2013年07月09日

続々 Bob Longnecker氏のこと

 内野日出男氏はアマチュアではあったが、その抜きんでた腕を生かして、模型店のパイロットモデルの製作のアルバイトをしていた。
 PFM‐KodamaのK-27の試作時に、内野氏は温めたアイデアを全て詰め込んだのだそうだ。それを見て驚嘆したのが、PFMの技術顧問をしていたボブであった。あわてて日本にやって来て、作者の内野氏と会ったと言う。それ以来、極めて親密な関係を保っていた。

 内野氏は建築士であるから、その作品には機構的に怪しいところはない。そこがボブの眼に叶ったのである。TMSの旧号にはいくつかの作品が載っている。TMSの山崎氏は作品を見て、かなりショックを受けたらしい。どれもアマチュアの作品ではないレベルだったからだ。
 OJの作品が多い。軌道楽会では主力メンバーであった。個別の機種を挙げるのは控えたいが、模型店のパイロットモデル製作は非常に多い。 

 ボブは当時開発されたばかりのコアレス・モータを日本に初めて持ち込んだ。それを内野氏に渡して、機関車に搭載した。内野氏は、二つのモータの線を結んで廻した。するとあたかも軸がつながっているように、片方廻すともう一方が回転するのを見て、驚いた。
 筆者が内野氏との知遇を得たのは1980年頃だと思う。東京駅の地下で吉岡精一氏に紹介された。お勤めの都庁から近いのでそこを選んだのだ。ビールを飲みながら楽しくお話を聞かせて戴いた。その時もボブの話が出た。

「シアトルに行きたいから、その時は頼むよ。」ということであったが、互いに多忙で、それが実現したのは20年後であった。

 しばらく休載する。実は避けられない用事があってアメリカに来ている。10日ほどで帰る予定である。


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