2011年08月14日

続々 伊藤英男氏の蒸気機関車

1442 伊藤氏の蒸気機関車はこの二台だけではない。以前撮った写真が見つからないのだが、戦前の制式機は全て作られた。C54、C55、C57は、これらと同等以上の仕上がりでため息が出る。TMSの200号近辺の久保田富広氏のC54を見て興奮したが、それとはまったく異なる次元での興奮であった。
 C10、C11もあった。今回それらの走行も期待していたのであったが、「この二台以外は三線式なのですよ。そのうち二線式に改造しますが、しばらくはこの線路では走りません。」とのことで、残念であった。

DSC_1306 「ほら昔の三線式の線路もあるのですよ。」と見せて戴いたのは、ガラレイルで作った分岐であった。「これは昭和22年ころでしたね。カツミに居た時に作ったものです。材料が悪くてお見せするのは恥ずかしいのですが、昔はこんなものでしたよ。車輌は立派でしたが線路まではとても手が回らなかったのです。」

 「船の模型を作り始めてからは、鉄道から遠ざかっていたのですが、もともと好きだものですから、趣味程度にやってきました。ときどき、特製品は仕上げていました。マイクロキャストの水野さんからの紹介で、オーストラリアの大富豪のレイアウト用に1番ゲージのNYCハドソンを2輌と客車1編成を作りましてね、それからたくさん作り始めました。彼は本物の図面を手に入れて持ってきましたので、その通りに作れました。いい機関車ですね。」

14381437 国鉄の機関車の図面集が手に入るようになってから工作のピッチが上がったという。書棚には西尾克三郎氏の写真集が何冊かあった。


 「走らなければなりませんから、そこは船の模型とは違うんですよ。下回りは多少の工夫が必要です。線路幅を35.56mmにしなければならないのを35mmにするわけですし、最急カーヴが本線の半径になりますから、可動部の工夫は必要です。大きくて重いのでボールベアリングを入れないと、自分自身が走るだけで精一杯です。ボールベアリングを入れれば本物と同様の列車が牽けることが分かりましたから、製作のピッチが上がりました。」

 スケールのみにこだわっていると、走る模型にはならないということを力説された。これはプロとしての自負である。
 

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