2011年11月07日

続 FEF1

GOW_2916GOW_2918 祖父江氏は20年ほど前、韓国製機関車の攻勢に対して次のように述べた。
「韓国で機関車をどんどん作ってやがるが、まだ俺の敵じゃあねえよ。当分大丈夫だね。ほら、このフレイムを見てご覧よ。角棒から作っていい気なもんだが、全部同じ幅だよ。こんな機関車があるもんか。
「何も分かっちゃいねえよ。こんな機関車を買う奴が居るから、図に乗ってるんだ。」
 
 当時、アジンをはじめとする韓国勢は大型の工作機械を導入し、ブラスの太い角棒からフレイム全体を削り出した。それ以前の、プレスで抜いた物をハンダ付けした怪しいフレイムから脱却したつもりだったのである。プレスで抜いたフレイムは抜型が材料を圧迫するたびに伸び、軸距離に誤差が生じているのだ。

「フレイムの後ろは平行じゃねえよ、ちゃんと絞られてんだ。ここんところが細く絞られた機関車が出てきたら、いよいよ俺も飯の食い上げってこったよ」。

 その10年後には、彼はこう言った。
「ちっとも出て来ねえじゃねえか。ま、大丈夫だな。」
というわけで、結局のところ、祖父江氏は最後まで逃げ切ったことになる。

 この機関車もフレイム後半を鋸で切断し、火室を避けた形に祖父江氏の削り出したフレイムと交換した。火室後端を二か所支えるようにし、キャブはボイラにぶら下がる。インジェクタもフレイムに取り付け、キャブとは縁を切る。ボイラ支えは写真の白い2本のネジで留められている。
 従台車はバネを深くし、台車枠をフレイム下の平面内を首振りするようにする。要するに従台車はフレイムと平行な面内でしか動かない。走らせると安定して素晴らしい実感だ。フレイムと直角の丸棒は、意味がよく判らぬ復元装置風のものである。

 バネ式で、筒の中に入っている。それが従台車フレイムの内側に当たっていて、復元するはずなのだが、設計が間違っていて、単に両側に押し開く力が大半で復元力はバネの力の1割もない。これも捨てることになる。バネ式では中心付近の復元力が無いに等しいので、工夫したらしいが、やはり間違った設計だ。従台車は例の方法で復元することにした。中心ピンから一番遠いところで復元力を発生させなければ、「テコの原理」で損をすることぐらい分からないのだろうか。

コメント一覧

1. Posted by コン   2011年11月08日 01:44
いつも興味深く拝見してます。教えて欲しいのですが、米国の蒸気機関車の台枠は前後が絞られているんですか?自分は浅学にして、全く知りませんでした。その絞りは、先/従台車の横動の「逃げ」のためと考えて良いのですか?
2. Posted by dda40x   2011年11月08日 10:18
 私も祖父江氏の話を聞いて、永年このことを調べてきました。
 これは近代機の話です。1930年代、鋳鋼による一体鋳造ができるようになってこの形が定着したように思います。それ以前の厚板を切りぬいて作っていた時代は、平行に近い形のものが多くありました。
 仰るように、従台車の振れを逃がすこともあるでしょうが、インジェクタ、ストーカ・エンジンなどの補機類の収納場所を確保することもあったと思います。
 前端はエンドビームとパイロットがありますので、シリンダ部分からそのまま延長する方が楽です。先台車輪は従台車に比べて小さいので、主台枠を細くしなくても収まります。
 後端はドロー・バァしかないので、細くした方が力の掛かり具合から言っても、合理的だと思います。鋳鋼製だからこそこのような合理的な形を採用できたものと思います。44年版のロコサイクロペディアを見る限り、細くなっていないものはなさそうです。古典期の場合は、この理屈以外のファクタがあるかも知れません。

このパシフィックも後部台枠を絞りました。
http://livedoor.2.blogimg.jp/dda40x/imgs/6/1/61df3c49.JPG
3. Posted by コン   2011年11月08日 23:45
回答ありがとうございます。サイクロペディアでもフレームの絞り込みがなかなか理解出来ませんでした。板台枠、棒台枠の他に、鋳鋼台枠と言うのがあるのですね。おおよそ理解出来ました。

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