2018年07月26日

続々 一次情報 

 Drew氏、三成氏にはある程度のファンが存在し、神格化されているという話も聞く。彼らのことをありのままに書くと、まずいことになりそうだと忠告してくれた人もいる。客観的な話のみにする。
 既に本になっているもの、ウェブ上の情報、伝聞(二段階以上の伝聞)は、筆者の価値観では何の意味もない。とにかく一次情報だけを書く。現場で見た人、写真を撮った人、相手と直接話をした人を探してインタヴュした記録だ。

 ビジネスマンとして優秀だったのは創業者のBill Ryanである。彼のポリシィが続けられたから、PFMは存続できた。ライアン氏は剛腕で、必要とするものはすべて集めて、ビジネスを立ち上げた。
 彼の言葉は有名で、当時を知っている何人かの人が全く同じことを証言した。

金はいくらでも出すから、最高のものを作れ。

 ライアン氏は、IMP International Model Products の製品にはまったく不満であった。「おもちゃを作るのではない。模型を作るのだ。」と連呼したそうだ。

 祖父江氏もそれには同感で、
IMPの板は薄かった。Oゲージの模型が 0.25 mm の板なんて冗談じゃねぇよ。最低0.5 mm以上はないと持てねぇじゃないか。握ったら壊れっちまうぜ。大体ねぇ、フレームが 1 mmの板なんて駄目なんだよぉ。しかもそれがプレスで抜いてあるもんだから、伸びちまって軸距離が合わねぇんだ。その点、ロボゥは砲金の鋳物を横フライスで削ってあるから大したもんだったよ。
 ライアンの方針は嬉しかったよ。良い模型ができるってね。マックス・グレイよかぁ、モノがよく分かっていた。もっとも俺はOゲージの方だったから、あんましHOの仕事はしてねぇんだけどね。」

 ライアン氏が来なければ、日本の鉄道模型はIMP路線の延長上を走っていた可能性が高い。IMPの貨車はいくつかあるが、どれもこれもへろへろの板で、補強を入れないと走らせられない。連結しただけでも壊れてしまう。 


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