2015年12月25日

機玄

114_4355 「機玄」という本を紹介したところ、その内容についていくつか質問を戴いた。

 この本は私家版で市販されていないのに、国会図書館にある。この本を西尾音吉氏が印刷され、いろいろな方に配った。TMSの山崎喜陽氏も受け取っている。当時のTMSにはこの話が少しだけ載っていた。その号を探し出せないのだが、「要するに総論は賛成で各論は反対」というような書き方だったと記憶する。

 機という字は「はた」とも読む。大昔は機織りというものは、世の中で最も複雑な器械だった。それから来ているのだろう。玄という字は人名で「はじめ」と読む人がいる。つまり機械の始めという意味だろうと推測する。せっかく書名になっているのだから、どこかに説明があると思ったのだが、その説明はない。表題の「機械美のルーツと機関車や機械を創る時の働き」を見て理解せよということらしい。

 模型は手で作れ、機械で作った模型より手で作ったもののほうが良い、と主張されている。これは達人の世界の話で、祖父江氏や伊藤英男氏のような方たちはそうだろうが、我々は機械で作ったものの方がよほど出来が良い。
 蒸気機関車の場合は手作業できれいに作ってあっても、走らせると悲惨な揺れを見せるものが多い。機能という点では機械で作ったものにはとても敵わない。精神論だけでは勝てないのだ。

 西尾氏は戦前に有名人であったので、筆者が若いころ、年上の著名人たちが、西尾氏を招いて話を聞いた。筆者はそこで末席に座っていたのである。2時間ほど持論を説明されたが、筆者には理解不能であった。他の方たちに聞いてみても、「あの人は戦前にはとても有名な人であった。」と言うのみで、お話の解釈については聞くことはできなかった。

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