)として売っているわけだ。そう考えると、日本の12 mmゲージをHOmと言ってはいけない理由があるとは思えない。我が国での成立の過程を見ると、根は同じなのである。 

 10年後にはどうなっているのだろう。

コメント一覧

1. Posted by 標準軌   2019年09月11日 10:35
こんにちは 
かなり昔のことです。Nゲージの出始めのころ、TMS連載のNゲージのレイアウトの製作記が出始め、疑問に思った事を聞きたくTELをしたら道案内をしてくれたので伺った。たまたま”ヤマ氏”が居て縮尺・ゲージ論を聞こうとしたら、"TMS誌に書いてある通りだ!!”本をちゃんと読めと怒鳴られ、しぶしぶ帰って来た事があった。
何年かして”赤井哲郎”氏に話をするチャンスがあり当時の事を話したら丁寧に謝られた事がありました。
自分も、幼稚園のころから、父親が持っていた”科学と模型”・”MR"誌を字も読めない時代から見ていて、”デュアルゲージと縮尺”をMR誌の記事を見て育ちました。
2. Posted by たづ   2019年09月11日 23:09
ヨーロッパ流のHOmは、英語版ウィキペディアの”HOn30_gauge#H0e”の項の一覧表による限りでは、実物軌間
850〜1250mmをHOmで作る決まりのようです。
これに則っている限り、1/87・12mmの模型は、HOmが誤解を最小限にする名称だと思います。どうしても1/87で作る、という場合に限ってですが。
3. Posted by dda40x   2019年09月13日 22:30
 縮尺通りに拘る方は、自分の興味のある軌間だけに拘る傾向が強いようです。「HOは縮尺しか表さない」という表現は両刃の剣で、それを言うとまずいこともあるはずです。1067 mmゲージだけを言うのなら、12.3 mmゲージを謳うべきでした。12 mmと言ってしまったのですから、HOmが適する言葉なのです。
 そこに fine scale などと言う怪しい言葉を使ってしまったのが、間違いのもとのような気がします。もう少し広い視野を持ち、外国の文献をよく読んでいれば、正しい道を進めたように思います。
 私の意見は一部の人には誤解をされているとのうわさを聞きます。私は商業的なこと以外に対しては、何も申していません。商業目的でのウソはいけないということです。個人が何をしようが、それは憲法に保障された個人の幸福追求権です。愚行権のところに書いた通りです。

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