2012年08月06日

Smithsonian

 スミソニアンの博物館群に行ったのは70年代前半、80年代後半である。この二回の訪問ではさほど大きな変化はなかった。今回はあまりにも変化が大きく、新しい博物館に行ったような気がした。変わっていないのはアポロ11号の本物があることだけである。
 一時期、ここには広島に原爆を落としたB29「エノラ・ゲイ」を展示してあったが、色々な議論ののち、ダレス空港付近に移送された。B29はそれほど珍しい機体ではなく、筆者はいくつかの場所でそれを見ている。先のデイトンにもあるし、オグデン郊外にもある。またソウル市中心部にも置いてある。

712_5194-2712_5193-2712_5212-2 ここの航空博物館は宇宙開発、民間航空、第二次世界大戦、それ以降という分け方になっている。スカイ・ラブの実験棟の実物やソユーズなどは見ごたえがある。

712_5198-2712_5204-2 真珠湾攻撃とミッドウェイ海戦の様子は克明に説明してあり、零戦が観客に襲いかかる角度で展示してある。この博物館には、ある意志が感じられる。アメリカを攻撃したものは必ず撃退するというものだ。
712_5208a712_5199a この二枚の絵などはその選定の背景を考えさせられる。これらは明らかに日本人の筆によっている。戦争中に描いて接収されたものか、あとで描いたものかは分からぬが、どうしてこの絵がここになければならないかと考えることを、見る人に迫る。(写真は栗生弘太郎氏によって収差等を取り除いて戴いた。)
 博物館は洗脳装置であると誰かが言っていたが、そうかもしれないと感じた日であった。

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コメント一覧

1. Posted by northerns484   2012年08月06日 16:51
> この博物館には、ある意志が感じられる。
> アメリカを攻撃したものは必ず撃退するというものだ。  
> 博物館は洗脳装置であると誰かが言っていたが、

私は1995年に訪問しました。各々の展示は楽しかったのですが、全体的なトーンとして戦争の意義を積極的に肯定しているように見えたのが、違和感として残りました。他の博物館と比べても際立っていると思います。

> 一時期、ここには広島に原爆を落としたB29「エノラ・ゲイ」を展示してあったが、色々な議論ののち、ダレス空港付近に移送された

ちょうどエノラ・ゲイの展示の件で議論が起きた後だったと思います。何故そういう議論が起きるのかということと、上記の違和感とが併せてひっかかりましたが、その後の見聞で、アメリカが原爆使用に踏み切った理由の一つは、戦争を早く終結させ、自国民の被害者をこれ以上増やしたくないという思い、もしくは世論があったから、と理解するようになりました。
日本では、原爆のような悲惨な結果をもたらす兵器を使ってはいけないという論調が前面に出てきて、それには賛同するものの、アメリカ側の言い分に踏み込んで議論されることが少ないように思います。
エノラ・ゲイの日本語版Wikipediaの「スミソニアン博物館展示騒動」と英語版Wikipediaの「Exhibition controversy」とを見ても大きな差があります。日本語版は、なぜ騒動になったかの理由が読み取りにくいのに対し、英語版は、議論となったポイントが明確です。
未来を創るには過去に何が起きたかを正確に認識しようと努力することが第一歩だと考えているので、少々残念に思います。
2. Posted by dda40x   2012年08月09日 07:52
原爆投下については様々な議論があります。

戦争は最大の人権侵害であって、相手の人権を完全に無視しなければ殺し合いはできません。彼らに白人とアジア人の命の値打の比較があったことは間違いのない事実です。

真珠湾攻撃も日本の外務省の怠慢により通告が遅れたことと、米軍の連絡不足であったことは周知の事実ですが、ここでは一切触れていません。ただ卑劣な奇襲攻撃ということを前面に押し出しています。
一般的に開戦は奇襲攻撃で始まるのが常なのですが。

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