2017年03月01日

Kimpei Sofue’s life  (1)

日本語版を発表してくれという要望が多いので、しばらく連載することにした。

     祖父江欣平氏の生涯

           マックス・グレイに機関車を作った男
 
 70年代の中ごろ、アメリカで見るHO、Oの機関車は、ほとんどすべてが日本製であった。日本で誰が作っているのか、全く見当もつかなかった。 
 日本に帰ってから、友人がHOのいろいろな製造所で機関車の図面を描いていたという老人を紹介した。(訳者註  椙山氏が酒井喜房氏を紹介してくれたのだ。) 彼曰く、「祖父江さんに会うべきです。その人がKTMのOゲージの機関車を作っている、まさにその人ですよ。」
 私は、たった一人の人がKTMのほとんどのOゲージ機関車を作っていると聞き、とても驚いた。Oゲージのみならず、その設計がHOの機関車にも使われていたという。私は東京の郊外の田舎にある祖父江氏の工場を訪問してみようと思った。

 彼の工場は小さく、6 m X11 m ほどの作業場であった。3台の旋盤のうち1台は中型、残りは小型である。足踏みプレスが2台、型削り盤が1台、縦フライス、横フライス各1台、足踏みシャア1台、コンタマシン(いわゆる縦型帯鋸)、ボール盤数台とタッピングマシン2台があった。一角には簡単な鍛冶屋をする場所があった。ほとんどの特別な刃物はここで自作して焼きを入れていた。一番大きな機械は湿式研削盤である。これは自製のプレス型を研削して平面にする装置だ。

 3,4人の女性が主としてハンダ付けをしていた。祖父江氏は彼女らに組み立てさせる”キット”を作っていたのである。もちろん奥さんも手伝っていた。私が彼女らのハンダ付けを見ていたら、祖父江氏は聞いた。
「あんたはハンダ付けはできるかい?」
「もちろんできます。」と答えたので、私がハンダ付けする準備をしてくれた。

「駄目だ。」と彼は長いブラスの棒(断面は 3 mm X 25 mm)で、私の手首をぴしゃりと叩いた。「そんなんじゃ駄目だね。」と、彼は肘を机の端に付ける方法をやって見せてくれた。(次ページの私が鋼製トラス橋をハンダ付けしている写真を参照されたい。)これが、強い圧力を掛けながら鏝先を正確に制御するコツなのだ。
 彼が言うには、ハンダ付けは温度だけではなく、圧力で出来るのだ。熱い鏝はたくさんの熱量を持ち、先端には平らな面がある。押し付けると、熱エネルギィは短時間にワークになだれ込むのだ。私は練習生で、彼は厳しい教官であった。私は彼のところによく通って、模型の作り方を習った。 

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