2012年02月03日

続々々 Hudson 

 ボイラ・バンドの位置が違うのである。ゆったりとした雰囲気があるのは、そこが違うからである。

O gauge この機関車は1/43である。当時は湯山一郎氏の提唱により、標準軌間も狭軌も同じ線路を走らせるという目的で、アメリカ型は1/48、欧州型は1/45、日本型は1/43というサイズを採用していた。筆者はアメリカ型しか持っていないのでよく分からないが、この大きさは手で握って持ち上げるときに、同じくらいに感じるのだそうだ。客貨車は1/45で作ることになっていた。

 レイアウトのない時代であり、組み立て式の線路上で何台牽くかということが話題であった頃であるから、それで良かった。それは「サイズの時代」であると筆者は名付けている。
 その後時代は進歩し、同じ鉄道のものを複数そろえて持つ人が増えてきた。レイアウトの上では、車輌群が同じスケールでないと奇妙なものである。すなわち「スケールの時代」の到来である。

 日本型蒸気機関車が1/43になったのは、シリンダ間隔を多少ごまかしても、1/45では設計できなかったことで決まったのである。湯山氏本人に生前お聞きしたことがあるが、その時の説明がふるっていた。「機関車が大きいということは、立派に見えます。」
 そういう時代があったのだ。ともかく、この機関車は1/43であったがゆえに、アメリカの機関車として通用するサイズになり、それなりの市場を築いた。
 当時作られた日本型の機関車はことごとく1/43であった。これは7 mmスケール(1フートを7 mmとする縮尺で1/43.54サイズ)を切り上げたものである。


 しばらくすると日本も多少は豊かになり、スケールの時代がやって来た。1/45で軌間を24mm近辺にした模型が現れたのだ。当時はOJではなくJOと言ったりしていた。1/45.3というサイズ(17/64インチスケール)を採用しなかったのは不思議だ。HOでは13mmゲージが発生し、細かくナロゥ・ゲージが
別れた。種類が多過ぎる。いずれいくつかは淘汰されるであろう。

 全くの仮説であるが、1/48で22mmゲージ(S gauge)にしていたら、国際規格としても胸を張ることができたはずだが、その提唱者達にはその視点はなかった。1/45というサイズが日本に定着していたからなのだろうが、まともなレイアウトがあったわけではないので、サイズの変更は問題が無かったはずだ。市販品を改造するという簡単な方法をとったのだろうが、その市販品がスケール的に正しい保証が全くなかった時代であった。
 国鉄の1067 mmゲージがナロゥ・ゲージであることを知らなかった、あるいはそれを認めたくなかった人たちが多かったのだ。

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