2014年08月08日

続 吉岡精一氏の死去

 吉岡氏は受け継いだトウガラシ畑からの一次産品を処理するだけでなく、中国での栽培も手掛けた。中国でのビジネスの厳しさを何度となく聞かせて戴いた。日本のトウガラシを持って行って栽培しても辛味が薄くなるという話もあった。
 家内工業から近代的な工場へと脱皮させ、大きく成長させた。工場を見学させて戴くと、吉岡氏らしい様々な工夫があることが分かる。

 吉岡氏の住宅も御自身の手による設計である。最初のお家も御自身の設計のすばらしいものであった。建築雑誌に載るほど洗練されたデザインであったのだ。ところが隣の病院の拡張により立ち退きを迫られ、代替地に選ばれたのは廃止された鉄道の駅の脇であった。
 庭は公園と間違えて入って来る人があるほど広く、素晴らしい。

 吉岡氏は東京生まれで、ちゃきちゃきの江戸っ子である。祖父江欣平氏の言葉を聞いて、「ああいう巻き舌の江戸言葉は久し振りに聞いたよ。」とおっしゃったのが印象的であった。お手持ちの全ての機関車の動力機構は、祖父江氏のところで三条ウォームに改装された。その時、祖父江氏は、「素晴らしい能力のある方だねぇ。あんな人が〇〇〇の社長だったら、日本の鉄道模型はこんな状態にはならなかっただろうよ。」と仰った。

 どの順番に繋いでもよい、互換性のある組立て式線路を設計され、筆者、魚田真一郎氏と土屋氏、そして吉岡氏で半径2900mmの複線を発注した。Oゲージだけでも合計3セットである。他にOJ用もあった。合わせると結構な金額になり、受注した木工所は張り切って作ってくれた。神戸の震災で潰れたものを除いて2セットが、今度の博物館の線路として利用される。
 この線路は、饋電線を内蔵したホゾ継ぎの高級仕様である。カントも付いていて素晴らしい出来である。ゴムを制震材として採用しているので、走行音が実に良く、実感的である。この音響効果については吉岡氏が10年以上かけて研究されたものである。

 イコライジングは理論だけでなく、様々な試みを実現したモデルを作られ、実際に走らせて挙動をテストされた。理論だけで終わらない実践家としての主張は、傾聴すべきところが多かった。

 ご自宅に伺うと、物理実験に使うような精密電流計、可変抵抗器、定電圧電源を並べて機関車の性能試験をされていたことが多い。旧来のモータ、ギヤでは効率が10%台であったのに、筆者の三条ウォームとコアレス・モータを採用すると50%以上もあることに、とても驚かれた。

 そこで「モータ調書」という論文をものにされた。コアレスモータの特性を順次測定され、目的別のギヤ比の策定をし、負荷が掛かった時の回転数の落ち具合を調べられたのだ。
 すなわち、重連をしても問題の無い組合せを探し出されたのである。現在はDCCであって個別調整が効くから意味が無くなってしまったが、DC二線式の時代には重要な意味のある論文であった。

 吉岡氏の口癖は、「客観的なデータを出せ。」である。それは筆者の仕事と重なるところも多く、様々な測定値を送ると、測定時の条件を必ず問い質された。

コメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価:  顔   星
 
 
 
Recent Comments
Archives
Recent TrackBacks
Categories
  • ライブドアブログ