2017年03月13日

Kimpei Sofue’s life  (7)

 国内で祖父江氏のOゲージ模型を欲しがる人は多かったが、祖父江氏には新規にそれを作る資力がない。そこで、神戸の地震で亡くなった魚田真一郎氏が良い方法を提案した。買いたい人から毎月一定額を集めて、それで新しい機関車を作ってもらう。1年ほどで、注文者は新しい機関車を受け取り、祖父江氏は注文数以上の機関車を個人的に売ることができる。一部はアメリカに私自身が持って行ったし、直送もした。この方法は祖父江氏に素晴らしい機関車を作り続けてもらう、良い方法だった。

 こうしてできた機関車は3条ウォームとボールベアリングを装備し、テンダには抵抗の少ないLow-D車輪を付けていた。こうしてこの特製品を作る方法は10年ほど稼動し、C&NW H-1, CB&Q O-5, SP5000, ATSF 4-6-4, PRR DD1 が完成した。それと並行して、古いKTM製の機関車の動力を、3条ウォーム、コアレスモータ、ボールベアリング化する改装工事を引き受けた。こうして2009年10月27日午前2時の突然の死まで、彼は仕事を続けることができた。彼は87歳の人生を終えた。

 私は彼と35年余の長きに亘って良い友達であった。私は彼の顧客であるが、写真、図面を入手するのに手を尽くした。それ以外に新技術の導入の手伝いをした。いわゆるlaunching costomerである。(ローンチング・カスタマーというのは、新型航空機を発注して導入する会社が、設計時から深くかかわる時、その航空会社のことを言う。)我々はいつも助け合った。ある時、祖父江氏はこう言った。
「あんたには本当に感謝するよ。あんたがいなけりゃ、俺はとっくに廃業して、アル中になって逝っちまってたよ。」 
 私は彼の友達として、かくも長くお付き合いできたことを、誇りに思う。 

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