2016年03月02日

すっぱい葡萄

 コメントを戴いた中に、非常に興味深い一文があった。
「酸っぱい葡萄だと思うことで自分を慰めてしまう」とある。これは言い得て妙だ。

 イソップ童話にある文章を心理学者が引用した文章を取ったものだ。
 高い枝にたわわに実った葡萄を見つけた狐が、飛び上がってみても全く届かない。何度やっても出来ないので、「フン、あんな葡萄はどうせ酸っぱいのさ。僕はいらないよ。」と捨て台詞を残して狐は去るというお話だ。
 
 実はこれとよく似た経験がある。ある会場で3条ウォームの機関車が40輌ほどの貨物列車を軽々と牽いた。「すごいね。」と車輪を褒めてくれる人があり、その車輪をたくさん購入された。
 そうしたら、「あんなものは要らない。無駄だ。あそこまでやる必要はない。」 と言っているのが、どこかから聞こえてきた。

 その人は電車屋さんで、貨物列車には無縁の人だ。Low-D車輪は要らないのかもしれない。でも取り換えれば静かになるのだから、それはそれで価値がある筈なのだが、その意味を見出さないのだろう。ジャーという音を出して電車は走っていた。 

 趣味の世界では、人それぞれが持っている目標がある。筆者は、「走行性能を極限まで上げたい。本物のように走る模型が欲しい。」それだけである。何をすべきかを高校生の時から考えている。何十年か掛けて、一応やるべきことはすべてやってみた。できるはずだけどやらない、というのは嫌いだ。全部やってみた。
 その経験の中で、これはやっても無駄、金と暇を掛ける価値がない。しかしこの方法は何が何でもやるべきだ、という取捨選択ができて現在につながっている。 

 関節式蒸気機関車にはモータを2台取付けるというのは、不可欠なことだ。1台では、運転の面白みに欠ける。しかし、「そんなもったいないことをするとは・・・」というご意見もある。 

 車輪のフィレットを大きくするというのも不可欠なことである。これをやらないとたくさん牽けない。これは実験で確かめられている。しかし専門家の人は、ありとあらゆるチャンスをとらえて、理論的に間違っていると決め付けている。
 その人は本当に専門家なのだろうか。120輌の本物の貨物列車を急曲線で走らせている専門家なのだろうか。もしそうであるならご意見を傾聴したいが、とてもそうとは思えない。これも葡萄の話を思い出してしまう。 


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