2014年09月13日

続々々々々 土屋 巌氏の死去

 土屋氏は単なるコレクタではない。自ら工作をされる方であった。しかもそれが実にお上手である。会社の社長室は工作室であって、ありとあらゆる素材が用意されていた。
 大物は会社の設備を使って加工するので、精度が出る。筆者もジグの部品をいくつか作って戴いたことがある。

 土屋氏は遠州鉄道のナロゥ・ゲージがお好きであった。かなりの作品を残されている。実物を見て写真をたくさん撮られている。藝大で同級生だった田宮督夫氏を訪ねて、静岡に遊びに行ったことがあるのだ。督夫氏は田宮模型の社長俊作氏の弟である。
 面白い小さな鉄道があるというので駿遠線を見に行き、全線に乗車したそうだ。

 10年ほど前から、土屋氏はナロゥ・ゲージに力を入れ始め、バックマンのGゲージを楽しんで来られた。1/20.7サイズの模型をたくさん集められたが、やはり日本の模型も欲しいということになり、駿遠線のモデルを作り始めた。
 762 mmを1/24にすると31.75 mmになるから、Oゲージの線路と車輪が使えるということに気が付き、車輪をLow-Dで作った。下廻りはブラスで、車体はプラスティック板から作られた。実に写実的で美しい模型であった。塗装は御専門であるから、素晴らしい仕上がりだ。全部で10台ほど作られたと記憶している。

 10年ほど前のJAMでGゲージの大きなレイアウトを出展されていたことをご記憶の人もいるだろう。巨大なTimber Trestleの上をサウンド装置付きの機関車が大きな音を立てて走っていた。あのレイアウトも土屋氏の自作である。色調が独特で、実に渋い。実物の色調をよく見ていらしたからだ。

 海外に御一緒すると、土屋氏は街の色、自然の色を丹念に観察されていた。次にデザインする車をそこに置いたとき、どのように見えるかを考えていたのだ。
 ホームセンタに行くと、ペンキ売り場で色見本をたくさん手に入れ、大事に持って帰った。
「日本にない色もあるからね。」


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