2014年09月03日

土屋 巖氏の死去

土屋 巖氏 2 土屋 巖氏が、昨日死去されたことを、ご家族から知らされた。1937年生まれであるから77歳であった。写真は2014年5月筆者撮影。
 土屋氏はその世界では著名なデザイナーであった。世界中の車の1割弱が土屋氏のデザインであった時代があったのだ。ご本人曰く、「世界一のゴーストライターさ。」
 クライアントとの契約があるので、車種は明らかにできないが、日本車はもちろん、韓国、中国、インド、イラン、フランス、アメリカをはじめとして多くの乗用車、バス、トラックをデザインされていた。鉄道車輌も特急列車の半分弱は土屋氏の作品である。航空機の内装なども手掛けられた。

 筆者とはちょうど30年のお付き合いを戴いたことになる。何度か海外にご一緒し、ビジネスのお手伝いをしたこともある。知り合ったのは、カツミ模型店が主催したOゲージの運転会であった。筆者の機関車の走りを見て、質問された。
「いったい何が違うのだ?こんなに良く走る機関車は初めて見た。」
「何もかも違うのですよ。機関車のボディはKTM製ですが、下回りは完全新製です。モータも、ギヤも、軸受も、ロッドまでも違うのです。」
と答えたら、「ウーン」と唸ったきり、黙ってしまった。

「うちに来てくれないか?」と言われて付いて行ったところ、大変立派な御屋敷で、Oゲージの機関車がたくさん飾ってあった。
「どいつもこいつも、まともに動かないんだ。電流ばっかり喰ってさ。あなたのメカニズムで行きたい。改造してくれないか?」

 当時筆者は大変忙しく、自分の工作をするのが精一杯であった。
「私にはその改造を引き受ける時間がありません。でも、素晴らしい職人が居ますから、ご紹介しましょう。」

 その次の週、筆者は土屋氏の車で、祖父江氏を訪ねた。土屋氏は祖父江氏の作品をいくつか見せて貰ってから、
「少し持ってきたから、改造をお願いしたい。」と、車のトランクを開けた。10台もあった。

 祖父江氏は電話を掛けて来て、「大変な人を紹介してくれたね。一台ずつ改造してたんじゃ、間に合わないからさぁ、量産体制を取るよ。部品を設計し直すから、ひと月くらい、待って貰うようにお願いしてくれ。」

 以来、土屋氏は祖父江氏の重要な顧客となり、3条ウォームの標準化に貢献されたのである。 

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