2017年03月03日

Kimpei Sofue’s life  (2)

 祖父江氏は1922年、東京に生まれた。父親は建具職人であった。父方の伯父は日本刀の鞘を作る職人であった。祖父江氏は中学校時代からブラスの切れ端で蒸気機関車を作っていた。科学雑誌を見て知識を得、駅で本物を見てメカニズムを理解した。
 彼は本物の機関車の部品を作る工場に就職した。速度計、インジェクタ、自動逆転器、汽笛、ベル(満鉄の機関車用)などを作った。そして会社の中の学校に通う許可を得た。そこでは図面の描き方、機械工学を習った。これが彼の作る機関車が他と違う理由である。
 戦争中は軍艦の部品を作る工場で働いた。彼の技量は傑出していて、兵役を免除された。他の誰も彼の代わりができなかったのである。戦争中でさえも、彼は小さな機関車を作っていたという。(訳者注 3台作ったが、戦後の混乱期にGIに売って食べるものになったそうである。)

 戦後、日本は連合軍によって占領された。彼はKTMで工場長として働き始めた。KTMはもともとはゴム動力の飛行機模型を売っていた。たくさんの兵隊が、彼に機関車の模型を作るように頼んだ。写真を数枚と、車輪径などの諸元しか寄こさなかったが、彼は1週間に1輌!ほどの速さで作った。
 ある将校がKTMにロボゥの機関車を持ってきて、そのコピィを作ってくれと言った。ロボゥは素晴らしい模型メーカで、いくつかのアイデアはKTMによって使われた。たとえば、先台車のセンタピンは長いネジで、シリンダ・ブロックを貫通してボイラを留めた。また、KTMのモータはロボゥの形を真似ている。

 東京の立川基地の格納庫の天井裏にはなかなか良いOスケールのレイアウトがあった。祖父江氏は背が低くて見えなかったので、誰かが肩車をして、見せてくれた。それは15メートル角くらいの大きさで、素晴らしい出来だった。そこには祖父江氏の機関車が走っていた。その場所には何度か連れて行ってもらった。

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