2018年07月30日

二人のビジネスマン

 この三成氏の生き馬の目を抜くような離れ業で、窮地に陥ったアトラス工業は息を吹き返した。看板を掛けさせてやったカツミも、その恩恵を十分に受けた。大したものである。
 ライアン氏はIMPのような作り方をするなら契約しないと言った。厚い板を使って、正確に切り、曲げ、ハンダ付けを完璧にするよう求めた。

 この二人はPFMの歴史を語る上で、最も重要な役割を果たしている。即ち、この二人がRainmaker である。
 沙漠に居る人には3つのタイプがあるだろう。一つ目は雨が降らないかなあと願う人。二つ目は雨が降る地方に引っ越す人。三つ目は雨を降らせることができる人。この2人はまさにそのタイプの人間である。
 IMPは二つ目であった。たまたまそういう時期に日本と接触しただけで、それ以上のものではない。それでは日本の職人たちはというと、まさに一つ目の人たちであった。腕はあるが仕事がない。誰か仕事を持って来てくれないかなあ、と思っていたのである。


 IMP時代のハンダ付けは、中学生がアルバイトに来てやっていたと、安達庄之助氏から聞いた。へたくそなわけだ。持つと壊れるのも当たり前だ。そういう中で、著名なクラフツマンが何人か見つかった。


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