2019年05月25日

模型を走らせるためには

 以前も書いたが、模型は本物とは異なる。

 曲線を通る列車がなぜ曲がるのか、という単純なことさえ、本物と模型は大いに異なる。本物は遠心力が大きいのでフランジが当る。フランジの摩耗は保守上、大切な点検箇所だ。しかし曲線半径が相対的に小さい模型でも、設計手法によっては、それを避けることは可能である。稚拙な設計では当たる。RP25は確実に当たっている
 本物と模型とでは材質が異なるし、速度が異なるので、摩擦係数が異なる。人も乗っていないのだから、乗り心地は考える必要はない。本物業界の人の中には、本気でそれを主張する人がいるが、全く考慮に値しない。

 模型では遠心力は無視できるほど小さい。カントの効果は無いに等しく振り子電車(自然振り子)の実現は不可能である。

 模型の曲率は大きく(急カーヴである)、線路は実物に比べてずっと不整である。路盤は実物に比べてはるかに堅く、サスペンションは実物の目的とは全く異なる目的のみの為に存在することになる(脱線防止、集電向上のためである)。人は乗っていないから、バネによる乗り心地向上など考慮しない。

 鉄道模型はそのような条件下で作られてきた。ゲージはいくつかに集約され、フランジ厚み、高さは必然的にある大きさを使わざるを得なかった。したがって、タイヤはある程度の厚さを持たせないと、フログで落ち込んでしまう。
 そういう中で多少はファイン化が進み、現今の規格ができたわけだ。要するに、完全縮尺ではうまく行かないことが多いから、現実路線を採っているわけだ。

 模型人の中で少数の人たちは、それでは飽き足らず、より実物に近いものを欲しがり、既存のものの一部だけを改変した物を作り出した。最初はゲージのみだったが、徐々にフランジ形状、タイヤ厚みを変えていった。総合的な力がある人が指導者になり、線路ゲージを頒布し、車輪も提供できれば問題はなかったはずである。しかし、それらの一部が欠如している場合が多く、出来たものの中には、直線の往復しかできそうもないものもあるようだ。

 模型は実物の完全縮尺では機能しない。これは、工学を修めた人ならだれでも知っていることである。飛行機はその点顕著であり、レイノルズ数という概念が導入されている。その他の場合でも、縮小されたものは実物の挙動とは全く異なる動きをする。それなのに、線路幅だけは実物に似せたいという欲求に負けてしまう人が、ある程度の数、居る。そういう人は、フランジ厚さ、車輪の厚さは考えないらしい。要するに、理想的に、「静止した模型」を考えているだけではないか。

 走る模型では、いろいろな点で「インチキ」を認めざるを得ないのである。それが大人の考え方である。部分的に「インチキ」を排除しても、破綻することが多いし、その労力たるや、他所事ながら心配するほどである。「実物通り」という言葉に拘るのは考え物であるということだ。過去に、実物通りと自慢する模型をいくつか見たが、素晴らしいと感じたものは無い。見かけは良いが、挙動がおかしいのである。車体は堅く、しなやかには走らない。
 
 先月、2週間ほど船に乗っていたので暇があり、アメリカ人の模型観と、日本人の模型観との差を、友人と討論しながら考えた。

コメント一覧

1. Posted by Tavata   2019年05月26日 09:56
鉄道模型にとって、2乗3乗法則は最も大事な法則だと、私は思っています。
もちろん、この法則は模型全般に言えることなのですが、鉄道模型の場合は「実感的に」走らせようとするので、この法則がより一層際立ちます。
ラジコンはスケールよりかなり高速で機敏な機動を楽しみますが、鉄道模型はゆっくり重々しく走る「勇姿」を鑑賞したいからです。
また裏返して、この法則があるからこそ素人でも鉄道模型を安心して扱えるのだと思います。模型が実物並みの剛性(フニャフニャ)では鷲掴みした瞬間にスクラップですし、模型製作時の重量・重心位置の管理もほとんど要りません。超急カーブも縮小模型だからこそできることで、実物の台車の首振りを無制限にしても、とても無理な話です。

軌間と車両の縮尺一致はポリシーとしては私は良いことだと思っています。
線路と車両全体の雰囲気が模型としての実感性を盛り上げると思うからです。
ただし、そういった拘りを実現しながら鉄道模型としての性能をスポイルしないためには、舞台裏に実物とは全く違ったカラクリ(車輪形状やイコライザなども含む)を作り、dda40x氏の言う「インチキ」を入れることが必要だと思います。

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