2014年09月07日

続々 土屋 巖氏の死去 

 土屋氏は祖父江氏の改造した機関車を大変気に入り、全ての機関車を改造した。重いブラス製客車もボールベアリングを装備し、極めて軽く動くようになった。たくさんある貨車にはLow-D車輪が装着された。 長い編成が慣性をもって走る様は、非常に実感的である。筆者の車輌も持って行って、会社の大きなレイアウトで走らせて遊んだ。

 18年前、土屋氏は体調を崩して入院した。癌が見つかったのだ。幸い手術は成功したが、土屋氏はその後の不安を訴えた。
「dda40xさん、自分が死んだら、この素晴らしいOゲージの模型はどうなるのだろう。いろんな奴らが来て、『これはくれることになっていました。』などと言って、持って行ってしまう。もう狙っている奴もいるのだ。」
「まさか、そんなことはないでしょう。」
「いや、心配なんだ。自分が心血を注いで集め、祖父江さんに頼んで改造した機関車がばらばらになるのは許せない。万一の時はdda40xさんがまとめて保管してくれ。カミサンにはそう言ってある。」
「うちはそんなに広くないのです。」
「準備をしていてくれ、ということだよ。」

 それから土屋氏はさらに2度の手術を受けたが、特殊な抗癌剤のおかげで回復し、一緒に海外旅行もできるようになった。しかし、将来への不安は大きくなっていった。

 本年3月、土屋氏は電話を掛けて来られ、「近々に直接会いたい。」とおっしゃった。出向くと、
「実は、もう余命が3ヶ月しかないんだ。医者に、『治療は終わりです。』と言われてしまった。ホスピスを探せってさ。この子たちはどうなる。自分が死んだらどうなってしまうのだ。」
 言葉を失った。

「息子たちは興味がない。自分が死んだら捨てられてしまう。dda40xさん、あなたに頼みたい。博物館を作ってくれ。全ての模型を一括して管理して欲しい。あなたにしか頼むことができない。」
 同席されていた奥様も、「よろしくお願いします。経済的なサポートはさせて戴きます。この人の夢をかなえてあげて下さい。」とおっしゃった。

 大変なことになってしまった。
 
 それから一月、運良く空き店舗を見つけ、それを無期限で借り受けることになった。

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コメント一覧

1. Posted by たづ   2014年09月07日 11:09
今年6月あたりの、博物館建設の経緯がやっと分かりました。
ご自身が大事にされてきた模型たちが、本当に大事にしてくれる人の許へ行くならまだしも、本人の存命中から譲り受けを狙っているような人たちはまずそういう事はない。
十中八九、換金目当てでしょう。
そういう連中の許へ渡ったら、元の持ち主も模型たちも不幸です。
これはOゲージに限らず、手製のものがコレクションの過半を占めるモデラーであれば、全て当てはまることだと思います。
今はNPO法人という手もありますから、各地の模型クラブは早々に法人化の必要があるかもしれません。
2. Posted by 一式陸攻   2014年09月07日 13:54
そのような運びで博物館を設立されたのですね。
自分のコレクションが離散してしまうのは許しがたいという思いには、深く共鳴いたします。
また、死んだら自分のコレクションは好きな人に譲ってやって欲しい、という方もみたことがあります。
どちらが優劣というわけでなく、夫々模型への思いの深遠さを感じます。
3. Posted by dda40x   2014年09月09日 05:14
土屋氏のコレクションは「祖父江氏によるカスタムメイドのメカニズム」を中心にした、摩擦の少ない車輌群です。それがこれほど集まったのは、例を見ないことです。
それらを、実際に運転してふつうの模型との違いを見せるところに価値があるわけです。単にガラスケースに入れて保管するのでは、意味がありません。

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