2019年08月09日

古いNMRAの会報

 NMRAに加入当時の冊子を、自分で合本にしたものがある。それをめくると、アナログ時代のありとあらゆる挑戦の記事が並んでいる。よくもまあ、こんなものを作るものだ、というのが目白押しだ。そういう意味ではTMSなどより、はるかに面白かった。当時これに夢中になり、いろいろなものを試作した。今でも作動する踏切警報器も載っている。それについては作者にいろいろなことを質問した。
 NMRAの本部はすぐに転送してくれて、返事が直接来た。さらに改良して、良い音が出るようにした。TMSが転送を拒絶したことは、今でも腹が立つ。吉岡氏の記事を見て、直接聞いてみたいことがあったのだ。のちに吉岡氏も、それを知ってかなり怒っていた。だから、NMRAが手紙を転送してくれたのは、本当に嬉しかった。

 Paul Shimada氏と会ったとき、その話をした。
「Mr.Yamazaki はすべての情報を自分で握っていたい人なんだね。そういう人に日本支部を預けるわけには行かない。情報は自由闊達に伝えられなければならないというのが、NMRAの精神だ。」
と言った。以前にも書いたが、Model Railroderも、Rairoad Model Craftsmanも、手紙を転送してくれた。TMSだけがおかしかったのだ。現在のTMSはどうなのだろう。

What is this? さて、この板は何だろうか。寸法を写し取って、5.5 mmのシナ合板を切り抜いたものだ。これに何か簡単なものを付け足して、天井に相当するものを載せると、完成である。
 これを作ろうと思ってから、早くも40年以上も経つ。材料はプラスティックでも、木材でも良いし、金属板でもよい。今年こそ完成させて楽しもうと思う。

 さて、何であろうか。


コメント一覧

1. Posted by 妙高電鉄   2019年08月11日 01:24
5 「ポール・シマダ」という名前、どこかで見たぞ?と思い、古いTMSを引っ張り出した。あった!1973年3月号No.297のミキスト。
GD鉄道の「ジョンアレン、永眠す」という手紙を山崎喜陽氏に送った人でした。そこにシマダ氏の写真も掲載されており、ジョンアレン、彦坂正(レイアウト全書掲載の大レイアウト)と共に写っておられる。
実はその写真を見た時、てっきり俳優の「市村俊幸」(大昔TVによく出ていた。黒沢の「生きる(ピアニスト)」「牛乳屋フランキー」)だと思った。写真の体格、横顔が似ていたんです。←アホかいな?
その時はNMRAの関係者ぐらいだとしかわからなかったが、この記事のおかげでシマダ氏のことが少しは理解できました。
勉強になりました。ありがとうございます。
2. Posted by dda40x   2019年08月22日 06:51
 確かに市村俊幸に似ていますね。
 私が会ったのは1986年の後ですから、もう少し老けていました。
サクラメントで大きな農場を経営していましたが、銃の事故で指が変形したと言っていました。
 日本には時々行っていました。カツミに居た高橋 淑氏とは親しかったようです。

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